| トップページ |
戦前に降ろされた「ひつく神示」の第一巻〜第十二巻までの題名の意義を考察してみました。私には天地創成の神話と日と月の発生、更には岩戸を開くべき御用とは何かを暗示していると思えます。更には、第十二巻「夜明けの巻」では、言霊の働きに依り岩戸が開く事を示してると思います。
ひつく神示は、日月神示とも呼ばれます。古事記の序文は、
『それ、
昆元 は、既に凝 り、気象 いまだ敦 く無し、名も無く為 して、誰が其の形を知らむ。然れども乾 と坤 と初めて分かれて、参神 が作る造化の首 。陰と陽とに、ここに開けて、二霊 (=イザナキ神・イザナミ神)は群品 の祖 となりたまひき。所以 、幽と顕とに出で入りて、日と月と目を洗うにあらわれたまひき。』(複数の記紀神話から再構成)
古事記は、序文でよく天地の成り立ちを説明してある為か、本文では簡単に省略されています。本文は『
日本書紀の本文では、古事記にくらべて、やや長く天地の成り立ちを説明しています。
『
古 に天地 未 だ剖 れず、陰陽 分 かれざりしとき、混沌 れたる鶏子 (=卵)のごとくして、ほのかにして、きざしをふくめり、それ清 く陽 なるものは、たなびきて、天となり、重く濁 れるものは、つつぬいて、地となるにおよびて、精妙 なるが合うは、むらがりやすく、重く濁れるが、凝りたるは、かたまりがたし、ゆえに天まず成りて、地あとにさだまる。然して後に、神聖 、其 の中に生まれます。』(同上)
これらは、中国の古書『
『宇宙の初めは、卵であり、中は、
混沌 としていたが、軽いものは、上に昇り、重いものは、下に降り、二つの動きに分かれ、不二となった。1万8千年の後、その中に巨人盤古 大神 が生まれた。盤古大神は日々成長していき、それにあわせて混沌の中で明るいものと暗いものが分離していって、やがて明るく軽いものは、澄み易いので、先に上で、天となりました。暗く重たいものは、濁り固まりにくいので、後に下で、地となりました。盤古大神は、天と地が、合わさらないように支えて、成長していった。1万8千年の後、天地の高さは、九万尺となり、力尽きて盤古大神は、死んだ。そして、左目は太陽、右目は月となった。息は風となり、声は、雷になり、身体は、山となり、両手両足は、東西南北を支える柱となった。』
ひつく神示においても第六巻 『日月の巻』には、古事記の天地創造とイザナキとイザナミ二神の国産み神話が、第六帖より書記されています。第六帖の書き出しは、『あめつちのとき』と簡略化されていて、ひじょうに短いのです。しかし、其の前のひつく神示の第一巻から第五巻までの巻名が、『あめつちのとき』(天地の時)の天地創造の象意を現していると思います。
天地初発の混沌としている時期に、ほのかな、きざしが、あらわれました。
第一巻 『上つ巻』(うへつまき)=軽いものは、「上」にのぼり、
第二巻 『下つ巻』(
第三巻 『富士(不二)の巻』(
第四巻 『天つ巻』(あ
第五巻 『地つ巻』(
第六巻 『日月の巻』(ひつ
またこの日の始まりの午前0時は、甲申年、甲戌月、甲寅日、甲子刻があたります。
第六巻 『日月の巻』は、「盤古大神は、死んで、左目は太陽、右目は月と成った。」ということで、日と月の発生を示しています。日本の記紀の神話では、黄泉の国から帰って来たイザナキ大神が、
第七巻 『日の出の巻』(
第八巻 『磐戸の巻』(イ
この日は、日本からは、見えませんでしたが、南半球では、日食が、観測されました。現行暦では旧暦11月30日は無く、旧暦11月29日までです。新暦で昭和20年1月14日の神示上の旧暦11月30日は、旧暦12月1日にあたります。あえて、神示上で旧暦11月30日と表記されたのは、太陽が隠れ暗い状態を示したかったのです。
第八巻 『磐戸の巻』は、第七巻 『日の出の巻』とは対照的に、磐戸が閉じられて太陽と月が隠れた最も暗い状態を示していると思います。
第九巻 『キの巻』(キノ
第十巻 『水の巻』(
第十一巻 『松の巻』(
第十二巻 『夜明けの巻』(
Copyright © 2004 kintan. All rights reserved.