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時節概論は長文です。僣越ながら、もし全文を読む気になれないなら、
事実上の総括である 『辛酉の年の辛酉の日』『百年』 から読むことをお勧めします。
それを見て興味が湧くようであれば他の箇所にも目を通すと良いでしょう。

2015年6月からの追加は時節概論が完結した時点で統合します。
2015年6月27日 管理人


時節概論

()()()とは限りなき(カミ)(いや)(さか)であるぞ
『キの巻』 第十一帖

目次

序文2008/7/ 8

序章 全体の概要

0-1時節概論2008/7/ 9
1時節の解説2008/7/ 9
2予備知識の説明2008/7/ 9
3三編と一章2009/4/15
0-2日月神示2008/7/10
0-3大本教2008/7/13
0-4記紀の神々2008/7/13
1国常立神2008/7/13
2伊邪那岐神 / 伊邪那美神2008/7/13
3天照大神2008/7/13
4素盞鳴神2008/7/13
0-5予言の概要2008/7/15

第一章 神経綸七 「 地の岩戸開きの始まり 」

1-1阪神淡路大震災2008/7/17
1-2岡本天明の年齢2008/7/19
1-3平成七年一月十七日2008/7/20
1-4数霊の七2008/7/20
1-5数霊と月の対応関係2008/7/22
1-6七月2008/7/23

第二章 神経綸八 「 世界恐慌 」

2-1東京大震災2008/7/26
2-2八の根拠2008/7/27
2-3八の前後2008/7/29
2-4富士遷都2008/8/ 1
2-52008/8/ 3
2-6八月2008/8/ 6
2-7春夏秋冬2008/8/ 9
1負け2008/8/11
2春マケ2008/8/13
3夏マケ2008/8/13
4秋マケ2008/8/13
5冬マケ2008/8/13
6ハルマゲドン2008/8/13
7岩戸開き / 岩戸明け2008/8/13
2-8数霊の八2008/8/15
1なりなりてひらく2008/8/15
2八の性質2008/8/15
2-9新暦 / 旧暦2008/8/15

第三章 日本

3-0天子様の年齢2009/1/11
1十七日の根拠2009/1/17
2二つの注意点2009/2/ 8
3天子様の誕生日2009/2/10

前編総括2009/2/23
追記 「 神経綸八の解釈の正否 」2009/3/22

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目次 (追加)

3-0天子様の年齢
4子の年2015/6/27

第四章 一四一四

4-1三十年の立替え2015/7/ 5
4-2一四一四2015/7/25
4-3御代出づ / 光の世2015/9/19

第五章 神経綸十 「 暗闇時代 」

5-1神力発動2015/10/11
5-2十月 / の概念2015/11/22
5-3辰の年 / 節分2016/ 2/ 3
5-4暗闇時代2016/ 3/27

終章 一二三

6-1辛酉の年の辛酉の日2016/ 4/16
6-2百年2016/ 5/ 5
6-3数霊の〇2016/ 6/14
1神は宇宙を創り給わず2016/ 6/14
2前なるもの2016/ 6/15
3ム / ウ2016/ 6/19
4円環2016/ 6/20
6-4二十二の仕組2016/ 9/26
1神界 / 合わせ鏡2016/ 6/14

更新履歴


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序文

 ()(せつ)(がい)(ろん)日月(ひつく)(しん)()()()(がい)(よう)(ろん)じたものです。

 日月神示の予言的な年月日である()(せつ)は、一見しただけでは何の脈絡もありません。しかし、()()で最も重要視される(てん)()(さま)が誰なのか判ると、時節で最も重要視される“旧九月八日”を特定できるようになり、そこを基点にすれば全体が読み解ける構造になっていました。


 この概論では時節の全容の解釈を試みて行きます。また、その過程で“岩戸開き”の予言の背景になっている“日月神示の宇宙観”も考察します。ここでの宇宙観とは、岩戸開きという“現象”(ない)(おう)に存在する“現象が起きる理由”のことで、結果と原因の関係にあります。それを日月神示は“神話”(かず)(たま)によって説明しています。

 そのため、太古の神話を論じることが未来を論じることになり、数霊を論じることが“神の計画”を論じることになります。これが岩戸開きの予言であり、“神の順序(リズム)とでも表現すべき時節の枠組になります。そして、この概要は()()()の一言に集約されます。

 一二三は日月神示の説く宇宙の律動(リズム)であり、(つい)なるものは結ばれて新生する」と要約できます。一二三は極小から極大にまで通じ、太古から未来においても変わることなき(しん)(りつ)であり、男と女をはじめ、神と人、霊と肉、天と地の関係にすら適用されるとのことです。そういった“神の呼吸(リズム)が一二三と呼ばれています。これを最も簡単(シンプル)に表現すると次のようになります。

 このように、時節概論では「日月神示は一二三しか説いていない」と結論しました。それが()・示()の宇宙観の一つである「三千世界には歓喜(マツリ)があるのみ」という話に繋がります。そして、そこに見られる一二三の結合(むすび)(マツリ)であり“時節の本質”です。

 古来より、日本人は「和を以て貴しと為す」と言って調和(マツリ)を尊んで来ましたが、これが日月神示の宇宙観や時節と密接な関係を持つことも、()()(こと)()から考察したいと思います。

 それでは、時節概論が日月神示を理解する一助になることを願って、本論の序文とさせて頂きます。

平成二十年七月八日 すめらみちの(めい)()

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序章 全体の概要

時節概論

 まず、時節概論の概要から説明します。この概論は大きく分けて、【時節の解説】と【予備知識の説明】の二つから成り立っており、それを更に【三編と一章】に分けて論じています。

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時節の解説

 結論から言えば、日月神示の時節は“数の順序”によって構成されていました。この順序に沿って()()の記述を繋ぎ合わせると、時節全体の文意が通るようになります。こういった順序に基づいて配置された時節と、“日月神示の数霊論”を対比させる形で考察したものが【時節の解説】です。


 なお、数の順序とは、一の次は二、二の次は三、三の次は四、四の次は五、五の次は六、六の次は七、七の次は八、八の次は九、九の次は十という当たり前で揺るぎようのない“順番”のことであり、日月神示における“時節の原則”になっています。個々の時節の記述は この原則に基づいて配置されており、それらが一つに組み合わさって“時節の全体像”が形成されます。これが時節の基本的な構造です。

 そして、時節の記述は「別角度から見た記述が同じ日と年を指し示す」という、非常に巧妙で用意周到な構造になっていました。(たと)えるなら、立体の形状を把握するために複数の平面図を使う“三面図の手法”に似ています。こういった形で、基本的に特定の期日以外の解釈はできないように仕組まれていました。これは僅かな記述だけを対象とするならば異なる解釈も可能なのですが、百箇所近くある時節の記述を全て解釈しようとすれば、全くの解釈不能に陥るか、もしくは一つの結論に集約されます。

 無論、時節の全てが そのような構造に組み込まれているわけではありませんが、重要な“時節の節目”に関しては そうなっています。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()のが実相なのです。日月神示にも次のように書いてあります。

「神は()もない時から知らしてあるから、いつ岩戸が開けるかと云ふことも、この()()よく読めば分かるようにしてあるのぞ」 『下つ巻』 第二十五帖 [67]

 ここに書かれている通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()ようになっていました。

 それと、これは第三章の最後で述べる“真珠の首飾り”の内容と重複するのですが、()()の各巻に散在する時節の記述は、一見すると何の脈絡も無いので意味が不明に見えます。この一つ一つの時節が真珠の一粒一粒に相当します。しかし、バラバラに散乱しているかのように見える真珠は、実は“見えざる一本の糸”によって繋がれており、その糸を見付けて引き締めると、散乱していた無数の真珠が、実際には整然と並んだ“一つの首飾り”であったことに気付かされます。そういった一つの首飾りとしての側面が、日月神示における時節の全体像です。

 そして、この見えざる一本の糸が数の順序であり、もしくは座標軸で言うところの“絶対座標”になります。日月神示の時節の記述は二箇所だけが絶対座標で書かれ、その他の時節は絶対座標を基点として配置される“相対座標”で書かれています。

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予備知識の説明

 日月神示の“時節の全体像”()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何故なら、()()の予言は神々の物語として描写されており、一種の譬え話になっているからです。そのため、時節の解説には幾つかの分野の基礎的な知識が必要になります。それに言及したものが【予備知識の説明】です。


 こういった時節の解説に必要な予備知識には、日本神話、皇統、神道、国学、大本教、霊界論などが挙げられます。これらの大半は時系列的に重複する部分が多いので、第三章で日本の神話や歴史として一つにまとめて説明してあります。

 上述のように、この概論は時節以外の説明が大量に入っていることが特徴なのですが、これは日月神示の時節が時節以外の記述を理解していることを前提に書かれており、更に、それらの記述は読み手に幾つかの分野の基礎的な知識があることを前提に書いてあるからです。これによって時節のみで時節を語ることや、日月神示のみで日月神示を語ることが非常に難しくなっています。それ故、時節概論では、時節や日月神示の前提となる分野から説き起こします。

 この概論を読むと、時節についての考察なのに、時節ではないことばかり書いてある点を疑問に思われるかもしれませんが、それは以上の理由によります。

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三編と一章

 前記の二つの内容を三編に分けて論じ、それに補足事項の章を加えたものが【三編と一章】です。


 その大まかな内容を簡単に述べておくと、前編で“時節の()()()()を解説し、中編で時節の全体を論じるために必要な“予備知識の説明”を行います。後編では、前編と中編で論じた内容を解法として()()を読み解く“本格的な時節論”を展開します。これら三編に渡る解説によって、日月神示という“神のパズル”の内容がある程度まで判明するはずです。

 ちなみに、時節概論では()()をパズルに見立てていますが、これは日月神示が“ジグソーパズル”を模して書かれているからです。このバラバラの断片(ピース)を読み手側で繋ぎ合わせることによって、少しづつ絵の見える範囲が拡大して行きます。その最も象徴的な事例となり得るのが時節の記述です。

 また、何らかの計画を立てることを「絵図を引く」とも表現しますが、日月神示というパズルを解くことによって見えて来る絵図が“神の計画”であり、この概論で(かみ)(けい)(りん)と呼称しているものです。

 それと、三編の他にも補章が一つありますが、これは時節の全文の抜粋や、()()を研究する上での細かい補足であり、非常に雑多な内容から成り立っています。

 次に、この概論に関わる分野の説明に入りたいと思います。まずは最も基本的な【日月神示】からです。

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日月神示

 ()()は岡山県出身の画家である(おか)(もと)(てん)(めい)によって書かれたものです。先の大戦が終結する約一年前の1944年(昭和十九年)6月10日、千葉県(いん)()(ぐん)(こう)()(むら)(だい)(かた)()()()神社に存在する(あめ)()()()()(じん)(じゃ)に天明氏が参拝した折、神霊現象で言う“自動書記”が起こりました。その日から1961年(昭和三十六年)まで、天明氏の身体を使って書かれた(あめ)()()()()(のかみ)の言葉”が【日月(ひつく)(しん)()】です。


 参考として、昭和十九年六月十日に書記された“初発の神示”を掲載します。

「二二八八れ十二ほん八れ の九二のま九十ののちからをあら八す四十七れる 卍も十も九も八きりたすけて 七六かしい五くろうのない四かくるから 三たまを二たんにみかいて一すしのま九十を十四て九れ四 いま一十九六あるか 九の九六八三たまを三かいておらぬ十こせぬ 九の四八まつて二十十七一九六てある 九の六一八のちからて七一十七二もてきん 二んけんのそろはんて八八千けん九十三 二ほん八おつちかあかる かい五九八おつちかさかる 三八九の大千た九 一七の大千たく 一十のお千た九 九ん十八十も九らへて九れ十ゆ十九ろまてあ十へひかぬから 三のつもりでかかつて九一 の千からを八きり十三せて八る十きかきた うれ四九て九る四六もの十 九る四九て四六九二もの十てて九る の九二 か三のちからて七一十七んにも上十千 一十の千からて七二かてきたか 三七か三か三四て一るのた 五てもかかれる四二きれ一二千た九四ておりて九れ四 一九三八九十四十十一て一るか 三んなち四九一一九三て八七一 せか一十の千た九三から 一らぬものか七九七るまて八お八らぬ十りか八からぬか 四ん三ん十四の一九三で七一 か三十か三 あかとあか 一十十一十 二九十二九 たま十たまの一九三十 おのれの九九ろを三四 一九三かすんて一七一てあろ 三れて一九三かす六十おもてゐる十八あきれたもの十 八八九十二せぬ十ま二あん 七二四り十二かたい一 三ひ四三八一十のみか八 か三八一九万八一三 三ひ四三九へて十きをまつ かせか一の王二七る てん四三まかか三十からん四ん三んはかり 九ち十九九ろ十お九七一十 三つそろたま九十を三九十十一う三 の四ん三ん三七三九十二七る三たま 三二三たまけつ九 六かつの十か ひつくのか三」 『うへつまき』 第一帖 [1]

 以上が初発の神示の“原文”であり、これを読み易くした“訳文”も以下に掲載します。

()()()れたり()(ほん)()れ。(かみ)(くに)のマコトの(かみ)(ちから)(あら)わす()となれる。(ほとけ)もキリストも(なに)()もハッキリ(たす)けて、しち(むつか)しい()()(ろう)()()()るから、()(たま)()(だん)(みが)いて(ひと)(すじ)のマコトを(とお)してくれよ。(いま)(ひと)()(ろう)あるが、()()(ろう)()(たま)(みが)いて()らぬと()せぬ、()() (はぢ)まって()()()()(ろう)である。()(むす)びは(かみ)(ちから)でないと(なに)()()ん。(にん)(げん)(そろ)(ばん)では(はぢ)けん(こと)ぞ。()(ほん)()(つち)()がる、(がい)(こく)()(つち)()がる。(みやこ)(おお)(せん)(たく)(ひな)(おお)(せん)(たく)(ひと)()(せん)(たく)(こん)()()うも(こら)へてくれと()(ところ)まで(あと)退()かぬから、その(つも)りで()かって()い。(カミノクニ)(かみ)(ちから)をハッキリと()せてやる(とき)()た。(うれ)しくて(くる)しむ(もの)と、(くる)しくて(よろこ)(もの)()()る、(ニホン)(かみ)(くに)(かみ)(ちから)でないと(なん)にも(じょう)(じゅ)せん。(ひと)(ちから)(なに)()()たか。(みな) (かみ)がさして()るのだ。()()でも(かみ)()かれるように()(れい)(せん)(たく)して()りてくれよ。(いくさ)()(とし)(じゅう)()って()るが、そんなチョコイ(いくさ)ではない。()(かい)(じゅう)(せん)(たく)ざから、()らぬ(もの)()くなるまでは(おわ)らぬ(どう)()(わか)らぬか。(しん)(みん)(どう)()(いくさ)でない、(かみ)とカミ、あかとアカ、(ひと)とヒト、(にく)とニク、(たま)とタマの(いくさ)ぞ。(おのれ)(こころ)()よ、(いくさ)()んで()ないであろう。それで(いくさ)()むと(おも)うて()るとは(あき)れたものぞ。(はや)(そう)()せぬと()()わん。(なに)より(そう)()(だい)(いち)(さび)しさは(ひと)のみかは、(かみ)(いく)(まん)(ばい)ぞ。(さび)しさ()へて(とき)()つ。(かみ)()(かい)(おう)になる。(てん)()(さま)(かみ)(わか)らん(しん)(みん)ばかり。(くち)(こころ)(おこな)いと、(みっ)(そろ)うたマコトを(みこと)()うぞ。(かみ)(しん)(みん) (みな) (みこと)になる()(たま)(そう)()()(たま) (けっ)(こう)(ろく)(がつ)(とお)() ()()()(のかみ) 『上つ巻』 第一帖 [1]

 書記された日月神示の原文は、殆どが数字と記号と仮名で構成されるという前例の無い形態であったため、一見しただけでは誰も読めませんでした。それを天明氏と当時の役員が中心になって読み易い現代語に翻訳したものを()()()と呼びます。また、独特な原文を見て次のように思う人も多いはずです。

「何故、日月神示の原文は数字と記号と仮名ばかりなのか?」

 この答えは日月神示の中に書かれています。

「仮名とは(カミ)の名ぞ、神の言葉ぞ」 『下つ巻』 第二十八帖 [70]

「中心に(ましま)す太神のお言葉は順を経て霊人に至り、地上人に伝えられるのであるが、それはまた霊界の文字となって伝えられる。霊界の文字は主として直線的文字と曲線的文字の二つから成る。直線的なものは月の霊人が(もち)い、曲線的な文字は太陽の霊人が使用している。(ただ)し高度の霊人となれば文字はない。ただ文字の元をなすがあるのみ。また高度の霊界人の文字として殆ど数字のみが使用されている場合もある。数字は他の文字に比して多くの(みつ)()(ぞう)しているからである。しかしこれは不変のものではなく、地上人に近づくに従って(ぜん)()変化し、地上人の文字に似てくるのである」 『地震の巻』 第十三帖 [390]

 つまり、根元的な存在からの啓示(ことば)なので、()()()()()()()()()()()()()()()()()である“数字”“記号”“仮名”が多用されているとのことです。大本系統の神典研究者によれば、日月神示が このような形態で書かれたのは、「極めて高位の神霊からの直流の言葉である証拠」とされています。

 こういった性質上、日月神示は天明氏や役員が自身の知識や霊感によって翻訳しました。故に訳せていない部分も多く、細かい部分の読み方にも異なる説が多く存在します。()()にも“複数の解釈”が成り立つことが書かれています。

「この()()は心通りにうつるのざぞ、思ひ違ふと いくら神示読んでも違ふことになるぞ、心違ふと今度は どんなに偉い神でも人でも気の毒 出来るぞ」 『キの巻』 第五帖 [262]

「この神示八通りに読めるのぢゃ」 『海の巻』 第十五帖 [507]

「今の偉い人民が この神示を読むと、理屈に合わん無茶苦茶な文章であるから、下級霊の(しょ)(さん)だと断ずるなれど、それは余りにも霊界の事を知らぬ(れい)(てき)(はく)()であることを自分で白状してゐるのぞ、気の毒ぢゃなあ、まして この神示は八通りに読めるのであるから、いよいよ判らん事になるぞ」 『竜音の巻』 第十二帖 [920]

 このように幾通りにも読めるので、日月神示の名称自体に諸説があって完全には定まっていません。現在では一種の総称として『()(つき)(しん)()』や『ひふみ(しん)()』と呼ばれることが多いですが、過去には『(ひつく)(しん)()』や『()(つき)(くに)(せい)(てん)』と呼ぶこともありました。また、原文には基本的に、濁音、半濁音、(よう)(おん)(そく)(おん)、長音が無いので、それらは訳者の判断で補うことになります。そのため、ヒツ()やヒツ()()むのが正しいとする説もあります。これは漢字を当てると()(つぐ)()(つぎ)になります。

 時節概論では名称の違いは特に気にせず日月(ひつく)(しん)()で統一します。これは第六巻の巻名を根拠としています。第六巻『日月(ひつく)の巻』は『()の巻』と『(つき)の巻』の二つの巻から成り立っていますが、その最後に、

 時節概論では名称の違いは気にせず日月(ひつく)(しん)()で統一します。これは第六巻『日月(ひつく)の巻』の巻名を根拠とします。この巻は『()の巻』と『(つき)の巻』から成り立ちますが、その最後に こう書かれているのです。

「この巻二つ合して日月の巻とせよ」 『日月の巻』 第四十帖 [213]

()()()()(フタ)()()()()()()()()()()()()()() 『ひつ九のまキ』 第四十帖 [213]

 原文の「ひつ九」はヒツ()やヒツ()と訓めますが、天明氏に()()を書かせた(あめ)()()()()(のかみ)の御神名からヒツ()の方を優先しました。その理由は、まだ平仮名や片仮名が存在しなかった時代から、発音を漢字で伝える場合には、クには「久」、グには「具」の漢字を当てることが多かったからです。「天之日津()神」という表記の仕方も、この慣例を踏襲していると推測しました。

 上述の経緯で世に伝わった日月神示は、全部で三十七巻と補巻一巻です。そこに未書記の十三巻を含めて合計で“五十巻”になります。その大まかな構成は次の通りです。

名称巻数書記年(西暦)書記年(和暦)取次
日月神示 1巻〜12巻1944年〜1945年昭和19年〜昭和20年岡本天明
13巻〜23巻1945年〜1947年昭和20年〜昭和22年
24巻〜30巻1949年〜1952年昭和24年〜昭和27年
月日霊示補巻1955年〜1956年昭和30年〜昭和31年
五十黙示31巻〜37巻1961年昭和36年
38巻〜50巻

月日霊示『山の巻』は昭和三十一年に第三十一巻として発表され、後に『月光の巻』と改題して補巻になりました)

 これらは()()が降りた当初から色々な形で翻訳と印刷や出版が行われたのですが、その中で主流となったものを二つだけ説明しておきます。

 まず、昭和十九年から昭和三十八年まで有力な役員の手を借りて翻訳し、岡本天明氏が最終的な校閲をした訳文が、“第一仮訳”もしくは“天明訳”と呼ばれています。

 次に、昭和五十年代前半に天明夫人が手を加えた訳文が、“第二仮訳”もしくは()(のり)訳”と呼ばれています。昭和五十年代から現在まで流通している日月神示は第二仮訳の方です。

 この概論で引用している()()は基本的に第二仮訳の方ですが、第二仮訳の()(びゅう)や編集ミスと思われる場合は第一仮訳の方を引用し、場合によっては別の資料も参照します。なお、引用に際して当て字や旧仮名遣いの一部を現代風に改めました。

 日月神示の具体的な内容は多岐に渡り、とても一言で言い表せるようなものではありません。

「この神示いくらでも出て来るのざぞ、今の事と先の事と三千世界、何も彼も分るのざから、よく読みて腹に入れておいてくれよ」 『地つ巻』 第四帖 [141]

「他で判らん根本のキのこと知らす此の方の神示ぢゃ、三千世界の事、一切の事、説いて聞かして得心させてあげますぞや」 『雨の巻』 第十三帖 [347]

 このように、宇宙全体を意味する“三千世界”のことを説くと宣言するだけあって、非常に多くの分野の()()に富んでいます。

 その中でも中核的な部分を述べると、日月神示は「三千世界が完成する時が来ている」と主張し、それに伴って「かつてない大変動が起こる」と説いています。これは“立替え立直し”もしくは“岩戸開き”などと呼ばれます。そこを中心とする形で日月神示の内容は展開されており、この中の未来を予言している部分が時節概論の主題(メインテーマ)です。

 以上が日月神示の概要ですが、()()は突発的もしくは単独的に降りたわけではありません。とある特異な宗教団体が作り出した一つの大きな潮流の中で発生したものです。正確には、日月神示は戦前に日本を(せっ)(けん)した【大本教】の流れを受け継いでいます。

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大本教

 日月神示の源流は明治時代に創始された新興宗教団体にあり、大正から昭和初期にかけて猛威とすら呼べる(きょう)(ぜい)を誇っていました。その宗教団体は一組の男女が教祖であり、(かい)()こと()(ぐち)(なお)(せい)()こと()(ぐち)()()(さぶ)(ろう)が創始者です。この二人を中心にして(おこ)った宗教団体が【(おお)(もと)教】です。


 そして、明治二十五年に出口直に自動書記が起こりました。その時から出口直の手によって書かれたものは“お(ふで)(さき)と呼ばれ、平仮名を主体として書かれています。これに出口直の婿養子であり、大本教の実質的な創設者である出口王仁三郎が漢字を当てて読み易くしたものが『(おお)(もと)(しん)()』です。大本教には二人に降りた(しん)()が多く存在するのですが、開祖の『おふでさき』と聖師の『霊界物語(れいかいものがたり)』が二大教典として今も読み継がれています。こういった大本教に降りた(しん)()が日月神示の直接的な源流です。

 なお、以後は出口直と出口王仁三郎に降りた(しん)()を、便宜的に(おお)(もと)(しん)()と総称して話を進めます。また、お筆先と大本神諭は厳密には別物なのですが、この概論では特に区別しません。ちなみに、お筆先とは「筆の先で書いたもの」という意味の普通名詞であって、出口直の書の固有名詞ではありません。

 日月神示は完全に大本神諭の系統に属しており、全く同じ主張が数多く見受けられます。そもそも、()()の内容の多くは大本神諭が何十年にも渡って主張していたことです。そういった点や、大本教の活動が戦後に興った神道系の宗教団体の大半の大本(ルーツ)になるほど大規模だったこともあり、昔から日月神示は大本神諭ほどの評価は受けていません。そのため「日月神示は大本神諭の亜流に過ぎない」と断じられることもしばしばです。しかし、日月神示を降ろした天之日津久神様は全く異なる見方を示しており、自らの言葉を(ふで)と称して、(ふで)(さき)より更に神の心に近いものであると主張しています。

「今までほかで出て居たのは 皆 ()()(さき)ぢゃ、ここは()()ぢゃ、()()もの如く思って居ると大変が足下から飛び立つのざぞ、取返しつかんから気付けてゐるのぢゃ」 『風の巻』 第六帖 [357]

「口で知らすこと判る人には判るぞ。大切なことはミミに聞かしてあるぞ。天狗ざから、軽く見るから分らんのざぞ。神示はいらんのぢゃ、ふではカスぢゃぞ。皆(テン)を見失ってゐるぞ。(テン)あるのが判るまい」 『黄金の巻』 第二十四帖 [535]

「局部的に見るから判らんのぢゃ。文字書くのは心であるが心は見えん、手が見へるのぢゃ。手見るはまだよい方ぢゃ。筆の先だけしか見えん。筆が文字書いていると申すのが今の人民の考へ方ぢゃ。筆が一番 偉いと思ふて御座るのぢゃ」 『春の巻』 第二十五帖 [682]

 このように天之日津久神様は筆と筆先を明確に区別しています。また、()()()()()()()()ことも匂わせています。こういった主張に基づき、時節概論で()()と省略して書く場合は日月神示のみを指し、(しん)()と省略して書く場合は大本神示のみか、或いは日月神示と大本神示の双方を指す意味で使用します。

 そして()()(さき)の中で細かいものを除外した“大本神示”は次の通りです。

名称書記年(西暦)書記年(和暦)取次
大本神諭 1892年〜1918年明治25年〜大正 7年出口直
裏の神諭1898年〜1918年明治31年〜大正 7年出口王仁三郎
伊都能売神諭1918年〜1919年大正 7年〜大正 8年
霊界物語1921年〜1934年大正10年〜昭和 9年

 日月神示は『大本神諭』と『()()()()(しん)()』の直系の続編であると言われています。ただし、これは()()の信奉者の考えであって、大本教では日月神示を全く認めていません。

 大本神示の主な内容は“三千世界の大変動”を説いたものであり、人間が心を入れ替えて神に従うように“改心”を迫っています。この主張に従って大本教は非常に大規模な活動を繰り広げ、大正から昭和初期にかけて、善くも悪くも世間を賑わしたと伝わっています。

 日月神示を書かされた岡本天明氏も元々は大本信徒で、教団の機関紙の編集長を務めたり、出口王仁三郎の代筆をするなどして積極的に関わっていました。大本系統の神典研究者によると、本来ならば日月神示は大本教の内部に降りるはずであったものが、諸般の事情によって予定が変わり、昭和十九年の時点で大本教とは無関係になっていた天明氏に降ろされたそうです。

 当時は大本教が政府から大規模な弾圧を受けており、(しん)()的なものが世に出られる状況にありませんでした。弾圧を受けた理由は不敬や国家転覆の容疑を掛けられたからですが、その原因は出口王仁三郎を中心とする非常に先鋭的な政治活動でした。それが大本神示の「世界を革正する」という主張と相まって、政府や世間から誤解を招く結果になりました。このため、大本教は当時の日本で邪教の元締めのように認識され、今でも そう思っている人が居ます。

 以上の経緯を持つ大本神示によれば、江戸後期から興った、岡山の(くろ)(ずみ)教、奈良の(てん)()教、岡山の(こん)(こう)教、京都の大本教などの神道系の諸派は、一つの大きな潮流の中で発生()()()()()“神の計画を担う団体”であるそうです。その流れの中で、

日月神示は自らを最後(とどめ)()()と称しています。

 この“とどめ”とは大本神諭の頃から出ている表現で「三千世界に(とど)めを刺す」という意味です。世界に最後を迎えさせるとは物騒な物言いに聞こえるかもしれませんが、実際には「三千世界を完成させる」という主旨の言葉であり、非常に肯定的な意味を持っています。この止めが“立替え立直し”であり“岩戸開き”です。また、その最たるもの(クライマックス)が時節の旧九月八日と結びの日になります。

 こういった経緯から判るように、日月神示は大本教の流れを色濃く受け継いで書記されています。そのため、()()を理解するには大本教の知識が必要になって来るので、この概論でも日月神示だけでは論じられない部分を大本神示を引用しながら解説して行きます。

 そして、日月神示も大本神示も終末思想的な予言を前面に出して主張していますが、その予言部分は古くから伝わる日本神話として述べられています。故に、これらの(しん)()を論じるためには【記紀の神々】について知る必要があります。

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記紀の神々

 日本の神々についての最も古い伝承は、約千三百年前に(へん)(さん)された『()()()』と『()(ほん)(しょ)()』であり、二つ合わせて()()と呼ばれます。この“日本最古の本”の中で語られる神々の物語は、日本人の心の源流(ルーツ)と呼べるもので、日月神示や大本神示も基幹部分は記紀の物語を()(どころ)にしています。その物語の中心的な存在が【記紀の神々】です。


 ただし、記紀と(しん)()の内容は全く同じではありません。例えば、出口直の大本神諭にも相違点が多々あるのですが、出口王仁三郎の霊界物語では神名が共通するくらいで、記紀の原型が殆ど残っていません。また、記紀と共通する部分にも非常に独特な解釈を加えているために、伝統的な学問の正統派からは“異端派”として白眼視されています。戦前に大本教が悪く言われたり弾圧されたのも、独自の神話や解釈によるところが大きいです。ちなみに、日月神示の内容は大本神示を踏襲しつつも、部分的には記紀に忠実な内容が見受けられます。

 記紀と大本系統の神話の違いは第三章で詳述するので割愛し、ここでは記紀にも日月神示にも大本神示にも登場し、最重要の扱いとなっている神々について説明したいと思います。これは()()の予言部分が、次に挙げる【国常立神】、【伊邪那岐神】と【伊邪那美神】、【天照大神】、【素盞鳴神】の(いつ)(はしら)の神々の物語”として描写されているからです。

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国常立神

 古事記では六番目、日本書紀では一番目に世界に現れた神霊が【(くに)(とこ)(たち)(のかみ)】です。鎌倉時代や江戸時代に興隆し、()(くう)(しん)(とう)(わた)(らい)(しん)(とう)とも呼ばれた()()(しん)(とう)系の諸派の教義上の中心にもなりました。大本教では出口直にお筆先を書かせた神霊とされています。また、岡本天明氏に日月神示を書かせた天之日津久神は“複数の神霊の総称”ですが、その主筆が国常立神であると言われます。


 大本系統の神話によれば大地を造り固めた(おや)(がみ)であり、(こく)()と呼ばれるべき神霊でありながら、余りに厳格すぎて他の神々に反発され、(うし)(とら)の方角に押し込められたそうです。そして(うしとら)(こん)(じん)という悪神としての汚名を着せられたまま蔭から世界を守護することになりました。その(とが)が晴れて国祖に相応(ふさわ)しい地位に戻る時節が到来し、三千世界の革正を主導するとのことです。この神霊の退陣と復権の物語が世界の過去と未来に重なっています。

 日月神示や大本神示では(くに)の御先祖様”と呼ばれ、この概論で何度も言及する神霊です。

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伊邪那岐神 / 伊邪那美神

 記紀は最初の男女の神霊が世界を生んだと伝えています。この夫婦神が【()()()()(のかみ)】と【()()()()(のかみ)】です。同様の話は大本系統にも受け継がれており、特に日月神示では予言の基幹部分が、夫婦神の“国生み”の物語として語られます。


 伊邪那岐神と伊邪那美神は大本系統において、それぞれ“日の大神”及び“月の大神”の名で呼ばれており、日月神示では(ふた)(はしら)の神が一体となって日月(ミロク)の大神になる」と説いています。男と女、陽と陰、天と地、霊と体、表と裏、などの、あらゆる(つい)なるもの”の象徴となる神様です。

 日月神示の根幹を成す“数霊”に最も関連がある神霊であり、時節に一番深く関わって来ます。それ故、極論すれば「時節論とは伊邪那岐/伊邪那美論である」と言えます。

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天照大神

 記紀において伊邪那岐神が生んだ(さん)()()の長子であり、太陽の女神として宇宙全体の統治を任された神霊が【(あま)(てらす)(おお)(かみ)】です。大本系統では天照大神の(あま)(いわ)()(がく)れの物語”が、世界の現状の原因と打開策を示すと言われており、その霊的な意味が重要視されています。


 天照大神は皇室の御先祖様でもあり、(てん)(そん)(こう)(りん)及び(さん)(だい)(しん)(ちょく)によって日本の国の在り方を定めた、()()(よろず)の神々の頂点に立つ神霊です。鏡を象徴とし、一二三の“一”に相当する(はたらき)(にな)います。

 大本系統では(つき)の大神”“ミロク様”と呼び、日の大神や月の大神と一緒に“天の御三体の大神”“天の御先祖”とも呼ばれます。また、この()(はしら)の神霊が、古事記で世界に最初に現れた(ぞう)()(さん)(しん)の完全なる現れであると説かれています。

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素盞鳴神

 記紀において伊邪那岐神が生んだ三貴子の末子であり、(うな)(はら)の統治を任された神霊が【()()(なる)(のかみ)】です。そこでは粗暴な“荒ぶる神”と勇敢な“英雄神”の二つの側面が語られています。


 天照大神の天の岩戸隠れの物語では素盞鳴神が(たか)(あま)(はら)から追放されますが、大本系統の神話では、これを(えん)(ざい)だと主張しています。同時に「素盞鳴神は地上界の正統な統治神である」と繰り返し説いており、素盞鳴神と国常立神の冤罪の(ふっ)(しょく)が、日月神示や大本神示の重要な題目(テーマ)の一つです。(つるぎ)を象徴とし、一二三の“三”に相当する(はたらき)を担います。

 素盞鳴神は時節よりも、日月神示の中核的な概念である()()()の方に深く関わっています。この概念が岩戸開きという“現象”(ない)(おう)に存在する“現象が起きる理由”であり、そこに極めて深く関わる神霊として、日月神示は「素盞鳴神が()(ぜい)(しん)である」と説いています。

 なお、素盞鳴神は記紀や大本神示では“スサ()()と呼ばれますが、日月神示は“スサ()()と呼んでいます。この独自の呼び方が、神経綸で色々と意味を持って来ることになります。

 そして、これらの神霊の“物語”という形で【予言の概要】が語られた大本神示があります。

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予言の概要

 本節で引用する『太古の神の因縁』と呼ばれる大本神示が、神話としての側面から語られた【予言の概要】です。これは出口王仁三郎に降りた『裏の神諭』の一つに数えられています。ただ、この(しん)()は長文なので、引用の前に大本系統の予言のあらましを簡単に説明しておきます。


 日月神示や大本神示の神霊は、現在の世界を虚偽と暴力に満ちた“強い者勝ちの世”であると非難し、同時に利己主義がはびこる(われ)()しの世”に成り下がったと嘆いています。そのような現状を革正するため、世界をマコトの人が報われる“ミロクの世”()じ直すと宣言しました。この理想世界が実現する過程において起こるとされる世界的な大変動への警告が、予言の主な内容です。

 これは大筋や表層を見れば西洋の一神教における“終末思想”に似ており、或る意味では非日本的な主張と言えます。ですが、日月神示を深く読み込めば、実際には調和(マツリ)の概念に基づいた非常に日本的な主張であることが判ると思います。

 また、日月神示や大本神示には多くの予言がありますが、それらは地上界のみを原因として起こるのではなく、天上界の神々の行動が地上に反映した結果として起こることが語られています。故に、未来を知るためには、(しん)()の中の独自の“神話”に注目する必要が出て来ます。特に日月神示は その傾向が強く、神話の内容が予言や時節に直結します。

 そして、これから地上界に反映することになる神々の行動、つまり“予言の概要となる神話”が、以下に引用する(しん)()です。

(たい)()(かみ)(いん)(ねん)

()(まつ)(ばやし)(みこと)(みづ)()(たま)宿(やど)れる(にく)(みや)(はい)り、(その)()()りて(たい)()(かみ)(いん)(ねん)(つまびらか)にす。(てん)()(せん)()(さま)(あめ)()()(なか)(ぬし)(のおほ)(かみ)(さま)である。(これ)(いま)までの(ぶつ)(しや)ミロク()(さつ)(とな)えたり。ミロクは()(じん)()(あい)(かみ)(こゝろ)なり。(いま)暫時(しばらく)ミロクの(かみ)として、(しん)(かい)(ふか)縁由(いはれ)()()し。ミロクの(かみ)(てん)(けい)(れい)(けい)(くわ)(けい)()(けい)なる(たか)()(むす)()(のかみ)(かむ)()()()(みこと)として()(ちう)(ぞう)(くわ)(にん)(たま)ひ、(かみ)()()()(のかみ)(かむ)()()()(みこと)として、()(けい)(たい)(けい)(すい)(けい)()(けい)として、()(ちう)(ぞう)(くか)(にん)(たま)へり。(しか)して(さん)(じん)(そく)(いつ)(たい)(くわつ)(どう)()(たま)ふ。(これ)(みづ)()(たま)()ツの()(たま)(とな)ふ。

 (あめ)()()(なか)(ぬし)(のおほ)(かみ)()(せい)(れい)(たい)(かん)()せるを(あま)(てらす)(すめ)(おほ)(かみ)(また)(つき)(さか)()(いづ)()()(たま)(あま)(さか)()(むか)()(ひめ)()()(こと)(せう)(たてまつ)る。()(つき)(おほ)(かみ)なり。ツキとは()(げん)(ぜつ)(たい)()()()(しう)()()(げん)(ざい)()(らい)(いつ)(かん)()(だい)()(がい)()(しやう)()(ない)()なり。(たか)()(むす)()()()(こと)(れい)(けい)(しゆ)(さい)(たま)ひ、(その) (せい)(れい)(たい)(かむ)()()()()()()(こと)(けん)(げん)(たま)ひ、(かみ)()()()()()(こと)(たい)(けい)(しゆ)(さい)(たま)ひ、(その) (せい)(れい)(たい)(かむ)()()()()()()(こと)(けん)(げん)(たま)ふ。(さん)(じん)(そく)(いつ)(しん)にして(みづ)()(たま)()ツの()(たま)(ひやう)(げん)なり。(この)()()(せん)()にして(つき)(おほ)(かみ)()します(なり)(かい)()(しん)()には(てん)()(さん)(たい)(おほ)(かみ)(とな)えあり、(また) ミロクの(おほ)(かみ)、ツキの(おほ)(かみ)とも(とな)(まつ)り、(また)(てん)()(せん)()(さま)(とな)(まつ)りあり。

 (つき)(おほ)()(かみ)(すなはち)(てん)()(せん)()(おほ)(かみ)は、(てん)()()(ぶん)(いん)(よう)()(ぼう)太初(はじめ)(あた)りて、(だい)()(きう)(せん)()として(くに)(とこ)(たち)()(みこと)(にん)(たま)ひ、(だい)()(しゆ)()()(せい)(こと)(よさ)(たま)ひしかば、(くに)(とこ)(たち)()(みこと)()(じやう)(しゆ)(けん)()び、()()()()(たゞよ)へる(こく)()(しゆ)()(たま)ふや、(おほ)(かみ)()(せつ) (あま)りに(げん)(かく)(ごう)(ちよく)にして、(こん)(とん)()(だい)(しゆ)(かん)(しや)としては、(じつ)()(てき)(にん)たるを(まぬが)れず、()()(ばん)(しん)(おほい)(こん)(なん)(かん)じ、(しう)()(けつ)(くわ)(つき)(おほ)(かみ)(こく)()退(たい)(いん)されん(こと)(そう)(せい)するの()むを()ざるに(いた)れり。(つき)(おほ)(かみ)(こゝ)(ばん)(しん)(そう)(せい)()(のう)せられたれども、(いつ)(たん) (こく)()(しゆ)(さい)(にん)じたる(うへ)は、(しん)(ちよく)(じゆう)()(だい)なるを(かへり)(たま)ひて、(やう)()(ゆる)させ(たま)はず。(いつ)(ぽう) (こく)()(むか)つて(すく)しく(なん)(くわ)すべく、(しゆ)(しゆ)()()(せつ)(とく)なし(たま)ひしかども、(こく)()()(こう) ()(へい) ()(ちよく) ()(げん)(れい)(せい)は、(やう)()(うご)かす()くもあらず。(こゝ)(つき)(おほ)(かみ)は、(こく)()(つま)(がみ)たる(とよ)(くも)()()()(こと)(むか)ひて、(こく)()(かん)(そう)()(げん)(めい)(くだ)(たま)ひぬ。(つま)(がみ)(すなはち)(ひつじさる)(こん)(じん)(なり)(ひつじさる)(こん)(じん)(しん)(ちよく)(ほう)(たい)し、()(しん)(ひやつ)(ぽう) (かん)(そう)(たま)ひしが、(ぐわん)(らい)(ごう)(ちよく)(いつ)(ぽう)(こく)()は、()(こう)(どう)(じん)(てき)(しん)(せい)(この)(たま)はざりけり。

 (こゝ)(つき)(おほ)(かみ)は、(いつ)(ぽう) (ばん)(しん)(そう)(せい)(しき)りにして、(せい)(ぎよ)()(ほう)(さく)()(たま)ひしかば、(だん)(ぜん) ()(けつ)して、(こく)()(うしとら)退(たい)(きよ)()(げん)(めい)(たま)ひ、()()(たま)はく、(なんぢ) (いま) (わが)(げん)(ほう)じて(いさぎよ)退(たい)()せば、(われ)()(とき)()つて、(なんぢ)(もと)(しゆ)(さい)(にん)じ、(かつ)(われ)()(くだ)りて(なんぢ)(たい)(ぎやう)(ほう)(じよ)()しと、(しん)(ちよく)(おごそ)かに(かう)()()らせられたれば、(こく)()()(ねん)(しの)び、(すう)(まん)(ざい)(ひさ)しき(さい)(げつ)(いん)(にん)し、()(なり)(ゆき)()()(たま)ひたり。()()(よろず)(かみ)(けつ)()()り、(しん)(せい)(ぼう)(がい)(しや)として(えい)(きう)(うしとら)(おし)()めらるゝ()とは()(たま)ひぬ。(こゝ)(うしとら)(こん)(じん)(めい)(しやう)(はじ)まりぬ。(うしとら)(こん)(じん)(その) (ざい)(くわ)(つま)(がみ)()(きう)せむ(こと)(ゆう)(りよ)(たま)ひて、()(さい)(えん)()ち、(ひと)(うしとら)(いん)退(たい)(たま)ひしが、(つま)(がみ)(とよ)(くも)()()(みこと)()(しん)(こん)()()()するに(しの)びずとて(ひつじさる)(みずか)退(たい)(きよ)されたり。(これ)より(ひつじさる)(こん)(じん)() (はじ)まりぬ。()(しん)()(なん)(おも)ひて、(つみ)なき(おん)()()()(えん)されし(おん)()(なが)らも、(みずか)()(しん)(じゆん)じて()()(たま)ひし()(しん)(じやう)は、(じつ)(ふう)()()(らく)(とも)()()(まつ)(だい)()(かん)なり。

 (しか)るに(てん)()(しゆ)()()(せい)には()()(とも)(れい)(りき)(たい)との(さん)(げん)()かる(べか)らず。(しかし)(れい)(せい)()(ぜん)なり。(たい)(すなは)(ぶつ)(しつ)(げん)()(せい)(あく)なり。(ぜん)(あく)(こん)(ごう)し、()(しう)(たがい)(まじは)りて(こゝ)(ちから)(せう)ず。(ちから)(すなは)(くわつ)(よう)なり。(すべ)ての(もの)(れい)(しゆ)(たい)(じう)にして、(はじ)めて(ぜん)なる()(かい)(つく)()()し。(ぜん)(いち)(ごう)(だく)(てん)(ゆる)さず、()(うつ)()くに(したが)ひ、(つひ)には(たい)(しゆ)(れい)(じゆ)(こん)(らん)()()(きわ)まる(げん)(しや)(くわい)(さん)(しゆつ)す。(たい)(しゆ)(れい)(じう)()()(あく)なり。()(あく)(じん)(けい)(りん)(けつ)(くわ)は、(つひ)(あく)(ぎやく)()(どう)()(かい)(せう)(らい)し、(ゆう)(しやう)(れつ)(ぱい)(じやく)(にく)(きやう)(しよく)(さん)(じやう)(きた)すに(いた)るは(たう)(ぜん)なり。(こゝ)(おい)(ごう)(ちよく)(げん)(せい)なる(こく)()(しゆつ)(げん)(やう)するの()(うん) (とう)(らい)し、(つき)(おほ)(かみ)(うしとら)退(たい)(いん)(たま)へる(こく)()(ゆる)し、(ふたゝ)()(じやう)(しゆ)(けん)()()(たま)ひしかば、(いん)(ねん)()(たま)()(ぐち)(かい)()()(くわん)として、()(きう)(ちう)(しん)なる(あや)(たか)(あま)(はら)(あら)はれ(たま)ひ、(さい)(しよ)(こく)()(くだ)(たま)ひたる(しん)(ちよく)(じつ)(かう)すべく、(つき)(おほ)(かみ)()(じやう)(こう)(りん)せられ(れい)(りよく)(たい)(すなは)()(さん)(たい)(おほ)(かみ)(あら)はれて、(げん)(だい)(こん)(らん)()(かい)(しゆ)()()(せい)せんと、(こく)()(くに)(とこ)(たち)()(みこと)()()(じん)()(たま)ひ、(きやう)(しゆ)(にく)(たい)()りて(あら)はれ、(こく)()(たい)(げふ)(しん)()(たま)ふに(いた)れり。

 (ぐわん)(らい)(つき)(おほ)(かみ)(ぞう)(くわ)(だい)(げん)(れい)にして(てん)(ぞく)し、(くん)(けい)()します(なり)(くに)(とこ)(たち)()(みこと)()(ぞく)して(しん)(けい)()しませ(ども)(つき)(おほ)(かみ)()(かい)(ため)()()()(しん)()(くだ)りて、(その)(たい)()()(のを)(みこと)()()せる(さん)(によ)(しん)(へん)(げん)し、()()()(あま)(いは)()(ひら)(たま)(こと)()りぬ。

 されど(くに)(とこ)(たち)()(みこと)(けん)(じやう)()(しん)(りよ)(ふか)(ましま)せば、()くまで(てん)()(せん)()(さま)()(さん)(たい)(さま)(つき)(おほ)(かみ)(さま)(あふ)(うやま)ひ、(その) ()(しん)(めい)(したが)ひて(こん)(くわい)()(たて)(かへ)(すい)(こう)せむと()(たま)へり。(めい)()廿(にじゆう)()(ねん)(かい)()(しん)()(いは)く、(てん)(おほ)(かみ)(さま)()(くだ)りて(この)()()(しゆ)()(あそ)ばすぞよ。()(かみ)(てん)(のぼ)りて(この)()(しゆ)()(いた)すぞよ(うん)(うん)(てん)(おほ)(かみ)(さま)()(くだ)りて()(しゆ)()(あそ)ばすとは、(すなは)(しん)(けい)(くだ)りて(しゆ)()(たま)(こと)なり。()(かみ)(てん)(のぼ)りて(しゆ)()(いた)すぞよとは、(しん)(けい)(かみ)(くん)(けい)()()(かは)りて()(しゆ)()(あそ)ばす(こと)なり。(しん)()()(ぶん)(ちう)に、(つき)(おほ)(かみ)(さま)ほど()(こゝろ)()(かみ)(さま)()いぞよ(うん)(うん)()るは、(この)(かん)(せう)(そく)(もら)(たま)ひし(なり)(もち)(もた)れつの()である(うん)(うん)とあるも(この)(こと)なり。

 (くに)(とこ)(たち)()(みこと)(たい)()()ける(あま)(てらす)(おほ)(かみ)()()(すす)まれ、(つき)(おほ)(かみ)(たい)()()ける()()()()(みこと)(くだ)(たま)ひて、(てん)(じよう)(てん)()(しゆう)(さい)(たい)(ぎやう)(ぜう)(じゆ)(たま)()()とは()れる(なり)

 (しか)れど(しん)(せい)(ぜう)(じゆ)(あかつき)は、(また)(もと)(ごと)(つき)(おほ)(かみ)(てん)()(かへ)(たま)ひ、(こく)()()()(くだ)りて(しん)(けい)(しよく)()かせ(たま)()(こと)は、(おほ)(もと)(かい)()(しん)()(めい)()さるゝ(ところ)なり。

 (しん)(せい)(ぜう)(じゆ)(あかつき)は、(れい)(けい)として(あら)はれ(たま)ひし(こく)()(いづ)()(たま)は、(もと)(たい)(けい)(かへ)(たま)ひ、(たい)(けい)として(あら)はれ(たま)へる(みづ)()(たま)(もと)(れい)(けい)(かへ)(たま)ひ、(てん)()(ごう)(いつ)(じやう)()(いつ)()(まつ)()(じつ)(げん)し、(えい)(ゑん)()(きう)(てん)()(ばん)(ゆう)(しゆ)(さい)(たま)(しん)(かい)()(けい)(りん)なり。アヽ(こう)(えん)なる(かな)(しん)(じん)なる(かな)(てん)()()(じん)()(けい)(りん)よ。(をはり) 『太古の神の因縁』 大正七年一月五日  この神示(しんじ)は当時の大本教の機関誌であった『神霊界』大正七年二月号に収録されたものを掲載しましたが、振り仮名は『王仁文庫』第一輯に基づいています)

 上の(しん)()は古い文体で読みにくかったと思うので、“国常立神”に関する部分を要約します。

 太古の世、地上の主宰者に任じられた国常立神の統治が厳し過ぎて多くの神々から不満が出ました。それを抑えきれなくなったミロクの大神様は国常立神に(うし)(とら)の方角への退陣を命じました。この時から国常立神の(うしとら)の金神という悪神として()み嫌われる日々」が始まりました。しかし、世が乱れて世界が行き詰まった時には、国常立神は元の地位に戻って三千世界を正す役目を担うことになりました。その際はミロクの大神様が国常立神を上に立てて手伝うことを約束しました。更に世界が正された暁には、再びミロクの大神様が上に立って三千世界を治めることに決まりました。

 ちなみに、この物語は神名以外は記紀と全く共通点がありません。

 こういった大本系統の独自の神話は日月神示にも受け継がれており、比較のために該当部分を挙げて行きます。最初に「国常立神は(くに)(おや)(がみ)「祖神を押し込めた」の部分から引用します。

「世界一平に泥の海であったのを造り固めたのは国常立尊であるぞ、親様を泥の海にお住まひ申さすはもったいないぞ、それで天におのぼりなされたのぞ」 『キの巻』 第九帖 [266]

「天の大神様は慈悲深くて どんな偉い臣民にも底知れぬし、地の大神様は力ありすぎて人民には手に負へん、見当取れん、そこで神々様を此の世から追い出して悪神の云ふこと聞く人民ばかりとなりてゐたのであるぞ」 『雨の巻』 第二帖 [336]

「天の神も地の神も()き者に致して、好き勝手な世に致して、偽者の天の神、地の神つくりて我がよけらよいと申して、(われ)()しの世にしてしまふてゐた事、少しは判って来たであらうがな」 『風の巻』 第七帖 [358]

「次の世がミロクの世、天の御先祖様なり、地の世界は大国常立の大神様 御先祖様なり、天の御先祖様 此の世の始まりなり、お手伝いが(いや)(さか)のマコトの元の生神様なり」 『梅の巻』 第十七帖 [444]

「今迄は大地の先祖の大神様の()(すじ)を落してしもふて途中からの代りの神でありたから、まぜこぜしたから世が乱れに乱れてしもふたのぢゃぞ」 『青葉の巻』 第十五帖 [484]

 次に「国常立神が退陣した」(うしとら)(いん)(にん)()(ちょう)していた」の部分を引用します。

「此の方は力あり過ぎて失敗(しくじ)った神ざぞ、此の世かもう神でも()出すと失敗(しくじ)るのざぞ、どんな力あったとて我出すまいぞ、此の方がよい手本(みせしめ)ぞ。世界かもう此の方さへ我で失敗ったのぞ、()()いようなれど我出すなよ」 『日の出の巻』 第二十帖 [233]

「行なしではマコトのことわからんぞ、出来はせんぞ、神の道 無理ないなれど、行は誰によらずせなならんぞ。この方さへ三千年の行したぞ、人民には(ひと)()もようせん行の三千年相当のものざぞ」 『風の巻』 第八帖 [359]

「誰によらず改心せなならんぞ、この方さへ改心致したおかげで今度の御働き出来るのぢゃ」 『青葉の巻』 第七帖 [476]

「この方 悪神、(たたり)(がみ)と人民に云はれてトコトン落とされてゐた神であるぞ、云はれるには云はれるだけの事もあるのぢゃ、此の方さへ改心致したのであるぞ、改心のおかげで此の度の御用の立役者となったのぢゃぞ、誰によらん改心致されよ」 『海の巻』 第十帖 [502]

 次に「国常立神が立替えで活躍する」「天の大神様が手伝う」の部分を引用します。

「天の神様 地に御降りなされて、今度の大層な岩戸開きの(さし)()なされるのざぞ」 『天つ巻』 第四帖 [111]

(あめ)は天の神、国は国の神が()らすのであるぞ、お手伝ひはあるなれど」 『天つ巻』 第六帖 [113]

「大国常立尊大神と現はれて、一時は天もかまひ、地の世界は申すに及ばず、天へも昇り降りして、(モト)(ニホン)(カミ)の光りクッキリ現はさなならんと仰せあるぞ」 『磐戸の巻』 第十三帖 [249]

「今迄は天の神ばかり尊んで上ばかり見て居たから、今度は地は地の神の世と致すのぢゃ、天の神は地ではお手伝ひざと申してあろが」 『青葉の巻』 第十九帖 [488]

「救ひの手は(ヒムカシ)よりさしのべられると知らしてあろが、その東とは、東西南北の東ではないぞ、このことよく判りて下されよ。今の方向では東北(ウシトラ)から救ひの手がさしのべられるのぢゃ、ウシトラとは東北であるぞ、(うしとら)(こん)(じん)とは国常立尊で御座るぞ」 『扶桑の巻』 第八帖 [857]

「日本が日の本の国、(うしとら)のかための国、日出づる国、国常立大神が艮の扉をあけて出づる国と言うことが判りて来んと、今度の岩戸開きは判らんぞ、こんなことを申せば、今の偉い人々は、古くさい迷信ぢゃと鼻にもかけないなれど、国常立命が艮からお出ましになることが岩戸開きぞ、今の学では判らんことばかり」 『極めの巻』 第四帖 [931]

 次に「国常立神は天の大神様を上に立てている」の部分を引用します。

「この方は天地を綺麗に掃除して天の大神様にお目にかけねば済まぬ御役であるから、神の国の臣民は神の申すようにして、天地を掃除して天子様に(たてまつ)らなならん御役ぞ」 『下つ巻』 第二十三帖 [65]

「昔から生き通しの(いき)(がみ)様のすることぞ、泥の海にする位 朝飯前のことざが、それでは臣民が可哀そうなから、天の大神様に この方が詑びして(ひと)()(ひと)()と延ばしてゐるのざぞ、その苦労も分らずに臣民 勝手なことばかりしてゐると、神の堪忍袋 切れたらどんなことあるか分らんぞ」 『天つ巻』 第十七帖 [124]

「悪神の仕組は此の方には判りてゐるから一度に潰す事は易いなれど、それでは天の大神様にすまんなり、悪殺してしまふのではなく、悪改心さして、()()()の嬉し嬉しの世にするのが神の願ひざから、この道理 忘れるでないぞ」 『日月の巻』 第十一帖 [184]

(いよ)(いよ)天の大神様の御命令通りに神々様 総がかりぞ」 『梅の巻』 第五帖 [432]

「三分の一の人民になると、早うから知らせてありたことの実地がはじまっているのであるぞ。何も()も三分の一ぢゃ、大掃除して残った三分の一で、新しき御代の(いしずえ)と致す仕組ぢゃ、三分難しいことになっているのを、天の神にお願い申して、一人でも多く助けたさの日夜の苦心であるぞ」 『扶桑の巻』 第七帖 [856]

 以上の内容からは、大本神示での主張が そのまま繰り返されていることが判ります。日月神示が大本系統の(しん)()と言われる所以(ゆえん)です。

 そして、(いにしえ)の神話であり未来の予言でもある『太古の神の因縁』の中で、国常立神が三千世界の革正に乗り出す部分が現実になって現れる最初の出来事が、1995年1月17日に起こった【阪神淡路大震災】だと思われるのです。

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第一章 神経綸七 「 地の岩戸開きの始まり 」

阪神淡路大震災

 1995年1月17日午前5時46分に起こった“平成七年兵庫県南部地震”は戦後最大級の地震であり、【阪神淡路大震災】の通称で呼ばれます。この震災は日月神示にも深い関係があります。


 震災の霊的な意味は、既に複数の大本系統の神典研究者によって述べられており、どの説も大筋において似通っています。参考として、それらの説を要約して紹介します。

一、阪神淡路大震災が日本の神話で最初に生み落とされた淡路島を震源地としていたのは、“新しき国生みの始まり”を意味している。
一、震災によって現れた断層が北東の方角に向いていたのは、地震が“艮の金神の力の現れ”であったことを意味している。
一、最大の被害を受けた神戸市の名称は“神の戸”を意味している。
一、神の戸が淡路島の北東の方角に位置していたのは、艮に押し込められていた国常立神が“岩戸からお出ましになった”ことを意味している。
一、鳴門海峡と隣接する淡路島が震源だったのは“鳴門の仕組”との関連を意味している。

 大体こういった説が唱えられていて、時節概論での解釈も これらの説を踏襲しています。独自な点があるとすれば、「この震災が神経綸の七の始まりになった」としている点と、艮に押し込められていた国常立神が阪神淡路大震災を境に お出ましになったとする根拠に、『大本神諭』を挙げている点でしょうか。

「艮の金神は此の世を始めた神なれど、余り()が強ふて(うし)(とら)へ三千年と五十年 押込められて居りて、(かげ)から構ふて居りたが、蔭からの守護は()()けの事、神の()(とく)はチツトも人民に判らんから、表に現はれて神の威勢の光りを出して世界を(たす)けるぞよ。(たい)(もう)な事で在るぞよ」 『大本神諭/神霊界』 明治三十三年 旧四月七日

 ただし、蔭の守護と表の守護の切り替わりを意味する“三千年と五十年”については、第三章の総論で改めて考察したいと思います。

 そして、日月神示には阪神淡路大震災を予言していたと思われる記述が存在します。これは、この概論で神経綸七を(くに)の岩戸()()の始まり”と解釈する根拠になった記述であり、【岡本天明の年齢】を使って書かれています。

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岡本天明の年齢

 日月神示には動かしようのない“絶対座標”とでも言うべき時節が二つだけ存在しています。その一つが1949年(昭和二十四年)十一月二十七日に書記された【岡本天明の年齢】です。


「天明九十六才七ヶ月ひらく」 『黄金の巻』 第十五帖 [526]

 日月神示を書かされた岡本天明氏は1897年(明治三十年)の12月4日に生まれました。天明氏の九十六才七ヶ月は満年齢で1994年(平成六年)7月に当たります。しかし、その時には何も起こりませんでした。()()の信奉者の間では、この記述を同年7月に起こった出来事のことだとする説もありますが、翌年の阪神淡路大震災とする説もあり、時節概論では後者の説を取っています。

 1994年7月と1995年1月17日では約半年のズレがありますが、これを同一のものと()()す根拠としたのが、日月神示の中で繰り返されている「神経綸には多少の遅し早しがある」という記述です。

「遅し早しはあるなれど、一度申したこと必ず出て来るのざぞ。臣民は近慾で疑ひ深いから、何も分らんから疑ふ者もあるなれど、この神示一分一厘 違はんのざぞ」 『天つ巻』 第二十八帖 [135]

「遅し早しはあるなれど、神の申したこと一厘も違はんぞ」 『地つ巻』 第二十七帖 [164]

「いづれは天之日津久神様 御かかりになるぞ、遅し早しはあるぞ」 『地つ巻』 第三十六帖 [173]

「何事も神示通りになりて、せんぐりに出て来るぞ。遅し早しはあるのざぞ」 『日月の巻』 第十帖 [183]

「世界の事ざから、少し位の遅し早しはあるぞ」 『松の巻』 第十五帖 [306]

「遅し早しはあるなれど、いづれは出て来るから、神示 (はら)に早う入れて置いてくれよ」 『梅の巻』 第二十三帖 [450]

「少しの時の早し遅しはあるなれど、いづれは神示通りに出て来るぞ」 『黄金の巻』 第五十二帖 [563]

「三千世界のことであるから、ちと早し遅しはあるぞ。少し遅れると人民は、()()は嘘ぢゃと申すが、百年も続けて嘘は云へんぞ、申さんぞ」 『黄金の巻』 第五十九帖 [570]

「人民と申すものは生命(いのち)が短いから、気が短いから、仕組 少しでも遅れると、この神は駄目ぢゃと、予言が違ったではないかと申すなれど、二度とない大立替であるから少し位の遅し早しはあるぞ、それも 皆 人民一人でも多く助けたい神の心からぢゃ。遅れても文句申すが早くなっても 又 文句を申すぞ、判らんと申すものは恐ろしいものであるぞ」 『星座の巻』 第六帖 [889]

 このように、予言と実際の出来事が半年ほどズレたのは、神経綸に多少の遅し早しがあったからだと思われます。ですが、震災の起きた日付に注目すると、必ずしも遅れたとは言えない側面があります。何故なら、阪神淡路大震災の起こった【平成七年一月十七日】は、日月神示から独自の意味が読み取れるからです。

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平成七年一月十七日

 これは大本系統の複数の神典研究者によって何度も指摘されていることなのですが、平成の「平」の字を分解すると一と八と十になり()()()と読めます。このことから「平成は()()()()時代である」と言われます。そういった意味を内包し、同時に日月神示の数霊論にも深く関わる日付が、阪神淡路大震災の起きた【平成七年一月十七日】です。


 この日付を日月神示風に読めば()()()(ナリ)(ナル)()()(ナル)であり、「岩戸成り成る日となる」という意味が浮かび上がります。一は“ヒ”の他に“ハジメ”とも読めますので、「岩戸成り成る始めとなる」としても間違いではないでしょう。意味的には どちらでも変わりません。

 また、この日付は別の意味も併せ持っており、それが“時節の節目の共通点”になっています。これについては第三章の序節の第一項『十七日の根拠』で後述します。

 そして、“なりなる”という言葉の意味は日月神示でも度々言及されていて、【数霊の七】に相当するとのことです。

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数霊の七

 日月神示では(かず)(たま)の概念が提示されています。これは古来より日本に伝わる(こと)(たま)と同じ本質を持つ概念です。言霊とは「言葉には霊力(エネルギー)が宿る」という概念ですが、これと同様に「数には霊力(エネルギー)が宿る」としたものが数霊です。そして、日月神示は それぞれの数が独自の性質を備えていると主張しており、その中で“なる”もしくは“なりなる”の性質を持つのが【数霊の七】です。


 ()()の原文が数字だらけであることからも判るように、数霊は日月神示の根幹を形成する概念です。同時に時節とも切り離すことができません。何故なら、()()()()()()()()()()()()()からです。

「世の中には順序あるぞ、それが(かず)(たま)。動くと音出るぞ、それが(こと)(たま)。物には色あるぞ、それが(いろ)(たま) 『黄金の巻』 第七十帖 [581]

 ここでは数霊が順序と同一視されており、その点が時節の原則である“数の順序”に繋がっています。それ故、数霊論と時節論は多くの部分が一致します。

 そして、日月神示の数霊論で“なる”の性質を持つ七は、“ひらく”の性質を持つ八と一組として扱われており、“なりなりてひらく”という風に表現されています。つまり、“なりなる”()()()()()()()()に相当するのです。ここからは以下の意味を導き出すことができます。

「岩戸が成る平成とは“岩戸が開く()()()()時代”である」

 要するに、日月神示では数霊が神経綸の進展段階を現わす数字に対応しており、数霊の七が神経綸の七の期間への言及を兼ねています。そこで“七”に関する記述を引用してみます。

「七とはモノのなることぞ」 『扶桑の巻』 第一帖 [850]

「七は成り、八は開くと申してあろうが」 『碧玉の巻』 第五帖 [869]

「ナルの仕組とは(なる)()()()())の経綸であるぞ、八が十になる仕組、岩戸ひらく仕組、今迄は中々に判らなんだのであるが、時節が来て岩戸がひらけて来たから見当つくであろう、富士と鳴門の仕組、結構致しくれよ」 『星座の巻』 第二帖 [885]

「七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、なりなりあまる鳴門の仕組。富士と鳴門の仕組いよいよぞ、これが判りたならば、どんな人民も腰をぬかすぞ。〔中略〕 なりなりなりて十とひらき、二十二となるぞ、富士晴れるぞ」 『至恩の巻』 第十六帖 [963]

 これらの記述については“八方世界”“十方世界”、そして伊邪那岐神と伊邪那美神の“国生み神話”の解説が まだなので、本章の段階では意味が判らないと思います。取り敢えず、次の内容を覚えておいて頂ければ結構です。

 「天之日津久神様は現在までの地上界を“不完全な八方世界”であると主張しており、そこに九と十の世界を加えて“完全な十方世界”へ移行させようとしている。その計画の名称が“鳴門の仕組”である」

 そこで“なる”及び“うむ”の記述を引用してみます。この二つは極めて近い関係にあり、基本的に神や人間のこととして言及されているのですが、世界全体を一柱の神や一人の人間に見立てても意味が通るように書かれています。

「ナルとは成ることぞ。成るは表、(しゅ)ぞ。ウムとは(ウム)のこと。生むは裏、(じゅう)ぞ。ナルは内、ウムは外。ナルには内の陰陽合わせ、ウムには外の陰陽合わせよ。成ると生むは同じであるぞ。違ふのぢゃぞ。成ることを生むと申すことあるぞ。生むこと成ると見ることあるぞ。ナルとは(ナル)こと、自分が大きく成ることぞ。自分の中に自分つくり、内に生きることぞ。ウムとは自分の中に自分つくり外に置くことぞ。このこと判れば(いし)()の仕組 判る」 『黄金の巻』 第四十七帖 [558]

「神も人間も同じであると申してあろう。同じであるが違ふと申してあろう。それは大神の中に神を生み、神の中に人民 生んだためぞ。自分の中に自分新しく生むときは、自分と同じカタのものを生む」 『夏の巻』 第七帖 [724]

「ウムと申すことは自分をよりよく生長さすこと。一つ生めば自分は一段と上に昇る。この道理わかるであろうがな。生むことによって、自分が平面から立体になるのであるぞ」 『夏の巻』 第九帖 [726]

「生めば生む程、自分新しくなり成り、大きくなる。人間は大神のウズの御子であるから親のもつ新しき、古きものがそのままカタとして現れゐて、弥栄えてゐる道理ぢゃ」 『夏の巻』 第十五帖 [732]

「自分が自分生むのであるぞ。陰と陽とに分れ、更に分れると見るのは、人間の住む次元に引下げての見方であるぞ。陰陽分れるのでないこと、もとのもとのもとの誠の弥栄知れよ」 『夏の巻』 第十八帖 [735]

 上の記述は非常に意味が判りにくいのですが、これは日月神示の訳文が“なる”の意味を明確に区別しておらず、漢字の当て方が一定していないからです。少しだけ補足しますと、元々日本語の“なる”には大別して“三つの意味”があります。

()無かったものが存在し始める。新しく現れる。生じる。 ( )
()(成る)在ったものが別のものに変わる。状態が変化する。他の形態に到達する。 ( )
()成就する。実現する。終わる。結果が出る。 ( )

 一見して判るように、“なる”は「原因→過程→結果」や「開始→進展→終結」といった(せい)(せい)()(いく)(はたらき)を包括する意味があります。この語義が()()の説く(なる)()の仕組と()()(なる)の仕組に関係して来ます。

 そして、神経綸七における“なりなる”とは基本的に“為り成る”であり、変化の意味を強く持っています。「世界が(へん)(ぼう)し始める」と言って良いでしょう。

 なお、ここでの()()るとは身体(からだ)が成長することであり、子供を作る“生む”とは様相が違います。時節の全体像から眺めると、神経綸七と八は八方的な世界が完成する期間です。(たと)えるなら、人体が(せい)(つう)(しょ)(ちょう)を迎えて本格的な大人の身体に変化する段階に相当します。これは「子供を生める身体に変わる」ということであり、時節において「新しき国生みのための準備段階」としての意味を持ちます。

 この新しき国生みが始まるのが“岩戸開きの日”であり、神経綸九が始まる“旧九月八日”です。ここからが八方世界を十方世界へ(せん)()させる(ナル)()の仕組”()()なのですが、広義の意味では、その準備段階である神経綸七と八も(なる)()の仕組の期間に含まれます。それを示唆する意味で、神経綸七は鳴門海峡に隣接し、日本の国生み神話で最初に生み落とされた淡路島から始まったと考えられます。

 また、()()()()()為り成るのですから、神経綸七は本質的に“神経綸八に付随する期間”と言えます。先に引用した「天明九十六才七ヶ月ひらく」の記述が、七を意味する“なりなる”の始まりを、八を意味する“ひらく”の言葉で表現しているのは、このような理由もあると推察されます。

 以上の考察が、阪神淡路大震災を、神経綸の七の始まり、地の岩戸開きの始まり、広義の意味での鳴門の仕組の始まり、と考えた根拠です。

 その上で、これらは「岩戸が開き始めて隠れていたものが現れ始めた」という意味も併せ持っているようです。この点については第三章で歴史的な出来事と絡めて言及することにして、ここでは時節についての話を先に進めたいと思います。

 日月神示には神経綸七の期間に言及した記述が僅かに存在します。ですが、その記述を引用して考察する前に解説しなければいけないことがあります。それは“数の順序”の実体である【数霊と月の対応関係】についてです。

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数霊と月の対応関係

 本節で述べる内容は、神経綸十の解説の最後で引用する“結びの日”を特定した記述によって明らかになることなので、本章の段階では納得できないと思われます。しかし、この概論を読み終えて時節の全体像を把握すれば、下記の結論に至った理由が納得できるはずなので、今は先へと読み進めて下さい。

 日月神示の時節の原則である“数の順序”は、具体的には“月の時節”を実体として成り立ちます。これが“時節の節目”“神経綸が進展する日”であり、その内容を簡単に説明すると以下のように言えます。

 日月神示の説く七月、八月、九月、十月は、それぞれの数字と対応する神経綸を指す(いん)()になっています。

 これが【数霊と月の対応関係】です。


 そして、この対応関係と“二つの絶対座標”を基点に月の時節を配置したものが数の順序であり、時節の全体を繋ぎ合わせる“一本の糸”になります。これが時節を読み解くための“鍵”の部分です。ここさえ押さえれば、他の時節の記述を読み解くのは それほど難しくありません。

 そこで“数霊と月の対応関係”を判り易くまとめてみます。

数霊の七七月神経綸七1994年7月(1995年1月17日)
数霊の八八月神経綸八2008年8月17日
数霊の( )( )神経綸( )2016年()九月八日
数霊の( )( )神経綸( )2024年()十月八日

 何故、このような対応関係が成り立つのかと言えば、“神経綸の進展の象徴となる出来事”が上記の月に起こるからです。しかし、実際には()()()()()()()()()()()()()()()()、数霊と対応する月に神経綸の節目となる出来事が意図的に配置されたのでしょう。

 これは日本人が何らかの記念日を()()()わせ”で決めるのと同じ感覚なのかもしれませんが、実際には大本系統における(ひな)(がた)の概念”に基づいて計画されたと考えられます。雛型は日月神示でも非常に重要な概念なので、今後も度々取り上げます。

 なお、こういった対応関係に基づき、時節概論で七月、八月、九月、十月の言葉が入った記述を引用する際は、これらの月が“対応する神経綸の期間全体”もしくは“対応する神経綸の始まりの日”を指すものとして扱います。

 以上の内容から判るように、神経綸七の期間は【七月】の言葉を使って言及されています。

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七月

 日月神示で“神経綸七の期間”に言及した記述が【七月】です。


 そこで、神経綸七の解説として“七月”の言葉を含む記述を引用します。ですが、実際には先に引用した「天明九十六才七ヶ月ひらく」の他には一箇所しかありません。また、七月だけではなく他の月と一緒に述べられています。

「七月になると上の人民、(ばん)(とう)殿(どの)、顔の色 悪うなって来るぞ、八、九月となれば(いよ)(いよ)変って来るぞ、秋の紅葉(もみじ)の色 変るぞ」 『梅の巻』 第八帖 [435]

 大本系統の(しん)()での“番頭殿”とは主に政治家を指します。これは「国を()()()()預けられている者」という意味の表現であり、()()()()()()を意味する“王”とは明確に区別されています。ここからも判るように、上の人民や番頭殿とは政治家を筆頭とする国政に(たずさ)わる立場の人達と言えます。

 彼らは大本神諭の頃から「神を亡き者にしている」と非難されており、日月神示での言及も殆どが非難と警告で占められています。そういった人々の顔の色が悪くなるとは、神経綸が進展する節目の出来事が起こる(ごと)に、日本の国の舵取りが難しくなることを()()しているのでしょう。

 これと同じ意味を持つものとして、次のような記述もあります。

「七から八から九から十から神(はげ)しくなるぞ」 『下つ巻』 第十四帖 [56]

 この帖は「神経綸の進展と共に神の力が天災地変として活発化する」という意味だと思われます。実際に「阪神淡路大震災を境に日本列島は活動期に入った」と言われており、地震の数が明らかに増えました。現在では一昔前なら何十年に一度の規模の震災も、かなりの頻度で起こるようになっています。

 なお、上の記述に見られるように、神経綸の七と八と九と十は緊密な関係を持ちます。しかし、番頭殿の記述では“十月”だけ抜けており、ここには明確な理由があります。これは十月の時点、つまり神経綸十の段階では、日本の政治形態が変わって番頭殿が居なくなっているからです。この記述は神経綸十の解説の際に再び引用して詳細を論じます。

 取り敢えず、七月に関する記述は以上が全てです。とても少ないと言えますが、これは日月神示の予言が2016年から2024年の“正念場”の期間に偏っているからです。中でも2016年の“旧九月八日”の前後に集中しています。そのため、それ以外の期間のことは非常に予想しにくいのです。この点については次章で述べる神経綸八の期間も同様です。

 そして、神経綸八は【東京大震災】と共に始まると思われます。

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第二章 神経綸八 「 世界恐慌 」

東京大震災

 最初に述べておきますと、神経綸八の始まりの年については他の七、九、十、結びの日と違って、明確な記述が日月神示の中にありませんでした。ですから、これに関しては時節の全体の流れから推測したものに過ぎません。故に、時節概論の枠組の最後に決まった最も不確実な部分です。

 そして、この概論では神経綸八の始まりを、2008年8月17日と仮定しています。その時に起きると予想される出来事が【東京大震災】です。


 もっとも、神経綸に深く関わる天災地変は、地上世界の現状を考慮して最適の日時を選んで行われるので、阪神淡路大震災のように半年くらいズレる可能性が充分にあります。ですが、時節の全体像を()(かん)すると、神経綸が七から八に進展する“計画上の予定日”は この日しかないはずなのです。

 また、神経綸八の始まりで確かなのは「地震であること」という一点だけなので、場所は東京近辺ではない可能性もあります。これについては時節の前後の流れが繋がるように解釈すると、地震が起きるのは東京である可能性が最も高そうなので、こういった結論になりました。

 本章では上述の結論に至った経緯を、一つづつ述べて行きたいと思います。

 最初に「何故、日月神示に記述が無い()()を在ると主張するのか?」という当然の疑問への答えとして、時節に八の段階が存在すると考えた【八の根拠】を述べます。

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八の根拠

 これは今後の解説の中で徐々に明らかになることですが、神経綸が進展する日である“時節の節目”は、どれも異なる解釈の余地がありません。何故なら「別角度から見た記述が同じ日と年を指し示す」という形で何重もの制約が課せられているからです。そのため、時節の節目を一箇所でも(いじ)ると全体が(ほころ)びるようになっています。こういった中で神経綸八の始まりの年を示す記述だけが存在していませんでした。この存在しないものを存在するとした理由が【八の根拠】です。


 そこで上述の内容を、日月神示の発祥を六、神経綸が進展する日を七、八、九、十、結びの日を(れい)として説明します。抽象的に見えるかもしれませんが、実際には最も具体的な表現です。

まず六が在りました。(1944年6月10日)
他に七が知られていました。(1994年7月)
次に九を見つけました。(2016年旧九月八日)
次に十を見つけました。(2024年旧十月八日)
次に(れい)を見つけました。(結びの日)
次に六、七、九、十、(れい)が順序よく並んでいることに気付きました。
最後に「七と九の間に八が在る」と結論しました。

 具体的な説明は以上ですが、一つだけ付け加えると、この中で(れい)を意味する“結びの日”を見付けたことが、“数の順序”“数霊と月の対応関係”を導き出す直接的な契機になりました。それと言うのも、二つの仮説から算出した()()()()()()()()結びの日が存在していたからです。これが神経綸十の解説の最後で引用する時節の記述です。

 このように、日月神示の説く神経綸は数という“動かしようのない順序”を原則として構成されているため、「無くても在る」としか言えないのです。これを「無いから無い」と言ってしまうと、神経綸を貫く原則が無くなってしまい、時節全体がバラバラに解体されて意味が不明になってしまいます。

 数の順序において、七の次が九であることは有り得ません。七の次は必ず八です。七の次が九に見えたなら、八は()()()()()()()なのです。ですから、七を意味する阪神淡路大震災と、九を意味する2016年の旧九月八日の間には、八の始まりを意味する時節の節目が必ず存在しているのです。これが、神経綸八の始まりの年が日月神示に存在しないにも関わらず、この概論に存在する理由です。

 次に神経綸八の始まりを2008年に仮定した根拠ですが、これを論じるためには、その前と後の出来事である【八の前後】を述べる必要があります。

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八の前後

 神経綸八の期間に起きる出来事については、言及が少な過ぎて単独では推測できませんでした。そのため“七の後の期間”“九の前の期間”を指すと思われる記述を見付け、それを八の期間に起きる出来事に推定しています。このような手法を使ったため、神経綸八を論じるには、七と九に起きる出来事を理解している必要があります。これが【八の前後】です。


 そこで、本節では“神経綸九の概要”を中心に説明します。

 昔から日月神示や大本神諭を読んでいる人には有名な話なのですが、(しん)()には三千世界の大立替えに際して、日本と外国の戦争が起きることが繰り返し述べられています。それによれば、日本は外国勢力に敗北して一時的に滅亡するとのことです。

 多くの大本系統の(しん)()の研究では、この予言は第二次世界大戦において成就したとされます。しかし、日月神示では終戦後も戦争を予言する記述が続き、()()が本格的に脚光を浴び始めた1990年代以降は、今後の予言と解釈する説も有力視されるようになりました。時節概論でも今後の予言であると結論しています。

 そして、日本と外国の戦争が始まる日が2016年の旧九月八日であり、岩戸開きの日、神経綸九の始まりの日、(いよ)(いよ)が始まる日、天地が引っ繰り返る日、地獄の(かま)(ふた)が開く日、ビックリ箱が開く日、神の御用に使われる日、新しき国生みが始まる日、()()()()()の始まりの日であることは、他の時節の記述から判明しています。これに関しては確定事項と言っても構わないほど、明確で断定的な記述が(しん)()の中に存在していました。

 こういった2016年旧九月八日に起きる出来事を中心として、日月神示の予言の解釈を前後に広げたものが時節概論です。ここから判るように、神経綸九が神の計画の要である“正念場”の期間です。

 これが神経綸九の概要です。そして、2016年旧九月八日という“結果”に繋がるように、前の状況となる“原因”を逆算したものが神経綸八の解説になります。このように、神経綸八の期間の解釈は神経綸九の出来事に依存しています。

 また、上述の手法で神経綸八の出来事を推定することが、2008年を神経綸八の始まりの年と結論した根拠を述べることに繋がります。根拠になった記述は何種類かありますが、まずは【富士遷都】から見て行きたいと思います。

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富士遷都

 日月神示を降ろした天之日津久神様は、「ミロクの世の首都は富士山麓になる」と予言しています。つまり、いずれは首都が東京から富士に(うつ)ることになります。これが【()()(せん)()】です。


「富士に()(やしろ)して この世 治めるぞ」 『天つ巻』 第一帖 [108]

「富士の御山に腰かけて、この方 世界中まもるぞ。〔中略〕 天子様お(うつ)り願ふ時 近づいて来たぞよ。奥山に紅葉(もみじ)ある内にと思へども、いつまで紅葉ないぞ」 『天つ巻』 第八帖 [115]

「富士 (みやこ)となるのざぞ」 『地つ巻』 第十一帖 [148]

「天子様が富士から世界中に()()()される時 近づいたぞ。富士は火の山、火の元の山で、汚してならん御山ざから臣民 登れんやうになるぞ」 『地つ巻』 第三十六帖 [173]

 上と同じ内容のことを別の表現で説いた記述もあります。

「世 治めるは()()(はな)(さく)()(ひめ)(さま)なり」 『梅の巻』 第二十五帖 [452]

 ここで登場する“木之花咲耶姫”は富士山の守護神で、駿(する)()(のくに)(いち)(のみや)()()(さん)(ほん)(ぐう)(せん)(げん)(たい)(しゃ)の祭神です。この神霊は八百万の神々の中で最も美しいと言われ、日本各地の富士の別名を持つ山の大半に祀られる非常に人気の高い女神様です。

 そして、日月神示では御神名の()之花の部分を、()の花”を意味する()の花”という表現で使う場合があります。これは“神経綸()の期間が立替え立直しの“正念場”であることに掛かっており、そのような使い方を“遷都”と絡めて表現した記述も見られます。

「やがては富士に()の花 咲くのざぞ、見事 富士に此の方が鎮まって、世界 治めるのざぞ」 『風の巻』 第一帖 [352]

「苦しむ時は苦しめよ、苦の花 咲くぞ。世は七度の大変り、変る代かけて変らぬは、誠一つの()の花ぞ、()の花 咲くは()(そう)の山、富士は神山、神住む所、やがて世界の真中ぞ」 『青葉の巻』 第十一帖 [480] 第二仮訳では「()(そう)」ではなく「()()」になっていますが、文脈的には()(ソー)だと思われます。或いは()()であり「父祖」とする方が適切なのかもしれません)

 上の帖での“扶桑”とは古代支那(チャイナ)の言葉で、太陽が昇る方角にあるとされる神木と土地のことです。それが“日出づる国”である日本を指す意味も持つようになりました。一般的には“神の地”といった意味だと思えば良いでしょう。ここでは明らかに“霊峰富士”を指しています。

 このように、日月神示は富士への遷都を予言していますが、()()なのかは明かされていません。その時期は基本的に判らないのですが、神経綸九を迎える前の段階で富士に遷都されているかのように見える記述があります。

「富士を目指して攻め寄する、大船小船(あめ)の船、赤鬼青鬼黒鬼や、大蛇悪狐を先陣に、寄せ来る敵は空(おお)ひ、海を埋めて(たちま)ちに、(てん)(ぢつ)暗くなりにけり」 『富士の巻』 第二十四帖 [104]

「江戸に攻め寄せると申してあろがな。富士 目指して攻め来ると知らしてあること近付いたぞ」 『日月の巻』 第十二帖 [185]

「天も地も一つにまぜし大嵐、攻め来る敵は駿(する)()(なだ)、富士を境に真二つ。先づ切り取りて残るもの、七つに裂かん仕組なり。されど日本は神の国。最後の仕組 神力に、寄せ来る敵は魂まで、一人残らず(のう)にする」 『松の巻』 第二十七帖 [318]

 上の引用には日本に攻め込む外国勢力が「富士を目指す」と書いてあります。日本を象徴する霊山とはいえ、富士山が攻撃対象になるとは思えないので、これは日本の首都としての富士に攻め込む意味とも解釈できます。また、ここでの富士が あくまでも地名であることを明示する意味で、富士山の(ひざ)(もと)“駿河灘”という言葉が使われているのではないでしょうか。

 以上の記述に基づいて、富士遷都が神経綸九の前に行われる可能性があると考えました。

 そして、2016年旧九月八日の時点で戦争になるのであれば、前の段階で戦争の原因になる出来事が起こるはずです。その出来事を明確にするのは難しいですが、敢えて予想するなら【金】が原因になると思われます。

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 大本系統の(しん)()は現在の()(へい)経済に対して極めて否定的な見解を示しており、現行の経済制度(システム)に煽られた人間の欲心が世界を潰すことになると警告しています。それを総括した言葉が【(きん)】です。


 そして、日月神示はミロクの世が始まる前の段階において、“世界的な金融危機”が起こる可能性を暗に示しています。これが日本と外国の戦争の直接的な原因であるかどうかは判りません。ただ、戦争の原因になりそうな出来事の予言が他に見当たらないのです。

(きん)で世を治めて、金で潰して、地固めしてミロクの世と致すのぢゃ」 『黄金の巻』 第五十九帖 [570]

 ()()で言及されるミロクの世は“五六七のミロクの世”“六六六のミロクの世”の二種類があります。この記述がどちらのミロクの世を指しているのかは判然としませんが、時系列的には2016年旧九月八日から始まる五六七のミロクの世である可能性が高いです。これは旧九月八日から“天地が引っ繰り返る”ので、“金で潰す”という通常の経済活動の延長線上にあるような出来事は、旧九月八日の前の段階に起きるはずだからです。

 他にも、日月神示には“金で世を潰す”という記述が二箇所ほどあります。

(きん)では世は治まらんと申してあるのに まだ金追うてゐる見苦しい臣民ばかり、金は世を潰す(もと)ぞ」 『下つ巻』 第三十五帖 [77]

(きん)では治まらん、(あく)(がみ)の悪では治まらん、ここまで申してもまだ判らんか、金では治まらん、悪の総大将もその事知って居て、金で、キンで世を潰す計画ざぞ」 『梅の巻』 第二十六帖 [453]

 上の記述の中で、金で世を潰すのは“悪神”と呼ばれる存在が、明確な意図を以て行うことが明かされています。また、ここで登場する“悪の総大将”とは、日月神示に言及がある“悪の三大将”の首領のことで、アメリカ合衆国とソビエト連邦を手下に持ちます。

「悪の総大将は奥に隠れて御座るのぞ。一の大将と二の大将とが大喧嘩すると見せかけて、世界をワヤにする仕組、もう九分通り出来てゐるのぢゃ」 『黒鉄の巻』 第十四帖 [632]

 昔から日月神示の信奉者の間では、上の記述の“一の大将”“二の大将”がアメリカ合衆国とソビエト連邦を指すと言われています。この()()が降りたのは1950年(昭和二十五年)1月22日ですが、その時点で天之日津久神様は、第二次世界大戦後に世界を自由主義陣営と共産主義陣営に二分した“冷戦”が偽りのものであることを指摘していました。そして、最終的に両者は“共倒れ”になるそうです。

「自由も共産も共倒れ、岩戸が開けたのであるから元の元の元のキの道でなくては、タマの道でなくては立ちては行かん」 『星座の巻』 第十一帖 [894]

 恐らく、悪の総大将は自由主義と共産主義を共倒れにさせて“勝者なき世界”とし、賭博(ギャンブル)で言うところの“親の総取り”を狙っていると思われます。

 このように、()()で予言されていた通り、共産主義はソビエト連邦と共に1991年に崩壊しました。また、日月神示が正しければ、自由主義もアメリカ合衆国と共に崩壊します。アメリカの崩壊は時系列的に考えて岩戸が開く2016年の旧九月八日より前になるはずですし、現状では金融危機が契機になる可能性が最も高いと言えます。そういった経済制度(システム)の破綻の影響が世界中に波及するのが“金で世界()を潰す”の意味なのでしょう。

 そして、ここまでに述べた、富士遷都、金融危機、アメリカ合衆国の崩壊に関わる可能性が高い出来事が、神経綸八の始まりを告げるであろう“東京大震災”です。これは日月神示で【八月】と呼ばれます。

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八月

 前章の『数霊と月の対応関係』で述べましたが、日月神示の七月、八月、九月、十月は神経綸の進展段階を表す数字と対応しています。つまり、【八月】の記述が神経綸八への言及になります。


 しかし、八月の記述は極めて少なく、実質的に二つしかありません。そして、神経綸八で確実と言えるのは、「始まりが地震であること」という一点だけです。

「八月ぐらぐら」 『青葉の巻』 第六帖 [475]

 “ぐらぐら”は物が揺れ動く様子を表現する()(おん)であり、ここでは明らかに地震を指しています。それが八月、つまり神経綸七の始まりである1994年7月(1995年1月17日)と、神経綸九の始まりである2016年旧九月八日の間に起きることになります。

 ですが、日月神示には八月の地震が起きる地域については述べられていません。それを東京と解釈したのは、具体的な地名を挙げて崩壊を予言されている地域が江戸(とうきょう)だけだからです。

「いづくも土にかへると申してあろうが、東京も元の土に(ひと)(とき)はかえるから、その積りでゐてくれよ。神の申したこと違はんぞ。東京は元の土に一時はかへるぞ、その積りで用意してくれよ」 『上つ巻』 第十一帖 [11]

「外国から攻めて来て日本の国 丸潰れといふところで、元の神の神力出して世を建てるから、臣民の心も同じぞ、江戸も昔のやうになるぞ、神の身体から息 出来ぬようにしてゐるが、今に元のままにせなならんことになるぞ」 『上つ巻』 第二十一帖 [21]

「江戸が火となるぞ、神()けるぞ」 『上つ巻』 第三十五帖 [35]

「江戸が元の(すすき)(はら)になる日 近づいたぞ。天子様を(みやこ)に移さなならん時 来たぞ。江戸には人住めんような時が一度は来るのぞ。前のやうな世が来ると思うてゐたら大間違ひぞ」 『下つ巻』 第十六帖 [58]

「江戸に攻め来たぞ」 『富士の巻』 第十帖 [90]

「江戸と申すのは東京ばかりではないぞ、今のような都会みなエドであるぞ、江戸はどうしても火の海ぞ。それより他やり方ないと神々様 申して居られるぞよ。秋ふけて草木枯れても根は残るなれど、臣民かれて根の残らぬやうなことになりても知らんぞよ」 『富士の巻』 第二十七帖 [107]

 東京の崩壊を予言する()()は戦前に降りたものばかりであり、先の世界大戦で成就したとも言えます。ですから、神経綸八の出来事とは断定できません。また、日月神示では東京の前名である()()を、()()という“人間の悪しき想念で(けが)れた土地”の意味でも使っています。そのため、必ずしもエドが東京とは限らないのです。

 それでも地震が起きる地域を東京だと結論したのは、そう解釈すれば もう一つの“八月”の記述との(つじ)(つま)が合うからです。

「八月のこと、八月の世界のこと、よく気つけて置いてくれよ」 『富士の巻』 第六帖 [86]

 ここでは地震の起きる八月が、わざわざ“世界”と絡めて言及されています。これは神経綸八の始まりの出来事が、日本だけではなく世界に深く関連することを示唆しているのではないでしょうか。そして、地震が起きて世界に本格的な影響を及ぼす日本の地域は、やはり東京だと思います。また、八月の地震が東京に起きると仮定すれば、先に述べた富士遷都、金融危機、アメリカの崩壊と前後の関係が繋がることになります。恐らく、

日月神示が警告する“八月の世界”とは東京大震災を発端とした“世界恐慌”です。

 この出来事が、日本と外国を2016年の旧九月八日(いわとひらき)(いざな)うのでしょう。

 日月神示には他にも“八月”への言及が見受けられますが、神経綸に関わる時節ではありません。ただ、神経綸八の始まりを2008年と解釈した根拠に()()()()関係するので引用しておきます。

「八月の十日には江戸に祭りてくれよ」 『下つ巻』 第十帖 [52]

「仕組 少し早よなったから、かねてみしてあった事、八月八日から始めくれよ」 『松の巻』 第二十九帖 [320]

 上の帖は岡本天明氏や当時の役員、或いは立替え立直しで活躍する“因縁の身魂”への個別的な指示である可能性が高いです。また、八月八日は“立秋”として、暦の上では秋の始まりを意味しています。その点を強調した記述もあります。

「江戸の奥山には八日、秋立つ日に祀りてくれよ、中山九日、一の宮には十日に祀りてくれよ」 『下つ巻』 第二十七帖 [69]

「待ちに待ちにし(あき)来たぞ。八月の七日、アメのひつくのかみ」 『夜明けの巻』 第十二帖 [332] 立秋の前日の記述)

「八月八日、秋立つ日、アメの()(ツキ)のおほかみ」 『夜明けの巻』 第十二帖 [332]

 日本語では「秋」と書いてトキと()む場合があります。これは成就、完成、結実などの「時が来る」という意味を、米の収穫期である“実りの秋”に掛けた表現です。

 そして、日月神示では神経綸八に対応する数霊の八が“ひらく”の意味を持つとし、岩戸開きや実りの秋に掛ける形で記述されています。こういった点が、神経綸の律動(リズム)としての側面”に関わっている可能性があるので、そこを少しだけ論じてみます。

 簡単に言うと、神経綸は【春夏秋冬】に符合すると思われます。

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春夏秋冬

 日月神示は「時節には一定の順序(リズム)が存在する」と主張しており、それを“呼吸”(たと)えています。そして、その代表格が“四季の律動(リズム)である【春夏秋冬】です。


「春が来れば草木に芽が出る、花が咲く。秋になれば葉が枯れるのぢゃ。時節よく気付けて取違ひせんよういたしくれよ。時節ほど結構なものないが、又こわいものもないのであるぞ。丁度 呼吸のようなもので一定の順序あるのぞ。吸の(きわみ)は呼となり、呼の(きわみ)は吸となるぞ。これが神の(はたらき)であるから、神の現われの一面であるから、神も自由にならん。この神も時節には(かな)わんのであるのに、そなたは時々この時節を無視して自我で、(ある)ひは時節を取違ひして押しまくるから失敗したり怪我したりするのぢゃぞ。素直にしておれば楽に行けるようになってゐるぞ」 『月光の巻』 第五十八帖 [845]

 また、日月神示の霊界論では人生の流れ(リズム)(しゅん)(じゅう)(じつ)(げつ)で言い表しています。

「生前は生後であり、死後は また生前であって、春秋日月の(はたらき)を繰り返しつつ弥栄えている」 『地震の巻』 第十八帖 [395] ここでの生前とは“生まれる前”の意味です)

「霊界に於ける春は、陽であり、日と輝き、()(ちから)する。秋は、陰であり、月と光り、且つ力する。この春秋のうごきを、また、歓喜と呼ぶのである。春秋の動きあって、神は呼吸し、生命するとも云い得る」 『地震の巻』 第十八帖 [395]

 このように、()()の春夏秋冬の記述は特定の期日を指すものではありませんが、天之日津久神様は神経綸を“四季の順序に符合するもの”として説いているようにも見えるのです。それ故、春夏秋冬を神経綸上の時節の一種と()()して考察を進めてみます。

 そして、上述の解釈の直接的な根拠になった記述が、西洋の終末思想における(ぜん)()()の最終戦争”を意味する“ハルマゲドン”です。

「びっくり箱、いよいよとなりたぞ。春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケてハルマケドンとなるのざぞ、早う改心せんとハルマケドンの大峠こせんことになるぞ。大峠となりたら どんな臣民もアフンとして もの云へんことになるのざぞ、(なん)とした取違ひでありたかと()(だん)()ふんでも、その時では間に合はんのざぞ」 『磐戸の巻』 第三帖 [239]

「春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケ、ハルマケドンと申してあろが、(いよ)(いよ)ざぞ、(ふんどし)しめよ、グレンざぞ」 『キの巻』 第二帖 [259]

 ここに書かれているように、ハルマゲドンと呼ばれる最後の戦いの前には、春夏秋冬に類する意味を持つ“マケ”と呼ばれる出来事があるとのことです。その意味は敗北としての“負け”らしいです。

(いくさ)いつも勝つと(ばか)りは限らんぞ、春マケとなるぞ」 『磐戸の巻』 第二十帖 [256]

 ですが、マケは「(まう)ける」や「(もう)ける」などの“準備”を意味する()け”である可能性もあります。或いは「日本が負け続けることがハルマゲドンの()()になる」という風に、双方の意味を兼ねているのかもしれません。実際に、日月神示では「負けることが勝つことに繋がる」と述べられています。

「時節に従って負けて勝つのざぞ、負けが勝ちぞ、判りたか」 『青葉の巻』 第十四帖 [483]

 以上の点から、春夏秋冬とマケの内容が、神経綸および阪神淡路大震災より後の日本の状況と大筋において符合しているのではないか、と推測しました。その関係を簡単にまとめると次のようになります。

春マケ萌える神経綸七(前半)なり七年1994年〜2001年
夏マケ伸びる神経綸七(後半)なりて七年2001年〜2008年
秋マケ実のる神経綸八ひらく八年2008年〜2016年
冬マケ籠もる神経綸九正念場八年2016年〜2024年

 この関係は、大局的な意味での“地の岩戸開き”が始まった1994年7月(1995年1月17日)から、“地の岩戸明け”を迎える2024年の旧十月八日までの三十年を四等分にしたものです。こういった四季を意識した区分が、神経綸八の始まりを2008年と解釈する間接的な理由になっています。ちなみに、前章の『七月』で述べた“番頭殿の顔色”にも大筋で対応しているはずです。

 そこで、上述の観点から春夏秋冬を個別に論じてみます。最初は春夏秋冬に共通する【負け】に言及し、次に【春マケ】、【夏マケ】、【秋マケ】、【冬マケ】、【ハルマゲドン】と順番に考察して行きます。その最後に“正念場”と関係がある【岩戸開き】と【岩戸明け】の違いを述べます。

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負け

 この概論では「日本人が主体性を発揮できなくなること」を【負け】と解釈しています。


 日月神示には「尻の毛まで抜かれる」という表現が出て来ます。これは「外国に日本を(むし)り取られる」という意味です。その際に奪われるのは金銭などの物質的なものだけではなく、“精神的なもの”も含まれるとのことです。

「悪の仕組は日本魂をネコソギ抜いてしもふて、日本を外国同様にしておいて(ひと)()みにする計画であるぞ。日本の臣民 悪の計画通りになりて、尻の毛まで抜かれてゐても まだ気づかんか」 『磐戸の巻』 第十帖 [246]

「尻の毛まで悪魔に抜かれてゐて まだ判らんのか、あんまりな事ぢゃなあ」 『雨の巻』 第十三帖 [347]

「向ふの云ふ事まともに聞いてゐたら、尻の毛まで抜かれてしまふのが神には よく判りて気つけてゐたのに、今の有様その通りでないか。まだまだ抜かれるものあるぞ」 『岩の巻』 第六帖 [371]

「尻の毛まで抜かれてゐると申してあろう。早うめさめよ。悪の道、教えに まだ迷うて御座るが、早うめざめんと間に合はんぞ」 『夏の巻』 第二十二帖 [738]

「頭と尻尾だけでは何も出来ん、化物ぢゃ。(やつ)()()(かしら)の時代は済んだのであるぞ、肝腎の胴体がないぞ、日本が胴体であるぞ、日本をどこに忘れて来たのか、自分でも判るまいがな、尻の毛まで抜かれた化物の姿、鏡に映して見るがよい、鏡は神示ぢゃと早うから知らしてあろうがな」 『碧玉の巻』 第十四帖 [878]

 つまり、春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケとは、内政や外政において日本人が主体性を発揮できず、外国人、或いは外国魂の日本人に言われるがままになることだと思われます。それは主体性の源となる日本人としての同一性(アイデンティティー)、即ち大和(やまと)(だましい)を抜かれたからに他なりません。日月神示にも次のように書いてあります。

「日本の人民、大和魂どこにあるのざ」 『松の巻』 第八帖 [299]

「骨なし日本を まだ日本と思うて目さめん」 『黄金の巻』 第二帖 [513]

 第二次世界大戦での敗北後、外国人に本来の日本ではないものを日本人の姿として信じ込まされた結果が、春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケの段階で本格的に現れることになるのでしょう。そして、最後の冬マケの段階で()()()()()()()と告げられています。

 それと、“外国の悪神”は日本を奪うべく“明確な悪意”を以て日本人に接しているそうです。

「オロシヤの()()と申すは泥海の頃から生きてゐる悪の親神であるぞ。北に気つけてくれよ、神の国は結構な国で世界の真中の国であるから、悪の神が日本を取りて末代の(すみ)()とする計画でトコトンの智恵出して どんなことしても取る積りで愈々を始めてゐるのざから余程 (ふんどし) 締めて下されよ」 『日の出の巻』 第二十帖 [233]

「神の国は神の肉体ぞと申してあるが、いざとなれば、お土も、草も、木も、何でも人民の食物となるように出来てゐるのざぞ。何でも肉体となるのざぞ。なるようにせんからならんのざぞ。それで外国の悪神が神の国が慾しくてならんのざ。神の国より広い肥えた国 幾らでもあるのに神の国が欲しいは、誠の元の国、根の国、物のなる国、元の気の元の国、力の元の国、光の国、()(なか)の国であるからぞ」 『夜明けの巻』 第二帖 [322]

「日本の人民 ()(じき)にしてやり通すと悪の神 申してゐる声、人民には聞こへんのか。よほどしっかりと(はら)(おび)締めおいて下されよ」 『風の巻』 第十二帖 [363]

 外国の悪神の罠に嵌められ、上から下まで日本精神を奪われているのですから、今後も日本の国の舵取りは難しくなる一方だと思われます。番頭殿の顔色が良くなることは無いのかもしれません。

 こういったものが、神経綸における春夏秋冬に共通する“負け”だと考えました。

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春マケ

 この概論では「隠れていたものが表面化すること」を【春マケ】と解釈しています。


「春とならば()()づるのざぞ、草木(ばか)りでないぞ、何もかも もえ出づるのぞ、此の方の申す事 (たとへ)でないと申してあろが、少しは()()りたか」 『日の出の巻』 第一帖 [214]

「春になりたら どんな事あるか分らんから今年中に心の洗濯せよ、身辺(みのまわり) 洗濯せよ」 『日の出の巻』 第十六帖 [229]

「世が段々せまって悪くなるように申してゐるが、それは局部的のこと。大局から見れば、よきに向って弥栄えてゐるぞ。夏が暑いと申してブツブツ申すでないぞ。秋になるぞ。冬もあるぞ。冬ばかりと考へるでないぞ。やがては春が訪れるのぢゃ。いづれも嬉し嬉しとなる仕組」 『春の巻』 第五十二帖 [709]

 春は土の中から新芽が萌え出づる季節なので、地の岩戸開きが始まり、天災地変という形で神が激しくなり始めた阪神淡路大震災からだと解釈しました。また、多くの人の印象(イメージ)としては、この震災と地下鉄サリン事件の頃から、日本の国の乱れが本格的に表面化し始めたと感じているのではないでしょうか。

 そして、(くだん)の時期は1991年のソビエト連邦の崩壊と冷戦の終結によって平和に向かうと思われていた世界が、そうはならないことが明らかになり始めた時期でもあります。この頃から冷戦の構造下で世界中に蒔かれた不和の種が、民族紛争という形で本格的に表面化し始めました。

 他にも、パソコンやインターネットなどの道具(ツール)の急速な普及で金融市場への投機が拡大し、世界的な金融バブルの萌芽が見え始めました。これは日月神示が予言していた「金で世を治める」という時代の本格的な到来だったのかもしれません。

 こういったものが、種から芽が萌える“春”の象徴だと考えました。

 なお、春に関しては“負けではない意味”で二つほど別の解釈ができます。

 一つ目は“2024年”を春とする解釈です。これは2024年に神の(たい)(もう)である“十方世界”が実現するからであり、新しき世界が現れる(さま)を春と解釈することが可能です。

 二つ目は“2016年”を春とする解釈です。神経綸を一年単位で見れば、旧九月八日の在る2016年が“新しき()()生み”が本格的に始まる転換点(ターニングポイント)になります。これを暦の上での一年の始まりである“立春”の意味に見立てれば、2016年を春と解釈することが可能です。この場合の春は(とき)と殆ど同じ意味になります。

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夏マケ

 この概論では「表面化したものが伸張すること」を【夏マケ】と解釈しています。


「冬も春も夏も気つけてくれよ」 『日月の巻』 第二十三帖 [196]

「天の異変 気付けと申してあろが、冬の次が春とは限らんと申してあろが。夏 雪降ることもあるのざぞ。神が降らすのでないぞ、人民 降らすのざぞ」 『夜明けの巻』 第三帖 [323]

「そなたのやることはいつも時が外れて御座るぞ。(もち)つくにはつく時あるぞと知らしてあろうが。時の神を忘れてはならんぞ。春には春のこと、夏は夏のことぢゃ」 『月光の巻』 第三十七帖 [824]

 夏には殆ど言及が無く、僅かに存在する記述も天候不順の予言です。これは、夏が“春と一組のもの”として認識されているからではないでしょうか。

 前章で解説したように、数霊の七や神経綸七は“なる”もしくは“なりなる”です。同じ単語を繰り返しているのは、“変化の開始”“変化の達成”のような形で両者を区別する意味があると思われます。また、なりなるは「変化を始めたものが更に変化を重ねる」という側面を併せ持っています。これが春に芽吹いた新芽が成長する(さま)を表していると解釈し、神経綸七の前半の七年に“春”を当て嵌め、後半の七年に“夏”を当て嵌めました。

 後半の七年の始まりは2001年ですが、これはアメリカの同時多発テロが象徴的です。冷戦の終結と共に表面化し始めた民族の対立や文明の衝突は、このテロによって決定的になり、加速度的に争乱が拡大して行ったように見えます。

 また、2001年にITバブルが崩壊したアメリカ合衆国は、自国の景気後退(リセッション)を避けるために、あらゆる金融工学を駆使して世界中から金を掻き集めて好景気を維持し続けました。その結果として「(マネー)(マネー)を生む」という金融バブルが世界的に急拡大しました。これによって日月神示が予言していた「金で世を治める」の時代が極まったとも言えます。

 こういったものが、種から萌えた芽が伸びる“夏”の象徴だと考えました。

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秋マケ

 この概論では「伸張したものが結実すること」を【秋マケ】と解釈しています。


「秋が立ちたら、この道ひらくかた出て来るから、それまでは神の仕組 書かして置くから、よく読んで腹の中によく入れて置いてくれよ」 『上つ巻』 第八帖 [8]

「悪の仕組にみなの臣民だまされてゐるが、もう直ぐ目さめるぞ、目さめたらたづねてござれ、この神のもとへ来てきけば、何でも分かるように神示で知らしておくぞ。秋立ちたら淋しくなるぞ、淋しくなりたらたづねてござれ」 『上つ巻』 第二十七帖 [27]

「この方 祀るのは(あめ)のひつくの家ぞ、祀りて秋立ちたら、神いよいよ烈しく、臣民の(しょう)(らい)によって、臣民の中に神と獣とハッキリ区別せねばならんことになりて来たぞ」 『下つ巻』 第二十三帖 [65]

「秋立ちたらスクリと厳しきことになるから、神の申すこと一分一厘ちがはんぞ」 『下つ巻』 第二十四帖 [66]

「秋立ちたら神烈しくなるぞ」 『下つ巻』 第三十八帖 [80]

「秋ふけて草木枯れても根は残るなれど、臣民かれて根の残らぬやうなことになりても知らんぞよ、神のこのふみ早う知らしてやってくれよ」 『富士の巻』 第二十七帖 [107]

 これに加えて、秋の季語である紅葉(もみじ)の記述も引用します。

「天子様お(うつ)り願ふ時 近づいて来たぞよ。奥山に紅葉ある内にと思へども、いつまで紅葉ないぞ」 『天つ巻』 第八帖 [115]

「今のやり方、考へ方が間違ってゐるからぞ。洗濯せよ掃除せよと申すのは これまでのやり方 考へ方をスクリと改める事ぞ。一度マカリタと思へ。掃除して何もかも綺麗にすれば神の光スクリと光り輝くぞ。ゴモク捨てよと申してあろがな。人の心ほど怖いものないのざぞ。奥山に紅葉あるうちにと申すこと忘れるなよ」 『日月の巻』 第十九帖 [192]

「七月になると上の人民、番頭殿、顔の色 悪うなって来るぞ、八、九月となれば愈々変って来るぞ、秋の紅葉の色 変るぞ」 『梅の巻』 第八帖 [435]

 秋は春夏秋冬の中で最も多く言及されています。日本語の秋は米の収穫期である“実りの秋”と絡める形で「重要なことがある時期」を意味します。それ故、神経綸八という“岩戸が開く時代”を指すと解釈しました。日月神示の数霊論では八が“ひらく”なので、神経綸八は「旧九月八日を迎えるための期が熟す」といった意味を持つ時代だと考えられます。

 また、前節の最後で触れたように、()()には立秋の日に書記したことを強調する記述があります。立秋は暦の上での秋の始まりであり、通常は新暦の八月七日か八月八日です。ここから、秋と神経綸八を掛けてある可能性も考えられます。

 ただし、日月神示の説く秋は、正確には“岩戸開きの日”である2016年の旧九月八日か、その直前を指しており、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようです。そのことは次の記述から判ります。

「八と九、九と八の(さかい)をひらくことが岩戸を開くことぢゃ」 『扶桑の巻』 第四帖 [853]

「七は成り、八は開くと申してあろうが、八の(くま)からひらきかけるのであるぞ」 『碧玉の巻』 第五帖 [869]

 この点について簡単な説明を加えると、天之日津久神様は岩戸開きである八方世界から十方世界への(せん)()“世界の完成”として非常に喜んでいます。その大望を実現する計画の本格的な実行の時が訪れることが「期が熟す」を意味しており、実りの秋に掛けてあるようです。また、2016年の旧九月八日が秋の盛りであることにも掛けてあるはずです。

 他にも数霊の八の“ひらく”には、(うたげ)が終わる“お開き”と努力が実る“花開く”の意味が内包されている可能性があります。何故なら、神経綸八は八方世界が完成する期間であり、()()()()()()()()()()()最終段階だからです。それを、秋が内包する「自分が蒔いた(もの)を自分で刈り取る」という意味に掛けてあるのかもしれません。

 恐らく、神経綸八の段階で、世界の国々は今までの行為の報いを受け取ることになるのでしょう。一種の決算期であり、既存の枠組(ルール)の中での結果が明らかになる期間だと思われます。

 そして、このような秋や八の意味が“旧九月八日”の記述に繋がっています。

「旧九月八日までにきれいに掃除しておけよ。残る心 獣ぞ」 『松の巻』 第三帖 [294]

「旧九月八日までに何もかも始末しておけよ。心引かれる事 残しておくと、詰まらん事で詰まらん事になるぞ」 『夜明けの巻』 第三帖 [323]

 これらは八方(ふるい)世界のことは早めに終わらせておきなさい。でなければ十方(あたらしい)世界での活動の邪魔になる」という意味ですが、その詳細は後編で考察します。

 こういったものが、種から萌えた芽が伸びて実る“秋”の象徴だと考えました。

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冬マケ

 この概論では「結実したものが隠れること」を【冬マケ】と解釈しています。


「冬の先が春とは限らんぞ」 『上つ巻』 第二帖 [2]

「冬に桜咲いたら気つけてくれよ」 『下つ巻』 第三十帖 [72]

「冬の先 春とばかりは限らんと申してあること忘れるなよ。用意せよ、冬に桜咲くぞ」 『日月の巻』 第二十六帖 [199]

 これらは夏と同じく天候不順の予言ですが、神経綸に符合する“冬”の記述もあります。

「桜咲く所、桜と共に花咲くぞ、夏マケ、秋マケ、となったら冬マケで泣きあげてはならんぞ、戦すんでからが愈々のイクサぞ、(ふんどし)しめよ」 『キの巻』 第六帖 [263]

「木の葉 落ちて冬となれば淋しかろがな、紅葉(もみじ)ある内にと気付けおいたが紅葉の山も落ちたであろがな」 『雨の巻』 第十三帖 [347]

「冬になったら(ふゆ)()もりぞ。死ぬ時には死ぬのが弥栄ぞ」 『月光の巻』 第四十帖 [827]

 冬は(こら)え忍んで待つ時期です。それ故、外国との戦争が始まり、日本人にとって最も苦しい“試練の時”となるであろう神経綸九を指すと解釈しました。そこには「冬を越せない人間が強奪(わるあがき)を繰り広げる時期」といった意味も込められているはずです。

 また、この期間は八方的な世界が十方的な世界へ(ゆう)()するための()(ふく)の時代”であり、人体に譬えるなら“新しい生命(いのち)()()もった状態”に相当しています。

 アリとキリギリスの(ぐう)()ではありませんが、冬を見越して秋の間に備えをしておいた人は問題なく冬を越えられるでしょう。そのような人は自分だけではなく他人を助けることもできます。逆に冬への備えをしていなかった人にとっては、少々厳しい時期になるかもしれません。

 こういったものが、種から実った新しい(いのち)が土の中に()もる“冬”の象徴だと考えました。

 なお、()()()()()柔らかくなった土は“泥”と呼びますが、この言葉は正念場である“神経綸九の意味”を読み解く鍵言葉(キーワード)の一つです。時節の最重要期間である神経綸九には非常に多くの隠喩(メタファー)が使われており、本節で論じている“春夏秋冬”も、そういった(いん)()の技法”の一例と言えます。

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ハルマゲドン

 この概論では「神経綸が最終段階になること」を【ハルマゲドン】と解釈しています。


 前記の春夏秋冬の解釈により、神経綸十の期間が冬マケの次に来るハルマゲドンになります。これは日本と外国の戦争が始まる神経綸九を指すと解釈しても良かったのですが、この期間は日本が一方的に(じゅう)(りん)されるだけで()()にはならないはずです。むしろ、国常立神を筆頭とする(せい)(しん)がお出ましになる2024年からの方が、“神と悪魔の最終戦争”と呼ぶ期間として適切と言えます。ここから神力が発動して日本の逆転劇が始まります。

 また、()()の戦い”“神経綸の()()()()を掛けてあると推測したことも、神経綸十をハルマゲドンの期間と解釈した理由の一つです。

 そして、十方世界が現出した神経綸十の段階では、日本が“光の国”として輝き、全ての人間の本性が(あらわ)になる(そう)(かみ)()かり”の状態になっているはずです。この段階において、日月神示の言う“神と獣”の区別が完全に明らかにされます。

 こういったものが、神と悪魔の最終戦争を意味する“ハルマゲドン”の象徴だと考えました。

 なお、一つだけ付け加えておきますと、日月神示には「絶対の悪は存在しない」と書いてあります。悪神、悪魔、邪霊、魔などは便宜的な呼び方です。そして、悪と呼ばれる()()の本質は()()()()()()()であり、「外道を正道へ導く()()()()()()()()()()(カミ)(いくさ)であり神国(にほん)の戦い方である」と天之日津久神様は仰っています。この点については誤解の無いように お願い致します。

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岩戸開き / 岩戸明け

 春夏秋冬の考察の最後に“正念場”である神経綸九の期間について補足します。


 この概論では2016年の旧九月八日を“岩戸開きの日”、2024年の旧十月八日を“岩戸明けの日”として区別していますが、これは二つの日付が内包する意味に微妙な相違点があるからです。簡単に述べるなら、“岩戸が()()()()()日”が【岩戸開き】であり、“岩戸が()()()()日”が【岩戸明け】です。

 二つの違いは数に注目すれば簡単に内容が判ります。神経綸九の期間は「もう八ではなくなった」という意味では十方世界に属し、「まだ十になっていない」という意味では八方世界に属します。つまり、どちらとも形容し難い移行期間(グレーゾーン)なのです。

 そして、この移行期間が“新しき()()生み”の時代になります。これを人体に譬えるなら、旧九月八日が受精もしくは陣痛の始まりに相当し、旧十月八日が出産に相当します。それ故、天之日津久神様は神経綸九という“産みの苦しみ”に相当する期間を“正念場”と呼んでおられるのでしょう。そのことが最も判り易く書かれた記述を引用します。

「死ぬか生きるかは人民ばかりでないぞ、神々様も森羅万象の(ことごと)くが同様であるぞ、しばらくの生みの苦しみ。八の世界から十の世界になるのであるから、今迄の八方的な考へ方、八方的な想念や肉体では生きては行かれんのであるぞ、十方的想念と肉体でなくてはならんぞ」 『至恩の巻』 第十三帖 [960]

 なお、大局的には2012年も受精もしくは陣痛の始まりと言えます。同じ意味の出来事が二つの年にあることに関しては、次の記述の内容が関わっています。

「同じこと二度 繰り返す仕組ざぞ、この事よく腹に入れておいて下されよ。同じこと二度」 『青葉の巻』 第七帖 [476]

 上の「同じことを二度 繰り返す」という部分が、神経綸における“富士と(なる)()の仕組”の共通点と相違点の説明になっています。この表裏一体の()(みつ)の仕組”は、日月神示で()()()()()()()と言っても構わないほど重要視されており、特に(ナル)()の仕組”の内容が、正念場である神経綸九の期間に起きる出来事として描写されています。

 以上が、日月神示の“春夏秋冬”を時節の一種として見た考察です。そして、神経綸が春夏秋冬の律動(リズム)に対応するという解釈が、神経綸八の始まりを2008年だと結論した理由に間接的に関係します。その理由は【数霊の八】が根拠になっています。

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数霊の八

 日月神示は それぞれの数が独自の性質を備えていると主張しており、その中で“ひらく”という性質を持つとされるのが【数霊の八】です。

 そして、時節の節目で一つだけ()()に記述の無い“神経綸八の始まりの年”を2008年と結論した理由は二つあり、共に数霊の八を根拠としています。この詳細を【なりなりてひらく】及び【八の性質】として解説したいと思います。

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なりなりてひらく

 日月神示では数霊の七と八の性質が“なる”及び“ひらく”と説明されており、この二つの数霊を、対応する神経綸の期間に当て嵌めたものが【なりなりてひらく】です。


 その経緯を解説するために、数霊の“七”“八”の記述を引用します。

「七の日はものの成る日ぞ」 『上つ巻』 第二十四帖 [24]

「八のつく日に気つけと申してあろう。八とはひらくことぞ。ものごとはひらく時が大切ぢゃ」 『月光の巻』 第四十七帖 [834]

「七とはモノのなることぞ」 『扶桑の巻』 第一帖 [850]

「七は成り、八は開くと申してあろうが」 『碧玉の巻』 第五帖 [869]

「ナルの仕組とは(なる)()()()())の経綸であるぞ、八が十になる仕組、岩戸ひらく仕組、今迄は中々に判らなんだのであるが、時節が来て、岩戸がひらけて来たから、見当つくであろう、富士と鳴門の仕組、結構致しくれよ」 『星座の巻』 第二帖 [885]

「七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、なりなりあまる鳴門の仕組。富士と鳴門の仕組いよいよぞ、これが判りたならば、どんな人民も腰をぬかすぞ。〔中略〕 なりなりなりて十とひらき、二十二となるぞ、富士晴れるぞ」 『至恩の巻』 第十六帖 [963]

「八のつく日に気つけてあろうが、八とはひらくことぞ」 『五葉の巻』 第十二帖 [975]

 上の内容に基づいた上で2008年を神経綸八の始まりの年に仮定すれば、神経綸七と八の期間が十四年と八年になります。それが()()で繰り返し言及される(なり)(なる)(ひらく)を暗示していると考えました。これが神経綸八の始まりの年を2008年と結論した一つ目の理由です。

 また、このように考えれば、神経綸上の時節の意味を持つとした三十年に渡る“春夏秋冬”の期間が、それぞれ七年、七年、八年、八年という風に ほぼ等分の長さになるので、より四季的な意味が際立つと判断しました。故に、春夏秋冬は2008年に()()()()()()()と言えます。

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八の性質

 神経綸八の始まりを2008年に仮定した二つ目の理由も数霊ですが、こちらは時節の核心に触れる内容であり、「一二三四五六七八と九十は性質が異なる」と語られています。また、八には()()()()()()な側面があるらしく、この性質を数霊の八と対応する神経綸八に当て嵌めて考えたものが【八の性質】です。


「八と九、九と八の(さかい)をひらくことが岩戸を開くことぢゃ」 『扶桑の巻』 第四帖 [853]

「8迄と9 10とは(さが)が違ふのぞ」 『極めの巻』 第五帖 [932]

「一神のみで生む限度は七(ない)()八である、その上に生まれおかれる神々は皆七乃至八であるが、本来は十方十全まで拡がるべきものである。(ある)時期迄は八方と九、十の二方に分れて それぞれに生長し弥栄し行くのであるぞ」 『至恩の巻』 第九帖 [956] 第一仮訳)

 前後を省略したので判りにくいのですが、ここでの一神とは日本の国生み神話に登場する伊邪那岐神のことです。そこで、上の()()の背景である“夫婦神の数霊”の話を要約します。

 日月神示では、一二三四五六七八は(おっと)(がみ)である()()()()(のかみ)に属し、九と十は(つま)(がみ)である()()()()(のかみ)に属すると語られています。そして、現在の世界は伊邪那岐神が一神で生んだために「九十が欠けている」とのことです。それ故、世界は不完全な()()世界にとどまっているので、「九と十を加えて完全な()()世界へ移行させる」というのが天之日津久神様が主導する“神の計画”の基本路線であり、“数霊論の中核”です。

 こういった一二三四五六七八と九十の“性質の違い”を踏まえた上で注目されるのは、前出の引用における「七乃至八」の部分です。つまり「八は必ずしも七までと同じとは言えない」と説かれているのであって、伊邪那岐神に()()()属するのは七までなのです。()()にも次のように書いてあります。

「八の(くま)からひらきかけるのであるぞ、ひらけると〇と九と十との三が出てくる」 『碧玉の巻』 第五帖 [869]

 ここでは、岩戸開きの影響が現れるのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが明かされています。要するに、数霊の八は基本的に八方に属すものの、厳密には「八方と十方のどちらとも言い難い」という性質を持っているのです。そこから以下の結論に至りました。

「八の性質を時節に適用すると、2008年を神経綸八の始まりの年にするしかない」

 この結論については全く意味が判らないと思いますが、これは“三十年の立替え”に関係することなので、時節の全体像を伝え終わっていない現在の段階では、完全には説明しきれないのです。

 それでも何とか解説を試みますと、日月神示の時節では“大別的な区分”“個別的な区分”という二つの視点が提示されています。神の大望である十方世界が始まるのは、()()()()()()()()2024年からですが、()()()()()()()()2012年から始まることが他の記述から判明しています。

 そして、2008年を神経綸八の始まりと仮定すれば、大別的な区分での十方世界は神経綸八の()()()の年である2012年から始まることになります。それによって「八方と十方の()()()()()()()()()」という数霊の八の性質が、時節との対応関係に上手く当て嵌まると考えました。これが、神経綸八が2008年から始まると推定した直接的な理由です。

 以上のように、本項では「時節と数霊の性質は対応関係にある」という前提で考察を進めましたが、これについては日月神示に更に判り易い例があります。そこでは夫婦神の数霊である一二三四五六七八と九十の“性質の違い”が、【新暦】と【旧暦】を使って表現されています。

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新暦 / 旧暦

 前節では時節の核心に迫る“夫婦神の数霊”に言及しましたが、本節では“神経綸の日付の背景”になっている“暦法”を説明します。日月神示では、夫神である()()()()(のかみ)が太陽を基準とする【新暦】に関わり、妻神である()()()()(のかみ)が月を基準とする【旧暦】に関わっています。


 大本系統では伊邪那岐神と伊邪那美神を“日の大神”及び“月の大神”と呼びます。これは男が“陽”(つかさど)り、女が“陰”を司るという陰陽思想を(えん)(げん)にしている模様です。

 極端な話、日月神示の説く時節や神経綸は、両者の対応関係に“全て”が含まれると言えます。()()にも そういった意味合いで読める記述があります。

(かむ)()()(かむ)()()(みこと) 忘れるでないぞ。そこから分りて来るぞ」 『地つ巻』 第七帖 [144]

 神魯岐命と神魯美命は“男系の()(しん)“女系の祖神”を表す一対の名称であり、上の帖では伊邪那岐神と伊邪那美神を指す意味が強いと思われます。

 そこで(つい)なるもの”である夫婦神の対応関係を、日月神示の数霊論を含めてまとめてみます。

伊邪那岐神一二三四五六七八
伊邪那美神                九十

 古来より、月は太陽と対比する意味で(たい)(いん)と呼ばれますが、陰が月であり、水であり、九と十であり、“伊邪那美神”であることが、神経綸において非常に重要な意味を持っています。

 ですが、その辺りの内容は中編と後編で論じるので、本節では(こよみ)に限定して話を進めます。

 現在の世界の標準的な暦は、1582年に西洋で制定された“グレゴリオ暦”です。日本では1873年(明治六年)から採用されました。これは地球が太陽の周囲を巡る公転周期を元に定められた暦法で、太陽暦、陽暦、新暦と呼ばれます。

 また、グレゴリオ暦が採用される以前の暦法は、月の満ち欠けの周期を元に定められていたので、太陰暦、陰暦、旧暦と呼ばれます。

 大本系統の(しん)()では“旧暦”を非常に重視しているので、参考として『大本神諭』と『伊都能売神諭』の記述を引用します。なお、日月神示にも同様の記述が見受けられるのですが、他の時節の解説との兼ね合いがあるので、引用するのは次章になります。

「外国の真似(ばか)り致して(これ)が開けた世の(やり)(かた)と申して居るが、()()が開けたのか。肝心の開くべき所は二重三重に(ふさ)いで(しも)ふて、開いてはならぬ神国の宝を()()かして了ふて、二進(にっち)三進(さっち)も行かんやうになりて、途中の(えら)い鼻高が毎年()(ところ)へ国々から()って来て、結構な御相談や争論(いさかい)を致して御座るが、下の何も知らん人民は良い(つら)の皮じゃぞよ。昔からの暦を潰したり、神の鎮まる先祖代々からの御宮を、金が無いからと申して潰したり 〔後略〕 『大本神諭/神霊界』 大正六年 旧十一月二十三日

「此の地の世界は(きう)で無ければ作物一切は見当が取れんので在れど、新暦に致した為に十五日にも真の(やみ)が在りたり、一(じつ)に満月が在りて、天地の昔から定まりた規則を破りて居るから、地の上の作り物が 皆 虫が()()りたり、雨も降るべき時に降らなんだり、風が狂ふたり、何一つ(ろく)な事は出来は致さんぞよ。今の日本の人民は年頭と申して(ゆわい)(ざけ)を飲んだり、餅を()いたり、松竹梅を門に(たて)て目出度がりて居れども、肝腎の天地の巡行(めぐり)に逆ふて居るから、天地の神々は余り歓びは致されんぞよ。世の元の神の()(かた)は、月の神様を元と致した(もと)の月日でないと、誠の歓びと勇みは無いのであるが、今の人民は何も判らぬから()んな事で天地の調和が出来ると思ふて居るのか、是が暗黒(くらがり)の世と申すのであるぞよ」 『伊都能売神諭』 大正八年一月一日

 そして、旧暦と日月神示の数霊は“神経綸の日付”()()()()()()があります。

「時節の九月と十月が旧暦なのは、数霊の九と十が()()()()に属するからである」

 これにより、日月神示が発祥した6月と神経綸における7月と8月が新暦であるのに対し、九月と十月が旧暦であるのは“明確な意図”に基づくことが判ります。

神経綸の日付は、日月神示の数霊論の(ひな)(がた)になるように仕組まれています。

 ここからも判るように、天之日津久神様は非常に細かい部分まで気を配って計画を立てておられます。こういった繊細な配慮は随所に見られるので、折に触れて取り上げて行きます。

 以上で第二章は終わりですが、本章で省略した2008年8月1()7()()()()()を、次章で解説します。その冒頭で引用する()()が、時節の鍵の鍵、要の要、基点の基点となる“絶対座標”です。

 そして、この絶対座標は【天子様の年齢】によって指定されています。

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第三章 日本

天子様の年齢

 時節概論は次に引用する1949年(昭和二十四年)十二月七日に書かれた記述を(てん)()(さま)()()とする仮説、()()()()()()()()によって成り立ちます。何故なら、日月神示の時節の全体像は、下記の帖で指定された“旧九月八日”を基点にしなければ読み解けないからです。こういった形で、日月神示の時節論の中核になる記述と仮説が【天子様の年齢】です。


「五十二才(ツキ)の世の始、五十六才七ヶ月ミロクの世」 『黄金の巻』 第五十四帖 [565]

 この記述がバラバラに見える時節を一つに繋ぎ合わせる“一本の糸”です。ここで指定された2016年の旧九月八日を基点とし、そこに時節の原則である“数の順序”を組み合わせることによって、時節全体が“一つの首飾り”としての側面を見せるようになります。それ故、上の帖が時節の要であり、神経綸を読み解くための“鍵”になっています。

 日月神示で“時節の基点”になり得る記述は、天子様の年齢と岡本天明の年齢の二つだけですが、重要度は前者の方が遥かに高いです。これは時節の全体像が、最初に旧九月八日という“絶対座標”を特定することによって、周囲の“相対座標”の配置が決まるように仕組まれているからです。

 そして、見れば判るように、上の帖には「誰の年齢なのか」という点が書かれていません。これは()()で何種類か使われている技法(トリック)の一つで、「明かしながら隠し、隠しながら明かす」という()(ほう)です。別の言い方では()()()()であることは伝えない」と表現できます。要するに()()()()()()()()()のです。その点を判り易くするために、時節の基点となる二つの記述を並べてみます。

 このように“天子”という主語は意図的に隠されています。そのため、一読しただけでは二つとも天明氏の年齢に見えます。こういった読み手の先入観を利用した引っ掛け戻し(ミ ス リ ー ド)は、()()の随所に盛り込まれているので注意が必要です。そして、上の記述の書かれていない部分を読み取って「誰の年齢と解釈するか」が、時節論の最大の焦点になります。

 天子様の年齢という解釈は仮説に過ぎませんが、ここに“必然的帰結”と呼び得るほど明確な根拠があることを解説するのが、本章の目的の一つになります。そこで、結論から先に述べるなら、

天子様は次代天皇である(なる)(ひと)様”です。

 この結論に至ったのは()()()()()()()()()からです。その理由を“新しき世”の記述から説明します。

「九(とし)は神界の(もと)の年ぞ、神始めの年と申せよ。()()()()()(いづ)()()()ぞ、五の歳は子の歳ざぞよ。取違ひせん様にせよ」 『日の出の巻』 第二帖 [215] 「九歳」は辰年です)

「辰の年はよき年となりてゐるのざぞ」 『磐戸の巻』 第九帖 [245]

「新しき御代のはじめの()()の年、あれ出でましぬ かくれゐし神。かくり世も うつし御国の一筋の光りの国とさきそめにけり」 『紫金の巻』 第九帖 [988]

「新しき御代の始めのタツの年。スメ大神の生れ出で給ひぬ」 『春の巻』 第一帖 [658]

 中編の『ミロクの実体』で詳述しますが、天子様の年齢の「(ツキ)の世」とは(つぎ)の世”(つき)の世”であり、()()()()()()()()()です。そして、上の記述では新しき世の始まりが(たつ)(どし)であることが明言されています。故に、以下の推論が成り立ちます。

「辰年に五十二才になられる()()()()()が天子様である」

 この条件に当て嵌まるのは現在の皇太子殿下のみであり、ここから見える時節の全体像には、偶然ではあり得ない“整合性”が満ち(あふ)れています。

 しかし、上の結論に至った過程を本格的に解説するためには、多くの“予備知識”が必要になります。それが本章で展開する“神々の物語”“天皇の歴史”です。

 また、そういった内容を盛り込んでいるのは、“時節の構造”を不思議に思ったことが発端です。

「何故、天子様の年齢を基点にしなければ時節全体を読み解けない構造にしてあるのか?」

 この構造は決して偶然ではなく、明らかに意図的に組み上げられています。そこで、構造そのものに込められた“神の意図”について考えた結果、次のように推察しました。

「天之日津久神様は時節を()()にして天皇陛下を意識させたいのではないか」

 どうやら日月神示が本当に伝えたいのは()()()()()()、神と人、そして“天皇と日本人の関係”らしいのです。言うなれば、「時節は魚を(おび)き寄せる(まき)()に過ぎない」ということです。恐らく、その一環となる措置が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのでしょう。

 以上の点を踏まえて、本章では“天皇論”及び“神話論”を展開します。これは天皇の起源が神話にあるからです。同時に、日月神示では“岩戸開き”が神々の物語として描写されています。

 それ故、岩戸開きの(えん)(げん)である日本の神話と歴史を踏まえることにより、はじめて“本格的な時節論”が展開できるのです。

 そして、ここで述べた全ての事柄に関係しているのが、前章で解説を省いた【十七日の根拠】です。その具体的な内容を、十七日に関連する【二つの注意点】及び【天子様の誕生日】と一緒に解説します。

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十七日の根拠

 結論から述べると、神経綸が進展する“時節の節目”には“十七”という数字が関わっています。ここから「十七が節目の日付の共通点になっている」と推測したものが【十七日の根拠】です。


 その例証として、時節の最重要の日付に重なる“旧九月八日に関わる十七”を提示します。

1.まず天子様の誕生日を調べます。
これは1960年2月23日です。
2.次に誕生日に「五十六才七ヶ月ミロクの世」の部分を組み合わせます。
そうすると2016年9月23日という旧九月八日に近い日付が現れます。
3.次に2016年の旧九月八日を調べます。
これは()()()()()()新暦の10月9日です。
4.次に9月23日から10月9日までの日数を数えます。
そうすると“十七日()であることが判明します。

 これを日月神示風に訓むと次の文章が浮かび上がります。

 大本系統では「五六七」と書いてミロクと訓むのが慣例なので、こういった訓み方ができます。一見して判るように、第一章で述べた“阪神淡路大震災の日付の訓み方”と全く同じ構図になっています。

 ちなみに、神経綸十の始まりの日である2024年の旧十月八日と結びの日には、この二つの日付よりも()()()()()()()()十七が関わっています。そこには「異なる解釈をできなくする」という天之日津久神様の意気込みが感じられます。

 このように、神経綸の七、九、十の始まりの日と結びの日には、共通して十七の数字が関わっているので、「八も同じである可能性が高い」と判断しました。これが神経綸八の始まりの計画上の予定日を、2008年8月の中でも17日と結論した理由です。

 そして、上述の内容から考えれば、時節の“七の日”“八の日”の意味が判ります。

「七の日はものの成る日ぞ」 『上つ巻』 第二十四帖 [24]

「八のつく日に気つけてくれよ」 『下つ巻』 第三十帖 [72]

「八のつく日に気つけと申してあろう」 『月光の巻』 第四十七帖 [834]

「八のつく日に気つけてあろうが」 『五葉の巻』 第十二帖 [975]

 これらは神経綸が進展する()()()る日”としての十()()を指しています。その中でも、旧九月()()と旧十月()()を指す意味が特に強いのです。

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二つの注意点

 本項では、日月神示の暦が一般の暦と相違する部分を【二つの注意点】として喚起します。


 一つ目の注意点は「日月神示は日数だけ異なる数え方をしている」です。これを判り易く解説するために、2016年の旧九月八日を指し示す“五十六才七ヶ月十七日”を二種類の形式で表記してみます。

 このように、五十六才七ヶ月十七日は“日数の数え方”が年数や月数とは違います。時節の十七日は基本的に十七日()であって十七日()ではありません。こういった数え方の違いは()()に見えますが、結びの日を特定し、“数の順序”が時節の原則であることを導き出す契機になった記述が同じ数え方なので、これで正しいのでしょう。その記述は神経綸十の解説の最後で引用します。

 ただし、一つ目の注意点は、現在の日本の民法の満年齢の数え方に(なら)うなら、年数と月数と日数の数え方に違いは無いと言えなくもありません。ですが、この辺りの話は神霊側の日付の切り替え基準が不明であるために正確な結論が出せないので、一種の保留事項にせざるを得なくなっています。

 二つ目の注意点は「日月神示の旧暦は一日遅く巡って来る」です。そのため、一般の暦では2016年の旧九月八日は新暦の10月8日ですが、()()()()()()10()()9()()()()()()()。このズレは新暦と旧暦が併記された()()から判明しました。ちなみに、これは『大本神諭』や『伊都能売神諭』にも見られる“旧暦の重視”を訴える記述でもあります。

「新しくその日その日の生まれ来るのぞ、三日は三日、十日は十日の神どの守るのざぞ、時の神ほど結構な恐い神ないのざぞ、この方とて時節には(かな)はんことあるのざぞ。今日なれば九月の二十八日であるが、旧の八月十一どのを拝みてくれよ、二十八日どのもあるのざぞ。何事も時待ちてくれよ、(いり)(まめ)にも花咲くのざぞ、この世では時の神様、時節を忘れてはならんぞ、時は神なりぞ。何事もその時節来たのざぞ、時過ぎて種蒔いてもお役に立たんのであるぞ、草 物いふぞ。旧の八月の十一日、ひつ九のか三」 『地つ巻』 第二十五帖 [162]

「一月十四日、旧十一月三十日、の一二 『磐戸の巻』 第十五帖 [251]

新暦日月神示の旧暦一般の暦の旧暦
1944年 9月28日旧八月十一日旧八月十二日
1945年 1月14日旧十一月三十日旧十二月一日

 日月神示には書記日が旧暦の帖が幾つかありますが、新暦と旧暦が()()されているのは二箇所だけであり、両方とも一日ズレています。これは日月神示の源流である“大本神諭の新暦と旧暦”も同様です。

「でぐちなを七十五さい めいじし十さんねんのしがつの十五にち しんの五がつの十五にち」 『大本神諭/神霊界』 明治四十三年 旧四月十五日 掲載時の誤植と思われます)

「で九ちなを七十五さい めいじ四十さんねんの四がつの十八にち しんの五月の二十八にちのしるしぞよ」 『大本神諭/神霊界』 明治四十三年 旧四月十八日

「で九ちなを七十五さい めいぢし十さんねんの八がつのなぬか しんの九がつの十いちにち」 『大本神諭/神霊界』 明治四十三年 旧八月七日

「で九ちなを七十五さい めいぢし十さんねんの九がつとをか しんの十がつの十三にちの よのかはりめのしるしぞよ」 『大本神諭/神霊界』 明治四十三年 旧九月十日

「で九ちなを七十五さい めいじし十さんねんの九がつの二十はちにち しんの十いちがつのついたちのしるし」 『大本神諭/神霊界』 明治四十三年 旧九月二十八日

新暦大本神諭の旧暦一般の暦の旧暦
1910年 5月15日旧四月十五日旧四月七日
1910年 5月28日旧四月十八日旧四月二十日
1910年 9月11日旧八月七日旧八月八日
1910年10月13日旧九月十日旧九月十一日
1910年11月 1日旧九月二十八日旧九月三十日

 このように、大本神諭での新暦と旧暦は二日ズレている日があるものの、全般的に一般の暦より遅く巡って来る傾向が判ります。

 また、伊都能売神諭でも新暦と旧暦が併記された箇所があります。新暦を基準として旧暦を調べてみると、二十三箇所の内の十八箇所が一般の暦と同じであり、五箇所がズレています。その内の四箇所が一日遅れであり、一箇所が二日遅れでした。

 ただし、伊都能売神諭の書記日は編集時に付け加えられたものが混じっている可能性があるので、厳密には参考にならないかもしれません。

 日月神示や大本神諭の新暦と旧暦に一般の暦とのズレがある理由は判然としません。恐らく、新暦や旧暦の日付を切り替える基準が神霊と人間では違うのでしょう。それで(しん)()が書記された時間帯によってはズレが生じると思われます。ですが、書記の時刻までは記録に残っていないので、このような憶測が正しいか否かは確かめようがありません。

 取り敢えず、この概論は日月神示の時節に関する考察なので、()()で新暦と旧暦が併記された記述に(なら)い、神経綸に関わる旧暦は一日ズレているものとして数えています。

 日月神示の時節について考える際は、以上の二つの注意点に気を付けて下さい。

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天子様の誕生日

 天子様の年齢の()()には、前記の「日数だけ異なる数え方をする」と「旧暦が一日遅く巡って来る」という二つの注意点が加味されています。そこに秘められた“天之日津久神と天皇の関係の現れ”が、五十六才七ヶ月十七日であり【天子様の誕生日】です。


 一つ目の注意点に関しては、日数を十七日()(十八日()で数えると、その日付は新暦の10月10日であり、日月神示では旧九月九日になります。一般の暦でも旧九月十日になり、時節で最重要視される旧九月八日に関わらなくなります。

 二つ目の注意点に関しては、旧暦の一日のズレを考慮しなければ、一般の暦での旧九月八日は新暦の10月8日であり、十六日()(十五日()になります。これでは他の時節の節目との共通点である十七日が関わらなくなります。当然ながら「ミロクとなる」とは訓めなくなります。

 日月神示における“日数の数え方の違い”“旧暦の一日のズレ”を踏まえた上で、2016年の旧九月八日を()()()ヶ月()(ナル)日」にできる日は、天子様の誕生日である1960年2月23日しかありません。この事実は以下の事柄を指し示しています。

「天子様は“神の計画通りの日”に御生まれになった」

 つまり、天之日津久神様は()(つぎ)()()の誕生日を()()()()()()御存知だったことになります。もしくは誕生そのものを思い通りに操ったかです。(にわ)かには信じ難い話ですが、天子様の誕生日は、2016年の()()()()()()()()()()()()()から逆算して決定されたらしいのです。

 このように、次代の天皇の誕生日を誕生の前から自らの計画の一端に組み込んでいたのが、日月神示であり天之日津久神様なのです。

 ()()(よろず)の神々の最高神である天照大神が定め、神話の世から日本の中心で在り続けた(あま)()()(つぎ)の正統な継承者の誕生に干渉できることからは、日月神示を降ろした天之日津久神様が“極めて高位の(せい)(しん)であることが判ります。これは()()の中でも繰り返し主張されています。

「この神は世界中のみか天地のことを(まか)されてゐる神の一柱ざから、小さいこと言ふのではないぞ」 『上つ巻』 第二十五帖 [25]

「この神は日本人のみの神でないぞ」 『下つ巻』 第十二帖 [54]

「この神は世界中の神と臣民と、けだものも草木もかまはねばならんのざから、御役いくらでもあるぞ」 『下つ巻』 第十四帖 [56]

「この方は天地をキレイに掃除して天の大神様にお目にかけねば済まぬ御役であるから、神の国の臣民は神の申す様にして、天地を掃除して天子様に奉らなならん御役ぞ」 『下つ巻』 第二十三帖 [65]

「この方は世界中 丸めて大神様にお目にかけるお役、神の臣民は世界一つに丸めて天子様に献げる御役ぞ。この方と この方の神々と神の臣民一つとなりて世界 丸める御役ぞ」 『下つ巻』 第三十八帖 [80]

「世界中の臣民はみなこの方の臣民であるから、殊に可愛い子には旅させねばならぬから、どんなことあっても神の子ざから、神 疑はぬ様になされよ、〔中略〕 山にも川にも海にもまつれと申してあるのは、神の国の山川ばかりではないぞ、この方 世界の神ぞと申してあろがな」 『富士の巻』 第二十五帖 [105]

「世界中の臣民みな この方の民ざから、早う伝へてくれよ」 『地つ巻』 第二十三帖 [160]

「改心してキレイに掃除出来たら、千里先にゐても、ひつきの神とたのめば何んなことでもさしてやるぞ、この神は世界中 ()()へでも届く鼻もってゐるのざぞ、この世つくりたこの神ざ、この世にわからんこと一つもないのざぞ」 『磐戸の巻』 第十一帖 [247]

「この方 世界構ふ御役ざから、ちと大き心の器 持ちて来て下されよ」 『風の巻』 第十四帖 [365]

「この神はちと大きな、今迄にない大変をいたすのであるから、あまり小さく囚われていると判らんことになってくるぞ」 『月光の巻』 第五十九帖 [846]

「この世をつくった太神の神示ぞ、一分一厘違わんことばかり、後になって気がついても、その時ではおそいおそい」 『星座の巻』 第七帖 [890]

「この神には何一つ判らん、出来んと申すことないのぢゃ。どんなことでも致して見せるぞ」 『極めの巻』 第七帖 [934]

 なお、ここでの天之日津久神様は(くに)(とこ)(たち)(のかみ)と殆ど同義です。色々と言われることの多い(うしとら)(こん)(じん)様ですが、信じるに値する神霊だと思います。

 以上の天子様の誕生日にまつわる内容からは、国常立神と天皇の間に深い因縁があることが窺えます。それを考える上で参考になるのが、「日本の(くに)(つち)は国常立神の御神体である」と明言された記述です。

「日本の国は この方の肉体であるぞ。国土おろがめと申してあらうがな」 『地つ巻』 第三十五帖 [172]

「神の国は生きてゐるのざぞ、国土 (おろが)めよ、神の肉体ぞ。神のタマぞ」 『日月の巻』 第二十七帖 [200]

「日本の国は此の方の肉体と申してあろがな」 『日の出の巻』 第八帖 [221]

「神の国は神の肉体ぞと申してあるが、いざとなれば、お土も、草も、木も、何でも人民の食物となるように出来てゐるのざぞ。何でも肉体となるのざぞ」 『夜明けの巻』 第二帖 [322]

「国常立大神の この世の肉体の影が日本列島であるぞ」 『星座の巻』 第四帖 [887]

「ウシトラコンジンの肉体は日本の土ざと知らしてあろう」 『星座の巻』 第十七帖 [900]

 考えてみれば、“日本の(くに)の神”“日本の(くに)の王”に因縁があるのは当然なのかもしれません。恐らく、歴代の天皇陛下は天照大神だけではなく、国常立神からも直接的な御守護があったと思われます。天子様は天の大神様はもとより、地の大神様からも祝福されて御生まれになったのでしょう。

 そもそも、日月神示が降りた当初から、(あめ)()()()()(のかみ)という御神名は(あめ)()()(つぐ)(のかみ)(あめ)()()(つぎ)(のかみ)を連想させると言われていました。これは(あま)()()(つぎ)(すめら)(みこと)との関係を()()()()()()()()()たと思われます。

「一つの王で治めるのざぞ。天津日嗣の()()様が世界中照らすのぞ」 『地つ巻』 第十一帖 [148]

「天子様まつれと申してあろが。天津日嗣皇尊大神様(あまつひつぎすめらみことおほかみさま)とまつり奉れ」 『夜明けの巻』 第九帖 [329]

「元津大神、心の中で唱へ奉り、スメラミコト唱へ、次に声高く天津日嗣皇ミコト大神唱へ、天のひつくの大神と唱へ奉れ」 『夜明けの巻』 第十帖 [330]

天津日嗣皇尊(あまつひつぎすめらみこと) ()(さか)(いや)(さか) 『夜明けの巻』 第十三帖 [333]

「天津日嗣の()(くらい)は幾千代かけて変らんぞ」 『梅の巻』 第二十一帖 [448]

 こういった天津日嗣天皇を讃える記述があることから推察すると、恐らく、

天之日津久神は“天皇の守護神の一柱”です。

 そして、天之日津久神である“国常立神と天皇の関係”は神経綸において極めて重要な意味を持つのですが、両者の関係には“もう一つの側面”があります。それが判るのは次の記述です。

(おお)(くに)(とこ)(たち)(のかみ)(おお)()()(なる)(のかみ)(さま)なり」 『黄金の巻』 第三十四帖 [545]

 日月神示では日本の大地そのものである国常立神と、地上界の統治神である素盞鳴神を、同一神もしくは極めて近い役割(はたらき)を持つ神として説いています。この主張に基づき、時節概論では国常立神と天皇の関係に加えて、神経綸における“スサ()()の神と()()ヒト様の関係”も考察します。

 以上の内容が、本章で“天皇論”“神話論”を展開する理由になっています。何故なら、神経綸が進展する日に十七日が選ばれた繋がり、旧九月八日がミロクの世の始まりになる背景、天子様が天皇陛下である根拠などは、全て()()()()()()()()()()からです。

 それだけではありません。天之日津久神様による今回の“立替え立直し”の計画は、神々自身の物語でもある“日本神話”に準拠して立案されたらしく、神経綸には神話との類似性、いわゆる“雛型”が数多く見られます。故に、時節の本格的な解説のためには、日本の神々の物語を予備知識として説明する必要があるのです。そうやって初めて“時節の全体像”が見渡せるようになります。

 日月神示が予言し、これから世界が迎えることになるという“岩戸開き”の答えは、(いにしえ)の昔から日本に伝わる“神と天皇の物語”に秘められているのです。

 そのことを、【(あめ)(つち)(かい)(びゃく)】から詳細に解説して行きます。

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前編総括

 ここまでが日月神示の時節の()()()()の解説です。この構造が時節を読み解く“パズルの解法”の中核的な部分になります。


 日月神示はジグソーパズルを模して書記されていますが、秘密(こたえ)に至るための()()()()()が存在している」という意味においては“知恵の輪”とも言えます。これは解法を知れば比較的簡単に解ける点でも似ています。そして、天之日津久神様がパズルの中心に据えていたのが数と天子様であり、同時に、その二つが組み合わさった“天子様の年齢”でした。

 天子様の年齢の解説により、序章で「別角度から見た記述が同じ日と年を指し示す」と述べたことの片鱗が見えたのではないでしょうか。天子様の年齢には他にも多くの意味があるので、中編の『ミロクの実体』で再び取り上げます。そこで詳述する“ミロクの背景”を御覧になれば、更に多くの記述が“旧九月八日”を指し示していることが判るはずです。

 こういった形で、神経綸上の節目の日付には何重もの制約が課せられています。それ故、遅し早しはあれども、岩戸開きの日や立替え立直しの()()は基本的に間違えようがありません。日月神示の時節は最終的な結論が一つに集約されるように、細心の注意が払われているのです。これらは精密機械の歯車と同じであり、「部品の位置を一箇所でも(いじ)ると全体が破綻する」と言って良いほど(がん)()(がら)めに設計されています。その中で僅かながらも異なる解釈の余地が残るのは、()()で言及が無い“神経綸八の始まりの年”だけであり、他は どうにもなりません。()()の神様は()()()()()()()()のです。

 ただし、時節の全ての記述が動かせないわけではありません。神経綸の進展と数霊論に深く関わる七、八、九、十、(れい)以外の時節には、幾つかの解釈が成り立つ余地があります。それらは時節の本流ではないものの、可能性の高い年を順に考察して行きます。

 そして、これから説明する日本の神話と歴史により、時節には(ひな)(がた)という形で更に多くの制約があることが判ります。そこから、神経綸は幾つもの雛型が複合的に折り重なった“重層構造”で組み上げられていることが鮮明になります。その説明の過程で、()()()()()()()()()()()()日月神示の宇宙観の縮図(ひながた)であることも明らかになるはずです。

この“雛型の概念”が中編の主題(メインテーマ)になります。

 また、日本の神話と歴史を説明することによって浮かび上がる“とある神芝居(ひながた)によって、現代に生きる日本人の“岩戸開き”“岩戸閉め”の行為を簡単に識別できるようになっています。これは絶対的な尺度となるものではありませんが、旧九月八日を迎えるための準備に際して一つの指標になり得ます。そのことを示唆する大本神諭の“三千年と五十年”を、出口王仁三郎の“真珠の首飾り”の譬え話と共に、第三章の最後で考察します。

 それでは、時節概論での神話と歴史の説明が、日本人の(カミ)の国”への意識を僅かでも喚起することになれば、天之日津久神様は時節の解説以上に喜んで下さると信じて、第三章『日本』を書かせて頂きます。

平成二十一年二月二十三日の佳き日 すめらみちの明喜

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追記 「 神経綸八の解釈の正否 」

 前編を書いた後に状況が変化したので、追記を一つ書き加えます。

 日月神示の予言の内、神経綸の八の段階については第二章で具体的な日付を含めて考察しました。現在はそこで挙げた日付を半年近く経過し、解釈の正否の大方を判別できるようになったと言えます。こういった“予言と現実の答え合わせ”が追記の内容であり【神経綸八の解釈の正否】です。

 結論としては「結果が当たって原因が外れる」という格好になりました。


 まずは当たった部分を述べます。

 神経綸八の始まりの年を2008年と仮定し、そこから始まる出来事を“世界的な金融危機”と解釈したことは当たったと言って良いと思います。この追記を書いている2009年3月の時点では、世界の国々、特に震源地であるアメリカ合衆国が金融危機を克服できるかどうかは判っていません。ただ、日月神示は共産主義の崩壊と共に自由主義の崩壊も予言していることから考えると、克服できない可能性の方が高いと思われます。その場合は神経綸八の期間を“世界恐慌”と解釈したことも当たったと言えます。

 次に当たったか外れたかの判別が難しい部分を述べます。

 今回の金融危機の直接的な引金(トリガー)になったのは、2008年9月15日に起きた“リーマンショック”でした。サブプライムローン問題の顕在化による金融不安は2007年頃から(ささや)かれていたものの、最終的にはアメリカの大手投資銀行であったリーマンブラザーズの破綻が、(バブル)を破裂させる針になりました。この日を境に世界中の空気が一挙に変わり、「世界同時不況」や「百年に一度の経済危機」や「恐慌」といった言葉が、濁流の如く社会に溢れ出たのは記憶に新しいところです。

 そして、この概論では金融危機の始まりを2008年の8月と解釈していました。これを神経綸には少なからず遅し早しがあることを考慮に入れて、約一ヶ月のズレを許容範囲内とするなら当たったと言えますし、許容範囲外とするなら外れたと言えます。

 次に外れた部分を述べます。

 世界恐慌に発展するであろう金融危機が「東京大震災を発端として起きる」という解釈と、それが起きる日付が“2008年8月17日”という解釈は外れました。これは解釈を間違ったのか、単に遅れているだけなのか、それとも大難が小難に変わったのかは、現時点では正確には判りません。しかし、既に世界恐慌に突入したとも言える現在となっては、発端の方が後に起きるとは考えにくいので、解釈を間違った可能性の方が高くなっています。

 そして、第二章で述べた解釈が間違っていたのであれば、日月神示の中の「八月ぐらぐら」という記述は「既存の文明の枠組が揺らぐ」という主旨の言葉であって、地震の()(おん)ではなかったことになります。日本語でも衝撃的な出来事を「激震が走る」という風に震災に(なぞら)えて表現しますが、そちらの意味だったのかもしれません。その場合は解釈を間違えてしまって申し訳ありませんでした。

 現時点で判別できる神経綸八の解釈の正否は以上ですが、現在の世界情勢を心配している人も多いと思いますので、金融危機の神経綸上の意味と、その後の展開についても簡単に補足しておきます。

 結論から言えば金融危機は()()()()()()()()なので心配する必要はありません。天之日津久神様は六十年以上も前から、ミロクの世の直前が“金で潰す時代”であることを明言していました。そして、日月神示では世界恐慌の期間である“八月の世界”を特に重視していません。神示を読めば一目瞭然ですが、真に警鐘が鳴らされているのは“恐慌の後の戦争”“岩戸開き”です。金融危機は日本の神々にとっても外国の神々にとっても、()()()()()()()()()()()()のです。

 第二章でも述べましたが、日月神示では「金融危機は悪神が意図的に引き起こす」と説かれています。その最終的な目的は悪神が日本を末代の(すみ)()とすることであって、「世界恐慌は日本盗りへの()(せき)に過ぎない」とのことです。恐らく、外国を“景気対策としての戦争”に追い込むことが、悪神が世界を金で潰す理由だと思われます。そして、その企みを見抜いている日本の神々が、悪神の行動すら利用してミロクの世を実現するのが神経綸の既定路線です。

 それと、これは後編で論じる内容なのですが、外国が日本を盗ろうとする行動自体が“雛型”となるように仕組まれており、外国が日本に攻め込むから岩戸が開くのか、岩戸が開くから外国が日本に攻め込むのか判らない側面があります。これらは前後の順序が判別できない“鶏と卵の関係”になっています。こういった関係性を持つものは神経綸に幾つか見受けられ、2016年のミロクの世の到来の他にも、2012年の天子様の(せん)()などが同様の関係だと思われます。

 このように、悪神の計画は完全に正神の計画の一部として組み込まれています。日月神示を読むと、世界を金で潰して日本を盗ろうとする外国の神々と、それを見抜きながらも一時的にであれ許す日本の神々と、どちらが本当の黒幕なのか判らなくなるくらいです。結局の所、悪神が何をしても全ては大神様の(てのひら)の上での出来事に過ぎません。ですから、悪神が起こす恐慌も戦争も過度に心配する必要はないのです。

 また、日月神示には戦争や天災を筆頭に過酷な未来が予言されていますが、“大難が小難に変わる可能性”も充分にあります。

「神の申すこと違ったではないかと申す臣民も今に出て来るぞ、神は大難を小難にまつりかへてゐるのに分らんか、えらいむごいこと出来るのを小難にしてあること分らんか、ひどいこと出て来ること待ちてゐるのは(じゃ)のみたまぞ、そんなことでは神の臣民とは申されんぞ。臣民は神に、悪い事は小さくしてくれと毎日お願ひするのが務めぞ」 『天つ巻』 第二十四帖 [131]

「仕組通りに出て来るのざが大難を小難にすること出来るのざぞ。神も泥海は真っ平ぞ」 『地つ巻』 第三十二帖 [169]

「神が大難を小難にして神々様 御活動になってゐること眼に見せてもわからんか」 『日月の巻』 第二十七帖 [200]

「富士、火 吐かぬよう おろがみてくれよ、大難小難にまつりかへるよう おろがみてくれよ」 『水の巻』 第十五帖 [289]

「大難小難にまつりかへて下されとお願ひするのざぞ」 『夜明けの巻』 第九帖 [329]

「大難小難にと役員も祈れよ。口先ばかりでなく、誠祈れよ。祈らなならんぞ」 『夜明けの巻』 第十三帖 [333]

「大難小難にと祈れと申してくどう知らしてあろがな、()()(よう)にでも受け入れて よきようにしてやるよう仕組てある神の心 判らんか、天災待つは悪の心、邪と知らしてあるが まだ判らんのか」 『雨の巻』 第八帖 [342]

「神示で知らしただけで得心して改心出来れば大難は小難となるのぢゃ、やらねばならん、戦は碁、将棋くらいの戦ですむのぢゃ」 『青葉の巻』 第十六帖 [485]

「神は嘘つきぢゃと人民申しても、悪い予言は嘘にしたいので日夜の苦労、こらえられるだけこらえてゐるのである」 『月光の巻』 第七帖 [794]

 これらの記述からも判るように、大神様も人間が苦しむのを望んでいらっしゃるわけではありません。悪い未来を変えるために昼夜を問わず御活動なされ、人間も同じように励むことを望んでおいでです。未来は完全には決まっていないのです。

 ただし、大筋の流れは決まっています。そのことを証明するかのように、日月神示の予言通り2008年に金融危機が起きました。阪神淡路大震災も他の時節の節目との関連性を考慮した日付に起きています。何よりも、ミロクの世の王の誕生日には一日の遅し早しもありません。こういった事例から窺い知れるように、神経綸は当初からの予定に沿って順調に進んでいます。

 そして、世界が日月神示の指し示す通りに進んでいるのであれば、それは喜びに満ち溢れた光り輝く未来が約束されていることを意味しています。何故なら、天之日津久神様は“三千世界の物語の最後(むすび)を、誰もが笑って喜ぶ幸福な結末(ハッピーエンド)で締め(くく)ることを力強く宣言しているのですから。それ故、現在の世界情勢がどのように見えようとも、神を信じる人間は、次のような伝言(メッセージ)を自他に発しながら日々の務めを果たすのが“最も正確な現状認識”と言えましょう。

大丈夫、心配ないよ(ノ ー プ ロ ブ レ ム)

「オロシヤの悪神の仕組 人民には一人も判ってゐないのざぞ。神にはよう判っての今度の仕組であるから仕上げ見て下されよ、此の方に任せておきなされ、一切 心配なく此の方の申すようにしておりて見なされ、大舟に乗って居なされ、光の岸に見事つけて喜ばしてやるぞ」 『雨の巻』 第十帖 [344]

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子の年

 時節論と神話論には“数霊”を通じて一体的な側面があります。そのため、神話論を展開した後に時節論を解説する方が、神経綸を より深く論じることができます。ただ、神話論は分量的に非常に長大になるので、先に“時節の()()()()を最後まで述べてしまいます。

 その構造に深く関わっているのが、“正念場の期間”を明かす【()の年】です。


 本章の冒頭で触れたように、時節の基点である“天子様の年齢”は2016年の旧九月八日を指し示し、この日付が日月神示で“ミロクの世”と呼ばれます。

 ただし、ここでのミロクの世を“理想社会の実現”の意味に解釈すると、時節の全体像に不整合が生じます。実は、大本系統の(しん)()は単語に独自の意味を加えることがあり、その場合の“ミロクの世の正しい意味”は『伊都能売神諭』に書かれています。

「世の(しま)いの世の(はじま)りがミロクの世であるぞよ」 『伊都能売神諭』 大正七年十二月二十三日

 つまり、天子様の年齢におけるミロクの世とは“終わりの始まりの時代の到来”を告げているのです。そして、日月神示によれば、この日から“戦争”が始まるそうです。

「北から攻めて来る時が、この世の終り始めなり」 『富士の巻』 第十六帖 [96]

 大本神諭では日本と外国の戦争が起きることが繰り返し警告されており、その内容は日月神示にも受け継がれています。しかし、神経綸九や戦争の時期である“九月”の期間について本格的に論じると時節論から外れるので割愛します。

 なお、日月神示における外国とは“幽界”“九十の国”“伊邪那美神の世界”などの重層的な意味が含まれており、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()点に御注意ください。

 戦争の期間は神経綸上の“九”に相当しており、2016年の旧九月八日から2024年の旧十月八日まで続くようです。その根拠は“正念場の期間”が次のように述べられているからです。

()の歳 真中にして前後十年が正念場」 『磐戸の巻』 第十六帖 [252]

 日月神示の説く子の年には諸説がありますが、時節の全体像や数霊との整合性から考える限り、2020年にしか当て嵌まりません。

 同時に、神経綸九の正念場の期間は、個別的にも()()()()()()()()()模様です。

「九(とし)は神界の(もと)の年ぞ、神始めの年と申せよ。()()()()()(いづ)()()()ぞ、五の歳は子の歳ざぞよ。取違ひせん様にせよ」 『日の出の巻』 第二帖 [215]

 以上の内容を簡単にまとめてみます。

2016年
2017年
2018年
2019年
2020年
2021年
2022年
2023年
2024年

 上記の対応関係により、以下の“一二三年”の意味が明瞭になります。

「一、二、三年が正念場ぞ。()()(いづ)の仕組と申してあろがな」 『下つ巻』 第三十四帖 [76]

「お宮も壊されるぞ。臣民も無くなるぞ。上の人 臭い飯 食ふ時来るぞ。味方同士が殺し合ふ時、一度はあるのざぞ。大き声で物言へん時来ると申してあろがな。(これ)からがいよいよざから、その覚悟してゐて下されよ。一二三が正念場ぞ」 『日月の巻』 第二十二帖 [195]

 つまり“戦争の開始直後”が正念場の中で更に苦しい期間なのでしょう。その意味合いで読める“三年”の記述も見られます。

「三年のたてかへぞ」 『光の巻』 第八帖 [404]

「これから三年の苦労ぢゃ、一年と半年と半年と一年ぢゃ」 『梅の巻』 第二十三帖 [450]

「三年の大ぐれ」 『黄金の巻』 第二十九帖 [540]

「この白黒まだらな時は長くつづかん、最も苦しいのは一年と半年、半年と一年であるぞ」 『至恩の巻』 第十二帖 [959]

 ただし、三年の記述は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ように書かれています。具体的には、神経綸九の始まりから三年、神経綸十の始まりから三年、結びの日から三年です。一応、傾向的なものがあるので、残りの三年の記述は神経綸十と結びの日の解説で改めて引用します。

 ここからは、上述の“正念場の期間の数字”に関連するかもしれない内容を補足して行きます。最初に引用するのは“御用”“数字”で表現された記述です。

「一二三の裏に〇一二、三四五の裏に二三四、五六七の裏に四五六の御用あるぞ。五六七すんだら七八九ぞ、七八九の裏には六七八あるぞ、八九十の御用もあるぞ。だんだんに知らすから、これまでの()()よく心に入れて、ジッとして置いて呉れよ」 『天つ巻』 第十帖 [117]

 それと、九の年の翌年である2025年も“十”に対応している可能性があります。

「八九の次はであるぞよ」 『雨の巻』 第二帖 [336]

 この辺りの話の背景を簡単に説明すると、日月神示では世界の進展段階が数で表現されており、直接的ではないものの、“五度の岩戸閉め”という形で「(はじめ)の世から五回の転機を経て六の世になった」らしいことが語られています。それを受け継いで「神経綸により更に七/八/九/十の世にする」という流れが時節全体の道筋です。要するに、

三千世界の生成化育は“数歌”になっているのです。

 それ故、正念場という「八方世界が十方世界として新生しつつある状態」は、三千世界の生成化育や数の十段階を模す“雛型的な側面”があると推測されるのです。故に、2025年も神経綸九の期間と同じく数字に対応している可能性が高いと結論しました。

 ちなみに、正念場に対応する数字の御用は、大本神諭の説く“世の終いの始まりの御用”(とどめ)の御用”のことだと思われるので、参考として該当個所を引用します。

「此の先は、悪で仕放題に行無しに出て来た守護神が(つら)くなるぞよ。()()な事も()ておくと、何事も(こば)れるなれど、行無しの守護神に使はれて居ると、世の終ひの初まりの御用は勤まらんぞよ。善と悪との変り目であるから、悪の守護神はジリ(もだ)へる様になるから、一日も早く改心致して、善の道に立帰らねば、モウこれからは貧乏(ゆる)ぎも()さんぞよ」 『大本神諭/神霊界』 大正四年 旧十二月二日

「二度目の世の立替の(とゞ)めを刺すのが近う成りて来たぞよ。何も経綸(しぐみ)通りに致すぞよ。西と東とに()()の御宮を建て戴いて、元の昔へ世を戻す時節が参りて来たから、大神が揃ふて元の()()へ立帰りて神代に立替るから、何事に付けても大望(ばか)りで在るぞよ。世の(しまい)(とゞ)めと世の始りとの境の筆先であるぞよ。〔中略〕 ()()と学との世の終りと成りたぞよ」 『大本神諭/神霊界』 大正六年 旧十月十六日

 だから、日月神示では次のように語られているのでしょう。

「旧九月八日とどめぞ」 『水の巻』 第九帖 [283]

 結論だけを先に述べるなら、八方世界に(とど)めを刺す“正念場の御用”とは、旧九月八日の仕組やミロクの仕組における“人間の役割”です。

 実際に何をするのかは明らかではないのですが、因縁の身魂と呼ばれる人達は()()を読めば判るのかもしれません。また、身魂の磨けた人は()()()()()()()()()()()ので、神霊から直に知らされるとすれば、御用の具体的な内容は書いてない可能性も考えられます。

 その上で、ここまでの内容との関連が想起されるのが、次の“数歌”の記述です。

「神示よく読めと、神示よく肚に入れと申してあるが、神示 肚に入れると胴すわるのざぞ、世界から()んな偉い人が出て来て何んな事 尋ねても教へてやれる様になるのざぞ、神示 胴に入れて頭下げて天地に働いて下されよ、まつりて下されよ、素直になれば其の場から其の場 其の場で何事も神が教へてやるから、力つけて導いてやるから、何んな神力でも授けてやるぞ。(ひと)(ふた)()()(いつ)(むゆ)(なな)()(ここの)(たり)(もも)()(よろず)授け申して神人となるぞ」 『雨の巻』 第六帖 [340]

 正念場の期間と一二三四五六七八九十の数字の対応を前提にすれば、上の帖は「正念場で役割を与える」や「正念場を耐え抜いた者を神人とする」という意味で読むこともできるでしょう。

 そして、以上の内容が数霊と組み合わさる形で、日月神示の説く正念場の意味や【三十年の立替え】の姿が見えて来ます。

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第四章 一四一四

三十年の立替え

 本章では時節の原則たる“数の順序”が数霊と対応していることを改めて述べたいと思います。それにより、【三十年の立替え】が“正念場”として神経綸九と同じ意味を有することが見えて来ます。


 最初に、日月神示の“数の表記”についての記述を引用します。

()()()とは〇一二三四五六七八九十であるぞ、一二三四五六七八かくれてゐるのざぞ」 『海の巻』 第十四帖 [506]

 ここでは()()()とは〇一二三四五六七八九十の“略式の表記”であることが明かされています。そのため、神経綸に関わる数字の多くは正確には以下の意味があります。

 七 一二三四五六七
 八 一二三四五六七八
 九 一二三四五六七八九
 十 一二三四五六七八九十
 九十 一二三四五六七八九十
〇九十〇一二三四五六七八九十  十と一/(ひとつ)/百千万)

 なお、()()()(れい)“二十二”と同じ意味でもあるのですが、これは他とは少々違う意味を持ちます。

「フトマニとは大宇宙の法則であり秩序であるぞ、神示では012345678910と示し、その裏に109876543210があるぞ、()()()の誠であるぞ、合せて二十二、富士であるぞ。神示の始めに示してあろう。二二は晴れたり日本晴れぞ」 『至恩の巻』 第二帖 [949]

「マコトとは〇一二三四五六七八九十と申してあろう、そのうらは十九八七六五四三二一〇で、合せて二十二であるぞ、二二が真理と知らしてあろう、二二が富士と申してあろうが、まだ判らんか」 『紫金の巻』 第三帖 [982]


( )十二
   一二三四五六七八九十
〇                 〇  ()()不二(ひとつ)
   十九八七六五四三二一

 同時に、日月神示では略式ではない表記を使って、神の計画や立替立直しのおおまかな流れを“数”で説いています。

「12345678の世界が12345678910の世となりなりて012345678910の世となるのぢゃ、012345678910がまことと申してあろうがな。裏表で二十二ぢゃ、二二の二の五ぢゃ、二二ぢゃ、()()は晴れたり日本晴れぞ、判りたか」 『至恩の巻』 第十五帖 [962] 第一仮訳)

 つまり、()()()()()()()()12345678の“八方世界”が12345678910の“十方世界”を経て012345678910の()()()の世界”になるそうです。

 逆に、()()()()()()()()三千世界の生成化育や神経綸は一つづつ数を重ねる形で進展して行きます。

 ここからは、時節や数霊には“大別的な視点”“個別的な視点”という二つの見方があることが判ります。そこで、判り易いように複数の視点をまとめてみます。

  大別的な視点  個別的な視点
神経綸七 12345678の世 1234567の世八方世界(幼虫)7月マ行
神経綸八     〃 12345678の世 〃8月ヤ行
神経綸九 12345678910の世 123456789の世移行期間(蛹)九月ラ行
神経綸十     〃 12345678910の世十方世界(蝶)十月ワ行
    〇(一)012345678910の世012345678910の世二十二の世界11月新しいア行

 ちなみに、八方世界に()()()()()“九十”を加えて十方世界へ移行させる計画が(ナル)()の仕組”であり、十方世界に(れい)を加えて()()()の世、或いは二十二の世界へ移行させる計画が()()の仕組”です。

「五つの色の七変はり八変はり(ここ)(たり)(たり)(もも)()(よろず)の神の世 弥栄」 『雨の巻』 第十七帖 [351]

「七の燈台は十の燈台となり出づる時となったぞ」 『扶桑の巻』 第一帖 [850]

「七は成り、八は開くと申してあろうが、八の(くま)からひらきかけるのであるぞ、ひらけると〇と九と十との三が出てくる」 『碧玉の巻』 第五帖 [869]

「ナルの仕組とは成十(七十)の経綸であるぞ、八が十になる仕組、岩戸ひらく仕組、今迄は中々に判らなんだのであるが、時節が来て、岩戸がひらけて来たから、見当つくであろう、富士と(ナル)()の仕組、結構致しくれよ」 『星座の巻』 第二帖 [885]

「太陽は十の星を従へるぞ、〔中略〕 二二と申すのは天照大神殿の()(くさ)の神宝に(テン)を入れることであるぞ、〔中略〕 二二となるであろう、これが富士の仕組、七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、なりなりあまるナルトの仕組。富士と(ナル)()の仕組いよいよぞ、〔中略〕 なりなりなりて十とひらき、二十二となるぞ、富士晴れるぞ、大真理 世に出るぞ、新しき太陽が生れるのであるぞ」 『至恩の巻』 第十六帖 [963]

「四つの花が五つに咲くのであるぞ、女松の五葉、男松の五葉、合わせて十葉となりなりなりて()み栄ゆる仕組、十と一の実のり、()()と輝くぞ、日本晴れ近づいたぞ、あな爽々し、岩戸あけたり」 『紫金の巻』 第十帖 [989] 第一仮訳)

「クニトコタチがクニヒロタチとなるぞ、クニは黄であるぞ、真中であるぞ、天は青であるぞ、黄と青と和合してみどり、赤と和して(だいだい)となり、青と赤と和して紫となる、天上天下地下となり六色となり六変となり()()となるのぢゃ、更に七となり八となり白黒を加へて十となる仕組、(イロ)(タマ)結構致しくれよ」 『紫金の巻』 第十一帖 [990]

 この“二度の(せん)()が日月神示の説く神の計画や立替え立直しです。簡単に言えば、

富士と鳴門の仕組とは“世界の在り方を変える仕組”です。

 これは“世界の羽化”を意味しており、幼虫が蝶として完成する過程で、身体(せかい)を一時的にドロドロに溶かす(さなぎ)の状態”が正念場や立替え立直しなのです。

〔前略〕 かく弥栄、進展するが故に、人類も霊人類も、各々その最後の審判的段階に入る迄は、真の三千世界の実相を十分に知り得ない。故に新天新地の来る迄、真の天国を体得し得ない、〔中略〕 新人と生れ、新天新地に住むとも、その以前の自分の総ては失はない。只その位置を転換されるのみである、地上人が死後、物質的に濃厚なる部分をぬぎすてるが、その根本的なものは何一つとして失はず生活するのである。その状態よりも尚一層に、そのまゝであって何等の変化もないと思へる程である。蛹が蝶になる如く弥栄へるのであって、それは大いなる喜びである」 『地震の巻』 第八帖 [385] 第一仮訳)

 それ故、八方世界から十方世界への遷移が本格的に始まる“旧九月八日”と、十方世界が不二(ひとつ)の世界になる“結びの日”は、時節の中で最も重視されています。

 その上で問題になるのが正念場である“神経綸九の期間”です。この期間は大別的な区分では十方世界に属しますが、個別的な区分では八方世界と十方世界の中間に位置する移行期間(グレーゾーン)なのです。

 ここでは“九月”の詳細は述べませんが、神経綸九の意味が判り易い記述を一つだけ引用します。

「旧九月八日とどめぞ」 『水の巻』 第九帖 [283]

 これは「八方世界を終わらせる」という意味であり、時節と数霊が連携(リンク)していることが判ります。更に正確に言うと、

日月神示の時節と数霊と神話は()()()()()()()()()()()()()()()のです。

 そのため、日月神示の内容は三面図のように複数の角度から見ることによって、初めて“実像”が把握できるように書かれています。

 また、(とど)め”“九分九厘”は基本的に一組(ワンセット)ですが、これは遷移の直前の状態を“古い状態での上限”に見立てているからです。ここから判るように、()()()()()()()()九分九厘は一度ではありません。正確には九の直前、十の直前、(れい)の直前の三つがあります。

 つまり、()()()()()()()八方世界が十方世界へ遷移するための“生みの苦しみの期間”が、日月神示の説く正念場と言えます。

「死ぬか生きるかは人民ばかりでないぞ、神々様も森羅万象の悉くが同様であるぞ、しばらくの生みの苦しみ。八の世界から十の世界になるのであるから、今迄の八方的な考へ方、八方的な想念や肉体では生きては行かれんのであるぞ、十方的想念と肉体でなくてはならんぞ」 『至恩の巻』 第十三帖 [960]

 同様に、()()()()()()()八方世界が()()()の世界へ遷移するための期間である一二三四五六七八九十の世が、日月神示で“三十年の立替え”と呼ばれているのです。

「三十年(ひと)(きり)ぞ」 『雨の巻』 第五帖 [339]

「三十年で世の立替いたすぞ」 『秋の巻』 第一帖 [742]

 ちなみに、三十年の立替え期間である大別的な区分での十方世界の始まりは、天子様の年齢で語られているように2012年ですが、この年は個別的な区分では一二三四五六七八の世です。これは日月神示の数霊が背景にあります。

〔前略〕 一神のみで生む限度は七(ない)()八である、その上に生まれおかれる神々は皆七乃至八であるが、本来は十方十全まで拡がるべきものである。(ある)時期迄は八方と九、十の二方に分れて それぞれに生長し弥栄し行くのであるぞ」 『至恩の巻』 第九帖 [956] 第一仮訳)

 ここに見られる「八は()()()()()()()()()側面がある」という数霊論が時節と対応しています。そして、この八の性質を時節に当て嵌めて2012年を神経綸八の()()()に仮定すると、神経綸八の始まりの年が2008年である(がい)(ぜん)性が導き出されるのです。

 上記の内容に近い関係は“数字と五十音の対応”にも見られます。五十音の十行は一から十の数字に対応していると言えますが、それを前提にして読めば意味が判る記述があります。

「この方 カの神と現はれるぞ、サの神と現はれるぞ、タの神と現はれるぞ、ナの神と現はれるぞ、ハマの神と現はれるぞ。ヤラワの神と現われたら、人間 眼明けて居れん事になるぞ、さあ今の内に神徳積んでおかんと八分通りは獣の人民となるのざから、二股膏薬ではキリキリ舞するぞ」 『夜明けの巻』 第四帖 [324]

 ここでの「ヤラワの神」は数字的には“八九十”を意味しており、三十年の立替えが神経綸八/九/十の期間に跨がることの表現であるようです。そのことは次の記述からも窺えます。

「八から九から十から百から千から万から何が出るか分らんから、神に献げな生きて行けん様になるのざが、悪魔にみいられてゐる人間いよいよ気の毒 出来るのざぞ」 『天つ巻』 第五帖 [112]

 ここでの「何が()()か分らん」が岩戸()()に掛けてあります。そして、上の記述に「七から」が抜けていることは、以下の“七”の記述と見比べれば判り易いです。

「七から八から九から十から神烈しくなるぞ」 『下つ巻』 第十四帖 [56]

「七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、なりなりあまるナルトの仕組」 『至恩の巻』 第十六帖 [963]

 成十の仕組の本番は神経綸九の段階ですが、広義の意味では神経綸七から始まっています。即ち、本格的な立替え立直しである“三十年”()()()()()()()()()()()()ので、前出の引用では「七から」が抜いて書いてあるのです。同時に、十の次の(れい)と百千万が対応することも判るでしょう。

 ちなみに、十の次の(れい)()()()や百千万や“二十二”と対応しています。

〔前略〕 なりなりなりて十とひらき、二十二となるぞ、富士晴れるぞ、大真理 世に出るぞ、新しき太陽が生れるのであるぞ」 『至恩の巻』 第十六帖 [963]

 これらが日月神示で(フジ)(ナルト)の仕組”と呼ばれるもののことです。

「アイウは縦ぞ、アヤワは横ぞ、縦横揃うて十となるぞ、十は火と水ぞ、縦横結びて力出るぞ」 『下つ巻』 第十帖 [52]

「火と水の災難が何んなに恐ろしいか、今度は大なり小なり知らさなならんことになりたぞ」 『富士の巻』 第十九帖 [99]

「あちこちに臣民の肉体かりて予言する神が沢山出てゐるなれど、九分九厘は分りて居れども、とどめの最後は分らんから、この方に従ひて御用せよと申してゐるのぞ。砂糖にたかる蟻となるなよ。百人千人の改心なれば、どんなにでも出来るなれど、今度は世界中、神々様も畜生も悪魔も餓鬼も外道も三千世界の大洗濯ざから、そんなチョロコイ事ではないのざぞ。ぶち壊し出来ても建直し分かるまいがな。火と水で岩戸開くぞ」 『天つ巻』 第四帖 [111]

「世の立替へは水と火とざぞ」 『磐戸の巻』 第十六帖 [252]

「火と水と申してあろがな。火つづくぞ。雨つづくぞ。火の(わざわい)あるぞ。水の災あるぞ。火のおかげあるぞ、水の災 気つけよ。火と水 入り乱れての災あるぞ、近ふなりたぞ。火と水の御恵みあるぞ」 『水の巻』 第十三帖 [287]

 その上で、ここまでの内容を()()()()()()()()()()()()簡単にまとめてみます。

神経綸九八の世界から十の世界への移行期間(蛹)成十の仕組
三十年の立替え八の世界から(れい)の世界への移行期間(蛹)不二の仕組

 こうして見ると、“世界が新生しつつある状態”が正念場や大峠と称されていることが判ります。そうであるが故に「神経綸九と三十年の立替えは本質的に同じ意味を有する」と言えるのです。

 以上のように、天之日津久神様が説く“三十年の大立替え”は2012年からの三十年なのですが、二義的な解釈が成り立つ余地があります。

 立替え立直しに神経綸七を含むとする視点では、1994年から2024年までの三十年も三十年の立替えと見ることができます。

 もしかしたら、1994年から2024年が“立て壊し”的な側面を有し、2012年から2041年が“立て直し”的な側面が強いのかもしれません。これは(ナルト)の期間”(フジ)の期間”とも言い換えられ、二つが重なっている期間が、日月神示の予言で最も言及が多い神経綸九の期間なのです。

 ただし、天子様の年齢で2012年が「次の世の始まり」と形容されていることから、一義的には2012年が三十年の立替えの始まりです。

 そして、こういった時節と数霊の対応関係を突き詰めることにより、【一四一四】の本来の意味が判るように仕組まれています。

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一四一四

 日月神示では「(いよ)(いよ)」という表現が数多く登場しますが、この言葉には主に数霊的な密意が秘められており、その本質的な意味は【一四一四】です。


「いよいよが一四一四となるぞ」 『春の巻』 第五十四帖 [711]

「愈々が来たぞ、いよいよとは一四一四ぞ、五と五ぞ。十であるぞ、十一であるぞ」 『紫金の巻』 第十一帖 [990]

 上の内容は立替え立直しが始まって岩戸が開くと、(れい)と九と十の(みっつ)が出て来ることに対応しています。ちなみに、出る順序は九、十、(れい)です。

「七は成り、八は開くと申してあろうが、八の(くま)からひらきかけるのであるぞ、ひらけると〇と九と十との三が出てくる」 『碧玉の巻』 第五帖 [869]

 一二三四五六七八九十の次に加わる(れい)も一四一四の一環ですが、九と十が加わる“十方世界への移行”の方が第一義的な意味のようです。そこからは、既存の八方世界を“四と四”、十方世界を誕生させる九と十を“一と一”として、一四一四を(いよ)(いよ)と表現していることが判ります。要点を()(つま)んで述べると、

日月神示では八方が四方と四隅の“平面軸”に、九と十が天と地の“立体軸”に見立てられています。

 また、こういった内容は“指”に譬えて語られます。

「今迄は四本指八本指で物事をはかって誤りなかったのであるが、岩戸が明けたから親指が現れて五本十本となったのぢゃ、このことよくわきまへよ」 『星座の巻』 第十五帖 [898]

「イシもの言ふぞと申してありたが、イセにはモノ言ふイシがあると昔から知らしてあろうがな、五の()()がもの言ふのであるぞ、ひらけば五十となり、五百となり、五千となる。握れば元の五となる、五本の指のように一と四であるぞ、このほうを五千の山にまつれと申してあろうが」 『扶桑の巻』 第一帖 [850]

 ここで一四一四の内の一と一が親指として語られていることから明らかなように、

日月神示の数霊論では親指が九と十に対応します。

 ちなみに、九と十の(はたらき)“逆の力”と称されます。

「三千の世界の中の一つがそなた達の世界であるぞ。この世も(また)三千に分れ、更に五千に分れてゐるぞ。このほう五千の山にまつれと申してあろう。今の人民の知り得る世界はその中の八つであるぞ。人民のタネによっては七つしか分らんのであるぞ。日の光を七つと思うてゐるが、八であり、九であり、十であるぞ。人民では六つか七つにしか分けられまいが。「イワトがひらけると更に九、十となるぞ。〔中略〕 九十の経綸、成就した暁には何も彼も判る」と申してあらうが。八つの世界とは、、ア、オ、ウ、エ、イであるぞ。八は固、七は液、六は気、五はキ、四は霊の固、三は霊の液、二は霊の気、一は霊のキ、と考へてよいのぢゃ。キとは気の気であるぞ。その他に逆の力があるぞ。九と十であるぞ。その上に又 霊の霊の固から始まってゐるのであるが、それはムの世界、無限の世界と心得よ」 『白銀の巻』 第一帖 [612] 原文Uで確認すると“九十”“逆の力”に関する部分は原文にはありません。九十の密意が明かされた五十黙示の内容に合わせて、岡本天明氏が昭和三十八年版で追記した模様です)

 また、物を手で握る際に、基本的に四本指は()調()()()同じ向きに動きますが、親指は()()()逆の動きをします。そのことを前提に読めば意味が判る記述があります。

「天界に住む者は一人々々は力弱いが和すから無敵ぞ。幽界に住む者は一人々々は強いが孤立するから弱いのぞ。仲よう和してやれと申す道理 判りたか」 『黄金の巻』 第七十二帖 [583]

 これらの(おや)指の話は(おや)神である国常立神が押し込められた物語に掛けてあります。本節では触れませんが、人間の指の在り方には、神界と幽界、善と悪、経糸と緯糸、立体と平面、八方と九十の関係などが秘められています。簡単に言うと、

人間の五本指には()()意向(こころ)が表れているのです。

 そのことは日月神示で謎掛けのように語られています。

「元は5で固めたのぢゃ、天のあり方、天なる父は5であるぞ。それを中心として、ものが弥栄えゆく仕組、それを人民は自分の頭で引き下げて4と見たから行き詰って世界の難渋であるぞ。手や足の指は何故に5本であるか、誰にも判るまいがな」 『極めの巻』 第八帖 [935]

「天の5を地にうつすと地の五則となるのぢゃ、天の大神は指を折りて数へ給ふたのであるぞ、天の大神の指も五本であるから、それを五度折りて二十五有法となされ、五十をもととされたのぢゃ、〔中略〕 それだけでは足りない、その中に〇があるのぢゃ、大神がましますのぢゃ、人民の頭では中々に理解出来んなれど、理解して下されよ。これが妙であるぞ、奇であるぞ、天の父の教であり、地にうつした姿であるぞ」 『極めの巻』 第九帖 [936]

 そういったこともあって、日月神示では八までと九十の“性質の違い”を強調する記述が見られます。

「空白とは九八九であるぞ、八と九、九と八の境をひらくことが岩戸を開くことぢゃ、空白とは最も根本を為す最も力あることであるぞ」 『扶桑の巻』 第四帖 [853]

「今迄は四の(いき)(もの)と知らせてありたが、岩戸がひらけて、五の活物となったのであるぞ、五が天の光であるぞ」 『扶桑の巻』 第十四帖 [863]

「8迄と9 10とは(さが)が違ふのぞ」 『極めの巻』 第五帖 [932]

〔前略〕 一神のみで生む限度は七(ない)()八である、その上に生まれおかれる神々は皆七乃至八であるが、本来は十方十全まで拡がるべきものである。(ある)時期迄は八方と九、十の二方に分れて それぞれに生長し弥栄し行くのであるぞ」 『至恩の巻』 第九帖 [956] 第一仮訳)

 要するに、()()()()()()()()()()()()()に相当する極めて不完全な世界なのです。そして、八方世界に九と十を加えて十方世界を実現させる“岩戸開き”とは、人体に譬えるなら四本指を五本指にすることと同じと言えます。

 つまり、正念場である神経綸九の期間は()()()()()五本指の状態なのです。そのことを前提にして読めば、伊邪那美神が生んだ“卵の数”の意味が明確になります。

「岩戸しめの始めはナギ(伊邪那岐命)ナミ(伊邪那美命)の命の時であるぞ、ナミの神が火の神を生んで黄泉国に入られたのが、そもそもであるぞ、十の卵を八つ生んで二つ残して行かれたのであるぞ、十二の卵を十生んだことにもなるのであるぞ、五つの卵を四つ生んだとも言へるのであるぞ、総て神界のこと、霊界のことは、現界から見れば妙なことであるなれど、それでちゃんと道にはまってゐるのであるぞ。一ヒネリしてあるのぢゃ」 『碧玉の巻』 第十帖 [874]

 この場合、十が“十”に、十二が(れい)に、五が“九”に対応しており、卵の数が神経綸の進展段階や()()()を指していることが判ります。なお、ここでの(れい)とはムとウの(ふたつ)のことであり、“十一”としても言及されます。

「こんどは、八のくまではたらん。十のくま、十のかみをうまねばならんぞ。そのほかに、かくれた二つのかみ、二つのくまをうみて、そだてねばならんことになるぞ」 『月光の巻』 第三帖 [790]

「四と八によってなされたのであるから、森羅万象の(ことごと)くがその気をうけてゐるのであるぞ。原子の世界でもそうであろうが、これが今の行き詰りの原因であるぞ、八では足らん、十でなくてはならん、〇でなくてはならんぞ。岩戸ひらきの原因は これで判ったであろうがな」 『至恩の巻』 第六帖 [953]

「四つの花が五つに咲くのであるぞ、女松の五葉、男松の五葉、合わせて十葉となりなりなりて()み栄ゆる仕組、十と一の実のり、()()と輝くぞ、日本晴れ近づいたぞ」 『紫金の巻』 第十帖 [989] 第一仮訳)

 そして、神経綸九は片手を全体として見れば完全な“五”の状態ですが、両手を全体として見れば不完全な“四”の状態を残したままです。それ故、正念場である神経綸九は、八方世界とも十方世界とも言い難い移行期間(グレーゾーン)なのです。この点から明らかですが、

旧九月八日が“終わりの始まり”と称される本質的な理由は数霊にあります。

 同時に、以下の内容も判明すると言えます。

()()()()は旧九月八日と同じ意味を秘めた言葉である」

 以上の内容から判るように、一四一四や旧九月八日は“十方世界の現出”“新しき()()生み”を意味しており、これは日月神示で【御代出づ】や【光の世】と表現されています。

御代出づ / 光の世

 日月神示では十方世界の実現に付随する出来事を総称して【()()()づ】と呼びます。同時に、八方と九十が揃った十方世界は、天子様の威光が増すことなどから【光の世】とも称されます。

 そして、光の世を招来するための()()(いづ)の仕組”の存在も明かされており、この仕組は()()()の仕組”()()()の仕組”と一緒に語られる場合が多いです。

 本節では、それらの仕組の(おお)(よそ)の意味を“時節的な配置”と絡めながら考察して行きます。


 最初に、三四五の仕組の前にある()()()の仕組”について考えてみます。

()()()の御用 出来たら()()(いつ)の御用にかからなならんから、早う一二三の御用してくれよ」 『上つ巻』 第三十四帖 [34]

()()(いづ)の仕組 出来ないで、()()()の御用はやめられんぞ」 『日月の巻』 第四帖 [177]

「神祀りたら三四五の御用にかかるから、その積りで用意して置いてくれよ」 『下つ巻』 第十四帖 [56]

 上の内容を勘案すると“神祀り”が一二三の仕組であるように見えます。ただ、一二三には複合的な意味があり、ここでは最初(はじめ)の御用”の意味に近いです。大意としては「神にまつろうこと」であって、神の道の“基本の全般”を指すように見えます。

 そのことは、日月神示で“最初に行うべきこと”“最も大事なこと”の意味で使われている“第一”の記述から判ります。

「何より掃除が第一」 『上つ巻』 第一帖 [1]

「身魂みがき第一ぞ」 『上つ巻』 第十八帖 [18] 他四箇所)

「神の仕事して居れば、どこにゐても、いざといふ時には、神がつまみ上げて助けてやるから、御用第一ぞ」 『上つ巻』 第三十四帖 [34]

「何事も洗濯第一」 『富士の巻』 第九帖 [89]  他三箇所)

「何よりも改心が第一ぞ」 『富士の巻』 第十九帖 [99] 他十二箇所)

「何事も()()()が第一ぞ」 『富士の巻』 第二十二帖 [102] 他一箇所)

「何事も神第一ぞ、神よそになすこと云ふことスコタンばかりぢゃ」 『梅の巻』 第十四帖 [441] 他四箇所)

「何事も神まつり第一ざと申してあろがな」 『青葉の巻』 第一帖 [470]  他一箇所)

「実地ざぞ、遣り直し出来んのざぞ。早う足場つくれと申してあろがな、三千の足場つくったら神の光出ると申してあらうがな、足場つくれよ、アジヤ足場ぞ。足場なくては何も出来ん道理 人間にも判らうがな、何より足場 第一ざぞ」 『青葉の巻』 第四帖 [473]

「天地見よ。大きマツリ致して居らうがな。霊と肉のまつり第一。頭とハラのまつり結構。二二のマツリ、出船の港ぢゃ」 『春の巻』 第二十一帖 [678] 「二二」は「夫婦」だと思われます)

「病気が治ったり運がひらけたり、奇跡が起ったりするのみをおかげと思ってはならん。もちと大き心、深い愛と真の世界を拝めよ。とけ入れよ。浄化が第一」 『月光の巻』 第二十三帖 [810]

 上の引用の中で第一と語られているのは“改心”が最も多く、これを“神祀り”と一体視するような記述もあります。

「神々祀れと申してあろがな、改心第一と申してあろがな」 『日の出の巻』 第十三帖 [226]

「誰によらん改心致されよ。改心とは まつろふ事ぞ、中行くことぞ、判りたか」 『海の巻』 第十帖 [502]

 こういった内容からは「神への恭順を示す」という共通点を()(いだ)せるので、感覚的には、

一二三の仕組の全般的な意味は“身魂磨き”に近いと思われます。

 ちなみに(はじめ)の御用”などの言葉で一二三の仕組との関連が感じられる記述もあるのですが、当時の役員や因縁の身魂への個別的な指示としての側面が含まれるので、引用はしますが詳細は論じません。

「初めの御用はこれで済みたから、早う お山開いてくれよ。お山開いたら、次の世の仕組 書かすぞ」 『上つ巻』 第四十二帖 [42]

「一人で七人づつ道伝へてくれよ、その御用が先づ初めの御用ぞ」 『下つ巻』 第十七帖 [59]

「型してくれたのざからもう(はじめ)の仕組よいぞ」 『日月の巻』 第十七帖 [190]

(なを)(らひ)祭典(まつり)の中ぞ。朝の、夕の、日々の人民の食事 皆 直会ぞ。日々の仕事 皆まつりぞ。息すること此の世の初めのまつりぞ。まつれまつれと申してあろが。おはりの御用は はじめの御用ぞ。まつりの御用ぞ。オワリノ十ノヤマにまつりくれよ。世につげてくれよ」 『夜明けの巻』 第八帖 [328]

「食ひ物 大切に家の中キチンとしておくのがカイの御用ざぞ、初めの行ざぞ」 『雨の巻』 第十二帖 [346]

「是までは高し低しの戦でありたが、是からは誠の深し浅しの(いくさ)ざぞ、誠とはコトざぞ 口でないぞ、筆でないぞ コトざぞ、コト気付けと申してあろがな。コト、コト、コト、ざぞ。始めウタあったぞ、終もウタぞ、今も昔もウタざぞ、人民も動物もウタ唄ふのざぞ、終の御用の始はウタぞ、ウタの集団(つどひ)とせよ。此の神示ウタとして知らす集団とせよ、ウタの集団 始ざぞ、表ざぞ、裏の裏ざぞ、表の表ぞ、道開く表の終の御用ぞ、江戸の御用すみたから、尾張の御用と申してあろがな、カイの御用も忘れてならんのざぞ。(おし)(もの)の集団も作らなならんぞ、カイの御用の事ぞ」 『雨の巻』 第十三帖 [347]

「旧九月八日で一切りぢゃ、これで(はじめ)の御用は済みたぞ、八分通りは落第ぢゃぞ、次の御用 改めて致さすから、今度は落第せん様 心得なされよ」 『マツリの巻』 第八帖 [412]

 なお、前出の引用には「三四五の仕組が終わるまでは一二三の御用はやめられない」と書かれているので、三四五の仕組が一応の区切りを迎える2024年までは“最初の御用”を続ける必要があるようです。これは個々の仕組の期間が重複することを示しています。

 また、()()()の仕組の始まりは()()が降りた時点と、日月神示が本格的に世の中に知られ始めた1990年代の区切り、つまり「天明九十六才七ヶ月ひらく」の1994年の時点の二通りの見方ができると思います。一応、本論では後者の説を採用しましたが、前者の説を否定するわけではありません。

 次に、三四五の仕組の後にある()()()の仕組”についてですが、これは()(ろく)の仕組”であるそうです。

()()()の仕組が済みたら()()(いづ)の仕組ぞと申してありたが、世の本の仕組は三四五の仕組から()()()の仕組となるのぞ、五六七の仕組とは()(ろく)の仕組のことぞ」 『富士の巻』 第四帖 [84]

()()()()()()()()()()()()()()(イヅ)()()()()()()(モー)()()()()()() ()()()()()()()()() ()()(イヅ)()()()()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() 『二二のまき』 第四帖 [84]

 恐らく、弥勒の仕組とは旧九月八日からミロクの世が始まることに掛けた“終わりの始まりの仕組”としての意味が強いはずです。他にも、(つき)の大神の物語や()()()()()()()()の物語を背景とする(ミロク)の仕組”(ミロク)の仕組”の意味も含まれると言えます。結論から言うと、

ミロクの仕組の詳細は()()()()()()()()()()()()()()()()のです。

 ただ、神経綸の物語的な側面を詳細に解説すると長くなるので、本節では時節的な部分のみを取り上げます。時節に当て嵌めて考えることのできる“五六七”には次の記述があります。

「五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ」 『碧玉の巻』 第十五帖 [879]

 ここではミロクが二つに区別されています。六六六が()()()()ミロクの世ならば、()()()()()ミロクの世である神経綸の九と十は“五六七のミロクの世”になるはずです。その始まりはミロクの世の始まりであり、天子様が()()()ヶ月である2016年の旧九月八日に違いありませんし、終わりは“六六六のミロクの世”が実現する2041年でしょう。故に、時節的な()()()()()から見れば、

「世界を()()()にすることが()()()の仕組の一面である」と言えます。

 少し言い方を変えるなら、八方世界を十方世界にするのが()()()の仕組”、十方世界を()()()の世界にするのが()()()の仕組”、双方を包括した呼び方が()(ろく)の仕組”なのかもしれません。

 次に()()(いづ)の仕組”についてですが、詳細を論じる前に時節との対応をまとめてしまいます。

1994年〜2024年一二三の仕組
2012年〜2024年   三四五の仕組
2016年〜2041年      五六七の仕組

 単純に一つの仕組が終わってから次の仕組が始まるわけではなく、重複する期間があるようです。同時に、時節には現実の進捗に合わせた幅があるので、あくまでも目安にしかなりません。特に三四五の仕組の期間には2024年から2041年の神経綸十の期間も含まれる可能性が濃厚であり、

「三四五の仕組と五六七の仕組の内容は重なる部分が多い」のです。

 また、一二三と三四五と五六七の仕組は、前章で触れた“神経綸九の期間と数字の対応”との関連も考えられます。

「九(とし)は神界の(もと)の年ぞ、神始めの年と申せよ。()()()()()(いづ)()()()ぞ、五の歳は子の歳ざぞよ。取違ひせん様にせよ」 『日の出の巻』 第二帖 [215]

 恐らく、神経綸の進展度合いによって複数の見方ができるように書いてあるのでしょう。これは次章で論じる“九十”と同じです。

 その上で、岡本天明氏は()()(いづ)()()()づ”の字を当て、()()では「御代出づとは神の御代になること」と明言されています。

()()()の仕組とは、()()に動かぬ道のことぞ、()()(いづ)の仕組とは、みよいづの仕組ぞ、御代出づとは神の御代になることぞ、この世を神の国にねり上げることぞ」 『下つ巻』 第十四帖 [56] ここでの一二三の仕組は“三元”的な意味が強いのですが、「全ての時代を通じて変わらぬ道」という意味では、前述の神祀りや身魂磨きにも話が通じています)

 上の帖の「世界を神の国に練り上げること」については以下の記述が詳しいです。

「神の国と申すものは光の世、よろこびの世であるぞ。虫けらまで、天子様の御光に集まるよろこびの世であるぞ」 『松の巻』 第十一帖 [302]

 簡単に説明すると、神の御代には(カミ)の世”(カミ)の時代”“天子様の御代”などの複合的な意味があり、新しい意識、新しい身体、新しい制度(システム)、新しい世界などが創出されることを総称して“御代出づの仕組”と呼んでいる模様です。

 以降は その辺りの話を順を追って解説して行きます。まずはの世”からですが、これについては非常に判り易い記述があります。

「今度の戦はとの大戦ぞ。神様にも分らん仕組が世の元の神がなされてゐるのざから、(しも)の神々様にも分らんぞ。何が何だか誰も分らんやうになりて、どちらも丸潰れと云ふ所になりた折、大神のみことによりて この方らが神徳出して、九分九厘という所で、神の力が何んなにえらいものかと云ふこと知らして、悪のかみも改心せなならんやうに仕組みてあるから、神の国は神の力で世界の親国になるのぞ。とは心の中に「」があるか「」がないかの違ひであるぞ。この方は()()(いつ)の神とも現われるぞ」 『下つ巻』 第九帖 [51]

 結論から述べると、「を入れてにする」とは旧九月八日の仕組や(ミロク)の仕組や(ミロク)の仕組などを指します。詳細は内容が長大になるので省きますが、参考として「日本と外国の戦争を経てになる」の記述だけは引用しておきます。

ばかりでもならぬ、ばかりでもならぬ。がまことの神の元の国の姿ぞ。元の神の国の臣民はでありたが、が神国に残りが外国で栄へて、どちらも片輪となったのぞ。もかたわもかたわ、と合はせて まことの(かみ)の世に致すぞ。今の戦はとの戦ぞ、神の最後の仕組と申すのは入れることぞ。も五ぞも五ぞ、どちらも、このままでは立ちて行かんのぞ」 『下つ巻』 第二十一帖 [63]

「われが助かろと思ふたら助からぬのざぞ、その心われよしざぞ。身魂みがけた人から救ふてやるのざぞ、神うつるのざぞ、のうつりた人とのかかりた人との大戦ぞ、とが戦して、やがてはを中にしてがおさまるのぞ。その時はでなく、でないのざぞ、となるのざぞ、のまつりぞと申してあらうがな。どちらの国も潰れるところまでになるのぞ、臣民同士は、もう戦かなはんと申しても、この仕組 成就するまでは、神が戦はやめさせんから、神がやめる訳に行かんから、今やめたら まだまだわるくなるのぞ、の世となるのぞ、の世界となるのぞ。今の臣民九分通りになりてゐるぞ、早う戦すませてくれと申してゐるが、今 夜明けたら、臣民九分通りなくなるのざぞ」 『地つ巻』 第二十二帖 [159] 第一仮訳)

 これに加えて「戦争は三四五の仕組の期間と重なる」という点が暗示されています。

「戦すんでもすぐによき世とはならんぞ、それからが大切ぞ、胸突き八丁はそれからぞ、富士に登るのにも、雲の上からが苦しいであろがな、戦は雲のかかってゐるところぞ、頂上(いただき)までの正味のところはそれからぞ。一、二、三年が正念場ぞ。()()(いづ)の仕組と申してあろがな」 『下つ巻』 第三十四帖 [76]

 また、詳細は次章で述べますが、日月神示では「十」をカミと訓ませる場合があります。三四五の仕組の一面である“十の時代”とは八方世界に九十を加えた世界を指しており、“新しき世”“次の世”である十方世界を意味します。

 それ故、時節や数霊から考えれば、三四五の仕組の期間は、()()()()()()()十方世界が始まる2012年から、()()()()()()()十方世界が始まる2024年である可能性が高いのです。

 そして、これまでの八方世界とは全く違う十方世界に変わることから、三四五の仕組は吃驚(びっくり)する出来事”として語られています。

()()(いづ)の御用は出来上がりてしまはんと御用してゐる臣民にはさっぱり判らんのであるぞ、つかわれてゐるから判らんのであるぞ、出来上がりてから これは何んとした結構な事でありたかとビックリするのざぞ」 『雨の巻』 第七帖 [341]

 大本神諭の頃から使われる「天地の吃驚(びっくり)箱が開く」に類する言い回しは、日月神示でも何度も登場しますが、()()()()()八方世界が十方世界になることに付随する大変動、即ち“三千世界の大立替え”を指す意味が強いようです。

「天地 引っくるめて大建替いたすのぢゃ。天地のビックリ箱とはそのことざぞ」 『岩の巻』 第三帖 [368]

 その上で、日月神示の説く“三十年の立替え”は2012年からの三十年であり、この年は天子様の年齢で「五十二才(ツキ)の世の始め」とされる年です。本論の草稿では天子様の即位の年と解釈していたのですが、これは外れました。ただし、単に遅延しただけかもしれません。

 日月神示では立替えを経て、世界が (だいちゅうしん)である天子様に帰一することが繰り返し語られています。これは、天子様を尊ぶ姿勢はを入れての姿になることに通じるからです。ここから、十方世界たるの世の実現”“天子様の統治”には相関関係があり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思われるのです。このことは次のように言い換えられます。

「天子様に帰一する世界と十方世界の実現は()()()()()()()()である」

 そのため、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう考えれば、以下の“三四五”“御代出づ”の記述の意味が判ります。

「今度の戦は神力と学力のとどめの戦ぞ。神力が九分九厘まで負けた様になったときに、まことの神力出して、ぐれんと引繰り返して、神の世にして、日本の天子様が世界まるめてしろしめす世と致して、天地神々様に お目にかけるぞ。天子様の光が世界の隅々まで行きわたる仕組が()()(いづ)の仕組ぞ、岩戸開きぞ」 『下つ巻』 第二十帖 [62]

「秋立ちたら神烈しくなるぞ、富士は晴れたり日本晴れ、天子様の()()(いづ)となるぞ」 『下つ巻』 第三十八帖 [80]

「此の神示読んで三四五の世の仕組よく腹の中に入れておいて(かみ)の人に知らしてやりて下されよ。三四五とは天子様の()(いづ)出づことぞ」 『日月の巻』 第四帖 [177]

 上の帖で三四五と一体視される()()()は威勢や威光を意味し、主に“神や天皇の統治を讃える言葉”です。この使い方は日月神示でも同様です。

「配給は配給、統制は統制のやり方、神のやり方は日の光、臣民ばかりでなく、草木も喜ぶやり方ぞ、日の光は神のこころ、稜威ぞ」 『上つ巻』 第二帖 [2]

()()は晴れたり日本晴れ、天子様が富士から世界中に みいづされる時 近づいたぞ」 『地つ巻』 第三十六帖 [173]

「我捨てて大き息吹きにとけるのざぞ、神の息吹きにとけ入るのざぞ、御みいづにとけ入るのざぞ」 『キの巻』 第十七帖 [274]

(オオ)()(イヅ) あぎとふ魚も ひれ伏し集ふ」 『黄金の巻』 第四十四帖 [555]

「天地総てのもの、生きとし生けるもの悉く、よりよくなるやうに働いてゐるのであるぞ。それが神の心、()(いつ)ぞ。弥栄と申すものぞ」 『黄金の巻』 第九十六帖 [607]

「よろこびの 神の()(イヅ)に つらつらや」 『春の巻』 第三帖 [660]

 そして、“天子様の御代”が元の大神の意向(こころ)であり、日月神示で“光の世”と呼ばれているのです。

()()(いづ)から()()()の世になれば天地光りて何もかも見えすくぞ」 『富士の巻』 第六帖 [86]

「神の国光りて目あけて見れんことになるのざぞ、臣民の身体からも光が出るのざぞ、その光によりて その御役、位、分るのざから、みろくの世となりたら何もかもハッキリして うれしうれしの世となるのぞ、今の文明なくなるのでないぞ、たま入れていよいよ光りて来るのぞ、手握りて草木も四つ足も みな唄ふこととなるのぞ、み光にみな集まりて来るのざぞ、天子様の御光は神の光であるのざぞ」 『地つ巻』 第十一帖 [148]

「天子様 拝めよ。天子様 拝めば御光出るぞ、何もかも そこから生れるのざぞ」 『日月の巻』 第十二帖 [185]

「何も彼も神にささげよ、天子様にささげよと申してあろがな、それが神国の民の心得ぞ、(いや)でも(おう)でもそうなって来るのざぞ。神国の政治経済は一つざと申してあろうがな、今の臣民に判る様に申すならば、臣民 働いてとれたものは、何でも神様にささげるのざ、神の御社は幸でうづもれるのざぞ、御光 輝くのざぞ、光のまちとなるのざぞ」 『磐戸の巻』 第十三帖 [249]

「神にとけ入れよ。天子様にとけ入れよ。我なくせ、我出せよ。建替と申すのは、神界、幽界、顕界にある今までの事をきれいに塵一つ残らぬ様に洗濯することざぞ。今度と云ふ今度は何処までもきれいさっぱりと建替するのざぞ。建直しと申すのは、世の元の大神様の御心のままにする事ぞ。御光の世にすることぞ。天子様の()()()輝く御代とする事ぞ」 『水の巻』 第十二帖 [286]

「神の国と申すものは光の世、よろこびの世であるぞ。虫けらまで、天子様の御光に集まるよろこびの世であるぞ。見事 此の方についてご座れ。手引ぱって峠越さしてやるぞ」 『松の巻』 第十一帖 [302]

「あら(たぬ)し、あなさやけ、元津御神の御光の、輝く御代ぞ近づけり。岩戸開けたり野も山も、草の(かき)()(こと)()めて、大御光に寄り集ふ、誠の御代ぞ楽しけれ。今一苦労二苦労、とことん苦労あるなれど、楽しき苦労ぞ目出度けれ」 『夜明けの巻』 第十二帖 [332]

「岩戸開けたり野も山も、草のかき葉もことやめて、大御光により集ふ、楽しき御代とあけにけり」 『風の巻』 第四帖 [355]

()(ひかり)の輝く御代となりにけり、嬉し嬉しの岩戸明けたり」 『空の巻』 第十四帖 [469]

 これらの内容が(もと)の神の御心”であるのは、天子様に帰一する世界が不動の(ちゅうしん)を戴く(モト)の世の実現”だからです。

「天国の政治は、歓喜の政治である。〔中略〕 天国に於ける政治の基本は、以上の如くであるが、更に各家庭に於ては、同一の形体をもつ政治が行なわれている。一家には、一家の中心たる主人、即ち統治者がおり、前記の如き原則を体している。また その家族たちは、主人の働きを助け、主人の意を意として働く。その働くことは、彼等にとって最大の歓喜であり、弥栄である。即ち、歓喜の政治であり、経済であり、生活であり、信仰である。天国に於ける天人、霊人たちは、常にその中心歓喜たる統治者を神として礼拝する。歓喜を礼拝することは、歓喜の流入を受け、より高き歓喜に進んで行くことである」 『地震の巻』 第十九帖 [396]

「同気同類の霊人は同一の情態で、同じ処に和し、弥栄え、然らざるものは、その内蔵するものの度合に正比例して遠ざかる。同類は相寄り、相集り、睦び栄ゆ。〔中略〕 各々の団体の中には又 特に相似た情動の霊人の数人によって一つの家庭的小集団が自らにして出来上ってゐる。そして又 各々の集団の中心には、その集団の中にて最も神に近い霊人が座を占め、その周囲に幾重にも、内分の神に近い霊人の順に座をとりかこみ運営されてゐる。〔中略〕 総てはを中心としての姿を形成してゐるのである」 『地震の巻』 第四帖 [381] 第一仮訳)

「宇宙の総てはとなってゐるのざぞ、どんな大きな世界でも、どんな小さい世界でも、(ことごと)く中心に統一せられてゐるのざぞ。マツリせる者を善と云ひ、それに反する者を悪と云ふのざぞ」 『青葉の巻』 第三帖 [472]

 こういった話から判るように、

(ヒカリ)の世”を実現する()()の総称が“御代出づ”なのです。

 以上の内容を非常に大雑把にまとめれば、一二三の仕組、三四五の仕組、五六七の仕組の内容は次のようになるのではないでしょうか。

一二三の仕組自身の神性を顕す御用
三四五の仕組日本の神性を顕す御用
五六七の仕組世界の神性を顕す御用

 もしかしたら、一二三、三四五、五六七の仕組は対象や規模が違うだけで、本質的な面では同じ仕組なのかもしれません。言わばを顕現する仕組”です。何故なら、天皇と臣民、八方(イザナギ)九十(イザナミ)、日本と外国などは、日月神示では共にで表現されているからです。そのことが、仕組に重複する部分がある点の背景と言えそうです。

 そして、新しき時代の到来と古い時代の終焉は表裏一体であり、

“御代出づのための()(なら)し”が日本と外国の戦争なのでしょう。

 その上で、外国に一時的に攻め滅ぼされた日本は、最終的に【神力発動】を迎えて(カミ)の国”として光り輝き、神経綸の最終段階である“暗闇時代”に突入することになります。

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第五章 神経綸十 「 暗闇時代 」

神力発動

 日月神示では立替え立直しの最終段階である神経綸十の期間が“暗闇時代”と呼ばれます。岩戸が開いて十方世界が本格的に始まり、日本が神の国として輝く“光の世”()()と称するのは奇異に感じられるかもしれませんが、その呼び方の根拠となる記述は本章の最後で引用するので、まずは日本と外国の戦争の(すう)(せい)を決める【神力発動】について解説します。

 そして、神の力の発現は()()()()()()()()()()()()()のですが、実際には天災よりも遥かに奥深い意味があることを“富士と鳴門の仕組の現象面”から考察して行きます。


 天之日津久神様は岩戸が()()()()()“岩戸開きの日”に、日本と外国の戦争が始まることを告げていますが、そこから岩戸が()()()()“岩戸明けの日”までの流れが、非常に簡素(シンプル)にまとめられた帖があるので引用します。

「富士を目ざして攻め寄する、大船小船(あめ)の船、赤鬼青鬼黒鬼や、大蛇(おろち)悪狐を先陣に、寄せ来る敵は空(おお)ひ、海を埋めて(たちま)ちに、(てん)(ぢつ)暗くなりにけり、折しもあれや日の国に、一つの光 現はれぬ、これこそ救ひの大神と、救ひ求むる人々の、目にうつれるは何事ぞ、攻め来る敵の大将の、大き光と呼応して、一度にドッと雨ふらす、火の雨何んぞたまるべき、まことの神はなきものか、これはたまらぬ兎も角も、生命あっての物種と、兜を脱がんとするものの、次から次にあらわれぬ、折しもあれや時ならぬ、大風起こり雨来たり、大海原には竜巻や、やがて火の雨 (つち)震ひ、山は火を吹きどよめきて、さしもの敵も悉く、この世の外にと失せにけり、風()み雨も収まりて、山川静まり国土の、ところところに(しろ)(きぬ)の、神の()(ぶき)に甦る、御民の顔の白き色、岩戸ひらけぬしみじみと、大空仰ぎ神を拝み、地に(ひざまづ)き御民らの、目に清々し富士の山、富士は晴れたり日本晴れ、富士は晴れたり岩戸あけたり」 『富士の巻』 第二十四帖 [104]

 要約すると、日本が外国勢力に徹底的に打ちのめされた後に大風、大雨、地震、噴火などが続き、最終的には“神の力”によって戦争が決着するそうです。

「外国がいくら攻めて来るとも、世界の神々がいくら寄せて来るとも、ぎりぎりになりたら神の元の神の神力出して岩戸開いて一つの王で治める神のまことの世に致すのであるから、神は心配ないなれど、ついて来れる臣民 少ないから、早う掃除してくれと申すのぞ」 『上つ巻』 第二十一帖 [21]

「外国から攻めて来て日本の国 丸つぶれといふところで、元の神の神力出して世を建てるから、臣民の心も同じぞ」 『上つ巻』 第二十一帖 [21]

「神とアクとの力競べぞ。今度はアクの王も神の力には()うしてもかなはんと心から申す所まで、とことんまで行くのざから、アクも改心すれば助けて、よき方に廻してやるぞ」 『上つ巻』 第二十八帖 [28]

「まだまだ悪魔はえらい仕組してゐるぞ、神の国 千切りと申してあるが、(たと)へではないぞ、いよいよとなりたら神が神力出して上下引っくり返して神代に致すぞ、()()の神代に致すぞ」 『上つ巻』 第三十五帖 [35]

「北も南も東も西もみな敵ぞ、敵の中にも味方あり、味方の中にも敵あるのぞ。きんの国へ皆が攻めて来るぞ。神の力をいよいよ現はして、どこまで強いか、神の力を現わして見せてやるから、攻めて来て見よ、臣民の洗濯第一と言って居ること忘れるなよ」 『上つ巻』 第四十帖 [40]

「今度の戦はとの大戦ぞ。神様にも分らん仕組が世の元の神がなされてゐるのざから、(しも)の神々様にも分らんぞ。何が何だか誰も分らんやうになりて、どちらも丸潰れと云ふ所になりた折、大神のみことによりて この方らが神徳出して、九分九厘という所で、神の力が何んなにえらいものかと云ふこと知らして、悪のかみも改心せなならんやうに仕組みてあるから、神の国は神の力で世界の親国になるのぞ」 『下つ巻』 第九帖 [51]

「今度の戦は神力と学力のとどめの戦ぞ。神力が九分九厘まで負けた様になったときに、まことの神力出して、ぐれんと引繰り返して、神の世にして、日本の天子様が世界まるめてしろしめす世と致して、天地 神々様に お目にかけるぞ」 『下つ巻』 第二十帖 [62]

「メリカもギリスは更なり、ドイツもイタリもオロシヤも外国はみな一つになりて神の国に攻め寄せて来るから、その覚悟で用意しておけよ。神界では その戦の最中ぞ。学と神力との戦と申しておろがな」 『富士の巻』 第三帖 [83]

「学と神の力との大戦ぞ、(かみ)(ぐに)の神の力あらはす時が近うなりたぞ。今あらはすと、助かる臣民 殆んどないから、神は待てるだけ待ちてゐるのぞ、臣民もかあいいが、元をつぶすことならんから、いよいよとなりたら、何んなことありても、ここまでしらしてあるのざから、神に手落ちあるまいがな」 『富士の巻』 第二十三帖 [103]

「海をみな船で埋めねばならんぞ、海断たれて苦しまん様にしてくれよ、海めぐらしてある神の国、きよめにきよめておいた神の国に、(がい)(こく)の悪わたり来て神は残念ぞ。見ておざれ、神の力 現はす時来たぞ」 『地つ巻』 第七帖 [144]

「いよいよとなりたら神がまことの神力出して宝取り出して世界のどんな悪神も神の国にはかなはんと申す所まで、とことん心から降参する所まで今度は戦するのざから、臣民 余程 見当取れんことに、どんな苦労もこばらなならんのざぞ」 『日月の巻』 第三十三帖 [206]

()()から攻めて来ても神の国には悪神には分らん仕組致してあるから、心配ないのざぞ、愈々と成りた時には神が誠の神力出して、天地ゆすぶってトコトン降参ざと申す処までギュウギュウと締めつけて、万劫末代いふ事聞きますと改心する処までゆすぶるから、神の国、神の臣民 心配致すでないぞ」 『日の出の巻』 第七帖 [220]

「外国の悪の三大将よ、いざ出て参れよ、マトモからでも、上からでも、下からでも、横からでも、いざ出てまゐれよ。この神の国には世の元からの生神が水ももらさぬ仕組してあるから、いざ出て参りて得心ゆくまでかかりて御座れ。敗けてもクヤシクない迄に攻めて御座れよ、堂々と出て御座れ、どの手でもかかりて御座れ。その上で、敗けてこれはカナワンと云ふ時迄かかりて御座れよ。学、勝ちたら従ってやるぞ、神の力にカナワンこと心からわかりたら末代どんなことあっても従はして元の神のまことの世にして、改心さして、万劫末代 ()(ぜつ)ない世に致すぞよ」 『磐戸の巻』 第八帖 [244]

「戦いよいよ烈しくなると、日本の兵隊さんも、これは叶はんと云ふ事になり、神は此の世にいまさんと云ふ事になって来るぞ。それでどうにもこうにもならん事になるから、早よう神にすがれと申してゐるのぞ。誠ですがれば、その日からよくなるぞ、神力現れるぞ」 『松の巻』 第八帖 [299]

「悪神よ。日本の国を()()までよくも穢したな、これで不足はあるまいから、いよいよ此の方の仕組通りの、とどめにかかるから、精一杯の御力でかかりて御座れ。学問と神力の、とどめの戦ざぞ」 『松の巻』 第十八帖 [309]

「天も地も一つにまぜし大嵐、攻め来る敵は駿(する)()(なだ)、富士を境に真二つ。先づ切り取りて残るもの、七つに裂かん仕組なり。されど日本は神の国。最後の仕組 神力に、寄せ来る敵は魂まで、一人残らず(のう)にする。夜明けの御用つとめかし。晴れたる富士のすがすがし」 『松の巻』 第二十七帖 [318]

「神の国は誰が見ても、どう考へても、二度と立ち上がられん、人民 皆 外国につく様になって、此の方の申した事、神示に書かした事、皆 (うそ)ざと申す所まで世が落ちてしまうてから始めて神力現れるのざぞ、人民臣民 早合点して御座るが九分九分九厘と申してあろがな」 『雨の巻』 第十四帖 [348]

「世に出てゐる守護神のする事知れてゐるぞ。元の生神様 (おん)(ひと)(かた) 御力出しなされたら手も足も出んことになるのぢゃ、神力と学力とのいよいよの力くらべぢゃ、元の生神様の御息吹き どんなにお力あるものか、今度は目にもの見せねばならんことになったぞ、肉体ばかりか、魂まで(のう)にならふやも知れんぞ、震へ上がるぞ」 『梅の巻』 第十二帖 [439]

 その上で“神力発動の象徴”と呼び得る出来事が“富士噴火”です。

「富士とは神の山のことぞ。神の山はみな富士といふのぞ」 『上つ巻』 第五帖 [5]

「富士から三十里四里 離れた所へ祀りてくれよ、富士にも祀りてくれよ、富士はいよいよ動くから、それが済むまでは三十里離れた所へ、仮に祀りて置いてくれよ。富士は神の山ざ、いつ火を噴くか分らんぞ、神は噴かん(つも)りでも、いよいよとなれば噴かなならんことがあるから、それまでは離れた所へ祀りてくれよ」 『上つ巻』 第二十一帖 [21]

「何もかも世の元から仕組みてあるから神の申すところへ行けよ。元の仕組は富士ぞ、次の仕組はウシトラ三十里四里、次の仕組の山に行きて開いてくれよ、今は分るまいが、やがて結構なことになるのざから、行きて神祀りて開いてくれよ」 『上つ巻』 第二十七帖 [27]

「富士を開いたら まだ開くところあるのざ、鳴戸へ行くことあるのざから このこと役員だけ心得て置いてくれよ」 『上つ巻』 第三十帖 [30]

「富士の御山に腰かけて、この方 世界中まもるぞ」 『天つ巻』 第八帖 [115]

「神の国、元の神がスッカリ現はれて富士の(たか)()から(あめ)(つち)祝詞(のりと)するぞ」 『地つ巻』 第十帖 [147]

「富士は晴れたり日本晴れ、天子様が富士から世界中にみいづされる時 近づいたぞ。富士は火の山、火の元の山で、汚してならん御山ざから臣民登れんやうになるぞ」 『地つ巻』 第三十六帖 [173]

「江戸に攻め寄せると申してあろがな。富士 目指して攻め来ると知らしてあること近付いたぞ」 『日月の巻』 第十二帖 [185]

「世界中 総掛かりで攻めて来るのざから、一度はあるにあられん事になるのぞ。大将ざからとて油断出来ん。富士の山 動く迄にはどんな事も(こら)えねばならんぞ。上 辛いぞ。どんなことあっても死に急ぐでないぞ」 『日月の巻』 第三十一帖 [204]

「富士は()()爆発するのざ、()()へ逃げたら助かるのぞと云ふ心 我れよしぞ。何処に居ても救ふ者は救ふと申してあろが」 『水の巻』 第十一帖 [285]

「富士、火 吐かぬ様おろがみてくれよ、大難小難にまつりかへる様おろがみてくれよ」 『水の巻』 第十五帖 [289]

 以上の内容から判るように、

富士山の噴火が“神力発動の合図”です。

 また、神力が発動する2024年と時期的に近いことから、日月神示に言及がある(ひつじ)の年の“三月三日”“五月五日”も、神の力の発現に伴う何らかの出来事かもしれません。

「三月三日、五月五日は結構な日ぞ」 『地つ巻』 第五帖 [142]

「ひつじの三月三日、五月五日は結構な日ぞ」 『磐戸の巻』 第十六帖 [252]

「三月三日から更に厳しくなるから用意しておけよ、五月五日から更に更に厳しくなるから更に用意して何んな事起ってもビクともせん様に心しておいてくれよ」 『キの巻』 第十四帖 [271]

 神経綸十の期間中に未年は二回ありますが、神力が発動する年に近い2027年の方が有力と言えるでしょうか。可能性として高そうなのは地軸の移動(ポールシフト)と、それに伴う“地殻変動”辺りです。

「日本は お土が上がる、外国は お土が下がる」 『上つ巻』 第一帖 [1]

「海が陸になり陸が海になる」 『上つ巻』 第三帖 [3]

「世界中うなるぞ。陸が海となるところあるぞ」 『地つ巻』 第十六帖 [153]

「お土の上り下りある時 近づいたぞ」 『地つ巻』 第三十五帖 [172]

「地つちの軸 動くぞ」 『磐戸の巻』 第五帖 [241]

「くにひっくりかへること、まだまだあるかも知れんぞ、くにの軸 動くと知らしてあろがな」 『風の巻』 第五帖 [356]

 ただし、大本神示の頃から言及がある三月三日と五月五日は、神経綸の(たて)糸と(よこ)糸である(いづ)(みづ)、いわゆる(げん)(れい)系と(ずい)(れい)系を表す“概念を強調するための日付”としての側面が強いです。

 また、“数の順序”を原則とし、七以降が主体になる日月神示の時節や数霊において、三月三日と五月五日は本流から外れた位置にあります。ですから、何が起きるのかは無理に考えずとも構いません。上述の解釈も「敢えて当て嵌めるなら」程度のものです。

 その上で、2024年から2027年に掛けて神力が本格的に現れ始めるとすれば、次の“三年”の記述の意味が判り易くなります。

「節分から(オホ)()(ツキ)(クニ)大神と顕れるぞ、讃へまつれ。三年の大ぐれ」 『黄金の巻』 第二十九帖 [540] 昭和二十六年版)

「この白黒まだらな時は長くつづかん、最も苦しいのは一年と半年、半年と一年であるぞ、死んでから又 (よみがえ)られるように死んで下されよ、マコトを心に刻みつけておりて下されよ」 『至恩の巻』 第十二帖 [959]

 日月神示の説く三年は、“九と十と(れい)の岩戸開きの直後”という三つの読み方ができるように書いてありますが、上の記述は「十の岩戸開きの直後の三年としての側面が強い」と言えそうです。

 また、この記述には「(よみがえ)られるように死んで下され」と書かれています。

 日本に攻め込んで来た外国勢力を一掃することもあって、神力の発動は極めて烈しく、生き残るべき人間も一時的に死んでしまう事態が起こり得るそうです。しかし、本節の最初の引用で「神の()(ぶき)に甦る」とあるように、「ミロクの世の住民は死んでも復活する」とのことです。

「残る者の身も一度は死ぬことあるぞ、死んでからまた生き返るぞ、三分の一の臣民になるぞ、これからがいよいよの時ざぞ」 『上つ巻』 第三十八帖 [38]

「大掃除はげしくなると世界の人民 皆、仮死の状態となるのぢゃ、掃除終ってから因縁のミタマのみを神がつまみあげて息吹きかへしてミロクの世の人民と致すのぢゃ」 『紫金の巻』 第四帖 [983]

「三分の一の人民になると、早うから知らせてありたことの実地がはじまっているのであるぞ。何も彼も三分の一ぢゃ、大掃除して残った三分の一で、新しき御代の礎と致す仕組ぢゃ」 『扶桑の巻』 第七帖 [856]

 他にも、注意を要する“復活”の記述があります。

「日本が日本がと、まだ小さい島国日本に捉はれてゐるぞ。世界の日本と口で申してゐるが、生きかへるもの八分ぞ。八分の中の八分は 又 生きかへるぞ。生きかへっても日本に捉はれるぞ。おはりの仕組は みのおはり。骨なし日本を、まだ日本と思うて目さめん。()()()()と申してカラスになってゐるぞ」 『黄金の巻』 第二帖 [513]

 上の記述を文章通りに読めば、死からの復活は“二度”あることになります。これは八方世界が()()()()()()()()一二三四五六七八九十の世になる“十の岩戸開き”と、十方世界が〇一二三四五六七八九十の世になる(れい)の岩戸開き”を背景とする模様です。

 そして、“二度の復活”の意味を知るためには、次の点を深く考える必要があります。

「富士と鳴門の仕組とは何か?」

 この仕組は非常に多面的かつ複合的であり、部分像の組み合わせによって全体像や実像が把握できるように構成されているので、本節だけでは全貌は論じられません。そこで、神力の発動に特に深く関わる部分に絞って述べて行きます。

 前章で既に触れましたが、()()()()()()()()八方世界に九十を加えて十方世界にするのが(ナル)()の仕組”であり、更に(れい)を加えて()()()の世界にするのが二十二(フ  ジ)の仕組”です。

 これ対する“富士と鳴門の仕組の()()()()()意味”は次の通りです。

水の霊界である“幽界”との一体化が(ナルト)の仕組”であり、
火の霊界である“神界”との一体化が(フジ)の仕組”です。

 富士と鳴門が“火の仕組”“水の仕組”に対応することについては判り易い記述があります。

「富士とは火の仕組ぞ、渦海とは水の仕組ぞ、今に分りて来るのぞ」 『天つ巻』 第三十帖 [137] 「渦海」には「混ぜ混ぜにして新しく生む」という「生み」の意味があり、視覚的にも鳴門海峡の大渦を模しています)

 ちなみに、日月神示では宇宙全体を意味する“三千世界”を、神界、幽界、現界の“三界”として説明する場合が多いです。

「建替と申すのは、神界、幽界、顕界にある今までの事をきれいに塵一つ残らぬ様に洗濯することざぞ」 『水の巻』 第十二帖 [286]

〔前略〕これは、平面的頭脳では、中々に理解しがたいのであるが、この根本原理を体得、理解し得たならば、神、幽、現、三界に通じ、永遠に弥栄する大歓喜に住するのである。〔後略〕 『地震の巻』 第十帖 [387]

「神界、幽界、現界、見定めて神示読まねば、(うわ)(つら)ばかりでは何もならんぞ」 『マツリの巻』 第十九帖 [423]

「ひかり教の教旨 書き知らすぞ、〔中略〕 神、幽、現、を通じ、過、現、末、を一貫して神と人との大和合、霊界と現界との大和合をなし、現、幽、神、一体大和楽の光の国実現を以って教旨とせよ。〔中略〕 人々のことごとマツリ合はすはもとより、神、幽、現、の大和実践して行かねばならんのざぞ」 『青葉の巻』 第三帖 [472]

「霊的自分を正守護神と申し、神的自分を本守護神と申すぞ。幽界的自分が副守護神ぢゃ。本守護神は大神の歓喜であるぞ。神と霊は一つであって、幽と現、合せて三ぞ。この三は三にして一、一にして二、二にして三であるぞ」 『冬の巻』 第一帖 [770]

「奥山はあってはならん無くてはならん存在であるぞ。善人の住むところ、悪人の休む処と申してあろう、奥山は神、幽、現の三界と通ずるところ」 『紫金の巻』 第十四帖 [993]

 つまり、富士と鳴門の仕組とは“三界の一体化”であり、それを称して()(みつ)の仕組”及び()(みつ)の仕組”と呼ぶのです。

 例えば、日月神示は「天と地や神と人が一つになる」と言葉を変えながら繰り返していますが、その中でも“火の世界”“水の世界”の言葉が出て来る記述を例証に挙げたいと思います。

「三千世界に手握る時と知らずに、()の世界、元の世界を知らんからさうなるのぢゃ、火火の世界、火火の人、水水の世界、水水の人、と交通出来るのぢゃ、人と云っても人間ではないぞ、ヒトカミざぞ、手握って三千世界に天晴れぢゃ、この道 神の道ぢゃ、光の道ぢゃ、教ぢゃ、悪と悪と、善と善と、悪と善と、善と悪と握る手持ちて御座れよ、心持ちて御座れよ、びっくり嬉し箱あくぞ」 『青葉の巻』 第二十帖 [489]

(サン)(ゼン)()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()() ()()()()()()()()()()()()(ソー)()()()()()() ()()()()()() ()()()()() ()()()()()() ()()()()()()(コー)(ツー)()()()()()() ()()()(イッ)()()()()()()()()()()() (ヒト)(カミ)()() ()()(ギッ)()(サン)(ゼン)()()()(アッ)()()()() ()()(ミチ)()()()(ミチ)()() ()()()()(ミチ)()() ()()()()() ()()()()()() (ゼン)()(ゼン)() ()()()(ゼン)() (ゼン)()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()() (ビッ)()()()()()()()()()() 『ア火八のキ』 第二十帖 [489] 原文U準拠。「一十」は第一仮訳と第二仮訳で「ヒトカミ」と訳されていますが、原文に忠実に訳せば「ヒト」になります。ここでの「()()」には「人であるが人ではなく、人ではないが人である」という意味が込められており、『白銀の巻』第一帖の“視点の入れ換え”の話が参考になるでしょう)

 その上で、(フジ)(ナルト)の仕組を“霊的な世界との一体化の計画”と仮定すれば、上述の“二度の復活”の背景が説明できるようになります。

 噛み砕いて述べると、復活は物質的な肉体の修復とは違うらしく、現界(このよ)と霊的な世界の一体化により、先に霊界(あのよ)に旅立った人間を()()()()()()()()という話のようです。(あのよ)(このよ)が一つになるので()()()()生き返ったのと同じ扱いになる」の意味合いだと思われます。

 それ故、死者の復活は幽界と一体化した“十の実現の段階”と、神界と一体化した(れい)の実現の段階”()()()()()のでしょう。

 また、神の世が近付くに連れて、身魂の磨けた人間は“天と地の往来”ができるそうです。これは上記の復活の内容に近い意味を有しています。

「天から人が降る、人が天に昇ること、昇り降りでいそがしくなるぞ」 『天つ巻』 第八帖 [115]

「神代となれば天は近くなるぞ、神人共にと申してあらうがな」 『岩の巻』 第十帖 [375]

「神代になりたら天地近うなるぞ、天も地も一つになるのざぞ、今の人民には分るまいなれど、神も人も一つ、上も下も一つとなって自づから区別出来て一列一平上下出来るのぢゃ」 『梅の巻』 第十六帖 [443]

「天も近うなるぞ、地も近うなるぞ」 『海の巻』 第九帖 [501]

「天のことは今迄は人民には判らなかったのであるぞ、時めぐり来て、岩戸がひらけて、判るようになったのぞ、今迄の人民であってはならん、地そのものが変ってゐるのであるぞ、人民は()が強いから一番おくれてゐるのであるぞ、人民の中では宗教人が一等おくれてゐるぞ、(カミ)(ヒト)とならねば生きては行かれんのぢゃ、(てん)()がアメツチとなってきてゐるからぞ、天も近うなるぞ、地も近うなるぞと気つけてありたのに目さめた人民 少ないぞ、今に昇り降りで急しくなり、衝突するものも出てくるぞ」 『扶桑の巻』 第十五帖 [864]

 同時に、こういった現象は()()()()()()()()()()()()ことも暗示されています。

「神世のひみつと知らしてあるが、いよいよとなりたら地震かみなりばかりでないぞ、臣民アフンとして、これは何とした事ぞと、口あいたまま何うすることも出来んことになるのぞ、四ツン這ひになりて着る物もなく、獣となりて、這ひ廻る人と、空飛ぶやうな人と、二つにハッキリ分かりて来るぞ、獣は獣の性来いよいよ出すのぞ、火と水の災難が何んなに恐ろしいか、今度は大なり小なり知らさなならんことになりたぞ。一時は天も地も一つにまぜまぜにするのざから、人一人も生きては居れんのざぞ、それが済んでから、身魂みがけた臣民ばかり、神が拾ひ上げて()(ろく)の世の臣民とするのぞ、どこへ逃げても逃げ所ないと申してあろがな、高い所から水流れるやうに時に従ひて居れよ、いざといふときには神が知らして一時は天界へ釣り上げる臣民もあるのざぞ。人間の戦や獣の喧嘩位では何も出来んぞ、くどう気附けておくぞ、何よりも改心が第一ぞ」 『富士の巻』 第十九帖 [99]

「天地まぜこぜとなるぞ」 『水の巻』 第十二帖 [286]

「今迄は神国と外国と分れてゐたが、愈々一つにまぜまぜに致してクルクルかき廻してねり直して世界一つにして自ら上下出来て、一つの王で治めるのぢゃぞ」 『光の巻』 第五帖 [401]

「天地まぜまぜになったら、まだまだなるのである。彼れ是れ、何が何だか判らんことになると申してあらうが」 『黄金の巻』 第六帖 [517]

「一時は人民なくなるところまで行くと申してあらうが。人民なくしても人民なくならん。洗濯して掃除して、新しき道 早う進めよ。おそくなる程 難しく苦しくなるぞ。近目で見るから判らん」 『春の巻』 第四十五帖 [702]

「月は赤くなるぞ、日は黒くなるぞ、空は血の色となるぞ、流れも血ぢゃ。人民 四つん()ひやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ、大地震、火の雨降らしての大洗濯であるから、一人のがれようとて、神でものがれることは出来んぞ、天地まぜまぜとなるのぞ、ひっくり返るのぞ」 『紫金の巻』 第五帖 [984]

 恐らく、物質界が霊界と融合し始めて、互いの存在(かたち)が上手く嵌まるように()()()()()()()()()()()()()が、結果的に天地の異変として現れるのでしょう。

神力発動による天変地異は“天と地の一体化の余波”なのです。

 それ故、日月神示では「天災や戦争は神力発動の目的ではない」と読める内容が繰り返されています。

「今度の戦で何もかも(らち)ついて仕まふ様に思うてゐるが、それが大きな取違ひぞ、なかなかそんなチョロッコイことではないぞ、今度の戦で(らち)つく位なら、臣民でも致すぞ」 『下つ巻』 第二十五帖 [67]

「臣民はすぐにも戦すみてよき世が来る様に思うてゐるが、なかなかさうはならんぞ」 『下つ巻』 第三十四帖 [76]

「これまでの改造は(こう)(やく)張りざから、すぐ元にかへるのぞ。今度は今までにない、(ふみ)にも口にも伝えてない改造ざから、臣民界のみでなく神界も引っくるめて改造するのざから、この方らでないと、そこらにござる守護神さまには分らんのぞ、九分九厘までは出来るなれど、ここといふところで、オジャンになるであろうがな、富や(きん)を返したばかりでは、今度は役に立たんぞ、戦ばかりでないぞ、天災ばかりでないぞ、上も潰れるぞ、下も潰れるぞ、つぶす役は誰でも出来るが、つくりかためのいよいよのことは、神々様にも分りては居らんのざぞ」 『天つ巻』 第二帖 [109]

「人民のイクサや天災ばかりで、今度の岩戸ひらくと思ふてゐたら大きな間違ひざぞ、戦や天災でラチあく様なチョロコイことでないぞ、あいた口ふさがらんことになりて来るのざから」 『磐戸の巻』 第七帖 [243]

「人の殺し合ひばかりではケリつかんのざぞ、今度の負け勝ちはそんなチョロコイことではないのざぞ、トコトンの(ところ)まで行くのざから神も総活動ざぞ」 『磐戸の巻』 第十二帖 [248]

「今度の建替は、此の世 初まってない事であるから、戦ばかりで建替出来んぞ」 『松の巻』 第八帖 [299]

「人の殺し合ひで此の世の建替出来ると思ふてゐるのも悪の守護神ざ。肉体いくら滅ぼしても、よき世にならんぞ。魂は鉄砲では殺せんのざぞ。魂はほかの肉体にうつりて、目的たてるのざぞ、いくら外国人殺しても、日本人殺しても、よき世は来ないぞ。今迄のやり方、スクリかへて神の申す様にするよりほかに道ないのざ。このたびの岩戸開きは、なかなかぞと申してあろが」 『風の巻』 第十三帖 [364]

「今迄になかったこと今度はするのぢゃから合点出来んも道理ぢゃ道理ぢゃ、始めは(たたかい)で、(いくさ)で世の建替する(つも)りであったが、あまりに曇りひどいから、イクサばかりでは、すみずみまでは掃除出来んから、世界の家々の隅まで掃除するのぢゃから、その掃除中々ぢゃから、(イクサ)ばかりでないぞ」 『梅の巻』 第十八帖 [445]

「戦や天災では人の心は直らんと申してあろが、今迄のどんなやり方でも人の心は直らんぞ、心得なされよ」 『海の巻』 第六帖 [498]

「戦や天災では改心出来ん。三千世界の建直しであるから、誰によらん。下の神々様もアフンの仕組で、見事成就さすのであるが、よく神示読めば、心でよめば、仕組九分通りは判るのであるぞ」 『黄金の巻』 第七十五帖 [586]

 要するに、

()()の住む世界への(いわと)を開くことが()()発動の本質面”なのです。

 そして、岩戸が開かれて神霊との経路が直に繋がれば、“神の(ちから)()()()()()()()()()()()()発現し、世界を(あまね)く照らす(カミ)の光”になります。

 故に、天変地異や戦争の決着は“神力発動の付随的な側面”に過ぎず、三千世界の立替え立直しにおいて二義的な意味しか持ちません。これを少し言い換えてみます。

「神の力は天災や戦争の恐怖で人間の心を縛るために発動するわけではない」

 日月神示でも次のように語られています。

「世の建替と申すのは、身魂の建替へざから取違ひせん様致されよ、ミタマとは身と(たま)であるぞ、今の学ある人民 ミばかりで建替へするつもりでゐるから、タマが判らんから、いくらあせっても汗流しても建替へ出来んのざぞ。(あめ)(つち)(とき) 来てゐることは大方の人民には分って居りて、さあ建替へぢゃと申しても、肝腎のタマが分らんから成就せんのざぞ、()()読んでタマ早う掃除せよ」 『青葉の巻』 第十五帖 [484]

 人間の改心を促して“ミタマの立替え”を行い、心の底から喜びが溢れ出る世界を招来するためにこそ(カミ)(ちから)は発動します。この点は誤解してはならないでしょう。

 その上で、(うつ)()(かく)()が交わることの意味は、日月神示で【十月】の言葉と【の概念】を使って語られています。

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十月 / の概念

 日月神示の時節において“神経綸十”の期間を指す言葉が【十月】です。同時に、()()ではの字形”が象徴する意味が重視されているので、【の概念】についても本節で考察します。それにより、神経綸における“十月の意味”が更に鮮明になることでしょう。


 日月神示における“時節の節目”を見付けた順番で並べると、()()の発祥と神経綸の進展段階が、それぞれ6月、7月、旧九月になります。そこから「九月の次の節目は十月ではないか?」と推測し、時節的な言及がある“旧十月八日”“神経綸十の始まりの日”と仮定しました。ただし、この仮説の裏付けとなる記述は本章の最後で引用します。

 神経綸十が始まる2024年の旧十月八日は一般の暦では11月8日ですが、第三章の『二つの注意点』で述べたように()()の旧暦は一日ズレているので、実際には“新暦の11月9日”になります。

 日月神示の説く“十月”の記述は多くはなく、判り易いものから解説して行きます。

「八と十八と五月と九月と十月に気つけてくれよ」 『富士の巻』 第二十七帖 [107]

「この度は幕の一ぞ。日本の臣民これで戦済む様に申してゐるが、戦はこれからぞ。旧十月八日、十八日は幾らでもあるのざぞ。三月三日、五月五日はよき日ぞ。恐ろしい日ざぞ」 『日月の巻』 第十帖 [183] 第一仮訳と第二仮訳では「九、十月八日」です)

「旧十月八日、十八日、五月五日、三月三日は幾らでもあるぞと申してあろが、此の日は臣民には恐い日であれど神には結構な日ざぞと申してあろが、神心になれば神とまつはれば神とあななへば臣民にも結構な日となるのぞ。其の時は()()()の世となるのざぞ。(さくら)(ばな)一度にどっと開く世となるのざぞ、神 激しく臣民 静かな御代となるのざぞ、()(にち)毎日 富士晴れるのざぞ、臣民の心の富士も晴れ晴れと、富士は晴れたり日本晴れ、心晴れたり日本晴れぞ」 『日の出の巻』 第四帖 [217] 「旧十月八日、十八日」は第一仮訳と第二仮訳のままです)

 前節で触れた“神力発動”の様子と一緒に勘案すると、旧十月八日から十八日頃にかけて天変地異が始まるのでしょう。日月神示の数霊論では八は開くの意味を内包するので、どちらも「十が開く」といった意味合いの日付です。

 その上で「旧十月八日は幾らでもある」を地震に譬えるなら、「本震の後の余震は幾らでもある」と表現できます。同時に「臣民には恐い日だが神には結構な日」とは“天変地異の始まり”“十方世界の実現”を指しており、それが「神が激しく臣民は静かな御代になる」に掛かっています。

 また、上の帖では旧十月八日と旧三月三日と旧五月五日が一続きの日付のように語られています。そのことが、前節で未年の旧三月三日と旧五月五日を、2039年ではなく2024年に近い2027年の方を有力視した根拠の一つです。

 次に引用する“十月”の記述も上述の内容との繋がりが考えられます。

「外国の飛行機が来るとさわいでゐるが、まだまだ花道ぞ、九、十となりたらボツボツはっきりするぞ。臣民は目のさきばかりより見えんから、可哀さうなから気をつけてゐるのに何してゐるのか。大切なことを忘れてゐるのに気がつかんか。この知らせをよく読みてくれよ。十月まで待て。それまでは、このままで居れよ」 『上つ巻』 第六帖 [6]

 上の帖は当時の天明氏達に対するものかもしれませんが、2024年の十月と認識しても意味が通ります。つまり「十月まで待て」とは「富士の山が動くまで待て」と同じく「神力が発動するまで堪えなさい」という意味です。

 同様に「九、十となりたらハッキリする」とは「神経綸の九と十の段階に至れば神の仕組が実感できる」と読めます。これは神経綸九が始まると、外国勢力が日本に上陸するだけではなく、地上界に水の霊界である幽界(がいこく)が交わり始めるので、その影響が体感できることを指しているようです。この影響力は神経綸十になれば更に強まります。

 もしくは、九と十は“神経綸九の期間に対応する数字”、即ち2024年と2025年の意味に解釈することもできるので、「神力の発動によって戦争の趨勢が明らかになる」とも読み取れます。

 このように、日月神示の説く“九十”は時節的な意味に限っても、“複合的な意味”で読めるように書いてあります。

 そして、前章でも述べましたが、“九十”は一二三四五六七八九十の()()()()()なので、時節的には以下の“四つの意味”で読めます。

大別的な区分での十方世界である2012年から2041年三十年の立替期間
八方的な世界から見れば十方的な世界に属する2016年から2041年神経綸九と十の期間
九と十の数字に対応するであろう2024年と2025年神力の発動の直後の年
個別的な区分での十方世界である2024年から2041年神経綸の最終段階

 時節的な意味での九十には、以上の四重の意味が込められています。神経綸の進展具合に合わせて どの時代にでも意味が通るように、最小の表現で最大の効果が得られるように書いてあります。

 また、九十は“言”“事”として読むこともできるので、実際には更に多くの意味が含まれます。

 逆に()()()()()()()()()()()()()“神経綸十の様相”を明かした記述が見られます。

 その内容を解説するために、「神経綸の七と八と九と十は()()()の仕組として一体的な関係にある」と読み取れる記述から引用します。

「七から八から九から十から神烈しくなるぞ、臣民の思う通りにはなるまいがな、それは逆立してゐるからぞ。世界一度にキの国にかかりて来るから、一時は潰れたやうに、もうかなはんと云ふところまでになるから、神はこの世に居らんと臣民申すところまで、むごいことになるから、外国が勝ちたやうに見える時が来たら、神の代 近づいたのぞ」 『下つ巻』 第十四帖 [56]

「七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、なりなりあまるナルトの仕組」 『至恩の巻』 第十六帖 [963]

 日月神示では“動的な意味”を持つので、()()()の仕組には「七から変化を加速させて十にする」や「なりなりて十になる」の側面があることが判ります。

 この点を前提として読めば、次の記述で()()()()()()()()()()()の意味が判ります。

「七月になると上の人民 番頭殿、顔の色 悪うなって来るぞ、八、九月となれば愈々変って来るぞ、秋の紅葉の色 変るぞ」 『梅の巻』 第八帖 [435]

 ちなみに、同じ意味の「上の人が苦しくなる」という記述は他にもあります。

「これまでのやり方スックリと変へねば世は治まらんぞと申してあるが、上の人 苦しくなるぞ、途中の人も苦しくなるぞ、お(かみ)のいふこときかん世になるぞ」 『地つ巻』 第二帖 [139]

「上の人つらくなるぞ、頑張りてくれよ」 『地つ巻』 第三十三帖 [170]

「時まてばいり豆にも花さくのであるぞ。水が逆に流れるのであるぞ。上下でんぐり返るのであるぞ。上の人が青くなり、下の人が赤くなるのであるぞ」 『月光の巻』 第五十八帖 [845]

 簡単に言うと、神経綸が七→八→九と進展して行く度に国家の舵取りが難しくなって行き、遂には日本が外国に戦争を仕掛けられるので、「神経綸十の段階では上の人の大半が居なくなっている」らしいのです。

「人の上の人、みな臭い飯 食ふこと出来るから、今から知らして置くから気をつけてくれよ。お宮も一時は無くなる様になるから、その時は、みがけた人が神のお宮ぞ。早う身魂みがいておけよ、お宮まで外国のアクに壊されるやうになるぞ。早くせねば間に合わんことぞ」 『上つ巻』 第三十七帖 [37]

「お宮も壊されるぞ。臣民も無くなるぞ。上の人 臭い飯 食ふ時来るぞ。味方同士が殺し合ふ時、一度はあるのざぞ。大き声で物言へん時来ると申してあろがな。これからがいよいよざから、その覚悟してゐて下されよ」 『日月の巻』 第二十二帖 [195]

「大きアジアの国々や、島々()()の人々と、手握り合ひ神国の、光り輝く時 来しと、皆 喜びて三千年、神の()(わざ)の時来しと、思へる時ぞ神国の、まこと危なき時なるぞ、夜半に嵐のどっと吹く、どうすることもなくなくに、手足縛られ縄付けて、神の御子等を連れ去られ、後には老人(としより)()()()のみ、女子供もひと時は、神の御子たる人々は、悉々暗い臭い屋に、暮さなならん時来るぞ、宮は潰され()(ふみ)皆、火にかけられて灰となる、この世の終り近づきぬ。この()()心に入れくれと、申してある事わかる時、愈々間近になりたぞよ。出掛けた船ぞ、(ふんどし) 締めよ」 『日月の巻』 第三十八帖 [211]

 また、日月神示には「ミロクの世では天子様を()(ひつ)する大臣の数は少なくとも済む」という主旨のことが語られているので、神経綸十の段階では、上の人や番頭殿と呼ばれた人達の人数や役割に大幅な変更がある模様です。

 そのため、前出の引用では七月、八月、九月と一体的な関係にあるはずの十月が、()()()()()()()()()()のでしょう。

 さて、ここまでは日付や期間としての“十月”について述べて来ましたが、以降はの概念”を考察して行きます。

 最初に引用するのは、の字形の“最も基本的な意味”が語られた記述です。

「十月とは(かみ)の月ぞ、との組みた月ぞ」 『地つ巻』 第二十四帖 [161]

 これと内容が通底する“十”の記述は以下の通りです。

「八月の十日には江戸に祭りてくれよ。アイウは縦ぞ、アヤワは横ぞ、縦横揃うて十となるぞ、十は火と水ぞ、縦横結びて力出るぞ。何も心配ないからドシドシと神の申す通りに御用すすめてくれよ。臣民は静かに、神は烈しきときの世 近づいたぞ」 『下つ巻』 第十帖 [52]

「ヨコの十の動きがクラゲナスタダヨヘルであり、タテの動きがウマシアシカビヒコヂであるぞ、十と十と交わり和して百となり九十九と(はたら)くのぞ」 『紫金の巻』 第十二帖 [991] 原文X準拠)

 日月神示の原文で「」をカミと訓ませる場合があるのは、縦棒である()と横棒である()が組み合わさったの字形が、“異なるもの同士の(へい)(こう)状態”を象徴するからです。それ故、この字形は“完成”調和(マツリ)の意味を持つ記号として認識されているらしいのです。

 十字に象徴される“二つの系統”が、時には反発し合いながらも最終的には和合して本領を発揮することは繰り返し語られているので、参考として(タテ)(ヨコ)の記述を幾つか抜粋します。

「八九の次はであるぞよ」 『雨の巻』 第二帖 [336] この帖は前章で神経綸九に関わる数字として解釈をしましたが、「神経綸が八と九と進んだ次に縦と横が完全に交わる」といった意味でも解釈できます)

「今度の岩戸びらき、神と人との九十運動ぞ。建替の守護が大切ぞ。先づ一筋の天地の道から変へるのぢゃ。次に人の道つくるのぢゃ。経と緯であるぞ。人の道と天地の道と間違へてゐるぞ」 『黄金の巻』 第十一帖 [522] 第一仮訳では「合同運動」です)

「火の洗礼、水の洗礼、ぶったり、たたいたり、カ、ミの洗礼なくては名刀は出来ん道理ぢゃ」 『黄金の巻』 第八十九帖 [600] 第一仮訳では「タテ、ヨコの洗礼」であり、天明氏の草稿である原文Uの訳文では「タテヨコ(火水)の洗礼」です)

()()(セン)()() (ミズ)()(セン)()() ()()()() ()()()()() ( )()(セン)()()()()()()(メー)(トー)()()()()(ドー)()()() 『九ネのキ』 第八十九帖 [600]

「愛の人間は深く、智の人間は広く進むぞ。(タテ)(ヨコ)であるぞ。二つが織りなされて、結んで弥栄える仕組。経のみでならん。緯のみでならん」 『黄金の巻』 第九十一帖 [602]

「喜び神ぢゃ。タテには神と神界と和し、ヨコには人と環境と大和して行くところにこそ、生きの生命のウレシウレシあるのであるぞ」 『春の巻』 第五十六帖 [713]

「キがもとと申してあろうがな。人民は総てのもののキいただいて成長してゐるのであるぞ。キ頂けよ。横には社会のキを、縦には神の気を、悪いキを吐き出せよ。よい気 養って行けよ」 『夏の巻』 第十二帖 [729]

「始めは形あるものを対象として拝めよ、形を通じて大神様を拝めよ。これが近道で、正しきやり方ぞ。行きつまるのは目に見える世界のみに囚はれてゐるからざぞ。タテのつながりを見ないからであるぞ。死んでも自分は生きてゐるのであるぞ。大我に帰したり、理法にとけ入つたりして自分と云ふもの無くなるのでないぞ。霊界と霊と、現界と現身とのことはくどう説いてあろうが、神示よめ。大往生の道、弥栄に体得出来るのであるぞ」 『夏の巻』 第二十一帖 [738] 昭和二十七年版)

「死後に於ても、現実界に自分がある。それは丁度、生きてゐる時も半分は霊界で生活してゐるのと同じであるぞ。自分の衣は自分の外側であるぞ。自分を霊とすると、衣は体、衣着た自分を霊とすれば家は体、家にゐる自分を霊とすれば土地は体であるぞ。更に祖先は過去の自分であり、子孫は新しき自分、未来の自分であるぞ。兄弟姉妹は最も近き横の自分であるぞ。人類は横の自分、動、植、鉱物は更にその外の横の自分であるぞ。切りはなすこと出来んぞ。自分のみの自分はないぞ。縦には神とのつながり切れんぞ。限りなき霊とのつながり切れんぞ。故に、神は自分であるぞ。一切は自分であるぞ。一切がよろこびであるぞ。〔中略〕 人間は現界、霊界共に住んで居り、その調和をはからねばならん。自分は自分一人でなく、タテにもヨコにも無限につながってゐるのであるから、その調和をはからねばならん。それが人間の使命の最も大切なことであるぞ。くどう知らしておくぞ」 『冬の巻』 第一帖 [770] 昭和二十七年版)

「一切が自分であるぞと云うことは例へでないぞ。そなたは、食物は自分でないと思うてゐるが、食べるとすぐ自分となるでないか。空気も同様、水も同様ぞ。火も同様、大空もそなたぞ。山も川も野も海も、植物も動物も同様ぞ。人間は横の自分ぞ。神は縦の自分ぞ、自分を見極めねばならん。自分をおろそかにしてはならん。一切をうけ入れねばならんぞ。一切に向って感謝しなければならんと申してあろうが」 『月光の巻』 第三十一帖 [818]

「一切と手をつながねばならん。人民のみで世界連邦をつくろうとしても、それは出来ない相談、片輪車と申してあろうが、目に見へぬ世界、目に見へぬ人民との、タテのつながりつけねばならん道理、人民同士の横糸だけでは織物にはならんぞ。天は火ぞ、地は水ぞ、火水組み組みて織りなされたものが、ニシキの御旗ぢゃ、ヒミツの経綸であるぞ」 『扶桑の巻』 第九帖 [858]

 上の引用では“横の繋がり”が地上界や人間や水を指し、“縦の繋がり”は天界や神霊や火を指す場合が多いです。この点について少しだけ補足すると、(ヨコ)()()“平面”を意味し、(タテ)()()“基軸が違う平面”を意味します。そして、

(タテ)(ヨコ)()()()()()()()()()()()()()()“立体”です。

 つまり、日月神示で語られる概念的な側面から見れば、

“立体の象徴”なのです。

 このことは“十方世界の語義”からも判ります。十方世界は仏教用語であり、東西南北の“四方”と その間の“四隅”を加えた八方に、更に(うえ)(した)という“二方”を加えた世界全体を意味する言葉です。

 ここから推察できるように、天之日津久神様は八方に水平(へいめん)軸”を、九十及び十方に垂直(りったい)軸”の意味を込めています。

 そこで、以上の内容の補足となり得る“平面”“立体”の記述を抜粋します。

「平面の上でいくら苦しんでも何にもならん。却ってめぐり積むばかり。どうどうめぐりぢゃ」 『黄金の巻』 第六十五帖 [576]

「そなたが神つかめば、神はそなたを抱くぞ。神に抱かれたそなたは、平面から立体のそなたになるぞ。そなたが有限から無限になるぞ。神人となるのぢゃ。永遠の自分になるのであるぞ」 『黄金の巻』 第九十三帖 [604]

「一聞いて十さとらねばならんぞ。今の人民には何事も平面的に説かねば判らんし、平面的では立体のこと、次元の違ふことは判らんし、ハラでさとりて下されよと申してあろう」 『春の巻』 第三十六帖 [693] この帖の「一聞いて十さとらねばならんぞ」は「別の平面の話を聞いて立体を悟らねばならん」とも読めます)

「平面的考え、平面生活から立体に入れと申してあろうがな。神人共にとけ合ふことぞ。外道でない善と悪ととけ合ふのぞ。善のみで善ならず。悪のみで悪ならず。外道は夜明けくれば消えて了ふぞ。夜明けの御用大切と申してあろうが。外道の悪 殺すでないぞ。抱き参らすから消えるのであるぞ」 『春の巻』 第四十三帖 [700]

「多数決が悪多数決となるわけが何故に判らんのぢゃ。投票で代表を出すと殆んどが悪人か狂人であるぞ。世界が狂ひ、悪となり、人民も同様となっているから、その人民の多くが選べば選ぶ程、益々混乱してくるのであるぞ。それより他に人民の得心出来る道はないと申してゐるが、道はいくらでもあるぞ。人民の申してゐるのは平面の道、平面のみでは乱れるばかり、立体にアヤなせば弥栄えて真実の道が判るのぢゃ。ぢゃと申して独裁ではならん。結果から見れば神裁ぢゃ。神裁とは神人交流によることぞ」 『月光の巻』 第七帖 [794]

「神はうそつきぢゃと人民申しても、悪い予言はうそにしたいので日夜の苦労、こらえられるだけこらえてゐるのである。もう、ものばかりでは治まらんこと、キンでは治まらんこと、平面のみでは駄目であること、よく判ってゐるのにカブトぬげん神々様よ、気の毒が来ぬ前に改心結構」 『月光の巻』 第七帖 [794]

「人民は選挙と申すマヤクに酔ってゐるぞ、選挙すればする程、本質から遠ざかるぞ。他に方法がないと定めてかかるから、悪魔に魅入られてゐるから判らんことになるぞ。世は立体であるのに平面選挙していては相成らんぞ。平面の数で定めてはならん、立体の数に入れよ」 『五葉の巻』 第九帖 [972]

「善では立ちては行かん、悪でも行かん、善悪でも行かん、悪善でも行かん。岩戸と申しても天の岩戸もあれば地の岩戸もあるぞ、今迄は平面の土俵の上での出来事であったが、今度は立体土俵の上ぢゃ、心をさっぱり洗濯して改心致せと申してあろう、悪い人のみ改心するのでない、善い人も改心せねば立体には入れん、(この)(たび)の岩戸は立体に入る門ぞ」 『五葉の巻』 第十一帖 [974]

 上記の内容は次のように意訳できます。

「立体は“霊”を受け入れることによって実現する」

 故に、天や神や霊の存在を認めず、物質世界()()を実存の全てとして物事の(ぜん)(あく)を判断する思考こそが“平面”であり、“地上人の共通の誤り”とのことです。

〔前略〕 悪を悪なりと定めてしまって、悪は総て祖先より、或いは原因の世界より伝えられたる一つの因果であると云う平面的、地上的考え方の誤っていることは、以上述べた処で明白となり、己を愛するは、先ず悪の第一歩なりと考える、その考えが悪的であることを知らねばならぬ」 『地震の巻』 第七帖 [384]

〔前略〕 善のみにては力として進展せず無と同じこととなり、悪のみにても また同様である。故に神は悪を除かんとは為し給わず、悪を悪として正しく生かさんと為し給うのである。何故ならば、悪もまた神の御力の現われの一面なるが故である。悪を除いて善ばかりの世となさんとするは、地上的物質的の方向、法則下に、総てをはめんとなす限られたる科学的平面的行為であって、その行為こそ、悪そのものである。この一点に地上人の共通する誤りたる想念が存在する。悪を消化し、悪を抱き、これを善の悪として、善の悪善となすことによって、三千世界は弥栄となり、不変にして変化極まりなき大歓喜となるのである。この境地こそ、生なく、死なく、光明、弥栄の生命となる」 『地震の巻』 第九帖 [386]

 同様のことは、意味が(タテ)(ヨコ)に通じる“二つの力”を使って語られており、異なる(はたらき)の組み合わせや平衡(バランス)“神の歓喜(こころ)に繋がることが示されています。

「地上人は内的に生前の霊人と(通じ)又 死後の霊人と(通ず)る、地上人が生前を知得するは この霊人を(通ず)るが故であり、死後を知得するのも又 同様に(通ず)るからである、生前と死後は同一線上におかれてはゐるが同一ではない。地上には物質的(形式)があり、霊界には霊的(形式)がある、その(形式)は(歓喜)の交叉し、発する処によって自ら(成る)ものである。(形式)なくしては(合一)なく、(力)なく、(形式)あるが故に(もの)が(総て)に(合一)(弥栄)し(力)し(大弥栄)するのである。(形式)の中に(和)すことは、その(個々)が(差別)されてゐるからである。(差別)し(区分)せられることは、その各々に(各々)が共通する内質をもつからである。(共通性)なきものは(差別)し(区分)することが出来ない。(霊界)と現実界()との関係はかかるものであるが故に(常)に(相反)し(力)し(力)を生じ、又 常に(相通)じて(力)を生み行く。これは平面的頭脳では中々に(理解)しかたいのであるが、この根本(原理)を体得、理解し得たならば(神)(幽)(現)三界に通じ、永遠に弥栄する(大歓喜)に住するのである。されば(差別)は(平等)と(合一)することによって(立体)の差別()となり、(平等)は(差別)と合一することによって(立体平等)となり得る。(霊人)が(地上人)と(和合)し、又 (地上人)が(霊人)と(和合)し(弥栄)するのは、この(立体平等)と(立体差別)との(弥栄)ゆるが為めであることを知らねばならぬ。この二つの(相反)するものを(統一)し、常に(差別)しつつ(平等)に導き(立体)し行く(力)こそ、神()そのものの(力)であり(歓喜)である。この(二つの力)と(神)の歓喜()なくしては(地上人)なく又 (霊人)もあり得ないのである。(生成発展)もなく(神)も(歓喜)し得ない、この(力)なくしては(地上人)は(霊人)と(和)し(神)に(和)し奉ることは出来ない、故に(生命)しないのである。(神)」 『地震の巻』 第十帖 [387] 第一仮訳)

 ちなみに、上の帖の原文が無数の「」なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()が『地震の巻』の第十帖だからなのかもしれません。その内容が“立体差別”“立体平等”の言葉を使って言い表される“霊人と地上人の関係”であるのは、(りったい)に秘められた意味を考える上で極めて参考になります。

 そして、以上のの概念”を前提にすれば、日月神示が八方世界や既存の考え方を“方便”と呼ぶ理由が判ります。

「何事も方便と申して自分勝手なことばかり申してゐるが、方便と申すもの神の国には無いのざぞ。まことがことぞ、まの事ぞ、ことだまぞ。これまでは方便と申して逃げられたが、も早 逃げること出来ないぞ、方便の人々早う心洗ひてくれよ、方便の世は済みたのざぞ、いまでも仏の世と思うてゐるとびっくりがでるぞ、神の国、元の神がスッカリ現はれて富士の高嶺から(あめ)(つち)へのりとするぞ、岩戸しめる御役になるなよ」 『地つ巻』 第十帖 [147]

「此れまでの仕組や信仰は方便のものでありたぞ。今度は(せう)(まつ)の信仰であるぞ、神に()(すぐ)に向ふのざぞ。()(むか)と申してあろがな。()(うへ)に真すぐに神を戴いてくれよ、斜めに神戴いても光は戴けるのであるが、横からでも お光は戴けるのであるが、道は真すぐに、神は真上に戴くのが神国のまことの御道であるぞ。方便の世は済みたと申してあろがな、理屈は悪ざと申して聞かしてあろが」 『日の出の巻』 第十三帖 [226]

「そなたは まだ方便をつかってゐるが、方便の世はすんでゐるのぞ。方便の世とは横の教、いろはの教、平面の教のことぞ。仏教もキリスト教も回教もみな方便でないか、教はみな方便ぢゃ。教ではどうにもならん。ぎりの世となってゐるのぞ。道でなくてはならん。変らぬ太道でなくてはならんぞ」 『月光の巻』 第四十三帖 [830] 第一仮訳)

「神は今迄 化けに化けていたが、もう化けては居られん。人民も もう化けては居られんぞ。九分九厘までは化けて、がまんしてゐたなれど、化けの世、方便の世、方便の教はすんだのぢゃ。教では世は正されん。教のつどいはつぶれて了うのぢゃ」 『月光の巻』 第五十帖 [837]

 上には「方便の世とは横の教、初歩(いろは)の教、平面の教のこと」とありますが、これは“地上的な教説”もしくは“天や全体に基づかない考え方”を指すようです。

 言うなれば()()の様相が判らないので限定(ちじょう)的な視野に基づく結論(おしえ)を説くしかなかった」ということであり、その要点を掻い摘んで述べれば次のようになります。

「天と地、神と人、霊と体は“連続的な不可分の関係”であるが故に、
“物質世界での正しい生き方”()()()()()()()()()()()()初めて判明する」

 このため、日月神示では()()の様相や神霊と地上人の関係が非常に精力的に説かれているのでしょう。そうであればこそ、天之日津久神様は「三千世界の全容を説く」「教えではなく道である」とまで豪語できるわけです。

「この神示いくらでも出て来るのざぞ、今の事と先の事と、三千世界、何も彼も分るのざから、よく読みて腹に入れておいてくれよ」 『地つ巻』 第四帖 [141]

「此の方の申すこと小さく取りては見当取れんと申してあろがな。三千世界の事ぞ」 『日月の巻』 第二十七帖 [200]

「此の道は只の神信心とは根本から違ふと申してあろが、三千世界の大道ざぞ」 『雨の巻』 第一帖 [335]

「三千年余りで身魂の改め致して因縁だけの事は否でも応でも致さすのであるから、今度の御用は此の神示読まいでは三千世界のことであるから、()()探しても人民の力では見当取れんと申してあろがな、何処探しても判りはせんのざぞ」 『雨の巻』 第十帖 [344]

「他で判らん根本のキのこと知らす此の方の神示ぢゃ、三千世界のこと一切の事 説いて聞かして得心させて上げますぞや。落ち付いて聞き落しのない様になされよ」 『雨の巻』 第十三帖 [347]

〔前略〕 かく弥栄進展するが故に、人類も霊人類も、各々その最後の審判的段階に入る迄は、真の三千世界の実相を十分に知り得ない。故に、新天新地の来る迄、真の天国を体得し得ない。新天新地の新しき世界に生れ出づる自己を知り得ない。〔後略〕 『地震の巻』 第八帖 [385]

「今迄の日本の宗教は日本だけの宗教、このたびは世界のもとの、三千世界の大道ぞ。教でないぞ」 『黄金の巻』 第二帖 [513]

 特に、立替え立直しでは(てん)()が入り交じり、最終的には(あめ)(つち)になるのですから、霊的な知識、いわゆる()()の法則”を知っていなければ対処が難しくなります。

 そのことを「既存の常識を覆す出来事」の意味を持つ“黒船”で説明した記述もあります。

「現実的には不合理であっても、不合理にならぬ道をひらくのが、霊現交流の道であり、立体弥栄の道、行き詰りのない道、新しき世界への道である。平面のみではどうにもならない時となってゐるのに、何して御座るのか。黒船にびっくりしては間に合わん」 『月光の巻』 第十八帖 [805]

 この帖では立替え立直しという“半霊半物質の世界への移行”が、幕末に来訪して日本を()()()()()()させた“黒船の到来”と同じような結果を(もたらす)すことが示されており、大きな混乱が予想されます。

 逆から言えば、立替え立直しの最中に地上人が迷いなく行動できるようにするためには、霊界(くろふね)の様相を前もって伝えておく必要があります。これが日月神示で詳細な霊界論や三千世界論が展開される背景であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のです。

 そして、八方世界に九十が加わる時代、即ち、地上界が()()と交じわって()()()()()()()()(カミ)の世”になれば、物質世界だけを前提にした既存の八方(へいめん)的な考え方では通用しなくなるので、それらは“方便”に位置付けられるのでしょう。

 そういったことは十方(りったい)的な世界への適応”を促す記述からも窺えます。

「神界の 誠かくれし 今迄の 道は誠の 道でないぞや」 『マツリの巻』 第六帖 [410]

「天の教ばかりではならず、地の教ばかりでもならず、今迄はどちらかであったから、時が来なかったから、マコトがマコトと成らず、いづれもカタワとなってゐたのざぞ、カタワ悪ぞ、今度上下揃ふて夫婦和して、天と地と御三体まつりてあななひて、末代の生きた教と光り輝くのざぞ」 『青葉の巻』 第十九帖 [488]

「今迄の教では立ちて行かん。生れ替らねば人も生きては行かれん」 『黄金の巻』 第五十六帖 [567]

「喜びの本体はあの世、現はれはこの世、あの世とこの世合せて真実の世となるのぞ。あの世ばかりでも片輪、この世ばかりでも片輪、まこと成就せんぞ、あの世とこの世と合せ鏡ぞ。神はこの世に足をつけ衣とし、人はあの世をとして、心として生命しているのぢや、神人と申してあろうがな、この道理よくわきまへよ、この世にあるものの生命はあの世のもの、あの世の生命の衣はこの世のもの、くどいようなれど、このこと肚の中に、得心なされよ、これが得心出来ねば、どんなによいことをしても、まこと申してもなにもならんウタカタぢやぞ、時節来たのぢやから、今迄のように一方だけの教ではならんぞよ」 『春の巻』 第六帖 [663] 昭和二十七年版。昭和三十八年版と第二仮訳では「道理」に「十理」の字が当てられており、概念的な側面を重視するなら後者の方が適訳かもしれません)

「神界と交流し、神界に生き、神界と共に弥栄すればよいのぢゃ。人間だけの現実界だけで処理しようとするのが今迄の考えぢゃ。今迄の考えでは人間の迷ひぞと申してあろうがな。迷ひを払って真実に生きよ」 『月光の巻』 第四十六帖 [833]

「天のことは今迄は人民には判らなかったのであるぞ、時めぐり来て、岩戸がひらけて、判るようになったのぞ、今迄の人民であってはならん、地そのものが変ってゐるのであるぞ、人民は()が強いから一番おくれてゐるのであるぞ、人民の中では宗教人が一等おくれてゐるぞ、(カミ)(ヒト)とならねば生きては行かれんのぢゃ、天地がアメツチとなってきてゐるからぞ、天も近うなるぞ、地も近うなるぞと気つけてありたのに目さめた人民 少ないぞ」 『扶桑の巻』 第十五帖 [864]

「人民一度 死んで下されよ、死なねば甦られん時となったのぞ、今迄の衣をぬいで下されと申してあろう、世がかわると申してあろう、地上界の総てが変るのぞ、人民のみこのままと言うわけには参らぬ、死んで生きて下されよ」 『星座の巻』 第八帖 [891]

「地上人は半分は霊界で思想し、霊人は地上界を足場としてゐる、互に入りかわって交はってゐるのぞ、このこと判れば来るべき世界が、半霊半物、四次元の高度の、影ないうれしうれしの世であるから、人民も浄化行せねばならん、大元の道にかへり、歩まねばならん、今迄のような物質でない物質の世となるのであるぞ」 『星座の巻』 第十二帖 [895]

「死ぬか生きるかは人民ばかりでないぞ、神々様も森羅万象の悉くが同様であるぞ、しばらくの生みの苦しみ。八の世界から十の世界になるのであるから、今迄の八方的な考へ方、八方的な想念や肉体では生きては行かれんのであるぞ、十方的想念と肉体でなくてはならんぞ」 『至恩の巻』 第十三帖 [960]

「八方的地上から十方的地上となるのであるから、総ての位置が転ずるのであるから、物質も念も総てが変るのであるぞ。これが元の元の元の大神の御神策ぞ、今迄は時が来なかったから知らすことが出来んことでありたなれど、いよいよが来たので皆に知らすのであるぞ。百年も前からそら洗濯ぢゃ、掃除ぢゃと申してありたが、今日の為であるぞ、岩戸ひらきの為であるぞ。今迄の岩戸ひらきと同様でない、末代に一度の大岩戸ひらきぢゃ」 『至恩の巻』 第十四帖 [961]

「七重の花が八重に、八重が九重、十重にひらくのであるぞ、七重はキリストぢゃ、八重は仏教ぢゃ、今の神道ぢゃ、今までの教はつぶれると申してあろうがな」 『五葉の巻』 第十帖 [973]

 恐らく、天之日津久神様が自らの言葉を“道”と称し、既存の考え方を“方便”と呼ぶのは、天と地が一つになる時代が到来して、神と人の間に宗教団体のような第三者の解釈(おしえ)を介する必要が少なくなることが背景にあるのでしょう。それが「人民の中では宗教人が一等おくれてゐる」という指摘の一面です。

 ただし、日月神示の説く“方便”には()()()()()()()()が含まれています。

「愛と云ひ真と云ふも皆 方便ぞ。何れも誠の現われであるぞ。はうべんの世はすみてハウベンの世となるぞ。そのハウベンの世すみて誠の世となるのぢゃ。善悪なき世となるのぢゃ。判りたか」 『黄金の巻』 第十帖 [521]

「方便の世はすんで ほうべんの世となり、その ほうべんの世もやがて終るぞと知らしてあろうが」 『月光の巻』 第四十三帖 [830]

「12345678の世界が12345678910の世となりて、012345678910の世となるのぢゃ、012345678910がマコトと申してあろうがな」 『至恩の巻』 第十五帖 [962]

 ここでの「はうべんの世」は八方世界を、「ハウベンの世」は十方世界を、「誠の世」は()()()の世界を指すようです。つまり、十方世界は八方世界から見れば“完成した世界”であっても、()()()の世界から見れば“未完成な世界”であり、厳密には、

十方(りったい)世界すらも()()()の世界に至るための“方便の時代”なのです。

 こういったの更に次があること」を、日月神示はを重ねた記号”“複立体”“立立体”の言葉を使って説明しています。

「二柱の神あると申してあろが、旗印も同様ぞ、かみの国の旗印と、(もとつかみ)の国の旗印と同様であるぞ、であるぞと知らしてあろがな、にも二通りあるのざぞ、スメラの旗印とと申して知らしてあろがな、今は逆ざぞと申してあろがな、このことわからいでは、今度の仕組分らんぞ、神示分らんぞ、岩戸開けんぞ。よく旗印みてよと申してあろがな」 『風の巻』 第二帖 [353]

〔前略〕 尚それらの総てはである。でありであり、と集約される。故に、これらの総ては無にして有である。人の生後、即ち地上人の生活は、生前の生活の延長であり、また死後の生活に、そのままにして進み行く、立体となり、立々体と進み、弥栄する処につきざる歓喜があり、善悪美醜の呼吸が入り乱れつつ調和して、一の段階より二の段階へ、更に三の段階へと弥栄浄化する。浄化、弥栄することにより、善悪美醜のことごとくは歓喜となる。故に、神の中に神として総てが弥栄するのである」 『地震の巻』 第五帖 [382]

「地上人が、限りなき程の想念的段階をもち、各々の世界をつくり出してゐる如く、霊界にも無限の段階があり、その各々に、同一想念をもつ霊人が住んで居り、常に弥栄しつつある。下級段階で正なりとし、善を思ひ、美を感じ、真なりと信じ、愛なりと思ふ、その想念も上級霊界に於ては必ずしも左様ではない。美も醜となり、愛も憎となり、善も真も そのまゝにして善となり、真と現はれ得ない場合がある。其処に偉大にして、はかり知られざる弥栄の御神意がある。と同時に、(真善)(真善美愛)(歓喜)(大歓喜)と現はれる神秘なる弥栄があり、悪の存在、偽の必然性などが判明するのである」 『地震の巻』 第十三帖 [390] 第一仮訳)

「平面の上でいくら働いても、もがいても平面行為で有限ぞ。立体に入らねばならん。無限に生命せねばならんぞ。立体から複立体、複々立体、立々体と進まねばならん。一から二に、二から三にと、次々に進めねばならん。進めば進む程、始めに帰るぞ。に到るぞ。立体に入るとは信仰に入ることぞ。無限に解け入ることざぞ」 『黄金の巻』 第百帖 [611]

「そなたは左に傾いてゐるぞ。左を見なければならんが、片よって歩いてはならんぞ。そなたは右を歩き乍ら、それを中道と思って御座るぞ。そなたは平面上を行ってゐるから、中道のつもりで、他に中行く道はないと信じてゐるが、それでは足らんのう。立体の道を早うさとりなされよ。正中の大道あるのであるぞ。左でもなく右でもなく、うれしうれしの道あるぞ。左も右も上も下も相対の結果の世界ぢゃ。原因の世界に入らねばならん。平面より見れば相対あるなれど、立体に入り更に複立体、複々立体、立立体の世界を知らねばならんぞ。相対では争ひぢゃ。いくさぢゃ。真の世界平和は今のやり方、考へ方では成就せんぞ。三千世界和平から出発せねばならんぞ」 『月光の巻』 第五十四帖 [841]

「そなたは現実世界のことばかりより判らんから、現実のことばかり申して、一に一たす二だとのみ信じてゐるが、現実界ではその通りであるが、それが平面の見方、考へ方と申すもの、いくら極めても進歩も弥栄もないのぢゃ。一に一たす一の世界、一に一たす無限の世界、超現実、霊の世界、立体の世界、立立体の世界のあることを体得せねばならんぞ」 『月光の巻』 第六十二帖 [849]

「反対の世界と合流する時、平面の上でやろうとすれば濁るばかりぢゃ、合流するには、立体でやらねばならん、立体となれば反対が反対でなくなるぞ、立体から複立体に、複々立体に、立立体にと申してあろう、(ぜん)()輪を大きく、広く、深く進めて行かねばならんぞ、それが岩戸ひらきぢゃ、低い世界は戒律なくてはならんぞ、人民の頭で、戒律と秩序、法則をゴッチャにして御座るぞ、平面と立体とをゴッチャにするのと同じ迷ひの道であるぞ」 『碧玉の巻』 第一帖 [865]

 の記号を形成する直線の棒で表現されるものは“基軸”“次元”などであり、人間の精神活動に当て嵌めれば“価値観”でしょうか。

 そして、異なるもの同士が(あい)和して(へい)(こう)した姿が“新しき歓喜”であり、平衡(バランス)する軸が多ければ多いほど歓喜は増して行きます。

 その様子を表したものがであり、これらの記号に対応する言葉が立体、複立体、複々立体、立立体です。要するに“更なる平衡”とは、既に平衡した二つを一つと見做し、上の次元で再び二つの平衡を実現することです。逆に言えば、更なる平衡とは“二つの平衡の繰り返し”なのです。

 このように“世界が限りなく平衡(いやさか)して行く姿”を、日月神示は“完成”“未完成”の言葉で説明しています。

の次にがあり、それの次にがあり、あると申してあろう。立体から復立体、復々立体、立立体と申してあろうが、と和せばとなるぞ、復立体であるぞ、が復々立体、が立立体ぞ、がその元であるぞ、判りたかとなれば超自由、超自在、超無限ぞ、それだけに又 超完成であるぞ、超未完成でもあるぞ、神は全知全能でないぞ、全智全能から超全智全能に弥栄してゐるぞ、六ヶ敷いようなれどこのことよく判りて下されよ、新しき段階に入る門ぞ」 『春の巻』 第三十八帖 [695] 昭和二十七年版)

 上の帖によると、無数の平衡の根底にはがあるとのことです。ここから窺えるように、

(マツリ)の別の表現”です。

 恐らく、日月神示の各帖の署名(サイン)に「()(ツキ)(カミ)」と記されたものが見受けられるのも、を字形的な側面から、が組み合わさったや、()(ツキ)を包摂した(ミチ)に通じると見做しているからです。このため、()(ツキ)(カミ)の意味は()(ツキ)(カミ)()()()と通底します。

 そして、などのを重ね続ける形”から見えて来るのは、という“最初の平衡(マツリ)が、更に高次の平衡や歓喜に至るための“基本”である点です。

 故に、神力が発動し、神霊の世界への扉が開かれて立体になる神経綸十の期間は、更なる高みを目指して羽ばたくための“基礎固めの時代”とも言えます。断定はできませんが、

“ミロクの世の礎を作る時代”が、日月神示における(カミ)の月の意味”なのでしょう。

 武術などで「基本を極めれば奥義になる」と言われるように、最初の(マツリ)が肝要です。

 以上が“十月”に関する考察です。これらの内容を踏まえて、次節では神経綸十の始まりである【辰の年】と【節分】について論じます。

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辰の年 / 節分

 日月神示の時節を総合的な見地から考えると、日本と外国の戦争の趨勢を決定し、霊界と物質界が本格的に交わり始める“神力発動”は【辰の年】の出来事になります。

 辰年の記述は第三章の『天子様の年齢』で引用し、「(ツキ)の世の始め」が辰年であることの根拠に挙げました。

 しかし、日月神示における辰年には2012年と2024年を指す二重の意味があります。その理由は前章で論じたように、二つの年は“大別的な視点”“個別的な視点”において、共に「十方世界の始まりの年」だからです。

 本節では2024年としての辰年を論じた上で、神力の発動と深く関わるであろう【節分】についても解説します。


 最初に、辰年の“神力が発動する年”としての側面と、そこから(かい)()見ることができる“神経綸十の意味”について説明します。これは前節までの内容の簡単な概括になります。

「九(とし)は神界の(もと)の年ぞ、神始めの年と申せよ。()()()()()(いづ)()()()ぞ、五の歳は子の歳ざぞよ」 『日の出の巻』 第二帖 [215] 五の歳を子年として算出すれば九歳は辰年になります。なお、九歳は「今年」とも翻訳できます)

 この帖の「神始めの年」には複数の意味があります。具体的には(カミ)始め”という十方的世界の始まりの意味と、()()()()の世界と()()()()の世界が一つになる()()始め”です。また、神力発動に伴う天変地異を“火と水の災難”と見るなら、そのことも神始めの意味に含まれるでしょう。言うなれば、

神力発動や神始めとは“世界の()()の一掃の開始”の呼び方なのです。

 同時に「神界の(もと)の年」とは、“火の霊界たる神界と一つになる仕組”である富士の仕組が始まることに掛けてあるらしく、神経綸十の始まりと共に富士山が爆発するのは象徴的です。

 これは()()()()()()()鳴門の仕組の開始である神経綸七の始まりが、鳴門海峡の直近の淡路島から始まったのと似たような意味があると思われ、“新しき()()生み”における、一種の“雛型的な側面”を有すると推測されます。

 例えば、日月神示では大別的な区分において、八方世界と十方世界と()()()の世界の“三つの段階”があることが述べられており、八方世界に九十の世界を加えることを(ナルト)の仕組”、そこに更に(れい)の世界を加えることを(フジ)の仕組”と呼んでいます。

 ここから、一二三四五六七八九十の十方世界の実現は、次の〇一二三四五六七八九十の世界に移行するための()(なら)しが始まることが判ります。神力が発動して日本と外国の戦争に決着が付いて終わりなのではなく、十方世界の実現により、

霊界の性質が地上界に加わり始めてからが“立替え立直しの本番”なのです。

 そして、日月神示では天災や戦争ではなく、“ミタマの立替え”こそが“立替え立直しの本質”であることが明言されています。

「世の建替と申すのは、身魂の建替へざから取違ひせん様致されよ、ミタマとは身と(たま)であるぞ、今の学ある人民 ミばかりで建替へするつもりでゐるから、タマが判らんから、いくらあせっても汗流しても建替へ出来んのざぞ。(あめ)(つち)(とき)来てゐることは大方の人民には分って居りて、さあ建替へぢゃと申しても、肝腎のタマが分らんから成就せんのざぞ、神示読んでタマ早う掃除せよ」 『青葉の巻』 第十五帖 [484]

「今度は先づ心の建直しぢゃ、どうしたら建直るかと云ふこと、この神示読んで覚りて下されよ」 『海の巻』 第七帖 [499]

「世の元から出来てゐるミタマの建直しであるから、一人の改心でも中々であると申してゐるのに、ぐづぐづしてゐると間に合はん。気の毒出来るぞ」 『黄金の巻』 第七十七帖 [588]

 身魂の立替えの詳細は旧九月八日の仕組やミロクの仕組の中核となる“神懸かり”や、幽界(がいこく)との戦い方”の話になるので割愛しますが、要するに、天と地の一体化により、「自分の本性を偽ることができない」及び「思ったことが即座に実現する」という霊界の性質が地上界にも備わり始めて、人間の精神性が半強制的に磨かれて行くことになるのです。そういった点を加味して考えれば、

神の計画の中で、神経綸十の期間は(みそぎ)(はらい)に相当するのでしょう。

 そこからは、神力の発動による()()の災難”の目的が破壊ではなく、“心身の祓い清め”にあることが見えて来ます。言うなれば、

神始めの年とは(しん)()の始まり”を意味するのです。

 このような受け止め方が“辰年”“神経綸十”に秘められた意味に最も近いと推測する次第です。その上で、他の辰年の記述を“数霊”“神話”と絡めながら見て行きます。

 日月神示で繰り返される、十方世界、水の仕組、鳴門の仕組、()()()の世界、火の仕組、富士の仕組が、実際には同じものを別の角度から見ていることは、本論でも何度か触れました。

 この中の“鳴門の仕組”とは、前節でも詳述したように“水の霊界たる幽界と一つになる仕組”です。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のですが、その内の一つが(かく)()であることを明言した“辰年の歌”があります。

「新しき御代のはじめの()()の年、あれ出でましぬ かくれゐし神。かくり世も うつし御国の一筋の光りの国とさきそめにけり」 『紫金の巻』 第九帖 [988]

 (かく)()(うつ)()という言葉は()()()()を意味する古語です。特に、幽り世は死後の世界である黄泉(よもつ)(くに)の古い言い回しであり、この世界が()()()()()()です。

「岩戸しめの始めは那岐那美の命の時であるぞ、ナミの神が火の神を生んで黄泉国に入られたのが、そもそもであるぞ、十の卵を八つ生んで二つ残して行かれたのであるぞ、十二の卵を十生んだことにもなるのであるぞ、五つの卵を四つ生んだとも言へるのであるぞ、総て神界のこと、霊界のことは、現界から見れば妙なことであるなれど、それでちゃんと道にはまってゐるのであるぞ。一ヒネリしてあるのぢゃ、天と地との間に大きレンズがあると思へば段々に判りてくるぞ。夫神、妻神、別れ別れになったから、一方的となったから、岩戸がしめられたのである道理、判るであろうがな。その後、独り神となられた夫神が三神をはじめ、色々なものをお生みになったのであるが、それが一方的であることは申す迄もないことであろう、妻神も同様、黄泉大神となられて、黄泉国の総てを生み育て給ふたのであるぞ、この夫婦神が、時めぐり来て、千引の岩戸をひらかれて相抱き給う時節来たのであるぞ、うれしうれしの時代となって来たのであるぞ。〔後略〕 『碧玉の巻』 第十帖 [874]

 同時に、日月神示では黄泉国である幽り世や(ゆう)(かい)“外国”“九と十の世界”と呼ばれます。

「外国とは(ゆう)(かい)の事ぞ、外国と手握るとは(ゆう)(かい)と手握る事ざぞよ」 『青葉の巻』 第二帖 [471]

()()()()()()(ユー)()()()()()() ()()()()()()()()()()()(ユー)()()()()()()()()()()()() 『ア火八のキ』 第二帖 [471]

「ナギ、ナミ夫婦神は八分通り国土を生み育てられたが、火の神を生み給ひてナミの神は去りましたのであるぞ。物質偏重の世はやがて去るべき宿命にあるぞ、心得なされよ。ナミの神はやがて九と十の世界に住みつかれたのであるぞ。妻神に去られたナギの神は一人でモノを生むことの無理であることを知り給ひ、妻神を訪れ給ひ、相談されたのであるなれど、話が途中からコヂレて遂に別々に住み給ふ事となり、コトドを見立てられて千引の岩戸をしめ、両神の交流、歓喜、弥栄は中絶したのであるぞ」 『至恩の巻』 第八帖 [955] (コトドは()()()が第一義的な意味です)

 以上の内容が、辰年の歌で「幽り世も現し御国の一筋の光りの国と咲き初めにけり」とある背景です。このことから、辰年の歌が“十方世界の実現を(こと)()ぐ歌”であることが判ります。

 同様に、「()れ出でましぬ隠れゐし神」の部分については次の記述が判り易いでしょう。

「国常立神も素盞鳴命も大国主命も、総て地にゆかりのある神々は皆、九と十の世界に居られて時の来るのをおまちになってゐたのであるぞ、地は智の神が()らすのぞと知らしてあろうが、天運 正にめぐり来て、千引の岩戸はひらかれて、これら地にゆかりのある大神達が現れなされたのであるぞ、これが岩戸ひらきの真相であり、誠を知る鍵であるぞ」 『至恩の巻』 第十帖 [957]

 日月神示の説く幽界(がいこく)には()()()想念の世界”としての意味もあるのですが、(まがつ)(かみ)であるかの如く()()されていた神々は(ゆう)(かい)に押し込められていたことになるそうです。

 つまり、現し世たる八方と幽り世たる九十が一つになることを、「九十の世界に居た神々が出る」と表現しているわけです。逆から見れば、「押し込められていた正神が表に出るので()()()()神力も発動する」という側面もあるのでしょう。ここには「神が始める」の意味も掛けてあるはずです。

 同じ意味のことを“数の観点”から説いた記述も見られます。

(モモ)不足(タラズ) ()()(クマ)() いまひらかんときぞ」 『扶桑の巻』 第十五帖 [864]

「七は成り、八は開くと申してあろうが、八の(くま)からひらきかけるのであるぞ、ひらけると〇と九と十との三が出てくる、これを宮と申すのぞ、宮とはマコトのことであるぞ」 『碧玉の巻』 第五帖 [869]

()()(つな)を (もも)(つな)とかけて ささし給はむ」 『星座の巻』 第二十五帖 [908]

()()隈手 行きにし神は 今かへります」 『竜音の巻』 第一帖 [909]

()()(とも)(のを) (もも)足り足りて 仕へまつらむ」 『竜音の巻』 第一帖 [909]

「八重雲の 十重雲()()き 千別き()()りぬ」 『竜音の巻』 第一帖 [909]

()(つか)()の ()(つか)()とこそ 実らせ給へ」 『竜音の巻』 第二帖 [910]

(あま)つ神の 寿()(ごと)のままに ()()岩明けぬ」 『極めの巻』 第二帖 [929]

 日月神示での八十と百は八方と十方に掛けた表現です。また、(くま)()は「隠れた所」や「曲がった道」や「曲がり角」などを意味する古語であり、昔から(かく)り世”である(かく)り世も指します。

 こういった古語の言い回しを神経綸に掛けてあることは、次の記述から判ります。

「こんどは、八のくまではたらん。十のくま、十のかみをうまねばならんぞ。そのほかに、かくれた二つのかみ、二つのくまをうみて、そだてねばならんことになるぞ」 『月光の巻』 第三帖 [790]

「空白とは九八九であるぞ、八と九、九と八の境をひらくことが岩戸を開くことぢゃ」 『扶桑の巻』 第四帖 [853]

 上の帖からは、日月神示の説く「(くま)」が“行き止まり”“限界”“上限”などを意味することが判ります。故に、十方世界の実現によって八方世界の限界や上限を突破することを「八十隈手を開く」と表現しているわけです。

 以上の内容からは、辰年の内容は“数霊”“神話”を含めて考える必要があることが判ります。

 その上で、日月神示の数霊論では()()()()が一二三四五六七八を、()()()()が九十を司り、両神が一つになることが述べられています。これは“日の大神と月の大神の世界の一体化”及び“十方世界の実現”を意味します。

「日の神ばかりでは世は持ちては行かれんなり、月の神ばかりでもならず、そこで月の神、日の神が御一体となりなされて「ミロク」様となりなされるなり、日月の神と現はれなさるなり。「みろく」様が日月の大神様なり、日月の大神様が「みろく」の大神様なり、()の御先祖様 九二の御先祖様と御一体となりなされて大日月の大神様と現はれなさるなり、旧九月八日からは大日月の大神様とおろがみまつれよ」 『青葉の巻』 第十七帖 [486]

 この記述には「日月(ミロク)の大神が地の御先祖(クニトコタチ)と一体になって大日月の神になる」と書かれていますが、これは九と十の世界に押し込められていた国常立神の影響力が本格的に表れ始めることに掛けた表現です。だから「()()()()()()()大日月の神として拝め」と書かれているのでしょう。

 同時に、日月神示では()()()()()()()()が一体になった(ミロク)の大神”の姿を(つき)の大神”と呼ぶ場合が見られます。

 ちなみに、撞の大神とは“大本系統における(あま)(てらす)(すめ)(おお)(かみ)の通称”であり、この神霊が最も狭義の意味での“ミロクの大神”です。

「ミロク様とはマコトのアマテラススメラ太神様のことでござるぞ」 『光の巻』 第五帖 [401]

「ミロク様が月の大神様」 『梅の巻』 第二十帖 [447] ここでの「月の大神」は文脈的に「撞の大神」が第一義的な意味です)

 ここからは次のように言えます。

(ミロク)の大神である(ミロク)の大神は“一二三四五六七八九十”を司る」

 天子様の年齢で旧九月八日をミロクの世と呼ぶのは、以上の話を前提()()()にした表現なのです。

 そして、これらの内容を踏まえれば、以下の“辰の年”の意味が判ります。

「新しき御代の始めのタツの年。スメ大神の()れ出で給ひぬ」 『春の巻』 第一帖 [658] ()れる」は「()れる」の方が適切かもしれません。また、皇大神や皇大御神は()()()()()()()()()()()天照皇大神の呼び方です。それと、岡本天明氏の草稿である『ひつく神書研究資料』では「スメ(太日月地)大神」と書かれています)

 このように、別れていた()()()()()()()()が再び結ばれて十方世界が実現し、押し込められていた神々が世に出て、日月(ミロク)の大神や(ミロク)の大神として新生するので、“辰の年”は正神にとって非常に“めでたい年”なのでしょう。

「辰の年は よき年となりてゐるのざぞ」 『磐戸の巻』 第九帖 [245]

 ちなみに、日月神示での“良き年”とは“恐い年”の意味を併せ持ちます。

「旧十月八日、十八日、五月五日、三月三日は幾らでもあるぞと申してあろが、此の日は臣民には恐い日であれど神には結構な日ざぞと申してあろが、神心になれば神とまつはれば神とあななへば臣民にも結構な日となるのぞ。其の時は()()()の世となるのざぞ。(さくら)(ばな)一度にどっと開く世となるのざぞ、神激しく臣民静かな御代となるのざぞ、()(にち)毎日富士晴れるのざぞ、臣民の心の富士も晴れ晴れと、富士は晴れたり日本晴れ、心晴れたり日本晴れぞ」 『日の出の巻』 第四帖 [217]

 身魂を磨いて()()()()()()人間からすれば、辰年は正神を迎え入れる極めて“喜ばしい年”になりますが、身魂を磨かなかった人間にとっては、神の御前で不備を晒す極めて“恐ろしい年”になるのでしょう。これについては旧九月八日も全く同じです。

 以上のように日月神示の“辰の年”の記述は、時節や数霊や神話などの複合的な側面から考えることによって、初めて意味が判るように書かれています。

 日月神示での辰年への言及は上述の四つだけですが、関連するかもしれない時節として“節分”が挙げられます。節分は二十四節気における四季の節目である立春、立夏、立秋、立冬の前日を指しますが、現代では“立春の前日”を指す場合が殆どです。

 立春の前は大寒なので、その最終日である節分は“一年で最も寒い日”を意味します。そして、暦の上では節分と立春の境に気温が下降から上昇に転じて冬から春になるので、節分の夜は()()()()新年の始まり”の如く祝われます。

 大本系統の(しん)()における節分は“世の変わり目”の意味である可能性が高く、特定の年に比定する必要性は薄いのですが、ここでは“時節としての節分”及び“神経綸としての節分”を考えてみます。

 まずは予備知識となる“国常立神と節分の関係”について説かれた大本神諭を引用します。

「元の国常立尊を節分の夜に、御邪魔になると云ふて押込めなされたが、(なに)()の時節が参りて来て、押込められて居りた元の生神が世に(あが)りて、世の立替を致さん事には、〔中略〕 節分の夜に押込められた元の国常立之尊が、二度目の世の立替は、(ほか)の世に出て居れる方の神では出来ん大望な事であるから、〔中略〕 節分の夜に押込められた国常立之尊が、○○節分の夜に表に成るから、節分の夜は世界中が○くから、(その) 用意を致して居りて下されよ」 『大本神諭/神霊界』 明治四十年 旧十月十六日

 これによると、国常立神が退隠したのが節分の夜なので、復権するのも節分の夜らしく、出口直への筆先の伝達が始まったのが明治二十五年の節分であったことの霊的な背景になっています。

 同様の話は日月神示にも見られます。

「悪の(ころも)着せられて節分に押込められし神々様 御出でましぞ。此の節分からは愈々神の規則通りになるのざから気つけておくぞ、(よう)(しゃ)は無いのざぞ」 『日の出の巻』 第十六帖 [229]

 こういった内容が、前出の「地に縁のある神々は九と十の世界に押し込められていた」の背景であり、そこに、立つ、辰、竜神、()れる、()れる、荒れる、始まる等が掛けてあるようです。

 そして、国常立神が押し込められていた世界が“九と十の世界”と明言されている以上、正神が表に出る節分は、八方世界から十方世界への変わり目である、神経綸()と神経綸()()()の仕組に関連する可能性が高いです。そういった点を前提にして考えるならば、

節分とは“一年単位”で見た場合の“岩戸開きの日”なのでしょう。

 この場合、九と十と(れい)の岩戸が開かれる2016年と2024年と2041年の節分が該当します。これが“時節としての節分”と言えるのかもしれません。

 その上で“神始め”“正神が世に出る年”が辰年と明言されていることから考えると、三つの年の中でも2024年が“世の変わり目”としての節分であるように見えるのです

 恐らく、2016年は“岩戸が開き()()()年”なので、十方世界への移行が始まった直後は()()()()()しか(いわと)を通れないのでしょう。ですから、国常立神のような()()()()()“岩戸が開き()()年”である2024年以降に(いわと)を通れるようになるはずです。

 上述の観点から考えると、日月神示の説く節分は“十方世界の実現”を背景に語られているらしく、例えば、“節分からの祭祀”などの内容は“世の変わり目”を強く意識したものになっています。

「節分からは八回 拍手うちて下されよ。神はげしくなるぞ」 『磐戸の巻』 第十帖 [246]

「節分からははげしくなりて、はげしき神示はかかせんぞ」 『磐戸の巻』 第二十一帖 [257]

「節分からは手打ち(なが)ら、ひふみ祝詞 ()りてくれよ。〔中略〕 節分 境に何も彼も変りて来るぞ」 『キの巻』 第一帖 [258]

「礼拝の仕方 書き知らすぞ、節分から始めて下されよ。〔後略〕 『雨の巻』 第十七帖 [351]

「節分迄に皆の守護神 同じ宮に祀りくれよ。〔中略〕 節分からの誓言(ちかひ)変へさすぞ」 『梅の巻』 第十九帖 [446]

「此の儘では気の毒なことになるから、早う守護神、節分迄に早う祀りくれよ、何事もキリキリキリと云ふ事あるぞ」 『梅の巻』 第二十五帖 [452]

「ひふみゆらゆらと一回二回三回となへまつれよ、(よみがえへ)るぞ。次に人は道真中にしてワとなり、皆の者 集まりてお互に拝み、中心にまつりまつり結構ぞ、節分からでよいぞ」 『空の巻』 第二帖 [457]

 そして、節分からの祭祀の中心的な役割を果たすものとして“二つの節分祝詞”が挙げられるので、これについても簡単な解説を加えます。

 一つ目の節分祝詞は『黄金の巻』第四十四帖です。ただし、昭和三十八年版と第二仮訳では冒頭と末尾の記述が削除されたので、節分の祝詞であることが判らなくなっています。当該部分は以下の通りです。

「節分から奉る歌 書かして置いたに何故読まんのぢや。大き声で読み上げよ。歌うたひくれと申してある時来てゐるのざぞ。歌で岩戸ひらけるぞ、皆 歌へ唄へ。各も各も心の歌つくつて奉れよ。歌 結構だ。ひふみゆらゆら、ひふみゆらゆら、ひふみゆらゆら。かけまくも、かしこけれども、歌たてまつる。御まへに、歌たてまつる、弥栄み歌を。〔中略〕 曇りなく、今を祝詞す、幸はへたまへ。奉る、歌きこし召せ、幸はへ給へ。ひふみよい、むなやここたり、ももちよろづ。節分から大神様には三拝、守護神様二拝、祖霊様一拝、昼の祈りは大神様のみ、大日月地太神 弥栄ましませ、三回、五回、七回くりかへしてのり上げよ、信者の者はその時、その心に従つてするもよいぞ、せんのもよいぞ」 『黄金の巻』 第四十四帖 [555] 昭和二十六年版。岡本天明氏は機関誌『窓』の昭和二十七年十一月号で、この帖の全ての歌の内容を詳細に解説しています)

 それと、次に引用する『黄金の巻』第四十帖と『黒鉄の巻』第六帖の節分の記述も、昭和三十八年版と第二仮訳では削除されています。

「節分から朝も夜も何時でも、ひふみ、いろは、祝詞一回づつのり上げて、後で歌 奉れよ、世 替るのであるぞ」 『黄金の巻』 第四十帖 [551] 昭和二十六年版)

「節分から何かと、今迄のこと変へさすやうに致してあるから、気ついたことから改めて下されよ」 『黒鉄の巻』 第六帖 [624] 昭和二十六年版)

 二つ目の節分祝詞は『春の巻』三帖です。これについては言及したい部分に傍点を振って引用します。

「掛巻も、畏き極み、国土の、清の中なる大清み、清みし中の、清らなる、清き真中の、よろこびの、其真中なる御光の、そが御力ぞ、綾によし、常立まし、大国の、常立大神、豊雲野、豊の大神、瀬織津の、ヒメの大神、速秋の秋津ヒメ神、伊吹戸の、主の大神、速々の、佐須良ヒメ神、()()()()()()()()()、皇神の、御前畏こみ、謹みて、うなね突貫き、白さまく、ことのマコトを。伊行く水、流れ流れて、月速み、いつの程にや、この年の、冬も呉竹、一と夜の、梓の弓の、今とはや、()()()()()()()()()()()()()()()、よろこびの、神の稜威に、つらつらや、思ひ浮べば、天地の、始めの時に、大御祖神、国常立の、大神伊、三千年、またも三千年の、もまた三千年、浮きに瀬に、忍び堪えまし、波風の、その荒々し、渡津海の塩の八百路の、八汐路の、汐の八穂合ひ、洗はれし、孤島の中の、籠らひし、籠り玉ひて、畏くも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、めでたき日にぞ、今日の日は、御前畏こみ、御饌御酒を、ささげまつりて、海山野、種々珍の、みつきもの、供へまつりて、かごぢもの、ひざ折り伏せて、大まつり、まつり仕へむ、まつらまく、生きとし生ける、まめひとの、ゆくりあらすも、犯しけむ、罪やけがれの、あらむをば、祓ひ戸にます、祓戸の、大神達と相共に、ことはかりまし、大直日にぞ、見伊直し、聞き直しまし、祓ひまし、清め玉ひて、清々し、清の御民と、きこし召し、相諾ひて玉へかし、玉はれかしと、多米津もの、百取さらに、百取の、机の代に、足らはして、横山の如、波の如、伊盛栄ゆる、大神の神の御前に、まつらまく、こひのまつる、畏こみて、まつらく白す、弥つぎつぎに。()()()()()()()()()()()()()罪もけがれも今はあらじな。節分の祝詞であるぞ、太のりとせよ、()()()()()()()()()()()()、うれしうれしの御代来るのざぞ」 『春の巻』 第三帖 [660] 昭和二十七年版)

 この祝詞の中で注目に値するのは「これやこの(おお)()(つき)(くに)」の部分です。「これやこの」や「これぞこの」の言い回しの意味は「(そく)(ぶん)していた出来事を目の当たりにして驚嘆すること」なので、現代語に意訳すれば「これこそ例の太日月地」「これが噂の太日月地大神か!」になります。

 日月神示での“太日月地大神”とは全ての神を讃える神名ですが、上の節分祝詞では国常立神、豊雲野神、()(おり)()(ひめ)(のかみ)(はや)(あき)()()()(のかみ)()(ぶき)()(ぬし)(のかみ)(はや)()()()()()(のかみ)を、格別に太日月地大神に位置付けています。

 国常立神と豊雲野神以外の四柱の女神は“祓戸の神”として名高く、日月神示にも言及があります。

「この方は(はらへ)()の神とも現はれるぞ」 『下つ巻』 第二十七帖 [69]

〔前略〕 はらえと四はしらのかみたちともに、もろもろのまがこと、つみけがれをはらえたまへ、きよめたまへとまおすことを、きこしめせと、かしこみかしこみもまおす」 『水の巻』 第三帖 [277]

 こういった点を踏まえた上で改めて『春の巻』第三帖の節分祝詞を読むと、押し込められていた(うしとら)の金神や(ひつじさる)の金神が、祓戸の神と一緒に世界の汚穢を(みそぎ)(はら)う様子を(こと)()ぐ歌であることが判ります。

 また、国常立神や祓戸の神の活動の本格化は、以下の内容を浮き彫りにしているように見えます。

「神経綸十の本質は()()()の世界へ至るための(みそぎ)(はらい)の期間”である」

 それらのことが次の節分の記述の背景である模様です。

「節分から(オホ)()(ツキ)(クニ)大神と顕れるぞ、讃へまつれ。三年の大ぐれ」 『黄金の巻』 第二十九帖 [540] 昭和二十六年版。昭和三十八年版で削除。第二仮訳で復活)

 同時に、『春の巻』の節分祝詞の「明けなむ春の立ちそめし真玉新玉」や「この世かまひし大神の時めぐり来て一筋の光の御代と出でませし」や「新玉の玉の御年の明けそめて」や「()()()()の年立ちそめたぞ」が、前出の“九と十の世界”“辰年の歌”の記述に掛かっているようです。対比を行い易いように再び引用してみましょう。

「国常立神も素盞鳴命も大国主命も、総て地にゆかりのある神々は皆、九と十の世界に居られて時の来るのをおまちになってゐたのであるぞ、地は智の神が()らすのぞと知らしてあろうが、天運 正にめぐり来て、千引の岩戸はひらかれて、これら地にゆかりのある大神達が現れなされたのであるぞ、これが岩戸ひらきの真相であり、誠を知る鍵であるぞ」 『至恩の巻』 第十帖 [957]

「新しき御代のはじめの()()の年、あれ出でましぬ かくれゐし神。かくり世も うつし御国の一筋の光りの国とさきそめにけり」 『紫金の巻』 第九帖 [988]

 そして、ここまでの内容から、日月神示における“節分の意味”が見えて来ます。

十方(あたらしき)世界()到来(はじまり)時代(せかい)の変わり目”として()()()()()()()に位置付けている」

 以上の考察が“時節としての節分”及び“神経綸としての節分”です。

 話は変わりますが、『春の巻』の節分祝詞の祭祀(マツリ)の描写は歌に見せ掛けた指示かもしれません。日月神示は有名になり、多くの人が色々な事柄を論じていますが、(しい)()については ほぼ手付かずです。興味のある人は歌を繋げて読み込んでみるのも一興でしょう。

 さて、本節までは神経綸十の始まり的な側面である“神力発動”に比重を置いて述べて来ましたが、次節では神経綸十の“禊祓の期間”としての様相を、【暗闇時代】の言葉を軸に見つめて行きます。

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暗闇時代

 神の計画の最終段階であり、“新しき光の御代”である神経綸十の様相は、この時代の呼び名から理解を深めることができます。最初に要点を述べると、

天之日津久神様は神経綸十の期間を【(くら)(やみ)()(だい)】と呼称しています。

 神の大望たる十方世界が実現して世の中が()()()()姿()を、()()と称するのは奇異に感じられるかもしれませんが、これは重要なことを簡単に判らせないための措置であり、

日月神示の説く“闇”の言葉には引っ掛け戻し(ミ ス リ ー ド)が仕掛けられています。

 この技法(トリック)()()()()()()()()()()()()()()()()()()であり、独自の意味が付加されているのです。

 ただし、日月神示では五度の岩戸が閉じた状態である現在までの八方世界も“闇の世”と呼ばれるので、暗闇に類する言葉は文脈による区別が必要です。

 ここで注意すべきは、既存の闇の世と神経綸十を指す暗闇時代の二つには「本質的に通じるものがある」という点です。故に、十方世界という光の世を闇の世と呼ぶのは、天之日津久神様にとっては()()()()()であるようにすら見えます。それが結果的に秘密(ミスリード)になってしまうことを見越した上で、引っ掛け戻し(ト  リ  ッ  ク)として活用されている模様です。

 こういったことを“闇の語義”“ハルマゲドンの実相”から論じて行きます。

 その上で、本節の最後で引用する暗闇時代の記述を御覧になれば、時節や神経綸の骨格たる“数の順序”が、天之日津久神様によって()()()()()()()()()()()()()であることに得心が行くはずです。


 最初に、光の世を暗闇時代と呼ぶ背景を、“相対的な視点”“複合的な視点”から説明します。

「神から見た世界の民と、人の見た世界の人とは、さっぱりアベコベであるから、間違はん様にしてくれよ」 『上つ巻』 第三十二帖 [32]

「各々の世界の人間が その世界の神であるぞ、この世では そなた達が神であるぞ、あの世では、そなた達の心を肉体としての人間がゐるのであるぞ、それがカミと申してゐるものぞ、あの世の人間をこの世から見ると神であるが、その上から見ると人間であるぞ。あの世の上の世では神の心を肉体として神がゐますのであつて限りないのであるぞ、裏から申せば、神様の神様は人間様ぢやぞ」 『白銀の巻』 第一帖 [612] 昭和二十六年版)

「上から見ると皆 人民ぢゃ。下から見ると皆 神ぢゃ」 『秋の巻』 第二十四帖 [765]

 上の帖は「視点が一つではないこと」を語っており、幾つかの判り易い譬えをしてみます。

 譬えば、五十度は(れい)度から見れば“熱い”状態ですが、百度から見れば“冷たい”状態です。液体は固体から見れば“柔らかい”状態ですが、気体から見れば“固い”状態です。今日は昨日から見れば“未来”ですが、明日から見れば“過去”です。十方世界は八方世界から見れば“新しい開けた世”ですが、()()()の世界から見れば“古い閉じた世”です。

 ここからは次の内容が読み取れます。

「基点の位置によって同じものが“逆様の()()になる」

 その上で、神経綸十の()()を、数霊の九と十を司る()()()()が主導する時代”としての側面から見てみます。

「次の世とは月の世の事ざぞ、一二の二の世ぞ、の月の世ぞ、取違ひせん様に致してくれよ」 『日の出の巻』 第三帖 [216] 第一仮訳)

「月の大神様 御出でまして闇の夜は月の夜となるのざぞ」 『日の出の巻』 第九帖 [222]

「一先づは月の代となるぞ。ひっくり返り、ビックリぢゃ」 『月光の巻』 第九帖 [796]

 簡単に言うと、闇夜から見れば月夜は光り輝いていますが、昼間から見れば()()()()()()()()なのです。何故なら、

三千世界の生成化育において十方世界は終着点(ゴ ー ル)ではないからです。

 この点は次の記述が最も判り易いです。

「12345678の世界が12345678910の世となりて、012345678910の世となるのぢゃ、012345678910がマコトと申してあろうがな」 『至恩の巻』 第十五帖 [962]

 神経綸九の段階が八方世界から十方世界への“移行期間”であるように、もう一つ上の視点では、十方世界は八方世界が()()()の世界へ到るための中間期(グレーゾーン)です。故に、光の世とも闇の世とも形容し難い側面を有します。

 これと同じ内容が語られた記述は もう一つあります。

〔前略〕 今の臣民に判る様に申すならば、臣民 働いてとれたものは、何でも神様にささげるのざ、神の御社は幸でうづもれるのざぞ、御光 輝くのざぞ、光のまちとなるのざぞ。神からわけて下さるのざぞ、其の人の働きによって それぞれに恵みのしるし下さるのざぞ、それが お宝ぞ、お宝 徳相当に集まるのざぞ、キンはいらんと申してあろがな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() 『磐戸の巻』 第十三帖 [249]

 傍点を振った箇所に注目すれば、ここでの“光の世の描写”は、()()()の世界たる〇一二三四五六七八九十の世の()()()()()であることが判ります。

 こういった話が、一二三四五六七八を司る()()()()と九十を司る()()()()が一体になった“十”の段階を、“暗闇時代”と呼称する背景()()()になっているようです。

 それ故、十方世界や神経綸十を象徴する言葉は基本的に“光”なのですが、“闇”の言葉で言及される場合もあるのです。

 次に“闇の一般的な語義”を簡単に解説します。これは、五度の岩戸閉めの後の時代や既存の八方世界が、日月神示で“闇の世”と呼ばれることの背景に相当します。

 元々、闇の言葉には、暗い、知識が乏しい、迷う、思慮や分別や理性を失う、判断や決断ができなくなる、自身を取り巻く状況が判らなくなる、()()の見通しが付かなくなる、公正でない、正規の手続きを経ない、などの多数の意味があります。

 その上で、非常に広範な意味を込めて言うなら、

闇とは()(みょう)の状態”です。

 無明は仏教で“真理に()()状態”を指し、最も根本的な(ぼん)(のう)に位置付けられています。大本系統の言葉を使うなら()が相応しいでしょうか。

 このような“闇の語義”を前提に考えれば、日月神示の闇の世に関する記述が判り易くなるので、順番に引用して行きます。まずは「今迄は闇の世だった」からです。

「ダマシタ岩戸からはダマシタ神お出でましぞ、と申して くどう知らしてあろがな、ダマシて無理に引張り出して無理するのが無理ぞと申すのぞ、無理はヤミとなるのざぞ、それでウソの世ヤミの世となって、続いて この世の苦しみとなって来たのざぞ、こうなることは此の世の始から判ってゐての仕組、心配せずに、此の方に任せおけ任せおけ」 『青葉の巻』 第十四帖 [483]

「仏教の渡来までは、わずかながらもマコトの神道の光がさしてゐたのであるなれど、仏教と共に仏魔わたり来て完全に岩戸がしめられて、クラヤミの世となったのであるぞ、その後はもう乱れほうだい、やりほうだいの世となったのであるぞ、これが五度目の大き岩戸しめであるぞ」 『碧玉の巻』 第十帖 [874]

 上の帖では闇の世の特徴として、無理、乱れ放題、やり放題が挙げられています。

 また、“闇”“嘘”が同一視されているのですが、そこには()()が軽んじられる時代”の意味もあるらしく、仏教の“末法の世”にも通じます。

 そして、ここまでの内容を大まかに要約するなら、

闇の世とは“真偽が混乱した時代”と表現できます。

 言わば「無理が道理を駆逐した」のであり、大本系統の言い回しでは“強い者勝ち”“我善し”が当て嵌まります。道理に反することが常識になり、道理を信じ切れない時代になったのでしょう。或る意味では「人間が自らの神性(ひかり)を閉じ込める時代になった」と言えるのかもしれません。

 こういった話は、国常立神が押し込められて(かみ)の恐い神が居なくなったので、(しも)の神々が好き勝手なことをやり始めた、という大本神話の内容と通じており、次のように表現することが可能です。

「基点を示す存在が居なくなったので真理(マコト)()()()()世界になった」

 なお、ここでの基点は“光”“道”(カミ)の心”に置き換えても完全に意味が通ります。そして、この内容を補完する記述が日月神示にあります。

「善も悪も分からん世、闇の世と申すぞ」 『磐戸の巻』 第十五帖 [251]

「天の神も地の神もなきものにいたして、好き勝手な世に致して、偽者の天の神、地の神つくりて われがよけらよいと申して、我よしの世にしてしまふてゐた事 少しは判って来たであらうがな」 『風の巻』 第七帖 [358]

 それ故、「今迄は悪いことをしても(のが)れられた」とのことです。

「今迄は闇の世であったから、どんな悪い事しても闇に逃れる事 出来てきたが闇の世は もうすみたぞ」 『水の巻』 第十四帖 [288]

「これまでは夜の守護であったが、愈々日の出の守護と相成ったから物事 誤魔化しきかんのぞ」 『雨の巻』 第十二帖 [346]

 ちなみに上の帖の内容は、半霊半物質の十方世界になると、()()()()()()()()()()()()という形で、善も悪も隠れられないことを背景とします。

 また、国常立神が世に出て(カミ)(ひかり)を顕示するので、「物事の真実(マコト)の姿が見える時代になる」と説かれています。

「道 知るのみでは何にもならん。道 味はへよ、歩めよ、大神の道には正邪ないぞ。善悪ないぞ。人の世にうつりて正と見え邪と見えるのぢゃ。人の道へうつる時は曇りただけのレンズ通すのぢゃ。レンズ通してもの見ると逆立するぞ。神に善と悪あるやうに人の心にうつるのぢゃ。レンズ外せよ。レンズ外すとは神示読むことぞ。無き地獄、人が生むぞ。罪ぞ。曲ぞ。今迄は影の守護であったが岩戸ひらいて表の守護となり、裏表揃うた守護になりたら、まことの守護ぞ。悪も善も、もう隠れるところ無くなるぞ」 『黄金の巻』 第三十帖 [541]

 そういった話を受け継ぐ形で「いずれは闇の世が終わる」と明言されています。

「闇のあとには夜明け来る。神は見通しざから、心配するな」 『上つ巻』 第二帖 [2]

「新しき霊界は(カミ)(ヒト)共でつくり出されるのざ。それは大いなる喜びであるからぞ。神の()(むね)であるからぞ。新しき世はあけてゐるぞ。夜明ければヤミはなくなるぞ」 『春の巻』 第四十二帖 [699]

「そなたは お先まっくらぢゃと申してゐるが、夜明けの前はくらいものぞ。暗いやみの後に夜明けがくること判ってゐるであろうが、神はすべてを見通しであるから、すぐのおかげは小さいぞ。利子つけた大きなおかげを結構に頂いて下されよ」 『月光の巻』 第三十七帖 [824] この帖は基本的に個人への助言ですが、大局的な側面に通じる意味が少しだけあります)

 ただし、闇の時代が終わるからと言って、すぐに光が()()めるわけではないことが暗示されています。

「闇のあとが夜明けばかりと限らんぞ。闇がつづくかも知れんぞ」 『上つ巻』 第四十一帖 [41]

「夜明け近くなったぞ。夜明けたら何もかもはっきりするぞ。夜明け前は闇より暗いぞ、慌てるでないぞ」 『松の巻』 第七帖 [298]

 同様のことを(おお)(みそ)()及び()()()の言葉で語る記述もあります。

「世界の(おお)(みそ)()ぞ、みそかは闇ときまってゐるであらうがな」 『地つ巻』 第三十五帖 [172]

 旧暦での一年の最終日である(おお)(みそ)()と、(ひと)(つき)の最終日である(みそ)()月隠(つごもり)と呼ばれ、月の欠け方が最大になって一切の明かりが無くなることから、“闇を象徴する言葉”として使われます。

 この点が、神経綸の()()段階である十や、寒さが()()に落ち込む立春の前日や、新年の幕開けを()()に迎えることに掛けてあると言えます。つまり、

神経綸十の期間は“三千世界の生成化育の節分の夜”なのです。

 節分は二十四節気における大寒の最終日であり、一年で最も寒い日です。また、節分の翌日である立春は体感的には“真冬”ですが、暦の上では気温が下降局面から上昇局面に転じる“春の始まり”です。

 伊都能売神諭でミロクの世が「世の終いの始まりの世」と明かされているように、変化が目に見えた時ではなく、(すう)(せい)が切り替わる瞬間”の方が()()()()()()()()()()()()なのでしょう。この話は旧九月八日が“時節で最も重要な日付”である背景と言えます。

 これらの点から考えれば意味を理解し易い“闇の世”の記述もあります。

「今は闇の世であるから夜の明けたこと申しても、誰にも分らんなれど、夜が明けたらなる程さうでありたかとビックリするなれど、それでは間に合はんのざぞ、それまでに心 改めておいて下されよ」 『地つ巻』 第二帖 [139]

 日月神示には特定の時期に読むことを前提にした記述が存在しますが、上の帖は神経綸の九か十の段階で読むものとしてと受け止めれば、正確な意味を把握できるでしょう。

節分の夜に立春を迎える如く、新しき世界は闇の中で(うぶ)(ごえ)を上げます。

 以上のように、日月神示の“闇”の言葉には、一般的な語義を強く意識したものが混じっており、その上で独自の意味が付加されています。

 そこで、“闇の独自の語義”を理解するための予備知識として、神経綸十の様相である“ハルマゲドン”を簡単に解説します。

 西洋の終末論では“神と悪魔の最終戦争”をハルマゲドンと呼び、この戦いは日月神示にも出て来ます。

「びっくりばこ いよいよとなりたぞ。春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケてハルマゲドンとなるのざぞ、早う改心せんとハルマゲドンの大峠こせんことになるぞ。大峠となりたら どんな臣民もアフンとして もの云へんことになるのざぞ、なんとした取違ひでありたかと じだんだふんでも、其の時では間に合はんのざぞ、十人なみのことしてゐては今度の御用は出来んのざぞ。逆様にかへると申してあろが、大洗濯ざぞ、大掃除ざぞ、ぐれんざぞ」 『磐戸の巻』 第三帖 [239]

「春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケ、ハルマゲドンと申してあろが、愈々ざぞ、褌しめよ、グレンざぞ」 『キの巻』 第二帖 [259]

「桜咲く所、桜と共に花咲くぞ、夏マケ、秋マケ、となったら冬マケで泣きあげてはならんぞ、戦すんでからが愈々のイクサぞ、褌しめよ、役員も一度は青なるのざぞ、土もぐるのざぞ、九、十、気付けてくれよ」 『キの巻』 第六帖 [263]

 (おお)(とうげ)である最終戦争(ハルマゲドン)の時期は明言されていませんが、時節の全体像から考える限り、神経綸十である可能性が極めて濃厚です。

 そして、ハルマゲドンや神経綸十の異なる表現だと思われるのが“地獄の三段目”です。

〔前略〕 今の世は地獄の二段目ぞ、まだ一段下あるぞ、一度はそこまで下がるのぞ、今一苦労あると、くどう申してあることは、そこまで落ちることぞ、地獄の三段目まで落ちたら、もう人の住めん所ざから、悪魔と神ばかりの世にばかりなるのぞ。この世は人間にまかしてゐるのざから、人間の心次第ぞ、しかし今の臣民のやうな腐った臣民ではないぞ、いつも神かかりてゐる臣民ぞ、神かかりと直ぐ分かる神かかりではなく、腹の底にシックリと神 鎮まってゐる臣民ぞ、それが人間の誠の姿ぞ。いよいよ地獄の三段目に入るから、その覚悟でゐてくれよ、地獄の三段目に入ることの(おもて)は一番の天国に通ずることぞ、神のまことの姿と悪の見られんさまと、ハッキリ出て来るのぞ、神と獣と分けると申してあるのはこのことぞ。何事も洗濯第一」 『富士の巻』 第九帖 [89]

 ここでの「悪の見られん(さま)」や「神と獣を分ける」とは、霊的な世界との交わりによって本性を隠せなくなった獣的な心根を持つ人々が、神力の発動後に“逆立ち”“四つん這い”になることを指しているようです。

「今度の戦で何もかも埒ついて仕まふ様に思うてゐるが、それが大きな取違ひぞ、なかなか そんなチョロッコイことではないぞ、今度の戦で(らち)つく位なら、臣民でも致すぞ。今に戦も出来ない、動くことも引くことも、進むことも何うすることも出来んことになりて、臣民は神が この世にないものといふ様になるぞ、それからが、いよいよ正念場ぞ、まことの神の民と獣とをハッキリするのは それからぞ。戦出来る間は まだ神の申すこときかんぞ、戦出来ぬ様になりて、始めて分かるのぞ」 『下つ巻』 第二十五帖 [67] 「今度の戦」は旧九月八日からの日本と外国の戦争のことであり、ハルマゲドンのことではありません)

「神世のひみつと知らしてあるが、いよいよとなりたら地震かみなりばかりでないぞ、臣民アフンとして、これは何とした事ぞと、口あいたまま何うすることも出来んことになるのぞ、四ツン這ひになりて着る物もなく、獣となりて、這ひ廻る人と、空飛ぶやうな人と、二つにハッキリ分かりて来るぞ、獣は獣の性来いよいよ出すのぞ、火と水の災難が何んなに恐ろしいか、今度は大なり小なり知らさなならんことになりたぞ。一時は天も地も一つにまぜまぜにするのざから、人一人も生きては居れんのざぞ」 『富士の巻』 第十九帖 [99]

「月は赤くなるぞ、日は黒くなるぞ、空は血の色となるぞ、流れも血ぢゃ。人民四つん()ひやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ、大地震、火の雨 降らしての大洗濯であるから、一人のがれようとて、神でものがれることは出来んぞ、天地まぜまぜとなるのぞ、ひっくり返るのぞ」 『紫金の巻』 第五帖 [984] 第一仮訳)

 これらの話は、旧九月八日や旧十月八日を契機に、自分に相応しい霊との感応が強まることを指しており、岩戸が開き切った神経綸十では()()()()()()()()()()のでしょう。こういった内容が「悪の見られん(さま)」や「神と獣を分ける」の意味であり、簡単に言うと、

神経綸十は“総神懸かりの時代”なのです。

 そして、神懸かりによって人間の本性が明らかになる時代では、(カミ)と同じ境地(こころ)になるしか生きる道がなくなることを、「マコトが神風である」「逃げ場所は神の御旨の中にしかない」と表現されています。

「人民同士の戦では到底かなはんなれど、いよいよとなりたら神がうつりて手柄さすのであるから、それまでに身魂みがいておいてくれよ。世界中が攻め寄せたと申しても、誠には勝てんのであるぞ、誠ほど結構なものないから、誠が神風であるから、臣民に誠なくなりてゐると、何んな気の毒出来るか分らんから、くどう気つけておくのざぞ」 『地つ巻』 第三帖 [140]

「今迄の逃れ場所はヤマであったが、今度はヤマに逃げても駄目、カミの御旨の中であるぞ」 『極めの巻』 第十七帖 [944]

 日月神示では“立替え立直し”が天災や戦争ではなく、あくまでも“身魂の立替え”であることを強調しているので、神力発動後の天変地異のようなものは数年で落ち着き、すぐに自分の内面を見つめる時代に移ると思われます。

 そういった点を踏まえて、新しき世界は「マコトがものをいう」とのことです。

「この先どうしたらよいかと云ふ事は、世界中 (かね)草鞋(わらじ)で捜しても()()より他 分からんのざから、改心して訪ねて御座れ。手取りてよき方に廻してやるぞ。神の国の政治は、もの活かす政治と申してあろが、もの活かせば、経済も政治も要らんぞ。金もの云ふ時から、物もの云ふ時 来るぞ。誠もの云う時 来るぞ。石もの云ふ時 来るぞ」 『松の巻』 第五帖 [296]

 そして、自分の内面と真摯に向き合うようになれば、自然と口数は減ることなります。

「人民もの言わなくなると申してあろうが、ものが今迄のようにものを言わなくなり、マコトの世となるぞ、〔後略〕 『星座の巻』 第十九帖 [902]

 内省によって身魂を磨けば、(ゆう)(かい)的な霊との繋がりが減って行きます。これは()()()()()()()()()()()()ことを意味しています。そうやって、幽界(がいこく)()()神界(かみのくに)()()の一部となるように調(ちょう)(ぶく)が進むのでしょう。

〔前略〕 今の人民いくさと申せば、人の殺し合ひと早合点するが、それは外道のいくさ。天国へのいくさもあるぞ。幽界へのいくさもあるぞ。人民の云ふ今のいくさ、今の武器は、人殺す外道の道、それではならんのう。外道なくして下されよ。外道はないのであるから、外道 抱き参らせて、正道に引き入れて下されよ。新しき霊界は(カミ)(ヒト)共でつくり出されるのざ。それは大いなる喜びであるからぞ。神の御旨であるからぞ」 『春の巻』 第四十二帖 [699]

「今の武器は幽念ぞ、幽界の裏打ちあるぞ、神界の裏打ある武器でなくてはならん、まことの武器ぞ、神に縁ある人民から新らしき世界の道つくり出して下されよ、神助けるから思はんビツクリが出ると申して知らしてあろうが、ヒックリであるぞ、念からつくり出せよ、その念のもとをつくれば神から綱かけるから、この世の力と現はれるのであるぞ、念の凹凸から出た幽界を抱き参らせねばならんのざ、中々の御苦労であるなれど、幽界を神界の一部に、力にまで引きよせねばならん」 『春の巻』 第四十六帖 [703] 昭和二十七年版)

 それが神国(にほん)の勝利”幽国(がいこく)の敗北”と呼び得る()()です。つまり、地上界での天災や戦争の勝敗は二義的なものに過ぎず、

霊界(こころ)()()に跨がる“人間の浄化”最終戦争(ハルマゲドン)の実相”と言えます。

 そのためにこそ天や神が地上や人間に交わって来るのであり、極言すれば、

半霊半物質の世界は()()()()()()()()なのです。

 以上のように受け止めれば、次の記述の内容が正確に把握できるはずです。

「臣民はすぐにも戦すみてよき世が来る様に思うてゐるが、なかなかさうはならんぞ、臣民に神うつりてせねばならんのざから、まことの世の元からの臣民 幾人もないぞ、みな曇りてゐるから、これでは悪の神ばかりかかりて、だんだん悪の世になるばかりぞ、それで戦すむと思うてゐるのか、自分の心よく見てござれ、よく分るであろがな、戦すんでもすぐによき世とはならんぞ、それからが大切ぞ、胸突き八丁はそれからぞ、富士に登るのにも、雲の上からが苦しいであろがな、戦は雲のかかってゐるところぞ、頂上(いただき)までの正味のところは それからぞ」 『下つ巻』 第三十四帖 [76]

「人の殺し合ひばかりではケリつかんのざぞ、今度の負け勝ちはそんなチョロコイことではないのざぞ、トコトンの(ところ)まで行くのざから神も総活動ざぞ、臣民 石にかじりついてもやらねばならんぞ」 『磐戸の巻』 第十二帖 [248]

「世の建替と申すのは、身魂の建替へざから取違ひせん様致されよ、ミタマとは身と(たま)であるぞ、今の学ある人民 ミばかりで建替へするつもりでゐるから、タマが判らんから、いくら あせっても汗流しても建替へ出来んのざぞ。(あめ)(つち)(とき)来てゐることは大方の人民には分って居りて、さあ建替へぢゃと申しても、肝腎のタマが分らんから成就せんのざぞ、神示読んでタマ早う掃除せよ」 『青葉の巻』 第十五帖 [484]

「戦や天災では人の心は直らんと申してあろが、今迄のどんなやり方でも人の心は直らんぞ、心得なされよ」 『海の巻』 第六帖 [498]

「戦や天災では改心出来ん。三千世界の建直しであるから、誰によらん。下の神々様もアフンの仕組で、見事 成就さすのであるが、よく神示読めば、心でよめば、仕組九分通りは判るのであるぞ」 『黄金の巻』 第七十五帖 [586]

「木でも草でも皆、中から大きくなるのざと申してあろう、つけ焼刃や(こう)(やく)はりで大きくなるのでないぞ、三千年に一度と言ふ、又とない結構な時がめぐりて来てゐるのであるぞ、為せば成るぞ、難しいこと申してゐるのではない、自分の中の自分を掃除して自分の外の自分を洗濯して磨けと申しているのぞ、みがけば神と同列のミタマぞ、釈迦ぞ、キリストぞと申してあろう。内にあるものを磨けば外からひびくものも磨かれた、けがれのないものとなるのぢゃ、中の自分を掃除しないで居るといつ迄たっても、岩戸がひらけてゐても岩戸はひらけん」 『扶桑の巻』 第十三帖 [862]

 こういった方法により、

理想世界たる“ミロクの世”()()()()()()()()()()()()()実現して行くのでしょう。

 これが、岩戸開き、立替え立直し、大洗濯、大掃除、最終戦争(ハルマゲドン)などの本質的な側面と言えます。

 そして、身と魂の立替えにおいて、特に重要である(たま)の立替え”の方法が語られているのが日月神示であり、その内容が“闇の独自の語義”に関わって来ます。

 ここまでは闇の一般的な語義や、神経綸十(ハルマゲドン)の大まかな様相を論じました。それらを予備知識にして、改めて日月神示における“闇の意味”を見て行きます。

 まずは“闇の世の定義”からです。

「臣民の頭では見当取れん無茶な世になる時 来たのざぞ。それを闇の世と申すのぞ」 『日月の巻』 第十一帖 [184]

 注意深く読めば、上の記述は()()()()()()()()()()の様相であり、既存の闇の世とは別物であることが判ります。

 その上で、闇の世の定義は一種の“連想法”によって理解が進むように書かれているので、関連する記述を(じゅ)()(つな)ぎ”で引用します。

「外国とは我よしの国の事ぞ」 『雨の巻』 第十一帖 [345]

「外国とは(ゆう)(かい)の事ぞ、外国と手握るとは(ゆう)(かい)と手 握る事ざぞよ」 『青葉の巻』 第二帖 [471]

()()()()()()(ユー)()()()()()() ()()()()()()()()()()()(ユー)()()()()()()()()()()()() 『ア火八のキ』 第二帖 [471]

「今まで世に落ちてゐた神も、世に出てゐた神も皆一つ目ぢゃ、一方しか見へんから、世界のことは、逆の世界のことは判らんから、今度の岩戸ひらきの御用は中々ぢゃ、早う改心して この神について御座るのが一等であるぞ。外国人の方が早う改心するぞ、外国人とは逆の世界の人民のことであるぞ。神の目からは世界の人民、皆わが子であるぞ」 『極めの巻』 第七帖 [934] 第一仮訳)

〔前略〕 日の光を七つと思うてゐるが、八であり、九であり、十であるぞ。人民では六つか七つにしか分けられまいが。岩戸がひらけると更に九、十となるぞ。〔中略〕 その他に逆の力があるぞ。九と十であるぞ。〔後略〕 『白銀の巻』 第一帖 [612] この帖の九と十に関する部分は昭和三十八年版で天明氏が追記したものです)

「ナギ、ナミ夫婦神は八分通り国土を生み育てられたが、火の神を生み給ひてナミの神は去りましたのであるぞ。物質偏重の世はやがて去るべき宿命にあるぞ、心得なされよ。ナミの神はやがて九と十の世界に住みつかれたのであるぞ」 『至恩の巻』 第八帖 [955]

「いよいよ判らんことが更に判らんことになるぞと申してあるが、ナギの命の治らす国もナミの命の治らす国も、双方から お互に逆の力が押し寄せて交わりに交わるから、いよいよ判らんことになるのであるぞ」 『至恩の巻』 第十一帖 [958]

「岩戸がひらけたから、さかさまのものが出て来てゐるのぢゃ、この(ぎょう)、中々であるなれど、これが出来ねば岩戸はひらけんのぢゃ」 『碧玉の巻』 第二帖 [866]

「岩戸のひらけた、その当座は、不合理に思へることばかりでてくるぞ、逆様の世界が、この世界に入り交じるからであるぞ、親よりも子の方が早く目さめるぞ、子が親となるぞ、さかさまの世界と申しても悪の世界ではないぞ、霊の世界には想念のままにどんなことでも出来るのであるぞ、うれしい、こわい世界が近づいて来ているのであるぞ」 『扶桑の巻』 第三帖 [852]

 上記の内容からは、神経綸の九と十の段階で、九十(イザナミ)の世界であり、逆様の世界であり、霊的な世界である幽界(がいこく)が交わって来るので、「臣民の頭では見当取れん無茶な世」になることが判ります。故に、九と十の期間、特に岩戸が開き切った神経綸十が“闇の世”に相当する可能性が高いのです。

 これらの参考になる話として、「見当が取れなくなる」という記述を幾つか抜粋してみます。

「九十が大切ぞと知らしてあろがな、戦ばかりでないぞ、何もかも臣民では見当とれんことになりて来るから、上の臣民 九十に気つけてくれよ」 『富士の巻』 第十七帖 [97]

「今度の大洗濯は三つの大洗濯が一度になって居るのざから、見当取れんのざぞ。神の国の洗濯と外国の洗濯と世界ひっくるめた洗濯と一度になってゐるのざから、そのつもりで少しでも神の御用 務めてくれよ」 『日月の巻』 第一帖 [174]

「世の元からの仕組であるから臣民に手柄立てさして上下揃った光の世にするのざから、臣民 見当取れんから早よ掃除してくれと申してゐるのぞ」 『日月の巻』 第十四帖 [187]

「人民のイクサや天災ばかりで、今度の岩戸ひらくと思ふてゐたら大きな間違ひざぞ、戦や天災でラチあく様なチョロコイことでないぞ、あいた口ふさがらんことになりて来るのざから、早うミタマ磨いて こわいもの無いやうになっておりてくれよ、肉体のこわさではないぞ、タマのこわさざぞ、タマの戦や禍は見当とれまいがな、()()()第一と申すのざ、神のミコトにきけよ、それにはどうしてもミタマ磨いて神かかれる様にならねばならんのざ」 『磐戸の巻』 第七帖 [243]

「も少し戦すすむと、これはどうしたことか、こんなはづではなかったなあと、どちらの臣民も見当とれん、どうすることも出来んことになると知らしてあろが」 『磐戸の巻』 第二十帖 [256]

「新しき神の世となるのざから、神々にも見当取れん光の世となるのざぞ」 『夜明けの巻』 第六帖 [326]

「元の根本の世より、も一つキの世にせなならんのざから、神々様にも見当取れんのぢゃ、元の生神でないと、今度の御用 出来んぞ」 『風の巻』 第八帖 [359]

「今に世界の臣民人民 誰にも判らん様になりて上げもおろしもならんことになりて来て、これは人民の頭や力でやってゐるのでないのざといふことハッキリして来るのざぞ。何処の国、どんな人民も成程ナアと得心のゆくまでゆすぶるのであるぞ。今度は根本の天の御先祖様の御霊統と根元の お(つち)の御先祖様の御霊統とが一つになりなされて、スメラ神国と()()()神国と一つになりなされて末代動かん光の世と、影ない光の世と致すのぢゃ、今の臣民には見当とれん光の世とするのぢゃ、光りて輝く御代ぞ楽しけれ」 『光の巻』 第六帖 [402]

「見て見よれ、真只中になりたら学でも智でも金でもどうにもならん見当取れん事になるのぢゃ」 『海の巻』 第十四帖 [506]

 こういった「見当が取れなくなる」の表現は、五度の岩戸閉めや国常立神が押し込められたことによって、“真偽が混乱した時代”や人間の精神性が“無明の状態”になったことに掛けてあります。

 そこからは、日月神示の闇の独自の定義は何の脈絡も無いものではなく、一般的な語義に通じていることが見えて来ます。この点を踏まえた上で()()()()()()()()()

光の世とは“真偽が明白な時代”と言えましょう。

 ここでの真偽は、基点、基準、規範、指針、道理、真実(マコト)などに置き換えても良く、非常な広範な意味において、どれもが“光”に内包される概念です。

 そして、見当が取れない()()の状態を照らす“一筋の()が、国常立神の直言と言われる()()であることが、“天地の規則”の言葉を使って告げられています。

「この神示うぶのままであるから、そのつもりで、とりてくれよ。嘘は書けん根本ざから此の神示通りに天地の規則きまるのざぞ、心得て次の世の御用にかかりてくれよ」 『松の巻』 第十五帖 [306]

 つまり、立替え立直しにおいて最も重要な(たま)の立替え”の方針や()(どころ)に成り得るのが、“神の(ことば)たる()()なのです。そこで、“神の言葉(こころ)の意味で使われている“規則”の記述を幾つか抜粋します。

「天地には天地の、国には国の、びっくり箱あくのざぞ、びっくり箱あけたら臣民みな思ひが違ってゐること分るのぞ、早う洗濯した人から分るのぞ、びっくり箱あくと、神の規則通りに何もかもせねばならんのぞ、目あけて居れん人 出来るぞ、神の規則は日本も支那も印度もメリカもキリスもオロシヤもないのざぞ、一つにして規則通りが出来るのざから、今に敵か味方か分らんことになりて来るのざぞ」 『地つ巻』 第二十七帖 [164]

「神の規則は恐いぞ、隠し立ては出来んぞ、何もかも帳面にしるしてあるのざぞ、神の国に借銭ある臣民は どんなえらい人でも、それだけに苦しむぞ、家は家の、国は国の借銭()しがはじまってゐるのぞ、()ましたら気楽な世になるのぞ」 『地つ巻』 第三十五帖 [172]

「悪の(ころも) 着せられて節分に押込められし神々様 御出でましぞ。此の節分からは愈々神の規則通りになるのざから気つけておくぞ、(よう)(しゃ)は無いのざぞ、〔中略〕 春になりたら何んな事あるか分らんから今年中に心の洗濯せよ、(みの)(まわり)洗濯せよ、神の規則 臣民には(こば)れんことあるも知れんぞ、気つけておくぞ」 『日の出の巻』 第十六帖 [229] 「今年中に心の洗濯せよ」は「九歳中に心の洗濯せよ」とも訳せます。その場合は「2024年までに心の洗濯せよ」の意味になります)

「今度は手合して拝む許りでは駄目ざと申してあろが、今度は規則きまりたら、昔より難しくなるのざぞ、まけられんことになるのざぞ、(カミ)(タマシ)の臣民でないと神の国には住めんことになるのざぞ。この世 治めるのは地の先祖の生神の光 出さねば、この世 治まらんのざぞ」 『磐戸の巻』 第十三帖 [249]

「今迄して来た事が、成程 天地の神の心にそむいてゐると云ふこと心から分りて、心から お詫びして改心すれば、この先 末代 身魂をかまうぞ、借銭負うてゐる身魂は この世にはおいて貰へん事に規則 定まったのざぞ」 『キの巻』 第八帖 [265]

「今迄は大目に見てゐたが、もう待たれんから見直し聞き直しないぞ、神の規則通りにビシビシと出て来るぞ」 『キの巻』 第九帖 [266]

「一日一日のばして改心さすやうに致したなれど、一日延ばせば千日練り直さなならんから、神は愈々鬼となって規則通りにビシビシと(らち)あけるぞ、もう待たれんぞ、何処から何が出て来るか知れんぞと申してあろがな」 『キの巻』 第十帖 [267]

「この方 ()けに化けて残らずの身魂 調べてあるから、身魂の改心なかなかにむつかしいから、今度と云ふ今度は、天の規則通り、びしびしとらちつけるぞ」 『水の巻』 第十四帖 [288]

「今度 役目きまったら、末代続くのざぞ、神示に出た通りの規則となるぞ。善も末代ぞ、悪も末代ぞ」 『松の巻』 第十帖 [301]

「天の規則 地でやる事になってゐるのざぞ、今度 規則破りたら暗い所へ落ち込んで末代浮ばれんきつい事になるのざから、神くどう気付けておくぞ」 『雨の巻』 第十四帖 [348]

「この儘では世 持ちて行かんと云ふこと判って居らうが、所々の氏神様、今迄の様な氏子の扱ひでは立ちて行かんぞ、天の規則通りに やり方 変へて下されよ、間に合はんことあるぞ」 『梅の巻』 第十五帖 [442]

「始めから真実の行をさしたら、皆 逃げて了ふから、ここまで甘くして引張って来たなれど、もう甘く出来んから、これからはキチリキチリと神の規則通りに行ふから、御手柄 結構に、褌しめて下されよ。この世は神の国の移しであるのに、幽界から移りて来たものの自由にせられて、今の体裁、この世は幽界同様になってゐるぞ」 『黄金の巻』 第八十三帖 [594] 第一仮訳)

 そして、新しい時代を主導する“神の規則(こころ)を伝える存在が、()()()である国常立神です。

「この方この世のあく神とも現はれるぞ、(えん)()とも現はれるぞ、アクと申しても臣民の申す悪ではないぞ、善も悪もないのざぞ、審判(さばき)の時 来てゐるのにキづかぬか、其の日 其の時さばかれてゐるのざぞ、早う洗濯せよ、掃除せよ、(ゐわ)()いつでもあくのざぞ、善の御代 来るぞ、悪の御代 来るぞ。悪と善とたてわけて、どちらも生かすのざぞ」 『磐戸の巻』 第四帖 [240]

「誠ない者 今に此の方 拝む事出来んことになるぞ、此の方に近よれんのは悪の守護神殿」 『梅の巻』 第二十二帖 [449]

「今迄は影の守護であったが岩戸ひらいて表の守護となり、裏表揃うた守護になりたら、まことの守護ぞ。悪も善も、もう隠れるところ無くなるぞ」 『黄金の巻』 第三十帖 [541]

審神(サニワ)の神は(ウシトラ)金神(コンジン)様なり」 『黄金の巻』 第四十八帖 [559]

「ウシトラがひらかれてウシトラコンジンが お出ましぞ、もう(よこしま)のものの住む一寸の土地もなくなったのぞ」 『紫金の巻』 第八帖 [987]

 上の帖には「善と悪を立て分けて活かす」とありますが、

裁定者(か み)方針(こころ)という基点(ひかり)が示されることによって()()()()()()()のです。

 そのようにして各々の役割に基づいた配置が定まり、立て替え立直しが進んで行くのでしょう。

「愈々善と悪のかわりめであるから、悪神 暴れるから巻込まれぬ様に褌しめて、この神示よんで、神の心くみとって御用 大切になされよ」 『磐戸の巻』 第十八帖 [254]

「神の心の判りた臣民から助ける御用にかかりてくれよ、助ける御用とは清めの御用で御座るぞ、天地よく見て悟りてくれよ」 『雨の巻』 第七帖 [341]

「神の心となれば誠 判るぞ。誠とはマとコトざぞ、神と人民 同じになれば神代ざぞ」 『雨の巻』 第十七帖 [351]

()()通り出て来ても、まだ判らんか。神示は神の息吹きぢゃ。心ぢゃ」 『梅の巻』 第二十四帖 [451]

「世界のどんな偉い人でも、此の方に頭下げて来ねば今度の岩戸開けんぞ、早う神示読んで神の心 汲み取って、ミロクの世の礎 早う固めくれよ。算盤のケタ違ふ算盤でいくらはじいても出来はせんぞ、素直にいたしてついて御座れ、見事 光の岸につれて参って喜ばしてやるぞ」 『梅の巻』 第二十七帖 [454]

 そうであればこそ、国常立神の言葉(こころ)は闇の世を照らす道標(ひかり)に成り得ます。

「この世のやり方、わからなくなったら、この()()()を よましてくれと云うて、この知らせを取り合ふから、その時になりて慌てん様にしてくれよ。日本の国は一度つぶれた様になるのざぞ。一度は神も仏もないものと皆が思う世が来るのぞ。その時にお蔭を落さぬやう、シッカリと神の申すこと腹に入れて置いてくれよ」 『上つ巻』 第九帖 [9]

「も少し戦すすむと、これはどうしたことか、こんなはづではなかったなあと、どちらの臣民も見当とれん、どうすることも出来んことになると知らしてあろが、さうなってからでは遅いから、それ迄に この神示よんで、その時にはどうするかと云ふこと判りて居らんと仕組 成就せんぞ」 『磐戸の巻』 第二十帖 [256]

「今度の御用は此の神示読まいでは三千世界のことであるから、()()探しても人民の力では見当取れんと申してあろがな、何処探しても判りはせんのざぞ、人民の頭で幾ら考へても智しぼっても学ありても判らんのぢゃ。ちょこら判る様な仕組なら こんなに苦労致さんぞ、神々様さえ判らん仕組と知らしてあろが、何より改心第一ぞと気付けてあろが、神示 肚にはいれば()()見え透くのざぞ。〔中略〕 でかけのみなとは()()ぢゃぞ、皆に知らしてやりて下されよ、幾ら道進んでゐても後戻りぢゃ、此の神示が出発点ぞ、出直して神示から出て下されよ、我張りてやる気ならやりて見よれ、九分九分九厘で鼻ポキンぞ、泣き泣き恥ずかしい思いしてお出直しで御座るから気付けてゐるのぢゃ」 『雨の巻』 第十帖 [344]

「次に世に出る番頭殿 まだ神なきものにして御座るから一寸先も判らんぞ、先判らずに人間の勝手な政治して世は治まらん道理ぢゃぞ、三日天下で お出直しぞ、その次もその次も又お出直しぢゃ、此の神示よく見て この先()うなる、其の先どうなると云ふ事、神はどんな事 計画しておいでますと云ふ事 判らいで政治ないぞ、すればする程 悪うなるぞ」 『雨の巻』 第十四帖 [348]

「この神示 肚に入れて居れば どんなことあっても先に知らしてあるから心配ないのざ、ソレ出たと すぐ判るから胴すわってゐるから何事も結構に おかげ頂くのざ」 『梅の巻』 第十一帖 [438]

「今に世界から(しょう)(まつ)が段々判り来て、あわてても間に合はんことになるぞ、今の内に神示よく肚に入れておけよ」 『空の巻』 第十二帖 [467]

「今の法律でも、教育でも、兵隊でも、宗教でも、この世は建直らんぞ、新しき光が生れて世を救ふのぢゃ、新しき光とは この神示ぢゃ、この神ぢゃ」 『海の巻』 第十五帖 [507]

「この神示読んだ今が出船の港、神の恵みの時 与へられてゐるのぢゃ。明日と申さず実行せよ。明日は永遠に来ないぞ。無いものぞ。今のみあるのぢゃ」 『黄金の巻』 第九十五帖 [606]

 押し込められていた国常立神が世に出て神力が顕現し、霊界が本格的に地上界に交わり始めた神経綸十は、何も知らない人にとっては()()が判らない時代”です。しかし、()()を読んで三千世界の因果や神の計画(こころ)という()()()を得た人にとっては、()()が判る時代”に過ぎないのです。

 神経綸十が進むべき道の見当が付かない“危険な闇夜”になるのか、それとも見当が付く“安全な月夜”になるのかは、“神への信心”によります。

「神にシッカリと(すが)りて居らんと何も分らんことになるから、早く神に縋りて居れよ、神ほど結構なものはないぞ」 『上つ巻』 第三十八帖 [38]

「日本ばかりでないぞ、世界中はおろか三千世界の大洗濯と申してあろうがな、神にすがりて神の申す通りにするより他には道ないぞ」 『富士の巻』 第二十帖 [100]

「戦いよいよ烈しくなると、日本の兵隊さんも、これは敵はんと云ふ事になり、神は此の世にいまさんと云ふ事になって来るぞ。それでどうにもこうにもならん事になるから、早よう神にすがれと申してゐるのぞ」 『松の巻』 第八帖 [299]

「神にすがり居りたればこそぢゃと云ふとき、眼の前に来てゐるぞ」 『風の巻』 第七帖 [358]

「愈々となりて神にすがらなならんと云ふ事 判りたら、今度こそは まこと神にすがれよ」 『梅の巻』 第二十帖 [447]

「目も鼻も開けておられん事が、建替への真最中になると出て来るぞ、信仰の人と、無信仰の人と、愈々立分けの時ぢゃぞ、マコト一つで生神に仕へ(まつ)れよ」 『海の巻』 第十七帖 [509]

「人間の智で判らんことは迷信ぢやと申してゐるが、神界のことは神界で呼吸せねば判らんのぢや、判らん人間ざから何と申しても神にすがるより、愈々になりたら道ないことぞ」 『黒鉄の巻』 第十九帖 [637] 第一仮訳)

 ただし、()()という(とう)(だい)に行き着いた人には、自らが灯火(ひかり)となって闇の世を照らす責務があるそうです。

「燈台もとへ来て、明るうなると思ひ違ひ、もとへ来てあかりとなれよ。光となれよ」 『黄金の巻』 第九帖 [520]

「あかりつけなければ闇のよは歩けんぞ。それぞれのあかりとなれよ。油は神示ぢゃ。油つきん、いくらでもあかりつけて下されよ」 『黒鉄の巻』 第六帖 [624]

 そして、日月神示では“闇の世の希望(ひかり)になる因縁の身魂が()()()と呼ばれます。

 詳細は省きますが、日月神示で最重要の扱いになっている“旧九月八日の仕組”には、地上界に(ゆう)(かい)が交わり始めることにより、幽界(がいこく)に押し込められていた正神の力が溢れ出る“神力の発露”という一面があり、この概要を一言に要約すれば(かみ)()かり”になります。

 その上で、身魂を磨き抜いて“正神が懸かった人間”は、闇の世を照らす“光の役割”を持ち、日月神示で“ウズメ”と総称されています。

「イワトひらくには神人共にゑらぎにぎはふのざぞ、カミカカリして(うた)ひ舞ふのざぞ、ウズメノミコトいるのざぞ。ウズメとは(おみな)のみでないぞ、(おのこ)もウズメざぞ、女のタマは男、男のタマは女と申してあろがな。ヤミの中で踊るのざぞ、唄ふのざぞ、皆のものウズメとなりて下されよ、(あけ)つげる(とり)となりて下されよ、カミカカリて舞ひ唄ひ下されよ、カミカカリでないと、これからは何も出来ぬと申してあろがな」 『磐戸の巻』 第一帖 [237] 第一仮訳)

 上の内容は記紀神話の(あま)の岩戸開き”を背景にしています。

 或る時、太陽神である(あま)(てらす)(おお)(かみ)が天の岩屋戸の中に閉じ籠もり、世界が闇に包まれました。その混乱の際に、“天(あめ)()()()()(のみこと)は神懸かった舞いを踊り、天照大神に岩戸を開かせて、()()()()()()()()()立役者になりました。

 この逸話を元に、天之宇受売命は芸能関連の女神として崇敬されます。同時に、記紀神話や神道における“神懸かりの象徴(シンボル)になりました。そこから、神経綸十という総神懸かりの時代に活躍する身魂がウズメと呼ばれるのでしょう。そのことを「()()()()踊る」と表現している模様です。

 神経綸十の段階では、九と十の岩戸は開いていても、(れい)の岩戸や、人間の心の岩戸は まだまだ開いていない状態です。そうであればこそ、“闇の世の模範(ひかり)として大勢の人々を手助けできる“正神が懸かれる人間(ウズメ)が一人でも多く必要なのです。

「此の度の岩戸開きは人民使ふて人民助けるなり、人民は神のいれものとなって働くなり、それが御用であるぞ、いつでも神かかれる様に、いつも神かかっていられるようでなくてはならんのざぞ。神の仕組 愈々となったぞ」 『雨の巻』 第一帖 [335]

 そのようにして、多くの人が心の岩戸から神性(アマテラス)を表に出せるはずです。

 ここからは神経綸十が、()()(よろず)の神々が(そう)()で問題の解決に(のぞ)んだ()()()()()()()()()()()()()()()()ように見えます。

「逆様はもう長うはつづかんぞ、無理通らぬ(とき)()が来たぞ、いざとなりたら残らずの(いき)(がみ)様、御総出ざぞ」 『天つ巻』 第六帖 [113]

「いざとなれば昔からの生神様 総出で御働きなさるから、神の国の神の道は大丈夫であるなれど、日本臣民 大丈夫とは申されんぞ、その心の通りになること忘れるなよ、早うミタマ磨いてくれよ」 『磐戸の巻』 第二十帖 [256]

「愈々天の大神様の御命令通りに神々様 総掛かりぞ」 『梅の巻』 第五帖 [432] ここでの「総()かり」には「総()かり」の意味もあるようです)

 恐らく、霊的な側面において、

神経綸十は“天の岩戸開きの時代”と呼び得るのです。

 そんな中で率先して“神の(ひかり)を体現するからこそ、神人(ウズメ)は立替え立直しの時代において“救いの神”“神世の(いしずえ)と呼ばれることになるのでしょう。

「三千年、三千世界 乱れたる、罪やけがれを身に()いて、此の世の裏に()れしまま、此の世構ひし大神の、みこと(かしこ)み此の(たび)の、岩戸開きの御用する、身魂は(いづ)れも生きかはり、死にかはりして練りに練り、鍛へに鍛へし(かみ)(ぐに)の、まことの身魂 (あま)駈けり、国駈けります元の種、昔の元の(おん)種ぞ、今 落ちぶれてゐるとても、(やが)ては神の()(たみ)とし、(あめ)(つち)駈けり神国の、救ひの神と現はれる、時近づきぬ御民()よ。今(ひと)苦労(ふた)苦労、とことん苦しき事あれど、()へ忍びてぞ次の世の、まこと(かみ)()(いしづへ)と、磨きてくれよ(かみ)身魂、いやさかつきに栄えなむ、みたまさちはへましまさむ」 『日月の巻』 第二帖 [175]

 そして、時節の全体の流れから見れば、旧九月八日が新しき世界の“受精”もしくは“陣痛の始まり”であるのに対し、旧十月八日は“出産”です。また、神懸かりとは神を疑わぬ“生まれ赤子の心”に新生した人間のことです。

「いよいよとなりたら神が臣民にうつりて手柄さすなれど、今では軽石のような臣民ばかりで神かかれんぞ。早う神の申すこと、よくきいて生れ赤子の心になりて神の入れものになりてくれよ。一人改心すれば千人助かるのぞ、今度は千人力与えるぞ」 『富士の巻』 第十二帖 [92]

 こうやって、神懸かり(ウ ズ メ)になった身魂が(カミ)(こころ)を伝えることにより、自らの神性(ひかり)を取り戻した人間が増え、神力発動直後の混乱期(やみのよ)が鎮まって、名実共に(ミロク)の世”になって行くのでしょう。

 以上の内容により、神経綸十は(タテナオシ)(タテコワシ)が交差する時代”であることが判ります。

「人民一度死んで下されよ、死なねば甦られん時となったのぞ、今迄の衣をぬいで下されと申してあろう、世がかわると申してあろう、地上界の総てが変るのぞ、人民のみ このままと言うわけには参らぬ、死んで生きて下されよ、タテカヘ、タテナホシ、過去と未来と同時に来て、同じところで一先づ交じり合うのであるから、人民にはガテンゆかん、新しき世となる終りのギリギリの仕上げの様相であるぞ」 『星座の巻』 第八帖 [891]

 敢えて区別するなら、神力が発動した直後の混乱期は“闇の側面”が強く、それが落ち着き始めた頃から“光の側面”が強まると言えるでしょうか。この場合、前者が“七年と七日”で、後者が“十年と十日”かもしれません。

 どうして特定できるのかと言えば、日月神示では“闇の世の期間”が明言されているからです。この記述が神経綸十を“暗闇時代”と称する根拠であり、時節の原則が“数の順序”であることを導き出す契機になりました。

「三年と半年、半年と三年であるぞ、その間はクラヤミ時代、火をともしてもくらいのであるぞ、あかるい人民にはヤミでも明るい、日は三日と半日、半日と三日、次に五年と五年ぢゃ、五日と五日ぢゃ、このこと間違へるでないぞ」 『扶桑の巻』 第六帖 [855]

 上の帖の年数と日数の合計は“十七年と十七日”であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()2024年の旧十月八日(11月9日)を第一日目とした十七年()の十七日()は、2041年の11月25日になります。そして、この日こそが【(かのと)(とり)の年の辛酉の日】なのです。

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終章 一二三

辛酉の年の辛酉の日

 日月神示の時節で最も重視されているのは“旧九月八日”です。しかし、実際には重要度が旧九月八日に並ぶ時節が もう一つだけ存在します。それが(かのと)(とり)です。

 ()()の説く辛酉には()()の二つがあり、両者を組み合わせて【辛酉の年の辛酉の日】と見ることによって、初めて“時節”として特定できるようになっていました。

 そして、辛酉の年の辛酉の日を導き出すまでの“手順”が、時節の“構造”を明らかにすることに繋がるので、詳細に解説して行きます。このため、本節が事実上の“日月神示の時節の総括”になります。


 最初に辛酉の“暦的な背景”を説明します。

 旧暦と共に古来より受け継がれる暦に(ろく)(じっ)(かん)()があります。これは(じっ)(かん)と呼ばれる、(きのえ)(きのと)(ひのえ)(ひのと)(つちのえ)(つちのと)(かのえ)(かのと)(みずのえ)(みずのと)と、(じゅう)()()と呼ばれる()(うし)(とら)()(たつ)()(うま)(ひつじ)(さる)(とり)(いぬ)()の組み合わせです。現在は十二支を()()と呼ぶ場合が多いですが、本来は六十干支を指します。

 六十干支は年と月と日に対応しており、それぞれ、六十年、六十ヶ月、六十日で一巡します。そして、2041年は六十年に一度巡って来る(かのと)(とり)の年”であり、2041年の11月25日は六十日に一度巡って来る“辛酉の日”です。

 辛酉の年は古来から(さん)(かく)の一つに数えられ、異変が多いと言われます。

三革
( )(きのえ)()の年
( )(つちのえ)(たつ)の年
( )(かのと)(とり)の年

 革の字はアラタとも訓み、「(あらた)める」や「(あらた)まる」という風に“変革”の意味を持つ漢字です。この話は『霊界物語』でも見られます。

〔前略〕 ミロクといふ意味は、至仁至愛の意である。さうして、その仁愛と(しん)(しん)によつて、宇宙の改造に直接 当らせたまふゆゑに、()(ろく)と漢字に書いて、「(いよ)(いよ)(あらた)むる(ちから)」とあるのをみても、この神の御神業の、()()なるかを知ることを得らるるのである」 『霊界物語』 第四十八巻 第十二章

 こういった内容と関連があるのかは判りませんが、“神武天皇の即位の年”とされる(こう)()元年(紀元前660年)も辛酉であり、日月神示では“四度目の岩戸閉め”に該当します。

「神武天皇の岩戸しめは、御自ら人皇を名乗り給ふより他に道なき迄の御働きをなされたからであるぞ。神の世から人の世への移り変りの事柄を、一応、岩戸にかくして神ヤマトイハレ彦命として、人皇として立たれたのであるから、大きな岩戸しめの一つであるぞ」 『碧玉の巻』 第十帖 [874]

 日月神示では神武天皇の即位を“神の世と人の世の変わり目”に位置付けているので、今回の辛酉の年は、逆に“人の世から神の世への転換点”になるのかもしれません。

 また、日本語では舞台の()()()()()()出演者をトリや大トリと呼び、それを“三千世界の生成化育の()()である辛(とり)の年に掛けてある可能性も考えられます。この点は前章で言及した辰の年に似ています。

 前章の最後で触れたように、神経綸十である“暗闇時代”の期間は“十七年と十七日”です。ここから2041年11月25日という“結びの日”に辿り着くまでの過程が、“時節の原則を導き出す手順”になるので、順序立てて解説して行きます。

 具体的には、1999年に次の手順で時節の原則を導き出しました。

1.『黄金の巻』第五十四帖を“天子様の年齢”と推定しました。
2.天子様の年齢から“旧九月八日”を推定しました。
3.旧九月八日から“子の年”を推定しました。
4.子の年から“辰の年”を推定しました。
5.辰の年から“旧十月八日”を推定しました。
6.旧十月八日から“暗闇時代”を推定しました。
7.暗闇時代から“辛酉の年と辛酉の日”を推定しました。
8.辛酉の年と日から時節の原則が“数の順序”であることに気付きました。
9.数の順序から「時節と数霊と神話は同じものの別側面」であることに気付きました。

 上記の手順から想像が付くように、

日月神示の時節は単独では特定できません。

 時節同士の組み合わせはもとより、最終的には数霊や神話と併せて考えなければ、()()の全容”が読み解けないように書いてあります。この点に留意して以下の解説を御覧ください。

1.天子様の年齢

 第三章の『天子様の年齢』でも触れましたが、『黄金の巻』第五十四帖の記述は、一見すると岡本天明氏の年齢に見えます。これは『黄金の巻』第十五帖に「天明九十六才七ヶ月ひらく」と書かれていることが原因です。

 日月神示の初期の信奉者は立替えが すぐに来ると思っていたので、天明氏が九十六才の時という何十年も先のことは考慮の外だったらしいです。そのため、岡本天明氏が存命中の機関誌では「天明()十六才七ヶ月」を「天明()十六才七ヶ月」の誤記として、天子様の年齢と混同したまま論じたものが散見されます。

 では、一次資料である()()の原文”は どうなのかと言えば、明確に()十六才七ヶ月”です。

()()(メー)(キュー)(ジュー)(ロク)()()(ナナ)()()() (ヒラク) 『九ネのキ』 第十五帖 [526] 原文U。第一仮訳でも「九十六才七ヶ月」です)

()(ジュー)()(サイ)()()()()()()()() ()(ジュー)(ロク)(サイ)(ナナ)(カゲツ) ()()()()() 『九ネのキ』 第五十四帖 [565] 原文U。第一仮訳では未収録です)

 この件に関しては、機関誌『窓』に掲載された天明氏の一文が補足になるでしょう。

「最後の日はいつ?
 〔中略〕
●十年先きはミロクの世。
●天明五十六才七ヶ月ミロクの世。
と云ふのがあります。十年先と申しますと、これを神示の始められた日からとすれば昭和二十九となり、又、天明五十六才七ヶ月と云ふのは二十九年の六月で、最初の神示が十九年の六月でありますから、正確に満十年となるのであります。
 〔中略〕
 私のクドク申上げました「昭和二十九年改造説」は、地上天国へ到る一つのカタであり「十年おくれた」で「昭和三十九年説」が正しいのではないでせうか。
 それとも
●天明九十六才七ヶ月、ひらく。
で昭和九十年前後に地上天国が完成すると云ふのであらうか? 現在の私には断言出来ない。総ては神示に暗示されてゐます。神示をおよみになって、それに受取って頂きたいのであります」 『窓』 昭和二十六年六月号 「昭和九十年」は底本のままです)

 天明氏は「()十六才七ヶ月は()十六才七ヶ月の書き間違いではないか?」という疑問を持った際に、確実に原書を確認したでしょう。だから、原書が「てん()十六さい七ケつ」であったならば、上記の言葉は決して出て来ません。

 つまり、天子様の年齢と岡本天明の年齢が混同されたのは、「余りに遠い未来の日付なので、当時の信奉者は原書の誤記と()()していた」というだけの話です。ですから、『黄金の巻』第十五帖は原文Uや第一仮訳や第二仮訳に収録された通り、「天明()十六才七ヶ月」で間違いありません。

 以上のように、天子様の年齢と岡本天明の年齢は混同し易いので注意して下さい。

 ここで改めて『黄金の巻』第五十四帖を“天子様の年齢”と推定した経緯を解説します。

「五十二才 (ツキ)の世の始。五十六才七ヶ月 みろくの世」 『黄金の巻』 第五十四帖 [565]

 この記述には主語が無く、天明氏が五十六才七ヶ月の時にミロクの世は実現していません。故に、別人の年齢であろうと推測し、天明氏と共に()()で個人的に言及されている“天子様”の年齢である可能性が思い浮かびました。

 また、日月神示の研究者の間には「天子様とは天皇陛下のことである」という意見がありました。

 そこから「次の世の始め」と、別の箇所で「新しき世の始め」と明言されている“辰の年”を組み合わせて、以下の仮説を立てました。

「辰年に五十二才になる皇統の人物が天子様ではないか?」

 調べてみた所、この条件の適合者は皇太子殿下と、当時は御存命だった(かつら)(のみや)様だけでした。それで、次代天皇である皇太子殿下の方を天子様と仮定して考えてみることにしました。

 なお、この時点では天子様の年齢の「ミロクの世」に仕掛けられた引っ掛け戻し(ミ ス リ ー ド)には気付いていませんでした。

2.旧九月八日

 『黄金の巻』第五十四帖に皇太子殿下の誕生日である1960年2月23日を当て嵌めると、2016年9月23日という、“旧九月八日”に極めて近い日付が浮かび上がりました。参考として、旧九月八日の重要性が判る記述を抜粋してみます。

「九月八日は結構な日ざが、こわい日ざと申して知らしてありた事 少しは判りたか」 『日月の巻』 第十帖 [183]

「九月八日の仕組 近ふなったぞ」 『キの巻』 第十四帖 [271]

「旧九月八日までにきれいに掃除しておけよ」 『松の巻』 第三帖 [294]

「旧九月八日までに何もかも始末しておけよ」 『夜明けの巻』 第三帖 [323]

「九月八日の九の仕組 近付いたぞ」 『青葉の巻』 第二十帖 [489]

「めでたさの九月八日の九のしぐみ、とけて流れて世界一つぢゃ」 『黒鉄の巻』 第三十八帖 [656]

 ちなみに、旧九月八日が内包する意味の中で最も重要度が高いのは次の記述だと思われます。

「旧九月八日とどめぞ」 『水の巻』 第九帖 [283]

 旧九月八日の解説は多くの予備知識が必要になるので割愛しますが、この時点で第三章の『二つの注意点』で解説した“旧暦の一日のズレ”には気付いていたので、それを考慮して2016年の旧九月八日を確認すると、()五十六才の七ヶ月の十七日()であり、「()()()()(ナル)」と読めることを発見しました。

日月神示一般の暦
2016年 旧九月八日10月9日10月8日

 また、()()の研究者の間には「天明九十六才七ヶ月は阪神淡路大震災を指す」という説があり、震災が起きた平成七年一月十七日が「岩戸成り成る日となる」と読めることが指摘されていました。

 ここから“十七日”が印象に残るのと同時に、()()の時節は日数の数え方だけ違うのだろうか?」と思いました。

3.子の年

 天子様の年齢から2016年と旧九月八日が浮かび上がることによって、“子の年”()()できました。

()の歳 真中にして前後十年が正念場」 『磐戸の巻』 第十六帖 [252]

 子の年の“前後十年”には複数の解釈が成り立ちます。具体的には、前五年と後五年の解釈、前十年と後十年の解釈、子の年を第一年目にする解釈、しない解釈です。

 それらの全ての解釈を試してみた所、2020年の子の年を第一年目にして前五年と後五年で見れば、前五年が2016年を指し示すことに気付きました。

 余談になりますが、2016年の旧九月八日から2024年の旧十月八日までは八年と一月であり、()ヶ年が「前後()年」になるようです。「全体を二つに分けて両端を重ねて真ん中を作ると数が一つ少なくなる」といった感じでしょうか。これは()()()()()()()()()()ことや「全体を一つ少なく数える」という数霊論と関連する可能性があり、「神の(くら)を造る」などの意味が内包されているのかもしれません。

4.辰の年

 子の年の前五年と2016年の()()()から、後五年は自然に2024年になり、この年が“辰の年”でした。

「九(とし)は神界の(もと)の年ぞ、神始めの年と申せよ。()()()()()(いづ)()()()ぞ、五の歳は子の歳ざぞよ。取違ひせん様にせよ」 『日の出の巻』 第二帖 [215] 「九歳」は辰年です)

「辰の年はよき年となりてゐるのざぞ」 『磐戸の巻』 第九帖 [245]

「新しき御代のはじめの()()の年、あれ出でましぬ かくれゐし神。かくり世も うつし御国の一筋の光りの国とさきそめにけり」 『紫金の巻』 第九帖 [988]

「新しき御代の始めのタツの年。スメ大神の生れ出で給ひぬ」 『春の巻』 第一帖 [658]

 日月神示では辰年が「()()()御代の始め」と語られており、これが()()世”に掛けてあると判断しました。ただし、天子様が五十二才の2012年も辰の年であり、二つの年が“大別的な視点”“個別的な視点”という形で「どちらの年も同じ意味を有する」と気付くのは、もう少し後になります。

5.旧十月八日

 2016年の節目の日付が旧九月八日だったので、「九の次だから十だろう」と感じて、2024年の節目の日付に、()()で言及がある“旧十月八日”を仮定しました。

「九、十月八日、十八日は幾らでもあるのざぞ。三月三日、五月五日はよき日ぞ。恐ろしい日ざぞ」 『日月の巻』 第十帖 [183]

「旧十月八日、十八日、五月五日、三月三日は幾らでもあるぞと申してあろが、此の日は臣民には恐い日であれど神には結構な日ざぞと申してあろが」 『日の出の巻』 第四帖 [217]

 この時点では“数の順序”が時節の原則になっていることは認識していなかったので、本当に何となく当て嵌めてみただけです。

6.暗闇時代

 辰の年や旧十月八日を推定した段階では、「2024年に理想社会が実現するのかもしれない」と考えていたのですが、その場合は辛酉の年が意味不明になるので困惑していました。

 また、“暗闇時代”の記述も時節の中で()()()()()ように感じられて持て余していました。

「三年と半年、半年と三年であるぞ、その間はクラヤミ時代、火をともしてもくらいのであるぞ、あかるい人民にはヤミでも明るい、日は三日と半日、半日と三日、次に五年と五年ぢゃ、五日と五日ぢゃ、このこと間違へるでないぞ」 『扶桑の巻』 第六帖 [855]

 そんな時、試しに暗闇時代の年数と日数を合計してみると“十七年と十七日”になりました。

 ここから、十七年が上手く()()()場所を探してみると、2024年と組み合わせれば辛酉の年を指し示すことに気が付きました。

 他にも、暗闇時代の十七日が「ミロクとなる」や「岩戸成り成る日となる」と()()のものかもしれないと感じて、2024年の旧十月八日の十七年()の十七日()である2041年11月25日を調べてみようと思い立ちました。

 無論、日月神示と一般の暦のズレを考慮に入れた上での話です。

日月神示一般の暦
2024年 旧十月八日11月9日11月8日

7.辛酉の年の辛酉の日

 時節について考えていた1999年前半の時点では、2030年頃までの六十干支と旧暦が記された資料しか手元に無かったので、2041年11月25日を調べる前に次のように推論を練り込みました。

@辛酉の日は“辛酉の年の辛酉の日”ではないか?
A旧暦と同様に「六十干支にも一日のズレがある」のではないか?
B( )2041年11月25日の六十干支は辛酉の次の(みずのえ)(いぬ)ではないか?
C表も裏も無くなるのだから旧暦でも“十一月”ではないか?

 結論から言えば、

2041年11月25日は全てが“想定通り”でした。

 その内容を詳述して行きます。

7−@ 辛酉の年の辛酉の日

 読む人によりますが、日月神示の説く辛酉の日は()()()()()辛酉の日”のように見えます。

(かのと)(とり)はよき日、よき年ぞ」 『下つ巻』 第三十帖 [72]

(かのと)(とり)の日と年はこわい日で、よき日と申してあろがな」 『日月の巻』 第十帖 [183]

 六十日に一度の辛酉の日を単独で特定するのは実質的に不可能であり、「別の要素と絡んでいるとすれば辛酉の年だろう」と感じていました。これに関しては完全に直感です。

7−A 六十干支のズレ

 第三章で触れたように、日月神示と一般の暦の旧暦にはズレがあります。六十干支は新暦よりも旧暦との関係が深いので、「六十干支も一日ズレている可能性が高い」と判断しました。

 その証拠になり得るのが次の記述であり、旧暦と同じく六十干支にも一日のズレが見られます。

「六月十七日、かのととりの日、ひつくの神」 『光の巻』 第三帖 [399]

「六月十七日、かのととり、ひつくの神」 『光の巻』 第四帖 [400]

日月神示一般の暦
新暦6月17日6月17日
干支辛酉壬戌

 ()()の各帖の署名(サイン)の一環としての「辛酉」は全部で三十九箇所ありますが、日付と併記されているのは上記の『光の巻』の二箇所と、下記の『岩の巻』の二箇所だけであり、共に昭和二十一年の書記です。

「旧一月十五日、かのととりの日、一二 『岩の巻』 第一帖 [366]

「旧一月十五日、かのととり、()つ九のか三」 『岩の巻』 第四帖 [369]

日月神示一般の暦
新暦2月16日2月16日
旧暦旧一月十五日旧一月十五日
干支辛酉辛酉

 『岩の巻』は全十一帖が一日で書記されました。署名(サイン)の書記日は「二月十六日」と「旧一月十五日」が混在していますが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 『岩の巻』で六十干支が併記されているのは前出の二つだけであり、どちらも旧暦です。ただし、ここでの旧暦と六十干支は、()()と一般の暦の間にズレが無いのです。

 日月神示で旧暦や六十干支がズレている場合とズレていない場合がある理由は判然としませんが、第三章の『二つの注意点』で詳述したように、()()()()()()()()()()()『地つ巻』第二十五帖と『磐戸の巻』第十五帖は両方とも一日ズレています。

「時の神ほど結構な恐い神ないのざぞ、この方とて時節には(かな)はんことあるのざぞ。今日なれば九月の二十八日であるが、旧の八月十一どのを拝みてくれよ、二十八日どのもあるのざぞ。何事も時待ちてくれよ、(いり)(まめ)にも花咲くのざぞ、この世では時の神様、時節を忘れてはならんぞ、時は神なりぞ。〔中略〕 旧の八月の十一日、ひつ九のか三」 『地つ巻』 第二十五帖 [162]

「一月十四日、旧十一月三十日、の一二 『磐戸の巻』 第十五帖 [251]

日月神示一般の暦
1944年 9月28日旧八月十一日旧八月十二日
1945年 1月14日旧十一月三十日旧十二月一日

 そこに、『光の巻』で新暦と六十干支にズレがある点や、『岩の巻』で旧暦と六十干支にズレが無い点を加味して、

「日月神示では旧暦や六十干支は一日ズレる見方が優先される」と判断しました。

 ですから、本論で言及する旧暦は、全て一般の暦とは一日ズレています。

7−B 壬戌の日

 上述の考察に基づき、2041年11月25日が日月神示の説く辛酉の日ならば、一般の暦では(みずのえ)(いぬ)の日”になると予想しました。

7−C 旧暦でも十一月

 次に「旧暦でも十一月ではないか」と推測した件についてですが、これに関しては後述の部分との時系列が前後しているように見えるかもしれません。

 辛酉に関する推論を立てていた時点では、2041年11月25日の六十干支と旧暦は判明していませんでしたが、かなりの手応えを感じていました。それで、暦の資料を入手するまでの空いた時間を使って、「推論は正しい」という前提で他の仕組についても考えていたのです。

 ですから、証拠が固まっていないだけで、この時点で後述する“時節の原則”“数霊や神話との関係”に気が付きました。

 そして、それらを前提に“数霊”二十二(フ  ジ)の仕組”を考えていた所、「旧暦でも十一月」の推論が出て来ました。

 この辺りの話は本章で詳述しますが、十の次の十一の段階では、表と裏、日と月、陽と陰のような区分が無くなるらしく、そのことを「新暦と旧暦で同じ月になる日を使って暗示しているのではないか?」と推測したのです。

 また、辰の年に2012年と2024年を指す二重の意味があること、天子様の年齢におけるミロクの世に独自の意味が付加されていること、2024年の時点では理想社会が実現しないこと、神経綸九を形容する“正念場”の言葉が、(せん)()や羽化や国生みや陣痛を意識した表現であることなども、この時に判りました。

 これは、時節の原則や数霊や神話との関係に気付いたことによって全体を()(かん)することができ、個別的な部分の()()について、より深く注意を向けられるようになった点が大きかったです。

 以上の仮説を立てた後、遠方に出向いて暦の資料を調べてみた所、予想は全て的中していました。

日月神示の暦一般の暦
新暦11月25日11月25日
旧暦旧十一月一日旧十一月二日
干支辛酉壬戌

 その結果、これほどの“整合性”を偶然とは認識できなくなりました。

「昭和十九年(1944年)の時点で、七十二年後(2016年)や九十七年後(2041年)の日を、
十六年後(1960年)に生まれる人物の誕生日を基点にしなければ特定できないように伝える」

 この()()()“神の()(わざ)“天啓の証明(あかし)と言っても良いのではないでしょうか。

8.数の順序

 ここで、2024年の辰年の節目の日付に、「九の次だから十だろう」と旧十月八日を当て嵌めたことの意味を、改めて考えることになりました。

 それと言うのも、()()が発祥した1944年6月と、「天明九十六才七ヶ月」が示す1996年7月を含めて時節を俯瞰すると、綺麗に六月、七月、九月、十月、十一月と並んでおり、そこには、明らかに“数の順序”が見て取れたのです。

 実際には一つだけ抜けているのですが、日月神示には“八月”への言及があるので、時節の節目の“八”は存在しないのではなく、「隠れているだけ」と結論しました。それで「七と九の間に八がある」と考えて、2008年を神経綸八の始まりの年と推定したのは、第二章で述べた通りです。

 また、神経綸十の期間は十七年と()()()であり、旧九月八日は天子様が五十六才七ヶ月と()()()であり、神経綸七の始まりの日である阪神淡路大震災は平成七年一月の()()()です。

 そのため、「神経綸の節目の日付には十七が深く関わる」と推測し、神経綸八の始まりの日を2008年8月の中でも17日とする仮説を立てました。

 ちなみに、日月神示が発祥した昭和十九年六月十日は、「今は六の世である」と示すためのものであって、「この日から六になった」という意味ではないでしょう。後者の意味を持たせるつもりなら、初発の神示が降りる日は十日ではなく十七日が選ばれたはずです。

 以上の手順で「時節の原則は数の順序に基づく」と結論し、「別角度から見た記述が同じ日と年を指し示す」という形で、()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが判明しました。これらは精密機械の歯車と同じであり、「部品の位置を一箇所でも(いじ)ると全体が破綻する」と言えるほど(がん)()(がら)めに設計されています。

 こういった形で、神経綸の節目の日付には何重もの制約が課せられており、

岩戸開きの日や立替え立直しの期間は、基本的に()()()()()()()()のです。

 その中で僅かながらも異なる解釈の余地が残るのは、()()で言及が無い“神経綸八の始まりの年”だけであり、他は どうにもなりません。そうであるが故に七月、八月、九月、十月が、“神経綸の進展段階の隠語”になっていることを確信できたのです。

 同時に、次の点が浮き彫りになりました。

「日月神示の時節は()()()()()()()()()()()()()()()()()読み解けない構造になっている」

 ここから「天子様=天皇陛下」の説の裏付けが取れました。恐らく、“ミロクの世の王の開示”は神々にとっても極めて重大な案件なので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のでしょう。

 余談ですが、()()の源流に当たる大本神示や出口王仁三郎の著作を調べてみると、日月神示に輪を掛けた“尊皇”だったので、上記の説は更に補強される格好になりました。同時に、大本教団が戦後に刊行した大本神示は、天皇陛下に関する記述を削除していることが判明しました。これは日月神示(とどめのふで)が教団の外部に降りた理由の一端かもしれないので、最も分かりやすい一例を掲載します。

(こん)()は二()()(あま)(いは)()(ひら)くと(まを)せば、()(ほん)(てん)(のう)(へい)()でも、お(かは)(あそ)ばす(やう)(おも)うものもあらうが、ナカ()んなことは、(かみ)()さんぞよ。(あま)()()(つぎ)()(くらゐ)は、(いく)()()までも、(あま)(てらす)(おほ)(かみ)(さま)()()(すじ)(ゆえ)、ます(さか)えますやうに、(うしとら)(こん)(じん)が、()(かい)(こと)()らして、()(ほん)(じん)()(ほん)行為(おこなひ)(いた)さして、(かみ)(くに) ()てる()(もと)のみかどの(ひかり)を、三(ぜん)()(かい)()()らし、(がい)(こく)から()めて()て、サア(かな)はんといふ(ところ)で、(かみ)(まこと)(もの)(あつ)めて、()(ほん)(くに)(まも)り、(おほ)(きみ)(ひかり)()(かい)()らして、()(かい)(ぢゆう)一つに(いた)して、()(ほん)(てん)(のう)(さま)服従(したが)はすやうに(いた)すために、(うしとら)(こん)(じん)が、三(ぜん)(ねん)(むかし)から()(ろう)(いた)した(はじ)まりであるから、()(こと)(はら)()()らんと、真実(まこと)のお(かげ)()いぞよ。〔中略〕 (めい)()二十五(ねん)からの(ふで)(さき)を、()(はら)()れてみよ。()(かみ)()(ほん)(たい)(しやう)(なに)(ごと)()らして、(かげ)から(まも)ると(まを)してあらうがな。()()()(かみ)()(らう)と、()(ぐち)()(らう)を、基礎()(いた)すと()いてあらうがな。()(ほん)(だましひ)(みが)()げて、(てん)()(さま)へ一つの(ちゆう)()()てさして、(まつ)(だい) ()(のこ)(あや)()(おほ)(もと)であるぞよ」 『大本神諭/神霊界』 明治三十四年 旧七月十五日

 そして、“知恵の輪”の如く()()()()()()()岩戸開きの日を特定できるからこそ、天之日津久神様は次のように明言なさっているのです。

「神は()もない時から知らしてあるから、いつ岩戸が開けるかと云ふことも、この()()よく読めば分かる様にしてあるのぞ」 『下つ巻』 第二十五帖 [67]

 これらの話からも明らかですが、

日月神示は()()()()()()()()書いてあります。

 ()()には「八通りに読める」と書いてあるので、時節についても色々な解釈が並立するように感じられますが、()()()()ではなく()()を目指せば、基本的な解釈は収束する方向に進んで行くのです。

9.時節と数霊と神話は同じもの

 その上で、改めて時節の全体像を眺めていると、旧九月八日と旧十月八日が“旧暦”であることの理由が判明しました。

 日月神示の数霊論では一二三四五六七八が()()()()に属し、九十が()()()()に属します。そのことを示すための“型”として、九月と十月は月齢を基準とする旧暦が選ばれたのでしょう。

 他にも、時節の節目に深く関わる“十七”という数が、(あまつ)(かみ)の十七段階”を模しているらしいことも見えて来ました。

 こういった点から、()()()()()()()()()()()()()()()、数霊や神話と連動することが徐々に見えるようになりました。言うなれば、

時節と数霊と神話は“同じものの別側面”なのです。

 以上が、時節の原則である“数の順序”に気付き、日月神示の内容が「同じものを別の角度から見ている」と結論するまでの流れです。

 さて、ここまでは“時節の手順”を論じましたが、この内容を“全体と部分の関係”として少しだけ補足します。最初に要点をまとめると、

日月神示は全体像と部分像を相互に還流(フィードバック)することで理解が進むように書かれています。

 譬えるなら“ジグソーパズル”が判り易いでしょう。細かい断片(ピース)の一つを見ても、そういった“部分像”が何を意味しているのかは完全には読み取れません。しかし、断片(ピース)を繋げれば読み取れる情報が多くなり、徐々に“全体像”を把握することができます。

 そして、全体像が見え始めた時点で個々の部分像の()()が鮮明になり、そこから全体像が更に明瞭になる、という繰り返しにより、“絵”“構図の意図”への理解が進んで行きます。

 そういった側面から考えれば、()()は八通りに読める」の意味が明らかになります。

「七つの花が八つに咲くぞ、此の神示八通りに読めるのぢゃ、七通りまでは今の人民でも何とか判るなれど八通り目は中々ぞ」 『海の巻』 第十五帖 [507]

「今の偉い人民が この神示をよむと、理屈に合わん無茶苦茶な文章であるから、下級霊の所産だと断ずるなれど、それは余りにも霊界の事を知らぬ霊的白痴であることを、自分で白状してゐるのぞ、気の毒ぢゃなあ、まして この神示は八通りに読めるのであるから、いよいよ判らん事になるぞ」 『竜音の巻』 第十二帖 [920]

 ()()(よろず)の神々、大江戸(はっ)(ぴゃく)()(ちょう)()()(しま)()(くも)のように、古来から日本語の“八”には「多い」の意味が含まれます。ですから、ここでの“八通り”とは「一つの実像を浮かび上がらせるための()()()()()がある」といった意味であり、“三面図”に譬えるのも良いでしょう。これを少し言い換えてみます。

「多面的な解釈が進むほど結論は一つに集約されて行く」

 逆に言えば、最終的に()()()()()()()は文字通り()()()になってしまうようです。この話はジグソーパズルの“初期出荷状態”“組み立て過程”を想起すれば判り易く、言わば、

日月神示は読み手側で完成させる天啓なのです。

 故に、本論も本質的には「()()の内容を並べ替えただけ」であり、特殊なことは何もしていません。()()()()内容(ピース)を少しづつ繋げただけです。

 また、ジグソーパズルは“四隅”“外枠”から組み上げて行くのが定石(セオリー)ですが、これに該当するのが、時節の基点である“天子様の年齢”や、時節や神経綸の骨格を形成する“数の順序”になります。

 そして、ここまでの内容からは次のことが言えます。

()()を論じるだけでは()()すら論じられない」

 何故なら、時節は“同じものの一側面”に過ぎず、別の角度から見た、数霊、神話、霊界論、三千世界観などと一緒に考えなければ、“一つの実像”には迫れないからです。

「どの仕組も判りて居らんと、三千世界の先々まで判りて居らんと、何事も成就せんぞ」 『黄金の巻』 第八十五帖 [596]

 そして、実像と呼び得る全体像を把握していないことは、部分像すら完全には理解できていないことを意味するのです。

 このような“日月神示の構成と読み方”の話が、時節を論じる上での基本的な考え方であり、本論が時節論でありながら、時節以外の割合が非常に大きいことの背景になっています。

 その上で“日月神示の構造”の話を更に押し進めてみます。

 ()()を読み続けると、多くの部分像に共通する“呼吸”“脈拍”のようなものが見えて来ます。これは“内質的な意味”と言い得るもので、いわゆる概念(イデア)原理(ルール)のことです。この神律(リズム)こそが雑多な各部を繋ぎ合わせ、全体の性質を決める()()であり、

日月神示の()()を一言で表現すれば()もしくは()()()になります。

 や一二三の意味は本章でも一端に触れますが、先に要点をまとめると、

日月神示は“フトマニを多面的に見たもの”であると思われます。

 天之日津久神様や岡本天明氏は“フトマニ”のことを、「神すら従わねばならぬ大宇宙の鉄則」と語っていますが、フトマニを異なる角度から眺めると、()()は時節に見え、数霊に見え、神話に見え、に見え、一二三に見えるようです。

 そして、時節に「別角度から見た記述が同じ日と年を指し示す」という手法が使われているのは、このような()()()()()()()()()()()()()()からなのでしょう。或る意味において“必然”であり、そういったものが“時節の構造の根底”に存在するのです。

 以上で、結びの日を特定するまでの“手順”と、そこから読み取れる“構造”の話は終わったので、以降は(かの)(ととり)の内容を考察します。

(かのと)(とり)はよき日、よき年ぞ」 『下つ巻』 第三十帖 [72]

「神々様みな お揃ひなされて、雨の神、風の神、地震の神、岩の神、荒の神、五柱、七柱、八柱、十柱の神々様がチャンとお心合はしなされて、今度の仕組の御役きまりて それぞれに働きなされることになりたよき日ぞ。(かのと)(とり)はよき日と知らしてあろがな」 『富士の巻』 第十八帖 [98] この記述の「五柱、七柱、八柱、十柱」を足すと三十柱になり、三十年の立替期間との関連が考えられます)

「かのととり、結構な日と申してあるが、結構な日は恐い日であるぞ」 『天つ巻』 第八帖 [115]

(かのと)(とり)の日と年はこわい日で、よき日と申してあろがな。九月八日は結構な日ざが、こわい日ざと申して知らしてありた事 少しは判りたか。何事も神示通りになりて、せんぐりに出て来るぞ。遅し早しはあるのざぞ」 『日月の巻』 第十帖 [183]

「十柱の神様 奥山に祀りてくれよ、九柱でよいぞ、何れの神々様も世の元からの肉体持たれた生き通しの神様であるぞ、この方 合はして十柱となるのざぞ。御神体の石 集めさしてあろがな、篤く祀りて、(かのと)(とり)の日に お祭りしてくれよ」 『日の出の巻』 第十五帖 [228]

「十柱とは火の神、木の神、金の神、日の出の神、竜宮の乙姫、雨の神、風の神、地震の神、荒の神、岩の神であるぞ。辛酉の日に祀りてくれよ」 『日の出の巻』 第十八帖 [231]

 辛酉は旧九月八日と同じく「結構で恐い日」と語られています。ただし、非常に抽象的なので辛酉の記述だけでは内容が判りません。

 一見すると時節で最も言及が多いのは旧九月八日ですが、「辛酉の日に書いた」という署名(サイン)の一環としての記述は三十九箇所もあります。単語の登場回数で言えば、時節で最も言及されているのは辛酉であり、実質的に旧九月八日と並ぶ“最重要の時節”であることが判ります。

 そのことが関係しているのでしょうが、時節を俯瞰すると、旧九月八日が“時節の起点”であるのに対し、辛酉は“時節の収束点”のようになっています。

 この背景は数霊で語られる“三つの時代区分”から見えて来ます。

「八では足らん、十でなくてはならん、〇でなくてはならんぞ。岩戸ひらきの原因は これで判ったであろうがな」 『至恩の巻』 第六帖 [953]

「12345678の世界が12345678910の世となりなりて、012345678910の世となるのぢゃ、012345678910がマコトと申してあろうがな」 『至恩の巻』 第十五帖 [962]

 個別的な区分での十方世界の始まりは2024年ですが、大別的な区分では2012年から始まっており、見方によっては移行期間(グレーゾーン)である神経綸九の始まりも、()()()()()()()()()()()“十方世界の始まり”を意味することは、第四章『一四一四』で述べた通りです。

 そして、()()()()三つの時代区分において“八が十になる日”が旧九月八日であり、“十が(れい)になる日”が辛酉の日です。つまり、

三千世界の生成化育における“二度の(せん)()の日”が旧九月八日と辛酉の日なのです。

 ()()()、二つの日付は最も重要な日として最も言及が多いのでしょう。これが次の記述の第一義的な意味だと思われます。

「同じこと二度くり返す仕組ざぞ、この事よく腹に入れておいて下されよ。同じこと二度」 『青葉の巻』 第七帖 [476]

「岩戸びらきの九分九厘でひっくり返り、又 九分九厘でひっくり返る」 『黄金の巻』 第十五帖 [526]

 このような旧九月八日と辛酉の日に共通する内質的な意味からは、以下の内容が推察できます。

「トドメは二度ある」

 即ち、十方世界を招来する“八方世界へのトドメ”と、()()()の世界を招来する“十方世界へのトドメ”という、三千世界を完成させるための()()()()()()最後(トドメ)です。

「あちこちに臣民の肉体かりて予言する神が沢山出てゐるなれど、九分九厘は分りて居れども、とどめの最後は分らんから、この方に従ひて御用せよと申してゐるのぞ。砂糖にたかる蟻となるなよ」 『天つ巻』 第四帖 [111]

「旧九月八日とどめぞ」 『水の巻』 第九帖 [283]

「神国、神の子は元の神の生神が守ってゐるから、愈々となりたら一寸の()(ミツ)で うでくり返してやる仕組ざぞ、末代の(とど)めの建替であるから、よう腰抜かさん様 見て御座れ」 『雨の巻』 第十一帖 [345]

「今度 次の大層が出て来たら愈々ざぞ。最後の()()()ざぞ」 『雨の巻』 第十五帖 [349]

 ちなみに、旧九月八日が()()()の始まり”なら、辛酉の日は()()()()()()になります。恐らく、旧九月八日からの一連の出来事が()()()トドメであり、辛酉の日にまつわる出来事は()()()トドメとして、(マコト)()()()に位置付けられているのでしょう。

 そして、三千世界にトドメを刺して立替える基軸の転換(パラダイムシフト)の計画”が、十方世界を実現する(ナル)()の仕組”と、()()()の世界を実現する二十二(フ  ジ)の仕組”であり、二つの仕組の意味が()()()()()()()()記述を引用してみます。

「ナルの仕組とは()()経綸(しぐみ)であるぞ、八が十になる仕組、岩戸ひらく仕組、今迄は中々に判らなんだのであるが、時節が来て、岩戸がひらけて来たから、見当つくであろう、富士と(なる)()の仕組、結構致しくれよ」 『星座の巻』 第二帖 [885] 第一仮訳)

「太陽は十の星を従へるぞ、原子も同様であるぞ。物質が変るのであるぞ、人民の学問や智では判らん事であるから早う改心第一ぞ、二二と申すのは天照大神殿の()(くさ)の神宝に(テン)を入れることであるぞ、〔中略〕 二二となるであろう、これが富士の仕組、七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、なりなりあまるナルトの仕組。富士と鳴門の仕組いよいよぞ、〔中略〕 なりなりなりて十とひらき、二十二となるぞ、富士晴れるぞ、大真理 世に出るぞ、新しき太陽が生れるのであるぞ」 『至恩の巻』 第十六帖 [963]

 この二つは大本系統で“富士と鳴門の仕組”と呼ばれ、一体的な関係にあります。()()では()(ミツ)の仕組”()(みつ)の仕組”とも呼ばれるのですが、富士の仕組と鳴門の仕組は()()()()()()()()ので、別の仕組として個別に言及される場合も見受けられます。

 その辺りの話は本章で後述するので、本節では“辛酉と数霊”の話を先に進めます。まずは、岩戸開きや遷移を“数”で表現した記述からです。

「七は成り、八は開くと申してあろうが、八の(くま)からひらきかけるのであるぞ、ひらけると〇と九と十との三が出てくる」 『碧玉の巻』 第五帖 [869]

 日月神示は現在の八方世界に(れい)と九と十”が加わることを説いています。そして、旧九月八日と旧十月八日の時点で、八方世界に九と十が加わって十方世界が実現しているのですから、()()()()は当然のように(れい)が加わる日”です。これは「〇一二三四五六七八九十の世界になる」と言えます。

 何故なら、()()()“〇一二三四五六七八九十の略式の表記”だからです。

()()()とは〇一二三四五六七八九十であるぞ、一二三四五六七八かくれてゐるのざぞ」 『海の巻』 第十四帖 [506]

「マコトとは()12345678()10()のことと申してあろう」 『月光の巻』 第四十五帖 [832]

「マコトとは〇一二三四五六七八九十と申してあろう」 『紫金の巻』 第三帖 [982]

 こういった日月神示の数霊論を前提にすれば、(とり)の年”の意味が判り易くなります。

「マコトのことはトリの年」 『秋の巻』 第二十三帖 [764]

 上の帖は次のように言い換えられるでしょう。

「酉年に(れい)と九と十が出揃って〇一二三四五六七八九十の世になる」

 これが2041年の辛酉の年を指すのは自明と言えます。以上の話から推察できるように、

(かのと)(とり)が内包する意味は“数霊の(れい)から見えて来ます。

 ですが、数霊の(れい)や富士の仕組を解説するためには多くの予備知識が必要になるので、先に時節の話を終わらせてしまいます。

 上記の他にも、一箇所だけ“酉年”への言及があります。

「あら(たぬ)し、あなさやけ、元津御神の御光の、輝く御代ぞ近づけり。岩戸開けたり野も山も、草の(かき)()(こと)()めて、大御光に寄り集ふ、誠の御代ぞ楽しけれ。今一苦労二苦労、とことん苦労あるなれど、楽しき苦労ぞ目出度けれ。申、酉すぎて戌の年、亥の年、子の年 目出度けれ」 『夜明けの巻』 第十二帖 [332]

 2016年が(さる)の年なので、この記述は旧九月八日からの五年間である「子の年を真ん中にした前半五年」を指す意味が強いはずですが、2041年に当て嵌めることもできます。

 つまり、()()()の世界への移行が本格的に始まってからの“三年”が、戌の年、亥の年、子の年に該当します。

「三年のたてかへぞ」 『光の巻』 第八帖 [404]

「これから三年の苦労ぢゃ、一年と半年と半年と一年ぢゃ」 『梅の巻』 第二十三帖 [450]

「三年の大ぐれ」 『黄金の巻』 第二十九帖 [540]

 ここからも、日月神示の三年の記述が、九と十と(れい)の岩戸開きの直後の()()()()()()()()()()()ように書かれていることが読み取れます。

 それ故、()()には「三年は複数ある」と読める記述が存在するのでしょう。

「三千年 花咲くぞ。結構な花、三年、その後三年であるぞ、次の三年めでたやなあ、めでたやなあ」 『黄金の巻』 第二十八帖 [539] 昭和二十六年版)

 また、三年を(れい)の岩戸開きの直後の三年と見た場合、最後の年である子の年は2044年ですが、この年は日月神示の発祥から“百年後”になります。

 そこで、次節では【百年】の話を、他の細かい時節と一緒に取り上げます。

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百年

 日月神示の時節の“根幹”の解説は前節までで終了したので、本節では【百年】などの()(よう)(まっ)(せつ)を全て刈り取ってしまいます。これにより、純粋な意味での時節論は終了になります。

 内容は雑多であり、百年、十二年の遅れ、天子様の即位の年、(よい)の明星、祭祀の日付、十二月四日などを論じます。

 本節は基本的に補足以上の内容ではありませんが、神の御用を果たす“因縁の身魂の在り方”を、百年と絡める形で少しだけ触れてみます。


 日月神示には“百年”の言葉が何度か出て来ます。その半分ほどは「長い期間」という修辞的な意味ですが、()()の発祥から百年”かもしれないものが幾つか混じっています。

「三千世界のことであるから、ちと早し遅しはあるぞ。少し遅れると人民は、神示は嘘ぢゃと申すが、百年もつづけて嘘は云へんぞ。申さんぞ」 『黄金の巻』 第五十九帖 [570]

「今の人民はマコトが足らんから、マコトを申しても耳に入らんなれど、今度は神が人民にうつりて、又 人民となりてマコトの花を咲かす仕組、同じことを百年もつづけてクドウ申すと人民は申すなれど、判らんから申してゐるのであるぞ」 『極めの巻』 第二帖 [929]

「八方的地上から十方的地上となるのであるから、総ての位置が転ずるのであるから、物質も念も総てが変るのであるぞ。これが元の元の元の大神の御神策ぞ、今迄は時が来なかったから知らすことが出来んことでありたなれど、いよいよが来たので皆に知らすのであるぞ。百年も前からそら洗濯ぢゃ、掃除ぢゃと申してありたが、今日の為であるぞ、岩戸ひらきの為であるぞ。今迄の岩戸ひらきと同様でない、末代に一度の大岩戸ひらきぢゃ」 『至恩の巻』 第十四帖 [961]

 上の記述は黒住教の頃から百年、大本教の頃から百年などの複数の意味で読めますが、最終的に日月神示が降りてからの百年になるように書かれています。同時に、この百年の間に起こる出来事は“富士登山”を意識した一面が見受けられます。

 例えば、富士山には乗り物は“五合目”までしか乗り入れできず、そこからは自分の足で歩いて登る必要があります。日月神示の発祥から“五十年”は「天明九十六才七ヶ月ひらく」の1994年であり、広義での鳴門の仕組が始まる神経綸七と対応しているようです。もしくは、1945年の日本の敗戦から1995年の阪神淡路大震災と見ても良いです。実質的な富士登山が五合目から始まることに掛けて、「ここからが本番」といった意味でしょうか。

 その上で、九十八年目の辛酉の年の直後が“頂上”に相当することは、“胸突き八丁”の記述から判るので、詳しい内容に細かく触れてみます。

「臣民はすぐにも戦すみてよき世が来る様に思うてゐるが、なかなかさうはならんぞ、臣民に神うつりてせねばならんのざから、まことの世の元からの臣民 幾人もないぞ、みな曇りてゐるから、これでは悪の神ばかりかかりて、だんだん悪の世になるばかりぞ、それで戦すむと思うてゐるのか、自分の心よく見てござれ、よく分るであろがな、戦すんでもすぐによき世とはならんぞ、それからが大切ぞ、胸突き八丁はそれからぞ、富士に登るのにも、雲の上からが苦しいであろがな、戦は雲のかかってゐるところぞ、頂上(いただき)までの正味のところはそれからぞ」 『下つ巻』 第三十四帖 [76]

 胸突き八丁とは、富士登山で八合目から道が険しくなることを由来とする言葉であり、転じて“難所”“物事の最も苦しい時”の意味で使われるようになりました。

 それと、富士山に掛かる雲には多くの種類があって一概には言えないのですが、印象(イメージ)としては八合目よりも下の高さに雲がある場合が多いので、「戦は雲の掛かっている所」と書いてあるのでしょう。これは七十三年目から八十一年目であり、日本と外国の戦争の期間である神経綸九を指します。また、雲の中を歩くことを、戦争中という「先行きが見えない時代」に掛けてあるはずです。

 他にも「戦すんでもすぐによき世とはならん、それからが大切」とは、神経綸九の後に非常に重要な時代が存在することを示唆しています。

 恐らく、総神懸かりの時代であり、天の岩戸開きの時代である神経綸十の期間を、身魂が磨けていない人間にとっての“真の難所”として、「胸突き八丁はそれから」や「富士に登るのにも雲の上からが苦しい」や「頂上までの正味の所」と語っているのでしょう。

 同時に、八十一年目であり“神力発動”を迎える2024年は、身魂を磨いていた人間にとっては頂上(ゴール)への見通しが立つ地点になります。

「八合目あたりに参ると総ての様子が、ほぼ見当つくぞ。それ迄は誰でもよくわからんもんぢゃ」 『春の巻』 第二十七帖 [684]

 神力の発動を契機に、戦争の趨勢、霊的な世界との交わり、ミタマの立替えの方法が誰の目にも明らかになります。そのことを、雲の上に出て視界が開ける富士登山の八合目に掛けて、「全ての様子の見当が付く」と書いてあるようです。

 こういった符合により、日月神示の発祥からの百年は“富士の仕組が成就するまでの期間”として、少なからず富士への登山を意識しているように見えるのです。

 余談ですが、岡本天明氏が『上つ巻』第五帖の内容に従って、当時住んでいた鳩森八幡宮の“富士塚”を調べると、()(つち)(ごめ)が出ていた逸話が知られています。機関誌『なると』の昭和二十四年二月号の天明氏の散文によると、御土米が出たのは富士塚の八合目付近の石や木の根の間だったそうです。

 日月神示では「時節に多少の遅し早しはある」と語られており、その中で最も判り易いものを引用します。

「人民と申すものは生命(いのち)が短いから、気が短いから、仕組 少しでも遅れると、この神は駄目ぢゃと、予言が違ったではないかと申すなれど、二度とない大立替であるから少し位の遅し早しはあるぞ、それも 皆 人民一人でも多く助けたい神の心からぢゃ。遅れても文句申すが早くなっても 又 文句を申すぞ、判らんと申すものは恐ろしいものであるぞ」 『星座の巻』 第六帖 [889]

 時節の順延に関する記述として「十二年遅れている」「十年延びた」があります。

「何事も人民に判りかけ致さな、物事遅れるぞ、十年おくれると申してあるが、おくれると益々苦しくなるから、おくれん様 結構したいなれど、〔後略〕 『マツリの巻』 第十二帖 [416]

「建替が十年延びたと知らしてあろが、建替遅くなりて、それから建直しに掛かりたのでは人民 丸潰れとなるから、建直し早うかかるからと聞かしてあろが」 『マツリの巻』 第二十一帖 [425]

「十二年おくれてゐるのを取り戻すのであるから、これからは目の廻る程 急しくなってくるぞ」 『春の巻』 第五十五帖 [712]

 大本神諭や伊都能売神諭にも同様の話が見受けられます。

「向ふの国の有様は筆先どうりになりて来てをるから、日本の国の守護神に早く判らんと立替が十二年遅くなりてをるから、何かの事の実地が始まると、まだまだ世界には烈しき事が来るぞよと申して在るが、一度申したことは違ゐはせんぞよ」 『大本神諭/神霊界』 年月日不明 大正六年二月号掲載

「今迄は元の役員は皆(まん)(しん)いたして(みづ)の御魂の()()()の世の御用の邪魔計り致して居りたから、大変な神界の()()(ざわ)り、()()改造(たてなをし)の御用が十年も後れて居るから、明治二十五年に三十年の間に全部()()改造(たてなをし)遂功(しあげ)て、結構な(かみ)()に致そうと思ふた仕組を、元の役員が女子の御用の邪魔計り致して、十年余り後れさして居るから、余程 御詫を致して、十分の活動(はたらき)を致さんと天地から御許しがないぞよ」 『伊都能売神諭』 大正八年二月十八日

「艮の金神は三十年で世の立替立直しを致す仕組で在りたなれど、余り改心が出来ぬので立替だけに三十年かゝるから、後の立直しが十年も延びたから、()れだけ世界の物事が遅れて来たから、一日でも早く神国成就いたすやうに、各自(めんめ)の身魂を此の大本の中から立替立直して、三千世界へ鏡に出して貰はねばならぬぞよ」 『伊都能売神諭』 大正八年三月七日

「艮の金神 国常立尊が永らく世に(をち)て、三千年の経綸(しぐみ)致した事の実地が参りて、明治二十五年から変性男子の体内を借りて、三千年の現界の守護で、松の代五六七の神代に致して、天下泰平に世を治めて、国会開きを致す経綸でありたなれど、余り日本の人民の曇りが思ふたよりも(ひど)いので、国会開きの仕組が十年(ばか)り延びたなれど 〔後略〕 『伊都能売神諭』 大正八年四月二十三日

 大本神示が降りた時点で「立替が十二年遅くなった」とあるので、それを考慮に入れていれば日月神示に同様の記述は必要ないはずです。ですから、これらの記述は立替えの予定が変更になった場合を想定して書かれているのでしょう。

 また、十年は(がい)(さん)的な言い回しであって、基本的に十二年と同じ意味らしく、立替えの予定に変更がある場合は、十二支が一巡する十二年が基本単位になるようです。

 或いは「特定の時節に十二年足す」という()()()()である可能性も考えられます。

 上述のように時節には遅し早しがありますが、実際にどうなのかと言えば、三千世界の大立替えは順延した可能性が高いです。その根拠は“天子様の即位の年”です。

 第四章『一四一四』の第一節『三十年の立替え』で解説しましたが、大別的な視点での数霊から見れば、一二三四五六七八の世が〇一二三四五六七八九十の世になるまでの“三十年”である、一二三四五六七八九十の世が“立替え期間”になります。

 これは天子様の年齢で「次の世の始め」と明言されている2012年の辰年から、2041年である辛酉の年までです。

 そこで、見方によっては“天子様の即位”と解釈することが可能な記述を引用します。

「五十二才 (ツキ)の世の始。五十六才七ヶ月 みろくの世」 『黄金の巻』 第五十四帖 [565]

〔前略〕 人間が土台であるから、神の礎であるから、神しづまれば大神となるのであるから、〔後略〕 『白銀の巻』 第六帖 [617] 第一仮訳)

「神とは神、大神とは(カミ)(ヒト)のこと」 『黒鉄の巻』 第二十三帖 [641] 第一仮訳)

「新しき御代の始めのタツの年。スメ大神の生れ出で給ひぬ」 『春の巻』 第一帖 [658]

 上の「皇大神が()れ出でる」は、皇太子殿下が即位なさって「天皇(すめらみこと)の本守護神と名実共に一体になる」と解釈することができます。故に、本論では2012年の辰年を“天子様の即位の年”と解釈していました。

 また、「次の世の始め」が大別的な視点での十方(あたらしき)世界の始まりであり、天子様の即位の年だと仮定すれば、2012年が“新元号の元年”になり、2041年が“新元号の()()()になります。日月神示の時節は非常に(せい)()な構造を持ち、基本的に(がん)()(がら)めなので、このことは偶然ではないと判断しました。

 ですから、天子様の即位の()()()()()は2012年だった可能性が高いです。それが起きなかったということは、立替えは全般的に遅くなったと思われます。

 天子様の御代の始まりと、新しき世界の到来は()()()()()()()()()()()()らしく、“鶏と卵の関係”のように、どちらが先とも後とも言い難いのです。恐らく、

三千世界の大立替えは“ミロクの世の王の即位”と共に始まるはずです。

 だから、大難が小難に変わらず、日本と外国の戦争が始まるとすれば、天子様の即位から近い時期になるのではないでしょうか。()()には「一枚の草の葉でも干して蓄えよ」という風に、“戦争中の困窮への備え”について幾度も言及されていますが、そういった準備は天子様の即位を目安にして始めれば、丁度良い(あん)(ばい)になると推測する次第です。

 日月神示には(よい)(みょう)(じょう)という言葉で、立替え立直しの時期を語ったものがあります。

(よい)(みょう)(じょう)が東へ廻ってゐたら、愈々だぞ。天の異変 気付けと、くどう申してあろがな」 『松の巻』 第十九帖 [310]

 ()の明星は日が没する西()の空に輝く金星”ですから、日が昇る東の空に見えることはありません。東の空に輝く金星は(あけ)の明星と呼ばれます。

 この話の正確な意味は不明ですが、大本神示にも同じ記述が見られます。

「宵の明星、ぐるぐると廻りて、不思議を啓示せども、気の付く人民 無いぞよ」 『大本神諭/神霊界』 明治三十三年 旧十二月十一日

「宵の明星が東へまはりなされたならば、世界には変事があるから、世界の人民よ、何処に何事があろうやら判らぬぞよ」 『大本神諭/神霊界』 明治三十一年 旧八月七日

〔前略〕 酋長の言葉をはるや否や、次席にひかへたる一柱の()()は、ただちにその後をつけて、「なほも吾々として(いぶか)しきは、宵の明星いつのまにか東天に現はれて非常の異光を放ち、その星の周囲には種々の(はん)(もん)あらはれ、地上の吾々は何事かの変兆ならむと心も心ならず、郷の神人に選ばれて吾もまた西南さして進むのであります。はたして何の象徴でありませうか」といつて(はふり)()(のかみ)の顔をちよつと覗いた。〔後略〕 『霊界物語』 第五巻 第五篇 第三十四章

 大本神諭によると「宵の明星が東へ廻る」という現象は、人間が気付かなかっただけで今迄にもあったそうです。

 しかし、そのような出来事が物理的にあれば天文学の歴史に残る一大事になるはずですが、そういった話は聞いたことがありません。ですから、縁ある人の霊眼に映る“霊的な前兆現象”のようなものではないでしょうか。

 日月神示には“祭祀の日付”が記されています。

「六月の二十八日は因縁の日ざ」 『上つ巻』 第二十四帖 [24]

「八月の十日には江戸に祭りてくれよ」 『下つ巻』 第十帖 [52]

「江戸の奥山には八日、秋立つ日に祀りてくれよ。中山九日、一の宮には十日に祀りてくれよ」 『下つ巻』 第二十七帖 [69]

「江戸の仕組、旧五月五日迄に終りてくれよ。後はいよいよとなるぞ」 『水の巻』 第五帖 [279]

「鎮座は六月の十日であるぞ」 『水の巻』 第八帖 [282]

「釈迦祀れ。キリスト祀れ。マホメット祀れ。カイの奥山は五千の山に祀りくれよ。七月の十と二日に天晴れ祀りてくれよ」 『松の巻』 第十七帖 [308]

「仕組少し早よなったから、かねてみしてあった事八月八日から始めくれよ」 『松の巻』 第二十九帖 [320]

「二十二日の夜に実地が見せてあろうがな、一所だけ清いけがれん所残しておかな足場なく、こうなってはならんぞ、カタ出さねばならんぞ」 『雨の巻』 第十一帖 [345]

「六月十日と九月八日はヒトカタ祓ひせよ」 『春の巻』 第四十九帖 [706] 昭和二十七年版)

「まつり行事の起ち上る時は拍手して下されよ。終りも拍手ぢやぞ。地場、丘と山に神は満たん、八、九ぢやぞ。八の日にふでで知らすぞ、二十二の夜に知らすぞ。あわてるでないぞ。神の仕組、間違ひないのぢやぞ。どしと運べよ」 『夏の巻』 第二十五帖 [741] 昭和二十七年版)

 これらは当時の役員への指示であり、既に失効したと言えますが、何らかの神事を行う際の日取りの参考になるかもしれません。

 日月神示には岡本天明氏の誕生日である“十二月四日”への言及があります。

「一二四、結構な日に生れたのぢゃ、この日に生れた仕事は皆よくなるぞ」 『海の巻』 第六帖 [498] 日月神示の日付は基本的に新暦です)

 この記述の源流は大本神諭にあり、そちらは出口王仁三郎の誕生日である旧七月十二日になっています。

「七月十二日は○○の生れた結構な日柄であるぞよ。(この)日柄に初めた事は、何事でも善き事なれば一つも滞り無く成就いたすぞよ。〔後略〕 『大本神諭/神霊界』 大正六年 新六月六日 大本神諭の日付は基本的に旧暦です)

 基本的には、極めて重要な御役目を果たした身魂の功績を、誕生日を使って讃えていると思われます。ただし、“蔭の御役”である天明氏の誕生日は、敢えて判りにくく書いてあるようです。

 ですから、十二月四日も「気付く者だけ気付けば良い」という扱いであり、縁起を担ぐ以上のことは考えない方が良いでしょう。

 以上で、日月神示に約百箇所ある()(せつ)の引用と解釈を終えました。百箇所の中で割愛したのは、重要過ぎるが故に中途半端に触れることができなかった“九月”の記述だけです。

 九月の解説は“旧九月八日の仕組”と一緒に行う必要があり、多くの予備知識が必要になります。その上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので、本格的に論じると時節論から外れてしまいます。このため、時節概論とは別個にまとめます。

 他にも「拡大解釈をすれば時節に見えなくもない」という記述は幾つかあるのですが、時節の根幹に影響を与えるものではなく、無理に解釈しても混乱を招くだけなので引用は控えます。

 なお、岡本天明氏は『五十黙示』の後書きで、日月神示が全五十巻であり、未書記の巻が存在することを明かしています。その中に時節の記述があれば、本論で論じた内容は全て引っ繰り返る可能性がありますが、未書記の巻は内容が全く判らないので、現時点では考慮に入れようがないことを御理解ください。

 さて、時節論の最後に、かなり特殊な記述を引用します。これは時節の全体像が確定した上で余ったものであり、()()()()()()()()()()()ことが判明しています。

「十年先は()()()の世ざぞ」 『日の出の巻』 第二十帖 [233]

 上の記述を時期的に見ようとしても、「別角度から見た記述が同じ日と年を指す」及び「()()()()する」という、時節の()()()()に共通する手法が使われていないので、どれも決定打に欠ける解釈にしかなりません。或る意味において旧三月三日や旧五月五日の()()であり、誰もが()()()()()()()()()()()書き方になっています。

 結論から述べれば、この記述の意味は「馬を走らせるためには人参をぶら下げる必要があった」ではないでしょうか。ちなみに、昭和三十八年版と第二仮訳で削除された部分に同じ意味の記述があります。

「いよ神政元年ぢや、進め進め、進むところひらけて来るのざぞ、進まねば後悔ぞ」 『春の巻』 第五十七帖 [714] 昭和二十七年版)

 そこで、これらの記述の背景を、ミロクの世を見ることなく世を去った、かつての“因縁の身魂の心情”と絡めて考えてみます。

 日月神示を読むと明日にも立替えが起こるような伝え方になっています。それもあってか、初期の信奉者の神業は非常に活発でした。しかし、実際の立替え立直しは()()の発祥から百年”()()に計画されており、岡本天明氏を筆頭とする因縁の身魂がミロクの世を迎える前に寿命が尽きることを、天之日津久神様は最初から御存知だったわけです。

 神の言葉を信じて命じられるままに奉仕した因縁の身魂の方々が、ミロクの世を見ることなく(こん)(じょう)を終えた際の心境は、率直に言って想像したくありません。

 無論、三千世界の立替えという“世の元からの(たい)(もう)は、千年万年の視点で考えるべきものであり、人間が「どうせ自分が生きている間に理想世界は実現しないのだから神の言葉には従わない」と言っては、遠からず計画が(とん)()します。ですから、どうしても圧倒的多数を占める()()()()()の人間に頑張って貰う必要があります。

 ですが、「貴方(あなた)()()だけど全身全霊で尽くして欲しい」と言われて(ふる)い立つ人間は居ませんから、その人達が生きている間に理想世界が到来するような伝え方をせざるを得なかったのでしょう。これについては“天啓の宿命”とも言え、大本神示なども同様の伝え方になっています。

 そこに考えが及ぶと、以下の点に気付かざるを得なくなります。

「日月神示だけが例外(ちがう)とは限らない」

 一応、立替えの予定(タイムテーブル)が一日単位で決定されていることや、()(つぎ)()()の誕生に干渉して計画に組み込んでいることなどから、日月神示が最後(とどめ)()()である(がい)(ぜん)(せい)は高いと言えます。

「今までほかで出て居たのは皆 ()()(さき)ぢゃ、ここは()()ぢゃ、何時もの如く思って居ると大変が足元から飛び立つのざぞ、取返しつかんから気付けてゐるのぢゃ」 『風の巻』 第六帖 [357]

「終りの始の神示ざぞ、夢々おろそかするでないぞ、キの神示ぢゃ」 『風の巻』 第七帖 [358]

 ただし、絶対にそうだとは人智では断定できないのです。そして、この話を突き詰めれば次のような自問が思い浮かびます。

「神に使い捨てにされても信仰を続けられるか?」

 勿論、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のですが、現世を生きる人間は簡単に割り切れないのも事実です。

 しかし、物事を全体と永遠の視座から見つめる高位の神霊にとって、地上人の数十年の人生の感傷を考慮に入れないのは当然であるらしく、人間にも同様の姿勢が求められています。

「現実の事のみで処してはならん、常に永遠の立場に立って処理せよと申してあろうがな」 『紫金の巻』 第十四帖 [993]

 ですから、立替えが遅れて嘘つき呼ばわりされても、周囲から狂人扱いされても、自分が生きている間にミロクの世が訪れなくても、それでも神を信じ抜く“狂気と紙一重の覚悟”が必要になるのでしょう。

「此の神示は世に出てゐる人では解けん。苦労に苦労したおちぶれた人で、苦労に負けぬ人で気狂いと云はれ、阿呆と謂はれても、神の道 素直に聞く臣民でないと解けんぞ。解いてよく噛み砕いて世に出てゐる人に知らしてやりて下されよ」 『日月の巻』 第三十六帖 [209]

 それでこそ、神の心に刻まれる“因縁の身魂”と言えます。

 かつて神の御用を果たした因縁の身魂の方々と、今も神の御用を果たしている因縁の身魂の方々と、いずれ神の御用を果たす因縁の身魂の方々に、この場を借りて最大の敬意と感謝を表します。

 本節までの考察により、年月日的な意味での時節論は終わったので、本章の残りは“辛酉が意味するもの”()()()の重層構造”を論じることに使います。

 最初に言及するのは【数霊の(れい)】です。

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数霊の〇

 日月神示の説く(かのと)(とり)が内包する意味は【数霊の(れい)】から見えます。


 しかし、数霊の(れい)について論じるのは或る種の困難を伴います。これは(れい)が基本的に“存在しない()()であり、()()()()()からです。それでも このような不明瞭なものに言及せざるを得ないのは、数霊の(れい)が最大最後の神仕組である“富士の仕組”の中核を形成する概念だからです。

 そして、“概念”“原理”を形成し、現象に対する現象が起きる理由、もしくは結果に対する原因として“神経綸の背景”になっています。それ故、()()の宇宙観を根幹的な部分から見て行くことによって、より広範な視点から“神の計画(パズル)を概観できるようになるはずです。

 そこで、本節では【神は宇宙を創り給わず】、【前なるもの】、【ム】と【ウ】、【円環】という風に、日月神示の宇宙観を()()()()()()()()()()()を使って、(れい)姿(はたらき)を浮き彫りにしたいと思います。

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神は宇宙を創り給わず

 日月神示の宇宙観には「始まりの前を重視している」という特徴があります。これは数で表すなら(はじめ)の前であり、(れい)を意味します。

「第一歩の前に〇歩があるぞ。〇歩が大切ぞ。心せよ」 『月光の巻』 第四十七帖 [834]

「根本の元の元の元の神は〇から一に、二に、三に、四に、五に弥栄したのであるぞ」 『至恩の巻』 第七帖 [954]

「世の元、〇の始めから一と現われるまでは〇を十回も百回も千回も万回も繰り返したのであるぞ、その時はそれはそれはでありたぞ、火と水のドロドロであったぞ、その中に五色五頭の竜神が御ハタラキなされて修理固成(つくりかため)なされたのぢゃ」 『扶桑の巻』 第二帖 [851]

 そして、この話に関連するのが、日月神示の宇宙観で最も根幹的な【神は宇宙を創り給わず】という部分です。ここから細かい宇宙観が枝葉のように伸びて、独自の三千世界観が咲き誇っています。


「神は宇宙を創り給はず。神の中に宇宙を生み給うたのであるぞ」 『黄金の巻』 第三帖 [514] 第一仮訳)

「神は宇宙を創り給はずと申して聞かせてあろうが、このことよく考へて、よく理解して下されよ、大切な別れ道で御座るぞ」 『紫金の巻』 第八帖 [987]

「地上人は肉体を衣とするが故に宇宙の総てを創られたものの如く考えるが、創造されたものではない。創造されたものならば永遠性はあり得ない。宇宙は神の中に生み出され、神と共に生長し、更に常に神と共に永遠に生まれつつある」 『地震の巻』 第一帖 [378]

 同じ内容が「万物は神の中に存在する」といった言葉で述べられています。

「宇宙は この方の中にあるのぢゃ。この方ぢゃ」 『春の巻』 第五十二帖 [709]

「人民いくら頑張っても神の外には出られん。神いくら頑張っても大神の外には出られんぞ」 『夏の巻』 第七帖 [724]

「総ては大宇宙の中にあり、その大宇宙である大神の中に大神が生み給ふたのであるぞ。このこと よくわきまへて下されよ。善のこと悪のこと善悪のこと、よく判って来るのであるぞ」 『冬の巻』 第一帖 [770]

「総てが神の子ぢゃ。大神の中で弥栄ぞ。大き心、広き心、長い心 結構」 『月光の巻』 第九帖 [796]

「そなたは神の中にゐるのであるから、いくらあばれ廻っても神の外には出られん。死んでも神の中にゐるのであるぞ。思ふさまやりてみて早う得心改心いたされよ」 『月光の巻』 第五十三帖 [840]

「人民は神の中にゐるのであるから、いくら頑張っても神の外には出られん。死んでも神の中にゐるのぞ」 『極めの巻』 第十三帖 [940]

 更に同様のことを、日月神示の特徴である“歓喜の宇宙観”と絡めて述べた記述もあります。この宇宙観は三千世界の一切を肯定する非常に高い視座から説かれており、一言で表現すると(いや)(さか)です。その主旨は「あらゆる存在の本体は歓喜そのものであり、宇宙の全ては喜び合うために生まれた」と要約できます。

「かくして、大神の大歓喜は大いなる太陽と現われる。これによりて新しく総てが生まれ出る。太陽は神の生み給えるものであるが、逆に太陽から神が更に新しく生まれ給うのである。は絶えず繰り返され、更に新しき総ては神の中に歓喜として(はら)み、生まれ出て、更に大完成に向かって進みゆく。親によって子が生まれ、子が生まれることによって親が新しく生まれ出ずるのであることを知らねばならない。されば、その(はたらき)に於いては千変万化である。千変万化なるが故に一である。一なるが故に永遠である」 『地震の巻』 第三帖 [380]

「人の生後、即ち地上人の生活は生前の生活の延長であり、また死後の生活に そのままにして進み行く。立体となり、立々体と進み、弥栄する処に尽きざる歓喜があり、善悪美醜の呼吸が入り乱れつつ調和して、一の段階より二の段階へ、更に三の段階へと弥栄浄化する。浄化弥栄することにより善悪美醜の(ことごと)くは歓喜となる。故に神の中に神として総てが弥栄するのである」 『地震の巻』 第五帖 [382]

「地獄はないのであるが、地獄的現われは生前にも生後にも また死後にもあり得る。しかし、それは第三者から そのように見えるのであって真実の地獄ではない。大神は大歓喜であり、人群万類の生み主であり、大神の中に総てのものが生長しているためである」 『地震の巻』 第十七帖 [394]

「宇宙は人間の心のままと申してあらうが。宇宙は未完成のものと申してあらうが。永遠に未完成であり弥栄であるぞ。そこに生命あり喜びあるのぢゃ。大神の中で宇宙はなりなりてゐるのであるから、ナリ、永遠になるのであるぞ。不変の中に千変万化、自由自在の存在を与へてあるのぢゃ」 『黒鉄の巻』 第三十七帖 [655]

 ここまでの引用に見られるように、日月神示では「宇宙は神の中に生まれた」という点が強調されています。これを別の言い方にするなら、「一切万物は唯一者の無限の側面の一つである」と表現しても構わないでしょう。そのような視点からの記述も抜粋してみます。

「何も彼も存在許されてゐるものは、それだけの用あるからぞ。近目で見るから善ぢゃ悪ぢゃと騒ぎ廻るのぞ。大き一神を信ずるまでには部分的多神から入るのが近道。大きものは一目では判らん」 『黄金の巻』 第六十九帖 [580]

「太日月地大神としての この神は一柱であるが、働きはいくらでもあるぞ。その働きの名がもろもろの神様の名ぢゃ。無限であるぞ。この方一柱であるが無限柱ぞ。総てが神であるぞ。一神ぢゃ。多神ぢゃ。(はん)(しん)ぢゃ。総てが神ぢゃ。喜びぢゃ」 『春の巻』 第二十一帖 [678] 第一仮訳)

「宇宙の総ては この神の現れであり一面であるから、その()()つかんで拝んでもよいのであるぞ。その()()つかんですがってもよいのであるぞ。水の流れも宗教ぞと申してあらう。総てに神の息 通ふているぞ」 『春の巻』 第二十二帖 [679]

「何神様とハッキリ目標つけて拝めよ。只ぼんやり神様と云っただけではならん。大神は一柱であるが、あらわれの神は無限であるぞ。根本の、太日月地大神さまと念じ、その時その所に応じて、特に何々の神様とお願ひ申せよ」 『夏の巻』 第四帖 [721] 第一仮訳)

「一神説いて多神説かんのも(かた)()、多神説いて一神説かんのも片輪、一神則多神則汎神である事実を説いてきかせよ」 『夏の巻』 第十五帖 [732]

「神の姿は総てのものに現われてゐるぞ。(みち)(ばた)の花の白きにも現われてゐるぞ。それを一度に総てを見せて飲み込ませてくれと申しても判りはせんぞ。判るところから気長に神求めよ」 『夏の巻』 第十七帖 [734]

「この世は 皆 神の一面の現われであるぞ」 『月光の巻』 第六十一帖 [848]

 以上の内容から見えるように、天之日津久神様は「宇宙の全ては神が()()()もの」と説いています。これが“日月神示の宇宙観の根幹”です。

 そして、神経綸に幾つもの(ひな)(がた)が重層的に織り込まれている理由も、上記の宇宙観にあります。

「歓喜は神であり、神は歓喜である。一から一を生み、二を生み、三を生み、無限を生みなすことも、みなこれ歓喜する歓喜の現われの一つである。生み出したものなればこそ、生んだものと同じ性をもって弥栄える」 『地震の巻』 第二帖 [379]

「全大宇宙は神の外にあるのではなく、神の中に、神に抱かれて育てられているのである。故に宇宙そのものが神と同じ性を持ち、同じ質を持ち、神そのものの現われの一部である」 『地震の巻』 第五帖 [382]

「地上人が死後、物質的に濃厚なる部分を脱ぎ捨てるが、その根本的なものは何一つとして失はず生活するのである。その状態よりも(なお)一層に そのままであって、何等の変化もないと思へる程である。(さなぎ)(ちょう)になる如く弥栄へるのであって、それは大いなる喜びである。何故ならば大歓喜なる大神の中に(おい)て、大神の その質と性とを受け継ぎ呼吸してゐるからである」 『地震の巻』 第八帖 [385] 第一仮訳)

「人間が物質界にいる時は、それに対応した物質の衣、即ち肉体を持ち、霊界に入った時は それに相応した霊体を持つ。そして、それはまた完全なる人間の形であり、人間の形は霊人の形であり、神の形であり、更に大宇宙そのものの形である。大宇宙にも頭があり、胴があり、手足があり、目も鼻も口も耳もあり、又 内臓諸器官に対応する それぞれの器官があって常に大歓喜し、呼吸し、脈打っていることを知らねばならない」 『地震の巻』 第十六帖 [393]

「神も人間も同じであると申してあろう。同じであるが違ふと申してあろう。それは大神の中に神を生み、神の中に人民生んだためぞ。自分の中に自分新しく生むときは、自分と同じ(かた)のものを生む。大神 弥栄なれば、神も弥栄、神 弥栄なれば人民 弥栄ぞ。困るとか、苦しいとか、貧しいとか、悲しいとか云う事ないのであるぞ。道ふめと申すのは、生みの親と同じ生き方、同じ心になれよと申すことぞ」 『夏の巻』 第七帖 [724]

「人間は大神のウズの御子であるから、親の持つ、新しき、古きものが そのまま型として現れゐて、弥栄えてゐる道理ぢゃ」 『夏の巻』 第十五帖 [732]

「人民は土でつくったと申せば、総てを土でこねてつくり上げたものと思ふから、神と人民とに分れて他人行儀になるのぞ。神のよろこびで土をつくり、それを肉体の型とし、神の歓喜を魂としてそれにうつして、神の中に人民をイキさしてゐるのであるぞ。取り違ひせんように致しくれよ。親と子と申してあろう。木の(また)や土から生まれたのではマコトの親子ではないぞ」 『秋の巻』 第二帖 [743]

「宇宙は霊の霊と霊と物質とからなってゐるぞ。人間も 又 同様であるぞ。宇宙にあるものは 皆 人間にあり。人間にあるものは 皆 宇宙にあるぞ。人間は小宇宙と申して、神の(ひな)(がた)と申してあらう」 『冬の巻』 第一帖 [770] 昭和二十七年版)

「人民の肉体も心も天地も 皆 同じものから同じ想念によって生まれたのであるぞ。故に同じ型、同じ性をもっているぞ」 『至恩の巻』 第五帖 [952]

 日月神示では「宇宙は神の中に生まれた」と繰り返されており、世界そのものが“神の形質(かたち)を受け継いでいるとのことです。これは()()()()姿()()()()のと同じであり、

森羅万象には神の姿が“型”として表れています。

 そのため、神霊によって生み出された神の計画も、“神の(ことわり)“神の物語”に準じざるを得なかったと思われ、或る意味では次のように表現できるのかもしれません。

()()しかできない」

 この話を逆から考えてみると、成長を続ける子供が成人した姿、つまり“三千世界の生成化育の終着点”“神の計画の完成形”の予想には、宇宙を生んだ()()()()()が参考になるはずです。何故なら、

“次なるもの”を形作る()()“前なるもの”の中に既に存在しているからです。

 そして、“神が()()()った姿”が大宇宙であるなら、宇宙が()()前から存在していた(なにか)が あらゆる存在の()()と言えます。()()“全ての()()の本体”と呼ばれ“無”と説かれています。

「総てのものの本体は無なるが故に永遠に存在する」 『地震の巻』 第一帖 [378]

 ただし、「神は人智を超えるので殆ど理解できない」とのことです。

「人間には神は知れんものぞ。神のはたらきのみ やっと知れるぞ。神の(ハタラ)きは千変万化、(ハタラ)き見て神そのものと思ふは人間心」 『黄金の巻』 第四帖 [515]

「肉体人に神は直接分らんものぞ。神は(ハタラ)き、神の働きの影しか判らんものぞ。神の姿 見たと申すのは、神の姿の影を自分の心に描き出したまでであるぞ。心に判っても肉体に判るものでないぞ」 『黒鉄の巻』 第三十一帖 [649]

 同様に、神の神たる“大神”や、無の存在に近い“根元神”は更に理解が難しいとのことです。

「神様でも大神様は判らんのであるぞ」 『春の巻』 第五帖 [662]

「人民の智の中に現われてくるときは もはや大神ではないぞ、神であるぞ。大神は人民には判らんと云ふことが判らねばならんぞ。原因の原因は中々見当とれん」 『夏の巻』 第二十帖 [737] 第一仮訳)

「天の王と地の王とをゴッチャにしているから判らんことになるのぢゃ、その上に また大王があるなれど大王は人民には見当とれん、無きが如き存在であるぞ。人民は具体的にと申すなれど、人民の申す具体的とは凝り固まった一方的なもの、一時的な その時の現れであるぞ。人民の申す絶対無、絶対空は無の始めであり、空の入口であるぞ、そこから無に入れよ、空に生きよ」 『紫金の巻』 第十三帖 [992]

 上の帖に言及がある“無きが如き存在”()()の始まりの前に在るものであり、(はじめ)の前の(はたらき)だと考えられます。恐らく、この存在(はたらき)“数霊の(れい)に最も近いはずです。

 そして、無きが如き存在という呼び方は「在って無く、無くて在る(もの)である(れい)に掛けてあるらしく、その姿(はたらき)が、辛酉の年の辛酉の日に(じょう)(じゅ)する“富士の仕組の中核”を形成しているのです。

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前なるもの

 日月神示には“始まりの前に在る()()への言及があります。

「始めの日は始めの日に過ぎん、始めの前にあるものが判らなければ、それは只の理屈に過ぎんぞ、マコトでないぞ、根から出たものではない、枝葉に過ぎん」 『碧玉の巻』 第七帖 [871]

 恐らく、“根元的な(なにか)が始まりの前の存在であり、数で表すところの(れい)だと思われます。()()記号(シンボル)と御神名の二つの形式で記されており、主に概念的な側面から【前なるもの】と仮称します。この表現は次に引用する『地震の巻』から採用しました。

「生前、生後、死後は一連の存在であって、そこには存在以外の何ものもないのである。存在は生命であり、生まれつつあるもの、そのものである。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。また総てのものの本体は無なるが故に永遠に存在する。地上人は生前に生き、生前に向かって進みゆく。また地上人は地上に生き、地上に向かって進みゆく。また地上人は死後に生き、死後に向かって進みゆく。しかし、その総ては神の中での存在であるから、それ自体のものはない。善でもなく悪でもなく、ただ生まれつつあるのみ」 『地震の巻』 第一帖 [378]

 上の帖で“前なるもの”を軸に展開される内容は、無きが如き存在や数霊の(れい)を考える上でも参考になるのですが、本項では更に直接的な言及である『空の巻』第三帖を軸に考察して行きます。


 古事記で宇宙に最初に()(しょう)した存在は(あめ)()()(なか)(ぬし)(のかみ)です。しかし、日月神示では始まりに至るまでの過程、つまり“天之御中主神の前なる()()への言及があります。その内容は『空の巻』に収録されており、まず記号が羅列され、次に御神名が(つづ)られるという特殊な形式になっています。

 最初に『空の巻』第三帖の“記号”から掲載します。

 この記号(シンボル)の羅列の見方は幾つもあると思いますが、基本的にはが段階的にへ近付いているように見えます。

 また、最後の記号での蔭に隠れる格好になっています。ここでは描写されていませんが、最終的に“現れているもの”だけになったのかもしれません。

 大本系統の宗派においては根元神の象徴(シンボル)ですが、この帖の内容によれば、と同時期にという何らかの因子(ファクター)が存在したことが窺えます。そして、()()の蔭に今なお“現れざるもの”として存在するはずです。これが無きが如き存在や数霊の(れい)(はたらき)の一面である可能性が高いです。

 次に『空の巻』第三帖の“御神名”を対訳で引用します。

 この帖の御神名は直前に羅列された記号の訓み方らしく、双方の間には“明確な対応関係”が読み取れます。そこで、判り易いように記号と御神名を並べてみます。

 これが、(れい)が一として現れるまでの過程”を、記号と御神名を使って表現したものだと考えられます。

 なお、()()番目の天之御中主神に対応する記号が無いのは()()()()()()(ひとつ)の中に(すべて)が入っている」といった意味だと思われます。恐らく、数が十段階を経て繰り上がるように、

十一とは()()()()()()()()()()()()()()()“新しき一”なのでしょう。

 それ故、『空の巻』の記号と御神名は(れい)と一の一体性の表現”と推測され、神名の数が十一であっても、実際には“一柱の存在”と言えそうです。その点を踏まえた上で、一である()()()()()の前なる()()として、“あめつち御中ムしの神”“あめつち御中ウしの神”という御神名が明かされています。

 ここからは次の内容が読み取れます。

(れい)(あめ)(つち)()()(つかさど)る」

 (れい)(てん)()()(ぶん)の一なる状態(すがた)を意味する数であり、恐らくは()()御中主神の化生と同時に天と地の()()が始まったはずです。ただし、天と地が完全に()()したのは、伊邪那岐神と伊邪那美神の()()の時点だと思われ、それまでは実態的に(あめ)(つち)と呼び得る状態だったのではないでしょうか。

 そして、(てん)()を一体と見る(あめ)(つち)の言葉は、日月神示では“和合”()()の意味で使われます。

「善も悪も一つぢゃ、霊も身も一つぢゃ、(アメ)(ツチ)ぢゃとくどう知らしてあろが」 『光の巻』 第六帖 [402]

「ひかり教の教旨 書き知らすぞ、人民その時、所に通用する様にして説いて知らせよ。 教旨 (てん)()不二、神人合一。(あめ)(つち)なり、(つち)(あめ)なり、()()なり、アメツチなり、神は人なり、人は神なり、一体なり、神人なり。神、幽、現、を通じ、過、現、末、を一貫して神と人との大和合、霊界と現界との大和合をなし、現、幽、神、一体大和楽の光の国実現を以って教旨とせよ」 『青葉の巻』 第三帖 [472]

〔前略〕 分け隔てと云ふ事なく一致和合して神に仕へまつれよ、和合せねば誠のおかげないぞ。先づ自分と自分と和合せよ、それが和合の第一歩、アメツチ心ぢゃぞ、すべては そこから生れ来るものなのぞ」 『青葉の巻』 第六帖 [475]

「世の建替と申すのは、身魂の建替へざから取違ひせん様致されよ、ミタマとは身と(たま)であるぞ、今の学ある人民 ミばかりで建替へするつもりでゐるから、タマが判らんから、いくらあせっても汗流しても建替へ出来んのざぞ。(あめ)(つち)(とき)来てゐることは大方の人民には分って居りて、さあ建替へぢゃと申しても、肝腎のタマが分らんから成就せんのざぞ」 『青葉の巻』 第十五帖 [484]

「今迄の信仰は何処かにさびしき、もの足りなさがあったであらうが。片親がなかったからぞ。天に仕へるか、地に仕へるかであったからぞ。この道はアメツチの道ざと知らしてあらうがな。清くして富むのがまことぢゃ。地も富まねばならんのぢゃと申してあらうが」 『黒鉄の巻』 第三十六帖 [654]

「天のことは今迄は人民には判らなかったのであるぞ、時めぐり来て、岩戸がひらけて、判るようになったのぞ、今迄の人民であってはならん、地そのものが変ってゐるのであるぞ、〔中略〕 (カミ)(ヒト)とならねば生きては行かれんのぢゃ、天地がアメツチとなってきてゐるからぞ、天も近うなるぞ、地も近うなるぞと気つけてありたのに目さめた人民 少ないぞ」 『扶桑の巻』 第十五帖 [864]

 ここからは「和合が神の()(むね)である」と読み取れ、それを推進する(はたらき)(れい)にあることも明かされています。

と〇であるぞ、の陰にはがあり、の陰にはがある、その和の状態が〇であるぞ、のみでは力ないぞ、だけでは力ないぞ、とだけでも動きないぞ、生命の喜びないのであるぞ、よく心得よ。〇があってがあり、があって和があるのであるぞ、別の()(なか)(ぬし)あると申してあらう、ここの道理よく得心、合点せよ。は人間にとって直接の喜びでない、がぢきぢきの喜びぞ、も直接ではなく、が直接の喜びであり、その二つが和して嬉し嬉しと弥栄えるのであるぞ」 『白銀の巻』 第五帖 [616] 昭和二十六年版。この帖は昭和三十八年版で大幅に手が加えられ、それが第二仮訳に受け継がれています)

「山も自分、川も自分、野も自分、海も自分ぞ。草木動物 悉く自分ぞ、歓喜ぞ。その自分出来たら天を自分とせよ。天を自分にするとはムにすることぞ。〇に化すことぞ。ウとムと組み組みて新しきムとすることぢゃ」 『月光の巻』 第二十五帖 [812] 「ムとウを組んで新しきムとする」は、別の箇所で語られている「奇数と偶数を合わせて新しき奇数を生む」や「陽と陰が和して新しき陽が生まれる」と同じ意味のようです)

「厄も祓はねばならんが福も祓はねばならん。福はらひせよと申してあらうが。厄のみでは祓ひにならん。福のみでも祓ひにならんぞ。厄ばらひのみしたから今日の乱れた世相となったのぢゃ。この判り切った道理が何故に判らんのか。悪を抱き参らせよ。善も抱き参らせよ。抱くには(レイ)にならねばならんぞ」 『月光の巻』 第二十八帖 [815] 「抱くには(レイ)にならねばならん」とは「問題の根本的な解決には和合の精神で当たらなければならない」といった意味だと思われます)

 一つ目の引用における「()()御中主」とは、(プラス)的なものと(マイナス)的なものが和合した(さん)及び()()()(ひとつ)を指すと思われます。同時に、

(プラス)(マイナス)(へい)(こう)した()の状態”(れい)であることも明言されています。

 この場合、(れい)(プラス)(マイナス)という“三元”(アメツチ)()()に相当し、(あめ)()()(なか)(ぬし)(のかみ)(たか)()()()()(のかみ)(かみ)()()()(のかみ)である“造化三神”の関係のように、“三位一体”を形成するはずです。

「陰と陽、右と左、上と下、前と後、男と女と考へてゐるなれど、タカミムスヒとカミムスヒと考へてゐるなれど、別のミナカヌシ、現れるぞ。 よく見て下されよ、一であり、二であり、三であろうがな。三が道と申してあろう。陰陽二元でないぞ、三元ぞ、三つであるぞ」 『白銀の巻』 第一帖 [612] 原文U準拠)

 そして、(ミチ)である和合の実現は日月神示で“結び”と称されており、歓喜や弥栄や(れい)と同一視されています。

「一はいくら集めても一ぢゃ。二も三も四も五も同様ぞ。〇にかえり、〇によって結ばれるのぢゃ。〇がムスビぞ。弥栄ぞ。喜びぞ」 『月光の巻』 第十帖 [797]

「一はいくら集めても一であるぞ、判らんものいくら集めても判らん道理、二は二、三は三であるぞ、一を二つ集めても二にはならんぞ、人民 大変な取違いを致して居るぞと申してあろうがな、(レイ)がもとぢゃ、()()が元ぢゃ、結びぢゃ、弥栄ぢゃ、よく心得なされよ」 『扶桑の巻』 第二帖 [851]

 それ故、本論では十方世界に(れい)が加わり、“三千世界の生成化育の()()の日付であろう2041年11月25日を()()の日”と仮称しました。

 以上の内容から推察するに、

数霊の(れい)和合(むすび)(はたらき)(つかさど)る可能性が高いです。

 そういったことが、(れい)を意味する()()()()()の前なるもの”から見えて来るのです。

 余談ですが、このような()(くう)に通じる内容を展開しているので、第二十一巻は『(そら)(まき)』と名付けられたのかもしれません。

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ム / ウ

 日月神示が(れい)である“天之御中主神の前なる()()に言及していることは前項で述べた通りです。そして、“数霊の(れい)(はたらき)は上向きと下向きの三角形で表現される場合が多く、訳文では【ム】と【ウ】の言葉が割り当てられます。

 そういった点を前提にしたと推測されますが、「ムとウが(れい)に関係すること」を示す好例があります。

「〇一二三四五六七八九十百千万歳万歳」 『紫金の巻』 第一帖 [980]

一二三曰五六七八九十百千(バン)()()()()()() 『紫金の巻』 第一帖 [980] 原文X)

 上の帖で岡本天明氏は「()()」を「(れい)」と翻訳しました。また、前項で触れたように、(はじめ)の前に在るものは「」や「」で表現されており、それを「あめつち御中()しの神」や「あめつち御中()しの神」と()ませています。ここから推察できるように、

ムとウは(れい)(はたらき)の表れ”です。

 故に、本項では“ムとウが意味するもの”(つまび)らかに見て行きます。


 ムとウはの記号で表現されますが、三角形は“方向の情報を内包した記号”として使われる場合が多いです。その点を加味して推測すると、日月神示における三角形は矢印的な意味合いを持つと思われます。そして、矢印とは“指向性”であり“力の向き”を表します。こういった視点から考えると、次のような推論が成り立ちます。

()()“対偶的な進展力(ベクトル)である」

 これらは“指向性を持つ(エネルギー)のようなものでしょう。ただし、人間が想像する()()()()()()()()()であることも明かされています。

「天国を動かす力は地獄であり、光明を輝かす力は暗黒である。地獄は天国あるが故であり、(やみ)は光明あるが故である。ここで云ふ力とは霊体、天地、陰陽、左右、上下、善悪、真偽の現はれと云ふことであって人間の云ふ力学的力ではない、本来は天国もなければ地獄もなく、ただ歓喜と歓喜の因があるのみであって、これが総てである。因が果にうつり、呼が吸となり行く道程に(おい)て、歓喜は更に歓喜を生ず。その一方が反抗すればするだけ他方が活動し、又 強力に制しようとする。呼が強くなれば吸も強くなり、吸が長くなれば呼も又 長くなる、ここに平衡が生まれてくる。は常に動いて栄え、は常に動かずして栄え行く、その平衡が浄化、弥栄である。故に地獄的なものも天国的なものも同様に神の呼吸に属し、神の脈打つ一面の現はれであることを知らねばならない」 『地震の巻』 第三帖 [380] 第一仮訳。「歓喜と歓喜の因があるのみ」の部分は「があるのみ」と言い換えても通じるはずです)

 ここから見える“対偶的な(はたらき)は或る種の()()であり、(かつ)(よう)と表現しても構わないでしょう。

 なお、上の帖の天国と地獄、光明と暗黒、天と地、陽と陰、左と右、上と下、善と悪、真と偽の部分に一つだけ補足するなら、“火と水”も対偶的な用に加えても良いと思われます。

 恐らく、“火”が燃え上がる()()の姿”(かたど)ったものが()であり、“水”(したた)り落ちる()()の姿”を象ったものが()なのでしょう。この点は次の記述からも窺えます。

「世の元と申すものは火であるぞ、水であるぞ。くもでて くにとなったぞ。出雲(いずも)とは この(くに)の事ぞ。スサナルの神は この世の大神様ぞ。はじめはであるなり、(うご)いて月となり地となりたのざぞ」 『日月の巻』 第二十八帖 [201]

〔前略〕 無は有を無化せんとし、有は無を有化せんとし、その融合の上に生命が歓喜するのである。無は有を生み、有は無を生み出す大歓喜の根本を知得しなければならない」 『地震の巻』 第八帖 [385]

「世の元、〇の始めから一と現われるまでは〇を十回も百回も千回も万回も、くりかへしたのであるぞ、その時は、それはそれはでありたぞ、火と水のドロドロであったぞ」 『扶桑の巻』 第二帖 [851]

「天は火ぞ、地は水ぞ」 『扶桑の巻』 第九帖 [858]

 こういった例から推察するに、

()()“対なるものの起源(オリジン)や総称”なのかもしれません。

 そこで、ムとウの活用(はたらき)(いざな)わんとする具体的な()()を、日月神示の内容から考えてみます。

 まずは“根元的な神の表現”としてのムとウを引用します。

「アメのひつ()のか()とはアメの()(つき)の神で御座るぞ、アメの(つき)()の神で御座るぞ、元神で御座るぞ、ムの神ぞ、ウの神ぞ、元のままの肉体持ちて御座る(おん)神様ぞ、つちのひつ()のおん神様ぞ、つちの()(つき)の御神様と今度は御一体となりなされて、今度の仕組 見事成就なされるので御座るぞ」 『雨の巻』 第七帖 [341]

 ここでは天之日津久神様がムとウの用に関わる(もと)(がみ)であることが明かされています。

 日月神示の原文の「一二」や「」は「()(つき)」や「(つき)()」と訓みますが、これはムとウの用が()()()()()()()()に受け継がれたことを示すのかもしれません。実際に、双方が象徴するものは(プラス)(マイナス)に代表される形で、非常に多くの類似点が見受けられます。

 他にも“根元的な(はたらき)の表現”としてのムとウの記述があります。

「キつけてくれよ、キがもとざぞ、キから生れるのざぞ、心くばれと申してあろが、心のもとはキざぞ、総てのもとはキであるぞ、キは(よろこび)ざぞ、〔中略〕 ものはキから生れるのざ、キがもとぞ、くどくキづけておくぞ。ムのキ動けばムくるぞ、ウのキうごけばウ来るぞ、どんな()()でもキあれば出来るぞ、キからうまれるぞ」 『磐戸の巻』 第二帖 [238]

「玉串として自分の肉体の清い所 供へ奉れよ、髪を切って息吹きて祓ひて紙に包んで供へまつれよ、玉串は自分捧げるのざと申してあろがな。お供への始めはムとせよ、ムはウざぞ、誠のキ供へるのざぞ」 『青葉の巻』 第二帖 [471]

 上の帖での「キ」は“根元的な力”“根元に向けた意識”といった意味合いで使われており、極めて深い精神的な作用のようなものだと思われます。この辺りの話は()()“元のキ”という表現が多用される背景になっています。恐らく、「元のキを(よみがえ)らせること」が天之日津久神様の活動の主体なのでしょう。その意味では、

天之日月(ひつく)神様の存在や活動そのものが“ムとウの用の現れ”と言えそうです。

 そこで、上の話と内容が通底する“同じ名の神の表現”としてのムとウも引用します。

がよろこびであるぞ。もよろこびであるぞ。よろこびにも三つあるぞ。は表、は裏、表裏合わせてぞ。は神であるぞ。神であるなれど現れの神であり、現れのよろこびであるぞ。のもとがであるぞ。キであるぞ。元の元の太元の神であるぞ。()であるぞ。()から()生まれ、()から()生まれるぞ。同じ名の神二つあると申してあろうが」 『春の巻』 第四帖 [661]

 この記述によると、日月神示の独自の概念である“同じ名の神”もムとウの用に深く関わるようです。また、ムとウは便宜的に二つとして表現されていても、実際には分けることができない“一なるもの”であり、とも切り離して考えることはできないそうです。

 (たと)えるなら、はゴム(ひも)のようなものであり、そこに備わった伸縮力がムとウの(はたらき)なのでしょう。ゴム紐は引っ張ると()()()()()()()()()()()()()性質を持ちますが、逆様の二つの力は“不可分の一体の(はたらき)として、()()()()()()宿()()()()()のです。

「同じ名の神 二柱あるのざぞ、〔中略〕 名 同じでも裏表ざぞ、裏表と思ふなよ、頭と尻 違ふのざぞ」 『風の巻』 第一帖 [352]

「同じ名の神が到るところに現はれて来るのざぞ、名は同じでも、はたらきは逆なのであるぞ、この二つがそろうて、三つとなるのぞ、三が道ぞと知らせてあろうがな」 『碧玉の巻』 第十帖 [874]

「空は天のみにあるのではないぞ、地の中にもあるのぞ、天にお日さまある如く地中にも火球があるぞと申してあろう、同じ名の神二つあるぞ、大切ことぢゃ」 『星座の巻』 第一帖 [884]

 そのような“表裏一体の(はたらき)を神格化したものが同じ名の神であり、こちらもムとウの用の現れと()()しても良いはずです。

 次に“境域的な表現”としてのムとウを引用します。

「三千の世界の中の一つがそなた達の世界であるぞ。〔中略〕 今の人民の知り得る世界はその中の八つであるぞ。〔中略〕 八つの世界とは、、ア、オ、ウ、エ、イであるぞ。八は固、七は液、六は気、五はキ、四は霊の固、三は霊の液、二は霊の気、一は霊のキ、と考へてよいのぢゃ。キとは気の気であるぞ。その他に逆の力があるぞ。九と十であるぞ。その上に 又 霊の霊の個から始まってゐるのであるが、それはムの世界、無限の世界と心得よ」 『白銀の巻』 第一帖 [612]

「元の元のからの中界を経て、ウの現界に到る(ことごと)くの世界が 皆 人間に関係あるのであるから、肉体はウであるが、魂はに通じてゐるのであるから、はヨロコビであるから、喜びが人間の本体であるから、神界と云ひ、現界と云ひ、一本の国であるから、〔後略〕 『白銀の巻』 第六帖 [617] ムとウを囲む(れい)“無”(れい)的な性質”を意味するらしく、本項で後述する五十音の話が参考になるはずです)

「ウはムであるぞ。ウとは現実界ぞ。ムとは霊界であるぞ。ウもムも同じであるぞ。ムからウ生まれて来ると申してあること、よく心得よ」 『秋の巻』 第二十五帖 [766]

 上の引用では、ムの用とウの用の影響が強いものの代表例として、“霊界”“現界”が挙げられているように見えます。

 また、ほぼ同様の意味を持つものとして、“無と有の表現”或いは“無限と有限の表現”としてのムとウの記述があり、に対応することも判ります。

がよろこびであるぞ。またはムでもあるぞ。内から外に向かって行くのがのやり方、外から内に向かって行くのが、がいこくのやりかた。からに行くのは、マコトが逆であるから、マコトのことは判らん。外から行く宗教や哲学や科学が元を判らなくしてゐるのぢゃ。元わからんで生きのいのちの判る(はず)ないぞ。今の世は逆様ぢゃ。先祖から正せよ。原因から正して行かなならんぞ。から出てにかへり、無限より出て有限に形し、有限から無限にかへり、また有限に動くのがマコトのやり方であるぞ」 『夏の巻』 第二帖 [719] 第一仮訳)

が無なればなるほどは有となるであるぞ」 『夏の巻』 第十一帖 [728]

「ウとムは相たがいに相反するのであるが、これが一つになつて動くのであるぞ、ウム組みてと、申してあろうがな、今の人民の智では中々解けん。ウの中心は無であるぞ、ムの廻りはウであるぞ、中心は無であるぞ、ムの廻りはウであるぞ、中心は無限、周辺は有限であること知れよ」 『夏の巻』 第十三帖 [730] 昭和二十七年版)

「無限のものと有限のものと、ムとウとをまぜまぜにして考へるから、人民の頭は()(かく)ウになりがちぢゃぞ」 『夏の巻』 第二十三帖 [739]

「中は無、外は有であるぞ。中になる程 無の無となるのぢゃ」 『秋の巻』 第二十六帖 [767]

「中心は無と申してあろう。中心は見えんから、判らんから、外のカスばかり見てゐるから、つまらんことでつまらんことが起ってくるのぞ、その見えぬ力が永遠の生命と現われるのであるぞ、見えるものは有限ぢゃ。〔中略〕 元の元の元をよく見極め、中の中の中の見えぬものを掴まねばならんぞ、そこから正さねば、外側からばかり清めても何もならん」 『碧玉の巻』 第六帖 [870]

 ここでのムとウの記述は、“霊と物質の性質”“内と外の在り方”“元と末の関係”を語っているらしく、前出の霊界と現界をムとウと見る記述と意味が通底します。

 以上の内容から見えるように、ムとウの(はたらき)“対偶性”との関連が深く、主に“天と地”“霊と体”の関係として語られる場合が多いです。

 そこで、その関連性を解説するために、日月神示の“霊体一致の原則”を引用して行きます。

「天にあるもの地にも必ずあるのざぞ、天地合せ鏡と聞かしてあろがな」 『日の出の巻』 第十三帖 [226]

「神霊なき地上人はなく、地上人と離れた神霊は存在しない」 『地震の巻』 第二帖 [379]

「地上人の内的背後には霊人があり、霊人の外的足場として地上人が存在する。地上人のみの地上人は存在せず、霊人のみの霊人は呼吸しない。地上人は常に霊界により弥栄する」 『地震の巻』 第三帖 [380]

「多くの地上人は霊界を知らない。霊界には地上世界に顕現せる総てのものの霊体が存在すると云うことを中々理解しない。霊人は又、霊物を物質的に表現した物質地上世界のあることを中々に理解しない」 『地震の巻』 第十四帖 [391] 昭和三十一年版)

「生長し、考慮し、行為するものの本体は自分自身の奥深くに秘められた自分、即ち霊の自分である。霊の自分は物質世界にあっては物質の衣をつける。故に物質的感覚は、その衣たる物質的肉体の自分なりと錯覚する場合が多いのである。しかし肉体をすてて霊界に入ったからと云って物質が不要となり、物質世界との因縁がなくなって(しま)ふのではない。死後と(いえど)も物質界とは極めて密接なる関係におかれる。何故ならば物質界と関連なき霊界のみの霊界はなく、霊界と関連なき物質のみの物質界は呼吸し得ないからである。生前の霊界、生後の物質界、死後の霊界の(いず)れもが不離の関係におかれて(たがい)に呼吸し合っている」 『地震の巻』 第十七帖 [394] 第一仮訳)

「霊の形は肉体の形、肉体は霊の形に従ふもの。このこと判れば、この世のこと、この世とあの世の関係がはっきりするぞ」 『黄金の巻』 第四十八帖 [559]

「人間の肉体は想念の最外部、最底部をなすものであるから、肉体的動きの以前に(おい)て霊的動きが必ずあるのであるぞ。故に人間の肉体は霊のいれものと申してあるのぞ。又 物質界は霊界の移写であり衣であるから、霊界と現実界、又 霊と体とは殆ど同じもの。同じ形をしてゐるのであるぞ。故に物質界と切り離された霊界はなく、霊界と切り離した交渉なき現実界はないのであるぞ」 『冬の巻』 第一帖 [770]

「そなた達は神をまつるにも、祖先をまつるにも物質のめあてつくるであろうがな。それは正しい事ぞ。なくてならんことぞ。物質をはなれて霊界のみの存在はないのであるぞよ」 『冬の巻』 第一帖 [770] 第一仮訳。第二仮訳では文意が逆様になっています)

 次に引用する記述も同じ内容ですが、日月神示の宇宙観を考える上で参考になる(かみ)の譬えが出て来ます。これは表裏一体を意味しており、上述の同じ名の神との関連が想起されます。

「木にも草にも石にも道具にも それぞれの霊が宿ってゐるのである。人間や動物ばかりでなく、総てのものに宿ってゐるのである。宿ってゐると云うよりは、霊と体とで一つのものが出来上がってゐるのである。一枚の紙の裏表のようなもの、表ばかりのものもない。裏ばかりのものもない道理」 『月光の巻』 第十三帖 [800] 第一仮訳)

 更に、霊体一致の原則の中でも、ムとウの“指向性”に合致した記述も見られます。

「霊物のみにて神は歓喜せず、物質あり、物質と霊物との調和ありて、始めて力し、歓喜し、弥栄するからである。霊は絶えず物を求め、物は絶えず霊を求めて止まぬ。生長、呼吸、弥栄は、そこに歓喜となり、神と現われ給うのである」 『地震の巻』 第四帖 [381]

「神は人となりたいのぢゃ。人は神となりたいのぢゃ。霊は形を、形は霊を求めて御座るのぢゃ。人は神のいれもの、神は人のいのち」 『黄金の巻』 第四帖 [515]

「一切が自分であるためぞ。常に一切を浄化せなならんぞ。霊は常に体を求め、体は霊を求めて御座るからぞ。霊体一致が喜びの根本であるぞ」 『冬の巻』 第一帖 [770]

 これらは「ム的なものほどウ的なものを希求し、ウ的なものほどム的なものを希求する」といった主旨であり、この点が前出の「()から()が生まれ、()から()が生まれる」の記述の背景になっています。譬えるなら、ゴム紐は引っ張る力に比例した引っ張られる力を()()()()ようなものです。

 こういった内容から見える(てん)()の一体性”が、前項で解説した「(れい)(あめ)(つち)()()(つかさど)る」と話が繋がっています。

 上記のように、ムとウで表現される“対偶”“対偶の和合(むすび)の考え方は、自然界の多くの事象に当て嵌めることができます。その理由は、()()()()()()()()()()()()()()()()“始まりの前の(なにか)性質(すがた)が宇宙に受け継がれたからだと考えられます。

「歓喜は神であり、神は歓喜である。一から一を生み、二を生み、三を生み、無限を生みなすことも、みなこれ歓喜する歓喜の現われの一つである。生み出したものなればこそ、生んだものと同じ性をもって弥栄える」 『地震の巻』 第二帖 [379]

「全大宇宙は神の外にあるのではなく、神の中に、神に抱かれて育てられているのである。故に宇宙そのものが神と同じ性を持ち、同じ質を持ち、神そのものの現われの一部である」 『地震の巻』 第五帖 [382]

「人民の肉体も心も天地も皆 同じものから同じ想念によって生れたのであるぞ。故に同じ型、同じ性をもっているぞ、そのかみの天津神はイザナギ、イザナミの神と現われまし、成り成りの成りのはてにイザナギ、イザナミの命となり給ひて、〔後略〕 『至恩の巻』 第五帖 [952]

 少し意味が違う譬えになるかもしれませんが、何らかの企画(プラン)を実行する前に、基本的な規格(フォーマット)を定めるようなものでしょうか。何事もそうですが、始める前に大筋の“枠組”“方針”を決めなければ、計画を実行段階に移すことはできないのです。

 恐らく、日月神示で“始まりの前”が重視されるのは、宇宙という“子の()()を真に理解するためには、根元神や(れい)という“親の性質(すがた)を知る必要がある、ということなのでしょう。

「始めの日は始めの日に過ぎん、始めの前にあるものが判らなければ、それは只の理屈に過ぎんぞ、マコトでないぞ、根から出たものではない、枝葉に過ぎん」 『碧玉の巻』 第七帖 [871]

 ()()こそが概念や原理として“三千世界の生成化育の原則”と呼び得るものであり、時節や神経綸の背景になっているのです。

 その上で、始まりの前という“隠れ”と、始まりの後という“現れ”は、日月神示で()()()に譬えられており、そこでの“概念的な表現”にもムとウが使われています。

()()()()()にアエオイウざぞ。昔の世の元ぞ。、ヤ、ワあるぞ、世の元ぞ。サタナハマからあるぞ。一柱、二柱、三柱、五柱、九柱、八柱、九柱、十柱、と申してあろがな。五十九の神、七十五柱これで判りたか。ざぞ。には裏表上下あるのざぞ」 『日月の巻』 第二十六帖 [199] 原文U準拠。傍点は原文Uと基本訳と第一仮訳のままです)

「人民が正しく言霊すれば霊も同時に言霊するぞ、神も応へ給ふのであるぞ。始め言葉の元があるぞ、ヽヽヽヽヽアと現はれるぞ、神の現はれであるぞ、言葉は神をたたへるものぞ、マコトを伝へるものぞ、(トモ)になり、倶に栄えるものぞ」 『星座の巻』 第二十帖 [903] 第一仮訳)

 この二つの記述ではムとウを囲う(まる)が徐々に開いて行きます。(まる)は胎児を包む()()“卵の殻”などの皮膜(コーティング)に類するもののはずです。これは“宇宙が生まれつつある状態(すがた)(れい)の性質が薄まって行く様子”()()()()描写しているように見えます。

 また、こういった描写の仕方は、(れい)“無”に通じ、“現れざるもの”という意味を持つことに掛けてあるようです。そのことは次の記述から判明します。

「五十九柱と申してあるが、その中の九柱は隠れた柱ぢゃ。ぞ。ぞ。この九柱は〇ぞ。心得なされよ。現われの五十柱のかげの隠れた九柱、心して大切申せよ」 『月光の巻』 第十六帖 [803]

 上の帖は“現れたもの”である()(いん)()(いん)に対する、“隠れたもの”である()(いん)を指すようです。詳細は省きますが、()()の数”である数霊の(れい)(らち)(がい)(ことば)である父音には共通点があるのです。

 他にも、極めて意味が似ている五十(あらわれ)(かくれ)の関係”を説く記述も見られます。

「天の5を地にうつすと地の五則となるのぢゃ、天の大神は指を折りて数へ給ふたのであるぞ、天の大神の指も五本であるから、それを五度折りて二十五有法となされ、五十をもととされたのぢゃ。〔中略〕 それだけでは足りない、その中に〇があるのぢゃ、大神がましますのぢゃ、人民の頭では中々に理解出来んなれど、理解して下されよ。これが妙であるぞ、奇であるぞ、天の父の教であり地にうつした姿であるぞ」 『極めの巻』 第九帖 [936]

 ここでの「その中に(れい)がある」とは、「根元的な(はたらき)は全ての存在に浸透している」といった意味ではないでしょうか。

 譬えるなら宇宙は“粘土細工”であり、どのような存在(かたち)を与えても、全ての存在(かたち)が粘土であることに変わりはありません。故に「粘土であること」という意味(かたち)なき意味(かたち)“元の()()は全ての存在(かたち)に備わっており、取り除くことができないようなものです。

 この話は事象(あらわれ)を貫く原則(かくれ)がある」ということを意味し、それを「その中に(れい)がある」と語っているように見えます。

 そして、原則は概念(イデア)原理(ルール)として、全ての事象を統御する“道”になるのでしょう。こういったことが、「(なにか)の性質は宇宙に受け継がれている」や「根元を知る必要がある」という()()の主張と話が繋がっています。

 以上の内容を前提にして、ムとウの用によって(いざな)われる具体的な“方向”を簡単にまとめてみます。

 上図のように、ムとウの用は(てん)的指向”()的指向”と呼び得る方向性を持ちます。これについては“霊的指向”“物質的指向”と言い換えた方が判り易いかもしれません。

 ちなみに、図が二つ並ぶのは“作用”“反作用”の表現であり、()()()()()()()()()()()。前出の引用に「ムがウを生み、ウがムを生む」とあるように、動きには常に()()()()()()()()()()()のです。

 その上で指向性(ベクトル)が二つである理由」()()存在理由(レーゾンデートル)として明かされています。

「歓喜の内奥より湧き出づるものは、霊に属し、外部より発するものは体に属する。霊に属するものは常に上位に位し、体に属するものは、常に下位に属するのであるが、体的歓喜と霊的歓喜の軽重の差はない。しかし、差のない立場に於て差をつくり出さねば、力を生み出すことは出来ず、弥栄はあり得ない。すなわち善をつくり力を生み出すところに悪の御用がある。動きがあるが故に、反動があり、そこに力が生れてくる。霊にのみ傾いてもならぬが、強く動かなければならない。体のみに傾いてもならぬが、強く力しなければならない。悪があってもならぬが、悪が働かねばならない。常に、動き栄えゆく、大和のを中心とする上下、左右、前後に円を描き、中心をとする立体的うごきの中に呼吸しなければならない。それが正しき惟神の歓喜である」 『地震の巻』 第九帖 [386]

 また、このような「二つに分けることによって善や(エネルギー)や歓喜を生み出すこと」を「ムとウを組む」という観点から見た記述もあり、それらは「世の元に返す」(ウム)(れい)に化すこと」に相当するそうです。

「ムからウ生まれ、ウからム生まれると申してあるが、ウム組み組みて、ちから生まれるのざぞ。今度の大峠はムにならねば越せんのざぞ。ムがウざぞ。世の元に返すのぞと申してあろが。ムに返れば見えすくのざぞ」 『松の巻』 第二十五帖 [316]

「善と真のはたらきを完全にするには、善と真との差別をハッキリとさせねばならんぞ、とけ合はせ、結んでヨロコビと現はれるのであるが、区別することによつて結ばれるのであるぞ、すればする程 力強くとけ合ふのであるぞ。大き喜びとなるのであるぞ。このこと日月の民には判るであらうな、道は三つぞ。合点ぢやなあ。小の中に大あるぞ。無の中に有あるぞ。もの益々小さければ、益々清ければ、益々内に大きなものあり、益々純なものあるぞ。神はそなたの中にあるが外にもあると申してあらうがな。(ウム)よく見て下されよ。愛はそのまま愛でないぞ、真はそのまま真でないぞ、善はナマでは善でないぞ、智はナマでは智でないぞ、結んで解けてヨロコビとなるのざ、ヨロコビ生命ぞ、宇宙の総て生命であるぞ」 『白銀の巻』 第二帖 [613] 昭和二十六年版)

「山も自分、川も自分、野も自分、海も自分ぞ。草木動物 悉く自分ぞ、歓喜ぞ。その自分出来たら天を自分とせよ。天を自分にするとはムにすることぞ。〇に化すことぞ。ウとムと組み組みて新しきムとすることぢゃ」 『月光の巻』 第二十五帖 [812]

 なお、ここには一つの注意が必要です。それは、()()は あくまでもを表現する用”であって、実体や本体ではないという点です。(なにか)として表現することによって、(なにか)(カミ)であることが判る」とでも言えば良いのでしょうか。

 これは、特定の方向性を以て表さなければ、根元的な(ナニカ)()()()()()()であることに似ています。譬えるなら意味(かたち)を与える前の粘土”が判り易く、()()では()()()()“泥の海”と称されます。

 そして、こういった表現(あらわれ)活用(はたらき)の話を別の視点で見れば、次のように言えます。

「全ては進展(うごき)の中にある」

 その意味において、()()は変化、連続、生成、(エネルギー)などを象徴化した“動的な記号(シンボル)であると本質的に同じなのかもしれません。

「宇宙は、神の中に生み出され、神と共に生長し、更に常に神と共に永遠に生れつつある。〔中略〕 存在は千変万化する形に於て、絶えず弥栄する。それはであり、なるが故である。は大歓喜の本体であり、は その(はたらき)である」 『地震の巻』 第一帖 [378]

 他にも、(うず)(まき)記号で判り易いものを抜粋します。

(みぎり)に行かんとする者と左りに行かんとするものと結ぶのがの神様ぞ、の神様とは()()(なる)の大神様ざぞ、この(おん)(はたらき)によりて生命あれるのぞ、力 生れるのぞ、がまつりであるぞ、神国の祀りであるぞ、神はその全き姿ぞ、神の姿ぞ」 『日の出の巻』 第五帖 [218] スサナルの原文は「()()」の場合が多く、あめつち御中ムしの神が()柱、あめつち御中ウしの神が()柱であることや、『上つ巻』第十三帖の「元の人()人、その下に()人」と繋がりがあるはずです)

〔前略〕 始めなき始めのの真中の真空にいますが故に、終りなき終りのの外の無にいまし、中間に位する力のの中に生命し給うのである。一物の中のなるが故に一物であり、万象万物であることを知覚しなければならない」 『地震の巻』 第三帖 [380]

「原因は結果となり、結果は只、結果のみとして終らず、新しい原因を生む。生前の霊人は、生後の地上人を生む。地上人は死後の霊人を生み、死後人たる結果は、更に原因となりて生前の霊人を生む。となりて廻り、極まるところなくして弥栄える」 『地震の巻』 第五帖 [382]

「霊、力、体の三つがよりよく調和する処に真実が生れ、生命する。これは根元からの存在であり用であるが、動き弥栄する道程に於て、復霊、復力、復体の(うごき)をなす」 『地震の巻』 第九帖 [386]

 また、には“内向きの進展力(ベクトル)“外向きの進展力(ベクトル)の二つの側面があることも、()()の一体性”に通じると言えそうです。同時に、見方によっては、

ムとウの()()()()()中心(まんなか)に向かう(あめ)(つち)指向”として()()とも言えます。

 故に、総体的に()()の如く認識されることは、()の神”である“総体の統治神の姿”からも判ります。

「天国は限りなき団体によって形成されてゐる、そして その統治は、各々の団体に於ける最中心、最内奥の歓喜によりなされるのである、統治するものは一人であるが二人であり三人として現はれる、三人が元となり、その中心の一人はによって現はされ、他の二人はによって現はされる、は左右、上下二つの動きのを為すところの立体からなってゐる、統治者の心奥のは更に高度にして更に内奥に位する中のによって統一され、統治され、立体をなしてゐる。天国では このをスの神と敬称し歓喜の根元を為してゐる。スの神はアの神と現はれ給ひ、オとウとひらき給ひ、続いてエとイと動き現はれ給ふのである、これが総体の統治神である、三神であり二神であり一神である」 『地震の巻』 第十九帖 [396] 第一仮訳)

 恐らく、(あめ)(つち)の状態からムとウによって(てん)()に分離した三千世界は、その身内に統合(むすび)の力”としてのウとムを蓄え続けて来たのでしょう。

 そして、(てん)()が分離した状態が極限に至り、蓄積されて来た“二つの(かえ)しの力”が、()()()()に向かう“二つで一つの三つの力”として開放される時が来ました。

 そうやって、三千世界は(てん)()()(ぶん)の一なる状態(すがた)よりも()()()()()(てん)()()()の一なる状態(すがた)として()()()のです。

「建直しとは元の世に、神の世に返す事ざぞ、元の世と申しても泥の海ではないのざぞ、中々に大層な事であるのざぞ」 『キの巻』 第八帖 [265]

「元の根本の世より、も一つキの世にせなならんのざから、神々様にも見当取れんのぢゃ、元の生神でないと、今度の御用 出来んぞ」 『風の巻』 第八帖 [359]

「三千年の昔に返すと申してあらうがな。〔中略〕 この先もう建替出来んギリギリの今度の大建替ぢゃ。愈々の建替ざから、もとの神代よりも、も一つキの光輝く世とするのぢゃから、中々に大層ざぞ。〔中略〕 この方等が天地自由にするのぢゃ。元のキの道にして、あたらしき、キの光の道つくるのぢゃ。あらたぬし世にするのぢゃと申してあること愈々ざ」 『岩の巻』 第二帖 [367]

 “より強い結び”“より強い歓喜”をウムことと同じであり、それこそが宇宙の根本的な目的である“歓喜の増大”、即ち(いや)(さか)です。

 言うなれば、分離は更なる統合を実現する(はたらき)であり、(かみ)から離れる無神論や唯物主義や科学万能の風潮の蔓延も、大局的には“最後の逆転の力”を大きくして、()()()()()()()()()()()()()()の必要な措置なのです。

 この(てん)()(かい)(びゃく)からの()()()()“神律”と呼び得る“神の呼吸(リズム)であり、次のように要約できます。

「一と在り、二と分け、三と結ぶ」

 即ち()()()です。これを更に言い換えてみます。

「対なるものは結ばれて新生する」

 結局の所、神の計画とは“宇宙の呼吸や脈拍の発露”です。故に、「全ては一二三の一面である」とすら言え、()()()()()()()()()()()()()ことが判ります。言わば、

“一二三”は概念や原理として三千世界を貫く“道”なのです。

 以上が、宇宙を生んだ“前なるもの”の姿から見えて来る内容であり、“対偶”“対偶の和合(むすび)という(れい)(はたらき)の表れ方として、“ムとウが意味するもの”と言い得るのではないでしょうか。

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円環

 日月神示によると、四季が巡るように宇宙にも“循環的な周期(サイクル)が存在し、天と地の関係ですら その(ことわり)の中にあるそうです。これは宇宙が脈動する姿であり“神の呼吸(リズム)と言えます。このように一定の周期や順序を経て“元の姿”に還らせようとする(はたらき)が、神経綸の背景の一つである【(えん)(かん)】の概念です。

 そのことを、天之日津久神様は(れい)から出て(れい)に至る」と表現しています。


「始めの日は始めの日に過ぎん、始めの前にあるものが判らなければ、それは只の理屈に過ぎんぞ、マコトでないぞ、根から出たものではない、枝葉に過ぎん。〔中略〕 岩戸がひらけたのであるから教へではならん、道でなくてはならんと申してあるぞ、道は永遠ぢゃ、〇から出て〇に至るのぢゃ」 『碧玉の巻』 第七帖 [871]

 同様の意味合いで「世の元も末も(れい)である」とも語られていますが、原因の(れい)から結果の(れい)に至る過程的な動きは“二つ”として現れ、総体的には()()()()()()()()()を含む“三つ”として円環(ひとつ)の動きを形成するようです。

「世の元は〇であるぞ、世の末も〇であるぞ、〇から〇に弥栄するが、その動きは左廻りと右廻りであるぞ、と申してあろう、その中心に動かぬ動きあるぞ」 『星座の巻』 第十帖 [893] この帖の内容は(れい)(えん)(たま)(まる)()などの複数の意味を持たせてあるようです)

は常に動いて栄え、は常に動かずして栄え行く、その平衡が浄化、弥栄である」 『地震の巻』 第三帖 [380] 第一仮訳)

「道は三つと申してあろう、〔中略〕 中の中には中の道あるぞ、中の中は無であるから動きないぞ、動きないから無限の動きぢや」 『春の巻』 第三十九帖 [696] 昭和二十七年版)

(ナカ)(イマ)と申すことは今と申すことであるが、は無であるぞ、動きなき動きであるぞ、真中うごくでないと申してあろう、うごくものは中心でないぞ、その周囲が動くのであるぞ」 『秋の巻』 第十九帖 [760] 第一仮訳)

 円環は元々“ドーナツ状の形態”を指す言葉ですが、「どの方向に進んでも元の位置に戻る」という性質や状態の表現としても使われます。それとは別に「同じことを繰り返す」という意味で、単に(ループ)と形容する場合も見受けられます。

 円環の動きを図形的に表現すれば(えん)になります。また、日月神示では円環の「常に動いている」及び「元に還っても以前と完全に同じではない」という側面を重視して(らせん)と表現する場合も見られます。他にも、()()は円環的な動きの原因や結果である(ちゅうしん)について説いており、両者が組み合わさった全体像としてのへの言及があります。

 これらの記号(シンボル)は非常に抽象的ですが、要は“宇宙の在り方や動き”象徴化(シンボライズ)したものです。そこに内包される意味は広く深く多く、色々な分野に当て嵌めることができます。

 ちなみに、『地震の巻』第十三帖では高度な霊人が数字と記号を文字として多用することが明かされています。これは上述の点に理由があるらしく、日月神示の宇宙観を突き詰めれば、最終的に数霊論と記号論に行き着くはずです。

 そこで、日月神示で“円環の概念”が読み取れる記述を引用してみます。

「お太陽()(まる)いのでないぞ、お月様も円いのではないぞ、地球も円いのではないぞ、人も円いのが良いのではないぞ、息してゐるから円く見えるのざぞ、(はたら)いてゐるから円く見えるのざぞ、皆 形無いものいふぞ、息してゐるもの皆 円いのざぞ。神の経済この事から生み出せよ、大きくなったり小さくなったり、神の御心通りに(はたら)くものは円いのざぞ、円い中にも(しん)あるぞ、神の政治、この事から割り出せよ、神は(まつり)(ごと)の姿であるぞ」 『日の出の巻』 第十四帖 [227]

「世はクルクルと廻るのざぞ」 『磐戸の巻』 第十七帖 [253]

「行為は結果である。思念は原因である。原因は結果となり、結果は只、結果のみとして終らず、新しい原因を生む。生前の霊人は生後の地上人を生む。地上人は死後の霊人を生み、死後人たる結果は更に原因となりて生前の霊人を生む。となりて廻り、極まるところなくして弥栄える。以上 述べた処によって、これら霊人、地上人の本体が歓喜と知られるであろう。されば常に歓喜に向ってのみ進むのである。これは只、霊人や地上人のみではない。あらゆる動物、植物、鉱物的表現による森羅万象の悉くが同様の律より一歩も出でず、その極内より極外に至るのみ。故に地上世界の悉くは生前世界にあり、且つ死後の世界に存在し、これらの三は極めて密接なる関係にあり、その根本の大呼吸は一つである」 『地震の巻』 第五帖 [382] 第一仮訳)

「四季はめぐる。めぐる姿は(ウズ)であるぞ。は働き、上れば下り、下れば上る」 『黄金の巻』 第九十五帖 [606]

「平面の上でいくら働いても、もがいても平面行為で有限ぞ。立体に入らねばならん。無限に生命せねばならんぞ。立体から複立体、複々立体、立々体と進まねばならん。一から二に、二から三にと、次々に進めねばならん。進めば進む程、始めに帰るぞ。に到るぞ。立体に入るとは信仰に入ることぞ。無限に解け入ることざぞ」 『黄金の巻』 第百帖 [611] 第一仮訳)

「曲がって真っ直ぐと申してあらう。動きは正円形、正円球でないぞ。()(えん)、楕円球であるぞ、大き動きと それぞれの各々の動きと組み組みて曲がれるのであるぞ、また真っ直ぐになるのであるぞ」 『秋の巻』 第十三帖 [754] 昭和二十七年版)

「この神は現在も(なお)、太古を生み、中世を生み、現在を生み、未来を生みつつあるのぞ、この道理 判りて下されよ、世界は進歩し、文明するのでないぞ、呼吸するのみぞ、脈拍するのみぞ、変化するのみぞ、ぐるぐる廻るのみぞ、歓喜弥栄とはこのことぞ」 『星座の巻』 第七帖 [890]

 また、円環の概念を説きつつも「前と次は完全に同じではない」と強調する記述があります。

「守護神守護神と申してゐるが、魂の守護神は肉ぞ。肉の守護神は魂ぞ。くるくる廻って 又 始めからぢゃ。前の始と始が違ふぞ」 『黄金の巻』 第十二帖 [523]

「皆々御苦労ながら、グルグル廻って始めからぢゃと申してあらうが。始の始と始が違ふぞ。皆 始めヒからぢゃ。赤児になりて出直せよ」 『春の巻』 第一帖 [658]

「一切のものは(ウズ)であるぞ。同じこと繰り返しているように、人民には、世界が見えるであろうなれど、一段づつ進んでいるのであるぞ。木でも草でも同様ぞ。前の春と今年の春とは、同じであって違って居らうがな」 『春の巻』 第十帖 [667]

「よせては返し、よせては返し生きてゐるのであるぞ。始の始と始が違ふぞ。後になるほどよくなるぞ。終りの中に始めあるぞ」 『夏の巻』 第十四帖 [731]

 このような円環や(ループ)を象徴する絵としては“ウロボロス”が有名です。これは自分の尾に噛み付く蛇や竜の姿であり、そういった円環の概念が持つ循環性や永続性を、日月神示は「始まりも終わりも無い」と表現しています。

「神は、左手にての動きをなし、右手にての動きを為す。そこに地上人としては割り切れない程の神の大愛が秘められていることを知らねばならぬ。地上人は、絶えず、善、真に導かれると共に、また、悪、偽に導かれる。この場合、その(へい)(こう)を破るようなことになってはならない。その平衡が神の()(むね)である。平衡より大平衡に、大平衡より超平衡に、超平衡より超大平衡にと進み行くことを弥栄と云うのである。左手は右手によりて生き、動き、栄える。左手なき右手はなく、右手なき左手はない。善、真なき悪、偽はなく、悪、偽なき善、真はあり得ない。神は善、真、悪、偽であるが、その新しき平衡が新しき神を生む。新しき神は、常に神の中に孕み、神の中に生まれ、神の中に育てられつつある。始めなき始めより、終りなき終りに到る大歓喜の栄ゆる姿が それである」 『地震の巻』 第十五帖 [392]

「元の元の元の神は何も彼も終ってゐるのであるぞ。終りなく始なく弥栄えてゐるのぞ」 『黄金の巻』 第一帖 [512]

「神心には始めも終りも無いのぢゃ、総てがあるのであるぞ。世界見よ、三千世界よく見よ、総てが()()ぢゃ」 『黒鉄の巻』 第九帖 [627] 第一仮訳)

 他にも、円環的な動きを時節に絡めた記述も存在します。これは或る意味で()()の本質”を明かしていると言えます。

「春が来れば草木に芽が出る。花が咲く。秋になれば葉が枯れるのぢゃ。時節よく気付けて取違ひせんよういたしくれよ。時節ほど結構なものないが、又こわいものもないのであるぞ。丁度 呼吸のようなもので一定の順序あるのぞ。吸の極は呼となり、呼の極は吸となるぞ。これが神の(ハタラキ)であるから、神の現われの一面であるから、神も自由にならん。この神も時節にはかなわんのであるのに、そなたは時々この時節を無視して自我で、或ひは時節を取違ひして押しまくるから失敗したり怪我したりするのぢゃぞ。素直にしておれば楽に行けるようになってゐるぞ」 『月光の巻』 第五十八帖 [845]

 要するに、()()()はマラソン競技に似ていて、出発点(スタート)到着点(ゴール)が同じ場所なのです。それ故、極言すれば立替え立直しは()()()()()()()「単なる必然(リズム)である」と言い得る側面があります。

 そう考えれば、日月神示が“元”を重視する理由が見えて来ます。()()こそが神の呼吸の行き着く先であり、全ての存在の“本来の状態”、即ち、これからやって来る“ミロクの世の姿”なのです。

 ただし、未来は過去と完全に同じではありません。恐らく、()()“数の進み方”のように、同じことを繰り返しつつも違いが生じ、違いが生じながらも同じことを繰り返しているのでしょう。()()で三千世界の生成化育や神経綸の進展段階が“数”で表されるのは、この辺りにも理由があると思われます。

 その上で、(きた)るべき世界”は円環の概念を背景として生まれることが強調されています。

〔前略〕 かく弥栄進展するが故に、人類も霊人類も各々その最後の審判的段階に入るまでは真の三千世界の実相を十分に知り得ない。故に新天新地の来るまで真の天国を体得し得ない。新天新地の新しき世界に生まれ出づる自己を知り得ない。この新天新地は幾度となく繰り返されているのであるが、何れもの形に於けるが如く同一形式のものではあるが同一のものではない。より小なるものより、より大なるものが生まれ、より大なるものより、より小なるものが生まれ、より新しきものより、より古きものが生まれ、より古きものより、より新しきものが生まれ、弥栄し、一つの太陽が二つとなり、三つとなり、更には一つとなることを理解しない。月より地球が生まれ、地球より太陽が生まれると云うことを理解するに苦しむものであるが、最後の審判に至れば自ら体得し得るのである。これは外部的なる智によらず、内奥の神智にめざめることによってのみ知り得る。新天新地新人は かくして生まれ、呼吸し、弥栄える。しかし、新人と生まれ、新天新地に住むとも、その以前の自分の総ては失わない。只その位置を転換されるのみである」 『地震の巻』 第八帖 [385]

 上の帖に書いてあるように、円環的な動きによって表現される“一と二と三の関係”が宇宙の呼吸(リズム)であり、その姿(はたらき)()()()と呼び得るのです。

「世の元と申すものは泥の海でありたぞ。その泥から神が色々のもの一二三で、いぶきで生みたのぞ」 『日月の巻』 第二十七帖 [200]

「一あり二と分け、はなれてまた、三と栄ゆるが故に歓喜が生れる。即ち、一は二にして、二は三である。生前であり、生後であり、死後であり、尚それらの総てはである。でありであり、と集約される。故に、これらの総ては無にして有である」 『地震の巻』 第五帖 [382]

の中のの中のは一であり、二とひらき、三と生命するぞ。道は一で、二で、三であると申してあらう、一も二も三も同じであり、違つて栄えるのざ、一二三であるぞ」 『白銀の巻』 第三帖 [614] 昭和二十六年版)

 そして、この宇宙観から見えるのは「次なるものを形づくる()()は前なるものの中に既に存在している」という点です。これは(たね)からなった実の中に()()()()宿()()のと一緒です。

 その種子が存在する故に、生んだものと生まれたものは(しゅ)の同一性”を保ったまま連綿と続いて行きます。それは、親が子として、子が親として新しく生まれ続けて行く“継承の宇宙観”に他なりません。これは「無くなることなく受け継がれて行く」という意味において徹底した未来指向であるのと同時に、過去と現在と未来の一切万物を祝福する“肯定の宇宙観”と言えるのではないでしょうか。

 このような宇宙観を背景として、日月神示は未来の行き着く先が過去で()あることを説いています。要するに、()()が示す“三千世界の物語の最後(むすび)は、宇宙を生んだ()()状態(すがた)に還ることなのでしょう。

〔前略〕 個の弥栄は全体の弥栄である、個がその個性を完全に弥栄すれば全体は益々その姿を弥栄する。個と全体、愛と真との差が益々明かになれば、その結合は益々強固となるのが神律である霊界と物質界はかくの如き関係におかれてゐる。其処にこそ大生命があり、大歓喜が生れ、栄え行くのである。更に極内世界と極外世界とが映像され、その間に中間世界が又映像される、極内世界は生前、極外世界は死後、中間世界は地上世界である、極内は極外に通じてを為す、すべて一にして二、二にして三であることを理解せねばならない、かくして大神の大歓喜は大いなる太陽と現はれる、これによりて新しく総てが生れ出る。太陽は神の生み給へるものであるが、逆に太陽から神が更に新しく生れ給ふのである、は絶えずくりかへされ、更に新しき総ては神の中に歓喜として(はら)み、生れ出で、更に大完成に向って進み行く。親によって子が生れ、子が生れることによって親が新しく生れ出づるのであることを知らねばならない。〔中略〕 神が生み、神より出で、神の中に抱かれてゐるが故に神と同一の歓喜を内蔵して歓喜する。歓喜に向ふとは親に向ふことであり、根元に通ずることである」 『地震の巻』 第三帖 [380] 昭和三十年版)

 或る意味において、

神の計画とは根元的な(なにか)“自分自身を取り戻して行く(みち)(のり)なのかもしれません。

 それは、生まれたものが生んだものに()()ことであり、その状態(すがた)を表現した言葉が、(れい)(ひとつ)を意味する(あめ)(つち)なのでしょう。

 これが“始まりの前”が重視される理由や、「(れい)から出て(れい)に至る」及び「世の元も末も(れい)である」と語られる背景と言えます。

 そして、(あめ)(つち)(てん)()()()()()()の世界や、(てん)()()()()()()の世界を指し、その姿は“一なる()()()()の世界”と表現できます。同時に、全体の流れを()(かん)すれば、ウロボロスの如く(ひとつ)()が完成する様子が見えて来ます。つまり、

()()の仕組とは“始点と終点を結ぶ仕組”なのです。

 故に、()()の概念に基づく“神の計画の概要”は、次のように要約できます。

「全てを(はじめ)に還す」

 これこそが、十方世界に和合(むすび)(はたらき)を司るであろう(れい)を加えた“〇一二三四五六七八九十の世界”、即ち()()()の世”の実現であり、最大最後の神仕組たる【二十二(フ  ジ)の仕組】です。

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二十二の仕組

 日月神示の説く(かのと)(とり)の意味は数霊の(れい)から見えますが、数学史における(ゼロ)の発見”の如く、(れい)が登場するのは()()になります。

 (れい)が最後にしか見付けられないことや、天之日津久神様が三千世界の生成化育や神経綸を“数字”で表現していることには理由があり、

神の計画が数であることが“最後の仕組の伏線”になっています。

 ただし、最大最後の神仕組たる【二十二(フ  ジ)の仕組】は難解であり、具体的かつ現実的な話を展開することは困難です。故に、富士の仕組の考察は(ちゅう)(しょう)的な“観念論”にならざるを得ません。

 そのため、本節の内容は判ったような判らないようなものに感じられるかもしれませんが、富士の仕組に関しては「構造の多面的な分析から実態を予想する」という形でしか接近(アプローチ)できないのです。

 そこで、ここでは本節の各項の要点を“富士の仕組の概要”として先に述べてしまいます。これだけでも、富士の仕組が一面的な視点では論じられないことが推察できるはずです。


 まず、神経綸の(れい)の段階に相当する“富士の仕組の現象面”についてですが、

富士の仕組とは“神界と一つになる計画”です。

 この内容は“鳴門の仕組の現象面”が、神経綸の九と十の段階に相当する“幽界と一つになる計画”であることと(つい)になっています。

「富士とは火の仕組ぞ、(うず)(うみ)とは水の仕組ぞ、今に分りて来るのぞ」 『天つ巻』 第三十帖 [137]

「宗教連合会も世界連合も破れて了ふと申してあらうがな、つくった神や神の許しなきものは皆メチャメチャぢゃ、三千世界に手握る時と知らずに、()の世界、元の世界を知らんからさうなるのぢゃ、火火の世界、火火の人、水水の世界、水水の人、と交通出来るのぢゃ、人と云っても人間ではないぞ、ヒトカミざぞ、手握って三千世界に天晴れぢゃ」 『青葉の巻』 第二十帖 [489]

 また、“火の霊界”たる神界との一体化は、現界と“水の霊界”たる幽界が一体化した十方世界の実現の後なので、()()の仕組は“三界の一体化の()()()()としての側面も有します。

「富士は晴れたり世界晴れ。三千世界一度に晴れるのざぞ」 『松の巻』 第一帖 [292]

 これに簡単な補足を加えると、(フジ)の仕組と(ナルト)の仕組は二つとも“天と地を一つにする仕組”なのですが、その“最後の一手”が前者になるので、

狭義の意味では、二十二(フ  ジ)の仕組が“三千世界を一つにする仕組”になります。

 このように、()()()()(みつ)の仕組、()(みつ)の仕組、富士と鳴門の仕組と呼ばれる計画により、立替え立直しが成就して天と地が()()します。

 これは“三千世界の生成化育の完了(むすび)を意味しており、日月神示では記紀神話の修理(つくり)固成(かため)の物語を前提として、「漂える()()修理固成(かため)の終わりの仕上げ」などの表現で言及しています。

「何事も天地に二度とないことで、やり損ひしてならん()()()()()()()修理固成(かため)の終りの仕上げであるから、これが一番大切の役であるから、しくじられんから、神がくどう申してゐるのざ」 『上つ巻』 第三十四帖 [34]

「今度は今までにない、(ふみ)にも口にも伝えてない改造ざから、臣民界のみでなく神界も引っくるめて改造するのざから、この方らでないと、そこらにござる守護神さまには分らんのぞ、九分九厘までは出来るなれど、ここといふところで、オジャンになるであろうがな、富や(きん)を返したばかりでは、今度は役に立たんぞ、戦ばかりでないぞ、天災ばかりでないぞ、上も潰れるぞ、下も潰れるぞ、つぶす役は誰でも出来るが、つくりかためのいよいよのことは、神々様にも分りては居らんのざぞ」 『天つ巻』 第二帖 [109]

「道とは三つの道が一つになることぞ、みちみつことぞ、もとの昔に返すのざぞ、つくりかための終りの仕組ぞ、終は始ぞ、始は()ぞ」 『地つ巻』 第十一帖 [148] ここでの「三つの道」とは神界と幽界と現界を指す意味が強いようです。また「終は始ぞ、始は()ぞ」は「終は始ぞ、始は()ぞ」の訳を当てることも可能です)

 ここでの“修理固成”“火と水”の関係は、次の記述が判り易いでしょうか。

「火と水と組み組みて(つち)が出来たのであるぞ」 『松の巻』 第十六帖 [307]

(レイ)がもとぢゃ、()()がもとぢゃ、結びぢゃ弥栄ぢゃ、よく心得なされよ。世の元、〇の始めから一と現われるまでは〇を十回も百回も千回も万回も、くりかへしたのであるぞ、その時は、それはそれはでありたぞ、火と水のドロドロであったぞ、その中に五色五頭の竜神が御ハタラキなされて、つくり固めなされたのぢゃ」 『扶桑の巻』 第二帖 [851]

 上の帖は「作っては壊し、壊しては作るを納得が行くまで何度も繰り返した」といった意味であり、そのために「火と水を活用した」と語られているようです。

 つまり、水が()()を流動させる(はたらき)なら、火は()()を固定する(はたらき)です。今回の大立替えも、一先ず()()()を崩して作り直してから“新しい()()()を固着するのです。これが次の記述の背景です。

「火と水で岩戸開くぞ」 『天つ巻』 第四帖 [111]

「動かん富士の仕組、ひらけて渦巻く鳴門ぢゃ。新しき人民の住むところ、霊界と現界の両面をもつ所、この岩戸ひらき二度とない九十でひらく仕組」 『星座の巻』 第十一帖 [894] 第一仮訳)

 更に、同様の意味合いの“天地まぜまぜ”の記述も引用してみます。

「一時は天も地も一つにまぜまぜにするのざから、人一人も生きては居れんのざぞ」 『富士の巻』 第十九帖 [99]

「神はいよいよの仕組にかかったと申してあろがな。(こわ)すのでないぞ、練り直すのざぞ。世界を(すり)(ばち)に入れて()ね廻し、練り直すのざぞ」 『日月の巻』 第一帖 [174]

「一度はどろどろにこね廻さなならんのざぞ」 『日月の巻』 第二十七帖 [200]

「天地まぜこぜとなるぞ」 『水の巻』 第十二帖 [286]

「天地まぜまぜになったら、まだまだなるのである。彼れ是れ、何が何だか判らんことになると申してあらうが」 『黄金の巻』 第六帖 [517]

「下が上に、上が下にと申してあるが、一度で治まるのでないぞ。幾度も幾度も上下にひっくりかへり、又ひっくりかへりビックリぢゃ。ビックリこねまわしぢゃ」 『秋の巻』 第十六帖 [757]

「天地まぜまぜとなるのぞ、ひっくり返るのぞ」 『紫金の巻』 第五帖 [984]

 ですから、

(フジ)(ナルト)の仕組を要約すれば()()水で溶かして火で固める計画”と表現できます。

 この場合の(つち)()()が、霊と物質の両面によって成り立つ“あらゆる存在(かたち)であり、神と人や霊と肉体にとどまらず、天地万有を意味します。

 そして、富士と鳴門の仕組によって神界と幽界と現界の“三界の関係(かたち)を完全に作り直してしまうので、()(ミツ)の仕組は()(みつ)の仕組として、三千世界の“岩戸開き”“立替え立直し”と同義なのです。

「神国、神の子は元の神の生神が守ってゐるから、愈々となりたら一寸の火水で うでくり返してやる仕組ざぞ、末代の(とど)めの建替であるから、よう腰抜かさん様 見て御座れ」 『雨の巻』 第十一帖 [345]

「戦や天災では改心出来ん。三千世界の建直しであるから、誰によらん。下の神々様もアフンの仕組で、見事成就さすのであるが、よく神示読めば、心でよめば、仕組九分通りは判るのであるぞ」 『黄金の巻』 第七十五帖 [586]

「大グレン目の前、日本のみのことでないぞ、世界中のことであるぞ、今度は三千世界が変るのであるから今迄のようなタテカヘではないのであるぞ」 『扶桑の巻』 第一帖 [850]

「今の学者には今の学しか判らん、それでは今度の岩戸ひらきの役にはたたん、三千世界の岩戸ひらきであるから、少しでもフトマニに違ってはならんぞ」 『極めの巻』 第二十帖 [947]

「フトマニとは大宇宙の法則であり秩序であるぞ、神示では012345678910と示し、その裏に109876543210があるぞ、()()()の誠であるぞ、合せて二十二、富士であるぞ。神示の始めに示してあろう。()()は晴れたり日本晴れぞ」 『至恩の巻』 第二帖 [949]

 故に、旧九月八日や鳴門の仕組が()()()の始まり”なら、辛酉や富士の仕組は()()()()()()になります。

「喜びの歌 高らかに、ナルトの仕組 ()()にうつるぞ」 『黒鉄の巻』 第十四帖 [632]

 その上で、日月神示には富士の仕組の背景(バックボーン)“概念”から語る記述が存在します。

 二十二(フ  ジ)の仕組と(ナル)()の仕組を概念的な側面から見れば、両方とも()()()()()()()()()()()(せん)()の仕組”です。ただし、厳密な意味で(マコト)の遷移”と呼び得るのは二十二(フ  ジ)の仕組の方です。

()()は元のキぞ。ナルトとは その現れのはたらき」 『秋の巻』 第三帖 [744]

 具体的な例を挙げて説明すると、成十の仕組に関わる一二三四五六七八と九十が連続しているのに対し、二十二の仕組に関わる一二三四五六七八九十と()()()()()には或る種の“隔絶”があるのです。

「12345678の世界が12345678910の世となりなりて、012345678910の世となるのぢゃ、012345678910がマコトと申してあろうがな。裏表で二十二ぢゃ、二二の二の五ぢゃ、二二ぢゃ、()()は晴れたり日本晴れぞ、判りたか」 『至恩の巻』 第十五帖 [962] 第一仮訳)

「なりなりなりて十とひらき、二十二となるぞ、富士晴れるぞ、大真理 世に出るぞ、新しき太陽が生れるのであるぞ」 『至恩の巻』 第十六帖 [963]

「マコトの道にかへれよ、マコトとは〇一二三四五六七八九十と申してあろう、そのうらは十九八七六五四三二一〇で、合せて二十二であるぞ、二二が真理と知らしてあろう、二二が富士と申してあろうが、まだ判らんか」 『紫金の巻』 第三帖 [982]

 上の帖からは「十の次が(れい)であり二十二であること」が読み取れるのと同時に、(ナル)()“連続的”であるのに対し、二十二(フ ジ)“非連続的”であることが判ります。だだし、視点によっては、十の次が二十二であることは()()()()()()()()()()()()()()のですが、その辺りの話は後で詳述します。

 そして、成十の仕組が比較的単純(シンプル)な足し算や“正攻法”であるのに対し、二十二の仕組は(ひと)(ひね)りが加えられているので“奇策”のような側面があります。ここからは、富士の仕組と鳴門の仕組が一体の仕組でありながら、別の仕組でもある理由が見えて来ます。二つの仕組は“天と地を一つにする仕組”として概念的には()()であっても、対象と方法が全くの()()なのです。

 また、富士の仕組は一面において非常に強引な(ちから)(わざ)なのですが、見方を変えれば極めて巧妙(スマート)優雅(エレガント)痛快(ハッピー)なやり方”に見えなくもありません。ただ、地上人には規則(ルール)(らち)(がい)にある手法”として反則技の如く目に映り、

二十二(フ  ジ)の仕組は(ばん)(がい)からの一撃”のように感じられるはずです。

 それ故、()()()()()が詳細を正確に認識することは困難だと推測され、(うちゅう)を自らの内に生んだ“元の神”“直系の眷属神”くらいしか手が付けられないようです。

「天と地との親の大神様のミコトでする事ぞ、いくら悪神じたばたしたとて手も出せんぞ」 『キの巻』 第七帖 [264]

「天の御三体の大神様と()のお土の先祖様でないと今度の根本のお建替出来んのざぞ」 『雨の巻』 第四帖 [338] 第一仮訳)

「今度の仕組は元のキの生き神でないとわからんぞ、(なか)()()からの神々様では出来ない、わからん深い仕組ざぞ」 『風の巻』 第三帖 [354]

「元のキのことは、元のキの()(すじ)でないと判らんのぢゃ」 『マツリの巻』 第十二帖 [416]

 ちなみに、成十の仕組の意味が垂直軸たる“九十度”に象徴されるのに対し、二十二の仕組の意味は角度が無い(れい)度”“死角”に内包される格好になっています。そのことが(ばん)(がい)の数”である(れい)と意味的に繋がっており、或る意味において、

二十二(フ  ジ)の仕組は“盲(テン)を利用する仕組”らしいのです。

 例えば、日月神示には次のような記述が見られます。

「二二と申すのは天照大神殿の()(くさ)の神宝に(テン)を入れることであるぞ、〔中略〕 二二となるであろう、これが富士の仕組、七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、なりなりあまるナルトの仕組。富士と鳴門の仕組いよいよぞ」 『至恩の巻』 第十六帖 [963]

 ここでの十種の神宝と(テン)“十方世界と(れい)の暗喩”になっています。そこで、上の帖の内容を判り易く言い換えてみます。

「十方世界に(れい)たるを加える計画が二十二(フ  ジ)の仕組である」

 故に、(れい)()の考察が二十二(フ  ジ)の仕組を論じる上での中心軸になるのですが、そこには“共通する一つの言葉”があります。結論から言えば、

富士の仕組の鍵言葉(キーワード)“無限”です。

 簡単に解説するなら、十方世界に(れい)を加える計画は“無限への(いざな)い”であり、()()()()()()()()()()()()と同義らしいのです。これを更に別の表現に置き換えてみます。

(モト)の神の(すそ)を掴む」

 もしかしたら、()()の仕組”は宇宙を生んだ存在に接近(アプローチ)するための仕掛けなのかもしれません。

 以上が“富士の仕組の概要”になります。上述の内容からは富士の仕組が非常に“多面的”であり、考察も一筋縄では行かないことが御理解いただけると思います。

 そのため、本節は基本的に“観念論”としてしか展開できないことを、(あらかじ)め御了承ください。

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神界 / 合わせ鏡

 日月神示は(てん)()を結ぶことによる(あめ)(つち)の実現を富士と鳴門の仕組と呼んでおり、その中でも、特に【神界】との一体化に関する部分が二十二(フ ジ)の仕組”に該当します。

 この辺りの話を“三界の構造”や天と地の【合わせ鏡】としての側面から述べることによって、次項からの二十二(フ ジ)の仕組の数霊面の解説に繋げたいと思います。


 前もって断りを入れると、日月神示には「神界は人間には判らない」とあり、神々の世界を地上人が正確に理解することは極めて難しいそうです。

「神界のことは顕界ではなかなかに分るものでないと云ふこと分りたら、神界のこと分るのであるぞ。一に一足すと二となると云ふソロバンや物差しでは見当取れんのざぞ」 『地つ巻』 第二十一帖 [158]

「神界の事知らん臣民は色々と申して理屈の悪魔に囚はれて申すが、今度の愈々の仕組は臣民の知りた事ではないぞ。神界の神々様にも判らん仕組ざから、兎や角 申さずと、神の神示 腹に入れて身魂磨いて素直に聞いてくれよ」 『日月の巻』 第三十六帖 [209]

「神界の事は人間には見当取れんのであるぞ、学で幾ら極め様とて()()りはせんのざぞ」 『日の出の巻』 第六帖 [219]

「人間の智で判らんことは迷信ぢやと申してゐるが、神界のことは神界で呼吸せねば判らんのぢや、判らん人間ざから何と申しても神にすがるより、愈々になりたら道ないことぞ、未だ判らんのか。学に囚はれてまだめさめん気の毒がウヨウヨ、気の毒ぢやなあ」 『黒鉄の巻』 第十九帖 [637] 第一仮訳)

〔前略〕 総て神界のこと、霊界のことは、現界から見れば妙なことであるなれど、それでちゃんと道にはまってゐるのであるぞ。一ヒネリしてあるのぢゃ、天と地との間に大きレンズがあると思へば段々に判りてくるぞ」 『碧玉の巻』 第十帖 [874]

 とは言え、人間が理解できずとも全く言及しないわけにも行かないらしく、天之日津久神様は三千世界を“三界”に区分し、その内の一つとして神界の名を挙げる場合が多いです。

「建替と申すのは、神界、幽界、顕界にある今までの事をきれいに(ちり)一つ残らぬ様に洗濯することざぞ。今度と云ふ今度は()()までもきれいさっぱりと建替するのざぞ」 『水の巻』 第十二帖 [286]

〔前略〕 時、所、位による美醜、善悪、又 過去、現在、未来観、時間、空間の悉くを知らんとすれば、以上述べたる三界の真実を知らねばならぬ」 『地震の巻』 第五帖 [382] 第一仮訳)

〔前略〕 霊界と現実界との関係はかかるものであるが故に、常に相反し、力し、力を生じ、又 常に相通じて力を生み行く。これは平面的頭脳では中々に理解しがたいのであるが、この根本原理を体得、理解し得たならば神 幽 現 三界に通じ、永遠に弥栄する大歓喜に住するのである。〔後略〕 『地震の巻』 第十帖 [387] 第一仮訳)

「三界を貫く道ぞ誠なり、誠の道は一つなりけり。神界の誠かくれし今迄の道は誠の道でないぞや。鬼おろち草木動物虫けらも一つにゑらぐ道ぞ誠ぞ」 『マツリの巻』 第六帖 [410]

「ひかり教の教旨 書き知らすぞ、〔中略〕 教旨 (てん)()不二、神人合一。(あめ)(つち)なり、(つち)(あめ)なり、()()なり、アメツチなり、神は人なり、人は神なり、一体なり、神人なり。神、幽、現、を通じ、過、現、末、を一貫して神と人との大和合、霊界と現界との大和合をなし、現、幽、神、一体大和楽の光の国実現を以って教旨とせよ。〔中略〕人々のことごとマツリ合はすはもとより、神、幽、現、の大和実践して行かねばならんのざぞ。〔後略〕 『青葉の巻』 第三帖 [472]

〔前略〕 道とは三界を貫く道のことぞ。字宙にみちみつのあり方ぞ。法則ぞ。秩序ぞ。神の息吹きぞ。弥栄ぞ。喜びぞ。判りたか」 『月光の巻』 第四十三帖 [830] 第一仮訳)

〔前略〕 奥山はあってはならん無くてはならん存在であるぞ。善人の住むところ、悪人の休む処と申してあろう、奥山は神、幽、現の三界と通ずるところ」 『紫金の巻』 第十四帖 [993]

 ただし、三界は便(べん)()的な区分であって、実際の霊的な世界には“無限の段階”があるそうです。

「天界も無限段階、地界も無限段階があり、その各々の段階に相応した霊人や地上人が生活し、歓喜している」 『地震の巻』 第二帖 [379]

「地上人が、限りなき程の想念的段階をもち、各々の世界をつくり出している如く、霊界にも無限の段階があり、その各々に、同一想念をもつ霊人が住んでおり、常に弥栄しつつある」 『地震の巻』 第十三帖 [390]

〔前略〕 霊界に入った霊人たちは、総て生存時と同じ想念をもっている。為に死後の最初の生活は生存時と殆ど同一であることが判明するであろう。故に、其処には地上と同様、あらゆる集団と、限りなき段階とが生じている」 『地震の巻』 第十六帖 [393]

「霊界にすむものは多くの場合、自分の住む霊界以外のことは知らない。その霊界が総ての霊界であるかの如く思ふものであるぞ。同じ平面上につながる霊界のことは大体見当つくのであるなれど、段階が異なってくると判らなくなるのであるぞ。他の霊界は霊自身のもつ感覚の対象とならないからである」 『竜音の巻』 第九帖 [917]

 これは「波長が()()()違う世界が無数に隣り合っている」ということであり、差異の小ささを連続的かつ()()()に見れば、「区分できない」や「分けることに意味は無い」とも言い換えられます。

 故に「霊界は神界と幽界に大別される」「高い視点では区分は無い」の見方が並立するそうです。

「〇(霊)界と申しても神界と幽界に大別され、又 神界は天国と霊国に分けられ、天国には天人、霊国には天使が住み、幽界は陽界と陰界に分れ、陽霊人、陰霊人とが居る、陽霊人とは人民の中の悪人の如く、陰霊人とは善人の如き性をもってゐるぞ。高い段階から申せば善も悪も、神界も幽界もないのであるが、人民の頭で判るように申してゐるのであるぞ」 『竜音の巻』 第四帖 [912]

 そして、便宜的に三界に区分する視点では、神界と幽界が(つい)の関係”にあることは、天国と地獄の話から判ります。

〔前略〕 天国に限りなき段階と無数の集団があると同様に、地獄にも無限の段階と無数の集団がある。何故ならば、天国の如何なる状態にも対し得る同様のものが自らにして生み出されねばならぬからであって、それにより、大いなる平衡が保たれ、呼吸の整調が行なわれるからである。〔後略〕 『地震の巻』 第三帖 [380]

 以上の点を踏まえた上で、三界を一界、二界、三界、()()と見る記述を引用します。

「宇宙は霊の霊と霊と物質とからなつてゐるぞ、人間も又 同様であるぞ、宇宙にあるものは皆 人間にあり、人間にあるものは皆 宇宙にあるぞ、人間は小宇宙と申して、神のヒナカタと申してあらう。霊の世界は三つに分れて見えるぞ、霊の霊界は神界、それに霊界と幽界であるぞ、その他に半物質界、半霊界、半神界、半幽界と限りなく分け得るのであるぞ。人間には物質界を感知するために五官器があるぞ、霊界を感知するために超五官器あるぞ、神界は五官と超五官と和して知り得るのであるぞ。この点 誤るなよ、霊的自分を正守護神と申し、神的自分を本守護神と申すぞ、幽的自分が副守護神ぢや、本守護神は大神の歓喜であるぞ、神と霊は一であつて、幽と現 合せて三ぞ、この三は三にして一、一にして二、二にして三であるぞ、故に肉体のみの自分もなければ霊だけの自分もないのであるぞ。神界から真直ぐに感応する想念を正流と申すぞ、幽界を経て又 幽界より来る想念を外流と申すぞ、人間の肉体は想念の最外部、最底部をなすものであるから肉体的動きの以前に於て霊的動き、必ずあるのであるぞ、故に人間の肉体は霊のいれものと、くどう申してあるのぞ」 『冬の巻』 第一帖 [770] 原文Uに収録された訳文。昭和二十七年版の時点で脱字があります)

 上の帖では、神界と幽界の二界を()()に分けた上で現界を加え、()()“四界”として説明しています。この内容を、各界に対応すると推定される神霊と数霊を付記して一覧にします。

 日月神示に明言は無いものの、主に特質的な観点から、天の御先祖である御三体の大神と、地の御先祖である国常立神は、各界の()()()に見えます。

 ここで注意が必要なのは“神界の区分”です。先の引用では神界を三界の一つと見る視点と、四界の一つと見る視点が明かされており、そこからは次の内容が窺えます。

「神界の定義は一つではない」

 例えば“広義の神界”は、伊邪那岐神の()()と伊邪那美神の幽界が融和した姿や、(てん)()が和合した(あめ)(つち)などを含みます。これは、前出の引用の「神界は五官と超五官を和して知り得る」と通底する“無限世界”などが該当します。

「広い世界に住めば広く、深い世界に住めば深く向上する。物の世界から霊の世界へ、無限の世界へ入るから無限の生命が与へられるのぢや。無限の喜び得ること出来るのぢや。無限世界とは物と霊との大調和した限りなき光の世界ぞ。信仰に入ることが無限を得ること。まことの神をつかむことぞ」 『春の巻』 第九帖 [666] 昭和三十八年版)

 つまり、(つい)なるものが和合して新生した状態(すがた)を、“神の御心のままの世界(すがた)といった意味で“神界”と呼ぶ場合もあるようです。

 この話は、神々の世界であり、天上界であり、場合によっては宇宙全体である(たか)(あま)(はら)を、岡本天明氏が『古事記数霊解序説』第三章で“最も高度な()()()と説明していることに通じており、日月神示にも同じ意味合いの記述が見られます。

「腹が出来て居ると、腹に神づまりますのざぞ、高天原ぞ」 『地つ巻』 第七帖 [144]

〔前略〕 此の神示読んで言霊高く読み上げて悪のキ絶ちて下されよ、今の内に神示じっくりと読んで肚に入れて高天原となっておりて下されよ」 『雨の巻』 第十二帖 [346]

 以上のように、日月神示で使用される神界の意味は一つではないため、常に“視点”に留意しながら読む必要があります。

「神界と現界の事この神示よく分けて読みて下されよ」 『松の巻』 第二十帖 [311]

「此の神示の臣民と云ふても、人間界ばかりでないぞ。神界 幽界のことも言ふて知らしてあると、申してあろが」 『夜明けの巻』 第十三帖 [333]

「此の世と申しても臣民の世ばかりでないぞ、神の世界も引くるめて申してゐるのぢゃぞ」 『雨の巻』 第十六帖 [350]

「神界、幽界、現界、見定めて神示読まねば、表面(うわつら)ばかりでは何もならんぞ、気つけて結構ぞ」 『マツリの巻』 第十九帖 [423]

「この神示は、神と竜神と天人天使と人民たちに与へてあるのぢゃ」 『極めの巻』 第十八帖 [945]

 また、これらは「視点によって()()()()()()()と言い換えても構いません。

「神から見た世界の民と、人の見た世界の人とは、さっぱりアベコベであるから、間違はん様にしてくれよ」 『上つ巻』 第三十二帖 [32]

「上から見ると皆 人民ぢゃ。下から見ると皆 神ぢゃ」 『秋の巻』 第二十四帖 [765]

 簡単に言うと、現界から見れば神界も幽界も“霊の世界”であるのに対し、

神界から見れば()()()現界も“肉の世界”なのです。

 この話を更に詳しく述べるために、“相対的な認識”を背景とする“霊の霊”の記述を引用します。

〔前略〕 八つの世界とは、、ア、オ、ウ、エ、イであるぞ。〔中略〕 その他に逆の力があるぞ。九と十であるぞ。その上に又 霊の霊の個から始まってゐるのであるが、それはムの世界、無限の世界と心得よ」 『白銀の巻』 第一帖 [612]

「祈りとは意が乗ることぞ。霊の霊と霊と体と合流して一つの生命となることぞ。実力であるぞ。想念は魂。魂は霊であり、霊の世界に属し、霊に生きるのであるぞ。ものは霊につけられたもの、霊の霊は、霊につけられたものであるぞ。ものにはものの生命しかない。真の生命は霊であるぞ。生命のもとの喜びは霊の霊であるぞ。霊の霊が主ざと申してあらう」 『黒鉄の巻』 第三十二帖 [650]

「人間は肉体をもってゐる間でも、その霊は、霊の国に住んで居り、霊の霊は、霊の霊の世界に住んでゐるのであるぞ」 『黒鉄の巻』 第三十三帖 [651]

「自分だけならば五尺の身体、五十年の生命であるが、霊を知り、霊の霊を知り、神にとけ入つたならば、無限大の身体、無限の生命となるぞ」 『黒鉄の巻』 第三十四帖 [652] 第一仮訳)

「神と金と二つに仕へることは出来ん、そのどちらかに仕へねばならんと、今迄は説かしてゐたのであるが、それは段階の低い信仰であるぞ、〔中略〕 神と金と共に仕へまつるとは、肉と霊と共に栄えて嬉し嬉しとなることぞ、嬉し嬉しとは そのことであるぞ、神と金と二つとも得ること嬉しいであろうがな。その次には霊の霊とも共に仕へまつれよ、まつれるのであるぞ、これが、まことの正しきマコトの信仰であるぞ。〔後略〕 『黒鉄の巻』 第三十六帖 [654] 第一仮訳)

「宇宙は霊の霊と霊と物質とからなつてゐるぞ、〔中略〕 霊の世界は三つに分れて見えるぞ、霊の霊界は神界、それに霊界と幽界であるぞ、〔中略〕 霊は常に体を求め、体は霊を求めて御座るからぞ、霊体一致が喜びの根本であるぞ。一つの肉体に無数の霊が感応し得るのざ、それは霊なるが故にであるぞ、霊には霊の霊が感応する」 『冬の巻』 第一帖 [770] 昭和二十七年版)

 このような霊の霊と霊と体の話は、“心と肉体の関係”としても語られています。

「各々の世界の人間が その世界の神であるぞ、この世では そなた達が神であるぞ、あの世では、そなた達の心を肉体としての人間がゐるのであるぞ、それがカミと申してゐるものぞ、あの世の人間をこの世から見ると神であるが、その上から見ると人間であるぞ。あの世の上の世では神の心を肉体として神がゐますのであつて限りないのであるぞ、裏から申せば、神様の神様は人間様ぢやぞ」 『白銀の巻』 第一帖 [612] 昭和二十六年版)

「霊人は人間の心の中に住んでゐるのであるぞ。心を肉体として住んでゐるのぢゃ。その中に又 住んでゐるのぢゃ。ひらたう説いて聞かしてゐるのぢゃ。霊人と和合してゐるから、かみかかりであるからこそ、三千世界に働き栄えるのぢゃぞ。神界のことも判る道理ぢゃ。幽界のことも判る道理ぢゃ」 『白銀の巻』 第六帖 [617]

「自分で自分の心の中は中々につかめんものであらうがな。その中に又 心あり、又 中に心があるのぢゃ。心は神界ぞ。霊界や神界のものを肉体の自分で掴まうとしても中々ぢゃ」 『黒鉄の巻』 第二十二帖 [640]

「死と申すのは人間の物質的の最外部をすてて、よりよき霊的の体をつくり、更によりよき霊の霊と生き、弥栄することぞ、一段と上の自分となるわけぞ、生きてゐるときの霊を体とし一段高い霊を霊とすることであるぞ」 『冬の巻』 第一帖 [770] 第一仮訳)

 以上の内容を前提に“各界の視点”をまとめます。

 これらの話が神経綸に どのように関わるのかと言えば、(ナル)()の仕組が()()()()()()()()()()()()たる幽界との一体化として、()()()()()()()()“半霊半物質の世界の実現”であるのに対し、

()()()()()()()現界と幽界の一体化は“物質世界の完成”に過ぎないのです。

 だから、幽界との一体化によって実現する十方世界を“十方的()()と呼ぶ場合があるのでしょう。

「八方的地上から十方的地上となるのであるから、総ての位置が転ずるのであるから、物質も念も総てが変るのであるぞ。これが元の元の元の大神の御神策ぞ、今迄は時が来なかったから知らすことが出来んことでありたなれど、いよいよが来たので皆に知らすのであるぞ。百年も前からそら洗濯ぢゃ、掃除ぢゃと申してありたが、今日の為であるぞ、岩戸ひらきの為であるぞ。今迄の岩戸ひらきと同様でない、末代に一度の大岩戸ひらきぢゃ」 『至恩の巻』 第十四帖 [961]

 以上の内容から、()()現界()を一つにする(ナル)()の仕組が、視点によっては“地上界を完成させる仕組”であることが判るはずです。

 そして、こういった視点を持つことによって富士と鳴門の仕組への理解が進むので、天と地の関係を更に掘り下げます。

 天と地を()()()()()一つに完成させる二十二(フ ジ)の仕組への理解を深めるためには、“順序”に注目する必要があります。そのために、天と地の“合わせ鏡”の関係から解説して行きます。

の国、霊の国と この世とは合せ鏡であるから、この世に映って来るのざぞ」 『地つ巻』 第二十四帖 [161]

「天にあるもの地にも必ずあるのざぞ、天地 合せ鏡と聞かしてあろがな」 『日の出の巻』 第十三帖 [226]

「天と地と合せ鏡ぞ、一人でしてはならんぞ」 『キの巻』 第六帖 [263]

「世を捨て、肉をはなれて天国近しとするは邪教であるぞ。合せ鏡であるから片輪となっては天国へ行かれん道理ぢゃ」 『黄金の巻』 第五十九帖 [570]

「喜びの本体は あの世、現はれは この世、あの世と この世 合せて真実の世となるのぞ。あの世ばかりでも片輪、この世ばかりでも片輪、まこと成就せんぞ。あの世と この世と合せ鏡。神は この世に足をつけ衣とし、人は あの世をとして、心として生命しているのぢゃ」 『春の巻』 第六帖 [663]

 日月神示の数霊論では()()()()が一二三四五六七八を司り、()()()()が九十を司るので、()()は一二三四五六七八、幽界は九十に対応すると思われます。その上で、霊的な天と物質的な地が合わせ鏡の関係であることや、鏡面の“反転”の性質から、地と天は“順律と逆律”の関係にあると推察されます。

 この話は、九十が司る(はたらき)“逆の力”である点に通じています。

〔前略〕 八つの世界とは、、ア、オ、ウ、エ、イであるぞ。〔中略〕 その他に逆の力があるぞ。九と十であるぞ」 『白銀の巻』 第一帖 [612] 「逆の力」や「九と十」の部分は昭和三十八年版で追記されたものであり、原文にはありません。ただし、全般的な整合性は高まっています)

「岩戸のひらけた、その当座は、不合理に思へることばかりでてくるぞ、逆様の世界が、この世界に入り交じるからであるぞ、〔中略〕 さかさまの世界と申しても悪の世界ではないぞ、霊の世界には想念のままに どんなことでも出来るのであるぞ、うれしい、こわい世界が近づいて来ているのであるぞ」 『扶桑の巻』 第三帖 [852]

「反対の世界と合流する時、平面の上でやろうとすれば濁るばかりぢゃ、合流するには、立体でやらねばならん、立体となれば反対が反対でなくなるぞ、立体から複立体に、複々立体に、立立体にと申してあろう、(ぜん)()輪を大きく、広く、深く進めて行かねばならんぞ、それが岩戸ひらきぢゃ」 『碧玉の巻』 第一帖 [865]

「今迄 世に落ちてゐた神も、世に出てゐた神も皆一つ目ぢや、一方しか見へんから、世界のことは、逆の世界のことは判らんから、今度の岩戸ひらきの御用は中々ぢや、早う改心して この神について御座るのが一等であるぞ。外国人の方が早う改心するぞ、外国人とは逆の世界の人民のことであるぞ」 『極めの巻』 第七帖 [934] 第一仮訳)

「いよいよ判らんことが更に判らんことになるぞと申してあるが、ナギの命の治らす国もナミの命の治らす国も、双方から お互に逆の力が押し寄せて交わりに交わるから、いよいよ判らんことになるのであるぞ」 『至恩の巻』 第十一帖 [958]

 ですから、(イザナギ)たる一二三四五六七八の反対は(イザナミ)たる九十であり、両者の関係を()()()()()()()()で見ると、一二三四五六七八九十の反対は十九八七六五四三二一もしくは(れい)になります。

 これは、逆の(はたらき)の本質が“それ”に対する“それ()()()()もの”であることと通底しており、岡本天明氏は『古事記数霊解序説』第十四章で、「九と十は(れい)に通じる性質を持つ」と指摘しています。この視点が、九と十と(れい)()()()として(ひと)(くく)りにされることや、〇一二三四五六七八九十の世を“二十二”とする数え方の背景なのです。

 また、〇一二三四五六七八九十の世という“十一番目の状態(すがた)“十二の卵”(たと)えられており、その帖では、鏡像の()()の性質に通じる“レンズ”(ひね)り”の言葉が使われます。

「岩戸しめの始めはナギ、ナミの時であるぞ、ナミの神が火の神を生んで黄泉国に入られたのが、そもそもであるぞ、十の卵を八つ生んで二つ残して行かれたのであるぞ、十二の卵を十生んだことにもなるのであるぞ、五つの卵を四つ生んだとも云へるのであるぞ、総て神界のこと、霊界のことは、現界から見れば妙なことであるなれど、それでちゃんと道にはまってゐるのであるぞ。一ヒネリしてあるのぢゃ、天と地との間に大きレンズがあると思へば段々に判りてくるぞ」 『碧玉の巻』 第十帖 [874] 第一仮訳)

 こういった天と地の“合わせ鏡の関係”と前述の“複数の視点”が、富士と鳴門の仕組を考察する上での予備知識であり、そこから導き出される結論の一つを先に要約します。

(ナル)()の仕組は神界と幽界の間で()()()()()()()()である」

 この話は、合わせ鏡の像は一方が変わると もう一方も同じ変化を遂げることに端を発しており、日月神示では「霊界の出来事が地上界へ移写する」と説明されています。

「霊界には山もあり、川もあり、海もあり、又もろの社会があり、霊人の生活がある、〔中略〕 そして これらの総てが霊界に存在するが故に、地上世界に それの写しがあるのである。霊界を主とし、霊界に従って、地上にうつし出されたのが地上人の世界である」 『地震の巻』 第十五帖 [392] 第一仮訳)

「人間の肉体は想念の最外部、最底部をなすものであるから肉体的動きの以前に於て霊的動きが必ずあるのであるぞ。故に人間の肉体は霊のいれものと申してあるのぞ。又 物質界は、霊界の移写であり衣であるから、霊界と現実界、又 霊と体とは殆んど同じもの。同じ形をしてゐるのであるぞ。故に物質界と切り離された霊界はなく、霊界と切り離した交渉なき現実界はないのであるぞ」 『冬の巻』 第一帖 [770]

「地上界に山や川もあるから霊界に山や川があるのでない、霊界の山川がマコトぞ、地上はそのマコトの写しであり、コトであるぞ、マが霊界ぢゃ、地上人は、半分は霊界で思想し、霊人は地上界を足場としてゐる、互に入りかわって交はってゐるのぞ」 『星座の巻』 第十二帖 [895]

「天界での出来事は必ず地上に移りて来るのであるが、それを受け入れる、その時の地上の状態によって早くもなればおそくもなり、時によっては順序も違ふのであるぞ、人民は近目であるから色々と申すなれど、広い高い立場で永遠の目でよく見極めて下されよ。寸分の間違ひもないのであるぞ、これが間違ったら宇宙はコナミジン、神はないのであるぞ」 『極めの巻』 第十八帖 [945]

 映る、写る、移る、それら全ての意味を(ほう)(せつ)する意味で、古来より地上界は(うつ)()と呼ばれ、肉体を(うつ)()と称します。

 つまり、伊邪那岐神の世界である()()と、伊邪那美神の世界である幽界は、天において既に岩戸開きを経て一つになっていると推測され、その事象が合わせ鏡たる現界に写ったものが、これから起きる現界と(ゆう)(かい)の一体化であり、立替え立直しです。

 そうであるが故に、現界と幽界(がいこく)の一体化の開始を告げる神国(にほん)と外国の戦争は“天で既に起きた出来事”として言及されているのでしょう。

「神界では もう戦の見通しついてゐるなれど、今はまだ臣民には申されんのぞ」 『上つ巻』 第三十九帖 [39]

「メリカもギリスは更なり、ドイツもイタリもオロシヤも外国はみな一つになりて神の国に攻め寄せて来るから、その覚悟で用意しておけよ。神界では その戦の最中ぞ」 『富士の巻』 第三帖 [83]

「今は善の神が善の力 弱いから善の臣 民苦しんでゐるが、今しばらくの辛抱ぞ、〔中略〕 神の、も一つ上の神の世の、も一つ上の神の世の、も一つ上の神の世は戦 済んでゐるぞ」 『富士の巻』 第六帖 [86]

「神界の都にはアクが攻めて来てゐるのざぞ」 『富士の巻』 第三帖 [83]

「岩戸開きのはじめの幕 開いたばかりぞ。今度はみづ逆さにもどるのざから、人民の力ばかりでは成就せんぞ。奥の神界では済みてゐるが、中の神界では今最中ざ。時待てと申してあろが」 『夜明けの巻』 第十一帖 [331]

「神界の立替ばかりでは立替出来ん。人民界の立替なかなかぢゃナア」 『秋の巻』 第二十七帖 [768]

 『地震の巻』や『竜音の巻』で語られていますが、霊的な世界の無限の段階は、周波数の異なる電波の如く、同一の場所に存在しても基本的に交流はできないそうです。そうすると「神界の都に悪が攻めて来た」は奇妙な話になります。

 しかし、()の岩戸に先んじて()の岩戸が開いた」なら(つじ)(つま)が合います。

「天の岩戸開いて地の岩戸開きにかかりてゐるのざぞ、我(いち)力では何事も成就せんぞ、手引き合ってやりて下されと申してあること忘れるでないぞ。霊肉共に岩戸開くのであるから、実地の大峠の愈々となったらもう堪忍してくれと何んな臣民も申すぞ」 『雨の巻』 第十帖 [344]

 同じ内容を示唆する“三千世界連邦”の記述も見受けられます。

「宗教連合会も世界連合も破れて了ふと申してあらうがな、つくった神や神の許しなきものは皆メチャメチャぢゃ、三千世界に手握る時と知らずに、他の世界、元の世界を知らんから さうなるのぢゃ、火火の世界、火火の人、水水の世界、水水の人と交通出来るのぢゃ、人と云っても人間ではないぞ、ヒトカミざぞ、手握って三千世界に天晴れぢゃ」 『青葉の巻』 第二十帖 [489]

「世界連邦と申してゐるが、地上世界のみの連邦では成就せん。片輪車で、いつまでたってもドンテンドンテンぢゃ。心して下されよ。何故に霊界、神界をひっくるめた三千世界連邦としないのか。いらぬ苦労はせぬものぢゃ」 『月光の巻』 第三十二帖 [819]

「一切と手をつながねばならん。人民のみで世界連邦をつくろうとしても、それは出来ない相談、片輪車と申してあろうが、目に見へぬ世界、目に見へぬ人民との、タテのつながりつけねばならん道理、人民同士の横糸だけでは織物にはならんぞ。天は火ぞ、地は水ぞ、火水組み組みて織りなされたものが、ニシキの御旗ぢゃ、ヒミツの経綸であるぞ」 『扶桑の巻』 第九帖 [858]

 そこで、三界を交わらせるための接点(いわと)の位置”を図示してみます。実際には無限の段階があるので下記の図ほど単純ではないでしょうが、日月神示で三千世界を三界と表現することに(なら)って簡略化すれば、次のようになるはずです。

 本項の内容を前提に上図を()()()()()()()()()、三つの接点(いわと)開きの全てが“天と地を一つにする仕組”であることが判ります。同じでありながら違い、違いながらも同じなのであり、神界と幽界と現界の()()()()()()()「同じことが()()繰り返される」のです。

「同じこと二度くり返す仕組ざぞ、この事よく腹に入れておいて下されよ。同じこと二度」 『青葉の巻』 第七帖 [476]

 ちなみに、神経綸の進展と天から地にうつる順序が「九→十→九→十」ではなく「九→九→十→十」なら、図のT、U、Vの接点(いわと)開きと九、十、(れい)の岩戸開きが対応する可能性も考えられます。

 このような内容が“天と地の合わせ鏡の関係”から見えて来るのです。

 そして、天での(ナル)()の仕組によって神界と幽界が一つになり、地での(ナル)()の仕組によって現界と幽界が一つになり、最後に()()()()()()()三界は(まこと)の意味で不二(ひとつ)になります。これが“富士と鳴門の仕組の順序”です。

「喜びの歌 高らかに、ナルトの仕組 ()()にうつるぞ」 『黒鉄の巻』 第十四帖 [632]

「12345678の世界が12345678910の世となりなりて、012345678910の世となるのぢや、012345678910が()()()と申してあろうがな。裏表で二十二ぢや」 『至恩の巻』 第十五帖 [962] 第一仮訳。「まこと」の原文は「〇九十」です)

〔前略〕 なりなりなりて十とひらき、二十二となるぞ、富士晴れるぞ、大真理 世に出るぞ、新しき太陽が生れるのであるぞ」 『至恩の巻』 第十六帖 [963]

 こういった()()“三界の立替え立直し”が実現するのでしょう。

「今度は今までにない、(ふみ)にも口にも伝えてない改造ざから、臣民界のみでなく神界も引っくるめて改造するのざから、この方らでないと、そこらにござる守護神さまには分らんのぞ、九分九厘までは出来るなれど、ここといふところで、オジャンになるであろうがな」 『天つ巻』 第二帖 [109]

「建替と申すのは、神界、幽界、顕界にある今までの事をきれいに塵一つ残らぬ様に洗濯することざぞ。今度と云ふ今度は何処までもきれいさっぱりと建替するのざぞ。建直しと申すのは、世の元の大神様の御心のままにする事ぞ。御光の世にすることぞ」 『水の巻』 第十二帖 [286]

 以上のように、天と地を()()にする計画を全体と順序から(がい)(かつ)すれば、(ナル)()の仕組の位置付けは()(なら)し”であり、

三界を()の御心のままの世()にするための()()()二十二(フ ジ)の仕組です。

 そこで、次項からは本項の内容を前提に、(れい)接点(いわと)開き”であり、()()()の意味での“天地和合”と呼び得る二十二(フ ジ)の仕組の詳細を、“数霊的な観点”から見て行きます。

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