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時節概論

( 前編 )

平成二十年七月八日
2008/7/8
明喜
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更新履歴

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冒頭詞(はじめのことば)

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年表

一九九九年九月十八日 完成

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目次

序文2008/7/ 8

   序章全体の概要

0-1時節概論2008/7/ 9
1時節の解説2008/7/ 9
2予備知識の説明2008/7/ 9
3三編と一章2009/4/15
0-2日月神示2008/7/10
0-3大本教2008/7/13
0-4記紀の神々2008/7/13
1国常立神2008/7/13
2伊邪那岐神 / 伊邪那美神2008/7/13
3天照大神2008/7/13
4素盞鳴神2008/7/13
0-5予言の概要2008/7/15

  第一章神経綸七 「 地の岩戸開きの始まり 」

1-1阪神淡路大震災2008/7/17
1-2岡本天明の年齢2008/7/19
1-3平成七年一月十七日2008/7/20
1-4数霊の七2008/7/20
1-5数霊と月の対応関係2008/7/22
1-6七月2008/7/23

  第二章神経綸八 「 世界恐慌 」

2-1東京大震災2008/7/26
2-2八の根拠2008/7/27
2-3八の前後2008/7/29
2-4富士遷都2008/8/ 1
2-52008/8/ 3
2-6八月2008/8/ 6
2-7春夏秋冬2008/8/ 9
1負け2008/8/11
2春マケ2008/8/13
3夏マケ2008/8/13
4秋マケ2008/8/13
5冬マケ2008/8/13
6ハルマゲドン2008/8/13
7岩戸開き / 岩戸明け2008/8/13
2-8数霊の八2008/8/15
1なりなりてひらく2008/8/15
2八の性質2008/8/15
3新暦 / 旧暦2008/8/15
2-9日月の力2008/8/15

  第三章日本

3-0天子様の年齢2009/1/11
1十七日の根拠2009/1/17
2二つの注意点2009/2/ 8
3天子様の誕生日2009/2/10

前編総括2009/2/23
追記 「 神経綸八の解釈の正否 」2009/3/22
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序文

 この概論は()(つく)(しん)()()(せつ)に関する考察です。

 日月神示の中の予言的年月日である時節の記述は一見すると脈絡がありませんが、()()の中で最も重要視されている(てん)()(さま)が誰なのか判ると、時節の中で最も重要視されている“旧九月八日”を特定でき、その旧九月八日を基点にすると時節全体が読み解ける構造になっていました。

 この概論では、それら時節の記述を全て引用して一応の解釈を試みます。また、その過程で(いわ)()(びら)き”の予言の背景になっている、日月神示の宇宙観についても考察することになります。

 ここでの宇宙観とは、岩戸開きという“現象”(ない)(おう)に存在する“現象が起きる理由”のことで、結果と原因の関係にあります。日月神示は、それを“神話”(かず)(たま)によって説明しています。これにより、太古の神話を論じることが未来を論じることになり、数霊を論じることが神様の計画を論じることになります。これが岩戸開きの予言であり、“神の順序(リズム)とでも表現すべき時節のことです。そして、それは()()()の一言に要約できます。

 一二三とは日月神示が説いている宇宙の律動(リズム)のことで(つい)なるものは結ばれて新生する」というものです。それは極小から極大にまで通じ、太古から未来においても変わることなき(しん)(りつ)であり、男と女をはじめ、神と人、霊と肉、天と地においてすら適用されるとのことです。その“神の呼吸(リズム)を、日月神示は一二三と呼んでいます。これを最も簡単(シンプル)に表現すると次のようになります。

 このように「日月神示は一二三しか説いていない」というのが時節概論での結論です。それが「三千世界には歓喜(マツリ)があるのみ」という()()の宇宙観に繋がります。この一二三の結合(むすび)が、三番目の道である(マツリ)(みち)であり、時節の本質です。

 古来より、日本人は「和を以って貴しと為す」と言って調和(マツリ)を尊んで来ましたが、それは日月神示の宇宙観とも密接な関係を持っています。それを時節と共に、()()(こと)()によって考察したいと思います。

 それでは、この概論が日月神示を理解するための一助となることを願って、本論の序文とさせて頂きます。

平成二十年七月八日 すめらみちの(めい)()

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序章 全体の概要

時節概論

 まず、時節概論の概要から説明します。この概論は大きく分けて、【時節の解説】と【予備知識の説明】の二つから成り立っており、それを更に【三編と一章】に分けて論じています。

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時節の解説

 結論から言えば、日月神示の時節は“数の順序”に基づいて構成されていました。その順序に沿って()()の記述を繋ぎ合わせると時節全体の文意が通るようになります。このような順序に基づいて配置された時節と、日月神示の独特の数霊論を対比させる形で論じたものが【時節の解説】です。

 この数の順序とは、一の次は二、二の次は三、三の次は四、四の次は五、五の次は六、六の次は七、七の次は八、八の次は九、九の次は十ということです。この当たり前で揺るぎようのない順序(リズム)が、日月神示における“時節の原則”となっています。個々の時節の記述はこの原則に基づいて配置されており、それらが一つに組み合わさって“時節の全体像”が形成されています。これが時節の基本的な構造です。

 そして、日月神示の時節は「別角度から見た記述が同じ日と年を指し示す」という、非常に巧妙で用意周到な構造になっていました。これは立体の正確な形状を把握するために複数の平面図を使う“三面図”の手法に似ています。このような形で、基本的に特定の期日以外の解釈はできないように仕組まれていました。これは僅かな記述だけを対象とするならば異なる解釈も可能なのですが、百箇所近くある時節の記述を全て解釈しようとすれば、全くの解釈不能に陥るか、もしくは一つの結論へと集約されます。

 無論、時節の全てがそのような構造に組み込まれているわけではありませんが、重要な“時節の節目”に関してはそうなっています。つまり、「岩戸開きの日は間違えようがない」のが実相なのです。

 日月神示には次のように書いてあります。

「神は()もない時から知らしてあるから、いつ岩戸が開けるかと云ふことも、この()()よく読めば分かるようにしてあるのぞ」 『下つ巻』 第二十五帖 [67]

 ここに書かれている通り、岩戸開きの日は一日単位で特定できるようになっていました。

 これは第三章の最後で述べる『真珠の首飾りの(たと)え話』の内容と重複するのですが、()()の各巻に散在する時節の記述は、一見すると何の脈絡も無いので意味が不明に見えます。この一つ一つの時節が真珠の一粒一粒に相当します。しかし、バラバラに散乱しているかのように見える真珠は、実は“見えざる一本の糸”によって繋がれています。その糸を見付けて引き締めると、散乱していた無数の真珠が、実際には整然と並んだ“一つの首飾り”であったことに気付かされます。この一つの首飾りとしての側面が、日月神示における時節の全体像です。

 そして、この見えざる一本の糸が数の順序であり、もしくは座標軸で言うところの“絶対座標”になります。日月神示の時節の記述は二箇所だけが絶対座標で書かれ、その他の時節は絶対座標を基点として配置される“相対座標”で書かれています。

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予備知識の説明

 日月神示の時節の全体像は時節の記述だけでは解説することができません。なぜなら、日月神示の予言は神々の物語として描写されているからです。これらは一種の譬え話になっているので、時節の解説には幾つかの分野の基礎的な知識が必要になります。それを論じたものが【予備知識の説明】です。

 こういった時節の解説に必要な予備知識には、日本神話、皇統、神道、国学、大本教、霊界論などが挙げられます。この中の霊界論以外は時系列的に重複する点が多いので、第三章で日本の歴史として一つにまとめて説明してあります。

 このように、この概論は時節以外の説明が大幅に入っていることが特徴なのですが、これは日月神示の時節が時節以外の記述を理解していることを前提に書かれており、更にそれらの記述が読み手に幾つかの分野の基礎的な知識があることを前提に書かれているからです。これによって時節のみで時節を語ることや、日月神示のみで日月神示を語ることが非常に難しくなっています。そのため時節概論では、時節や日月神示の前提となる分野から説き起こしています。

 この概論を読むと、時節についての考察なのに、時節ではないことばかり書いてある点を疑問に思われるかもしれませんが、それは以上のような理由によります。

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三編と一章

 前記の二つの内容を三編に分けて論じ、それに補足事項となる章を加えたものが【三編と一章】です。

 その大まかな内容を述べますと、前編で()()()()となる“時節の概要”を解説し、中編で時節の解説に必要な“予備知識の説明”を行います。後編では、前編と中編で論じた内容を解法として日月神示を読み解く“本格的な時節論”を展開します。これら三編に渡る解説によって、日月神示という“神のパズル”の内容がある程度まで判明するはずです。

 ちなみに、この概論では()()をパズルに見立てていますが、これは日月神示が“ジグソーパズル”を模して書かれているからです。このバラバラの断片(ピース)を読み手側で繋ぎ合わせることによって、少しづつ絵の見える範囲が拡大して行きます。その最も象徴的な事例と成り得るのが時節の記述です。

 また、何らかの計画を立てることを「絵図を引く」とも表現しますが、このパズルを解くことによって見えて来る絵図が神様の計画であり、この概論で(かみ)(けい)(りん)と呼称しているものです。

 それと、この三編の他にも補章が一つありますが、これは時節の全文の抜粋と細かい補足です。時節概論を検証する際の手間を省くための章であり、この概論の問題点についても言及しています。

 以上が時節概論の概要であり本文の内容なのですが、時節概論とは正確には“年表”のことです。年表の補足が本文であって逆ではありません。この概論を一読すれば基本的に本文は必要なくなるはずです。時節概論で最終的に残るのは年表だけになるでしょう。これは「最後まで残るのは本質(ほねぐみ)だけ」という意味だと思って下さい。日月神示の内容の表層的な部分を剥ぎ取って行くと、最後に残るのが(マツリ)、あるいは()()()になるようなものです。

 次に、この概論に関わる分野の説明に入りたいと思います。まずは一番 基本的な【日月神示】からです。

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日月神示

 日月神示は岡山県出身の画家である(おか)(もと)(てん)(めい)氏によって書かれたものです。先の大戦が終結する約一年前の1944年(昭和十九年)6月10日、千葉県(いん)()(ぐん)(こう)()(むら)(だい)(かた)()()()神社に存在する『(あめ)()()()()(じん)(じゃ)』に天明氏が参拝した折、神霊現象でいうところの“自動書記”が起こりました。その日から1961年(昭和三十六年)まで、天明氏の身体を使って書かれた(あめ)()()()()(のかみ)の言葉”が【()(つく)(しん)()】です。

 書記された日月神示の原文は、殆どが数字と記号と仮名で構成されるという前例の無い形態であったため、一見しただけでは誰も読めませんでした。それを天明氏と役員信者が中心になって読み易い現代語に翻訳したものを『()()()』と呼びます。故に訳文は『ひふみ』、もしくは『ひふみ(しん)()』と呼ばれています。

 参考として、六月十日に書記された(しょ)(はつ)(しん)(ちょく)を引用します。まずは原文からです。

「二二八八れ十二ほん八れ の九二のま九十ののちからをあら八す四十七れる 卍も十も九も八きりたすけて 七六かしい五くろうのない四かくるから 三たまを二たんにみかいて一すしのま九十を十四て九れ四 いま一十九六あるか 九の九六八三たまを三かいておらぬ十こせぬ 九の四八まつて二十十七一九六てある 九の六一八のちからて七一十七二もてきん 二んけんのそろはんて八八千けん九十三 二ほん八おつちかあかる かい五九八おつちかさかる 三八九の大千た九 一七の大千たく 一十のお千た九 九ん十八十も九らへて九れ十ゆ十九ろまてあ十へひかぬから 三のつもりでかかつて九一 の千からを八きり十三せて八る十きかきた うれ四九て九る四六もの十 九る四九て四六九二もの十てて九る の九二 か三のちからて七一十七んにも上十千 一十の千からて七二かてきたか 三七か三か三四て一るのた 五てもかかれる四二きれ一二千た九四ておりて九れ四 一九三八九十四十十一て一るか 三んなち四九一一九三て八七一 せか一十の千た九三から 一らぬものか七九七るまて八お八らぬ十りか八からぬか 四ん三ん十四の一九三で七一 か三十か三 あかとあか 一十十一十 二九十二九 たま十たまの一九三十 おのれの九九ろを三四 一九三かすんて一七一てあろ 三れて一九三かす六十おもてゐる十八あきれたもの十 八八九十二せぬ十ま二あん 七二四り十二かたい一 三ひ四三八一十のみか八 か三八一九万八一三 三ひ四三九へて十きをまつ かせか一の王二七る てん四三まかか三十からん四ん三んはかり 九ち十九九ろ十お九七一十 三つそろたま九十を三九十十一う三 の四ん三ん三七三九十二七る三たま 三二三たまけつ九 六かつの十か ひつくのか三」 『うへつまき』 第一帖 [1]

 次に訳文です。なお、読み方が定まっていない一部の記号は文脈を損なわない範囲で意訳しました。

()()()れたり()(ほん)()れ。(かみ)(くに)のマコトの(かみ)(ちから)(あら)わす()となれる。(ほとけ)もキリストも(なに)()もハッキリ(たす)けて、しち(むつか)しい()()(ろう)()()()るから、()(たま)()(だん)(みが)いて(ひと)(すじ)のマコトを(とお)してくれよ。(いま)(ひと)()(ろう)あるが、()()(ろう)()(たま)(みが)いて()らぬと()せぬ、()() (はぢ)まって()()()()(ろう)である。()(むす)びは(かみ)(ちから)でないと(なに)()()ん。(にん)(げん)(そろ)(ばん)では(はぢ)けん(こと)ぞ。()(ほん)()(つち)()がる、(がい)(こく)()(つち)()がる。(みやこ)(おお)(せん)(たく)(ひな)(おお)(せん)(たく)(ひと)()(せん)(たく)(こん)()()うも(こら)へてくれと()(ところ)まで(あと)退()かぬから、その(つも)りで()かって()い。(かみのくに)(かみ)(ちから)をハッキリと()せてやる(とき)()た。(うれ)しくて(くる)しむ(もの)と、(くる)しくて(よろこ)(もの)()()る、(にほん)(かみ)(くに)(かみ)(ちから)でないと(なん)にも(じょう)(じゅ)せん。(ひと)(ちから)(なに)()()たか。(みな) (かみ)がさして()るのだ。()()でも(かみ)(がか)れるように()(れい)(せん)(たく)して()りてくれよ。(いくさ)()(とし)(じゅう)()って()るが、そんなチョコイ(いくさ)ではない。()(かい)(じゅう)(せん)(たく)ざから、()らぬ(もの)()くなるまでは(おわ)らぬ(どう)()(わか)らぬか。(しん)(みん)(どう)()(いくさ)でない、(かみ)とカミ、あかとアカ、(ひと)とヒト、(にく)とニク、(たま)とタマの(いくさ)ぞ。(おのれ)(こころ)()よ、(いくさ)()んで()ないであろう。それで(いくさ)()むと(おも)うて()るとは(あき)れたものぞ。(はや)(そう)()せぬと()()わん。(なに)より(そう)()(だい)(いち)(さび)しさは(ひと)のみかは、(かみ)(いく)(まん)(ばい)ぞ。(さび)しさ()へて(とき)()つ。(かみ)()(かい)(おう)になる。(てん)()(さま)(かみ)(わか)らん(しん)(みん)ばかり。(くち)(こころ)(おこな)いと、(みっ)(そろ)うたマコトを(みこと)()うぞ。(かみ)(しん)(みん) (みな) (みこと)になる()(たま)(そう)()()(たま) (けっ)(こう)(ろく)(がつ)(とお)() ()()()(のかみ) 『上つ巻』 第一帖 [1]

 このように、日月神示は原文と訳文の二重構造になっていることが大きな特徴なのですが、「何故、日月神示の原文は数字と記号と仮名ばかりなのか?」という疑問への答えは、()()の中の霊界論に書かれています。

「中心に(ましま)す太神のお言葉は順を経て霊人に至り、地上人に伝えられるのであるが、それはまた霊界の文字となって伝えられる。霊界の文字は主として直線的文字と曲線的文字の二つから成る。直線的なものは月の霊人が(もち)い、曲線的な文字は太陽の霊人が使用している。(ただ)し高度の霊人となれば文字はない。ただ文字の元をなすがあるのみ。また高度の霊界人の文字として殆ど数字のみが使用されている場合もある。数字は他の文字に比して多くの(みつ)()(ぞう)しているからである。しかしこれは不変のものではなく、地上人に近づくに従って(ぜん)()変化し、地上人の文字に似てくるのである」 『地震の巻』 第十三帖 [390]

 つまり、より根元的な存在からの言葉であるから、より根元的で深い意味を内蔵した“文字”である数字と記号が多用されているとのことです。大本系統の神典研究者によれば、日月神示がこのような形態で書かれているのは、「極めて高度な神霊からの直流の言葉である証拠」とされています。

 以上のような性質上、日月神示は天明氏や役員信者が自身の知識や霊感によって翻訳しました。故に訳せていない部分も多く、細かい部分の読み方にも異なる説が多く存在します。日月神示自身も複数の読み方が成り立つことを認めています。

「この()()は心通りにうつるのざぞ、思ひ違ふといくら神示読んでも違ふことになるぞ、心違ふと今度はどんなに偉い神でも人でも気の毒 出来るぞ」 『キの巻』 第五帖 [262]

「この神示八通りに読めるのぢゃ」 『海の巻』 第十五帖 [507]

「今の偉い人民がこの神示を読むと、理屈に合わん無茶苦茶な文章であるから、下級霊の(しょ)(さん)だと断ずるなれど、それは余りにも霊界の事を知らぬ(れい)(てき)(はく)()であることを自分で白状してゐるのぞ、気の毒ぢゃなあ、ましてこの神示は八通りに読めるのであるから、いよいよ判らん事になるぞ」 『竜音の巻』 第十二帖 [920]

 このように幾通りにも読めるので、日月神示の名称自体に諸説があって完全には定まっていません。現在では一種の総称として『()(つき)(しん)()』と呼ばれることが多いですが、過去には『(ひつく)(しん)()』や『()(つき)(くに)(せい)(てん)』と呼ぶこともありました。また、原文には基本的に、濁音、半濁音、(よう)(おん)(そく)(おん)、長音が無いので、これらは訳者の判断で補うことになります。そのため、“ひつぎ”“ひつぐ”と読むのが正しいとする説もあります。これは漢字を当てると()(つぎ)()(つぐ)になります。

 この概論では名称の違いは特に気にせず『()(つく)(しん)()』で統一します。これは第六巻の巻名を根拠としています。第六巻『()(つく)の巻』は『()の巻』と『(つき)の巻』の二つの巻から成り立っていますが、その最後に、

「九ノまキ二つあ四てひつ九のまキ十せ四(この巻二つ合わして“ひつく”の巻とせよ) 『日月の巻』 第四十帖 [213]

と書かれているからです。原文の「ひつ九」は“ひつく”とも“ひつぐ”とも読めますが、天明氏に()()を書かせた『(あめ)()()()()(のかみ)』という御神名の表記方法から“ひつく”の方を優先しました。これは、まだ平仮名や片仮名が存在しなかった時代から、発音を漢字で伝える場合には、“く”には『久』、“ぐ”には『具』の漢字を当てることが多かったからです。天之日津久神なる御神名は、この慣例を踏襲していると推測しました。

 このような経緯で世に伝わることになった日月神示は、全部で三十七巻と補巻一巻です。そして、未書記の十三巻を含めて合計で五十巻になります。その大まかな構成は次のようになっています。

名称巻数書記年(西暦)書記年(和暦)取次
日月神示 1巻〜12巻1944年〜1945年昭和19年〜昭和20年岡本天明
13巻〜23巻1945年〜1947年昭和20年〜昭和22年
24巻〜30巻1949年〜1952年昭和24年〜昭和27年
月光の巻補巻1958年〜1959年昭和33年〜昭和34年
五十黙示31巻〜37巻1961年昭和36年
38巻〜50巻

 これらは()()が降りた当初から色々な形で翻訳と印刷がされたのですが、その中で主流となったものを二つだけ説明しておきます。

 まず、昭和十九年から昭和三十八年まで有力な役員信者の手を借りて翻訳し、岡本天明氏が最終的な校正をした訳文が『第一仮訳』、もしくは『天明訳』と呼ばれています。

 次に、昭和五十年代前半に天明夫人が手を加えた訳文が『第二仮訳』、もしくは『()(のり)訳』と呼ばれています。昭和五十年代から現在まで流通している日月神示は第二仮訳の方です。

 この概論で引用している()()は基本的に第二仮訳の方ですが、第二仮訳の()(びゅう)や編集ミスと思われる場合は第一仮訳の方を引用しています。なお、引用に際して当て字や旧仮名遣いの一部を現代風に改めました。

 この日月神示の具体的な内容は多岐に渡り、とても一言で言い表せるようなものではありません。()()には、

「この神示いくらでも出て来るのざぞ、今の事と先の事と三千世界、何も彼も分るのざから、よく読みて腹に入れておいてくれよ」 『地つ巻』 第四帖 [141]

「他で判らん根本のキのこと知らす此の方の神示ぢゃ、三千世界の事、一切の事、説いて聞かして得心させてあげますぞや」 『雨の巻』 第十三帖 [347]

と書かれており、宇宙全体を意味する“三千世界”のことを説くと豪語しているだけあって、非常に多くの分野の示唆に富んでいます。

 その中でも中核になっている部分を述べると、日月神示は「三千世界が完成する時が来ている」と主張し、それに伴って「かつてない大変動が起こる」と説いています。これは“立替え立直し”もしくは“岩戸開き”と呼ばれています。この部分が日月神示の主張全体の骨子になっています。この骨子を中心とする形で日月神示の内容は展開されており、その中の未来を予言している部分を、この概論の主題(メインテーマ)としています。

 以上が日月神示の概要ですが、日月神示は突発的、あるいは単独的に発生したものではありません。ある特異な宗教団体が作り出した一つの大きな潮流の中で発生したものです。正確には、日月神示は戦前に日本を(せっ)(けん)した【大本教】の流れを受け継いでいます。

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大本教

 日月神示の源流は明治時代に創始された新興宗教団体にあり、大正から昭和初期にかけて猛威とすら呼べる(きょう)(ぜい)を誇っていました。この宗教団体は一組の男女が教祖であり、『(かい)()』こと()(ぐち)(なお)と『(せい)()』こと()(ぐち)()()(さぶ)(ろう)が創始者です。この二人を中心にして興った宗教団体が【(おお)(もと)教】です。

 この出口直に明治二十五年から自動書記が起こりました。その時から出口直の手によって書かれたものは『おふでさき』と呼ばれ、平仮名を主体として書かれています。これに出口直の婿養子であり、大本教の実質的な創設者である出口王仁三郎が漢字を当てて読み易くしたものが『(おお)(もと)(しん)()』です。大本教には二人に降りた(しん)()が数多く存在するのですが、開祖の『お(ふで)(さき)』と聖師の『(れい)(かい)(もの)(がたり)』が二大教典になっています。この大本教に降りた(しん)()が日月神示の直接的な源流です。

 なお、これ以後は出口直と出口王仁三郎に降りた(しん)()を、便宜的に『(おお)(もと)(しん)()』と総称して話を進めます。また、お筆先と大本神諭は厳密には別物なのですが、この概論では特に区別しません。ちなみに、お筆先とは「筆の先で書いたもの」という意味の普通名詞であって、出口直の書の固有名詞ではありません。

 この概論の対象である日月神示は完全に大本神諭の系統に属しており、全く同じ主張が数多く見受けられます。そもそも、日月神示の内容の多くは大本神諭が何十年にも渡って主張していたことです。こういった点や、大本教の活動が戦後に興った神道系の宗教団体の大半の大本(ルーツ)になるほど大規模だったこともあり、昔から日月神示は大本神諭ほどの評価は受けていません。そのため、「日月神示は大本神諭の亜流に過ぎない」と断じられることもしばしばです。しかし、日月神示を降ろした天之日津久神様は全く異なる見方を示しており、自らの言葉を(ふで)と称して(ふで)(さき)より更に神の心に近いものであると主張しています。

「今までほかで出て居たのは 皆 ()()(さき)ぢゃ、ここは()()ぢゃ、()()もの如く思って居ると大変が足下から飛び立つのざぞ、取返しつかんから気付けてゐるのぢゃ」 『風の巻』 第六帖 [357]

「口で知らすこと判る人には判るぞ。大切なことはミミに聞かしてあるぞ。天狗ざから、軽く見るから分らんのざぞ。神示はいらんのぢゃ、ふではカスぢゃぞ。皆(テン)を見失ってゐるぞ。(テン)あるのが判るまい」 『黄金の巻』 第二十四帖 [535]

「局部的に見るから判らんのぢゃ。文字書くのは心であるが心は見えん、手が見へるのぢゃ。手見るはまだよい方ぢゃ。筆の先だけしか見えん。筆が文字書いていると申すのが今の人民の考へ方ぢゃ。筆が一番 偉いと思ふて御座るのぢゃ」 『春の巻』 第二十五帖 [682]

 このように、天之日津久神様は筆と筆先を明確に区別しています。また、()()()()()()()()ことも匂わせています。こういった主張に基づき、この概論で()()と省略して書く場合は日月神示のみを指し、(しん)()と省略して書く場合は大本神示のみか、あるいは日月神示と大本神示の双方を指す意味で使用します。

 そして()()(さき)の中で細かいものを除外した大本神示が次のものです。

名称書記年(西暦)書記年(和暦)取次
大本神諭 1892年〜1918年明治25年〜大正 7年出口直
裏の神諭1898年〜1918年明治31年〜大正 7年出口王仁三郎
伊都能売神諭1918年〜1919年大正 7年〜大正 8年
霊界物語1921年〜1934年大正10年〜昭和 9年

 日月神示はこれらの大本神示の中でも、特に大本神諭と『()()()()(しん)()』の直系の続編だと考えられています。ただし、これは()()の信奉者の考えであって、大本教では日月神示を全く認めていません。

 この大本神示の主な内容は“三千世界の大変動”を説いたものであり、人間が心を入れ替えて神に従うように“改心”を迫るものとなっています。この主張に従って大本教は非常に大規模な活動を繰り広げ、大正から昭和初期にかけて、善くも悪くも世間を賑わしたと伝わっています。

 日月神示を書かされた岡本天明氏も元々は大本信者で、教団の機関紙の編集長を務めたり、出口王仁三郎の代筆をするなどして積極的に関わっていました。大本系統の神典研究者によれば、日月神示は本来なら大本教の内部に降ろされるはずであったものが、諸般の事情によって予定が変わり、昭和十九年の時点で大本教とは無関係になっていた天明氏の元に降ろされることになったそうです。

 何故、そのようになったかと言うと、日月神示が降ろされた当時は大本教が政府から大規模な弾圧を受けており、(しん)()的なものが世に出られる状況になかったからです。弾圧を受けた理由は不敬や国家転覆の容疑を掛けられたからですが、その主な原因となったのは出口王仁三郎を中心とした非常に先鋭的な政治活動でした。それが大本神示の「世界を革正する」という主張と相まって、政府や世間から誤解を招く結果となりました。そのため、大本教は当時の日本で邪教の元締めのように認識され、今でもそう思っている人が居ます。

 このような経緯を持つ大本神示によれば、江戸時代後期から興った、岡山の(くろ)(ずみ)教、奈良の(てん)()教、岡山の(こん)(こう)教、京都の大本教などの神道系の諸派は、一つの大きな潮流の中で発生()()()()()“神の計画を担う団体”とされています。

その流れの中で、日月神示は自らを最後(とどめ)()()であると主張しています。

 この“とどめ”とは大本神諭の頃から出ている表現で「三千世界に(とど)めを刺す」という意味です。世界に最後を迎えさせるとは物騒な物言いに聞こえるかもしれませんが、実際には「三千世界を完成させる」という主旨の言葉であり、非常に肯定的な意味を持っています。この止めが“立替え立直し”であり“岩戸開き”です。また、その最たるもの(クライマックス)が時節の旧九月八日と結びの日になります。

 このように、日月神示は大本教の流れを色濃く受け継いで書記されています。そのため、()()を理解するには大本教の知識が必要になって来ます。この概論でも日月神示だけでは論じられない部分を大本神示を引用しながら解説しています。

 そして、日月神示も大本神示も終末思想的な予言を前面に出して主張していますが、その予言部分は古くから伝わる日本神話として述べられています。故に、これらの(しん)()を論じるためには【記紀の神々】について知る必要が出て来ます。

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記紀の神々

 日本の神々についての最も古い伝承は、約千三百年前に(へん)(さん)された『()()()』と『()(ほん)(しょ)()』であり、二つ合わせて『()()』と呼ばれています。この“日本最古の本”の中で語られる神々の物語は日本人の心の源流(ルーツ)と呼べるもので、日月神示や大本神示も基幹部分は記紀の物語を()(どころ)としています。その物語の中心的な存在が【記紀の神々】です。

 ただし、記紀と(しん)()の内容は全く同じではなく、実際には違う部分がかなり多くなっています。出口直の大本神諭にも相違点が多々ありますが、出口王仁三郎の霊界物語では神名が共通するくらいで記紀の原型が殆ど残っていません。また、記紀と共通する部分にも非常に独特な解釈を加えているために、伝統的な学問の正統派からは“異端派”として白眼視されています。戦前に大本教が弾圧されたり悪く言われたのも、この独自の神話や解釈によるところが大きいです。ちなみに、日月神示の内容は大本神示を踏襲しつつも、部分的にはかなり記紀に忠実な内容となっています。

 記紀の内容や大本系の神話との違いについては第三章で詳細に解説するので割愛し、ここでは記紀にも日月神示にも大本神示にも登場し、最重要の扱いとなっている神々について説明したいと思います。これは、この概論の主題(メインテーマ)である()()の予言部分が、次に挙げる 【国常立神】 【伊邪那岐神】 【伊邪那美神】 【天照大神】 【素盞鳴神】 の(いつ)(はしら)の神々の物語として描写されているからです。

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国常立神

 古事記では六番目、日本書紀では一番目に世界に現れた神様が【(くに)(とこ)(たち)(のかみ)】です。鎌倉時代や江戸時代に興隆し、()(くう)(しん)(とう)(わた)(らい)(しん)(とう)とも呼ばれた()()(しん)(とう)系の諸派の教義上の中心となった神様です。大本教では出口直にお筆先を書かせた神様とされています。また、岡本天明氏に日月神示を書かせた天之日津久神という御神名は“複数の神様の総称”ですが、その主筆が国常立神であると言われています。

 大本系の神話によれば大地を造り固めた(おや)(がみ)であり、(こく)()と呼ばれるべき神様でありながら、余りに厳格すぎて他の神々様に反発され、(うし)(とら)の方角に押し込められたとのことです。そして(うしとら)(こん)(じん)という悪神としての汚名を着せられたまま蔭から世界を守護することになったとされます。その(とが)が晴れて国祖として相応(ふさわ)しい地位に戻る時世が到来し、三千世界の革正を主導することになったとも説かれています。この神様の退陣と復権の物語が、そのまま世界の過去と未来に重なっています。

 日月神示や大本神示では(くに)の御先祖様”と呼ばれていて、この概論で何度も言及することになる神様です。

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伊邪那岐神 / 伊邪那美神

 記紀では最初に現れた男女である神様が“国生み”によって世界を生んだと伝えています。この夫婦神が【()()()()(のかみ)】と【()()()()(のかみ)】です。この主張は日月神示や大本神示にも受け継がれており、特に日月神示では予言の基幹部分が、この夫婦神の国生みの物語として説かれています。

 この二神は日月神示や大本神示において、それぞれ“日の大神様”及び“月の大神様”と呼ばれ、日月神示では(ふた)(はしら)の神様が一体となって大日月の神様になる」と説いています。天と地、霊と体、男と女、陽と陰、表と裏、上と下、左と右、内と外、日と月などの、あらゆる(つい)なるもの”の象徴となる神様です。

 日月神示の根幹を成す“数霊”に最も関連のある神様であり、時節に一番深く関わって来ます。極論すれば「時節論とは伊邪那岐/伊邪那美論である」と言えます。

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天照大神

 記紀において伊邪那岐神が生んだ(さん)()()の長子であり、太陽の女神として宇宙全体の統治を任されている神様が【(あま)(てらす)(おお)(かみ)】です。日月神示や大本神示では、この神様の(あま)(いわ)()(がく)れの物語”が世界の現状の原因と打開策を示しているとされ、その霊的な意味が重要視されています。

 この神様は皇室の御先祖様でもあり、(てん)(そん)(こう)(りん)(さん)(だい)(しん)(ちょく)によって日本の国の在り方を定められた()()(よろず)の神々の頂点に立つ神様です。鏡を象徴とし、一二三の一に相当する(はたらき)を担っています。

 日月神示や大本神示では(つき)の大神様”“ミロク様”と呼び、日の大神や月の大神と併せて“天の御先祖様”“天の御三体の大神様”とも呼ばれます。また、この()(はしら)の神様が、古事記で最初に世界に現れた(ぞう)()(さん)(しん)の完全なる現れであるとも説かれています。

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素盞鳴神

 記紀において伊邪那岐神が生んだ三貴子の末子であり、(うな)(はら)の統治を任された神様が【()()(なる)(のかみ)】です。記紀では粗暴な“荒ぶる神”としての側面と、勇敢な“英雄神”としての二つの側面が語られています。

 天照大神の天の岩戸隠れの物語では、素盞鳴神が(たか)(あま)(はら)から追放される様子が語られていますが、大本系の神話では、これを(えん)(ざい)だと主張しています。同時に「素盞鳴神は地上界の正統な統治神である」と繰り返し説いており、この素盞鳴神と国常立神の冤罪の(ふっ)(しょく)が、日月神示と大本神示の重要な題目(テーマ)の一つになっています。(つるぎ)を象徴とし、一二三の三に相当する(はたらき)を担っています。

 この神様は時節よりも、日月神示の中核的な概念である()()()の方に深く関わっています。この概念が岩戸開きという“現象”(ない)(おう)に存在する“現象が起きる理由”になります。この一二三の用に最も深く関わるのが素盞鳴神とされており、それがために「素盞鳴神が()(ぜい)(しん)である」とも説かれています。

 なお、この神様は記紀や大本神示では“スサノオ”と呼ばれていますが、日月神示は“スサナル”と呼んでいます。この日月神示の独特の呼び方が、神経綸で色々と意味を持って来ることになります。

 そして、これらの神様の物語という形で【予言の概要】が語られた大本神示が存在しています。

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予言の概要

 ここで引用する『太古の神の因縁』と呼ばれる大本神示が、神話としての側面から語られた【予言の概要】です。これは出口王仁三郎に降りた『裏の神諭』の一つに数えられています。ただ、この(しん)()は長文なので、引用の前に大本系統の予言の内容を簡単に説明しておきます。

 日月神示や大本神示の神様は、現在の世界を虚偽と暴力に満ちた“強い者勝ちの世”であると非難し、同時に利己主義がはびこる(われ)()しの世”に成り下がっていると嘆いています。そのような現状を革正するため、世界をマコトの人が報われる“ミロクの世”()じ直すとも宣言しています。この理想世界が実現する過程において起こるとされる世界的大変動への警告が、予言の主な内容になっています。

 これは大筋や表層を見れば西洋の一神教における“終末思想”に似ており、ある意味では非日本的な主張だとも言えます。ですが、日月神示を深く読み込めば、実際には調和(マツリ)の概念に基づいた非常に日本的な主張であることが判って来ると思います。

 また、日月神示や大本神示では多くの予言がされていますが、それらは地上界のみを原因として起こるのではなく、天界の神々の行動が地上に反映する結果として起こるとされています。故に、(しん)()が予言する未来を知るためには、(しん)()の中の独自の“神話”に注目する必要が出て来ます。特に日月神示はその傾向が強く、神話の内容が予言や時節に直結しています。

 そして、これから地上界に反映されることになる神々の行動、つまり“予言の概要となる神話”が、次に引用する(しん)()です。

(たい)()(かみ)(いん)(ねん)

()(まつ)(ばやし)(みこと)(みづ)()(たま)宿(やど)れる(にく)(みや)(はい)り、(その)()()りて(たい)()(かみ)(いん)(ねん)(つまびらか)にす。(てん)()(せん)()(さま)(あめ)()()(なか)(ぬし)(のおほ)(かみ)(さま)である。(これ)(いま)までの(ぶつ)(しや)ミロク()(さつ)(とな)えたり。ミロクは()(じん)()(あい)(かみ)(こゝろ)なり。(いま)暫時(しばらく)ミロクの(かみ)として、(しん)(かい)(ふか)縁由(いはれ)()()し。ミロクの(かみ)(てん)(けい)(れい)(けい)(くわ)(けい)()(けい)なる(たか)()(むす)()(のかみ)(かむ)()()()(みこと)として()(ちう)(ぞう)(くわ)(にん)(たま)ひ、(かみ)()()()(のかみ)(かむ)()()()(みこと)として、()(けい)(たい)(けい)(すい)(けい)()(けい)として、()(ちう)(ぞう)(くか)(にん)(たま)へり。(しか)して(さん)(じん)(そく)(いつ)(たい)(くわつ)(どう)()(たま)ふ。(これ)(みづ)()(たま)()ツの()(たま)(とな)ふ。

 (あめ)()()(なか)(ぬし)(のおほ)(かみ)()(せい)(れい)(たい)(かん)()せるを(あま)(てらす)(すめ)(おほ)(かみ)(また)(つき)(さか)()(いづ)()()(たま)(あま)(さか)()(むか)()(ひめ)()()(こと)(せう)(たてまつ)る。()(つき)(おほ)(かみ)なり。ツキとは()(げん)(ぜつ)(たい)()()()(しう)()()(げん)(ざい)()(らい)(いつ)(かん)()(だい)()(がい)()(しやう)()(ない)()なり。(たか)()(むす)()()()(こと)(れい)(けい)(しゆ)(さい)(たま)ひ、(その) (せい)(れい)(たい)(かむ)()()()()()()(こと)(けん)(げん)(たま)ひ、(かみ)()()()()()(こと)(たい)(けい)(しゆ)(さい)(たま)ひ、(その) (せい)(れい)(たい)(かむ)()()()()()()(こと)(けん)(げん)(たま)ふ。(さん)(じん)(そく)(いつ)(しん)にして(みづ)()(たま)()ツの()(たま)(ひやう)(げん)なり。(この)()()(せん)()にして(つき)(おほ)(かみ)()します(なり)(かい)()(しん)()には(てん)()(さん)(たい)(おほ)(かみ)(とな)えあり、(また) ミロクの(おほ)(かみ)、ツキの(おほ)(かみ)とも(とな)(まつ)り、(また)(てん)()(せん)()(さま)(とな)(まつ)りあり。

 (つき)(おほ)()(かみ)(すなはち)(てん)()(せん)()(おほ)(かみ)は、(てん)()()(ぶん)(いん)(よう)()(ぼう)太初(はじめ)(あた)りて、(だい)()(きう)(せん)()として(くに)(とこ)(たち)()(みこと)(にん)(たま)ひ、(だい)()(しゆ)()()(せい)(こと)(よさ)(たま)ひしかば、(くに)(とこ)(たち)()(みこと)()(じやう)(しゆ)(けん)()び、()()()()(たゞよ)へる(こく)()(しゆ)()(たま)ふや、(おほ)(かみ)()(せつ) (あま)りに(げん)(かく)(ごう)(ちよく)にして、(こん)(とん)()(だい)(しゆ)(かん)(しや)としては、(じつ)()(てき)(にん)たるを(まぬか)れず、()()(ばん)(しん)(おほい)(こん)(なん)(かん)じ、(しう)()(けつ)(くわ)(つき)(おほ)(かみ)(こく)()退(たい)(いん)されん(こと)(そう)(せい)するの()むを()ざるに(いた)れり。(つき)(おほ)(かみ)(こゝ)(ばん)(しん)(そう)(せい)()(のう)せられたれども、(いつ)(たん) (こく)()(しゆ)(さい)(にん)じたる(うへ)は、(しん)(ちよく)(じゆう)()(だい)なるを(かへり)(たま)ひて、(やう)()(ゆる)させ(たま)はず。(いつ)(ぽう) (こく)()(むか)つて(すく)しく(なん)(くわ)すべく、(しゆ)(しゆ)()()(せつ)(とく)なし(たま)ひしかども、(こく)()()(こう) ()(へい) ()(ちよく) ()(げん)(れい)(せい)は、(やう)()(うご)かす()くもあらず。(こゝ)(つき)(おほ)(かみ)は、(こく)()(つま)(がみ)たる(とよ)(くも)()()()(こと)(むか)ひて、(こく)()(かん)(そう)()(げん)(めい)(くだ)(たま)ひぬ。(つま)(がみ)(すなはち)(ひつじさる)(こん)(じん)(なり)(ひつじさる)(こん)(じん)(しん)(ちよく)(ほう)(たい)し、()(しん)(ひやつ)(ぽう) (かん)(そう)(たま)ひしが、(ぐわん)(らい)(ごう)(ちよく)(いつ)(ぽう)(こく)()は、()(こう)(どう)(じん)(てき)(しん)(せい)(この)(たま)はざりけり。

 (こゝ)(つき)(おほ)(かみ)は、(いつ)(ぽう) (ばん)(しん)(そう)(せい)(しき)りにして、(せい)(ぎよ)()(ほう)(さく)()(たま)ひしかば、(だん)(ぜん) ()(けつ)して、(こく)()(うしとら)退(たい)(きよ)()(げん)(めい)(たま)ひ、()()(たま)はく、(なんぢ) (いま) (わが)(げん)(ほう)じて(いさぎよ)退(たい)()せば、(われ)()(とき)()つて、(なんぢ)(もと)(しゆ)(さい)(にん)じ、(かつ)(われ)()(くだ)りて(なんぢ)(たい)(ぎやう)(ほう)(じよ)()しと、(しん)(ちよく)(おごそ)かに(かう)()()らせられたれば、(こく)()()(ねん)(しの)び、(すう)(まん)(ざい)(ひさ)しき(さい)(げつ)(いん)(にん)し、()(なり)(ゆき)()()(たま)ひたり。()()(よろず)(かみ)(けつ)()()り、(しん)(せい)(ぼう)(がい)(しや)として(えい)(きう)(うしとら)(おし)()めらるゝ()とは()(たま)ひぬ。(こゝ)(うしとら)(こん)(じん)(めい)(しやう)(はじ)まりぬ。(うしとら)(こん)(じん)(その) (ざい)(くわ)(つま)(がみ)()(きう)せむ(こと)(ゆう)(りよ)(たま)ひて、()(さい)(えん)()ち、(ひと)(うしとら)(いん)退(たい)(たま)ひしが、(つま)(がみ)(とよ)(くも)()()(みこと)()(しん)(こん)()()()するに(しの)びずとて(ひつじさる)(みずか)退(たい)(きよ)されたり。(これ)より(ひつじさる)(こん)(じん)() (はじ)まりぬ。()(しん)()(なん)(おも)ひて、(つみ)なき(おん)()()()(えん)されし(おん)()(なが)らも、(みずか)()(しん)(じゆん)じて()()(たま)ひし()(しん)(じやう)は、(じつ)(ふう)()()(らく)(とも)()()(まつ)(だい)()(かん)なり。

 (しか)るに(てん)()(しゆ)()()(せい)には()()(とも)(れい)(りき)(たい)との(さん)(げん)()かる(べか)らず。(しかし)(れい)(せい)()(ぜん)なり。(たい)(すなは)(ぶつ)(しつ)(げん)()(せい)(あく)なり。(ぜん)(あく)(こん)(ごう)し、()(しう)(たがい)(まじは)りて(こゝ)(ちから)(せう)ず。(ちから)(すなは)(くわつ)(よう)なり。(すべ)ての(もの)(れい)(しゆ)(たい)(じう)にして、(はじ)めて(ぜん)なる()(かい)(つく)()()し。(ぜん)(いち)(ごう)(だく)(てん)(ゆる)さず、()(うつ)()くに(したが)ひ、(つひ)には(たい)(しゆ)(れい)(じゆ)(こん)(らん)()()(きわ)まる(げん)(しや)(くわい)(さん)(しゆつ)す。(たい)(しゆ)(れい)(じう)()()(あく)なり。()(あく)(じん)(けい)(りん)(けつ)(くわ)は、(つひ)(あく)(ぎやく)()(どう)()(かい)(せう)(らい)し、(ゆう)(しやう)(れつ)(ぱい)(じやく)(にく)(きやう)(しよく)(さん)(じやう)(きた)すに(いた)るは(たう)(ぜん)なり。(こゝ)(おい)てか(ごう)(ちよく)(げん)(せい)なる(こく)()(しゆつ)(げん)(やう)するの()(うん) (とう)(らい)し、(つき)(おほ)(かみ)(うしとら)退(たい)(いん)(たま)へる(こく)()(ゆる)し、(ふたゝ)()(じやう)(しゆ)(けん)()()(たま)ひしかば、(いん)(ねん)()(たま)()(ぐち)(かい)()()(くわん)として、()(きう)(ちう)(しん)なる(あや)(たか)(あま)(はら)(あら)はれ(たま)ひ、(さい)(しよ)(こく)()(くだ)(たま)ひたる(しん)(ちよく)(じつ)(かう)すべく、(つき)(おほ)(かみ)()(じやう)(こう)(りん)せられ(れい)(りよく)(たい)(すなは)()(さん)(たい)(おほ)(かみ)(あら)はれて、(げん)(だい)(こん)(らん)()(かい)(しゆ)()()(せい)せんと、(こく)()(くに)(とこ)(たち)()(みこと)()()(じん)()(たま)ひ、(きやう)(しゆ)(にく)(たい)()りて(あら)はれ、(こく)()(たい)(げふ)(しん)()(たま)ふに(いた)れり。

 (ぐわん)(らい)(つき)(おほ)(かみ)(ぞう)(くわ)(だい)(げん)(れい)にして(てん)(ぞく)し、(くん)(けい)()します(なり)(くに)(とこ)(たち)()(みこと)()(ぞく)して(しん)(けい)()しませ(ども)(つき)(おほ)(かみ)()(かい)(ため)()()()(しん)()(くだ)りて、(その)(たい)()()(のを)(みこと)()()せる(さん)(によ)(しん)(へん)(げん)し、()()()(あま)(いは)()(ひら)(たま)(こと)()りぬ。

 されど(くに)(とこ)(たち)()(みこと)(けん)(じやう)()(しん)(りよ)(ふか)(ましま)せば、()くまで(てん)()(せん)()(さま)()(さん)(たい)(さま)(つき)(おほ)(かみ)(さま)(あふ)(うやま)ひ、(その) ()(しん)(めい)(したが)ひて(こん)(くわい)()(たて)(かへ)(すい)(こう)せむと()(たま)へり。(めい)()廿(にじゆう)()(ねん)(かい)()(しん)()(いは)く、(てん)(おほ)(かみ)(さま)()(くだ)りて(この)()()(しゆ)()(あそ)ばすぞよ。()(かみ)(てん)(のぼ)りて(この)()(しゆ)()(いた)すぞよ(うん)(うん)(てん)(おほ)(かみ)(さま)()(くだ)りて()(しゆ)()(あそ)ばすとは、(すなは)(しん)(けい)(くだ)りて(しゆ)()(たま)(こと)なり。()(かみ)(てん)(のぼ)りて(しゆ)()(いた)すぞよとは、(しん)(けい)(かみ)(くん)(けい)()()(かは)りて()(しゆ)()(あそ)ばす(こと)なり。(しん)()()(ぶん)(ちう)に、(つき)(おほ)(かみ)(さま)ほど()(こゝろ)()(かみ)(さま)()いぞよ(うん)(うん)()るは、(この)(かん)(せう)(そく)(もら)(たま)ひし(なり)(もち)(もた)れつの()である(うん)(うん)とあるも(この)(こと)なり。

 (くに)(とこ)(たち)()(みこと)(たい)()()ける(あま)(てらす)(おほ)(かみ)()()(すす)まれ、(つき)(おほ)(かみ)(たい)()()ける()()()()(みこと)(くだ)(たま)ひて、(てん)(じよう)(てん)()(しゆう)(さい)(たい)(ぎやう)(ぜう)(じゆ)(たま)()()とは()れる(なり)

 (しか)れど(しん)(せい)(ぜう)(じゆ)(あかつき)は、(また)(もと)(ごと)(つき)(おほ)(かみ)(てん)()(かへ)(たま)ひ、(こく)()()()(くだ)りて(しん)(けい)(しよく)()かせ(たま)()(こと)は、(おほ)(もと)(かい)()(しん)()(めい)()さるゝ(ところ)なり。

 (しん)(せい)(ぜう)(じゆ)(あかつき)は、(れい)(けい)として(あら)はれ(たま)ひし(こく)()(いづ)()(たま)は、(もと)(たい)(けい)(かへ)(たま)ひ、(たい)(けい)として(あら)はれ(たま)へる(みづ)()(たま)(もと)(れい)(けい)(かへ)(たま)ひ、(てん)()(ごう)(いつ)(じやう)()(いつ)()(まつ)()(じつ)(げん)し、(えい)(ゑん)()(きう)(てん)()(ばん)(ゆう)(しゆ)(さい)(たま)(しん)(かい)()(けい)(りん)なり。アヽ(こう)(えん)なる(かな)(しん)(じん)なる(かな)(てん)()()(じん)()(けい)(りん)よ。(をはり) 『太古の神の因縁』 大正七年一月五日

この神示は当時の大本教の機関誌であった『神霊界』大正七年二月号に掲載されたものです。後に別の本に多少の改変が施されて収録されましたが、ここでは初出のものを引用しました)

 この(しん)()は古い文体で読みにくかったと思うので、内容を簡単に噛み砕いて要約します。

 太古の時代、地上の主宰者に任じられた国常立神の統治が厳し過ぎて多くの神々から不満が出ました。それを抑えきれなくなったミロクの大神様は、国常立神に(うし)(とら)の方角への退陣を命じました。この時から国常立神の(うしとら)の金神という悪神として()み嫌われる日々」が始まりました。しかし、世が乱れて世界が行き詰まった時には、国常立神は再び元の地位に戻って三千世界を正す役目を帯びることになりました。その際はミロクの大神様が国常立神を上に立てて手伝うことを約束しました。更に世界が正された暁には、再びミロクの大神様が上に立って三千世界を治めることになりました。

 大体このような話です。これに一つ付け加えるならば、「国常立神が復権して立替えを済ませた後の世界はミロクの大神様が治めるのでミロクの世と呼ぶ」ということになります。

 ちなみに、この物語は神名以外は記紀と全く共通点がありません。

 このような大本独自の神話は日月神示にも受け継がれており、比較のために該当部分を引用します。まずは国常立神が(くに)(おや)(がみ)だとする部分と、その祖神を押し込めたとする部分からです。

「世界一平に泥の海であったのを造り固めたのは国常立尊であるぞ、親様を泥の海にお住まひ申さすはもったいないぞ、それで天におのぼりなされたのぞ」 『キの巻』 第九帖 [266]

「天の大神様は慈悲深くてどんな偉い臣民にも底知れぬし、地の大神様は力ありすぎて人民には手に負へん、見当取れん、そこで神々様を此の世から追い出して悪神の云ふこと聞く人民ばかりとなりてゐたのであるぞ」 『雨の巻』 第二帖 [336]

「天の神も地の神も()き者に致して、好き勝手な世に致して、偽者の天の神、地の神つくりて我がよけらよいと申して、(われ)()しの世にしてしまふてゐた事、少しは判って来たであらうがな」 『風の巻』 第七帖 [358]

「次の世がミロクの世、天の御先祖様なり、地の世界は大国常立の大神様 御先祖様なり、天の御先祖様 此の世の始まりなり、お手伝いが(いや)(さか)のマコトの元の生神様なり」 『梅の巻』 第十七帖 [444]

「今迄は大地の先祖の大神様の()(すじ)を落してしもふて途中からの代りの神でありたから、まぜこぜしたから世が乱れに乱れてしもふたのぢゃぞ」 『青葉の巻』 第十五帖 [484]

 次に国常立神が退陣し、(うしとら)(いん)(にん)()(ちょう)していたとする部分を引用します。

「此の方は力あり過ぎて失敗(しくじ)った神ざぞ、此の世かもう神でも()出すと失敗(しくじ)るのざぞ、どんな力あったとて我出すまいぞ、此の方がよい手本(みせしめ)ぞ。世界かもう此の方さへ我で失敗ったのぞ、()()いようなれど我出すなよ」 『日の出の巻』 第二十帖 [233]

「行なしではマコトのことわからんぞ、出来はせんぞ、神の道 無理ないなれど、行は誰によらずせなならんぞ。この方さへ三千年の行したぞ、人民には(ひと)()もようせん行の三千年相当のものざぞ」 『風の巻』 第八帖 [359]

「誰によらず改心せなならんぞ、この方さへ改心致したおかげで今度の御働き出来るのぢゃ」 『青葉の巻』 第七帖 [476]

「この方 悪神、(たたり)(がみ)と人民に云はれてトコトン落とされてゐた神であるぞ、云はれるには云はれるだけの事もあるのぢゃ、此の方さへ改心致したのであるぞ、改心のおかげで此の度の御用の立役者となったのぢゃぞ、誰によらん改心致されよ」 『海の巻』 第十帖 [502]

 次に国常立神が立替えにおいて活躍する部分と、天の大神様がお手伝いをするという部分を引用します。

「天の神様 地に御降りなされて、今度の大層な岩戸開きの(さし)()なされるのざぞ」 『天つ巻』 第四帖 [111]

(あめ)は天の神、国は国の神が()らすのであるぞ、お手伝ひはあるなれど」 『天つ巻』 第六帖 [113]

「大国常立尊大神と現はれて、一時は天もかまひ、地の世界は申すに及ばず、天へも昇り降りして、(モト)(ニホン)(カミ)の光りクッキリ現はさなならんと仰せあるぞ」 『磐戸の巻』 第十三帖 [249]

「今迄は天の神ばかり尊んで上ばかり見て居たから、今度は地は地の神の世と致すのぢゃ、天の神は地ではお手伝ひざと申してあろが」 『青葉の巻』 第十九帖 [488]

「救ひの手は(ヒムカシ)よりさしのべられると知らしてあろが、その東とは、東西南北の東ではないぞ、このことよく判りて下されよ。今の方向では東北(ウシトラ)から救ひの手がさしのべられるのぢゃ、ウシトラとは東北であるぞ、(うしとら)(こん)(じん)とは国常立尊で御座るぞ」 『扶桑の巻』 第八帖 [857]

「日本が日の本の国、(うしとら)のかための国、日出づる国、国常立大神が艮の扉をあけて出づる国と言うことが判りて来んと、今度の岩戸開きは判らんぞ、こんなことを申せば、今の偉い人々は、古くさい迷信ぢゃと鼻にもかけないなれど、国常立命が艮からお出ましになることが岩戸開きぞ、今の学では判らんことばかり」 『極めの巻』 第四帖 [931]

 次に国常立神が天の大神様をあくまで上に立てている部分を引用します。

「この方は天地を綺麗に掃除して天の大神様にお目にかけねば済まぬ御役であるから、神の国の臣民は神の申すようにして、天地を掃除して天子様に(たてまつ)らなならん御役ぞ」 『下つ巻』 第二十三帖 [65]

「昔から生き通しの(いき)(がみ)様のすることぞ、泥の海にする位 朝飯前のことざが、それでは臣民が可哀そうなから、天の大神様にこの方が詑びして(ひと)()(ひと)()と延ばしてゐるのざぞ、その苦労も分らずに臣民勝手なことばかりしてゐると、神の堪忍袋 切れたらどんなことあるか分らんぞ」 『天つ巻』 第十七帖 [124]

「悪神の仕組は此の方には判りてゐるから一度に潰す事は易いなれど、それでは天の大神様にすまんなり、悪殺してしまふのではなく、悪改心さして、()()()の嬉し嬉しの世にするのが神の願ひざから、この道理 忘れるでないぞ」 『日月の巻』 第十一帖 [184]

(いよ)(いよ)天の大神様の御命令通りに神々様 総がかりぞ」 『梅の巻』 第五帖 [432]

「三分の一の人民になると、早うから知らせてありたことの実地がはじまっているのであるぞ。何も()も三分の一ぢゃ、大掃除して残った三分の一で、新しき御代の(いしずえ)と致す仕組ぢゃ、三分難しいことになっているのを、天の神にお願い申して、一人でも多く助けたさの日夜の苦心であるぞ」 『扶桑の巻』 第七帖 [856]

 このように、日月神示では大本神示での主張がそのまま繰り返されています。日月神示が大本系統と言われる所以(ゆえん)です。

 そして、(いにしえ)の神話であり未来の予言でもある『太古の神の因縁』の中で、国常立神が三千世界の革正に乗り出す部分が現実となって現れる最初の段階が、(くに)の岩戸開き”こと“鳴門の仕組”になります。この概論では、それを1995年1月17日に起こった【阪神淡路大震災】から始まったと解釈しています。

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第一章 神経綸七 「 地の岩戸開きの始まり 」

阪神淡路大震災

 1995年1月17日午前5時46分に起こった『平成七年兵庫県南部地震』は、淡路島北部を震源とする戦後最大の地震です。日月神示にも深い関係があるこの震災が【阪神淡路大震災】です。

 この震災の霊的な側面からの意味は、既に複数の大本系統の神典研究者によって述べられており、どの説も大筋において似通っています。参考として、それらの説を要約して紹介します。

一、阪神淡路大震災が日本の神話で最初に生み落とされた淡路島を震源地としていたのは、“新しき国生みの始まり”を意味している。
一、震災によって現れた断層が北東の方角に向いていたのは、地震が“艮の金神の力の現れ”であったことを意味している。
一、最大の被害を受けた神戸市の名称は“神の戸”を意味している。
一、神の戸が淡路島の北東の方角に位置していたのは、艮に押し込められていた国常立神が“岩戸からお出ましになった”ことを意味している。
一、鳴門海峡と隣接する淡路島が震源だったのは“鳴門の仕組”との関連を意味している。

 大体このような説が唱えられていて、この概論での解釈も基本的にこれらの説を踏襲したものとなっています。独自な点があるとすれば、「この震災が神経綸上の七の始まりになった」としている点と、艮に押し込められていた国常立神が阪神淡路大震災を境にお出ましになったとする根拠に、大本神諭の一節を挙げている点です。

「艮の金神は此の世を始めた神なれど、余り()が強ふて(うし)(とら)へ三千年と五十年 押込められて居りて、(かげ)から構ふて居りたが、蔭からの守護は()()けの事、神の()(とく)はチツトも人民に判らんから、表に現はれて神の威勢の光りを出して世界を(たす)けるぞよ。(たい)(もう)な事で在るぞよ」 『大本神諭』 明治三十三年 旧四月七日

 この蔭の守護と表の守護の切り替わりを意味する“三千年と五十年”については第三章で後述します。

 そして、日月神示には阪神淡路大震災を予言していたと思われる記述が存在します。これは、この概論で神経綸七を(くに)の岩戸()()の始まり”と解釈する根拠になった記述で、【岡本天明の年齢】を使って書かれています。

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岡本天明の年齢

 日月神示には動かしようのない“絶対座標”とでも称するべき時節が二箇所だけ存在しています。その一つが1949年(昭和二十四年)十一月二十七日に書記された【岡本天明の年齢】です。

「天明九十六才七ヶ月ひらく」 『黄金の巻』 第十五帖 [526]

 日月神示を書かされた岡本天明氏は1897年(明治三十年)の12月4日に生まれました。天明氏の九十六才七ヶ月は満年齢で1994年(平成六年)7月に当たります。しかし、この時には何も起こりませんでした。()()の信奉者の間では、この記述を同年7月に起こった出来事のことだとする説もありますが、翌年の阪神淡路大震災とする説もあり、この概論では後者の説を採っています。

 1994年7月と1995年1月17日では約半年のズレがありますが、これを同一のものとみなす根拠としたのが、日月神示の中で繰り返されている「神経綸には多少の遅し早しがある」という記述です。

「遅し早しはあるなれど、一度申したこと必ず出て来るのざぞ。臣民は近慾で疑ひ深いから、何も分らんから疑ふ者もあるなれど、この神示一分一厘 違はんのざぞ」 『天つ巻』 第二十八帖 [135]

「遅し早しはあるなれど、神の申したこと一厘も違はんぞ」 『地つ巻』 第二十七帖 [164]

「いづれは天之日津久神様 御かかりになるぞ、遅し早しはあるぞ」 『地つ巻』 第三十六帖 [173]

「何事も神示通りになりて、せんぐりに出て来るぞ。遅し早しはあるのざぞ」 『日月の巻』 第十帖 [183]

「世界の事ざから、少し位の遅し早しはあるぞ」 『松の巻』 第十五帖 [306]

「遅し早しはあるなれど、いづれは出て来るから、神示 (はら)に早う入れて置いてくれよ」 『梅の巻』 第二十三帖 [450]

「少しの時の早し遅しはあるなれど、いづれは神示通りに出て来るぞ」 『黄金の巻』 第五十二帖 [563]

「三千世界のことであるから、ちと早し遅しはあるぞ。少し遅れると人民は、()()は嘘ぢゃと申すが、百年も続けて嘘は云へんぞ、申さんぞ」 『黄金の巻』 第五十九帖 [570]

「人民と申すものは生命(いのち)が短いから、気が短いから、仕組 少しでも遅れると、この神は駄目ぢゃと、予言が違ったではないかと申すなれど、二度とない大立替であるから少し位の遅し早しはあるぞ、それも 皆 人民一人でも多く助けたい神の心からぢゃ。遅れても文句申すが早くなっても 又 文句を申すぞ、判らんと申すものは恐ろしいものであるぞ」 『星座の巻』 第六帖 [889]

 このように、予言と実際の出来事が半年ほどズレたのは、神経綸に多少の遅し早しがあったからだと考えられます。ですが、震災の起きた日付に注目すると必ずしも遅れたとは言えない側面があります。なぜなら、阪神淡路大震災の起こった【平成七年一月十七日】は、日月神示風に読むと別の意味が浮かび上がるからです。

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平成七年一月十七日

 これは大本系統の神典研究者によって何度も指摘されていることなのですが、平成の『平』の字を分解すると一と八と十になり()()()と読めます。このことから「平成は岩戸が成る時代である」と言われています。このような意味を内包し、同時に日月神示の数霊論にも深く関わっている日付が、阪神淡路大震災の起きた【平成七年一月十七日】です。

 この日付を日月神示風に読めば()()()(ナリ)(ナル)()()(ナル)であり、「岩戸成り成る日となる」という意味になります。一は“ヒ”の他に“ハジメ”とも読めますので、「岩戸成り成る始めとなる」としても間違いではないでしょう。意味的にはどちらでも変わりません。

 また、この日付は別の意味も併せ持っており、それが“時節の節目の共通点”になっています。これについては第三章の序節で後述します。

 そして、この“なりなる”については日月神示でも度々言及されており、【数霊の七】に相当すると説かれています。

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数霊の七

 日月神示では(かず)(たま)という独特の概念が提示されています。これは古来より日本に伝わる(こと)(だま)と同じ本質を持つ概念です。言霊とは「言葉には霊力(エネルギー)が宿る」という概念ですが、これと同様に「数には霊力(エネルギー)が宿る」としたものが数霊です。そして、日月神示はそれぞれの数が独自の性質を備えていると主張しており、その中で“なる”、もしくは“なりなる”という性質を持つとされるのが【数霊の七】です。

 ()()の原文が数字だらけであることからも判るように、数霊は日月神示の根幹を形成する概念であり、時節とも切り離すことができません。それは数字という“順序”が時節と対応関係にあるからです。

「世の中には順序あるぞ、それが(かず)(たま)。動くと音出るぞ、それが(こと)(だま)。物には色あるぞ、それが(いろ)(たま) 『黄金の巻』 第七十帖 [581]

 ここでは数霊が順序と同一視されていますが、この点が時節の原則である“数の順序”に繋がっています。それ故、数霊論と時節論はかなりの部分まで一致しています。

 そして、日月神示の数霊論において“なる”という性質を持つ七は、“ひらく”という性質を持つ八と一組として扱われていて、“なりなりてひらく”という風に表現されています。つまり、“なりなる”は“ひらく”の前段階に相当しており、ここに内包された意味は次のようにも言い換えられます。

「岩戸が成る『平成』とは“岩戸が開く一つ前の時代”である」

 日月神示ではこれらの数霊が神経綸の進展段階を現わす数字に対応しており、数霊の七の記述が神経綸七の期間への言及を兼ねています。そこで、数霊の七の記述を引用して論じてみます。

「七とはモノのなることぞ」 『扶桑の巻』 第一帖 [850]

「七は成り、八は開くと申してあろうが」 『碧玉の巻』 第五帖 [869]

「ナルの仕組とは(なる)()()()())の経綸であるぞ、八が十になる仕組、岩戸ひらく仕組、今迄は中々に判らなんだのであるが、時節が来て岩戸がひらけて来たから見当つくであろう、富士と鳴門の仕組、結構致しくれよ」 『星座の巻』 第二帖 [885]

「七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、なりなりあまる鳴門の仕組。富士と鳴門の仕組いよいよぞ、これが判りたならば、どんな人民も腰をぬかすぞ」 『至恩の巻』 第十六帖 [963]

「なりなりなりて十とひらき、二十二となるぞ、富士晴れるぞ」 『至恩の巻』 第十六帖 [963]

 これらの記述については“八方的世界と十方的世界”、そして伊邪那岐神と伊邪那美神の“国生み神話”の解説がまだなので、この章の段階では意味が判らないと思います。取り敢えず、

「天之日津久神様は現在の地上世界を“不完全な八方的世界”であると主張し、それに九と十の世界を加えて“完全な十方的世界”へと移行させようとしている。その計画の名称が“鳴門の仕組”である」

ということを覚えておいて頂ければ結構です。この辺りについては後編で詳しく取り上げます。

 そして、ここで“なる”について説明されている記述を、“なる”と極めて近い関係にある“うむ”と一緒に引用します。なお、これらの記述は基本的に神や人間の事として言及されているのですが、世界全体を一柱の神や一人の人間に見立てても意味が通るように書かれています。

「ナルとは成ることぞ。成るは表、(しゅ)ぞ。ウムとは(ウム)のこと。生むは裏、(じゅう)ぞ。ナルは内、ウムは外。ナルには内の陰陽合わせ、ウムには外の陰陽合わせよ。成ると生むは同じであるぞ。違ふのぢゃぞ。成ることを生むと申すことあるぞ。生むこと成ると見ることあるぞ。ナルとは(ナル)こと、自分が大きく成ることぞ。自分の中に自分つくり、内に生きることぞ。ウムとは自分の中に自分つくり外に置くことぞ。このこと判れば(いし)()の仕組 判る」 『黄金の巻』 第四十七帖 [558]

「神も人間も同じであると申してあろう。同じであるが違ふと申してあろう。それは大神の中に神を生み、神の中に人民 生んだためぞ。自分の中に自分新しく生むときは、自分と同じカタのものを生む」 『夏の巻』 第七帖 [724]

「ウムと申すことは自分をよりよく生長さすこと。一つ生めば自分は一段と上に昇る。この道理わかるであろうがな。生むことによって、自分が平面から立体になるのであるぞ」 『夏の巻』 第九帖 [726]

「生めば生む程、自分新しくなり成り、大きくなる。人間は大神のウズの御子であるから親のもつ新しき、古きものがそのままカタとして現れゐて、弥栄えてゐる道理ぢゃ」 『夏の巻』 第十五帖 [732]

「自分が自分生むのであるぞ。陰と陽とに分れ、更に分れると見るのは、人間の住む次元に引下げての見方であるぞ。陰陽分れるのでないこと、もとのもとのもとの誠の弥栄知れよ」 『夏の巻』 第十八帖 [735]

 これらの記述は非常に意味が判り辛いのですが、これは現在の日月神示の訳文が“なる”の意味を明確に区別せず、漢字の当て方が一定していないからです。少しだけ補足しますと、元々日本語の“なる”には大別して三つの意味があります。

()無かったものが存在し始める。新しく現れる。生じる。 ( )
()(成る)在ったものが別のものに変わる。状態が変化する。他の形態に到達する。 ( )
()成就する。実現する。終わる。結果が出る。 ( )

 一見して判るように、“なる”は「原因→過程→結果」「開始→進展→終結」といった(せい)(せい)()(いく)(はたらき)を包括する意味を持っています。この語義が()()の説く(なる)()の仕組と()()(なる)の仕組に関係して来ます。

 そして、神経綸七における“なりなる”とは基本的に“為り成る”であり、変化の意味を強く持っています。「世界が(へん)(ぼう)し始める」と言って良いでしょう。

 なお、ここでの“為り成る”とは身体(からだ)が成長することであって、子供を作る“生む”とは様相が違います。時節の全体像から眺めると、神経綸七と八は八方的世界が完成する期間です。これを人体に(たと)えるなら、(せい)(つう)(しょ)(ちょう)を迎えて本格的な大人の身体に変化する段階に相当します。これは「子供を生める身体に変わる」ということであり、時節において「新しき国生みのための準備段階」という意味を持っています。

 この新しき国生みが始まるのが“岩戸開きの日”であり、神経綸九が始まる“旧九月八日”です。この日からが本格的な十方的世界への移行が始まる(なる)()の仕組”の本番なのですが、広義の意味では、その準備段階である神経綸七と八も鳴門の仕組の期間に含まれます。それを示唆する意味で神経綸七は、鳴門海峡に隣接し、日本の国生み神話で最初に生み落とされた淡路島から始まったのだと考えられます。

 そして、“開く”ために“為り成る”のですから、神経綸七は基本的に神経綸八に付随する期間だと言えます。先に引用した「天明九十六才七ヶ月ひらく」という記述の中で、七を意味する“なりなる”の始まりを、八を意味する“ひらく”という言葉で表現しているのは、このような理由によると推察されます。

 以上の考察が阪神淡路大震災を、神経綸の七の始まり、(くに)の岩戸開きの始まり、広義の意味での鳴門の仕組の始まりと考えた根拠です。

 また、これらは「岩戸が開き始めて隠れていたものが現れ始めた」という意味も併せ持っています。この点については第三章で歴史的な出来事と絡めて言及することにして、ここでは時節についての話を先に進めたいと思います。

 日月神示では、この神経綸七の期間についての記述が僅かに存在しています。ですが、その記述を引用する前に解説しなければいけないことがあります。それは“数の順序”の実体である【数霊と月の対応関係】についてです。

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数霊と月の対応関係

 ここで述べる内容は、神経綸十の解説の最後で引用する“結びの日”を特定した記述によって明らかになることなので、この章の段階では納得できないと思われます。しかし、この概論を読み終えて時節の全体像を把握すれば、下記の結論に至った理由が納得できるはずなので、今は先へと読み進めて下さい。

 日月神示の時節の原則である“数の順序”は、具体的には“月の時節”を実体として成り立っています。これが“時節の節目”であり“神経綸が進展する日”です。これを別の言い方で表現すると次のようになります。

 日月神示の説く七月、八月、九月、十月は、それぞれの数字と対応する神経綸を指す(いん)()になっています。

 これが【数霊と月の対応関係】です。

 そして、この対応関係と“二つの絶対座標”を基点にして月の時節を配置したものが数の順序であり、時節全体を繋ぎ合わせる“一本の糸”になります。これが時節を読み解くための鍵の部分です。これさえ判れば他の時節の記述を読み解くのはそれほど難しくありません。

 次に、この対応関係を簡単にまとめてみます。

数霊の七←→七月←→神経綸七←→1994年7月(1995年1月17日)
数霊の八←→八月←→神経綸八←→2008年8月17日
数霊の九←→九月←→神経綸九←→2016年旧九月八日
数霊の十←→十月←→神経綸十←→2024年旧十月八日

 何故、このような対応関係にあるのかと言うと、神経綸の進展の象徴となる出来事がこれらの月に起こるからです。しかし、実際には象徴としての意味を持たせるために、数霊と対応する月に神経綸の節目となる出来事が組み込まれたのでしょう。これは日本人が何かの記念日を()()()わせ”で決めるのと同じ感覚なのかもしれませんが、実際には大本系統で重視されている(ひな)(がた)の概念に基づいて計画されたと考えられます。雛型は日月神示でも非常に重要となる概念なので、これから何度も取り上げます。

 なお、この対応関係に基づき、時節概論で七月、八月、九月、十月の言葉が入っている記述を引用する際は、これらの月は“対応する神経綸の期間全体”、もしくは“対応する神経綸の始まりの日”を指すものとして扱います。

 これにより、神経綸七の期間は【七月】という言葉を使って言及されていることが判ると思います。

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七月

 日月神示の中で神経綸七の期間について言及した記述が【七月】です。

 そこで、神経綸七の解説として“七月”の言葉を含む記述を引用します。ですが、実際には先に引用した「天明九十六才七ヶ月ひらく」以外には一箇所でしか言及されていません。また、七月のことのみを述べたものではありません。

「七月になると上の人民、(ばん)(とう)殿(どの)、顔の色 悪うなって来るぞ、八、九月となれば(いよ)(いよ)変って来るぞ、秋の紅葉(もみじ)の色 変るぞ」 『梅の巻』 第八帖 [435]

 大本系統の(しん)()での“番頭殿”とは政治家を指しています。これは「国を一時的に預けられている者」という意味を含んだ表現であり、本来の所有者を意味する“王”とは明確に区別されています。このことから上の人民や番頭殿とは、政治家をはじめとする日本の国政に(たずさ)わる立場の人間だと言えます。

 この人々は大本神諭の頃から「神を亡き者にしている」と非難されており、日月神示での言及も殆どが非難と警告で占められています。その人々の顔の色が悪くなるとは、神経綸が進展する節目の出来事が起こる(ごと)に、日本の国の舵取りが難しくなって行く事を示唆しているのでしょう。

 そして、これと類似の意味を持つものとして次のような記述もあります。

「七から八から九から十から神(はげ)しくなるぞ」 『下つ巻』 第十四帖 [56]

 これは神経綸の進展と共に、神の力が天災地変として活発化することだと思われます。事実、「阪神淡路大震災を境に日本列島は活動期に入った」と言われており、地震の数が目に見えて増えました。現在では一昔前なら何十年に一度の規模の震災も、かなりの頻度で起こるようになっています。

 なお、この記述に見られるように、神経綸における七と八と九と十は一体と言って良いほど密接な関係があります。しかし、番頭殿の記述では“十月”だけ抜けています。これには時系列上の理由があると推測されます。これは十月の時点、つまり神経綸十の段階では、日本の政治形態が変わって番頭殿と呼ばれる人達が居なくなっているはずだからです。この記述は神経綸十の解説の際にもう一度引用して論じます。

 取り敢えず、七月に関しての記述はこれだけです。とても少ないと言えますが、これは日月神示の予言が2016年から2024年の“正念場”の期間に偏って記述されているからです。その中でも特に2016年の旧九月八日前後に集中しています。このため、それ以外の期間のことは非常に予想しにくいのです。この点については次章で述べる神経綸八の期間に関しても同様です。

 そして、この概論では、神経綸八は【東京大震災】と共に始まると予想しています。

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第二章 神経綸八 「 世界恐慌 」

東京大震災

 最初に述べておきますと、神経綸八の始まりの年については他の七、九、十、結びの日と違い、明確な記述が日月神示の中に存在しませんでした。ですから、これに関しては時節全体の流れから推測したものに過ぎません。故に、時節概論の中で一番最後に決まった一番不確実な部分です。

 そして、この概論では神経綸八の始まりを2008年8月17日の午前6時11分から17分の間だと推測しています。その時に起きると予想される出来事が【東京大震災】です。

 もっとも、神経綸に深く関わる天災地変は、地上世界の現状を考慮して最適の日時を選んで行われるので、阪神淡路大震災のように半年くらいズレる可能性が充分にあります。ですが、時節全体を()(かん)すると、神経綸が七から八へと進展する“計画上の予定日”はこの日しかないはずなのです。

 また、神経綸八の始まりで確かなのは「地震であること」という一点だけなので、場所は東京ではない可能性もあります。これについては時節の前後の流れが繋がるように解釈すると、地震が起きるのは東京である可能性が最も高そうなので、このような結論になりました。

 この章では上記の結論に至った経緯を一つづつ述べて行きたいと思います。

 まず、「何故、日月神示に記述が無い()()を在ると主張するのか?」という当然の疑問への答えとして、時節に八の段階が存在すると考えた【八の根拠】について述べます。

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八の根拠

 これは今後の解説の中で徐々に明らかになることですが、神経綸が進展する日である“時節の節目”は、どれも異なる解釈の余地がありません。なぜなら「別角度から見た記述が同じ日と年を指し示す」という形で何重もの制約が課せられているからです。そのため、時節の節目を一箇所でも(いじ)ると時節全体が(ほころ)びるようになっています。そのような中で神経綸八の始まりの年を示す記述だけが存在していませんでした。この存在しないものを存在するとした理由が【八の根拠】です。

 これについて、日月神示の発祥を六、神経綸が進展する日を七、八、九、十、結びの日を(れい)として説明します。抽象的に見えるかもしれませんが、実際には最も具体的な表現です。

まず六が在りました。(1944年6月10日)
他に七が知られていました。(1994年7月)
次に九を見つけました。(2016年旧九月八日)
次に十を見つけました。(2024年旧十月八日)
次に〇を見つけました。(結びの日)
次に六、七、九、十、〇が順序よく並んでいることに気付きました。
最後に「七と九の間には八が在るはずだ」と結論しました。

 具体的な説明は以上ですが、これに一つ付け加えると、この中で(れい)を意味する“結びの日”を見付けたのが、“数の順序”“数霊と月の対応関係”を導き出す直接的な契機になりました。それは、この二つの仮定を元に算出した“想定通りの位置”に結びの日が存在していたからです。これが神経綸十の解説の最後で引用する時節の一節です。

 このように日月神示の説く神経綸は、数という“動かしようのない順序”を原則として構成されているため、「無くても在る」としか言えないのです。これを「無いから無い」と言ってしまうと、神経綸を貫く原則が無くなることを意味し、時節全体がバラバラに解体されて意味が不明になってしまいます。

 数の順序において七の次が九だということは有り得ません。七の次は必ず八です。七の次が九に見えたなら、それは八が存在しないのではなく隠れているだけなのです。ですから、七を意味する阪神淡路大震災と、九を意味する2016年旧九月八日の間には、神経綸上の八の始まりを意味する時節の節目が必ず存在しているはずなのです。これが、神経綸八の始まりの年が日月神示の中に存在しないにも関わらず、この概論の中に存在する理由です。

 次に神経綸八の始まりを2008年だとした根拠ですが、これを述べるためには、その前と後の出来事である【八の前後】について述べる必要が出て来ます。

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八の前後

 神経綸八の期間に起きる出来事については、日月神示の中での言及が少な過ぎて単独では推測できませんでした。そのため“七の後の期間”“九の前の期間”を伝えていると思われる記述を見付け、それを八の期間に起きる出来事だと推定しています。このような手法を使ったため、神経綸八を論じるには七と九に起きる出来事を理解している必要があります。これが【八の前後】です。

 そして、神経綸七については前章で述べたので、ここでは神経綸九の概要を簡単に説明したいと思います。

 昔から日月神示や大本神諭を読んでいる人には有名な話なのですが、(しん)()には三千世界の大立替えに際して、日本と外国の戦争が起きることが繰り返し述べられています。それによれば、日本は外国勢力に敗北して一時的に滅亡するとのことです。

 多くの大本系統の神示の研究では、この予言は第二次世界大戦において成就したとされています。しかし、日月神示では終戦後も戦争を予言する記述が続き、()()が本格的に脚光を浴び始めた1990年代以降は、今後の予言と解釈する説も有力視されるようになりました。この概論でも今後の予言だと結論しています。

 その日本と外国の戦争が始まる日が2016年旧九月八日であり、神経綸九の始まりの日、岩戸開きの日、(いよ)(いよ)が始まる日、天地が引っ繰り返る日、ビックリ箱が開く日、地獄の(かま)(ふた)が開く日、新しき国生みが始まる日、そして“ミロクの世の始まりの日”であることは、既に他の時節の記述から判明しています。これに関しては“確定事項”だと言っても構いません。そのくらい明確で断定的な記述が(しん)()の中に存在していました。

 この2016年旧九月八日に起きる出来事を中心として、日月神示の予言の解釈を前後に広げたものが時節概論です。これらのことからも判るように神経綸九が、神様の計画の要である“正念場”の期間です。

 これが神経綸九の概要です。そして、2016年旧九月八日という“結果”に繋がるように、その前の状況となる“原因”を逆算したものが神経綸八の解説になります。このように神経綸八の期間の解釈は、殆どを神経綸九の出来事に依存しています。

 また、このような形で神経綸八の出来事を推定することが、2008年を神経綸八の始まりの年だと結論した根拠を述べることに繋がって行きます。根拠になった記述は何種類か有りますが、まずは日本の首都が富士に(うつ)るとする【富士遷都】の記述から引用します。

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富士遷都

 日月神示を降ろした天之日津久神様は、「ミロクの世の首都は富士山麓になる」という主旨の予言をしています。つまり、いずれは首都が東京から富士に遷されることになります。これが【()()(せん)()】です。

 この遷都を予言したものが次に引用する記述になります。

「富士に()(やしろ)して この世治めるぞ」 『天つ巻』 第一帖 [108]

「富士の御山に腰かけて、この方 世界中まもるぞ。〔中略〕 天子様お(うつ)り願ふ時 近づいて来たぞよ。奥山に紅葉(もみじ)ある内にと思へども、いつまで紅葉ないぞ」 『天つ巻』 第八帖 [115]

「富士 (みやこ)となるのざぞ」 『地つ巻』 第十一帖 [148]

「天子様が富士から世界中に()()()される時 近づいたぞ。富士は火の山、火の元の山で、汚してならん御山ざから臣民登れんやうになるぞ」 『地つ巻』 第三十六帖 [173]

 これと同様の意味のことを別の表現で説いている記述もあります。

「世 治めるは()()(はな)(さく)()(ひめ)(さま)なり」 『梅の巻』 第二十五帖 [452]

 ここで登場する“木之花咲耶姫”は富士山の守護神で、駿(する)()(のくに)(いち)(のみや)()()(さん)(ほん)(ぐう)(せん)(げん)(たい)(しゃ)の祭神です。この神様は八百万の神々の中で最も美しいとされ、日本各地の富士の別名を持つ山には、大抵この女神が祀られています。

 そして、日月神示ではこの御神名の中の木之花を、()の花”を意味する“九の花”という表現で使う場合があります。その理由は第七章での神経綸九の解説を読めばすぐに判ると思います。また、そのような使い方を遷都と絡めて表現した記述もあります。

「やがては富士に()の花咲くのざぞ、見事 富士に此の方が鎮まって、世界治めるのざぞ」 『風の巻』 第一帖 [352]

「苦しむ時は苦しめよ、苦の花咲くぞ。世は七度の大変り、変る代かけて変らぬは、誠一つの()の花ぞ、()の花咲くは()(そう)の山、富士は神山、神住む所、やがて世界の真中ぞ」 『青葉の巻』 第十一帖 [480]  第二仮訳では()(そう)ではなく“()()”になっていますが、これは文脈から考えて“()(ソー)”の方が適訳だと思われます。あるいは“()()”であり父祖の意味かもしれません)

 “扶桑”とは古代中国の言葉で、太陽が昇る方角にあるとされる神木と土地のことです。それが“日出づる国”である日本を指す意味も併せ持つようになりました。一般的には“神の地”というような意味だと思えば良いでしょう。ここでは明らかに“霊峰富士”を指す意味で使われています。

 このように、日月神示は日本の首都が東京から富士へ遷都されることを予言しています。ただし、遷都の時期は明確になっていません。この時期は基本的には判らないのですが、神経綸九を迎える段階で遷都されている可能性が示されています。

「富士を目指して攻め寄する、大船小船(あめ)の船、赤鬼青鬼黒鬼や、大蛇悪狐を先陣に、寄せ来る敵は空(おお)ひ、海を埋めて(たちま)ちに、(てん)(ぢつ)暗くなりにけり」 『富士の巻』 第二十四帖 [104]

「江戸に攻め寄せると申してあろがな。富士 目指して攻め来ると知らしてあること近付いたぞ」 『日月の巻』 第十二帖 [185]

「天も地も一つにまぜし大嵐、攻め来る敵は駿(する)()(なだ)、富士を境に真二つ。先づ切り取りて残るもの、七つに裂かん仕組なり。されど日本は神の国。最後の仕組 神力に、寄せ来る敵は魂まで、一人残らず(のう)にする」 『松の巻』 第二十七帖 [318]

 ここでは日本に攻め込む外国勢力が「富士を目指す」と書いてあります。日本を象徴する霊山とはいえ、富士山が攻撃対象になるとは思えないので、これは日本の首都としての富士に攻め込む意味とも解釈できます。また、ここでの富士とはあくまで地名であることを明示する意味で、富士山の(ひざ)(もと)である“駿河灘”という言葉が使われているのではないでしょうか。

 以上の記述に基づいて、富士遷都が神経綸九の前に行われている可能性があると考えました。

 そして、2016年旧九月八日の時点で戦争になるのであれば、その前段階に戦争の原因となる出来事が起こっているはずです。その出来事を明確にするのは難しいのですが、敢えて予想するなら、それは【金】が原因になると思われます。

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 大本系統の神示は現在の()(へい)経済に対して極めて否定的な見解を示しており、この経済制度(システム)に煽られた人間の欲心が「最終的に世界を潰すことになる」と警告しています。これが【(きん)】です。

 そして、日月神示はミロクの世が始まる前段階において世界的な金融危機が起きる可能性を暗示させています。この金融危機が日本と外国の戦争の直接的な原因であるかどうかはハッキリとしません。ただ、戦争の原因になりそうな出来事の予言がこのくらいしか見当たらないのです。それが次の記述です。

(きん)で世を治めて、金で潰して、地固めしてミロクの世と致すのぢゃ」 『黄金の巻』 第五十九帖 [570]

 ()()で言及されるミロクの世は“五六七のミロクの世”“六六六のミロクの世”の二種類があります。この記述がどちらのミロクの世を指しているのかは判然としませんが、時系列的には2016年旧九月八日から始まる五六七のミロクの世である可能性が高いです。これは旧九月八日から「天地が引っ繰り返る」ので、「金で潰す」という通常の経済活動の延長線上にあるような出来事は、旧九月八日の前の段階で起きているはずだからです。

 この他にも、日月神示には「金で潰す」という記述が二箇所ほど存在しています。

(きん)では世は治まらんと申してあるのに まだ金追うてゐる見苦しい臣民ばかり、金は世を潰す(もと)ぞ」 『下つ巻』 第三十五帖 [77]

(きん)では治まらん、(あく)(がみ)の悪では治まらん、ここまで申してもまだ判らんか、金では治まらん、悪の総大将もその事知って居て、金で、キンで世を潰す計画ざぞ」 『梅の巻』 第二十六帖 [453]

 この記述の中で「金で世を潰す」のは、悪神と呼ばれる存在が明確な意図を持って行うことが明かされています。また、ここで登場する“悪の総大将”とは、日月神示の中で度々言及されている“悪の三大将”の首領のことで、アメリカ合衆国とソビエト連邦を手下に持つとされています。その根拠となっているのが次の記述です。

「悪の総大将は奥に隠れて御座るのぞ。一の大将と二の大将とが大喧嘩すると見せかけて、世界をワヤにする仕組、もう九分通り出来てゐるのぢゃ」 『黒鉄の巻』 第十四帖 [632]

 昔から日月神示の信奉者の間では、この記述の中の一の大将と二の大将がアメリカ合衆国とソビエト連邦を指すと言われています。この記述が書かれたのは1950年(昭和二十五年)1月22日ですが、この時点で天之日津久神様は、第二次世界大戦後に世界を自由主義陣営と共産主義陣営に二分した“冷戦”が偽りのものであることを指摘していました。そして、最終的には両者が共倒れになるとも予言しています。

「自由も共産も共倒れ、岩戸が開けたのであるから元の元の元のキの道でなくては、タマの道でなくては立ちては行かん」 『星座の巻』 第十一帖 [894]

 恐らく、悪の総大将なる存在は自由主義と共産主義を共倒れさせて“勝者なき世界”とし、賭博(ギャンブル)で言うところの“親の総取り”を狙っているものと思われます。

 このように、日月神示で予言されていた通り、共産主義はソビエト連邦と共に1991年に崩壊しました。また、()()が正しければ、自由主義もアメリカ合衆国と共に崩壊することになります。このアメリカの崩壊は時系列的に考えて岩戸が開く2016年旧九月八日より前になるはずですし、現状では金融危機がきっかけになる可能性が一番高いと言えます。その金融危機の影響が世界中に波及するのが「金で世界()を潰す」という意味だと思われます。

 そして、ここまでに述べた、富士遷都、金融危機、アメリカ合衆国の崩壊に共通して関わる可能性が高いのが、神経綸八の始まりを告げるであろう“東京大震災”です。これは日月神示で【八月】と呼ばれています。

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八月

 前章の『数霊と月の対応関係』において先に結論を述べましたが、日月神示の中の七月、八月、九月、十月の記述は、神経綸の進展段階を表す数字と対応関係にあります。つまり、()()の中で神経綸八の期間について言及した記述が【八月】です。

 しかし、八月の記述はとても少なく、実質的には二つしかありません。そして、神経綸八で確実だと言えるのは、始まりが「地震であること」という一点だけです。その根拠が次の記述です。

「八月ぐらぐら」 『青葉の巻』 第六帖 [475]

 “ぐらぐら”は物が揺れ動く様子を表現する()(おん)であり、ここでは明らかに地震を指しています。それが八月、つまり神経綸七の始まりである1994年7月(1995年1月17日)と、神経綸九の始まりである2016年旧九月八日の間の期間に起きることになります。

 ですが、日月神示には八月の地震が起きる地域については述べられていません。それを東京だと解釈したのは、具体的な地名を挙げて崩壊を予言されている地域が東京だけだからです。

「いづくも土にかへると申してあろうが、東京も元の土に(ひと)(とき)はかえるから、その積りでゐてくれよ。神の申したこと違はんぞ。東京は元の土に一時はかへるぞ、その積りで用意してくれよ」 『上つ巻』 第十一帖 [11]

「外国から攻めて来て日本の国 丸潰れといふところで、元の神の神力出して世を建てるから、臣民の心も同じぞ、江戸も昔のやうになるぞ、神の身体から息出来ぬようにしてゐるが、今に元のままにせなならんことになるぞ」 『上つ巻』 第二十一帖 [21]

「江戸が火となるぞ、神()けるぞ」 『上つ巻』 第三十五帖 [35]

「江戸が元の(すすき)(はら)になる日 近づいたぞ。天子様を(みやこ)に移さなならん時 来たぞ。江戸には人住めんような時が一度は来るのぞ。前のやうな世が来ると思うてゐたら大間違ひぞ」 『下つ巻』 第十六帖 [58]

「江戸に攻め来たぞ」 『富士の巻』 第十帖 [90]

「江戸と申すのは東京ばかりではないぞ、今のような都会みなエドであるぞ、江戸はどうしても火の海ぞ。それより他やり方ないと神々様 申して居られるぞよ。秋ふけて草木枯れても根は残るなれど、臣民かれて根の残らぬやうなことになりても知らんぞよ」 『富士の巻』 第二十七帖 [107]

 これら東京の崩壊の予言は戦前に降りたものであり、先の大戦で成就したとも言えますので、神経綸八のことかどうかは断定できません。また、日月神示では東京の前名である()()を、「人間の悪しき想念で(けが)れた土地」の意味である()()としても使っているので、必ずしも東京のことだとは限りません。

 それでも地震が起きる場所を東京だと結論したのは、そう解釈すれば、もう一つの八月の記述との(つじ)(つま)が合うと考えたからです。

「八月のこと、八月の世界のこと、よく気つけて置いてくれよ」 『富士の巻』 第六帖 [86]

 ここでは地震の起きる八月が、わざわざ“世界”と絡めて言及されています。これは神経綸八の始まりの出来事が、日本だけではなく世界に深く関係することを示唆しているのではないでしょうか。そして、地震が起きて世界に本格的な影響を及ぼすような日本の地域は、やはり東京だと思います。また、このように八月の地震が東京に起きると考えれば、先に述べた富士遷都、金融危機、アメリカの崩壊と前後の関係が繋がることになります。

 恐らく、天之日津久神様が警告を発している“八月の世界”とは、東京大震災を発端とする“世界恐慌”のことだと思われます。この出来事が日本と外国を、2016年の旧九月八日(いわとびらき)へと(いざな)うのでしょう。

 日月神示には他にも八月についての記述があるのですが、これらは必ずしも大局的な時節のことだとは言えません。ただ、神経綸八の始まりを2008年だと解釈した根拠に間接的に関係していますので、それらの記述を引用して解釈したいと思います。

「八月の十日には江戸に祭りてくれよ」 『下つ巻』 第十帖 [52]

「仕組 少し早よなったから、かねてみしてあった事、八月八日から始めくれよ」 『松の巻』 第二十九帖 [320]

 八月関係で言えば、この記述も神経綸八に関係が有るのかもしれませんが、実際には岡本天明氏や当時の役員信者、あるいは、これから活躍するはずの“因縁の身魂”への個別的な指示である可能性が高いです。

 また、八月八日は立秋の日であり、暦の上では秋の始まりを意味しています。日月神示にもそれを強調した記述が存在します。

「江戸の奥山には八日、秋立つ日に祀りてくれよ、中山九日、一の宮には十日に祀りてくれよ」 『下つ巻』 第二十七帖 [69]

「待ちに待ちにし(あき)来たぞ。八月の七日、アメのひつくのかみ」 『夜明けの巻』 第十二帖 [332]  立秋の前日の記述)

「八月八日、秋立つ日、アメの()(ツキ)のおほかみ」 『夜明けの巻』 第十二帖 [332]

 日本では古来から『秋』と書いて“とき”と読ませる場合があります。この読み方は成就、完成、結実などの「時が来る」という意味を、米の収穫期である“実りの秋”に引っ掛けた表現です。

 そして、日月神示では神経綸八と対応する数霊の八が“ひらく”という意味を持つとし、岩戸開きや実りの秋に掛ける形で記述されています。こういった点が、神経綸の律動(リズム)としての側面”に関わっている可能性があるので、それを少しだけ論じてみたいと思います。

 具体的には、この概論では神経綸が【春夏秋冬】に符号していると解釈しています。

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春夏秋冬

 日月神示は「時節には一定の順序(リズム)が存在する」と主張しており、それを“呼吸”に譬えています。そして、それらの代表格として語られているのが“四季の律動(リズム)である【春夏秋冬】です。

「春が来れば草木に芽が出る、花が咲く。秋になれば葉が枯れるのぢゃ。時節よく気付けて取違ひせんよういたしくれよ。時節ほど結構なものないが、又こわいものもないのであるぞ。丁度 呼吸のようなもので一定の順序あるのぞ。吸の(きわみ)は呼となり、呼の(きわみ)は吸となるぞ。これが神の(はたらき)であるから、神の現われの一面であるから、神も自由にならん。この神も時節には(かな)わんのであるのに、そなたは時々この時節を無視して自我で、(ある)ひは時節を取違ひして押しまくるから失敗したり怪我したりするのぢゃぞ。素直にしておれば楽に行けるようになってゐるぞ」 『月光の巻』 第五十八帖 [845]

 また、()()の霊界論では人生の流れ(リズム)(しゅん)(じゅう)(じつ)(げつ)で言い表す記述もあります。

「生前は生後であり、死後は また生前であって、春秋日月の(はたらき)を繰り返しつつ弥栄えている」 『地震の巻』 第十八帖 [395]  ここでの生前とは“生まれる前”の意味です)

「霊界に於ける春は、陽であり、日と輝き、()(ちから)する。秋は、陰であり、月と光り、且つ力する。この春秋のうごきを、また、歓喜と呼ぶのである。春秋の動きあって、神は呼吸し、生命するとも云い得る」 『地震の巻』 第十八帖 [395]

 このように、日月神示の中の春夏秋冬の記述は必ずしも特定の期日を指す意味ではありませんが、天之日津久神様は神経綸を四季の順序に符合するものとして説いているように見えますので、この概論では神経綸上の時節の一種として扱っています。

 そして、このような解釈の直接的な根拠となったものが、西洋の終末思想において、善と悪、もしくは神と悪魔の最終戦争を意味する“ハルマゲドン”に関する記述です。

「びっくり箱、いよいよとなりたぞ。春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケてハルマケドンとなるのざぞ、早う改心せんとハルマケドンの大峠こせんことになるぞ。大峠となりたら どんな臣民もアフンとして もの云へんことになるのざぞ、(なん)とした取違ひでありたかと()(だん)()ふんでも、その時では間に合はんのざぞ」 『磐戸の巻』 第三帖 [239]

「春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケ、ハルマケドンと申してあろが、(いよ)(いよ)ざぞ、(ふんどし)しめよ、グレンざぞ」 『キの巻』 第二帖 [259]

 これらの記述から判るように、日月神示ではハルマゲドンと呼ばれる最後の戦いの前に、春夏秋冬を意味する何らかの出来事が存在することを示唆しており、それを“マケ”と表現しています。これは基本的に敗北を意味する“負け”であることが次の記述から窺い知れます。

(いくさ)いつも勝つと(ばか)りは限らんぞ、春マケとなるぞ」 『磐戸の巻』 第二十帖 [256]

 しかし、このマケは、準備を意味する()け”(まうける、もうける)という意味である可能性もあります。もしくは「日本が負け続けることがハルマゲドンの()()になる」という意味であり、負けと設けの双方の意味を兼ねているのかもしれません。そのような「負けることが勝つことに繋がる」という記述も存在します。

「時節に従って負けて勝つのざぞ、負けが勝ちぞ、判りたか」 『青葉の巻』 第十四帖 [483]

 これらの点から、ここまでに挙げた春夏秋冬とマケの内容が、神経綸 及び 阪神淡路大震災 以降の日本の状況と、大筋の意味において符合しているのではないかと推測しました。その関係を簡単にまとめると次のようになります。

春マケ萌える神経綸七(前半)なり七年1994年〜2001年
夏マケ伸びる神経綸七(後半)なりて七年2001年〜2008年
秋マケ実のる神経綸八ひらく八年2008年〜2016年
冬マケ籠もる神経綸九正念場八年2016年〜2024年

 この関係は、大局的な意味での“地の岩戸開き”が始まった1994年7月(1995年1月17日)から、“地の岩戸明け”を迎える2024年旧十月八日までの三十年を ほぼ四等分したものです。この四季を意識した区分が、神経綸八の始まりを2008年とした間接的な理由になっています。そして、この関係が前章の『七月』で引用した“番頭殿の顔色”の記述に、大筋の意味で対応していると思われます。

 そこで、このような観点から春夏秋冬を個別に考察します。まずは春夏秋冬に共通する【負け】から論じ、次に【春マケ】【夏マケ】【秋マケ】【冬マケ】【ハルマゲドン】と順に論じて行きます。その最後に“正念場”と関係がある【岩戸開き】と【岩戸明け】の違いについても述べたいと思います。

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負け

 この概論では「日本人が主体性を発揮できなくなること」を【負け】だと解釈しています。

 日月神示には「尻の毛まで抜かれる」という表現が出て来ます。これは「外国に日本を(むし)り取られる」という意味です。その際に奪われるものは金銭などの物質的なものだけではなく、精神的なものも含まれていることが述べられています。

「悪の仕組は日本魂をネコソギ抜いてしもふて、日本を外国同様にしておいて(ひと)()みにする計画であるぞ。日本の臣民 悪の計画通りになりて、尻の毛まで抜かれてゐても まだ気づかんか」 『磐戸の巻』 第十帖 [246]

「尻の毛まで悪魔に抜かれてゐて まだ判らんのか、あんまりな事ぢゃなあ」 『雨の巻』 第十三帖 [347]

「向ふの云ふ事まともに聞いてゐたら、尻の毛まで抜かれてしまふのが神にはよく判りて気つけてゐたのに、今の有様その通りでないか。まだまだ抜かれるものあるぞ」 『岩の巻』 第六帖 [371]

「尻の毛まで抜かれてゐると申してあろう。早うめさめよ。悪の道、教えにまだ迷うて御座るが、早うめざめんと間に合はんぞ」 『夏の巻』 第二十二帖 [738]

「頭と尻尾だけでは何も出来ん、化物ぢゃ。(やつ)()()(かしら)の時代は済んだのであるぞ、肝腎の胴体がないぞ、日本が胴体であるぞ、日本をどこに忘れて来たのか、自分でも判るまいがな、尻の毛まで抜かれた化物の姿、鏡に映して見るがよい、鏡は神示ぢゃと早うから知らしてあろうがな」 『碧玉の巻』 第十四帖 [878]

 つまり、春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケとは、内政や外政において日本人が主体性を発揮できず、外国人、あるいは外国魂の日本人の言われるがままになることだと考えられます。それは主体性の源となる日本人としての同一性(アイデンティティー)、すなわち大和(やまと)(だましい)を抜かれたからに他なりません。日月神示にも次のように書いてあります。

「日本の人民、大和魂どこにあるのざ」 『松の巻』 第八帖 [299]

「骨なし日本を まだ日本と思うて目さめん」 『黄金の巻』 第二帖 [513]

 第二次世界大戦での敗北後、外国人に本来の日本ではないものを日本人の姿として信じ込まされた結果が、春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケの段階で本格的に現れることになるのでしょう。そして、最後の冬マケの段階で国ごと奪われることになります。

 このように、外国が日本を奪うべく、明確な悪意を持って日本人に接していることを告げる記述も存在しています。

「オロシヤの()()と申すは泥海の頃から生きてゐる悪の親神であるぞ。北に気つけてくれよ、神の国は結構な国で世界の真中の国であるから、悪の神が日本を取りて末代の(すみ)()とする計画でトコトンの智恵出して どんなことしても取る積りで愈々を始めてゐるのざから余程 (ふんどし) 締めて下されよ」 『日の出の巻』 第二十帖 [233]

「神の国は神の肉体ぞと申してあるが、いざとなれば、お土も、草も、木も、何でも人民の食物となるように出来てゐるのざぞ。何でも肉体となるのざぞ。なるようにせんからならんのざぞ。それで外国の悪神が神の国が慾しくてならんのざ。神の国より広い肥えた国 幾らでもあるのに神の国が欲しいは、誠の元の国、根の国、物のなる国、元の気の元の国、力の元の国、光の国、()(なか)の国であるからぞ」 『夜明けの巻』 第二帖 [322]

「日本の人民 ()(じき)にしてやり通すと悪の神 申してゐる声、人民には聞こへんのか。よほどしっかりと(はら)(おび)締めおいて下されよ」 『風の巻』 第十二帖 [363]

 このような外国の罠に嵌められ、上から下まで日本精神を奪われているのですから、今後も日本の国の舵取りに関しては難しくなる一方だと思われます。番頭殿の顔色が良くなることも無いのかもしれません。

 こういったものが、神経綸における春夏秋冬に共通する“負け”だと考えました。

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春マケ

 この概論では「隠れていたものが表面化すること」を【春マケ】だと解釈しています。

「春とならば()()づるのざぞ、草木(ばか)りでないぞ、何もかも もえ出づるのぞ、此の方の申す事 (たとへ)でないと申してあろが、少しは()()りたか」 『日の出の巻』 第一帖 [214]

「春になりたら どんな事あるか分らんから今年中に心の洗濯せよ、身辺(みのまわり) 洗濯せよ」 『日の出の巻』 第十六帖 [229]

「世が段々せまって悪くなるように申してゐるが、それは局部的のこと。大局から見れば、よきに向って弥栄えてゐるぞ。夏が暑いと申してブツブツ申すでないぞ。秋になるぞ。冬もあるぞ。冬ばかりと考へるでないぞ。やがては春が訪れるのぢゃ。いづれも嬉し嬉しとなる仕組」 『春の巻』 第五十二帖 [709]

 春は土の中から新芽が萌え出づる季節なので、地の岩戸開きが始まり、天災地変という形で神が激しくなり始めた阪神淡路大震災からだと解釈しました。また、多くの人の印象としては、この震災と地下鉄サリン事件の頃から、日本の国の乱れが本格的に表面化し始めたと感じているのではないでしょうか。

 そして、この時期は1991年のソビエト連邦の崩壊と冷戦の終結により平和に向かうと思われていた世界が、必ずしもそうはならないことが明らかになり始めた時期でもあります。この頃から冷戦構造下で世界中に蒔かれた不和の種が、民族紛争という形で本格的に表面化し始めました。

 他にもパソコンやインターネットといった道具(ツール)の急速な普及で、個人による金融市場への投機が拡大し、世界的な金融バブルの萌芽が見え始めました。これは日月神示が予言していた「金で世を治める」という時代の本格的な到来だったのかもしれません。

 こういったものが、種から芽が萌える“春”の象徴だと考えました。

 なお、春に関しては“負け”ではない意味で別の解釈が二つほど可能です。

 一つは神経綸十を春とする解釈です。これは2024年旧十月八日の“岩戸明けの日”に、神の(たい)(もう)である“十方的世界”が実現するからです。この新しき世界が現れる(さま)を春と解釈することも可能です。

 もう一つは2016年を春とする解釈です。神経綸を一年単位で見れば、旧九月八日という“岩戸開きの日”が存在する2016年が、“新しき()()生み”が本格的に始まる転換点(ターニングポイント)になります。これを暦の上での一年の始まりである“立春”の意味に相当すると見る形で、2016年を春と解釈することも可能です。この場合の春は(とき)と殆ど同じ意味になります。これについては節分の解説で再び取り上げます。

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夏マケ

 この概論では「表面化したものが伸張すること」を【夏マケ】だと解釈しています。

「天の異変 気付けと申してあろが、冬の次が春とは限らんと申してあろが。夏 雪降ることもあるのざぞ。神が降らすのでないぞ、人民 降らすのざぞ」 『夜明けの巻』 第三帖 [323]

「そなたのやることはいつも時が外れて御座るぞ。(もち)つくにはつく時あるぞと知らしてあろうが。時の神を忘れてはならんぞ。春には春のこと、夏は夏のことぢゃ」 『月光の巻』 第三十七帖 [824]

 夏は他の季節と比べて殆ど記述がありません。僅かに存在する記述も天候不順の予言であり、神経綸的な意味を内包していません。このような理由により、基本的に夏は春と一組のものとして論じます。

 前章で解説したように神経綸七は“なる”であり、日月神示はこれを“なりなる”と表現しています。単に“なる”と書かずに“なりなる”と二回繰り返しているのは、恐らく“変化の開始”“変化の達成”を区別する意味があると思われます。また、この“なりなる”は「変化を始めたものが更に変化を重ねる」という意味も併せ持っています。これが春に芽吹いた新芽が成長する(さま)を表していると思いましたので、神経綸七の前半七年を春と解釈し、後半七年を夏と解釈しました。

 後半七年の夏の始まりは神経綸的には2001年ですが、これはアメリカの同時多発テロが象徴となるかもしれません。冷戦の終結と共に本格的に表面化し始めた民族の対立や文明の衝突といったものは、このテロによって決定的になり、加速度的に争乱が拡大して行ったように見えます。

 また、2001年にITバブルが崩壊したアメリカ合衆国は、自国の景気後退(リセッション)を避けるために、あらゆる金融工学を駆使して世界中から金を掻き集めて好景気を維持し続けました。その結果として(マネー)(マネー)を生む」という金融バブルが世界的に急拡大しました。これによって日月神示が予言していた「金で世を治める」という時代が極まったとも言えます。

 こういったものが、種から萌えた芽が伸びる“夏”の象徴だと考えました。

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秋マケ

 この概論では「伸張したものが結実すること」を【秋マケ】だと解釈しています。

「秋が立ちたら、この道ひらくかた出て来るから、それまでは神の仕組 書かして置くから、よく読んで腹の中によく入れて置いてくれよ」 『上つ巻』 第八帖 [8]

「悪の仕組にみなの臣民だまされてゐるが、もう直ぐ目さめるぞ、目さめたらたづねてござれ、この神のもとへ来てきけば、何でも分かるように神示で知らしておくぞ。秋立ちたら淋しくなるぞ、淋しくなりたらたづねてござれ」 『上つ巻』 第二十七帖 [27]

「この方 祀るのは(あめ)のひつくの家ぞ、祀りて秋立ちたら、神いよいよ烈しく、臣民の(しょう)(らい)によって、臣民の中に神と獣とハッキリ区別せねばならんことになりて来たぞ」 『下つ巻』 第二十三帖 [65]

「秋立ちたらスクリと厳しきことになるから、神の申すこと一分一厘ちがはんぞ」 『下つ巻』 第二十四帖 [66]

「秋立ちたら神烈しくなるぞ」 『下つ巻』 第三十八帖 [80]

「秋ふけて草木枯れても根は残るなれど、臣民かれて根の残らぬやうなことになりても知らんぞよ、神のこのふみ早う知らしてやってくれよ」 『富士の巻』 第二十七帖 [107]

 この他に秋の季語である紅葉(もみじ)の記述も引用します。

「天子様お(うつ)り願ふ時 近づいて来たぞよ。奥山に紅葉ある内にと思へども、いつまで紅葉ないぞ」 『天つ巻』 第八帖 [115]

「今のやり方、考へ方が間違ってゐるからぞ。洗濯せよ掃除せよと申すのは これまでのやり方 考へ方をスクリと改める事ぞ。一度マカリタと思へ。掃除して何もかも綺麗にすれば神の光スクリと光り輝くぞ。ゴモク捨てよと申してあろがな。人の心ほど怖いものないのざぞ。奥山に紅葉あるうちにと申すこと忘れるなよ」 『日月の巻』 第十九帖 [192]

「七月になると上の人民、番頭殿、顔の色 悪うなって来るぞ、八、九月となれば愈々変って来るぞ、秋の紅葉の色 変るぞ」 『梅の巻』 第八帖 [435]

 このように秋は春夏秋冬の中でも一番多く触れられています。日本語の秋は米の収穫期である“実りの秋”を指す形で「重要なことがある時期」という意味を持っています。それ故、岩戸が開く時代である神経綸八のことだと解釈しました。日月神示の数霊論でも八は“ひらく”の意味を内包すると繰り返し語られていますが、これは「旧九月八日を迎えるための期が熟す」という意味を持つ時代だと考えられます。

 また、前節の最後で引用したように、日月神示には立秋の日に書記したことを強調する署名が存在します。立秋は暦の上での秋の始まりであり、通常は新暦の八月七日か八月八日です。このことから秋と神経綸“八”を引っ掛けて書いてある可能性も考えられます。

 ただし、日月神示の説く秋は、正確には“岩戸開きの日”である2016年旧九月八日か、その直前を指す意味で使われており、神経綸八の全般を指しているわけではないようです。それが判るのが次の数霊の記述です。

「八と九、九と八の(さかい)をひらくことが岩戸を開くことぢゃ」 『扶桑の巻』 第四帖 [853]

「七は成り、八は開くと申してあろうが、八の(くま)からひらきかけるのであるぞ」 『碧玉の巻』 第五帖 [869]

 この辺りの数霊論は後編で詳しく論じることになるのですが、要するに、天之日津久神様は岩戸開きである八方的世界から十方的世界への移行を“世界の完成”として非常に喜んでいます。その大望を実現する計画の本格的な実行の時が訪れることが「期が熟す」ということであり、実りの秋という表現に掛けてあると考えられます。また、2016年の旧九月八日が秋の盛りであることにも引っ掛けてあるはずです。

 他にも数霊の八の“ひらく”は、(うたげ)が終わる“お開き”の意味と、努力が実る“花開く”の意味を内包している可能性があります。なぜなら、神経綸八は八方的世界が完成する期間であり、岩戸が閉まった状態での最終段階だからです。それを、秋が象徴する「自分が蒔いた(もの)を自分で刈り取る」という意味に掛けてあるのかもしれません。恐らく、神経綸八の段階において、世界の国々は春夏(これまで)の行為の報いを受け取ることになるのでしょう。一種の決算期であり、既存の枠組(ルール)の中での結果が明らかになる期間だと思われます。

 それと、昔から漢字の『米』は造型的に“八”の意味を内包すると言われていますが、これを八方的世界が完成する時代と米国(アメリカ)に引っ掛けてあることも考えられます。神経綸八の期間は、善くも悪くもアメリカ合衆国から世界的な変化が起きるのではないでしょうか。

 そして、このような秋や数霊の八が象徴する意味が、

「旧九月八日までにきれいに掃除しておけよ。残る心 獣ぞ」 『松の巻』 第三帖 [294]

「旧九月八日までに何もかも始末しておけよ。心引かれる事 残しておくと、詰まらん事で詰まらん事になるぞ」 『夜明けの巻』 第三帖 [323]

という旧九月八日の記述に繋がっています。これらの記述は()()()世界のことは()()()世界の間に終わらせておきなさい。でなければ十方的(あたらしい)世界での活動の邪魔になる」という意味ですが、この辺りのことについては神経綸九の解説で詳述します。

 こういったものが、種から萌えた芽が伸びて実る“秋”の象徴だと考えました。

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冬マケ

 この概論では「結実したものが隠れること」を【冬マケ】だと解釈しています。

「冬の先が春とは限らんぞ」 『上つ巻』 第二帖 [2]

「冬に桜咲いたら気つけてくれよ」 『下つ巻』 第三十帖 [72]

「冬の先 春とばかりは限らんと申してあること忘れるなよ。用意せよ、冬に桜咲くぞ」 『日月の巻』 第二十六帖 [199]

 これらは夏と同じく天候不順の予言ですが、神経綸に符合すると思われる冬の記述も存在します。

「桜咲く所、桜と共に花咲くぞ、夏マケ、秋マケ、となったら冬マケで泣きあげてはならんぞ、戦すんでからが愈々のイクサぞ、(ふんどし)しめよ」 『キの巻』 第六帖 [263]

「木の葉 落ちて冬となれば淋しかろがな、紅葉(もみじ)ある内にと気付けおいたが紅葉の山も落ちたであろがな」 『雨の巻』 第十三帖 [347]

「冬になったら(ふゆ)()もりぞ。死ぬ時には死ぬのが弥栄ぞ」 『月光の巻』 第四十帖 [827]

 このように、冬は基本的に(こら)え忍んで待つ時期です。それ故、外国との戦争が始まって、日本人にとって最も苦しい“試練の時”となるであろう神経綸九のことだと解釈しました。これには「冬を越せない人間が強奪(わるあがき)を繰り広げる時期」という意味も込められているのかもしれません。

 また、この期間は八方的世界が十方的世界へと(ゆう)()するための()(ふく)の時代”であり、人体に譬えるなら“新しい生命(いのち)()()もった状態”に相当しています。

 アリとキリギリスの(ぐう)()ではありませんが、冬を見越して秋の間に備えをしておいた人は問題なく冬を越えられるでしょう。そのような人は自分だけではなく他人を助けることもできます。逆に冬への備えをしていなかった人にとっては少々厳しい時期となるやもしれません。

 こういったものが、種から実った新しい(いのち)が土の中に()もる“冬”の象徴だと考えました。

 なお、()()()()()柔らかくなった土を“泥”とも称しますが、この言葉が“正念場”である神経綸九の意味を読み解く鍵言葉(キーワード)の一つになっています。時節の最重要期間である神経綸九は非常に多くの隠喩(メタファー)が使われているのですが、この(いん)()の技法による言葉については第七章で再び取り上げます。また、ここまでに引用して論じた“春夏秋冬”も、日月神示における隠喩の一つであると言えます。

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ハルマゲドン

 この概論では「神経綸が最終段階になること」を【ハルマゲドン】だと解釈しています。

 前記の春夏秋冬の解釈により、神経綸十の期間が冬マケの次に来るハルマゲドンになります。これは日本と外国の戦争が始まる神経綸九のことだと解釈しても良かったのですが、この期間は日本が一方的に負けるだけで戦いと呼べるような状態にはならないと思われます。むしろ、国常立神を始めとする(せい)(しん)がお出ましになる2024年旧十月八日からの方が、“神と悪魔の最終戦争”と呼ぶ期間として適当であると解釈しました。この“岩戸明けの日”から神力が発動して、日本の逆転劇が始まることになります。

 また、()()の戦い”“神経綸の()()()()を引っ掛けてあると推測したことも、神経綸十をハルマゲドンの期間と解釈した理由の一つになっています。

 そして、十方的世界が現出した神経綸十の段階では、日本が“光の国”として輝き、全ての人と物の本性が(あらわ)になる(そう)(かみ)(がか)り”の状態になっているはずなので、この段階において、日月神示の言う“神と獣”の区別が完全に明らかにされることになります。これについては第七章と第八章で論じます。

 こういったものが、神と悪魔の最終戦争を意味する“ハルマゲドン”の象徴だと考えました。

 なお、一つだけ付け加えておきますと、日月神示は「絶対の悪と呼ばれるようなものは存在しない」と主張しています。()()の中での悪神、悪魔、鬼、魔といった呼び方は便宜的なものです。そして、悪と呼ばれるものの本質は()()()()()()()であって、このような外道を正道へと導く「悪を抱き参らせる」ことが、(カミ)(いくさ)であり日本の戦い方であると天之日津久神様は説いています。この点については誤解の無いようにお願い致します。

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岩戸開き / 岩戸明け

 春夏秋冬の考察の最後に“正念場”である神経綸九の期間について補足します。

 ここまでに2016年の旧九月八日を“岩戸開きの日”、2024年の旧十月八日を“岩戸明けの日”と区別して書きましたが、これは二つの日付が内包する意味に微妙な相違点があるからです。簡単に述べるなら、“岩戸が開き始める日”が【岩戸開き】であり、“岩戸が開き切る日”が【岩戸明け】です。

 この二つの違いは数に注目すれば簡単に意味が判ります。神経綸九の期間は「もう八ではなくなった」という意味では十方的世界に属し、「まだ十になっていない」という意味では八方的世界に属するからです。つまり、どちらとも形容し難い移行期間(グレーゾーン)なのです。

 そして、この移行期間が“新しき()()生み”の時代になります。これを人体に譬えるならば、旧九月八日が受精、あるいは陣痛の始まりに相当し、旧十月八日が出産に相当します。それ故、天之日津久神様はこの“産みの苦しみ”に相当する期間を指して“正念場”と称しておられるのでしょう。それが一番判り易く書かれた記述を引用します。

「死ぬか生きるかは人民ばかりでないぞ、神々様も森羅万象の(ことごと)くが同様であるぞ、しばらくの生みの苦しみ。八の世界から十の世界になるのであるから、今迄の八方的な考へ方、八方的な想念や肉体では生きては行かれんのであるぞ、十方的想念と肉体でなくてはならんぞ」 『至恩の巻』 第十三帖 [960]

 なお、大局的には2012年も受精、あるいは陣痛の始まりと言えます。同じ意味の出来事が二つの年にあることを疑問に思われるかもしれませんが、これに関しては次の記述の内容が関わっています。

「同じこと二度 繰り返す仕組ざぞ、この事よく腹に入れておいて下されよ。同じこと二度」 『青葉の巻』 第七帖 [476]

 この「同じことを二度 繰り返す」という部分が、神経綸における“富士と(なる)()の仕組”の共通点と相違点の説明になっています。この表裏一体の()(みつ)の仕組”は、日月神示の中で「神経綸そのものである」と言って良いほど重要視されており、特に(なる)()の仕組”の内容が、正念場である神経綸九の期間に起きる出来事として描写されています。この辺りのことについては後編で詳細に取り上げたいと思います。

 以上が、日月神示に登場する“春夏秋冬”を、神経綸上の時節の一種として考察したものです。そして、先に述べたように、神経綸が春夏秋冬の律動(リズム)と対応しているとした解釈が、神経綸八の始まりを2008年だと結論した理由に間接的に関係しています。その理由は【数霊の八】が根拠になっています。

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数霊の八

 日月神示はそれぞれの数が独自の性質を備えていると主張しており、その中で“ひらく”という性質を持つとされるのが【数霊の八】です。

 そして、時節の節目の中で唯一()()に記述の無い神経綸八の始まりの年を2008年だと結論した理由は二つあるのですが、これは共に数霊の八を根拠としています。それが【なりなりてひらく】と【八の性質】です。また、その二つに密接に関わっているのが【新暦】と【旧暦】です。

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なりなりてひらく

 前章でも述べましたが、日月神示において数霊の七と八は、それぞれ“なる”“ひらく”の意味を持つとされています。この一組のものとして扱われることが多い二つの数霊を、対応する神経綸の期間に当て嵌めて考えてみました。これが【なりなりてひらく】です。

 まず、その経緯を解説するために数霊の七と八の記述を引用します。

「七の日はものの成る日ぞ」 『上つ巻』 第二十四帖 [24]

「八のつく日に気つけと申してあろう。八とはひらくことぞ。ものごとはひらく時が大切ぢゃ」 『月光の巻』 第四十七帖 [834]

「七とはモノのなることぞ」 『扶桑の巻』 第一帖 [850]

「七は成り、八は開くと申してあろうが」 『碧玉の巻』 第五帖 [869]

「ナルの仕組とは(なる)()()()())の経綸であるぞ、八が十になる仕組、岩戸ひらく仕組、今迄は中々に判らなんだのであるが、時節が来て、岩戸がひらけて来たから、見当つくであろう、富士と鳴門の仕組、結構致しくれよ」 『星座の巻』 第二帖 [885]

「七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、なりなりあまる鳴門の仕組。富士と鳴門の仕組いよいよぞ、これが判りたならば、どんな人民も腰をぬかすぞ」 『至恩の巻』 第十六帖 [963]

「なりなりなりて十とひらき、二十二となるぞ、富士晴れるぞ」 『至恩の巻』 第十六帖 [963]

「八のつく日に気つけてあろうが、八とはひらくことぞ」 『五葉の巻』 第十二帖 [975]

 このような数霊論に基づいた上で2008年を神経綸八の始まりの年だと仮定すれば、神経綸七と八の期間がそれぞれ十四年と八年になります。それが()()に繰り返し登場する(なり)(なる)(ひらく)を暗示していると考えました。これが神経綸八の始まりの年を2008年だと結論した一つ目の理由です。

 また、このように考えれば、神経綸上の時節の意味を持つとした三十年に渡る“春夏秋冬”の期間が、それぞれ七年、七年、八年、八年とほぼ等分の長さになるので、より四季的な意味が際立つと判断しました。これが春夏秋冬が2008年に間接的に関わるとした理由です。

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八の性質

 二つ目の理由の根拠も数霊の記述なのですが、前記のものとは(おもむき)が異なっています。これは時節の核心に触れる記述であり、「一二三四五六七八と九十は性質が異なる」という点を主眼に述べられています。また、八には“どっちつかず”な側面があることも併せて語られています。この性質を数霊の八と対応関係にある神経綸八の期間に当て嵌めて考えてみました。これが【八の性質】です。

「8迄と9 10とは性が違ふのぞ」 『極めの巻』 第五帖 [932]

(いっ)(しん)で生む限度は七(ない)()八である、その上に生まれおかれる神々は皆七乃至八であるが、本来は十万十全まで拡がるべきものである。()る時期までは八方と九、十の二方に分れて それぞれに生長し弥栄し行くのであるぞ」 『至恩の巻』 第九帖 [956]

 前後の記述を省略したので判り辛いのですが、ここでの一神とは日本の国生み神話に登場する伊邪那岐神のことです。そこで、ここに述べられている内容に関係する部分を要約します。

 日月神示では、一二三四五六七八は(おっと)(がみ)である()()()()(のかみ)に属し、九と十は(つま)(がみ)である()()()()(のかみ)に属すると説かれています。そして、現在の世界は伊邪那岐神だけで生んだために「九十が欠けている」()()は主張しています。それ故、世界は不完全な八方的世界にとどまっており、そこに「九と十を加えて完全な十方的世界へ移行させる」というのが、天之日津久神様が主導する“神の計画”の基本路線であり、数霊論の中核部分です。

 このような一二三四五六七八と九十の“性質の違い”という点については、日月神示の中で度々述べられています。この前提を踏まえた上で注目されるのは、先に引用した記述の中の「七乃至八」という部分です。つまり、伊邪那岐神に完全に属しているのは七までで、「八は必ずしも七までと同じとは言えない」と説かれているのです。これは八が九と隣り合っているために、性質の異なる九と十の影響を少なからず受けているという意味なのかもしれません。

 また、八と隣り合っている九も似たようなものであることが、前節の最後の『岩戸開き/岩戸明け』の中の解説で判って頂けると思います。()()にも次のように書いてあります。

「八の(くま)からひらきかけるのであるぞ、ひらけるとと九と十との三が出てくる」 『碧玉の巻』 第五帖 [869]

 ここで岩戸開きの影響が本格的に現れるのは八の最後、もしくは九の直前であることが明かされています。要するに、数霊の八は基本的に八方に属するものの、厳密には「八方と十方のどちらとも言い難い」という性質を持っていることになります。これは九と同じく「一二三四五六七八と九十の双方を繋ぐ数霊(期間)という意味を内包する数なのでしょう。そして、ここからが本題なのですが、

「この八の性質を時節に適用すると二〇〇八年を神経綸八の始まりの年とするしかない」

という結論に至りました。この結論については全く意味が判らないと思いますが、これは三千世界の大立替え期間である“三十年の立替え”に関係することなので、時節の全体像を解説し終わっていない現在の段階では完全には説明しきれないのです。

 それでも何とか解説を試みますと、日月神示の時節では“大別的な区分”“個別的な区分”の二つの視点が提示されています。神の大望である十方的世界が始まるのは、個別的な区分では2024年からですが、大別的な区分では2012年から始まることが他の記述から判明しています。

 そして、2008年を神経綸八の始まりの年と仮定することにより、大別的な区分での十方的世界は神経綸八の“真ん中の年”である2012年から始まることになります。これによって数霊の八の「八方と十方のどちらとも言い難い」という性質が、時節との対応関係に当て嵌まることになると考えました。

 これが神経綸八の始まりを2008年だと推定した直接的な理由です。

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新暦 / 旧暦

 八の性質の解説の中で時節の核心に迫る記述を引用しましたが、これに関わることを一つ説明しておきたいと思います。これは神経綸上の日付に深く関係している(れき)(ほう)についてです。日月神示では伊邪那岐神に関係しているのが太陽を基準とした暦法であり、伊邪那美神に関係しているのが月を基準とした暦法になります。この二つの暦法が【新暦】と【旧暦】です。

 日月神示や大本神示では、伊邪那岐神を“日の大神”、伊邪那美神を“月の大神”と呼んでいます。これは古来より、伊邪那岐神は男性原理の“陽”(つかさど)るとされ、伊邪那美神は女性原理の“陰”を司るとされたことを根拠にしているようです。この陰陽理論は元々は大陸の思想だったそうですが、長い時間を経て日本に根付いたと言われています。

 極端な話、日月神示の説く神経綸と時節は両者の対応関係の中に全てが含まれているとも言えます。()()にもそのような意味の記述が存在しています。

(かむ)()()(かむ)()()(みこと) 忘れるでないぞ。そこから分りて来るぞ」 『地つ巻』 第七帖 [144]

 神漏岐命と神漏美命は、男系の()(しん)と女系の祖神を指す一対の名称で、古い祝詞(のりと)の中に見受けられます。この記述では伊邪那岐神と伊邪那美神を指す意味で使われています。

 そこで、この(つい)なるもの”である夫婦神の対応関係を、日月神示の独自の説を含めてまとめてみます。

伊邪那岐神一二三四五六七八
伊邪那美神                九十

 この場合、陽の(きわみ)である太陽が伊邪那岐神であり、陰の極である太陰が伊邪那美神になります。古来より、月は太陽に比する意味で(たい)(いん)とも呼ばれますが、この太陰が、月であり、水であり、九と十であり、伊邪那美神であることが、神経綸において非常に重要な意味を持って来ます。

 ですが、それらの細かい部分はこれからの章で詳しく論じることになりますので、ここでは(こよみ)に関係する部分に限定して説明します。

 現在、世界で標準的に使われている暦は、1582年に西洋で制定された『グレゴリオ暦』です。日本では1873年(明治六年)から採用されました。これは地球が太陽の周囲を巡る公転周期を元に定められた暦法で、太陽暦、陽暦、新暦と呼ばれます。

 また、グレゴリオ暦が採用される以前の暦法は、月の満ち欠けの周期を元に定められていたので、太陰暦、陰暦、旧暦と呼ばれます。日月神示や大本神示では、この旧暦の方を非常に重視しています。参考として大本神諭と伊都能売神諭の該当部分を引用します。

「外国の真似(ばか)り致して(これ)が開けた世の(やり)(かた)と申して居るが、()()が開けたのか。肝心の開くべき所は二重三重に(ふさ)いで(しも)ふて、開いてはならぬ神国の宝を()()かして了ふて、二進(にっち)三進(さっち)も行かんやうになりて、途中の(えら)い鼻高が毎年()(ところ)へ国々から()って来て、結構な御相談や争論(いさかい)を致して御座るが、下の何も知らん人民は良い(つら)の皮じゃぞよ。昔からの暦を潰したり、神の鎮まる先祖代々からの御宮を、金が無いからと申して潰したり〔後略〕 『大本神諭』 大正六年 旧十一月二十三日

「此の地の世界は(きう)で無ければ作物一切は見当が取れんので在れど、新暦に致した為に十五日にも真の(やみ)が在りたり、一(じつ)に満月が在りて、天地の昔から定まりた規則を破りて居るから、地の上の作り物が 皆 虫が()()りたり、雨も降るべき時に降らなんだり、風が狂ふたり、何一つ(ろく)な事は出来は致さんぞよ。今の日本の人民は年頭と申して(ゆわい)(ざけ)を飲んだり、餅を()いたり、松竹梅を門に(たて)て目出度がりて居れども、肝腎の天地の巡行(めぐり)に逆ふて居るから、天地の神々は余り歓びは致されんぞよ。世の元の神の()(かた)は、月の神様を元と致した(もと)の月日でないと、誠の歓びと勇みは無いのであるが、今の人民は何も判らぬから()んな事で天地の調和が出来ると思ふて居るのか、是が暗黒(くらがり)の世と申すのであるぞよ」 『伊都能売神諭』 大正八年一月一日

 そして、日月神示では旧暦が独自の数霊論と対応する形で、神経綸上の日付に直接的な関係を持っています。簡単に述べるなら、

「時節の九月と十月が旧暦なのは、数霊の九と十が()()()()に属するからである」

ということです。これで()()が発祥した6月と神経綸における7月と8月が新暦であるのに対し、九月と十月が旧暦であることに明確な意図が込められていることが判ると思います。これらの日付は日月神示の数霊論の“雛型”になるように仕組まれているのです。

 また、前章の『数霊と月の対応関係』で詳述しましたが、時節の原則である数の順序は“月”を実体として構成されています。そこには(イザナミ)を重視する」という()()の主張が反映されているのかもしれません。

 このことからも判るように、天之日津久神様は非常に細かい部分にまで気を配って計画をお立てになっています。こういった細やかな配慮は随所に見られますので、これからの章で折に触れて解説して行きます。

 ここまでに、神経綸八の始まりにおける8月の根拠と2008年の根拠を述べたので、次は時間帯の根拠を述べます。これは本来なら『十七日の根拠』を先に説明するべきなのですが、17日は他の節目の日付との共通点から導き出した結論なので、次章の最初で関連する記述と一緒に解説します。

 また、実際には時間帯まで考察する必要はないのですが、神経綸八の始まりだと推定した2008年8月17日には、神経綸と符合するかもしれない面白い特徴があったので、時間帯にまで踏み込んで論じてみます。その特徴とは【日月の力】です。

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日月の力

 この章の冒頭で述べたように、時節概論では神経綸八の始まりを“東京大震災”であると考え、その計画上の予定日を2008年8月17日の午前6時11分から17分の間だと予想しています。そして、この中の時間帯の根拠としたのが“部分月食”“満月”です。この天文現象の特徴が【日月の力】です。

 神経綸八の始まりの日だと思われる2008年8月17日は、午前6時11分に部分月食が発生し、午前6時17分に満月となります。

 地震は満月の日に多いという俗説が有り、この説自体には反論もたくさんあるのですが、確かに阪神淡路大震災が起きた日も満月でした。阪神淡路大震災は1995年1月17日の午前5時46分に起きましたが、同日の午前5時27分が満月です。

 しかし、満月の輝きに地震を引き起こす作用があるわけではなく、実際に地震を引き起こす可能性として考えられるのは(ちょう)(せき)(りょく)です。潮汐力とは地球の形状に影響を与える太陽と月の引力のことであり、この潮汐力の強弱によって地球は歪んだり元に戻ったりを繰り返しています。このような力によって潮の(かん)(まん)が起きることが潮汐力の名称の由来です。

 そして、月食や満月は、太陽と地球と月が直線上に並び、その引力が地球に最も働きかける時間帯でもあります。これを別の言い方で表現すれば「太陽と月が地球を綱引きしている状態」だと言えます。また、この潮汐力は海水だけではなく、地震の原因となる地殻にも影響を与えていますので、

「神様は地殻の歪みを()()する引金(トリガー)として、太陽と月の引力を使っているのではないか?」

と推測し、月食と満月の重なる時間帯が、地震の起きる時間帯として怪しいと考えました。この予想が正しければ、神経綸八には「日月で地を開く」という意味が込められていることになります。

 このような特徴が神経綸八の期間が内包する意味と符号している可能性があると思いましたので、以上のように時間帯にまで踏み込んで考察してみました。

 これで第二章は終わりですが、この章で説明を省いた『十七日の根拠』を、次章の最初に解説したいと思います。そこで引用する記述が、時節の鍵の鍵、要の要、基点の基点であり、時節概論が生まれる直接の原因となった、もう一つの“絶対座標”になります。

 そして、この絶対座標は【天子様の年齢】によって指定されています。

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第三章 日本

天子様の年齢

 この時節概論は、次に引用する1949年(昭和二十四年)十二月七日に書かれた記述を(てん)()(さま)の年齢だとする仮説、()()()()()()()()によって成り立っています。これは別に誇張しているわけではなく本当にそうなっています。なぜなら、日月神示の時節の全体像は、この記述によって指定された“絶対座標”を基点にしなければ読み解けない構造になっているからです。このような形で、日月神示の時節論の中核となっている記述と仮説が【天子様の年齢】です。

「五十二才(ツキ)の世の始、五十六才七ヶ月ミロクの世」 『黄金の巻』 第五十四帖 [565]

 この記述がバラバラに見える時節を一つに繋ぎ合わせる“一本の糸”です。ここで指定されている2016年旧九月八日を基点とし、それに時節の原則である“数の順序”を組み合わせることによって、時節全体が“一つの首飾り”としての側面を見せるようになります。それ故、この一節が時節の要であり、神経綸を読み解くための鍵になっています。

 日月神示の中に、絶対座標という“時節の基点”に成り得る記述は、第一章で引用した岡本天明の年齢と、この天子様の年齢の二つが存在するのみですが、時節全体における重要度は天子様の年齢の方が遥かに重いものになっています。これは日月神示の時節の全体像が、まず旧九月八日を特定することによって、その周囲の“相対座標”の配置が決まる構造になっているからです。

 そして、見れば判るように、この記述には「誰の年齢なのか」という点が書かれていません。これは日月神示で何種類か使われている技法(トリック)の一つで、「明かしながら隠し、隠しながら明かす」という()(ほう)です。これを別の言い方にすれば、()()()()であることは伝えない」と表現できます。要するに主語が抜かれているのです。その最も(たん)(てき)な実例が、図らずも時節の基点となる二つの記述でした。

 二つの記述を並べると判り易いのですが、天之日津久神様は『天子』という主語を意図的に抜いて書いています。そのため、一見しただけでは両方とも天明氏の年齢だと思ってしまいます。こういった読み手の先入観を利用した“引っ掛け戻し”は日月神示の随所に盛り込まれているので注意が必要です。そして、この書かれていない部分を読み取って「誰の年齢と解釈するか」が、時節論の最大の焦点になります。

 この記述を天子様の年齢だとする解釈はあくまで仮説の一つに過ぎませんが、この仮説が単なる思い込みではなく、“必然的帰結”と呼べるほど明確な根拠があることを解説するのが、この章の目的の一つになります。そこで、結論から先に述べるならば、

この記述は次代天皇である(なる)(ひと)様の御年齢”です。

 これは状況証拠から考えて他に“適合者”が居ないため、このような結論に至らざるを得ませんでした。また、この仮説を元に導き出される時節の全体像には、偶然では決して有り得ない“整合性”が満ち(あふ)れています。こういった“仮定の結果”から見る限り、日月神示の中で“ミロクの世の王”とされている天子様は、現在の皇太子殿下である可能性が極めて高いのです。

 しかし、そのような結論に至った過程を本格的に解説するためには、その解説の前提となっている予備知識の説明から始める必要があります。それが、この第三章です。

 それと、時節概論の中にこのような“時節論ではない章”が存在する理由について、少々補足しておきます。その理由の一つは、日月神示における“時節の構造”に疑問を持ったことが発端となりました。

()()、天子様の年齢を()()にしなければ時節全体が読み解けない()()にしてあるのか?」

 この構造は決して偶然ではなく、明らかに意図的に組み上げられています。そこで、この構造そのものに込められた“神の意図”について考えた結果、

「天之日津久神様は時節を()()にして天皇陛下について伝えたいのではないか」

と推察しました。どうやら日月神示が本当に伝えたいのは時節ではなく、神と人、そして天皇と日本人の関係らしいのです。言うなれば、「時節は魚を(おび)き寄せる(まき)()に過ぎない」ということです。それが、この第三章が時節論ではなく、実質的に“天皇論”となっている理由です。

 また、この章は“神話論”としての側面も色濃く併せ持っています。これは日月神示の未来を予言した部分が、太古の神話として描写されているからです。それ故、予言を論じるためには日本の神々についての知識が必要になります。

 更に、日本においては、神話という神々の物語と、歴史という天皇の物語は、途切れることなく(つむ)がれる“一つの物語”です。その物語を受け継ぐ形で、日月神示の予言である“岩戸開きの物語”が説かれています。そのため、岩戸開きの原因となっている日本の神話と歴史を踏まえることによって、初めて本格的な時節論が展開できるのです。

 以上が、時節概論の中に時節論ではない章が存在する理由です。

 そして、ここで述べた内容の全てに関係しているのが、前章で解説を省いた【十七日の根拠】です。それを、十七日に関連のある【二つの注意点】及び【天子様の誕生日】と一緒に解説したいと思います。

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十七日の根拠

 簡単に述べると、神経綸が進展する日である“時節の節目”には“十七”という数字が深く関わっています。これが節目の日付の共通点になっていると推測したものが【十七日の根拠】です。その例証として、神経綸九の始まりの日であり、時節の中で最も重要視されている旧九月八日に関わる十七を提示します。

1.まず天子様の誕生日を調べます。
これは1960年2月23日です。
2.次に誕生日に「五十六才七ヶ月ミロクの世」の部分を組み合わせます。
そうすると2016年9月23日という旧九月八日に近い日付が現れます。
3.次に2016年の旧九月八日を調べます。
これは()()()()()()新暦の10月9日です。
4.次に9月23日から10月9日までの日数を数えます。
そうすると“十七日()であることが判明します。

 これが旧九月八日に関わる十七です。これを日月神示風に読むと次の文章が浮かび上がります。

 大本系統の宗派では“五六七”と書いて“ミロク”と読むのが慣例なので、このような読み方になります。一見して判るように、第一章で述べた阪神淡路大震災の日付の読み方と全く同じ構図になっています。

 また、詳細な解説は第八章の最後になるのですが、神経綸十の始まりの日である2024年旧十月八日と結びの日には、この二つの日付よりも()()()()()()()()十七という数字が関わっています。これについては「異なる解釈をできなくする」という天之日津久神様の意気込みが感じられるくらい徹底されています。

 このように、時節の節目である神経綸七、九、十の始まりの日と結びの日に、共通して十七という数字が関わっているのであれば、神経綸八も同じである可能性が高いと判断しました。それが、神経綸八の始まりの計画上の予定日を、2008年8月の中でも17日だと結論した理由です。

 そして、このことから考えれば、前章でも引用した時節の一節である、

「七の日はものの成る日ぞ」 『上つ巻』 第二十四帖 [24]

という記述は、これら十七日のことであると思われます。何らかの(もの)(ごと)が成就して次の段階に進展する節目の日付を()()()る日」と表現しているのでしょう。また、数霊的に七の日と深い関係にある、

「八のつく日に気つけてくれよ」 『下つ巻』 第三十帖 [72]

「八のつく日に気つけと申してあろう」 『月光の巻』 第四十七帖 [834]

「八のつく日に気つけてあろうが」 『五葉の巻』 第十二帖 [975]

という八の日の記述は、当然ながら旧九月八日と旧十月八日のことに違いありません。この場合、七の日と八の日は同じ日を指し示しているとも言えます。

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二つの注意点

 前記の十七日に関連することなのですが、日月神示の暦は一般の暦とは異なる部分が存在しています。そのような通常の暦との相違部分が【二つの注意点】です。

 一つ目の注意点は「日月神示は日数だけ異なる数え方をしている」という点です。これを判り易く解説するために、2016年の旧九月八日、新暦での10月9日を指し示す“五十六才七ヶ月十七日”を、同じでありながら異なる二つの形で表記してみます。

 このように五十六才七ヶ月十七日は、年数と月数、そして日数では数え方が違っています。時節に関わる十七が日数である場合は、基本的に十七日()であって十七日()ではありません。このような数え方の違いは()()に見えますが、結びの日を特定し、“数の順序”が時節の原則となっていることを導き出す直接的な契機となった記述自体が、このような数え方をしていますので、日月神示的にはこの数え方で正しいのでしょう。その記述が第八章の最後で引用する時節の一節です。

 また、この数え方は“結実の直前”を重視する日月神示の宇宙観が関係していると思われますので、第六章で再び考察します。この宇宙観とは第十七巻『地震の巻』の冒頭の一節のことです。

 ただし、この一つ目の注意点は、現在の日本の民法の満年齢の数え方に(なら)うなら、年数と月数と日数の数え方に違いは無いと言えなくもありません。ですが、この辺りのことは神様側の日付の切り替え基準が不明なために正確な結論が出せないので、一種の保留事項にせざるを得なくなっています。

 二つ目の注意点は「日月神示の旧暦は一日遅く巡って来る」という点です。ですから、一般の暦では2016年の旧九月八日は新暦の10月8日です。このズレは日月神示の中で新暦と旧暦が併記されている部分から判明しました。これは月の満ち欠けを基準とした旧暦の重視を訴える記述でもあります。

「新しくその日その日の生まれ来るのぞ、三日は三日、十日は十日の神どの守るのざぞ、時の神ほど結構な恐い神ないのざぞ、この方とて時節には(かな)はんことあるのざぞ。今日なれば九月の二十八日であるが、旧の八月十一どのを拝みてくれよ、二十八日どのもあるのざぞ。何事も時待ちてくれよ、(いり)(まめ)にも花咲くのざぞ、この世では時の神様、時節を忘れてはならんぞ、時は神なりぞ。何事もその時節来たのざぞ、時過ぎて種蒔いてもお役に立たんのであるぞ、草 物いふぞ。旧の八月の十一日、ひつ九のか三」 『地つ巻』 第二十五帖 [162]

「一月十四日、旧十一月三十日、の一二 『磐戸の巻』 第十五帖 [251]

新暦日月神示の旧暦一般の暦の旧暦
1944年 9月28日旧八月十一日旧八月十二日
1945年 1月14日旧十一月三十日旧十二月一日

 日月神示には書記日が旧暦で書いてある(じょう)が幾つか存在していますが、新暦と旧暦が併記されているのはこの二箇所だけであり、二箇所とも一日ズレています。ちなみに、日月神示の直接的な源流である大本神諭の新暦と旧暦もズレています。

「でぐちなを七十五さい めいじし十さんねんのしがつの十五にち しんの五がつの十五にち」 『大本神諭』 明治四十三年 旧四月十五日 掲載時の誤植と思われます)

「で九ちなを七十五さい めいじ四十さんねんの四がつの十八にち しんの五月の二十八にちのしるしぞよ」 『大本神諭』 明治四十三年 旧四月十八日

「で九ちなを七十五さい めいぢし十さんねんの八がつのなぬか しんの九がつの十いちにち」 『大本神諭』 明治四十三年 旧八月七日

「で九ちなを七十五さい めいぢし十さんねんの九がつとをか しんの十がつの十三にちの よのかはりめのしるしぞよ」 『大本神諭』 明治四十三年 旧九月十日

「で九ちなを七十五さい めいじし十さんねんの九がつの二十はちにち しんの十いちがつのついたちのしるし」 『大本神諭』 明治四十三年 旧九月二十八日

新暦大本神諭の旧暦一般の暦の旧暦
1910年 5月15日旧四月十五日旧四月七日 掲載時の誤植と思われます)
1910年 5月28日旧四月十八日旧四月二十日
1910年 9月11日旧八月七日旧八月八日
1910年10月13日旧九月十日旧九月十一日
1910年11月 1日旧九月二十八日旧九月三十日

 このように、大本神諭での新暦と旧暦は、日月神示と違って二日ズレている日があるものの、全般的に一般の暦より遅く巡って来る傾向が判ります。

 また、伊都能売神諭でも新暦と旧暦が併記されている箇所が存在します。新暦を基準として旧暦を調べると、二十三箇所の内の十八箇所が一般の暦と同じであり、五箇所がズレていました。更にその内の四箇所が日月神示と同様に一日遅れであり、一箇所が二日遅れでした。

 ただし、伊都能売神諭の書記日は編集側で付け加えられたものが混じっている可能性があるので、厳密には参考にならないかもしれません。

 日月神示や大本神諭の新暦と旧暦に、このような一般の暦とのズレがある明確な理由は判然としません。恐らく、新暦や旧暦の日付を切り替える基準が神様と人間では違うのでしょう。それで(しん)()が書記された時間帯によってはズレが生じるのだと思われます。ですが、書記の時刻までは記録に残っていないので、このような憶測が正しいか否かは、今となっては確かめようがありません。

 取り敢えず、この概論は日月神示の時節に関する考察なので、()()の二箇所の新暦と旧暦の併記の記述に(なら)って、神経綸に関わる旧暦は全て一日ズレているものとして数えています。

 この概論を読む際は、以上の二つの注意点に気を付けて下さい。

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天子様の誕生日

 前記の「日数だけ異なる数え方をする」という点と「旧暦が一日遅く巡って来る」という点が、日月神示を降ろした天之日津久神様が()()なる存在であるかを知る一つの(たん)(しょ)になっています。それというのも、どうやら天子様はこの二つの注意点を考慮した上で御生まれになっているようなのです。ここに秘められた神様と天皇の関係が現れたものが【天子様の誕生日】です。

 一つ目の注意点に関しては、日数を十七日後(十八日目)で数えると、その日付は新暦の10月10日であり、日月神示では旧九月九日になります。一般の暦でも旧九月十日になり、時節で最も重要視されている旧九月八日が関わらなくなります。

 二つ目の注意点に関しては、日月神示の旧暦の一日のズレを考慮せずに一般の暦で数えると、旧九月八日は新暦の10月8日であり、これは十六日目(十五日後)になります。これでは他の時節の節目との共通点である十七日が関わらなくなります。当然ながら「ミロクとなる」とも読めなくなります。

 日月神示における“日数の数え方の違い”“旧暦の一日のズレ”を踏まえた上で、2016年の旧九月八日を()()()ヶ月()(ナル)日」にできる日は、天子様が御生まれになった1960年2月23日しかありません。この事実が指し示しているのは、

「天子様は神の計画通りの日に御生まれになっている」

ということです。つまり、天之日津久神様は()(つぎ)()()の誕生日を誕生の前から知っていたことになります。もしくは誕生そのものを自らの思い通りに操ったかです。(にわ)かには信じ難い話ですが、天子様の誕生日は、2016年の()()()()()()()()()()()()()から逆算して決定されたらしいのです。

 このように次代の天皇の誕生日を、誕生の遥か以前から自らの計画の一端に組み込んでいたのが、日月神示であり天之日津久神様なのです。

 八百万の神々の最高神である天照大神が定め、神話の時代から日本の中心で在り続けた(あま)()()(つぎ)の正統な継承者の誕生に干渉できるということは、日月神示を降ろした天之日津久神という存在が、邪霊や下級神ではないことの何よりの証明となるのではないでしょうか。()()にも次のように書いてあります。

「この神は世界中のみか天地のことを(まか)されてゐる神の一柱ざから、小さいこと言ふのではないぞ」 『上つ巻』 第二十五帖 [25]

「この方 世界構ふ御役ざから、ちと大き心の器 持ちて来て下されよ」 『風の巻』 第十四帖 [365]

 この言葉の通り、日月神示の神様はかなり高い立場の(せい)(しん)だと思われます。また、ここでの天之日津久神様は“国常立神”と殆ど同義です。色々と言われることの多い“艮の金神”様ですが、信じるに値する神様だと思います。

 そして、ここまでに述べた天子様の誕生日にまつわる内容からは、日本の天皇と国常立神の間に深い因縁があることが窺い知れます。それを考える上で参考になるかもしれないのが次の記述です。

「日本の国はこの方の肉体であるぞ。国土おろがめと申してあらうがな」 『地つ巻』 第三十五帖 [172]

「神の国は生きてゐるのざぞ、国土おろがめよ、神の肉体ぞ。神のタマぞ」 『日月の巻』 第二十七帖 [200]

「日本の国は此の方の肉体と申してあろがな」 『日の出の巻』 第八帖 [221]

「神の国は神の肉体ぞと申してあるが、いざとなれば、お土も、草も、木も、何でも人民の食物となるように出来てゐるのざぞ。何でも肉体となるのざぞ」 『夜明けの巻』 第二帖 [322]

「国常立大神のこの世の肉体の影が日本列島であるぞ」 『星座の巻』 第四帖 [887]

「ウシトラコンジンの肉体は日本の土ざと知らしてあろう」 『星座の巻』 第十七帖 [900]

 このように、日月神示では日本の(くに)(つち)が国常立神の御神体であると繰り返されています。“日本の(くに)の神”“日本の(くに)の王”と因縁があるのは当たり前のことなのかもしれません。恐らく、歴代の天皇陛下は天照大神だけではなく、国常立神からも直接的な御守護があったと思われます。天子様は天の大神様はもとより、地の大神様からも祝福されて御生まれになっているのでしょう。

 また、この国常立神と天皇の関係は神経綸においても色々と意味を持っているのですが、両者の関係にはもう一つ別の側面があります。それが判るのが次の記述です。

(おお)(くに)(とこ)(たち)(のかみ)(おお)()()(なる)(のかみ)(さま)なり」 『黄金の巻』 第三十四帖 [545]

 日月神示では日本の大地そのものである国常立神と、地上界の統治神である素盞鳴神を、同一神か、極めて近い役割(はたらき)を持つ神だと説いています。このような主張に基づき、時節概論では国常立神と天皇の関係に加えて、神経綸における“スサ()()の神”()()ヒト様”の関係についても考察して行きます。

 そして、ここまでに論じた内容が、この第三章の“神話論”としての側面に深く関わっています。なぜなら、神経綸が進展する日として十七日が選ばれている理由や、旧九月八日をミロクの世の始まりとしている理由、または天子様が日本の天皇(すめらみこと)である理由を、神話の中に(かい)()見ることができるからです。

 それだけではありません。天之日津久神様による今回の“立替え立直し”の計画は、神々自身の物語でもある“日本神話”に準拠して立案されているらしく、神経綸や時節には神話との類似性、いわゆる“雛型”が数多く見て取れます。それ故、時節の本格的な解説のためには、どうしても日本の神々の物語を予備知識として持っている必要があるのです。それによって初めて時節の全体像が見渡せるようになります。

 日月神示が予言し、これから世界が迎えることになるという“岩戸開き”の答えは、(いにしえ)の昔から日本に伝わる【神と天皇の物語】に秘められているのです。

 それを、これから詳細に解説したいと思います。

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前編総括

 ここまでが日月神示の時節の概要です。これで時節の()()()()の解説は終わりました。この構造が時節を読み解く“パズルの解法”の中核部分になります。

 日月神示はジグソーパズルを模して書記されていますが、「解答に至るための明確な手順が存在している」という意味においては“知恵の輪”とも言えます。これは解法を知れば比較的簡単に解ける点でも似ています。そして、天之日津久神様がパズルの中心に据えていたのが数と天子様であり、その二つが組み合わさった“天子様の年齢”でした。

 最後の天子様の年齢の解説により、序章で「別角度から見た記述が同じ日と年を指し示す」と述べたことの片鱗が見えたのではないでしょうか。この天子様の年齢の記述には他にも多くの意味が込められていますので、後編で再び取り上げます。そこで解説する()()と神話と数霊の記述を含めれば、更に多くの記述が2016年や旧九月八日を指し示していることが判るはずです。

 このような形で、神経綸上の節目の日付には何重もの制約が課せられています。それ故、岩戸開きの日や立替え立直しの期間は基本的に間違えようがありません。日月神示の時節の記述は、最終的な結論が一つに集約されるように細心の注意が払われているのです。これらは精密機械の歯車と同じであり、「部品の位置を一箇所でも(いじ)ると全体が破綻する」と言って良いほど(がん)()(がら)めに設計されています。そのような中で僅かながらも異なる解釈の余地が残っているのは、()()の中に記述の無い神経綸八の始まりの年だけで、他はどうにもなりません。()()の神様は()()()()()()()()のです。

 ただし、それは時節の記述の全てについてではありません。神経綸の進展と数霊論に深く関わる七、八、九、十、〇以外の時節には、それなりに複数の解釈が成り立つ余地があります。これらは時節の本流ではないものの、可能性の高い年を順に考察して行きます。

 そして、これから説明する日本の神話と歴史により、時節には(ひな)(がた)という形で、更に多くの制約が存在していることが判ると思います。それにより、神経綸は幾つもの雛型が複合的に折り重なった“重層構造”で組み上げられていることが鮮明になります。その説明の過程で、神経綸や時節の構造自体が、日月神示の宇宙観の縮図(ひながた)になっていることも明らかになるはずです。

この雛型の概念が中編の主題(メインテーマ)になります。

 また、日本の神話と歴史を説明することによって浮かび上がる“とある神芝居(ひながた)によって、現代に生きる日本人の“岩戸開き”“岩戸閉め”の行為を簡単に識別できるようになっています。これは絶対的な尺度となるものではありませんが、旧九月八日を迎えるための準備に際して一つの指標に成り得ます。それを示唆する大本神諭の『三千年と五十年』を、出口王仁三郎の『真珠の首飾りの譬え話』と共に、第三章の最後で考察します。

 この時節概論での神話と歴史の説明が、日本人の(カミ)の国”への意識を僅かでも喚起することに繋がれば、天之日津久神様は時節の解説以上に喜んで下さると信じて、第三章『日本』を書かせて頂きます。

平成二十一年二月二十三日の佳き日 すめらみちの明喜

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追記 「 神経綸八の解釈の正否 」

 前編を書いた後に状況が変化したので追記を一つ書き加えます。

 日月神示の予言の内、神経綸の八の段階については第二章で具体的な日付を含めて考察しました。現在はそこで挙げた日付を半年近く経過し、解釈の正否について大方の判別ができるようになりました。このような“予言と現実の答え合わせ”が追記の内容であり【神経綸八の解釈の正否】です。

 結論としては「結果が当たって原因が外れる」という格好になりました。

 まずは当たった部分を述べます。

 神経綸八の始まりの年が2008年で、この年から始まる出来事を“世界的な金融危機”と解釈したことは当たったと言って良いと思います。この追記を書いている2009年3月の時点では、世界の国々、特に震源地であるアメリカ合衆国が金融危機を克服できるかどうかは判っていません。ただ、日月神示は共産主義の崩壊と共に自由主義の崩壊も予言していることから考えると、克服できない可能性の方が高いと思われます。その場合は神経綸八の期間を“世界恐慌”と解釈したことも当たったと言えます。

 次に当たったか外れたかの判別が難しい部分を述べます。

 今回の金融危機の直接的な引金(トリガー)になったのは、2008年9月15日に起きた『リーマンショック』でした。サブプライムローン問題の顕在化による金融不安は2007年頃から(ささや)かれていたものの、最終的にはアメリカの大手投資銀行であったリーマンブラザーズの破綻が、(バブル)を破裂させる針の役目を果たしました。この日を境に世界中の空気が一挙に変わり、「世界同時不況」「百年に一度の経済危機」「恐慌」といった言葉が、濁流の如く社会に溢れ出たのは記憶に新しいところです。

 そして、この概論では金融危機の始まりを2008年の8月と解釈していました。これを神経綸には少なからず遅し早しがあることを考慮に入れて、約一ヶ月のズレを許容範囲内とするなら当たったと言えますし、許容範囲外とするなら外れたと言えます。

 次に外れた部分を述べます。

 世界恐慌に発展する金融危機が「東京大震災を発端として起きる」という解釈と、それが起きる日時が「2008年8月17日の午前6時11分から17分の間」という解釈は外れました。これは解釈を間違ったのか、単に遅れているだけなのか、それとも大難が小難に変わったのかは、現時点では正確には判りません。しかし、既に世界恐慌に突入したとも言える現在となっては、発端の方が後に起きるとは考えにくいので、解釈を間違った可能性の方が高くなっています。

 そして、第二章で述べた解釈が間違っていたのであれば、日月神示の中の「八月ぐらぐら」という記述は「既存の文明の枠組が揺らぐ」という主旨の言葉であって、地震の()(おん)ではなかったことになります。日本語でも衝撃的な出来事を「激震が走る」という風に震災に(なぞら)えて表現しますが、そちらの意味だったのかもしれません。その場合は解釈を間違えてしまって申し訳ありませんでした。

 現時点で判別できる神経綸八の解釈の正否は以上ですが、現在の世界情勢を心配している人も多いと思いますので、金融危機の神経綸上の意味と、その後の展開についても簡単に補足しておきます。

 結論から言えば金融危機は予定通りの出来事なので心配する必要はありません。天之日津久神様は六十年以上も前から、ミロクの世の直前が“金で潰す時代()であることを明言していました。そして、日月神示では世界恐慌の期間である“八月の世界”を特に重視していません。()()を読めば一目瞭然ですが、天之日津久神様が真に警鐘を鳴らしているのは“恐慌の後の戦争”です。それと、戦争と並行して起きる“岩戸開き”です。金融危機は外国の神々にとっても日本の神々にとっても手段であって目的ではないのです。

 第二章でも述べましたが、日月神示では「金融危機は悪神が意図的に引き起こす」と説かれています。その最終的な目的は悪神が日本を末代の(すみ)()とすることであって、「世界恐慌は日本盗りへの()(せき)に過ぎない」とのことです。恐らく、外国を“景気対策としての戦争”に追い込むことが、悪神が世界を金で潰す理由だと思われます。そして、その企みを見抜いている日本の神々が、悪神の行動すら利用してミロクの世を実現するのが神経綸の既定路線です。

 それと、これは後編で論じる内容なのですが、外国が日本を盗ろうとする行動自体が雛型となるように仕組まれており、外国が日本に攻め込むから岩戸が開くのか、岩戸が開くから外国が日本に攻め込むのか判らない側面があります。これらは前後の順序が判別できない“鶏と卵の関係”になっています。こういった関係性を持つものは神経綸の中に幾つか見受けられ、2016年のミロクの世の到来の他にも、2012年の天子様の(せん)()などが同様の関係だと思われます。

 このように、悪神の計画は完全に正神の計画の一部として組み込まれています。日月神示を読むと、世界を金で潰して日本を盗ろうとする外国の神々と、それを見抜きながらも一時的にであれ許す日本の神々と、どちらが本当の黒幕なのか判らなくなるくらいです。結局の所、悪神が何をしようとも、それらは全て大神様の(てのひら)の上での出来事に過ぎません。ですから、悪神が起こす恐慌も戦争も心配する必要は無いのです。

 また、日月神示には戦争や天災を筆頭に過酷な未来が予言されていますが、これらの大難が小難に変わる可能性も充分にあります。参考として、この辺りの記述も引用しておきます。

「神の申すこと違ったではないかと申す臣民も今に出て来るぞ、神は大難を小難にまつりかへてゐるのに分らんか、えらいむごいこと出来るのを小難にしてあること分らんか、ひどいこと出て来ること待ちてゐるのは(じゃ)のみたまぞ、そんなことでは神の臣民とは申されんぞ。臣民は神に、悪い事は小さくしてくれと毎日お願ひするのが務めぞ」 『天つ巻』 第二十四帖 [131]

「仕組通りに出て来るのざが大難を小難にすること出来るのざぞ。神も泥海は真っ平ぞ」 『地つ巻』 第三十二帖 [169]

「神が大難を小難にして神々様 御活動になってゐること眼に見せてもわからんか」 『日月の巻』 第二十七帖 [200]

「富士、火 吐かぬよう おろがみてくれよ、大難小難にまつりかへるよう おろがみてくれよ」 『水の巻』 第十五帖 [289]

「大難小難にまつりかへて下されとお願ひするのざぞ」 『夜明けの巻』 第九帖 [329]

「大難小難にと役員も祈れよ。口先ばかりでなく、誠祈れよ。祈らなならんぞ」 『夜明けの巻』 第十三帖 [333]

「大難小難にと祈れと申してくどう知らしてあろがな、()()(よう)にでも受け入れて よきようにしてやるよう仕組てある神の心 判らんか、天災待つは悪の心、邪と知らしてあるが まだ判らんのか」 『雨の巻』 第八帖 [342]

「神示で知らしただけで得心して改心出来れば大難は小難となるのぢゃ、やらねばならん、戦は碁、将棋くらいの戦ですむのぢゃ」 『青葉の巻』 第十六帖 [485]

「神は嘘つきぢゃと人民申しても、悪い予言は嘘にしたいので日夜の苦労、こらえられるだけこらえてゐるのである」 『月光の巻』 第七帖 [794]

 これらの記述からも判るように、神様も人間が苦しむのを望んでいらっしゃるわけではありません。悪い未来を変えるために昼夜を問わず御活動なされ、人間も同じように励むことを望んでおいでです。未来は完全には決まっていないのです。

 ただし、大筋の流れは決まっています。それを証明するように、日月神示の予言通り2008年に金融危機が起きました。阪神淡路大震災も他の時節の節目との関連性を考慮した日付に起きています。何よりも、ミロクの世の王の誕生日には一日の遅し早しもありません。こういったことから窺い知れるように、神経綸は当初からの予定に沿って順調に進んでいます。

 そして、世界が日月神示の指し示す通りに進んでいるのであれば、それは喜びに満ち溢れた光り輝く未来が約束されていることを意味しています。なぜなら、天之日津久神様は“三千世界の物語の最後(むすび)を、誰もが笑って喜ぶ幸福な結末(ハッピーエンド)で締め(くく)ることを力強く宣言しているのですから。それ故、現在の世界情勢がどのように見えようとも、神を信じる人間は、次のような伝言(メッセージ)を自他に発しながら日々の務めを果たすのが“最も正確な現状認識”と言えましょう。


大丈夫、心配ないよ(ノープロブレム)



「オロシヤの悪神の仕組 人民には一人も判ってゐないのざぞ。神にはよう判っての今度の仕組であるから仕上げ見て下されよ、此の方に任せておきなされ、一切 心配なく此の方の申すようにしておりて見なされ、大舟に乗って居なされ、光の岸に見事つけて喜ばしてやるぞ」 『雨の巻』 第十帖 [344]

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参考文献


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