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凡例

カミミチを明らかにすればはその人を明らかにする
『黄金の巻』 第六十二帖

目次

呼称
日月神示2010/ 2/28
神示2010/ 2/28
原書2010/ 2/28
原文2011/ 5/19
第一仮訳2010/ 2/28
基本訳2010/ 2/28
第二仮訳2010/ 2/28
校正
校合2010/ 2/28
変更2015/ 2/17
創世神話2011/ 5/19
文献
大本神示2015/ 2/17
古事記 / 日本書紀2011/ 5/19
古語拾遺2011/ 5/19
先代旧事本紀2011/ 5/19

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更新履歴

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呼称

日月神示


 本論での【日月ひつくしん】とは“岡本天明に自動書記を介して伝えられた天啓”のことです。この啓示は正式な名称が定まっておらず、複数の呼び方があります。現在までに使われた通称には二つの由来があり、その内の一つは、啓示を与えた神霊の名があめのかみである点です。もう一つの由来は、自動書記による文章の中で啓示が“ふで”と呼ばれ、それに仮名や漢字を当てたものをと呼ぶように指定されている点です。そして、厳密に言えば両者は別物です。

は印刷することならんぞ、この説いて臣民の文字で臣民に読めるようにしたものはと申せよ。は印刷してよいのざぞ。印刷結構ぞ。こののまま臣民に見せてはならんぞ」 『天つ巻』 第三十帖 [137]

「この読ますやうにするのが役員の務めでないか、役員さへ読んでゐないではないか。つけたもの先づ大番頭、中番頭、小番頭どのに読ましてくれよ」 『地つ巻』 第三十一帖 [168]

「これからのと申せよ」 『青葉の巻』 第二十三帖 [492]

 こういった経緯から、この啓示には、神示、ひつく神書、つきしん、ひふみしんつきくにせいてんなどの通称がありますが、本論では日月ひつくしんの呼称で統一します。

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神示


 本論での【】とは“日月神示の内容全般”のことです。上記のようには厳密には別物ですが、これらを総称してと呼ぶ習慣が信奉者に定着しているので、本論でも慣例にならいます。基本的に日月ひつくしんは同義の言葉として使用します。

 なお、岡本天明氏に伝えられた啓示には『もく』や『つきれい』といった個別の名称を持つものがあり、他にも『しんまき』のように翻訳の経緯が不明瞭なものがあります。これらが日月神示に含まれるのか どうかについては信奉者の間でも見解が分かれるのですが、本論では含まれるものとして扱います。

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原書


 本論での【原書】とは“岡本天明による自動書記の直筆と複製コピーのことです。殆どが非公開だった直筆は所在が不明になっており、現存するのか どうかも判りません。残っているのは、各地で開かれた岡本天明展で販売されていた極めて僅かな帖の複製コピーだけです。そのため「日月神示の資料の不備が訂正できない」という、余り喜ばしくない状況が続いています。

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原文


 本論での【原文】とは原書を書き写した“翻訳されていない日月神示”のことです。原文は写し間違いがある可能性を考慮して原書とは区別しますが、広義の意味で使用する場合は原書も含みます。

【原文T】──────第一巻から第十二巻を収録昭和二十年頃に製作 五十八人分のみ)
【原文U】『ひつく神書研究資料』第一巻から第三十巻を収録昭和二十三年から昭和二十七年に有償配布
【原文V】──────(詳細不明)(機関誌に断続的に掲載)
【原文W】──────第一巻から第十二巻を収録昭和三十五年に販売
【原文X】『五十黙示録』第三十一巻から第三十七巻と補巻を収録昭和三十七年に配布 一時期だけ販売)
【原典】『原典日月神示』第一巻から第二十三巻を収録昭和五十一年に販売

 上記の原文資料の区分は便宜的なものであって、変則的イレギュラーな刊行物は除外しています。なお、本論で使用する原文は基本的に原典ですが、正確を期す場合は原文Uから引用します。

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第一仮訳


 本論での【第一仮訳】とは“岡本天明がこうえつした翻訳文”のことです。

【昭和二十六年版】神示』第二十四巻から第二十六巻を収録
【昭和二十七年版】神示』第二十七巻から第三十巻を収録
【昭和二十八年版】─────第一巻から第二十三巻を収録 基本訳)
【昭和二十九年版】『日月神示』第一巻から第二十三巻を収録
【昭和三十年版】『地震の巻』第十七巻を収録 研究者に送られたもの)
【昭和三十一年版】『地震の巻』第十七巻を収録 会員に販売されたもの)
【昭和三十一年版】『月日霊示』後に『月光の巻』と改題された霊示を収録
【昭和三十七年版】『五十黙示録』第三十一巻から第三十七巻と補巻『紫金の巻』を収録
【昭和三十八年版】『日月地聖典(下篇)』第二十四巻から第三十巻と補巻『月光の巻』を収録

 昭和三十八年版は岡本天明氏の死後に出版されたので、本人の校閲を経ない改変が行われた可能性があります。しかし、改変されていない可能性もあるので、本論では第一仮訳に含めます。

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基本訳


 本論での【基本訳】とは“昭和二十八年に岡本天明が書いた平仮名の翻訳文”のことです。基本訳は以後に出版された翻訳文の基になったので、“岡本天明による第一仮訳”と呼ぶのに最も相応ふさわしい資料です。ただし、昭和二十九年版の時点で少なからず写し間違いが発生しているので、他の第一仮訳と区別する必要がある場合は基本訳と表記します。

 この他にも昭和十九年から昭和二十五年の間に幾つかの翻訳文が製作されましたが、全文ではなく翻訳の精度も低いため参考資料には含めません。こういった日月神示が降りた初期の問題点から、とすべく、敢えて漢字や濁音を使わずに製作されたので、“基本かな訳”の通称で呼ばれます。

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第二仮訳


 本論での【第二仮訳】とは“岡本三典が校閲した翻訳文”のことです。これは昭和五十年代前半に製作されました。現在の主流である平成時代に出版された日月神示の大半は、第二仮訳の紙面を複写コピーしたものであり、内容の違いは余りありません。第十七巻『地震の巻』の翻訳文の有無と、第十六巻『荒の巻』の翻訳文に相違があるくらいです。本論では問題が無い限り第二仮訳から引用します。

 上記の他にも、書籍として出版された日月神示の翻訳文には、岡本天明氏や岡本三典女史が関わっていないものが幾つかあります。これらは流通した分量が少なく、内容も第一仮訳や第二仮訳と大した違いが無いので、参考資料には含めないことにします。

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校正

校合


 資料を比較して異同がある場合は校合を行います。校合の基本的な原則は以下の通りです。

一、原文と基本訳以外の訳文で異同がある場合は原文を優先します。
一、第一仮訳と第二仮訳で異同がある場合は第一仮訳を優先します。
一、基本訳と第一仮訳で異同がある場合は基本訳を優先します。
一、原文と基本訳で異同がある場合は個別に判断します。
一、第一仮訳の間で異同がある場合は個別に判断します。

 次に上記の原則を要約しますが、総合的な検証の結果として例外を設ける場合があります。

原書 > 原文U/X ≧ 基本訳 ≒ 原文W/原典 > 第一仮訳 > 第二仮訳

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変更


 本論での解釈に沿って訳文の「てんし様」は「天子様」に変更して引用します。こういった訳文の部分的な変更は必要に応じて行いますが、本来の文意を損なわない範囲に限定します。

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創世神話


 本論では日月神示の創世神話を解説します。この部分は訳文を全面的に見直したので、その際の方針を記します。

一、片仮名訳の部分を漢字仮名交じりの訳文に改めました。
一、神々の語り言葉を鉤括弧で括る形式に改めました。
一、旧字体の漢字を新字体の漢字に改めました。
一、訳文の漢字を『古事記』に準拠したものに改めました。
一、御神名を『日本神名辞典』に準拠する訓み方に改めました。
一、同じ名が二度繰り返される御神名は二つ目を片仮名に改めました。

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文献

大本神示


 日月神示の源流である出口直と出口王仁三郎のおおもとしんを収録した文献は、本論で引用する際に出典を以下のように表記します。

『大本神諭/神霊界』大正六年から大正十年に『神霊界』に掲載された大本神諭
『大本神諭/第一〜五集』昭和四十三年から昭和四十六年に刊行された大本神諭
『大本神諭/大本年表』『大本資料集成』にのみ収録された大本神諭 新暦表記)
『裏の神諭』明治三十一年から大正七年の神諭
『伊都能売神諭』大正七年から大正八年の神諭
『霊界物語』大正十年から昭和九年の神諭

 大本神諭の表記が三つあるのは各版の内容が違うからです。他の大本神示も同様ですが、そちらは異同を強調する必要がある場合にのみ詳細な出典を明示します。

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古事記 / 日本書紀


 ほんしょは西暦712年(和銅五年)と西暦720年(養老四年)に成立した、公的に確認できる日本最古の文献です。その内容を一言で表すなら“神と天皇の物語”であり、よろずの神々の姿や日本人の起源ルーツを伝えています。

 古事記は永らく日本書紀の副読本のような扱いでしたが、江戸時代に国学者のもとおりのりながが『古事記伝』を著して以降は、日本書紀をしのぐほどの地位を確立しました。

 日本書紀は国家事業としてへんさんされた経緯から、永く日本の正史に位置付けられて来ました。内容は幾つかの異伝の集積から成り立っており、最も有力と思われる本説に対して異説を併記する形式で書かれています。古事記よりも分量が多く、内容も詳細と言えるかもしれません。

 日月神示を降ろした天之日津久神様の実体は古事記と日本書紀に登場する日本古来の神々であり、第六巻『日月ひつくまき』の創世の物語と、第十巻『水の巻』のはらえ祝詞のりとを見れば判りますが、の内容は明確に古事記に傾倒しています。ただし、本論で言及する“ミロクの大神の正式な御神名”のように、日本書紀にだけ伝わる内容も見受けられます。

 古事記と日本書記は内容的に重複する点が多く、二つ併せてと呼ばれます。記紀は千年前から読み継がれ、更に千年後も読み続けられることが確実であるため、常にこうてんの筆頭”に挙げられます。故に、神話論や天皇論や日本論を展開しようとすれば、多くの場合は記紀に言及する必要に迫られます。日月神示も例外ではありません。

 ちなみに、皇典とはこうこくてんせきという意味であり、日本の国体を論じる際に根拠とするような歴史的文献を指します。皇典に分類される文献は必ずしも定まっていませんが、本論では記紀と、内容が記紀に準ずる下記の文献を皇典として扱います。

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古語拾遺


 しゅうは西暦807年(大同二年)に成立した文献です。記紀とは編纂を主導した氏族が違いますが、話の大筋に大差はありません。基本的に記紀より重視されることは無いのですが、幾つかの独自の内容に価値が認められています。

 日月神示にも古語拾遺だけの伝承に基づいた記述があるので、本論でも取り上げます。

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先代旧事本紀


 せんだいほんは西暦800年頃から西暦900年頃に成立したとされる文献ですが、内容の多くは古事記と日本書紀と古語拾遺からの引用で成り立っています。江戸時代に入るまでは古事記や古語拾遺よりも重視されていたらしく、日本書紀に次ぐ地位だったそうです。

 旧事本紀には大量に追記された異本が何種類も存在しており、その内の一つである先代旧事本紀大成経は、江戸時代に偽書のらくいんを押されました。

 このような経緯を持つ文献を皇典として扱うのは適切ではないかもしれませんが、日月神示には旧事本紀に準拠した記述が幾つかあるので、本論では正式に参考文献に含めます。

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