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三元神

とは限りなきいやさかであるぞ
はたらきが一二三であるぞ
一二三はの息吹であるぞ
始め一二三あり
一二三は
一二三はミチ
一二三は祓ひ清めぞ
『キの巻』 第十一帖

目次


 造化三神2011/ 6/ 5

1天之御中主神2011/ 7/ 3
2高御産巣日神 / 神産巣日神2011/ 7/20
3三位一体 / 三元2011/ 8/15
4ミロクの概略2011/ 8/30
5ミロクの構図2011/11/ 3
6ミロクの実体2011/12/ 4

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更新履歴

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造化三神

 古事記と日月神示において、天地のかいびゃくと共にしょうしたとされる三柱の神霊が【ぞうさんしん】です。この呼称は古事記の序文の乾坤初分ケンコンハジメテワカレ 参神作造化之首サンシンゾウカノハジメトナリ 陰陽斯開インヨウココニヒラケシを由来にしており、三千世界を根元から支える存在だと伝えられています。

 そして、日月ひつくしんではあめのかみ様の名を冠した第六巻『日月ひつくまき』で、古事記をとうしゅうした“創世神話”が語られています。しかし、に記された神々の物語はと全く同じわけではなく、この相違している部分が“予言のがんもくとして、日月神示が降りた直接的な理由になっています。

 そこで、ここからは造化三神の出現から始まる日本の神々の物語をつまびらかに考察して行きますが、その前に日月神示における“創世神話の特徴”に触れておきます。同時に“岡本天明のユダヤ論”の一部を書かれた背景を含めて紹介することによって、創世神話と直接的に関係していないように見える“ミロク”を本論で論じる理由の説明とします。


 日月神示の創世神話の特徴には、第一に“御神名に重点を置く書き方”であることが挙げられます。その結果として説明的な描写は最小限に抑えられ、記紀に比べて大胆に省略されている部分が多く見受けられます。このため、内容の詳細は記紀を参照することが前提になります。

 また、創世神話は意図的に文体が変えられており、“特別な祝詞のりととして奏上することを強く意識して書かれています。その理由については次の記述が参考になるかもしれません。

「数字にも文字にも それぞれの霊が宿って居り、それぞれのハタラキをしてゐるのであるぞ」 『月光の巻』 第十三帖 [800]

「今の人民のは言葉でないぞ、日本の古語がマコトの言葉ぞ、ことたまぞ。かずたまともに弥栄ゆく仕組」 『星座の巻』 第十九帖 [902]

 これは神話には“霊的なエネルギーが秘められており、個々の物語を象徴する神の名が“天地に働き掛ける言霊”として認識されているからです。それ故、創世神話を“日月神示 最大の祝詞”して“日月神示のはくに位置付ける神典研究者も居るくらいです。

 それと、本論では詳しくは触れませんが、「日月神示の創世神話は数霊と一体になっている」という点も極めて重要な特徴です。

 古事記と日月神示の創世神話には、“言霊的な側面”“数霊的な側面”の双方が色濃く反映されており、岡本天明氏が昭和三十五年に書いた『ユダヤの神宝は日本にかくされてゐる』には、この点について触れた文章があります。

 しかし、いきなり当該の文章だけを紹介しても創世神話との関連が判りにくいので、天明氏がユダヤ関連の論考を書き上げた背景から説明して行きます。

 まず、日月神示には“二つの御用の身魂”が存在すると書かれています。

「岩戸閉めにもよき身魂あるぞ、岩戸開きにも悪きあるぞ、気付け合ってよき御用 結構ざぞ」 『雨の巻』 第十三帖 [347]

「愛の人間は深く、智の人間は広く進むぞ。タテヨコであるぞ。二つが織りなされて、結んで弥栄える仕組。経のみでならん。緯のみでならん」 『黄金の巻』 第九十一帖 [602]

「岩戸しめと岩戸ひらきの二つの御用のミタマあると申してあらうがな、ミタマの因縁 恐ろしいぞと申してあらうがな。愛と智は そのままにして呼吸して喜びとなるのであるぞ」 『白銀の巻』 第二帖 [613] 昭和二十六年版)

 上の記述によると、二つの系統は“岩戸開きと岩戸閉め”“愛と智”に対応しているようです。これと内容的に同じことがツグの民とツグの民”の呼称で説かれており、ここでは両者が一緒に言及された記述に絞って抜粋します。

「世の元からヒツグとミツグとあるぞ、ヒツグはの系統ぞ、ミツグはの系統ぞ。ヒツグはまことの神の臣民ぞ、ミツグは外国の民ぞ。と結びて一二三となるのざから、外国人も神の子ざから外国人も助けなならんと申してあらうがな」 『上つ巻』 第三十二帖 [32]

「神の用意は済んでゐるのざから、民の用意 早うしてくれよ、〔中略〕 ひつぐの民、みつぐの民、早う用意してくれよ、神 けるぞ」 『上つ巻』 第三十三帖 [33]

「ひつくとみつくの民あると申してあらう。ひつくの民は神の光を愛の中に受け、みつくの民は智の中に受ける。愛に受けると直ちに血となり、智に受けると直ちに神経と和してしまふのであるぞ。二つの民の流れ」 『黄金の巻』 第九十二帖 [603]

 ヒツグあるいはヒツクはの系統”の系統”と言われており、ミツグ或いはミツクはの系統”と言われます。それぞれに“精神性の進展”“物質性の進展”という大役を神々から任せられた尊い人々です。ちなみに、この二つの系統のえんげんが霊界の日の霊人と月の霊人にあることは、第十七巻『地震の巻』の第一帖と第十九帖で明かされています。

 大半の日月神示の研究者はヒツグの民とミツグの民に“日本人”“ユダヤ人”を当てめており、天明氏も同様の見解を持っていたようです。そういったことがあって、天の御先祖の霊統と地の御先祖の霊統に“スメラ神国”“ユダヤ神国”の訳を当てた記述も見られます。

「今度は根本の天の御先祖様の御霊統と根元のおつちの御先祖様の御霊統とが一つになりなされて、スメラ神国と神国と一つになりなされて末代動かん光の世と、影ない光の世と致すのぢゃ、今の臣民には見当とれん光の世とするのぢゃ」 『光の巻』 第六帖 [402] 原文Uの「スメラ神国」と「ユツタ神国」の原文は「」と「」であり、原典の「」は誤植と思われます)

 このため、今回の大変動では「二つの民族が一致和合することによってミロクの世が実現する」という考え方が根強く、その流れがの記号で表現された、と思われているのが次の記述です。

ばかりでもならぬ、ばかりでもならぬ。がまことの神の元の国の姿ぞ。元の神の国の臣民はでありたが、が神国に残りが外国で栄へて、どちらも片輪となったのぞ。もかたわ、もかたわ、と合はせて まことのかみの世に致すぞ。今の戦はとの戦ぞ、神の最後の仕組と申すのは入れることぞ。も五ぞ、も五ぞ、どちらも このままでは立ちて行かんのぞ」 『下つ巻』 第二十一帖 [63]

 故に日月神示の信奉者には、初期の頃から「日本人とユダヤ人の和合が最後の仕組のじょうじゅに繋がる」と考える人が多いのです。こういった見解が正しいのかは判りませんが、そこから、主にユダヤ人が読むことを想定して書かれたのが、天明氏の『日本民族とユダヤ民族』及び『ユダヤの神宝は日本にかくされてゐる』というわけです。

 ここで話が最初に戻りますが、上記の著作の中には、古事記や日月神示の創世神話を考察する上で一つの方向性を指し示す、“神霊と数霊と言霊の一体性”に関した記述が見られるのです。

「以上述べたところは極めて大まかなものであるが、これによって二千年来、神の選民をもって自任するユダヤ民族が、生きかわり死にかわり求めに求めてゐるさいのもの 〔中略〕 の神策神宝は、やや明白化して来たと云へないだろうか? そして待望久しき新エルサレムのあり方の片鱗が伺へないだろうか? 重ねて云ふならばユダヤ民族はを求めてゐる、日本民族はのあり方を求めてゐる。を文献面から云へば古事記(及び日本神典)頭書の“神々の生成弥栄”のあり方、数霊的には〇の開明、言霊的にはのあり方であると思ふ」 『ユダヤの神宝は日本にかくされてゐる』 十、ユダヤの神宝とは? ここでのは通常のムやウと区別するためにれいで囲まれています)

 は日月神示で非常に多義的に使われる記号ですが、晩年の天明氏がに入れてを実現するためのを、古事記の“神々の生成弥栄”“数霊のれい“言霊のに絞って考えていたことは注目に値します。その上で、

神霊と数霊と言霊ののが日月神示の創世神話なのです。

 また、天明氏が述べたや神霊や数霊や言霊とは、大意として“元”という意味だと思われますが、世界の元になっているのは神々が出現する物語”であり、その更に元になったのが神々の化生した三位一体の神です。この点からも“造化三神”の重要性が窺えます。

 そして、本論の後半で詳述しますが、造化三神にはが示されています。これはの在り方”の姿”のことであり、では“字宙にの在り方”として語られています。この点についての結論のみを先に述べるなら、

ミロクの姿は“造化三神の関係”に秘められているのです。

 故に、本論の後半では“ミロク論”を展開します。

 以上の点を踏まえた上で、造化三神を以下の順序で論じて行きます。

 第一章で“全体”“中央”を司る【天之御中主神】について述べます。

 第二章で“対偶的な存在”として描かれている【高御産巣日神】と【神産巣日神】に言及します。

 第三章で三柱の神霊の【三位一体】の関係を【三元】の概念から考えます。

 第四章で【ミロクの概略】を解説します。

 第五章で【ミロクの構図】へ話を進めます。

 第六章で【ミロクの実体】を本論の内容を概括しながらつまびらかにします。

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天之御中主神

 古事記において宇宙に最初にしょうしたと伝えられる存在が【あめなかぬしのかみ】です。この“中央”を意味する名を持つ神霊は、読んで字の如く三千世界の大中心に出現した存在とされています。そのため、日月神示でも天之御中主神から“世のはじめの物語”が始まります。

あめつちときあめなかぬしのみこと(1)とアのアにりましき、たかあまはらみことたまひき」 『日月の巻』 第六帖 [179]

   『ひつ九のまキ』 第六帖 [179]

 書評の分野では「優れた書物はが全体のせいになっている」と言われますが、日月ひつくしんの説く宇宙観や神経綸の精髄も、第一巻『上つ巻』第一帖の「富士は晴れたり日本晴れ」と創世神話の「あめつちとき」の、もしくはや天之日月ひつく神のに集約されています。

 そして、これらの言葉が意味するものは本質的に同じであり、共に或いはの概念を伝えています。その辺りの背景については、造化三神、ミロク、神話、数霊、時節の解説などが進むにつれて徐々に見えて来ると思います。

 同様の観点から、創世神話の最初の言葉に散りばめられた、天御中主尊、アのア、高天原、尊にも非常に重要な意味が秘められているはずなので、本章では、これらの内容を“岡本天明のたかあまはら論”などと一緒に見て行きます。

 なお、日月神示には本章での引用の他にも天之御中主神への言及がありますが、それらの記述は幾つかの内容と一緒に考える必要があるので、第三章や第六章の方で引用します。

 また、ここから始まる造化三神の描写は、分量に比して情報量が非常に多いので、以後は単語ごとに細かく区切りながら論じている点に御注意ください。


 あめつちとき 古事記では「天地初発之時」と書かれていますが、日月神示には「初発はじめ」に類する言葉がありません。これはえんかんの宇宙観の一つであるが故に、あめつち最後むすび状態すがたでもあるので、言葉の意味を最初はじめ状態すがただけに限定しないために、意図的に省略した表現が使われているようです。

「天地和合してとなった姿が神の姿ざぞ。こころざぞ。あめつちではないぞ。アメツチざぞ。アメツチの時と知らしてあろうが、みな取違ひ申して済むまいが。神示よく読めと、裏の裏まで読めと申してあろが」 『夜明けの巻』 第一帖 [321]

「世の建替へと申すのは、身魂の建替へざから取違ひせんよう致されよ、ミタマとは身とたまであるぞ、今の学ある人民 ミばかりで建替へするつもりでゐるから、タマが判らんから、いくらあせっても汗流しても建替へ出来んのざぞ。あめつちとき来てゐることは大方の人民には分って居りて、さあ建替へぢゃと申しても、肝腎のタマが分らんから成就せんのざぞ、神示読んでタマ早う掃除せよ」 『青葉の巻』 第十五帖 [484]

 円環と言っても別に難しく考える必要はなく、では、原因であり結果であり、発端プロローグであり結末エピローグであり、出発点スタートであり到着点ゴールであるが、だけの話です。つまり、

日月神示の創世神話は最後むすびの言葉”から始まるのです。

 その上で、あめつちは明確な対称性や対偶性を備えたもの同士を指す表現として使われており、陽と陰、表と裏、上と下、左と右、内と外、日と月などと繋がりがあります。故に、ついなるものの和合や一体化”の意味を内包するあめつち調和マツリの宇宙観”を象徴する言葉になっており、の三千世界観や善悪観と極めて密接な関係を持ちます。

「悪い者 殺してしまふて よい者ばかりにすれば、よき世が来るとでも思ふてゐるのか、肉体いくら殺しても魂までは、人民の力では どうにもならんであろがな。元のたままで改心させねば、今度の岩戸開けんのぢゃぞ、元のたまに改心させず肉体ばかりで、目に見える世界ばかり、理屈でよくしようとて出来はせんぞ、それ位 判って居らうが、判りて居りながら他に道ないと、仕方ないと手つけずにゐるが、悪に魅入られてゐるのぢゃぞ、悪は改心早いぞ、悪神も助けなならんぞ、たまから改心させなならんぞ、善も悪も一つぢゃ、霊も身も一つぢゃ、アメツチぢゃとくどう知らしてあろが」 『光の巻』 第六帖 [402]

「分けへだてと云ふ事なく一致和合して神に仕へまつれよ、和合せねば誠のおかげないぞ。先づ自分と自分と和合せよ、それが和合の第一歩、アメツチ心ぢゃぞ、すべてはそこから生まれ来るものなのぞ」 『青葉の巻』 第六帖 [475]

「一三五七九が天であるぞ、又、二一六が天であるぞ。二四六八十が地であるぞ。又、一四四が地であるぞ。一から始まって合わせてアメツチぢゃ。天、上にあるのであるが上でないぞ。中にあるのであるが中でないぞ」 『白銀の巻』 第一帖 [612] 第一仮訳)

「天国と申すのは一人の大きな人間であるぞ。天国は霊人のみの住む所でないぞ。そなた達も今住んでゐるでないか。霊人も現界に住んでゐるでないか。現界をはなれて天国のみの天国はないのであるぞ。故にこそ、現界で天国を生み出し、天国に住めんものが、死んで天国へ住める道理ないのぢゃ。アメツチと申してあらう。この道理よくわきまえよ。善とか悪とか真とか偽とか愛とか憎とか申すのは相対の天国ぞ」 『白銀の巻』 第三帖 [614]

「神と金と二つに仕へることは出来ん、そのどちらかに仕へねばならんと、今迄は説かしてゐたのであるが、それは段階の低い信仰であるぞ。影しか判らんから、時節が来て居らんから、さう説かしてゐたのであるが、この度、時節到来したので、マコトの道理 説いてきかすのぢゃ。神と金と共に仕へまつるとは、肉と霊と共に栄えて嬉し嬉しとなることぞ。嬉し嬉しとはそのことであるぞ。神と金と二つとも得ること嬉しいであろうがな。その次には霊の霊とも共に仕へまつれよ。まつれるのであるぞ。これが、まことの正しきマコトの信仰であるぞ。今迄の信仰はかにさびしき、もの足りなさがあったであらうが。片親がなかったからぞ。天に仕へるか、地に仕へるかであったからぞ。この道はアメツチの道ざと知らしてあらうがな」 『黒鉄の巻』 第三十六帖 [654] 第一仮訳)

「天のことは今迄は人民には判らなかったのであるぞ、時めぐり来て、岩戸がひらけて、判るようになったのぞ、今迄の人民であってはならん、地そのものが変ってゐるのであるぞ、人民はが強いから一番おくれてゐるのであるぞ、人民の中では宗教人が一等おくれてゐるぞ、カミヒトとならねば生きては行かれんのぢゃ、てんがアメツチとなってきてゐるからぞ、天も近うなるぞ、地も近うなるぞと気つけてありたのに目さめた人民 少ないぞ」 『扶桑の巻』 第十五帖 [864]

 ここで語られるように、性質の異なるものが反発し合いながらも、最終的には一致和合して弥栄することを軸にした宇宙観が、日月神示の説くマツリミチの概念”に繋がっています。

 しかし、古事記の「天地初発之時」は現代語訳で「天地初発の時」とされる場合が多く、「天地が初めて分かれた時」の意味で受け止められており、あめつちてん状態すがたとは掛け離れていることを、岡本天明氏が指摘しています。

「さて、古事記は頭初の数行のない数節の間に於て、全巻の基本的内意が含まれてゐるようであります(詳細後述)。例へば頭初の「天地初発之時」は、天と地ではなく、天地一体の頭初のことであって、天地たるべき因子のみを包蔵してゐることを物語ってゐるのであるが、従来 殆んどの研究者は、これを「アメツチ初発ハジメトキ」と読ましてゐる。原文「天地初発之時」が何故に「天地初発ノ時」となるのであろうか? どちらでも同じでないかと云ふ考へ方の人もあるようだが「天地初発之時」と「天地ノ初発ノ時」とは、雲泥の相違があるのであって、この最初を誤ると、全文が間違って来るわけであります」 『古事記数霊解序説』 第三章 昭和三十七年版)

 天明氏の説明からも判りますが、天之御中主神が出現した時点ではあめつち“一なるのままであり、天地未分のだったのでしょう。言うなれば「天と地が生まれつつある」というきざしが見られる段階に相当しており、必ずしも「てんに分かれた」もしくは「てんが現れた」とは言い難い状態であったと推測されるのです。

 これを数で表現するなられい以上一未満」が適切かもしれません。整数で見るなられいと一に中間はありませんが、小数を含めると無数の段階があり、深層的には少しづつ進展しています。たとえるなら、水を加熱しても百度までは表層的な変化が無いことに似ています。恐らく、を意味するとは〇.〇のようなものであって、“ゼロではなくなったが本質的な側面であるはずです。

 この場合、.〇〇或いは.〇一から.九九までは、整数的に“同じと見ることが可能であり、.〇〇からは“別のになります。その意味をつまんで述べるなら、

天之御中主神のしょうから始まったの時代はれいの時代”でもあるのです。

 これは“数の数え方”の話であり、数霊論には数え年のように歳から数え始める場合と、満年齢のように歳から数え始める場合の“二つの数え方”があるらしいのです。それが暗示されていると思われるのは次の記述です。

「一二三の裏に〇一二、三四五の裏に二三四、五六七の裏に四五六の御用あるぞ。五六七すんだら七八九ぞ、七八九の裏には六七八あるぞ、八九十の御用もあるぞ」 『天つ巻』 第十帖 [117]

 上の帖では“表の数え方”“裏の数え方”とでも言うべきものが提示されており、この二つの数え方を踏まえて書かれたように見える記述もあります。

「一神で生む限度は七ない八である、その上に生まれおかれる神々は皆七乃至八であるが 〔後略〕 『至恩の巻』 第九帖 [956]

 ここでは「七か八」という風に一見するとあいまいに見える書き方になっています。しかし、数霊論に二つの数え方があると仮定すれば、むしろ正確を期すための書き方とすら言えます。つまりの時代”の内実は.〇〇から.九九までなので、整数的にはの時代”でもあるのです。そのことを「七ない八」と表現しているのでしょう。同様に、立替え立直しの本番とも言える神経綸九と神経綸十の期間は、それぞれ八.〇〇から八.九九および九.〇〇から九.九九と表現することができます。

 このような視点で考えるとアメツチてんして完全に終了したのは、一番目の時代の終わりである伊邪那岐神と伊邪那美神のの時点だと思われます。もしかしたら、厳密な意味でのてんが始まった瞬間は、完全にれいではなくなった二番目の時代の始まりの方かもしれません。

 逆に言えば、てんが分かれる前のあめつちの時とは“全てを包含する状態すがたなのであり、そのことが全体すべてという意味も有する“天之御中主神”の出現に繋がっているようです。

 あめなかぬしのみこと 古事記では「天之御中主神」であり、「」の有る無しや「かみ」と「みこと」の違いはあるものの、間違いなく同じ存在を指しています。そして、日本書紀の本文で最初に現れた存在は「国常立尊」ですが、併記された異伝に「天御中主尊」とあり、この部分に関しては日本書紀風に書かれていると言えなくもありません。他には、古事記の序文や古語拾遺に「天御中主神」という表記が見られます。

 ここでの書き方のように、日月神示では御神名の「」を省略する場合が散見されますが、そこに何らかの意味があるのかは不明です。ちなみに、別の箇所では「天御中主」と書かれています。

 それと、には天之御中主と天御中主のような“カミとミコトの違い”が見受けられるのですが、使い分けの基準については判りません。

 この部分は基本訳で「アメミナカヌシノミコトアノアニナリマシキ」と書かれており、天御中主尊の後の「と」がありませんが、原文Uも原文Wも原典も「あめ三七カヌ四ノ三九十アのア二七りま四キ」なので、原書には「」が書かれていたと思われます。

 基本訳と第一仮訳で「」が省かれていることを考えると、日月神示の初期の翻訳者達はの意味で受け止めていたようです。しかし、それではとは別の存在が居たことになり、文脈的な矛盾が生じるとの判断から削除したと推測されます。このが第二仮訳にも受け継がれています。

 単純に「天御中主尊アのアに成りましき」なのかもしれませんが、日月神示では“前なるもの”の概念が提示されているので、それを踏襲する形でアンドと書かれたとも考えられます。

「何ものも それ自らは存在しない、弥栄しない。必ず その前なるものによって呼吸し、脈打ち、生命し、存在し、弥栄する」 『地震の巻』 第一帖 [378]

 このため「天御中主尊」という表現でも特に問題にはならないはずです。むしろ、日月神示の宇宙観として正確な表現と言える可能性すら出て来ます。

 他にもの前なるもの”と同じ意味のことが、『先代旧事本紀』で天之御中主神より前に現れたとされる存在に準拠した名称で述べられています。

あめなかぬしのかみの その前にあめゆづるあめのぎりのみことくにゆづるつきくにのぎりのみことあるぞ。であるぞ。その前にあること忘るるなよ」 『月光の巻』 第四帖 [791]

 日月神示の書き方では二柱の神に見えますが、先代旧事本紀では「天譲日天狭霧国禅国狭霧尊」と書かれ、あくまでも一柱の神とされています。また、旧事本紀の異本に「天譲日天狭霧国禅国狭霧尊」と書かれている例もあります。それらとは別に、鎌倉時代の作と言われる『神皇実録』には、次のような御神名が伝わっています。

 ここで陽と陰や日と月が不可分の一体とされているように、日月神示の説く“あめつち御中しの神”“あめつち御中しの神”の概念に近いものは古くからあったことが窺えます。更に、これらの御神名はを降ろした存在であるあめ日月ひつくのかみとの関連も考えられるのです。

「アメのひつのか三とはアメのツキの神で御座るぞ、アメのツキの神で御座るぞ、元神で御座るぞ、ムの神ぞ、ウの神ぞ、元のままの肉体持ちて御座る御神様ぞ、つちのひつのおん神様ぞ、つちのツキの御神様と今度は御一体となりなされて、今度の仕組 見事 成就なされるので御座るぞ、判りたか」 『雨の巻』 第七帖 [341]

 そして、旧事本紀の御神名の意味についてですが、「ぎり」とはきりかすみもやが掛かった際の、輪郭がぼやけて見えにくい状態のことだと考えられます。出口王仁三郎が直受した『しん』でも、世界が始まる前の状態が「おぼろづきの二三層倍も暗い冷たい世界」と表現されていますが、その辺りにも話が通じているように見える名称です。

 恐らく、いまだ確かな意味かたちが存在せず、なにかが存在していても、が何であるのかを明らかにできない状態を「狭霧」という言葉で表現しようとしているのでしょう。

 それと、前出の引用では、この存在もしくは状態のことを「である」としていますが、これは「元の元の元」と翻訳するのが実態に近いと思われます。他にも“全ての前に在るもの”で表現されていますが、の意味やれいとの関係については、次々章の『三位一体/三元』や一二三と一緒に考察しますので、そちらを御覧ください。

 その上で、これらの“始まりの前”に対する考え方や表現方法が、次に考察する“アのア”と繋がっています。

 アのアにりましき この部分は記紀に全く見られない日月神示の独自の表現であり、一般的にも殆ど使われることの無い言い回しです。恐らくは「特質を浮き彫りにする」という意図から同じ言葉を重ね合わせているのでしょう。

 そして、天之日津久神様は五十音の最初の言葉であるを、根元的なものや統括的なものや天子様やを指す“特別なことばとして使用しており、その重要性は以下の記述などにかい見ることができます。

「アの身魂とは天地のまことの一つのかけがえない身魂ぞ」 『上つ巻』 第二十六帖 [26]

「世の元と申すものは火であるぞ、水であるぞ。〔中略〕 はじめはであるなり、うごいて月となり地となりたのざぞ。アはヒツキクニの神様なり、は月の神様ぞ、クニの神様はスサナルの神様ぞ」 『日月の巻』 第二十八帖 [201]

ひとひとみことの世となるぞ。神の事いふよりみことないぞ。物云ふなよ。みこと云ふのぞ。みこと神ざぞ。道ぞ。アぞ」 『日月の巻』 第二十九帖 [202]

「アは元のキの神の子ぞ。ヤとワは渡りて来た神の子ぞ」 『光の巻』 第七帖 [403]

集団まどゐのアは神示ぢゃ、ヤとワとは左と右ぢゃ、教左と教右じゃ」 『マツリの巻』 第十七帖 [421]

「この宗教には教祖は要らんぞ、教祖はぢゃ、神示がアと申してあろがな」 『空の巻』 第十一帖 [466]

 こういったの重要性を踏まえた上で考えると、“アのア”には、始の始、元の元、中の中、奥の奥、上の上、全の全などの意味が内包されているらしく、それらの中でも特に“始の始”“元の元”としての意味が強いように見えます。

 ただし、意味的にはアのアが始まり”であるのに対し、アは始まり”といった違いがあり、基本的に両者は別物らしいです。

「アは二つあるのであるぞ、顕れたアは力であるぞ、ヤは霊、ワは体、アは力であるぞ。ヤワから生れるのであるが、ヤワと同様ぞ。アのアとアと一つにしてゐたであらうが、それで判らないのざ」 『黄金の巻』 第十一帖 [522] 昭和二十六年版)

「この方 見えんアであるぞ。顕れはぢゃ」 『黄金の巻』 第三十七帖 [548]

 他にも、アのアを“始の始”、アを“始”の言葉で表現していると思われる記述があります。そこでも両者は区別されており、二つの始まり”始まり”として見ることもできるようです。

「皆々御苦労ながら、グルグル廻って始めからぢゃと申してあらうが。始の始と始が違ふぞ。皆 始めヒからぢゃ。赤児になりて出直せよ」 『春の巻』 第一帖 [658]

「働くと申して動くばかりでないぞ。動かんのも働き、動くのも働き、よく心得よ。よせては返し、よせては返し生きてゐるのであるぞ。始の始と始が違ふぞ。後になるほどよくなるぞ。終りの中に始めあるぞ」 『夏の巻』 第十四帖 [731]

 日本語におけるはじめという意味を包含していることから考えると、アのアとは“始まりの前”であり、数的にはれいを指す意味が強いと推測されます。これは生まれる前の段階や生まれつつある状態のことであり、人体にたとえるなら胎児に相当するのかもしれません。

 その上で、この段階や状態が極めて重要視されているのは以下の記述からも判ります。

「第一歩の前に〇歩があるぞ。〇歩が大切ぞ。心せよ」 『月光の巻』 第四十七帖 [834]

「世の元、〇の始めから一と現われるまでは〇を十回も百回も千回も万回も繰り返したのであるぞ」 『扶桑の巻』 第二帖 [851]

「始めの日は始めの日に過ぎん、始めの前にあるものが判らなければ、それは只の理屈に過ぎんぞ、マコトでないぞ、根から出たものではない、〔中略〕 〇から出て〇に至るのぢゃ」 『碧玉の巻』 第七帖 [871]

「世の元は〇であるぞ、世の末も〇であるぞ」 『星座の巻』 第十帖 [893]

 表現が異なるので気付きにくいのですが、れいを意味するであろうアのアは“前なるもの”あめつちなどと通じており、概念的には同じものとして受け止めても問題は無いはずです。

 そして、アのアの“重ね合わせ”の言い回しには「を強調する」という意図があるようです。こういった表現の仕方で、表層をぎ取って行くと最後まで残る部分、外的要因によって変わることのない部分、世代を重ねても失われずに受け継がれて行く部分といった、“特性”“原点”“本質”としての側面を強く打ち出していると思われます。そういったものを、本格的に動き出す前に決めた“全体の枠組や方針”のようなものとして、“始まりの前”と重ねて見ているのかもしれません。

 また、多くの場合において、物事の特性や原点や本質は、始、元、中心、基本などの言葉に置き換えても通用しますが、これらの言葉は日月神示で歓喜よろこびと同一視される場合が多く、そこでも重ね合わせの表現が多用されています。

「元の元のからの中界を経て、ウの現界に到ることごとくの世界が皆 人間に関係あるのであるから、肉体はウであるが、魂はに通じてゐるのであるから、はヨロコビであるから 〔後略〕 『白銀の巻』 第六帖 [617]

〔前略〕 真の生命は霊であるぞ。生命のもとの喜びは霊の霊であるぞ。霊の霊が主ざと申してあらう。奥の奥の奥のは大神に通ずるであるぞ。喜びであるぞ」 『黒鉄の巻』 第三十二帖 [650]

は神であるぞ。神であるなれど現れの神であり、現れのよろこびであるぞ。のもとがであるぞ。キであるぞ。元の元の太元の神であるぞ。であるぞ」 『春の巻』 第四帖 [661]

がよろこびであるぞ。またはムでもあるぞ」 『夏の巻』 第二帖 [719]

「人民は神のへそと繋がってゐるのであるぞ。臍の緒さへ繋がって居ればよく、神人であるぞ。と繋がって更に大きに繋がってゐるからこそ動きあり、それぞれのハタラキあり、使命を果たし得るのであるぞ。同じであって全部が合一しては力出ないのであるぞ。早う心いれかへと申してあるが、心とは外の心であるぞ。心の中の中の中の心の中にはが植付けてあるなれど、外が真っ暗ぢゃ」 『秋の巻』 第十八帖 [759]

 ちなみに、重ね合わせが使われた記述は他にもあり、その内容は“現れているもの”“隠れているもの”を等しく重視するように述べられたものが多いです。

 そして、本章でも少し触れたように、始まりであるアの前に在るもの、つまり、ここで論じているアのアに相当するであろうものを、日月神示は“ム”“ウ”という風に表現しています。

「人民が正しく言霊すれば霊も同時に言霊するぞ、神も応へ給ふのであるぞ。始め言葉の元があるぞ、ヽヽヽヽヽアと現はれるぞ、神の現はれであるぞ、言葉は神をたたへるものぞ、マコトを伝へるものぞ、トモになり、倶に栄えるものぞ」 『星座の巻』 第二十帖 [903] 第一仮訳)

 他にも、始まりの数である一の前に“始まりの前の数”であるれいが存在することを強調した記述があり、そこでも重ね合わせの表現が使われています。

「根本の元の元の元の神は〇から一に、二に、三に、四に、五に弥栄したのであるぞ」 『至恩の巻』 第七帖 [954]

 また、第二十一巻『空の巻』第三帖では、はじめの存在はれいを司る存在でもある」という意味合いのことが、特殊な対応関係を持つ記号と御神名で表現されています。そこで語られる存在は“あめつち御中しの神”“あめつち御中しの神”と呼ばれ、「天之御中主神と別の存在ではない」という点を強調した御神名になっています。

「一二三、四十九柱、五十九柱、神代の元ざぞ。あめつちなかムしの神、あめつち御中ムしの神、あめつち御中ムしの神、あめつち御中ウしの神、あめつち御中ウしの神、あめつち御中あめつち御中ウしの神、あめつち御中あめつち御中ウしの神、あめつち御中ウしの神、あめつち御中ウしの神、あめつち御中あめつち御中あめつち御中ウしの神、あめの御中ヌしの神。あめつちはじめ。一月三日、日月神 記すぞ」 『空の巻』 第三帖 [458] 原文U準拠)

 その上で、この帖の御神名の原文を直前に羅列された記号を含めて引用します。

カミ1
 ア千三七火曰の2
 ア千三七火曰の3
 カミ4
 ア千三七火曰の5
 ア千三七火ア千三七火曰の6
 ア千三七火ア千三七火曰の7
 ア千三七火曰の8
 ア千三七火曰の9
 ア千三七火ア千三七火ア千三七火曰の10
 カミ11
 ハジメ 『三キ』 第三帖 [458] 原文U。現在までの全ての訳文に誤記があります)

 上の帖ではの記号に対しの名称が列挙されていますが、十一番目の天之御中主神に対応する記号が抜けているわけではありません。これは「ミナカヌシに十が内在している」や「十によってミナカヌシが成立する」などの意味があると思われ、のと同じく、“前なるものによって“次なるものが形成されることを表しているのでしょう。

 そして、この場合の十はとしてれいを意味しており、ここに見られる“一とれいの関係”は次のようにも表現できるはずです。

ひとつの中にすべてが入っている」

 こういった内容を前提に“現れの一”に内在する“隠れの十”の存在を忘れてはならない」という意味を込めて、「天地の時、天御中主尊アのアに成りましき」と書かれたように見えるのです。

 また、アのアとアの関係は“原因”“結果”として捉えても成り立つので、「アのアに成りましき」は「次なる結果を生むための原因アのアになった」という読み方をすることもできます。

 例えば、上で引用した『黄金の巻』第十一帖には「アはヤとワから生まれる」と書かれていますが、そこには「統合状態ひ と つ分離状態ふ た つになって再び統合状態ひ と つになる」というミチの概念”が背景にあります。

 なお、この辺りの詳細は、本論の第六章『ミロクの実体』“統合と分離のはたらきの解説において、アのアのの始まり”としての側面や御中主”の記述と一緒に論じます。

 以上の内容から判る通り、日月神示ではアのアやれいに見られる“始まりの前”が、はじめである天之御中主神との関係において非常に重要視されています。そして、その内容を“言霊と数霊の両面”から考える必要があるのは、天之御中主神やアのアに続く“高天原”も同様なようです。

 たかあまはら 現在のしんとうでは高天原を「タカハラ」や「タカハラ」と発音する場合が多いのですが、日月神示や大本系統では「タカハラ」と発音します。これは古事記で高天原のしょしゅつの箇所に添えられた注釈が根拠になっており、出口王仁三郎や岡本天明氏もタカアマハラとむことを力説していました。

 言霊的にはたかあまはら音で構成されていることに重要な意味があるとされ、後段で登場する島が音で構成されているのとついになると言われています。それ故、言霊学では音が“天の位”に、音が“地の位”に位置付けられる場合が多いです。

 一般的に、高天原は人間が住む地上界に対する天上界のことであり、“神々の住む場所”という意味の言葉です。日月神示でも基本的には同じ意味なのですが、高天原の宇宙全体”としての側面も説いています。

「宇宙の総てがたかあまはらであるぞ」 『碧玉の巻』 第十一帖 [875]

 この場合の高天原は“三千世界”と同義です。こういった解釈は出口王仁三郎も『大祓祝詞解』などの中で述べています。

 「タカアマハラ」と読むべし、従来「タカマガハラ」または「タカマノハラ」と読めるは誤りである。古事記の巻頭の註に「高ノ下ノ天、訓ジテ阿麻ト云フ」と明白に指示されてをりながら、従来いづれの学者もこれを無視してゐたのは、ほとんど不思議なほどである。〔中略〕 すなはち「タカアマハラ」の全意義は全大宇宙の事である。もっとも、場合によりては全大宇宙の大中心地点をも高天原といふ。いはゆる宇宙に向かって号令する神界のちう所在地の意義で「の高天原」と称するなどが それである。この義を拡張してせう高天原は沢山あるわけである。一家の小高天原はかむどこであり、一身の小高天原は、せいたんでんであらねばならぬ。ここではあとの意義ではなく、全大宇宙その物の意義である。これを従来は、地名であるかのごとく想像して、地理的穿せんさくを試みてゐたのである」 『霊界物語』 第三十九巻附録 『大祓祝詞解』

 ここで語られているように、高天原は宇宙全体の他にも“中心地”“発令所”という意味を併せ持つらしく、その意味で書かれた記述が日月神示にもあります。

「地に高天原が出来るのざぞ、天の神 地に降りなされ、地の神と御一体と成りなされ、大日月の神と現はれなさる日となった、結構であるぞ」 『海の巻』 第十二帖 [504]

 ちなみに、この帖の「地に高天原が出来る」や「天の神が地に降りる」という内容が、旧九月八日の仕組やミロクの仕組の伏線になっています。

 また、岡本天明氏も独自の見解を述べており、高天原と“数霊のれいの対応的な関係を説いている点や、高天原を“総てを含む存在”状態ありかたとしている点に特色が見られます。

〔前略〕 「天地初発之時」なればこそ、前記の如きA列によるが発生するのであって、とは天上の何処かでもなければ、地上のある地点を指したものでもありません。具象的表現の対照ではなく、これを数霊的に申せば零(0)の中の存在であり、数の総ての因子を含んでゐることになるのであります。しかし、このタカアマハラは、なる霊界(天界)にも地上界にも、その時、所、位に応じ、ふさわしい形において現われ、存在するのであります。故に天界にもあると同様に、地上のどのくににもあり、更に小さく申せば部落の中にもあれば、われわれ人間の中にもあるのであります。Tとは、最も高度なであると共に、総てを含む存在でもあり、これを宗教的に申せば「神の、もっとも強く、直線的に満ち満つ所」を意味し、言霊するのであります。故にこそ「高天原に神つまります‥‥(六月月並祭祝詞)」のであります」 『古事記数霊解序説』 第三章 昭和三十七年版)

 この中で天明氏は「高天原とは最も高度なである」と傍点を振って強調しており、そのような意味で読めば、日月神示の他の高天原の記述も理解できます。

「腹が出来て居ると、腹にかみまりますのざぞ、高天原ぞ」 『地つ巻』 第七帖 [144]

「今の内に神示じっくりと読んで肚に入れて高天原となっておりて下されよ」 『雨の巻』 第十二帖 [346]

 なお、一つ目の引用の「かみまる」とは「神がとどまる」という意味の古語であり、神道の祝詞や日月神示の祝詞にも頻繁に見られる表現です。この言葉は、神の肉宮たる人間が“神の鎮座地”としての側面において、ことを意識させます。

 また、古代の日本人は「霊魂ははらに宿る」と考えていたらしく、日月神示でも「はらに入れる」という言葉が頻出します。それもあってか、人体の中でも中央に位置するはらへの言及が突出して多く、或る意味では、身魂が磨かれると“高天が出来上がるのでしょう。

 余談ですが、日月神示では精神的な浄化だけではなく、肉体的な浄化も重視されています。その一環として“食”への言及が多いのですが、そこには「神が留まる場所を清潔に保ちなさい」という意味が込められている可能性があります。もしかすると、食を清めれば腹や栄養が清まり、栄養が清まれば人体がくまなく清まって、肉体全体が神域タカアマハラになり易くなるのかもしれません。

 ともあれ、これらの記述については、宇宙の全ては神がものであるが故に「神の住まわぬ所は無い」、つまり「一切が神である」という主張が暗示されています。そこには「神が宿れるほど清浄になってくれ」や「神としての本性を忘れないで欲しい」といった、天之日津久神様の切なる願いが現れているのです。

 そして、岡本天明氏は“宇宙”“中心”である高天原を「れいの中の存在」や「存在」と表現していますが、一切が未分離であったあめつちに、天之神が最初に宇宙タカアマハラに出現したのは必然のように見えます。この点については天之御中主神が司る“一”が、最初、中央、最高、最上の他に、つまり“全体”としての意味を併せ持つことにも関係があるはずです。

 同時に、天之御中主神が“アのア”であり、たかあまはら音”で構成される点にも関連性をいだすことができます。これは言霊学でが、上、斜め上、横、斜め下、下に向かう声と認識されており、に向かうこえである音だけはに向かうこえとも言われるからです。

 こういった点を踏まえれば、次のように表現することも可能でしょう。

「高天原を神格化した存在が天之御中主神である」

 その上で状態ありかたとしての高天原が、天之御中主神が成った状態すがたである“ミコト”に掛かっています。

 みことたまひき 古事記における「みこと」や日本書紀における「みこと」は、古来から神や天皇や貴人に対して使われる“尊称”です。

 また、ミコトとはことに接頭語であるを付けたことのことでもあり、神や天皇の言葉を敬って表現する言い方でした。そこから、ことの中でも指令的な意味で発せられた言葉は「みことのり」或いは「みことのり」と呼ばれます。これはことのりに詔勅や勅命や命令を意味する漢字を当てたものです。

 他にも、ことからの派生語として、天皇のことうけたまわってまつりごとに携わるかんを「みこともち」或いは「みこともち」と称していました。これは「ことを持つ者」という意味です。また、官位は無くとも、それに近い意味でミコトと呼称される場合もあったようです。

 古代は意思や発言や命令としてのことと、行為や状態や現象としてのことに明確な区別が無かったらしく、日月神示でのミコトの使い方は、どちらかと言えば古代の使い方に近いように見えます。これは狭い意味に限定しないために、もしくは根本的な部分での繋がりを明らかにするために、敢えて包括的な使い方をしていると考えられます。

 日月神示の創世神話では、個別的な尊称ではない“状態の表現”としてのミコトが何箇所か登場し、いずれも“特に根元的な神々の形容詞”として使用されています。ただし、それらは“尊きであるが故に“尊きでもあるので、尊称の意味を兼ねていると見ても間違いではありません。

 なお、日月神示には尊称とは違う意味合いの方が強いと思われるミコトの記述が約十七箇所あります。その多くはこととしての側面が強く打ち出されており、文脈的にかみむねもしくはかみの御意思”の意味で使われています。

 その上で、ここでは創世神話でのミコトの使い方に近い記述を引用します。これは“初発の神示の締め”として使われるほど重要な内容であり、日月神示における“ミコトの語義”が明確に述べられています。

「口と心と行と、三つ揃うたマコトをみことといふぞ。神の臣民 皆 みことになる身魂。掃除身魂 結構」 『上つ巻』 第一帖 [1]

 上の内容を見る限り、ミコトとは「内面と外面が揃っていること」であり、基本的に“マコトの状態”という意味なのでしょう。この場合のマコトには至誠まこと真実まことの意味が含まれており、天之日津久神様は そういった状態にあるをミコトと呼んでいるようです。

 つまり、ミコトは岡本天明氏が言う所の“最も高度な在り方”と同じであり、マコトや高天原と極めて深い霊的な繋がりがあると言えます。

 このことに関連する話として、日月神示では“全てが揃った状態”“欠けた所が無い姿”をマコトと呼ぶ記述が見られます。

「神の国治めるのは物でないぞ、まことざぞ、世界治めるのもやがては同様であるぞ、人民マコトと申すと何も形ないものぢゃと思ってゐるが、マコトが元ざぞ。タマとコト合はしてまつり合はして真実マコトと申すのぢゃ。をまつりたものぢゃ、物無くてならんぞ、タマなくてならんぞ、マコト一つの道ざと申してあろがな」 『風の巻』 第六帖 [357]

「天の教ばかりではならず、地の教許りでもならず、今迄はどちらかであったから、時が来なかったから、マコトがマコトと成らず、いづれもカタワとなってゐたのざぞ、カタワ悪ぞ、今度 上下揃ふて夫婦和して、天と地と御三体まつりてあななひて、末代の生きた教と光り輝くのざぞ」 『青葉の巻』 第十九帖 [488]

「外の喜びは その喜びによって悪をまし、内の喜びは その喜びによって善をますなれど、マコトの喜びは外内と一つになり、二つになり、三つになった喜びとならねば、弥栄ないぞ」 『秋の巻』 第十帖 [751]

「マコトに祈れと申してあろう。マコトとは1234567810のことと申してあろう」 『月光の巻』 第四十五帖 [832]

「マコトの道にかへれよ、マコトとは〇一二三四五六七八九十と申してあろう、そのうらは十九八七六五四三二一〇で、合せて二十二であるぞ、二二が真理と知らしてあろう、二二が富士と申してあろうが、まだ判らんか」 『紫金の巻』 第三帖 [982]

 そして、ミコトやマコトのような“神の心に沿う状態ありかたは、日月神示で極めて尊ばれています。

「神にまつらふ者には生も死もないのぞ、死のこと、まかると申してあろうがな、生き通しぞ、なきがらは臣民残さなならんのざが、臣民でも昔は残さないでまかったのであるぞ、それがまことの神国の臣民ぞ、みことぞ」 『地つ巻』 第七帖 [144]

「言葉とこのと心と行と時の動きと五つ揃たら誠の神の御子ぞ、神ぞ」 『日月の巻』 第三十九帖 [212]

「口と心と行と三つ揃った行い、マコトと申して知らしてあろが」 『風の巻』 第五帖 [356]

「口と心と行と三つ揃ふたら今度は次に入れて下されよ。は神ぢゃ、神示ぢゃ、神示元ぢゃ、と申してあろが」 『梅の巻』 第八帖 [435]

「生命はコトぞ。コトはミコトぢゃ。ミコトは神の心であるぞ。喜びであるぞ。ミコトに生きよと申してあらう」 『黒鉄の巻』 第四帖 [622]

「祈り、考へ、働きの三つ揃はねばならん」 『夏の巻』 第十四帖 [731]

「祈りと申すのは心で祈り願ふことでないぞ。実行せねばならん。地上人は物としての行動をしなければならんぞ。口と心と行と三つ揃はねばと申してあること忘れたか」 『月光の巻』 第四十四帖 [831]

「そなたは形や口先ばかりでものを拝んでゐるが、心と行と口と三つ揃はねばならん。三つ揃ふて拝むならば、どんなものでも与へられるのぢゃ。拝む所へものは集まってくる。神も集まってくる。足らぬものなくなるぞ。余ることなくなって、満たされるのがマコトの富ぢゃ、清富ぢゃ」 『月光の巻』 第六十帖 [847]

「それぞれの言葉はあれどミコトは一つぢゃと申してあろうが、ミコトに生きて下されよ」 『極めの巻』 第三帖 [930]

 言うなれば、ミコトやマコトとは、裏表が無いこと、偽りが無いこと、不義が無いこと、が無いこと、ブレが無いこと、が無いことなどであり、非常に包括的かつ多義的な意味においてが無いこと」と表現するのが妥当に思えます。これを逆の言い方にすればこと」であり“光の状態すがたを指していることは、次の記述からも判ります。

「わざわひと言ふものは無いのであるぞ、光をわすれ、光にそむくから、イヤな事がおこるのぢゃ、影がさすのぢゃ、わざわひとか悲しみとか言ふ暗いものがないのがマコトであるぞ」 『碧玉の巻』 第六帖 [870]

 恐らく、「天地の時、天御中主尊とアのアに成りましき、高天原に尊と成り給ひき」におけるミコトとは、天之御中主神が出現と同時に「否定的な部分が全く無い“光の存在”に昇華した」といった意味であると思われます。言わば、欠落や不備に類するものを超克して、恒久性や完全性の如き性質を獲得した状態のことであり、至尊、至高、至純、至大、至美、至上などの、極めて肯定的な存在になったと表現するのが実態に近いでしょうか。

 これは欠けた所が全く無い“全てを包摂する存在”という意味において“一なるもの”と表現でき、そうであればこそ天之御中主神は、“宇宙全体”であり“最も高度な在り方”であるたかあまはらと一体的な存在として描かれているように見えるのです。

 同時に、このような天之御中主神やミコトの意味は、本論の後半で論じる“ミロクの大神の位置付け”と繋がりを持つらしく、天之御中主神と光の神アマテラスの一体的な関係や、日月神示でミロクの世が“光の世”と呼ばれる理由を考える上で、一つの参考になるかもしれません。

 以上の内容から判るように、日月神示の創世神話は個々の単語の背景となる情報が非常に多く、それぞれの言葉が“概念的な相関関係”を持っています。

 そして、天之御中主神のくだりが更に大きな枠組の一端であることは、後に続く高御産巣日神と神産巣日神の姿や、造化三神の関係から読み取れるの概念によって見えて来ます。

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高御産巣日神 / 神産巣日神

 古事記において宇宙に二番目と三番目にしょうした存在であり、天之御中主神と共に“造化三神”と呼ばれる神霊が【たかのかみ】と【かみのかみ】です。この三神の関係は日月神示でも変わりません。

つぎたか(2)つぎかみのみこと(3)たまひき」 『日月の巻』 第七帖 [180]

ツギ  ツギ  『ひつ九のまキ』 第七帖 [180]

 日月神示では高御産巣日神と神産巣日神が常に“二神一組”で語られています。しかし、言及そのものは極めて少なく、内容も神話としての逸話エピソードではなく“概念の表現”です。記紀では高御産巣日神と神産巣日神が擬人化されて活躍しているので、この辺りは日月神示との相違点かもしれません。

 概念的な部分は天之御中主神と一緒に“三位一体”“三元”の話として次章で解説しますので、本章では高御産巣日神と神産巣日神の簡単な概要と、原文の翻訳の話を述べるにとどめます。


 つぎたか 高御産巣日神は別名をたかのかみと呼び、記紀では天照大神に並ぶほどの扱いになっています。主にあまつかみ系の神々との逸話が伝わっており、日本の神話や国体を考える上でも外すことのできないあまいわがくれ”てんそんこうりんの物語でも活躍する神霊です。

 つぎかみのみことたまひき 神産巣日神はくにつかみ系の神々との逸話が伝わっており、戔嗚さのおのかみおおくにぬしのかみの物語に登場しています。出雲いずも系の文献でかみむすびのみことなどの名で登場する神霊です。

 日本神話の一般的な解釈では、二柱の神の名に見られる「たか」や「かみ」は美称であり、神霊としてのはたらきは「」の部分に表れていると言われます。ここでのムスビとは「発生する」や「生じる」という意味の「す」や「す」が語源らしく、「結び」の意味も併せ持つそうです。

 この二柱の神霊は、日本書紀において「高皇尊」及び「神皇尊」と表記されることなどから、主に“霊的な生成力”を司る存在だと考えられています。また、連続して出現した経緯と名称の類似性によって、二神一組の“対偶的な存在”に位置付けられたりもします。

 こういった“結び”は、元々は別の言葉であったものが長い年月の間に同一視されて行ったとする説が有力なようです。それ故、「産巣日」や「産霊」の訓み方にはムスとする説とムスとする説があり、近年の記紀の現代語訳では後者の訓み方が主流なのですが、一般的には前者の発音をする場合の方が多いです。

 それと、タカミムスビとカミムスビに関しては古事記の「高御産巣日」と「神産巣日」よりも、日本書紀の「高産霊」と「神産霊」の方が適切な表記かもしれません。

 この点について簡単な補足を加えると、の原文の「カミ」の記号は、巻が進むに連れてスやズやヒの当て字として多用されて行くのですが、第六巻『日月の巻』の時点では そういった使い方は余り見られず、その中で例外的と言えるのが、創世神話の原文の「」と「」なのです。

 言霊学ではが「べる」や「すめ」及び「すめら」に通じるとされ、タカミムスビとカミムスビの名にが入っているのは、このことを暗示する可能性があります。他にも、本論の後半で言及する天照大神と併せて“三つの皇”が一組であるのかもしれず、次章で論じる“スの神”や天国の統治者の“三者一体の姿”との関連も想起されます。

 これらの点からも、日月神示への理解を深めるためには原文の検討が重要になることが判ります。

 その上で、日月神示の創世神話の原文では、高御産巣日神は「たか三六一」とのみ書かれています。前後の神々の表記から考えれば「高御産巣日」のはずなのですが、何故か尊称がありません。これが何らかの理由に基づく省略なのかは不明ですが、意図的なものならば、創世神話の“カミ”“カミ以外”の数のを揃えるためでしょうか。

 また、この部分に関しては「高御産巣日神産巣日尊と成り給ひき」と翻訳することが可能です。ちなみに、日月神示の特徴である語尾に「ざぞ」や「ぢゃ」が付く文体は、創世神話では意識的に排除されているので、文脈的に「高御産巣日神産巣日尊と成り給ひき」や「高御産巣日神産巣日尊と成り給ひき」という意味なのかもしれず、色々と異なる解釈が成り立つ余地が残っています。

 なお、基本訳と第一仮訳と第二仮訳では、ここでの「三」を「二」の書き間違いだと判断していて、「三」を「つぎ」と翻訳する極めて特殊な事例になっています。

 他にも「二、高御産巣日、三、神産巣日尊と成り給ひき」という風に、数字や番号として書かれているとする解釈も考えられます。その理由は、日月神示に“御三体の大神”で呼ぶ記述があるからです。

「一の大神様まつれ、二の大神様まつれよ、三の大神様まつれよ、天の御三体の大神様、地の御三体の大神様まつれよ」 『天つ巻』 第一帖 [108]

 このような記述から、高御産巣日神の「二」と神産巣日神の「三」を“数”として解釈するなら、その訓み方は「に」及び「さん」か、日月神示風の「ツキ」及び「ミチ」になるのかもしれません。それ故、創世神話の造化三神のくだりは、実質的に「一、天之御中主神、二、高御産巣日神、三、神産巣日神」の意味合いで書かれた可能性も有り得ます。

 いずれにせよ、重要なのは「造化三神は一体的な関係にある」という点であり、次章では“三神の一体性”と、そこから見える“概念”に比重を置いて考察します。また、そのような観点からでしか、日月神示の説く高御産巣日神と神産巣日神の姿は見えて来ないのです。

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三位一体 / 三元

 古事記で宇宙で最初にしょうした造化三神は、神霊学的に“中央”“対偶”を象徴する存在であり、三神の関係を最も的確に表現する言葉が【さんいったい】です。この言葉は元々キリスト教における父と子と聖霊の関係を表していましたが、近年では一般化して色々な分野で使われています。

 そして、日月神示の創世神話では造化三神の三位一体の関係が“ス”と表現されています。

はしらスにりましてみきりたまひき」 『日月の巻』 第七帖 [180]

 『ひつ九のまキ』 第七帖 [180]

 ここでのスとはであり、日月神示の説く三位一体であるミチの概念”と同じだと思われます。ちなみに、の原文では「三」と書いて「みち」と訓ませる書き方がひんしゅつするのですが、これは天之日津久神様がさんを基本とした“歓喜の宇宙観”を展開していることに端を発しています。

 それもあってか、日月神示ではみち“字宙にの在り方”と表現します。

〔前略〕 おしえはみな方便ぢや。教ではどうにもならん。ぎり/\の世となってゐるのぞ。道でなくてはならん。変らぬ太道でなくてはならんぞ、〔中略〕 道とは三界に貫く道のことぞ。宇宙にみちみつのあり方ぞ。法則ぞ。秩序ぞ。神の息吹きぞ。弥栄ぞ。喜びぞ。判りたか」 『月光の巻』 第四十三帖 [830] 第一仮訳)

 そこで、本章では“道”“スの神”の在り方”を軸に、造化三神の三位一体の関係を【さんげん】として考察します。

 また、日月神示では「を入れてを実現すること」の重要性が幾度も繰り返されています。それ故、三位一体における“中心”についての理解を深めるために、次の点を特に深く論じます。

とは何か?」

 その結果、ミチが日月神示の宇宙観の中核を形成すると同じ概念であることに気付くはずです。同時に、ここからが見えて来ます。


 はしら はしらは神霊を数える際の単位です。日本語は対象によって数の単位を使い分ける場合が多く、例えば、神社の数ならいっしゃしゃさんしゃ、和歌の数ならいっしゅしゅさんしゅ、旗の数ならいちりゅうりゅうさんりゅう、刀の数ならひとふりふたふりふり、パンの数ならいっきんきんさんきん、花の数ならいちりんりんさんりんという風に呼び方を使い分けます。神霊の単位を柱にするようになったのは、しんぼくという概念に見られるように、「自然物に神霊が宿る」とする自然崇拝が根底にあると考えられています。

 古事記でも最初に出て来る“数”は造化三神を数えた「三柱」です。この他にも古事記では神々を数える記述が頻繁に挿入されており、“神の数”を非常に注視していることが窺えます。

 日月神示の創世神話では古事記ほど神々の数を数えていませんが、これは数に注目していないわけではありません。むしろ、御神名や言霊よりものですが、その辺りの話は本論では割愛します。

 日月神示では、造化三神は三柱で一つの大きなはたらきを成す神と語られており、基本的に“概念的な存在”としての側面が強く打ち出されています。

 また、三位一体ではなく、高御産巣日神と神産巣日神の二柱だけを“対偶的な存在”とする見方も古来からありますが、これは支那チャイナの道教の“陰陽思想”の影響を受けたと言われています。日月神示において、このような二元的な存在の象徴になっている神霊は、すぐ後に現れる伊邪那岐神と伊邪那美神の夫婦神ですが、そのほうえんげんと呼び得るものは、ムとウのはたらきや高御産巣日神と神産巣日神に既に見受けられるのです。

「節分からは手打ちながら、ひふみ祝詞 りてくれよ、かしわは元の大神様のまったうおん働きぞ、タカミムスビとカミムスビの御働きぞ、おんおとぞ、和ぞ、だいのことぞ、言霊ぞ、喜びぞ、喜びの御音ぞ、悪はらう御音ぞ」 『キの巻』 第一帖 [258] 第一仮訳と第二仮訳の誤植と脱字を原典に基づいて修正しました)

 ここでは左右対称の両手をたとえに使う形で、高御産巣日神と神産巣日神がいっついの存在”として認識されています。そして、この記述の中でだいと呼ばれていることが、日月神示の宇宙観や神経綸の背景になっています。

 また、別の箇所でも“和”れいと同じものであることが説かれており、この内容は後述する『地震の巻』の“二つの力と神の歓喜”に対応しています。

「和つくれ。和はむすびぞ。何も彼も生れるぞ」 『黄金の巻』 第一帖 [512]

「一はいくら集めても一ぢゃ。二も三も四も五も同様ぞ。〇にかえり、〇によって結ばれるのぢゃ。〇がムスビぞ。弥栄ぞ。喜びぞ」 『月光の巻』 第十帖 [797] 『月日霊示』では「〇」に「レイ」の振り仮名が付いています)

 一見すると、これらの記述は高御産巣日神と神産巣日神を二元的に捉えているようにも見えますが、実際に日月神示で説かれているのはを加えた“三元”です。例えば、次に引用する記述では一般的に対偶的と言われる事物や、似て非なる六組十二個の記号を事例に挙げて高御産巣日神と神産巣日神の関係を説き、その上で天之御中主神という“中央”“全体”を司る存在が加えられています。

「陰と陽、右と左、上と下、前と後、男と女と考へてゐるなれど、タカミムスヒとカミムスヒと考へてゐるなれど、別のミナカヌシ、現れるぞ。 よく見て下されよ、一であり、二であり、三であろうがな。三が道と申してあろう。陰陽二元でないぞ、三元ぞ、三つであるぞ」 『白銀の巻』 第一帖 [612] 原文U準拠。この帖の記号は昭和二十六年版、昭和三十八年版、第二仮訳の全てに誤植があります。特に昭和三十八年版と第二仮訳は二つ目の記号の誤植によって“一対の記号”としての意味が伝わらなくなっています)

 他にも、ここで登場する“別の御中主”という特殊な言い回しを使って、実質的に三元が展開されている記述があります。

と〇であるぞ、の陰にはがあり、の陰にはがある、その和の状態が〇であるぞ、のみでは力ないぞ、だけでは力ないぞ、とだけでも動きないぞ、生命の喜びないのであるぞ、よく心得よ。〇があつてがあり、があつて和があるのであるぞ、別の御中主あると申してあらう、ここの道理よく得心、合点せよ」 『白銀の巻』 第五帖 [616] 昭和二十六年版。「+と−と〇」は文脈的に「プラスとマイナスとレイ」だと思われますが、岡本天明氏の草稿である原文Uでは「プラスマイナス」という風に振り仮名が付いています。ただし、日月神示ではれいは同じ意味合いで使われる場合が多いので、どちらの訳し方も成り立ちます。また、昭和三十八年版と第二仮訳では「別の御中主あると申してあらう」が削除された上に原文に無い文章が追記されたため、文意が変質してしまったように見えます)

プラスマイナスレー プラスマイナス マイナスプラス ョーレー プラスプラス マイナスマイナス プラスマイナス   レーアップラスマイナス プラスマイナスアッ モーロー ドーガッ 『曰ねのキ』 第五帖 [616] 原文U準拠。読み易いように振り仮名を付け加えました)

 先の引用と見比べると、プラスマイナスを高御産巣日神と神産巣日神に見立てているのは一目瞭然です。当然ながらであるれいは和や別の御中主に対応しており、その文意は「別のがある」という風に意訳できます。これは“原因としての御中主まんなか“結果としての御中主まんなかのような違いです。

 例えば、始まりのれいである“天地未分の一なる状態”と、終わりのれいである“天地不二の一なる状態”は、概念や言葉で表せば どちらもあめつちというのことですが、同じであっても細かい内実に違いがあるようなものです。

 そして、こういった造化三神の関係に見られる日月神示の三元を象徴する言葉がミチです。これについては非常に多くの言及があるので、順番に取り上げて行きます。

 最初に引用するのは、前出の記述の中にも見られる“三が道”です。

「戦争か平和かと人民申してゐるなれど、道はその二つでないぞ、三が道とくどう申してあろう。水の外道の武器と火の外道の武器の他に、新しき武器 気づかんのか。神示よく読めば示してあるのであるぞ。ほかに道ないと決めてかかるから判らんのざ」 『春の巻』 第四十三帖 [700]

〔前略〕 同じ名の神が到るところに現はれて来るのざぞ、名は同じでも、はたらきは逆なのであるぞ、この二つがそろうて、三つとなるのぞ、三が道ぞと知らせてあろうがな。〔後略〕 『碧玉の巻』 第十帖 [874]

「世界を一つにするのであるから王は一人でよいぞ、動きは二つ三つとなるのぢゃ、キはキのうごき、ミはミのうごき、動いて和してキミと動くのぢゃ。三が道ぞと知らしてあろう」 『極めの巻』 第一帖 [928]

 次に、三が道と全く同じ意味で使われている“三つの道”“道は三つ”の記述を引用します。

「道とは三つの道が一つになることぞ、みちみつことぞ」 『地つ巻』 第十一帖 [148]

「カイの御用もオワリの仕組も何も彼も裏表あるのざぞ、裏と表のほかに裏表あるぞ、ウオヱであるぞ、アとヤとワざぞ、三つあるから道ざぞ」 『雨の巻』 第十五帖 [349]

「道は一つ二つと思ふなよ、三つであるぞ。新しき道 ひらいてあるに、何故 進まんのぢや」 『黄金の巻』 第十八帖 [529] 第一仮訳)

「善と真のはたらきを完全にするには、善と真との差別をハッキリとさせねばならんぞ、とけ合はせ、結んでヨロコビと現はれるのであるが、区別することによつて結ばれるのであるぞ、すればする程 力強くとけ合ふのであるぞ。大き喜びとなるのであるぞ。このこと日月の民には判るであらうな、道は三つぞ。合点ぢやなあ」 『白銀の巻』 第二帖 [613] 昭和二十六年版)

「道は三つと申してあろう。三とはさんであるぞ。スリーでないぞと申してあろう。無限であるぞ」 『春の巻』 第三十九帖 [696] この帖では“三”“無限”が対応することが明かされています。ここから考えると、恐らくは汎神はんしんも三との対応関係に含まれます)

 次に、対偶的な事例を挙げて“三つ”を強調している記述を引用します。

「歓喜は心臓として脈打ち、肺臓として呼吸し発展する。故に、歓喜は肺臓と心臓とを有する。〔中略〕 しかして、この二者は一体にして同時に、同位のものとなっていることを知らねばならない。それは心臓としての脈拍でもなく、肺臓としての呼吸でもない。表現極めて困難なる神秘的二つのものが一体であり、二つであり、三つの現われである」 『地震の巻』 第十六帖 [393]

「そなた達は父と母と二人から生れ出たのか。さうではあるまいがな。三人から生れ出てゐること判るであらうがな」 『白銀の巻』 第一帖 [612]

「内の念と外の念とあるぞ。二つであるぞ、一つであるぞ、三つであるぞ、このこと判りて下されよ」 『黒鉄の巻』 第二十八帖 [646] 昭和二十六年版)

「愛は脈うってゐるぞ。真は呼吸してゐるぞ。肉体にあっては肺臓は呼吸し、心臓は脈うつ、この二つが一つであって、肉体を生命する。喜びと三つが一つであるのぞ。霊にあっては霊の心臓、霊の肺臓、よろこびあるぞ」 『黒鉄の巻』 第三十三帖 [651]

がよろこびであるぞ。もよろこびであるぞ。よろこびにも三つあるぞ。は表、は裏、表裏合せてぞ。は神であるぞ。神であるなれど現れの神であり、現れのよろこびであるぞ。のもとがであるぞ。キであるぞ。元の元の太元の神であるぞ。であるぞ」 『春の巻』 第四帖 [661]

「幽界と霊線つなぐと自己愛となり、天国と霊線つなげば真愛と現れるぞ。よろこびも二つあるぞ。三つあるぞ。大歓喜は一つなれど、次の段階では二つとなるのであるぞ」 『秋の巻』 第五帖 [746]

「外の喜びは その喜びによって悪をまし、内の喜びは その喜びによって善をますなれど、マコトの喜びは外内と一つになり、二つになり、三つになった喜びとならねば、弥栄ないぞ」 『秋の巻』 第十帖 [751]

 次に“中行く道”“中行く仕組”の記述を引用しますが、これらは一般的な言い回しでの“第三の選択”に相当する内容です。ちなみに、以下の記述でのなかには、内、奥、元、始、上、全などの意味も含まれており、「中心を目指す」や「結びを実現する」という意味ではの道”の道”とも言えます。

「この道は中行く道ぞ、左も右りも偏ってはならんぞ」 『地つ巻』 第四帖 [141]

「右行く人、左行く人とがむるでないぞ。世界のことは皆、己の心にうつりて心だけのことより出来んのざぞ、この道理わかりたか、この道はマナカゆく道とくどう申してあること忘れるなよ」 『磐戸の巻』 第七帖 [243]

「この道は中行く道と申してあろがな」 『磐戸の巻』 第九帖 [245]

「此の道 中行く道と申してあるが、あれなら日津久の民ぞと世間で云ふ様な行ひせねばならんぞ」 『松の巻』 第十一帖 [302]

「悪結構な世は済みて 善結構 悪結構 卍結構 十結構 九結構の世となりなる神の仕組 近くなって来たぞ。世の元からの仕組、中行く仕組、あっぱれ三千世界結構であるぞ」 『雨の巻』 第八帖 [342] 第一仮訳)

「三エスのかんだからと、スリーエスの神宝とあるぞ、〔中略〕 一方の3Sより判らんから、人民 も悪に落ち込むのぢゃ、此の道は中行く道と申して知らしてあろがな」 『雨の巻』 第九帖 [343]

「光る仕組、中行く経綸しくみとなるぞ」 『風の巻』 第六帖 [357]

「大層が大層でなくなる道が神の道ざぞ、この道 中行く道、読みて早うガテン結構ぞ」 『空の巻』 第十一帖 [466]

「道は三つと申してあろう、〔中略〕 中の中には中の道あるぞ、中の中 は無であるから動きないぞ、動きないから無限の動きぢや、そのの外の中は人民にも動きみゆるぞ、この道は中ゆく道ざと申してあろうが、行く道、動く道であるぞ、の外の中であるぞ、中の道は太神の道、中行く道が神の道、人の道ぢや、判りたか」 『春の巻』 第三十九帖 [696] 昭和二十七年版)

 次に、日月神示の“中行く道”と、一般的な意味でのちゅうどうの違いが説かれた記述を引用してみますが、天之日津久神様によると、人間の考える中道は地上世界だけに限定されたものであり、天界や神霊を含めた“正中の大道”いちじるしく外れているそうです。その違いが“立体”“平面”の言葉で説明されています。

「そなたは左に傾いてゐるぞ。左を見なければならんが、片よって歩いてはならんぞ。そなたは右を歩きながら、それを中道と思って御座るぞ。そなたは平面上を行ってゐるから、中道のつもりで、他に中行く道はないと信じてゐるが、それでは足らんのう。立体の道を早うさとりなされよ。正中の大道あるのであるぞ。左でもなく右でもなく、うれしうれしの道あるぞ」 『月光の巻』 第五十四帖 [841]

 本論ではについては触れませんが、を注意深く読むなら、三元が立体、霊界、信仰、無限、全体、相互的な行為に対応し、二元が平面、地上、科学、有限、部分、一方的な行為に対応することが読み取れるはずです。そして、要点を先に述べると、

日月神示では三元が“立体”“岩戸開き”に対応しています。

 この点について簡単な解説を加えると、二元へいめんでは対立的で協調できないものが、三元りったいでは和合することが可能になるそうです。そのため、日月神示では「じょ的な関係にある」や「敵対的ではない」という意味において、中行く道が“あなないの道”と称されています。

「何事も持ちつ持たれつであるぞ。神ばかりではならず、人ばかりではならずと申してあろが、善一筋の世と申しても今の臣民の言ふてゐる様な善ばかりの世ではないぞ。悪でない悪とあなないてゐるのざぞ。此のお道は、あなないの道ぞ、上ばかりよい道でも、下ばかりよい道でもないのざぞ」 『日月の巻』 第九帖 [182]

〔前略〕 表と裏とあななひぞ、あななひの道と申してあろ、〔後略〕 『雨の巻』 第十四帖 [348]

 あなないが「助ける」や「支える」という意味の古語であることを考えると、日月神示が説いている道は「助け合いの道」や「支え合う道」として見ても良いと思われます。

 恐らく、あなないの道や中行く道という言葉を使って天之日津久神様が伝えたいのは、“対立軸の超越”なのでしょう。つまり、二元的な対偶の存在、いわゆるついなるもの”は決して敵対的な関係ではなく、互いを活かし合って最後には“新しきミチを生み出すための不可欠の因子なのです。

 そして、対偶的な二つがこうして生まれる“新しき生命よろこびが、三つ目の状態として“三の本質的な意味”であることが明かされた記述を取り上げて、三に関する引用の結びとします。

〔前略〕 生前は生後であり、死後は又 生前であって、春秋日月の用をくりかへしつつ弥栄へてゐる。従って霊界に住む霊人たちも両性に区別することが出来る、陽人と陰人とである、陽人は陰人のために存在し、陰人は陽人のめに存在する、太陽は太陰によりて弥栄へ、太陰は太陽によりて生命し、歓喜するのである。この二者は絶えず結ばれ、又 絶えず反してゐる、故に二は一となり、三を生み出すのである。これを愛と信の結合、又は結婚と呼び、霊人の結婚とも称えられてゐる、。歓喜は物質的形体はないが、地上世界では物質の中心をし、物質として現はれるものである。霊界に於ける春は陽であり、日と輝き且つ力する、秋は陰であり、月と光り且つ力する、この春秋のうごきを又 歓喜と呼ぶのである、春秋のうごきあって神は呼吸し、生命するとも云ひ得る」 『地震の巻』 第十八帖 [395] 第一仮訳)

 ここに書かれている“三の意味すがたこそが、日月神示で「三が道」と繰り返される理由であり、原文で「ミチ」の訓み方が頻出する背景であると言えます。

 以上のように、日月神示ではさんみちが殆ど同じものとして語られており、三元的な“三つ”を中核に宇宙観が展開されています。そして、前出の引用で高御産巣日神と神産巣日神が対偶的な存在として描かれている点や、そこに天之御中主神が加わる点からも判るように、

日月神示において造化三神は“三元の象徴”になっています。

 恐らく、造化三神は表裏一体の“紙”のようなものとして、「一つの存在から派生した二つの側面」と見ても「二つの側面によって形成される一つの存在」と見ても良いと推測されます。言及する際に どちらに比重を置くかの違いがあるだけであり、のでしょう。

 そのため「一元であり二元であるが故に三元であり、三元であるが故に二元であり一元である」という風に包括昇華する形で考えるのが、“日月神示的な正解”だと思われるのです。

 また、三元的な視点では「一元から二元を経て新しい一元に至ることが三元である」といった形で、物事をの中で捉えているらしく、天之日津久神様にも一時点での状態だけを取り上げて全体を定義する意識は無いようです。これは「全体を変化と連続性を前提に認識する」ということであり、『地震の巻』の冒頭の一節が最も参考になります。

 この辺りの話は“神霊の時間”や、である神即神即神という“日月神示の神観”などと関係しています。ですが、その詳細を論じると本章の題目テーマから外れるので、要点だけを述べると、

物事の道理を“全体と永遠の視座”から説いているのが日月神示であり三元なのです。

 そして、こういった三元的な三位一体の関係は、を組み合わせたの記号で表現される場合が多く、日月神示の創世神話でも造化三神は“ス”と呼ばれています。

 スにりまして この部分は古事記で「ひとりがみに成った」と書かれており、たいぐうの存在を持たない神”という意味だと考えられています。これは後段で登場する五組十柱の“対偶の存在を持つ神”との相違を明らかにするための対比的な言葉と言えます。

 その意味を一例を挙げて説明するなら、対偶神には“男性”“女性”といった性別があり、独神は性別がない“無性”のような存在とされています。ですから、古事記的には高御産巣日神と神産巣日神を対偶的な存在とする見方は間違いになるのですが、別の伝承が『古語拾遺』に記されているので、この話については本論の第六章『ミロクの実体』で再び言及します。

 日月神示の創世神話において、古事記の独神に相当する部分の原文は「ス」です。これは大本系統の宗派で“根元神の象徴シンボルとされることが多い記号シンボルの基本的な訓み方です。そのため、大本系統ではに「しゅ」の漢字を当てて「かみ」や「しん」と表記する場合が散見されます。こういった背景から考えても、に成りまして」という意味で書かれていると思われます。

 ただし、古事記での独神にを当て嵌めるのは日月神示の独自の主張ではありません。これは明治時代の言霊学者であるおおいしごりが提唱していた説であり、当時の大本教の機関誌『神霊界』の大正九年四月一日号に掲載されていました。同年に大本教が買収したたいしょうにちにちしんぶんに美術記者として入社した岡本天明氏も、内容に目を通していた可能性が高いです。

 その上で、日月神示の創世神話の原文は「」ではなく「ス」になっています。ここにはが込められているように見えるので、それを論じるための予備知識として、三元におけるの同一性”の話から始めたいと思います。

 日月神示の原文で根元的な神が「」ではなく「ス」と表記されているのは創世神話の当該箇所だけのはずですが、例外的に原文が絵である『地震の巻』の訳文で「スの神」という表現が使われており、創世神話で造化三神が成ったとされる“ス”に近い意味を持つように見えます。

 『地震の巻』は日月神示の中でも極めて特異な巻であり、神々を擬人化して表現する手法を一切排除したけいじょうがくの論説”とでも評すべき“三千世界論”になっています。それ故、神名に類する名称は全く登場しません。唯一の例外が「スの神」ですが、これも厳密には御神名とは言い難い側面があります。

 そこで“スの神”の記述を引用してみますが、一つ注視して頂きたいのは、天国における統治者の姿として“三位一体の関係”が語られている点です。こういった三元的な背景が『地震の巻』を貫いています。

「天国は限りなき団体によって形成されてゐる、そして その統治は、各々の団体に於ける最中心、最内奥の歓喜によりなされるのである、統治するものは一人であるが二人であり三人として現はれる、三人が元となり、その中心の一人はによって現はされ、他の二人はによって現はされる、は左右、上下二つの動きのを為すところの立体からなってゐる、統治者の心奥のは更に高度にして更に内奥に位する中のによって統一され、統治され、立体をなしてゐる。天国では このをスの神と敬称し歓喜の根元を為してゐる。スの神はアの神と現はれ給ひ、オとウとひらき給ひ、続いてエとイと動き現はれ給ふのである、これが総体の統治神である、三神であり二神であり一神である」 『地震の巻』 第十九帖 [396] 第一仮訳)

 この帖では「スの神はアの神と現はれ給ひ」と書かれており、スの概念が、アのア、ムとウ、れい、始まりの前、元などに通じることが窺えます。同時に「スの神はである」と明言されています。

 その上で注目に値するのは、三者一体の天国の統治者の姿が、中心の一者はで表現されているのに対し、他の二者は共にと表現されている点です。つまり、二元的な視点では者と者が対偶であるのに対し、三元的な視点では者と者が対偶になるのです。ここからは以下の内容が読み取れます。

「三元と二元ではが異なる」

 これと同じことが語られた記述は他にもあります。例えば、三元的な視点ではや全体や統合状態を意味する“一なるもの”と、や部分や分離状態や「ひとつあらず」の意味で“多”を指すであろう“二なるもの”が、互いに補完し合うことが述べられています。

「一なるものは平面的には分離し得ない、二なるものは平面的には一に統合し得ないのである。分離して分離せず、統合して統合せざる、天地一体、神人合一、陰陽不二の大歓喜は立体的神秘の中に秘められてゐる。に於ては一なるもに於ては二となり三となり得るところに、永遠の生命が歓喜する」 『地震の巻』 第二帖 [379] 第一仮訳)

 この内容を踏まえた上で考えてみると、三元りったいでの対偶とは“統合状態”“分離状態”を指しているようです。それ故、二元へいめんでの対偶であるは「かたである」や「全てではない」や「あらず」という意味において、のです。

 逆に三元でのとは、二元における対偶であるが分離する前の、もしくはが統合された後ののことであり、大意としてを指しています。故に、

日月神示の説く三元ではになります。

 このように、日月神示ではので、一方的な平面の視点だけではなく、相互的な立体の視点と一緒に考える必要が生じます。

 ちなみに、日月神示で「よりも上位に在る」と説かれているのは、ぜんたいの性質はちゅうしんに最も強く受け継がれるからなのでしょう。何故なら、全体を統御するのは外郭ではなく“内なるだからです。

 また、こういったの補完的な関係は、“陽と陰”“男と女”“奇数と偶数”などの関係として説明されていることも付記しておきます。

 ここで話が創世神話に戻りますが、恐らく「此の三柱に成りまして」と書いてしまうと、二元へいめん的な意味に限定して受け取められてしまい、三元りったい的なので、敢えて「ス」と書いてあるように思われるのです。

 ですから、創世神話の「スに成りまして」は、「に成りまして」と同じくらいに成りまして」の意味が強いと推測する次第です。

 そこで、ここからは以上の「三元では」の内容を予備知識として、「スの神」という表現が出て来る『地震の巻』でのの描かれ方や“歓喜の宇宙観”を見て行くことにより、造化三神が成ったとされる“ス”の姿を追ってみたいと思います。

 最初に、『地震の巻』の骨子の説明とも言える“根本原理”及び“二つの力と神の歓喜”に関する記述を、重要な部分に傍点を振って引用します。

「地上人は内的に生前の霊人と通じ、又 死後の霊人と通ずる、地上人が生前を知得するはこの霊人を通ずるが故であり、死後を知得するのも 又 同様に通ずるからである、生前と死後は同一線上におかれてはゐるが同一ではない。地上には物質的形式があり、霊界には霊的形式がある、その形式は歓喜の交叉し、発する処によって自ら成るものである。形式なくしては合一なく、力なく、形式あるが故にものが総てに合一弥栄し力し大弥栄するのである。形式の中に和すことは、その個々が差別されてゐるからである。差別し区分せられることは、その各々に各々が共通する内質をもつからである。共通性なきものは差別し区分することが出来ない。霊界と現実界との関係はかかるものであるが故に常に相反し力し力を生じ、又 常に相通じて力を生み行く。。されば差別は平等と合一することによって立体の差別となり、平等は差別と合一することによって立体平等となり得る。霊人が地上人と和合し、又 地上人が霊人と和合し弥栄するのは、この立体平等と立体差別との弥栄ゆるが為めであることを知らねばならぬ。。生成発展もなく神も歓喜し得ない、この力なくしては地上人は霊人と和し神に和し奉ることは出来ない、故に生命しないのである」 『地震の巻』 第十帖 [387] 第一仮訳。ただし「」は省略しました)

 ここで霊界と地上界を例に語られる「二つの相反するもの」や「二つの力」とは、対偶的なはたらきのことであり、、陽と陰、天と地、霊と肉、男と女、ヤとワ、正道の善と正道の悪などが当て嵌まります。その上で、二つの力のへいこうを保つが挙げられており、こういったを軸にした対偶的なものの結び」が、『地震の巻』の全体を貫く骨子になっています。

 そして、上の帖の内容から考えると、の多様な意味の中でも特に中核的な側面が見えて来ます。

“大神の大歓喜”が最も本質的な意味すがたである」

 また、によって成される“二つのものの結び”へいこうと同じ意味なのですが、対偶ふたつ平衡バランスに関しては更に判り易い記述があります。

「天国を動かす力は地獄であり、光明を輝かす力は暗黒である。地獄は天国あるが故であり、やみは光明あるが故である。ここで云ふ力とは霊体、天地、陰陽、左右、上下、善悪、真偽の現はれと云ふことであって人間の云ふ力学的力ではない、本来は天国もなければ地獄もなく、只 歓喜と歓喜の因があるのみであって、これが総てである。因が果にうつり、呼が吸となり行く道程において、歓喜は更に歓喜を生ず。その一方が反抗すればするだけ他方が活動し、又 強力に制しようとする。呼が強くなれば吸も強くなり、吸が長くなれば呼も又 長くなる、ここに平衡が生まれてくる。は常に動いて栄え、は常に動かずして栄え行く、その平衡が浄化、弥栄である。故に地獄的なものも天国的なものも同様に神の呼吸に属し、神の脈打つ一面の現はれであることを知らねばならない」 『地震の巻』 第三帖 [380] 第一仮訳)

「地上人は、霊人との和合によって神と通ずる。地上人の肉体は悪的な事物に属し、その心は善的霊物に属する。その平衡するところに力を生じ、生命する。〔中略〕 神は、左手にての動きをなし、右手にての動きを為す。そこに、地上人としては割り切れない程の、神の大愛が秘められていることを知らねばならぬ。地上人は、絶えず、善、真に導かれると共に、また、悪、偽に導かれる。この場合、その平衡を破るようなことになってはならない。その平衡が、神の御旨である。平衡より大平衡に、大平衡より超平衡に、超平衡より超大平衡にと進み行くことを弥栄と云うのである。左手は右手によりて生き動き、栄える。左手なき右手はなく、右手なき左手はない。善、真なき悪、偽はなく、悪、偽なき善、真はあり得ない。神は善、真、悪、偽であるが、その新しき平衡が新しき神を生む。新しき神は、常に神の中にはらみ、神の中に生れ、神の中に育てられつつある。始めなき始めより、終りなき終りに到る大歓喜の栄ゆる姿がそれである」 『地震の巻』 第十五帖 [392]

 上の帖での平衡とは、呼吸や脈拍のように個別的には逆様に見える二つの動きが、全体的には一つの動きとしてしゅうれんされて行く流れリズムを指しています。

 そして、二つの力の平衡を保つ故に、は対偶的なものの“原因”“結果”として存在するらしく、「全てはに集約される」とも説かれています。

「愛は真により、真は愛により向上し、弥栄する。その根底力を為すは歓喜である。故に歓喜なき所に真実の愛はない。歓喜の愛は これを愛の善と云ひ、歓喜なき愛を愛の悪と云ふのである。その歓喜の中に 又 歓喜があり、又 愛があり、真があり、真の真と顕はれ、愛の愛と顕はれ、となり、と集約され、その集約のの中にを生じ、更に尚と弥栄ゆる。生前の世界、現実の世界、死後の世界を通じて、一貫せる大神の大歓喜の流れ行く姿がそれである」 『地震の巻』 第四帖 [381] 第一仮訳)

「天国や極楽があると思念することは既に無き地獄を自らつくり出し、生み出す因である、本来なきものをつくり出し、一を二にわける。だが、分けることによって力を生み弥栄する、地獄なきところに天国はない天国を思念する処に地獄を生ずるのである。善を思念するが故に悪を生み出すのである。一あり二と分け、はなれて 又 三と栄ゆるが故に歓喜が生れる、則ち一は二にして、二は三である、生前あり、生後あり、死後ありて尚それらの総てはである、でありであり、と集約される。故に これらの総ては無にして有である」 『地震の巻』 第五帖 [382] 第一仮訳)

「すべての善はより起り、にかえるのと同様、総ての悪もまたより起りにかえる。故に、神をはなれた善はなく、また神をはなれた悪のみの悪はあり得ないのである。殊に地上人はこの善悪の平衡の中にあるが故に、地上人たり得るのであって、悪をとり去るならば、地上人としての生命はなく、また善は無くなるのである」 『地震の巻』 第十五帖 [392]

 ここで語られる「一つのものが二つに分かれ、再び結ばれて三を生み出す様相」から判るように、

対偶ふたつの力の本質はひとつを新生させる動きエネルギーです。

 つまり、全ては歓喜を増し続けて行くための措置うごきであり、“喜ぶこと”或いは“喜びこと”が、大神や宇宙の根本的かつ究極的な目的なのです。これが日月神示の説く“歓喜の宇宙観”であり、いやさかと呼ばれるもののことです。

 それ故、原因であり結果であるおおかみと称され、本質的に“大歓喜”であることが繰り返し説かれています。同時には全ての生命にとっての“中心”“目的”になっているそうです。

「一は一のみにて一ならず、善は善のみにて善ならず、又 真は真のみにて真となり得ない。神霊なき地上人はなく、地上人とはなれた神霊は存在しないのである。しかし大歓喜にまします太神のは、そのままで成り成りて鳴りやまず存在し、弥栄する、それは立体を遥かに越えた超立体、無限立体的 無の存在なるが故である」 『地震の巻』 第二帖 [379] 第一仮訳)

〔前略〕 一の世界に住むものには二の世界は苦の世界となり、二の世界に住むものには一の世界は 又 苦の世界と感覚するからであって、何れも自ら求むる歓喜にふさわしい世界に住するようになってゐるのである、又 一の世界に於ける善は二の世界では善ではなく、二の世界の真が一の世界に於ては真でない場合も生じてくる。しかし その総ての世界を通じて、更に高きに向って進むことが彼等のよろこびとなるのである。は中心であり、大歓喜であり、神である」 『地震の巻』 第十七帖 [394] 第一仮訳)

〔前略〕 天国の政治は、常に光の中にあり、また熱の中に育ち栄え、歓喜するのである。天国の太陽よりは、真と愛とが常に流れ出ているが、その真と、愛とは、太陽の中にあるのではなく、現われ出たものが真と見え、愛と感じられるのみである。太陽の内奥は大歓喜が存在する。故に高度の天人の場合は、愛も真もなく、遥かにそれらを超越した歓喜のが感じられるのみである。この歓喜のが、真、善、美、愛となって、多くの天人、天使たちには感じられるのである。歓喜は、そのうけ入れる天人、天使、霊人、地上人たちのもつ内質の如何いかんによって、千変万化し、また歓喜によって統一されるのであるということを知らねばならぬ」 『地震の巻』 第十九帖 [396]

 そして、大神のである大歓喜を軸として宇宙の法則や秩序が形成されていることを、天之日津久神様は次のように表現しています。

「全てはを中心に動く」

 同時に、に基づいた動きや在り方には神の歓喜が流入するので、その姿はとして惟神かんながらだいと表現されています。

〔前略〕 又 各々の集団の中心には、その集団の中にて最も神に近い霊人が座を占め、その周囲に幾重にも、内分の神に近い霊人の順に座をとりかこみ運営されてゐる。しそこに、一人の場所、位置、順序のちがいがあってもその集団は呼吸しない。しかしてそれは一定の戒律によって定められたものではなく、惟神の流れ、則ち歓喜によって自ら定ってゐるのである。また これら集団と集団との交流は、地上人の如く自由ではない、総てはを中心としての姿を形成してゐるのである、とを、生前の世界に於て分離することは極めて至難ではあるが、ある段階に進むときは一時的に分離が生ずる。しかし、この場合もでありである」 『地震の巻』 第四帖 [381] 第一仮訳)

「差のない立場に於て差をつくり出さねば、力を生み出すことは出来ず、弥栄はあり得ない。すなわち善をつくり力を生み出すところに悪の御用がある。動きがあるが故に、反動があり、そこに力が生れてくる。霊にのみ傾いてもならぬが、強く動かなければならない。体のみに傾いてもならぬが、強く力しなければならない。悪があってもならぬが、悪が働かねばならない。常に、動き栄えゆく、大和のを中心とする上下、左右、前後に円を描き、中心をとする立体的うごきの中に呼吸しなければならない。それが正しき惟神の歓喜である。惟神の歓喜は総てのものと交流し、お互いに歓喜を増加、弥栄する。故に、永遠の大歓喜となり、大和の大真、大善、大美、大愛として光り輝くのである」 『地震の巻』 第九帖 [386]

 なお、本章で引用した『キの巻』第一帖では、高御神と神神が両手に譬えられ、左手と右手が一体になって動くかしわと、それによって生じた“喜び”“大和”と呼ばれています。これは柏手がを発生させる「二つが一つになってを生み出すむすび”行為うごきであること」に掛けてあり、造化三神の在り方と日月神示の宇宙観が重なることが判ります。

 同時に、柏手の動作は あくまでもであり、左手と右手という“二つのうごきが独立したものではなく、“中央や全体のうごきに統御されていることが判ります。つまり、表層的な対偶ふたつの内奥にはが隠れている、もしくは対偶ふたつは見えざるおおわれていると言えるのです。そうであればこそ、日月神示の宇宙観は二元にまんなかである“神の歓喜マツリを加えた“三元”なのです。

 ここまでの内容から推察できるように、は日月神示の調和マツリ“歓喜の宇宙観”と緊密に結び付いています。ただし、喜びは魂の内奥から湧き出づる情動であるが故に有限的な形態を持たないらしく、大神の歓喜であるは、法則や順序や形式などの“概念的な側面”から語られる場合が多くなっています。

 そのためなのか、大神のや大歓喜と一体視される根元的な存在は、形を有さないとして語られています。ちなみに、ここには限”の意味も込められており、以下の引用で傍点を振った部分に注目すれば、無限の存在との関係の一環として、前出の「全てはに集約される」や惟神かんながらの歓喜”についても説明されていることが判ります。

〔前略〕 何ものも、それ自らは存在しない。弥栄しない。必ず、その前なるものによって呼吸し、脈うち、生命し、存在し、弥栄する。また、総てのものの本体は、無なるが故に永遠に存在する。〔後略〕 『地震の巻』 第一帖 [378]

「弥栄は順序、法則、形式によりて成る。故に順序を追はず、法則なく、形式なき所に弥栄なく、生れ出で呼吸するものはあり得ない。個の弥栄は全体の弥栄である、個がその個性を完全に弥栄すれば全体は益々その姿を弥栄する。個と全体、愛と真との差が益々あきらかになれば、その結合は益々強固となるのが神律である。霊界と物質界はかくの如き関係におかれてゐる。其処にこそ大生命があり、大歓喜が生れ、栄え行くのである。更に極内世界と極外世界とが映像され、その間に中間世界が 又 映像される、極内世界は生前、極外世界は死後、中間世界は地上世界である、極内は極外に通じてを為す、すべて一にして二、二にして三であることを理解せねばならない、かくして大神の大歓喜は大いなる太陽と現はれる、これによりて新しく総てが生れ出る。太陽は神の生み給へるものであるが、逆に太陽から神が更に新しく生れ給ふのである、は絶えずくりかへされ、更に新しき総ては神の中に歓喜としてはらみ、生れ出で、更に大完成に向って進み行く。親によって子が生れ、子が生れることによって親が新しく生れ出づるのであることを知らねばならない。さればその用に於ては千変万化である、千変万化なるが故に一である。一なるが故に永遠である。愛は愛に属する総てを愛とし、善となさんとするが故に悪を生じ、憎を生じ、真は真に属する総てを真とし美と為さんとするが故に偽を生じ、醜を生ずるのである。悪あればこそ善は善として使命し、醜あればこそ美は美として生命するのである。悪は悪として悪を思ひ、御用の悪をなし、醜は醜として醜を思ひ、御用の醜をはたす。共に神の御旨の中に真実として生きるのである。真実が益々単にして益々純なれば益々充実し、円通する、さればの中のの中なるの中なるは一切万象、万物中の最も空にして無なるものの実態である。これが大歓喜そのものであって、神はこのに弥栄し給へるが故に、最外部のの外にも弥栄し給ふことを知覚し得るのである。始めなき始のの真中の真空にゐますが故に終りなき終りのの外の無にゐまし、中間に位する力のの中にも生命し給ふのである。一物の中のなるが故に一物であり、万象万物であることを知覚しなければならない。生前の様相であり、呼吸するが故に死後の呼吸とつづき、様相として弥栄ゆるのである。 『地震の巻』 第三帖 [380] 第一仮訳)

 上の内容を要約すると、日月神示では有限的な形を持つ何らかの存在ではなく、存在の在り方を規定する概念イデアエネルギーなどの方を、より根元的なとして“元”“親”に位置付けているようです。

 これは、全ての存在に先駆けて“神の意志こころが在ることを暗示しています。譬えるなら、何らかの計画を本格的に始める前に、原則や方針としての規格フォーマットを定めるようなものでしょうか。基本的に、物事は指針となる“大まかな枠組”の方が先に決まるのです。

 ここからも判るように、全体の“元”おやである“大神のに統御されています。その意味において、は常に三千世界の生成化育の中心軸に位置しているとも言え、このことをの原理”の形式”という言葉で説明した記述もあります。

「生前の世界に、霊人が生活している。山があり、川があり、住宅、衣類、食物がある。しかし、それは最初からのものではない。それらの元をなすが歓喜していた、そのが生後、地上世界にうつされて、地上的約束の下に生長し、秩序されたがため、その結果が、死後の世界につづき、死後の世界の様相はの原理によって、生前世界に移行して、生前的に進展し、弥栄し、そのを幾度となく繰り返すうちに、漸次、内的に向って弥栄する面と、外的、地上的に進むと、その交叉融和することによって更に生み出され弥栄すると、その各々が各々の立場に於て(すすみ)(呼吸し)(脈うち)(生命)していると同時に、全体的にも(生命し)(歓喜し)(弥栄)している。しかして、その現われとしては(和)せば(和)するほど相離れ、遠ざかりつつ(生長)する。また(生命)の(大歓喜)として湧き出ている。故に、地獄にあらざる地獄的霊界、天国にあらざる天国的霊界は、霊人により生み、霊人により育てられると同時に、人々により生み、人々により育てられ、歓喜されるのである。かく弥栄進展するが故に、人類も霊人類も、各々その最後の審判的段階に入る迄は、真の三千世界の実相を十分に知り得ない。故に、新天新地の来る迄、真の天国を体得し得ない。新天新地の新しき世界に生れ出づる自己を知り得ない。この新天新地は幾度となく繰り返されているのであるが、いずれもの形に於けるが如く同一形式のものではあるが、同一のものではない。より小なるものより、より大なるものが生れ、より大なるものより、より小なるものが生れ、より新しきものより、より古きものが生れ、より古きものより、より新しきものが生れ、弥栄し、一つの太陽が二つとなり、三つとなり、更には一つとなることを理解しない。月より地球が生れ、地球より太陽が生れると云うことを理解するに苦しむものであるが、最後の審判に至れば自ら体得し得るのである。これは外部的なる智によらず、内奥の神智にめざめることによってのみ知り得る」 『地震の巻』 第八帖 [385]

 上の帖の原文の絵は大量のてんの集合体なのですが、それらは、進展、呼吸、脈拍、生命、歓喜、弥栄、和、生長、大歓喜などと翻訳されており、ここまでに引用したの内容と符合することが判ると思います。また、一つが二つに分かれ“三”として改めて一つに結ばれる姿が特に強調されており、

の新生”とでも言うべき“神智”と呼ばれています。

 そこから見えて来るのは、全ての存在の元を成す対偶ふたつを結ぶ中心ひとつ中心中心として始まりの前から在り、を軸に三千世界の生成化育が進展して行く姿です。直接的な言葉こそ出て来ないものの、三位一体や三元の話が展開されているのは明白と言えます。恐らく、

三位一体や三元とは“総体を統御する原理ルールなのでしょう。

 このを天之日津久神様はちゅうしんの原理”と呼んでいるように見えるのです。

「宇宙の総てはとなってゐるのざぞ、どんな大きな世界でも、どんな小さい世界でも、ことごとく中心に統一せられてゐるのざぞ」 『青葉の巻』 第三帖 [472]

 なお、三元においてが同じであることを考え合わせると、の原理はの原理”と呼び換えても問題ありません。

 そして、が結ばれて生まれる“新しきひとつ“三つ”を象徴化した記号であるが故に、こういった意味すがたが、『地震の巻』で“総体の統治神”と表現される“スの神の姿”に最も近いと思われるのです。これはスの神であるが、大神、大歓喜、大生命、生命の本体などと同一視される背景にもなっているはずです。

 その上で、『地震の巻』のを軸にした物の見方に基づけば、創世神話の「此の三柱スに成りまして」は次のような意味だと考えられます。

「造化三神は根本的な原理を体現する存在に成った」

 また、このような解釈の裏付けになり得ると思うのですが、古事記では「独神に成った」と書かれている神霊が七柱目までであるのに対し、日月神示の創世神話で「スに成った」と書かれているのは、あくまでも造化三神だけなのです。

 そして、造化三神は原理を神格化した“概念的な存在”であるが故に、らしいことは、以下に続く“澄みきり”の内容からも判ります。

 みきりたまひき 古事記では「隠身」であり、一般的には「身を隠し給ひき」と訳されています。日本語の「隠れる」には高貴な人間の死を指す意味もあるので、いんとん的な意味で読み取った場合と、消滅的な意味で読み取った場合では、受ける印象がかいしてしまう言葉です。

 当然のように、日月神示におけるかくれは隠遁的な意味でもちいられています。

「此の方等が世 建直すと申して此の方等が世に出て威張るのでないぞ、世 建直して世は臣民に任せて此の方等は隠居ぢゃ、隠れ身ぢゃぞ。地から 世 持ちて嬉し嬉しと申すこと楽しみぞ」 『雨の巻』 第十五帖 [349]

「神と人民 同じになれば神代ざぞ、神はかくりに、人民 表に立ちて此の世 治まるのざぞ」 『雨の巻』 第十七帖 [351]

「新しき世とは神なき世なりけり。人、神となる世にてありけり。世界中 人に任せて神々は楽隠居なり、あら楽し世ぞ」 『風の巻』 第十四帖 [365]

 日月神示で隠身の言葉が使われていることからも判るように、天之日津久神様は古事記の内容を御存知の上で「澄みきり給ひき」と表現なさっています。この文言は「きり」が限界や限度や上限などを表すきりであることを考えると、「清明なる状態が極限まで高まった」という意味合いだと思われます。また、ここでの「高まった」は「広まった」や「極まった」に置き換えても基本的な意味が通じます。

 この部分は上述の「スに成りまして」と同じく大石凝真素美の説を踏襲しているので、当時の『神霊界』に掲載された遺稿を、誤植を訂正せずに引用してみます。

〔前略〕 なかぬしかみしんたいきうなりだいかう/\としててんきうひたたまおほこゝろなりるをもつむねとすべし。ときこのきうちうしんより、せんしててんきうそこせまのぼしんおこなりこれたかみむすびのかみいふなり。(したよりうへのぼむすぶといふこゝろなりそのめぐかたちは三ばい、三ばいせまなりまたこれどうひとしくせんしててんていよりきうちうしんせまきたしんおこなりこれかみむすびのかみといふなりこれてんだいざうきよくげんなりこれにていつさいじつをさまりなりこれよりすうまんげんみなこと/″\このせうちゆうしやくなり

 このせうけつきよくとして、このはしらかみならび独神になりましてすみきりたまなりといふなりの独神といふ二はづものなりこのすみきりはスミキリたまふと、はづものなりしかるをみなかんまゝに、ヒトリカミ、と身をかくしたまひき、とみてる。しかときだいざうの三じんも、すでてゝ、そうしきをするものやうらちぶんそのをかくしてしまふたとる。しかときいまかみものすでりたるせんはいまつるとどうやうなりそれではころしてなりじつもつて、もうぼうなりこれりましてたまふといふときは、このはしらかみこのたかまがひたたまなかりましてこう/\れつ/\きよくとしてきゆうえいごうに、たまことなり〔後略〕 『神霊界』 大正九年四月一日号 『大石凝翁遺書(原文の儘)(四) 古事記原稿の第一』 大石凝真素美が古事記の冒頭の一節を極めて重要視しているのは岡本天明氏と同じです。また、出口王仁三郎も『霊界物語』の第一巻の附記で色々な実例を挙げて、書物の冒頭の一篇の重要性を説いています)

 ここでは「隠身」の意味が「身を隠す」ではなく「り」であることが力説されていますが、両者は表現ほどには内容が違っていない可能性もあります。例えば「空気のように無色透明な存在になった」という風に「見えなくなった」という意味だと解釈すれば、どちらの言葉で表現しても、内容的に大きな差は無いと言えます。

 また、そこには「表層的には現れなくなった」や「蔭から支える存在になった」という意味も込められていると考えられ、或る種の概念や法則や秩序として世界をおおっていると思われます。

 これに関しては、日月神示に もう一箇所だけある“澄みきり”の記述が参考になるかもしれません。

「今迄は神も仏も同じぞと申してゐたが神と仏とは違ふのざぞ、かみの動くがほとけぞ、の動くがか三ぞ、の澄みきりがおおかみぞ、神と仏と臣民とは違ふのぢゃぞ」 『マツリの巻』 第一帖 [405] 第一仮訳と第二仮訳では「」に「カミ」の振り仮名が付いていますが、と神、と仏、と臣民、と大神が対応するようにも見えます。もしかしたら「神や仏が人間と和合した姿が大神である」という文意かもしれず、本章で後述する神人かみひとに話が通じている可能性も考えられます)

 神典研究者によれば、この記述は「記号を視覚的に表現している」とのことです。簡単に説明するなら、が回転して端点が残像の尾をいてに見え、更に早く回転する姿がと映り、最後には端点の残像が繋がった外周と中心しか目に止まらなくなってとして認識される、という表現であるそうです。の段階に関しては自動車や自転車の車輪を思い浮かべると想像イメージし易いでしょうか。

 もっとも、物体が回転すると外側ほど大きく動き、大抵は中心部しか目に止まらなくなるので、視覚的にに見えます。そのことは日月神示に「中心はである」という主旨の記述があることからも判ります。

「真中動くでないぞ」 『日月の巻』 第十六帖 [189]

「大将が動く様では、治まらんぞ。真中動くでないと申してあろが」 『松の巻』 第十五帖 [306]

は常に動いて栄え、は常に動かずして栄え行く、その平衡が浄化、弥栄である」 『地震の巻』 第三帖 [380] 第一仮訳)

「中の中には中の道あるぞ、中の中は無であるから動きないぞ、動きないから無限の動きぢや、そのの外の中は人民にも動きみゆるぞ、この道は中ゆく道ざと申してあろうが、行く道、動く道であるぞ、の外の中であるぞ、中の道は太神の道、中行く道が神の道、人の道ぢや、判りたか」 『春の巻』 第三十九帖 [696] 昭和二十七年版)

「働くにはキ頂かねばならん。キから力生れるのであるぞ。働くと申して動くばかりでないぞ。動かんのも働き、動くのも働き、よく心得よ」 『夏の巻』 第十四帖 [731]

ナカイマと申すことは今と申すことであるが、は無であるぞ、動きなき動きであるぞ、真中うごくでないと申してあろう、うごくものは中心でないぞ、その周囲が動くのであるぞ、そのことよくわきまへよ」 『秋の巻』 第十九帖 [760] 第一仮訳)

「母しらす御国の五のハタラキはいづれも十のつばさを持ってゐるぞ、足は十本であるぞ、更に五十のつばさとなりなる仕組、五十の足がイツラぞ、イツラでは動きとれん。四十九として働いてくれよ、真中の一はうごいてはならん。真中うごくでないぞと申してあろうがな」 『扶桑の巻』 第十一帖 [860]

「世の元は〇であるぞ、世の末も〇であるぞ、〇から〇に弥栄するが、その動きは左廻りと右廻りであるぞ、と申してあろう、その中心に動かぬ動きあるぞ」 『星座の巻』 第十帖 [893]

 そして、の段階では目に止まらないの外側やの内側の部分にも、或る意味ではと言えるので、り”の状態には「埋め尽くされている」や「どこにでも在る」といった意味合いが強いと推測されます。前出の大石凝真素美の説にも「至大天球たかまがはらひたたまなかに」とあるように、日月神示における“澄みきり”とは「へんざいしている」という意味に近いのでしょう。

 そこから考えると、「此の三柱スに成りまして澄みきり給ひき」は次のような意味であるはずです。

「造化三神は根本的な原理を体現する存在に成って万物に浸透した」

 こういった解釈は、天之御中主神から伊邪那美神までの根元的な十七柱の中で、造化三神だけが「れる」と形容されてことによっても後押しされるはずです。

 ここから見えて来るのは「宇宙の中心的な原理は最初はじめの神”の姿に表れている」ということです。逆から見れば、、造化三神は あらゆる神々に先駆けて宇宙に成ったとも言え、その姿は“無きが如き存在”に極めて近いのです。

 結局の所、全ては『地震の巻』で“無限立体的”と語られる“無の存在”に行き着くのでしょう。晩年の岡本天明氏が、神々の生成弥栄、数霊のれい、言霊のという“前なるもの”に通じる概念に焦点を当てていたのも、“不動の中心原理”としてのに思い至ったからなのかもしれません。日月神示にも似たようなことが書いてあります。

「平面の上でいくら働いても、もがいても平面行為で有限ぞ。立体に入らねばならん、無限に生命せねばならんぞ。立体から複立体、複々立体、立々体と進まねばならん。一から二に、二から三にと、次々に進めねばならん。進めば進む程、始めに帰るぞ。に到るぞ。立体に入るとは信仰に入ることぞ。無限に解け入ることざぞ」 『黄金の巻』 第百帖 [611] 第一仮訳)

 そこで、ここからはの在り方”を軸にかみむねについてつまびらかに考えて行きます。その結果として、三位一体や三元や造化三神の姿が遠い別世界の話ではなく、日々の生活の中で実践すべきカミの道”として提示されていることが見えて来ます。

 最初に、“目指すべきもの”“求めるべきもの”として極めて重要視された記述を引用します。

「奥の奥の奥のは大神に通ずるであるぞ。喜びであるぞ。ある為に人間となり、人間なるが故に神となり、神なるが故に喜びであるぞ」 『黒鉄の巻』 第三十二帖 [650]

「キが到ればモノが到る、モノを求める前にキを求めよ、キがもとと知らしてあらうがな。めあてなしに歩いたとて、くたびれもうけばかり、人生のめあて、行く先の見当つけずに、その日暮しの、われよしの世となり下つてゐるぞ。めあてはでないか、に向かないでウロウロ、草木より、なり下つてゐるでないか」 『黒鉄の巻』 第三十五帖 [653] 昭和二十六年版)

がよろこびであるぞ、またはムでもあるぞ、内から外に向つて行くのがのやり方、外から内に向つて行くが外国のやりかた、からに行くのは、マコトが逆であるからマコトのことは判らん、〔中略〕 から出てにかへり、無限より出て有限に形し、有限から無限にかへり、又 有限に動くのがマコトのやり方であるぞ」 『夏の巻』 第二帖 [719] 昭和二十七年版)

「あめのみなかぬしのかみのそのまへに、あめゆづる日あめのさぎりのみこと。くにゆづる月くにのさぎりのみことあるぞ。であるぞ。その前にあることわするるなよ」 『月光の巻』 第四帖 [791]

「まだのみ追ふてゐる人民 沢山あるなれど、では世は治まらん、自分自身は満たされんぞ、でなくてはならん、と申してだけでもならんぞ、が元ぢゃ、内ぢゃ、は末ぢゃ、外ぢゃ、から固めて下されよ、はおのづから出来てくる、ふさはしいが出来てくるのぢゃ」 『碧玉の巻』 第十三帖 [877]

「天の王、地の王のこと、のことがハッキリ判らねば足場がないではないか、足場も、めあてもなくてメクラメッポーに歩んだとて目的には行きつけぬ道理」 『極めの巻』 第四帖 [931]

 他にも、上の記述と殆ど同じ意味での必要性”が繰り返されています。

とは心の中にがあるかがないかの違ひであるぞ」 『下つ巻』 第九帖 [51]

「神は、臣民は、外国は、神の国はと申してあろが、神国から見れば、まわりみな外国、外国から見れば神国真中。人の真中には神あらうがな」 『日月の巻』 第十一帖 [184]

「元に返すには元の元のキのマヂリキのない身魂と入れ替へせねばならんのぢゃ、タマが違って居るから世界中 輪になっても成就せん道理 分るであろがな」 『空の巻』 第十三帖 [468]

「この世は一つの神で治めんことには治まらんぞ、でくくるのぢゃぞ、人民の力だけでは治まらんのぢゃぞ、一つの教となって それぞれの枝葉が出て来るのぢゃ」 『海の巻』 第七帖 [499]

忘れるなよ」 『黄金の巻』 第五十九帖 [570]

「裏の仕組に入れると表の仕組となり、表の仕組に入れると裏の御役となるなり。抜けば悪のやり方となるのぢゃ」 『黄金の巻』 第八十五帖 [596] 昭和二十六年版)

 このような背景を踏まえた上で、天之日津久神様は“神”と同一視しており、数ある神典の中でも日月神示が“特別”であることが強調されています。

「今までほかで出て居たのは皆 さきぢゃ、ここはぢゃ、もの如く思って居ると大変が足元から飛び立つのざぞ、取返しつかんから気付けてゐるのぢゃ」 『風の巻』 第六帖 [357]

「口と心と行と三つ揃ふたら今度は次に入れて下されよ、は神ぢゃ、神示ぢゃ、神示元ぢゃ、と申してあろが、三つ揃ふても肝腎の神示 肚に入って居らんと何にもならん事になるぞ」 『梅の巻』 第八帖 [435]

「はじめの御用は神示ぞ、次の御用は神示うつすことぢや、神示うつすとは神示を人間に、世界にうつすことぞ、神示を中心とした世界のはたらきせよ、通した人間の仕事つかへまつれよ、神示とした世界つくることぞ」 『黒鉄の巻』 第十二帖 [630] 昭和二十六年版)

「この世をつくった太神の神示ぞ、一分一厘違わんことばかり、後になって気がついても、その時ではおそいおそい」 『星座の巻』 第七帖 [890]

 同様の意味合いで、の元になっているのが“神の想念こころであることも明言されています。

「天明は神示書かす役ぞ。神の心 取り次ぐ役ざが、慢心すると誰かれの別なく、代へ身魂使ふぞ」 『下つ巻』 第十七帖 [59]

「この神示よみて聞かしてくれよ。読めば読むほどあかるくなるぞ。富士晴れるのざぞ。神の心 晴れるのざぞ。あらたぬし世ぞ」 『日月の巻』 第二十七帖 [200]

「愈々善と悪のかわりめであるから、悪神 暴れるから巻込まれぬ様にふんどししめて、この神示よんで、神の心くみとって御用大切になされよ」 『磐戸の巻』 第十八帖 [254]

「神示は神の息吹きぢゃ。心ぢゃ」 『梅の巻』 第二十四帖 [451]

「早う神示読んで神の心 汲み取って、ミロクの世の礎 早う固めくれよ」 『梅の巻』 第二十七帖 [454]

「神示はいくらでも神界に出してあるのぢゃ、神が想念したならば、神界ではそれが神示となっているのぢゃ、それを人民に判るように書かすのぢゃ」 『極めの巻』 第十帖 [937]

 ただし、「神の想念こころといえども言語として有限的な形を持った以上は無限の存在の残りカスのようなもの」といった意味合いの記述も見られます。

「神示はいらんのぢゃ、ふではカスぢゃぞ。皆テンを見失ってゐるぞ。テンあるのが判るまい」 『黄金の巻』 第二十四帖 [535]

「説くことはカスであるが、カス出さねば判らんし、この方、カスの掃除ばかりぢや」 『白銀の巻』 第一帖 [612] 昭和二十六年版)

「中心は無と申してあろう。中心は見えんから、判らんから、外のカスばかり見てゐるからつまらんことで、つまらんことが起ってくるのぞ、その見えぬ力が永遠の生命と現われるのであるぞ、見えるものは有限ぢゃ」 『碧玉の巻』 第六帖 [870]

 それ故、“現れ”であるは極めて重視しなければならないものの、最終的には言葉にすることが難しい“隠れ”にまで思い至ることが望まれています。

「局部的に見るから判らんのぢゃ。文字書くのは心であるが心は見えん、手が見へるのぢゃ。手 見るはまだよい方ぢゃ。筆の先だけしか見えん。筆が文字書いていると申すのが、今の人民の考へ方ぢゃ。筆が一番偉いと思ふて御座るのぢゃ。信仰に入った始はよいが途中から判らなくなるのぢゃ。そこが大切ぞ。判らなくなったらよめよ。キ頂いてよみかへるぞ」 『春の巻』 第二十五帖 [682]

 そして、に至ればの内奥にあるを正しく汲み取れるようになり、表層的かつ限定へいめん的な側面に囚われなくなって、「物事の本質りったい面での判断を誤らなくなる」とのことです。

「人民は神のいれものと申してあろう、神のと人間のと通じて居ればこそ呼吸するのぢや、と通じて居れば それでよいのぢや、神のと人民のと通じて居るなれば、神のと人民のと同じようにしておかねばならんと申すのは人間の誤りやすい、いつも間違ひ起すもとであるぞ、神のと人間のと同じようにしておくと思うて、三千年の誤りしでかしたのぢや。と結んでおけば後は自由ぢや、人民には人民の自由あるぞ、神のやり方と自ら違ふところあつてよいのぢや、天の道と人の道とは同じであつて違ふのざと知らしてあろう、心得よ」 『夏の巻』 第十六帖 [733] 第一仮訳)

「神と人民とは神のへそと人民のへそとつながつてゐるのであるぞ、へその緒さへつながつて居ればよく、神人であるぞ、とつながつて更に大きにつながつてゐるからこそ動きあり、それのハタラキあり、使命をはたし得るのであるぞ。同じであつて全部が合一しては力出ないのであるぞ。早う心いれかへと申してあるが心とは外の心であるぞ、心の中の中の中の心の中にはが植付けてあるなれど外がまつくらぢや」 『秋の巻』 第十八帖 [759] 昭和二十七年版)

 以上の内容から判るように、大意として、

とは意向こころなのでしょう。

 恐らく、を読んでいれば、神のはたらき、神のことわり、神の力、神の愛、神の型、神の息、神の律動リズム、神の法則、神の秩序、神の弥栄などに通じて行き、いずれは“神のココロとしての“大神の大歓喜”じかに繋がることができると思われます。

 故に、日月神示では“全ての存在の目的”のように語られているのであり、その目的を達成するための方法が明らかにされているのが、つまりなのです。

 このため、日月神示では「身魂磨きはを読むことに尽きる」と強調されています。

「洗濯せよ掃除せよと申せば、臣民 何も分らんから、あわててゐるが、この神示よむことが洗濯や掃除の初めで終りであるぞ、神は無理は言はんぞ、神の道は無理してないぞ、よくこの神示読んでくれよ。よめばよむほど身魂みがかれるぞ」 『富士の巻』 第十三帖 [93]

「澄んだことだまで神示よみ上げてくれよ、三千世界に聞かすのぢゃ、そんな事で世がよくなるかと人民申すであらうなれど神の申す通り、判らいでも神の申す通りにやって下されよ、三千世界に響き渡って神々様も臣民人民様も心の中から改心する様になるのざぞ、世が迫って居ることは、どの神々様人民にもよく判ってゐて、誠 求めて御座るのぢゃ、誠 知らしてやれよ」 『梅の巻』 第八帖 [435]

「この神示読むと身魂磨けるぞ、ミガケルぞ。神示読むと改心出来るぞ」 『黄金の巻』 第二十三帖 [534]

 同時に「改心とは神のを頂くこと」という記述も見られます。

「改心すればたまの入れかへ致して其の場からよき方に廻してやるぞ」 『雨の巻』 第三帖 [337]

「人民と云ふものは奇蹟を見ても、病気になつても、中々に改心出来んものぢや、それは未だ、死後の生活がハツキリ判つても、未だ改心出来んのぢや、それは外からのものであるからぢや、まことの改心は、中の中のに神のキいただきて、ほつこんの改心出来ねばならん」 『黒鉄の巻』 第三十帖 [648] 昭和二十六年版)

 要するに、改心や洗濯や掃除や身魂磨きとは「人間の意識をカミの境地にまで高めること」であり、それこそが“神との和合”になるのでしょう。

 このことは、改心が“まつろうこと”“中行くこと”として語られていることからも判ります。

「誰によらん改心致されよ。改心とは まつろふ事ぞ、中行くことぞ、判りたか」 『海の巻』 第十帖 [502]

 ここでの「中行くこと」とはまんなかや立体に向かうことであり、別の言い方ではにまつろうこと”と表現できます。そういった意味で書かれている記述も幾つかありますので、判り易いものを抜粋します。

「神祀るとはお祭りばかりでないぞ、神にまつらふことぞ、神にまつらふとは神にまつはりつくことぞ、神に従ふことぞ、神にまつはりつくとは、子が親にまつはることぞ、神に従ふことぞ、神にまつらふには洗濯せなならんぞ、洗濯すれば神かかるぞ、神かかれば何もかも見通しぞ、それで洗濯洗濯と、臣民 耳にたこ出来るほど申してゐるのざ」 『上つ巻』 第二十六帖 [26]

「山は神ぞ、川は神ぞ、海も神ぞ、雨も神、風も神ぞ、天地みな神ぞ、草木も神ぞ、神祀れと申すのは神にまつらふことと申してあろが、神々まつり合はすことぞ、皆 何もかも祭りあった姿が神の姿、神の心ぞ」 『富士の巻』 第八帖 [88]

「それぞれの神様にまつはれば それぞれの事、何もかなふのぞ、神にまつはらずに、臣民の学や知恵が何になるのか、底知れてゐるのでないか」 『富士の巻』 第十八帖 [98]

「早くかぶと脱いで神にまつはりて来いよ、改心すれば助けてやるぞ、鬼の目にも涙ぞ、まして神の目には どんな涙もあるのざぞ」 『富士の巻』 第二十七帖 [107]

「まつりとは調和まつり合はすことと申してあろうがな」 『地つ巻』 第十二帖 [149]

「まつりとはまつはる事で、まつり合はす事ざぞ。まつり合はすとは草は草として、木は木として、それぞれのまつり合はせぞ。草も木も同じまつり合せでないのざぞ」 『日月の巻』 第九帖 [182]

「人 神とまつはればしうれしぞ、まつはれば人でなく神となるのぞ、それが真実まことの神の世ぞ、神は人にまつはるのざぞ、と申してあろが」 『日の出の巻』 第九帖 [222]

「これからは神カカリでないと何も分らん事になるのざぞ、早う神カカリになる様 掃除してくれよ、神の息吹に合ふと神カカリになれるのぞ。一二三唱へよ、祓えのれよ、神称へよ、人称へよ、神は人誉め、人は神称へてまつりくれよ、まつはりくれよ、あななひくれよ」 『日の出の巻』 第二十一帖 [234]

 恐らく、少しづつ神のに通じて行き、やがては神の心と同調シンクロして行くのでしょう。それが日月神示の説く“神懸かり”の境地”と呼び得るものであって、常に神と共に在ることに特殊な行法や近道があるわけではないのです。

 ただし、今の時代においてはを読むこと自体が“特別な道”になり得るそうです。

「与へてあるのに何故 手出さぬ、よりよき教に変るのは宗祖のよろこぶこと位 判るであらう、衣ぬぐことぢや」 『黄金の巻』 第二十六帖 [537] 昭和二十六年版)

「汽車あれば汽車に乗れよ、飛行機あれば飛行機に乗れよ、歩いたり、馬で行くのでは間に合はんことになつてゐるぞ、昔のままの宗教のやり方ではならん。根本はよくても中々に目的地にはつかん。飛行機時代には飛行機に乗れよ、乗つて進む宗教の道によらねばならん道理 判るであらう」 『黒鉄の巻』 第一帖 [619] 昭和二十六年版)

「只 歩きまわってゐるだけではならん。ちゃんとめあてつくって、よい道 進んで下されよ。飛行機あるに馬に乗って行くでないぞ」 『夏の巻』 第十九帖 [736]

「神の御手に巻物があるぞ、その巻物の数は五十巻ぢゃ、この巻物を見たものは今迄に一人もなかったのであるぞ、見ても判らんのぢゃ。巻物を解いて読もうとすれば、それは白紙となってしまうのであるぞ、人民には判らんなり。説くことは出来んなり、この巻物は天の文字で書いてあるぞ、数字で書いてあるぞ、無が書いてあるぞ、無の中に有がしるしてあるぞ、心を無にすれば白紙の中に文字が現はれるのであるぞ、時節参りて誰の目にも黙示とうつるようになった、有難いことであるぞ」 『扶桑の巻』 第十二帖 [861] 日月神示が全五十巻であることは岡本天明氏が五十黙示の後書きで明言しています)

 このように、まつわって実践することがまつろうことになり、最終的にはが入ったマツリの実現になるそうです。

 同時に、マツリが限りなく喜びを増やしながら三千世界の生成化育を促進させて行くいやさか“和合”として、“神の意向のぞみになっていることも語られています。

「ひかり教の教旨 書き知らすぞ、人民その時、所に通用する様にして説いて知らせよ。教旨 てん不二、神人合一。あめつちなり、つちあめなり、なり、アメツチなり、神は人なり、人は神なり、一体なり、神人なり。神、幽、現、を通じ、過、現、未、を一貫して神と人との大和合、霊界と現界との大和合をなし、現、幽、神、一体大和楽の光の国実現を以って教旨とせよ。次に信者の実践のこと書き知らすぞ。三大実践主義 いやさか実践 はらい実践 まつり実践 大宇宙の弥栄生成化育は寸時も休むことなく進められてゐるのざぞ、弥栄が神の御意志ざぞ、神の働きざぞ、弥栄は実践ざぞ。人としては其の刹那々々に弥栄を思ひ、弥栄を実践して行かねばならんのざぞ。宇宙の総てはとなってゐるのざぞ、どんな大きな世界でも、どんな小さい世界でも、ことごとく中心に統一せられてゐるのざぞ。マツリせる者を善と云ひ、それに反する者を悪と云ふのざぞ、人々のことごとマツリ合はすはもとより、神、幽、現、の大和実践して行かねばならんのざぞ」 『青葉の巻』 第三帖 [472]

「弥栄とは次々に限りなく喜びをふやして養って行くことざぞ、喜びとは お互ひに仲よくすることぞ」 『青葉の巻』 第二十一帖 [490]

〔前略〕 悪 殺すてふ其のことが、悪そのものと知らざるや、神の心は弥栄ぞ、本来 悪も善もなし、只み光の栄ゆのみ、〔後略〕 『海の巻』 第五帖 [497]

「天地総てのもの、生きとし生けるもの悉く、よりよくなるやうに働いてゐるのであるぞ。それが神の心、稜威みいつぞ。弥栄と申すものぞ」 『黄金の巻』 第九十六帖 [607]

「力そのものに、力はないのであるぞ、霊と肉の結びのみで力現はれるのでないぞ、プラスとマイナスと合せて組みて力出ると思うてゐるであらうが、一歩ふみ出さねばならんぞ、プラスとマイナスと合せたのではプラスとマイナスぞ、力出ないのざ、其処にヨロコビ出て、道となり、なり、なりて力と現はれるのざ。弥栄が力ぞ、神ぞ、神の心ぞ」 『白銀の巻』 第二帖 [613] 昭和二十六年版)

「思ふようにならんのは、天地の弥栄、生成化育にあづかつて働いていないからぢや、今の世界の行き詰りは、世界が世界の御用としてないからぢや。神示よめよ、神示 世界にうつせよ、早ううつせよ。人間の智のみでは世界はよくならん。裏側だけ清めても、総体は清まらんぞ、神にめざめねばならんぞ」 『春の巻』 第十五帖 [672] 昭和二十七年版。「神」の原文は「」であり、「に目覚めねばならん」という意味もあるようです)

 これらの記述からも判るように、望まれているのは単なる和合ではなく“神の意向こころを通じての和合”です。

「プラスとマイナスと和合せねばならん、只の和合ではムになつて力出んぞ、今迄の和合のやり方ではならん、喜びの和合、融け合ふ和合でないと、少しでも曇りありたら和合でないぞ、こらへ堪へてゐるのでは和合でないぞ、今迄の和合の仕方ではカスあるであらうがな、悪の和合であるぞ、無理することは曲ることざと申して聞かしてあらうが、悪の和合は悪ぞ、やめて下されよ。神示がもとぢやと申してあらう、神示 肚に入れての和合 無理ないぞ」 『黒鉄の巻』 第五帖 [623] 昭和二十六年版)

「和が根本であるぞ、和がよろこびであるぞと申してあらう、和すには神を通じて和すのであるぞ、神を通さずに神をなくして通づるのが悪和合ぞ、判りたか、神から分れたのであるから神に帰つて、神の心に戻つて和さねばならん道理ぢやのう、神なくして和ないぞ、世界平和と申してゐるが、神にかへつて神に通じねば和平ないぞ。よろこびないぞ」 『秋の巻』 第二十一帖 [762] 昭和二十七年版)

 そして、こういった神のココロに基づくを表現する概念が、“三位一体”であり“三元”なのです。同時に、これはがまつろい合って新しき生命よろこびを生むミチの実現であり、を脱したカミの道”を歩む者の姿でもあります。

 それこそが常に神と共に在る惟神かんながらであり、だいと呼ばれる状態なのでしょう。

「神カカリとは惟神かむながらの事ぞ、これが神国のことの臣民の姿ぞ。惟神の国、惟神ぞ、神と人と融け合った真事の姿ぞ、今の臣民のいふ惟神では無いぞ、此の道理 りたか、真事の神にまつりあった姿ぞ」 『日の出の巻』 第二十一帖 [234]

惟神かんながらの道とか神道とか日本の道とか今の臣民申してゐるが、それが一等の間違ひざぞと申してあろが、惟神かんながらとは神人共に融け合った姿ざぞ。今の臣民 神無くして居るではないか、それで惟神も神道もないぞ、心 大きく、深く、広く持ちて下されよ」 『雨の巻』 第一帖 [335]

〔前略〕 人の 神に捧げるのざぞ、神のとなること嬉しいであろがな、惟神のミミとは その事ぞ、神示よく読めば判るのざぞ、此の道は先に行く程 広く豊かに光り輝き、嬉し嬉しの誠の惟神の道で御座るぞ」 『雨の巻』 第三帖 [337]

「日月の民を練りに練り大和魂の種にするのであるぞ、日月の民とは日本人ばかりでないぞ、大和やまと魂とは神の魂ぞ、だいの魂ぞ、まつりの魂ぞ、取違ひせん様に気付けおくぞ」 『雨の巻』 第十帖 [344]

「教はなくなるぞ、元の道が光り輝くぞ、これを惟神かんながらの道と申すぞ」 『紫金の巻』 第十二帖 [991] 「元の道」の原文は「の三」です)

 その上で、このような神のに通じる形での和合マツリを実践する人々はかみひとと呼ばれるらしく、そういった人々が増えることが“大神の顕現”と呼び得る出来事にまで繋がって行くそうです。

「地上人は、霊人との和合によって神と通ずる。地上人の肉体は悪的な事物に属し、その心は善的霊物に属する。その平衡するところに力を生じ、生命する。しかし、地上人と、霊人と一体化したる場合は、神より直接に地上人にすべてが通じ、すべてのもののが与えられると見えるものである。これを、直接内流と称し、この神よりの流入するものが、意志からするときは理解力となり、真理となる。また、愛より入るときは善となり、信仰力となって現われる。そして、神と通ずる一大歓喜として永遠に生命する。故に、永遠する生命は愛と離れ、真と離れ、また信仰とはなれてはあり得ないのである」 『地震の巻』 第十五帖 [392]

「自分で自分の事してゐるのであるが、又させられてゐるのであるぞ。大き自分に融け入ったとて小さい自分無くなってしもふのでないぞ。カミヒトぞ。アメツチぞと申してあらうが」 『黄金の巻』 第十一帖 [522]

「そなたが神つかめば、神はそなたを抱くぞ。神に抱かれたそなたは、平面から立体のそなたになるぞ。そなたが有限から無限になるぞ。神人となるのぢゃ。永遠の自分になるのであるぞ」 『黄金の巻』 第九十三帖 [604]

〔前略〕 神界と云ひ、中界と云ひ、現界と云ひ、一本の国であるから、人間が土台であるから、神の礎であるから、神しづまれば大神となるのであるから、神界、中界、現界、つらぬきて居らねば、マコトの和合して居らねば、マコトの喜びでないから、マコトの喜びが大神であるから、大神の働きは人間によるものであるから、心せねばならんぞ」 『白銀の巻』 第六帖 [617] 昭和二十六年版)

「自分の自由にならんことは大き自分が自由にしてゐるのであるぞ。神となれば、神人となれば何事も心のまま。神とは神、大神とは神人のこと」 『黒鉄の巻』 第二十三帖 [641] 第一仮訳)

「カミヒトと申すのは、神の弥栄のため、世の弥栄のため祈り、実践する人のことであるぞ。神のため祈れば神となり、世のため祈れば世と一体となるのぢゃ」 『春の巻』 第二帖 [659]

「神は この世に足をつけ衣とし、人は あの世をとして、心として生命しているのぢゃ。神人と申してあろうがな。このドーよくわきまへよ」 『春の巻』 第六帖 [663]

 そして、かみひととは“常に神懸かった状態”“意識がカミと同じ境地に至った状態”であり、その姿になることを目指す意味で、日月神示では「を肚に入れよ」と繰り返されているのでしょう。

 これらの話は本論の第一章で解説した、たかあまはらとして“神の最も強く充ち満つ所”とする岡本天明氏の主張と内容が通底しており、三位一体や三元に見られるミチの概念”が遠い別世界の話ではなく、日常の中で人間が実践すべきの道”として示されていることが判ります。

 それ故、日月神示で造化三神と共に語られる場合が多いミチの概念は、特定の宗教の枠組を超えた“普遍的な道理”であることが強調されています。

「このおしへ宗教をしへではないぞ、きょうかいではないぞ、みちざから、今までの様な教会作らせんぞ。道とは臣民に神が満ちることぞ、神の国の中に神がみちみつることぞ」 『下つ巻』 第一帖 [43]

「道とは三つの道が一つになることぞ、みちみつことぞ」 『地つ巻』 第十一帖 [148]

「この道は道なき道ざぞ。てんこんこうくろずみも今はたましひぬけて居れど、この道入れて生きかへるのぞ、にちれんしんらんも何もかもみな脱け殻ぞ、この道でたま入れてくれよ、この道はぞ、の中に入れてくれと申してあろうが。臣民も世界中の臣民も国々もみな同じことぞ、入れてくれよ、を掃除して居らぬとはいらんぞ、今度の戦はの掃除ぞと申してあらうがな、まつりとは調和まつり合はすことと申してあろうがな、この道はおしへでないと云ふてあらうが、教会やほかの集ひでないと申してあらうがな、人 集めてくれるなと申してあらうがな。世界の臣民みな信者と申してあらうが、この道は道なき道、時なき道ぞ、光ぞ。この道でみな生き返るのざぞ」 『地つ巻』 第十二帖 [149]

「此の道はただの神信心とは根本から違ふと申してあろが、三千世界の大道ざぞ」 『雨の巻』 第一帖 [335]

「今迄の日本の宗教は日本だけの宗教、このたびは世界のもとの、三千世界の大道ぞ。教でないぞ」 『黄金の巻』 第二帖 [513]

「肚で見、肚できき、肚で話せよ、肚には間違ひないのぢや、〔中略〕 は光の道 伝へ、行ふ所、教でないと申してあろう、教は教に過ぎん、道でなくては、今度はならんのぢや、天の道、地の道、もろの道、カタ早う急ぐぞ。教は局部的、時、所で違ふのぢや、迷信となるぞ、肚にとつげよ、肚が神であるぞ」 『春の巻』 第一帖 [658] 昭和二十七年版)

 逆から考えれば、日々のマツリの実践”に成った造化三神の用がまっとうされること」であり、三千世界の進展と弥栄へのと言えます。

 そして、ここまでに論じたの在り方”から見えて来るのは、神のを中心に和合マツリする立体的かつ三元的な三位一体のミチの姿が、宇宙や生命の基本的な在り方としてカミむねになっている、ということなのです。

 本章における主要な考察は上述の通りですが、最後に“一二三”“ミロク”の関連性について簡単な付記を加えます。

 以上の内容から判るように、三位一体や三元は宇宙を進展させる“生成化育のとして全ての存在のから動くことはなく、三千世界の在り方や人間の生き方の隅々にまで行き渡っています。これが本章の冒頭でも引用した“字宙に充ち満つの在り方”の基本的な意味であると言えましょう。

〔前略〕 おしえはみな方便ぢや。教ではどうにもならん。ぎり/\の世となってゐるのぞ。道でなくてはならん。変らぬ太道でなくてはならんぞ、〔中略〕 道とは三界に貫く道のことぞ。宇宙にみちみつのあり方ぞ。法則ぞ。秩序ぞ。神の息吹きぞ。弥栄ぞ。喜びぞ。判りたか」 『月光の巻』 第四十三帖 [830] 第一仮訳)

 また、宇宙にへんまんするは、ミチとしてと呼ばれている点も極めて重要です。

とは限りなき神の弥栄であるぞ、は始めなき始であるぞ、ケは終りなき終りであるぞ、神のはたらきが一二三であるぞ、始なく終なく弥栄のなかいまぞ。一二三は神の息吹であるぞ、一二三唱えよ、神人共に一二三唱へて岩戸開けるのざぞ、一二三にとけよ、一二三と息せよ、一二三着よ、一二三せよ、始め一二三あり、一二三は神ぞ、一二三は道ぞ、一二三は祓ひ清めぞ、祓ひ清めとは弥栄ぞ、神の息ぞ、天子様の息ぞ、臣民の息ぞ、けもの、草木の息ぞ。一であるぞ、二であるぞ、三であるぞ、ケであるぞ、レであるぞ、ホであるぞ、であるぞ、であるぞ。皆の者に一二三唱へさせよ、五柱 御働きぞ、八柱 十柱 御働きぞ、ぞ、ぞ、判りたか」 『キの巻』 第十一帖 [268] 「ヒ」や「ケ」や「」の単語が散りばめられていることから、この帖の一二三には“ひふみ祝詞”としての側面もあるようです。また、“ひふみ”には“日本語”を指す意味もありますが、神のことわりに現れることについては、日月神示に何箇所も言及があります)

の中のの中のは一であり、二とひらき、三と生命するぞ。道は一で、二で、三であると申してあらう、一も二も三も同じであり、違つて栄えるのざ、一二三であるぞ、このこと教へられても判るまい、肚で判る大切こと、肚 大切ぞ、かたまつてはならん、に捉はれるとは判らん。地の定規ではかつてはならん」 『白銀の巻』 第三帖 [614] 昭和二十六年版)

 ここからも推察できますが、言うなれば、

ココロとは一二三なのです。

 そして、神の心や神の息吹エネルギーとしての一二三の全容を万言を費やして説かんとするが故に、天之日津久神様は表題タイトルに『』を指定なさったのでしょう。

「この神示説いて臣民の文字で臣民に読める様にしたものはと申せよ」 『天つ巻』 第三十帖 [137]

「これからの神示は「ひふみ」と申せよ」 『青葉の巻』 第二十三帖 [492]

 ですから、極言すればの内容は以下のようにがいかつできます。

「日月神示は一二三しか説いていない」

 また、詳細は省きますが、であり、細部に多少の違いはあっても、ミチという和合マツリ状態すがたを世界に溢れさせることによる“歓喜の増大”、いわゆるいやさかを目的としています。その概要は次の一言で表現できるでしょうか。

「三千世界を一二三にする」

 以上のように考えれば“一二三の仕組”の一端が見えると思います。

の仕組とは、に動かぬ道のことぞ、〔後略〕 『下つ巻』 第十四帖 [56]

 この内容は中心”であることに掛かっています。他にも、立替え立直しで重要な役割を果たす火の仕組が富士の仕組”と形容される点や、水の仕組こと“鳴門の仕組”を加えたみつの仕組がみつの仕組”として、背景にも関係があります。

〔前略〕 ひみつの仕組とは一二三の仕組ざ、早う一二三唱へてくれよ、一二三唱へると岩戸あくぞ」 『上つ巻』 第三十二帖 [32]

 それ故、立替え立直しもという“天地の神律リズムから外れるものではないらしく、これから実現するとされる“ミロクの世”姿であることが語られています。

「天が上で地が下で、中にあるのぢゃ。それがミロクの世ぢゃ」 『春の巻』 第二十九帖 [686]

 この帖は、天と地をと見る二元へいめん的な視点ではなく、てんを共に片輪としてと見做し、両者が結ばれたの状態、もしくはと見る三元りったい的な視点”で書かれています。

 そして、てんが大神のにより結ばれてあめつちとなった姿がミロクの世と称されているように、大本系統では三位一体の造化三神を“ミロクの大神”と呼ぶ場合が見受けられます。

 そこで、次章からは造化三神の三位一体の姿を論じる一環として“ミロク”について深く掘り下げてみたいと思います。それにより、日月神示ひ ふ みを降ろした姿ことになります。

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ミロクの概略

 大本神示では古事記の造化三神を“ミロクの大神”と呼ぶ場合が見られます。日月神示では直接的な言及はありませんが、基本的に大本神示の主張をとうしゅうしていると考えて良いでしょう。そして、前章の最後でも少し触れましたが、

ミロクの大神の姿は三位一体に秘められています。

 こういった「ミロクと三位一体に関連があること」については出口王仁三郎が言及しています。

「天のミロク、地のミロク、人のミロクと揃ふた時がミロクさんである。天からは大元霊たるしんが地に下り、地からは国祖国常立尊が地のミロクとして現はれ、人間は高い系統をもつて地上に肉体を現はし、すいじゅんの霊魂を宿し、天のミロクと地のミロクの内流をうけて暗黒世界の光明となり、現、幽、神の三界を根本的に救済するあかつき、即ち日の出の御代、岩戸開きのせいだいをさしてミロク三会の暁と云ふのである。要するにずいれいの活動を暗示したものに外ならぬのである。てんじん、又 ほつしんはうしんおうしんのミロク一度に現はれると云ふ意味である。法身は天に配し、報身は地に配し、応身は人に配するのである。昔から法身のに報身のしゃ、キリストそのの聖者が現はれたけれどもいまだ自由かつたつ進退の応身聖者が現はれなかつた。故に総ての教理に欠陥があり、実行が伴ひ得なかつたのである。ミロク三会の世は言心行一致の神の表はるゝ聖代を云ふのである。人間にとれば天は父であり、地は母であり、子は人である。キリストは三位一体と説いて居るが、その三位一体は父と子と聖霊とを云ふて居る。聖霊なるものは決して独立したものでなく、天にも地にも人にも聖霊が主要部を占めて居る。いな 聖霊 そのものが天であり、地であり、父であり、母であり、子であり、人である。故に三位一体といつてもそのじつは二位一体である。キリスト教には父と子はあつても母が無い。マホメツト教もまた その通りである。仏教は一切が無であつて、父も無ければ母もなく、ただ人間あるのみと説いてゐる。なぜならばゆいしんしんの浄土と云つて居るではないか。こんにちまでの既成宗教は総て父があつても母が無かつたり、母があつても父がなかつたり、へんじゃうなんがあつてもにょが無かつたり、不完全極まる教理であつた。天の時きたつてまことの三位一体 即ちミロク三会を説く宇宙大本教が出現したのである。あゝ惟神かむながらちは 『水鏡』 ミロク三会

 その上で、ミロクの大神は大本系統のしんかみけいりんの中心軸に位置する存在”らしいことが読み取れますが、中には矛盾しているように見える記述もあります。このため、誰もが納得できる実像を提示しにくい神霊と言えます。

 まず、本論におけるミロク論も一仮説の域を出るものではないことに御注意ください。それを踏まえた上で、本章では日本書紀に伝わる“ミロクの大神の正式な御神名”や、あまてらすすめおおかみあまてらすおおかみの違い”を軸にして、【ミロクの概略】を述べてみます。

 そして、本章からのミロク論により、大本系統で造化三神がミロクの大神に位置付けられている理由が、おも“ミロクのにあることが見えて来ると思います。


 さて、本章で大本系統のミロクの概略を述べる前に、少しだけ“日月神示のミロク論”について補足させて頂きます。これはミロク論を展開する上での注意点のことなのですが、“日月神示の構成と読み方”の話でもあります。

 日月神示にはミロクという言葉が何度も登場しますが、殆どが抽象的な内容です。そのため、日月神示だけではミロク論を展開することが難しいので、本章では大本神示の記述や出口王仁三郎の解説に頼る場合が多くなります。これについては、日月神示の細部が読み手側に神道や大本教の基礎的な知識があることを前提に書かれている点も関係しています。

 一例を挙げるなら、日月神示にはミロクの大神に深く関わる天の御先祖や日の大神や月の大神がなる神霊を指すのかは明記されていませんが、大本神示を読めば簡単に判るようになっています。

 なお、これは別にミロクの大神が軽んじられているわけではなく、日月神示では“ミロクが司る概念”の方に比重が置かれているだけの話です。例えば、次章で展開するじつげつろんや次々章のかむかむろんのように、というものも確かに存在しています。

 ですが、日月神示の内容からミロクの大神の姿に迫るのは、非常にはんざつとも言えるが必要になって来ます。何故なら、日月神示は“ジグソーパズル”“知恵の輪”を模して書かれているからです。

 このためミロクについても、神話や神経綸の全体像と部分像を相互に還流フィードバックさせながら形で読み込まなければぜんぼうに迫れない、という極めて面倒な構成になっています。

 こういった理由により、本論では主題メインテーマである“造化三神の三位一体の関係”の補足となり得る部分に絞ってミロク論を展開しています。ですから、本論の内容が日月神示のミロク論の全容ではない点を御理解の上、以降の考察を読み進めて下さい。

 造化三神は大本系統で天の御先祖様やミロクの大神や“御三体の大神様”と呼ばれますが、次に引用する日月神示の記述から判るように、この神霊はをします。

「今の臣民に判る様に申すならば御三体の大神様とは、あめなかぬしのかみさまたかむすのかみさまむすのかみさまのかみさまのかみさま、つきさかきむかつひめの神様で御座るぞ」 『水の巻』 第十帖 [284]

 ここではの神霊が明確にと呼ばれています。これは前章の“澄みきり”に関する考察で述べたように、造化三神は基本的に“現れない存在”なので、具象的な形態かたちを備える際は、伊邪那岐神、伊邪那美神、つきさかむかひめのかみ存在かたちで現れる、といった意味だと考えられます。そのため、六柱であっても三体として数えるらしいのです。

 例えば、日月神示では『水の巻』第三帖や『マツリの巻』第三帖と第十八帖などで、「御三体の大神様」が二度繰り返されていますが、これは“隠れと現れ”“幽と顕”としてのという意味だと思われます。

 ちなみに、御三体の大神を「三柱」ではなく「三体」と呼ぶのは、位一を意識している可能性があり、他にも「三つの形態からだを持って現れる」などの意味が含ませてあるのかもしれません。

 なお、前出の引用では、天之御中主神が撞賢木向津媛神と、高御産巣日神が伊邪那岐神と、神産巣日神が伊邪那美神と対応関係にありますが、対応を表す一般的な書き方にならうなら、撞賢木向津媛神、伊邪那岐神、伊邪那美神の順番で書かれていなければおかしいはずです。しかし、天之日津久神様は順序を入れ替えています。そこにはが込められているように見えるので、次々章で簡単な図を使って理由を考察してみます。

 そして、ミロクの大神や六柱の御三体の大神の対応関係で、特に見落とされ易いのは次の点です。

「撞賢木向津媛神がミロクの大神である」

 この辺りの話は本章で一部を解説しますが、その前に上で引用した御三体の大神の記述の後半部分を掲載します。そこでは立替え立直しで活躍するとされる神々の“通り名”“正式な御神名”が述べられており、これらも本章で論じる内容に関連があります。

「雨の神とは あめのみくまりの神、くにのみくまりの神、風の神とは しなどひこの神、しなどひめの神、岩の神とは いわなかひめの神、いわとわけの神、荒の神とは大雷のをの神、わきいかづちおの神、地震の神とはたけみかづち神、ぬし神々様の御事で御座るぞ。木の神とはこのはなさくひめ神、かねの神とは金かつかねの神、火の神とは わかひめきみの神、ひのでの神とはひこ神、竜宮の乙姫殿とはたまよりひめの神様のおん事で御座るぞ」 『水の巻』 第十帖 [284]

 上の内容の多くは通り名が大本教に由来しており、正式な御神名が記紀に準拠しています。ただし、厳密な区分があるわけではなく、神道での通り名が大本教に受け継がれている例もあります。

 そのことが最も判り易いのは、出口王仁三郎が『随筆』で紹介したぐちなお祝詞のりとです。これは出口直が唱え始めたものですが考案したわけではないらしく、何かのひょうに口をいて出て来た神名や言葉を祝詞としてほうしょうし続けていたようです。そういった意味では天啓の一つと言えるのかもしれません。

 ちなみに、この祝詞の最後の部分を再構成アレンジしたものが、日月神示の第十巻『水の巻』第三帖に記されている誓約詞うけひのことばです。

 「おほもとすめおほかみほうせうすれば、てんよろづかみ/″\さうしようでありますから、一々となへたり、一々とくしゆかみまつつたりするひつよういやうなものですが、しかこれつうぺんくつであります。くわうだうおほもとあらはれたおほくにとこたちみことさましんには、こんの二あまいわびらきにようあそばすかみさまから、一々しんめいあらはして、ていちやうつりもうしげ、しんかいにんげんかいともいさんでくらしんこくいたすぞよとりますから、はじめからのおほもとやくいんしんじやは、おもなるかみ/″\さいし、あさゆうしんめいとなへてるのであります。〔中略〕

 だい一にたいおほかみきやうさまとなへになりました。たいしんめいは、

     たかむすひのおほかみ……………ぎのおほかみ……………おほかみ
  壱 あめなかぬしのおほかみ…………つきさかきむかひめのみこと………あまてらおほかみ
     かむむすひのおほかみ……………みのおほかみ……………つきおほかみ

 ぜうれつこゝのはしらたいおほかみさまと、きやうほうしやうされました。てんしますおほかみさまなれど、こんの二たてかへついて、ぜうたかあまはらこうりんあそばして、おほくにとこたちみことさましんげうつだいあそばすのであります。

 めい二十五ねんせうがつぐわんちやうとらこくに、はじめてきやうかんがゝりあらせられたのは、うしとらこんじんおほくにとこたちのみことさまでありました。つぎりゆうぐうをとひめたまよりひめのみことかんがゝりせられ、つぎきんかつかねおほかみまさかなのかみひめのみことかゝりになつたので、さいしよあいだきやうさまが、

     うしとらだいこんじん……………おほくにとこたちのみこと
  弐 きんかつかねおほかみ……………ひめのみこと
     りゆうぐうをとひめがみ……………たまよりのみこと

 ぜうの三はしらかみまつつてられましたが、ぜんしゆつげんしんつぎごとあらはれたのであります。

     あめかみ……………あまみくまりのかみ…………くにみくまりのかみ
     かぜかみ……………しなひこのかみ……………しなひめのかみ
  参 いはかみ……………いわながひめのかみ……………いわわけのかみ
     あれかみ……………おほいかつちをのかみ………わきいかづちをのかみ
     しんかん…………たけみかづちかみ…………ぬしのかみ
     よろづこんじんならびおほもとしほがまのおほかみ

 ぜうかみ/″\まつられたのであります。

 めい三十一ねんせうがつより、

     ひつじさるだいこんじん………………とよくもみこと
     このはなさくひめのみこと………………せんざんさいじん
  四 ひこのみこと………………だうぜう
     とようけひめのおほかみ…………………
     わかひめのみこと…………………からすみや
     おほくにぬしのおほかみ…………………出雲いづもたいしや

 つぎめい三十三ねんがつより

     おほしまおほかみ…………………たんしま
     しまおほかみ…………………だうしま
  五 もとじんぐう………………たんぐん
     一きうじんしや…………………たんふくやまてう
     かみしまおほかみ…………………ばんしううしじま

 そのいまたくさんかみさまあらはれてられますなれど、いづれもかつだうちうでありまして、一ぱんしんめいあらはしまつるのはしんせいぜうじゆことになりてりますからりやくします。やくいんしんじやかんがゝりしてかつだうされてかみさまもあり、ひと/″\しゆじんで、かくかつだうしてられるかみが、たくさんあらはれてりますなれど、これしんせいぜうじゆれ/″\はたらきのせうつて、しんかいよりゆるされて、こくしゆじんまつられたまことになるのであります。

 かくつうぞくてききやうほうしやうされたことは、つぎとほりでありますから、われ/\はじおほもともとからのやくいんしんじやは、きやうとなへなされたとほりに、いままもつてるのであります。

     たいおほかみさま
     おほかみさま
     つきおほかみさま
     うしとらだいこんじん……………くにとこたちおほかみさま
     ひつじさるだいこんじん…………とよくもおほかみさま
     りゆうぐうをとひめさま…………かみさま
     きんかつかねおほかみ…………だいこんじんさま
     せんざんこのはなさくひめのみことさま
     なかみやひこのみことさま
     おほもとしほがまふうおほかみさま
     あめかみさま
     かぜさま
     いわかみさま
     あれかみさま
     しんかみさま
     よろづこんじんさま
     とりかむかぜしづまります
     てんせうくわうだいじんぐうさま
     とようけだいじんぐうさま
     だいじんぐうさまはじまつり、
     ほんこくぢうしづまります、かみさまさま
     むかしからちてしゆあそばしくださりました、よろづがみさま
     さううぶすなおほかみさまおんまへに、にち/\ひろあつしゆありがたおんれいもうしあげます。
     このたびの三千かいの二あまいわびらきにきましては、千はたらきをねがひます。
     たいへいこくあんをんかいじんみんにちはやかいしんいたしまして、
     しんこくぜうじゆのためにはたらきますやう、しゆねがひもうしあげます。
     おほもとすめおほかみまもたまさちはたまへ。かんかがらたまちは。 じよう
 『神霊界』 大正八年八月十五日号 『随筆』 誤字や脱字は訂正していません)

 ここで語られている神々の通り名と御神名を前出の引用と見比べれば一目瞭然ですが、日月神示は完全に大本教の説を踏襲しています。それ故、御三体の大神の六柱としての関係や“撞賢木向津媛神の位置付け”についても、大本教と同様である可能性が極めて高いのです。そして、上の引用でも書かれていましたが、

撞賢木向津媛神とはあまてらすすめおおかみの別名”です。

 この辺りの話が更に詳しく書かれた大本神示も存在します。これは出口王仁三郎に降りた『裏の神諭』の一つである『太古の神の因縁』の冒頭部分です。そこでは六柱の御三体の大神がミロクの大神であることが語られており、天之御中主神と撞賢木向津媛神の対応関係も明言されています。

まつばやしみことみづたま宿やどれるにくみやはいり、そのりてたいかみいんねんつまびらかにす。てんせんさまあめなかぬしのおほかみさまである。これいままでのぶつしやミロクさつとなえたり。ミロクはじんあいかみこゝろなり。いま暫時しばらくミロクのかみとして、しんかいふか縁由いはれし。ミロクのかみてんけいれいけいくわけいけいなるたかむすのかみかむみこととしてちうぞうくわにんたまひ、かみのかみかむみこととして、けいたいけいすいけいけいとして、ちうぞうくかにんたまへり。しかしてさんじんそくいつたいくわつどうたまふ。これみづたまツのたまとなふ。

 あめなかぬしのおほかみせいれいたいかんせるをあまてらすすめおほかみまたつきさかいづたまあまさかむかひめことせうたてまつる。つきおほかみなり。ツキとはげんぜつたいしうげんざいらいいつかんだいがいしやうないなり。たかむすことれいけいしゆさいたまひ、その せいれいたいかむことけんげんたまひ、かみことたいけいしゆさいたまひ、その せいれいたいかむことけんげんたまふ。さんじんそくいつしんにしてみづたまツのたまひやうげんなり。このせんにしてつきおほかみしますなりかいしんにはてんさんたいおほかみとなえあり、また ミロクのおほかみ、ツキのおほかみともとなまつり、また てんせんさまとなまつりあり」 『太古の神の因縁』 大正七年一月五日

 大本神諭でも同じ内容が語られています。

「てんのごせんぞさまが、みろくさま、つきのおほかみさまであるぞよ。ちのせかいのせんぞがおほくにとこたちのみことであるぞよ。てんとちとのこのよをこしらへた、てんのみろくさまがこのよのはじまりのごせんぞさまであるぞよ。みろくさまのごめいれいをいただいて、ちのせんぞがせかいのどろうみをかためしめたのであるぞよ」 『大本神諭/神霊界』 大正五年 旧五月十七日

 ここでつきの大神”がミロクの大神に位置付けられていることからも判るように、

つきさかいづたまあまさかるむかひめのみこと“ミロクの大神の正式な御神名”です。

 このは日本書紀に一箇所だけ記されており、“天照大神のあらみたまの名”と伝えられています。

 神道での荒魂とは“荒々しいまでに活発な状態”を指し、変革を加速させるエネルギーを前面に押し出して活動する神霊に対して使われます。いわゆる“荒ぶる神”のことです。それ故、人間には天災地変の象徴のように見える場合もあるのですが、否定的な側面しか無いわけではありません。なるのかみが代表例ですが、荒魂の変革のエネルギーには「新しいものを生み出す」という側面が含まれており、日月神示も荒ぶる神々を そちらの意味で説いています。

 また、いづが古語における美称であり、激しい勢い、威勢、威光、尊厳、神聖、清明などの意味があることも、撞の大神の荒魂としての側面を暗示していると言えます。

 そして、荒魂は神霊の普段の姿とは全く違う現れ方をするので、神社によっては荒魂をぶんしている場合があります。その代表格がじんぐうしょうぐうあらまつりのみやです。

 余談ですが、出口王仁三郎は『太古の神の因縁』で「あまさかる」に「あまさか」の漢字を当てています。これは「疎」の字には、くうえんおろそかなどの、どちらかと言えば消極的な意味があるので、「天が盛る」という隆盛や活性化を意味する漢字の方が、荒魂の表現として相応ふさわしいと思っていたのかもしれません。

 なお、一般的にイはイと発音する場合の方が多いのですが、大本教ではいづみづという風に呼び習わしており、出口直のげんれいけいと出口王仁三郎のずいれいけいの二つの系統を表す名称になっています。他にも、大本系統ではいづいつに、みづみつに対応すると言われています。

 日月神示では厳と瑞や厳霊系と瑞霊系といった表現は使われていませんが、いづと意味や語源が同じであるは、“神の心”“天皇の威光”などの意味合いで八箇所ほど見受けられます。

 ちなみに、日本書紀に一度しか登場しない撞賢木向津媛神が、大本系統でミロクの大神に位置付けられていることには。結論から言えば、これは「ミロクの仕組の概要を伝えるため」なのですが、詳細の解説には多くの予備知識が必要になるので、本論では割愛します。

 以上がミロクの大神のあらましですが、ここで上記の内容を振り返る意味で、『太古の神の因縁』に記された“御三体の大神の関係”を要約してみます。

天之御中主神 = 天の御先祖 = 撞賢木向津媛神 = 撞の大神 = 天照皇大神 = ミロクの大神
高皇産霊神  = 神魯岐尊  = 伊邪那岐神   = 日の大神
神皇産霊神  = 神魯美尊  = 伊邪那美神   = 月の大神

 また、これらの神々は三位一体としてはたらくので、御三体を総称してミロクと呼ぶ場合もあるそうです。故に、それぞれを存在”と認識しても特に問題は無いようです。

天の御先祖様 ≒ 御三体の大神
御三体の大神 ≒ ミロクの大神
ミロクの大神 ≒ 天の御先祖様

 この辺りは個別的な文脈に沿って判断する必要があります。ちなみに、神道でのてんは天照大神を指す言葉として使用される場合が多く、男女や夫婦の象徴である伊邪那岐神と伊邪那美神を“陽と陰”で表現する事例も多いので、天の御先祖や日の大神や月の大神といった大本教での呼び方は、特にてらったものではありません。

 なお、大本系統における日の大神と月の大神という呼び方は、プラスを司る存在”マイナスを司る存在”としての意味合いが極めて強く、必ずしも太陽の神や月の神とは言えない点に注意して下さい。ただし、古来より日と月は太陽と太陰の象徴と見做されて来ましたので、性質的に通じるものはあります。

 それと、つきおおかみつきおおかみは発音が同じなので、原文が数字や平仮名である日月神示や大本神諭には、どちらを指すのか不明瞭な記述があります。そのためなのか、日月神示の第一仮訳と第二仮訳では、明らかに「撞の大神」とする方が適切な箇所が「月の大神」と翻訳されているので、注意が必要です。

 ここまでの内容から、撞の大神がミロクの中心的な存在であることが判りますが、一つだけ気を付けなければならない点があります。それは“天照大神と天照大神の違い”です。

 あまてらすすめおおかみじんぐうでの天照大神の呼び方”であり、このことから日本の神社の頂点に立つ伊勢神宮のないくうは、古来からこうたいじんぐうてんしょうこうたいじんぐうと呼ばれています。

 天照皇大神宮には皇大神宮および皇大神宮の祭神である天照皇大神を指す以外の意味は無く、そのことを強調する意図が込められているであろう「テンショウコウタイジングウ」という音読みの記述が、日月神示には三箇所、大本神諭には十六箇所以上も見られます。

 例えば、前出の“出口直の祝詞”や、それを再構成アレンジした日月神示の誓約詞うけひのことばなどがそうであり、あくまでも皇大神宮”であることが強調されています。

〔前略〕 とりかむかぜしづまりますてんせうくわうだいじんぐうさまとようけだいじんぐうさまだいじんぐうさまはじまつり、〔後略〕 『神霊界』 大正八年八月十五日号 『随筆』 「神風」は古くからの伊勢地方のまくらことばです)

〔前略〕 ことにいすずにます、てんしょうこうだいじんぐうさま、とようけのおほかみさまをはじめたてまつり、〔後略〕 『水の巻』 第三帖 [277] 」は内宮の端を流れる五十鈴川のことであり、転じて伊勢や皇大神宮を指す意味を併せ持つようになりました。このことから内宮には「のみや」という別称があります)

 ョーコーダイグー オー 『三キ』 第三帖 [277]

 こういった伊勢の皇大神宮の別格的な扱いが、すぐ後で引用する出口王仁三郎の意見陳述などに見られる、「全国の神社で祀られているのが天照大神であるのに対し、伊勢神宮で祀られているのは天照大神である」という見方と繋がりがあるようにも見えます。

 この点について考えるために、日月神示で天照皇大神と天照大神がされた箇所を引用します。

「天にも あまてらすすめ大神様、あまてらす大神様ある様に、地にも あまてらすすめ大神様、あまてらす大神様あるのざぞ」 『日月の巻』 第三十七帖 [210]

「政治も教育も経済の大将も神祀らねばならんのぞ。天の天照皇大神様は更なり、天の大神様、くにの天照大神様、天照皇太神様、月の神様、特に篤く祀りくれよ」 『日の出の巻』 第九帖 [222]

「地にも天照皇太神様、天照大神様、月読大神様、須佐鳴之大神様あるのざぞ」 『日の出の巻』 第十三帖 [226]

「天照皇大神様、天照大神様、月の大神様、すさなるの大神様、大国主の大神様もあつくまつりたたえよ」 『夜明けの巻』 第九帖 [329]

「次の岩戸しめは天照大神の時ぞ、大神はまだ岩戸の中にましますのぞ、ダマシタ岩戸からはダマシタ神がお出ましぞと知らせてあろう。いよいよとなってマコトの天照大神、天照皇大神、日の大神、揃ふてお出まし近うなって来たぞ」 『碧玉の巻』 第十帖 [874]

 天照皇大神と天照大神は紛れもなくですが、上の引用のように、日月神示では区別される場合があります。ちなみに“ミロク”と明言されているのは“天照皇大神”の方です。

「ミロク様とはマコトのアマテラススメラ太神様のことでござるぞ」 『光の巻』 第五帖 [401] 天照大神の訓み方には「アマテラスオオカミ」と「アマテラスオオカミ」があり、どちらかと言えば前者で訓むことが多いです)

 これらの内容を踏まえて考えると、大本系統での天照皇大神と天照大神は、以下のように認識されている模様です。

天照大神 ≠ 天照皇大神 = ミロクの大神 = 撞賢木厳之御魂天疎向津媛命 = 天照大神の荒魂

 こういった認識には、神道で神霊の荒魂を別個に祀る慣習に通じるものが感じられます。なお、撞の大神は“天照大神の荒魂”として、厳格に区別する視点では天照大神の荒魂ではない可能性も考えられるのですが、この辺りの話は非常に判別が難しいです。

 そして、天照皇大神と天照大神の間にある“神格の違い”については、出口王仁三郎が言及しています。

「最上天界すなはちたかあまはらには、宇宙の造物主なるおほくにとこたち大神が、天地万有一切の総統権をそくしてしんりんしたまふのであります。そして、大国常立大神のまたを、天之御中主大神ととなまつり、無限絶対の神格をし、れいりよくたいだいげんれいと現はれたまふのであります。この大神の御神徳の、完全に発揮されたのをあまてらすすめおほかみと称へ奉るのであります。そして霊の元祖たる高皇産霊大神は、一名またのな かむ伊邪那岐大神、またの名は、日の大神と称へ奉り、たいの元祖 神皇産霊大神は、またのな かむ伊邪那美大神、またの名は、月の大神と称へ奉るのは、この物語にてしばしば述べられてある通りであります。また高皇産霊大神は霊系にして、いづたま 国常立大神と現はれたまひ、体系の祖神なる神皇産霊大神は、みづたま とよくも大神、またの名は、とよくにぬし大神と現はれたまうたのであります。この厳の御魂は、ふたたび天照大神と顕現したまひて、天界の主宰神とならせたまひました。ちなみに、天照皇大御神様と天照大神様とは、その位置において、神格において、しよしゆの御神業において、大変な差等のあることを考へねばなりませぬ」 『霊界物語』 第四十七巻 総説 しよしゆ」は「しよしゆ」の誤植だと思われます)

 上で触れられている“天照皇大神の神格”は、『霊界物語』に次のような記述があります。

「一、真神たる天之御中主の大神その霊徳の完備具足せるを天照皇大御神ととなたてまつり、またつきおほかみと称へ奉る。しかしてしん〈霊〉をたかむす大神と称へいづたまと申し奉り、みづしん〈体〉をかむむす大神と称へみづたまと申し奉る。一、霊系の主宰神は厳の御魂にまします国常立神、体系の主宰神は瑞の御魂とましますとよくにぬし尊と申し奉る。一、以上の三神はその御活動にりて種々の名義あれども、三位一体にして天之御中主の大神〈大国常立尊〉おんひとはしらに帰着するのである。一、ゆゑにどくいつしんしんと称へ奉り、一神すなはち多神にして多神すなはち一神である。これを短縮して主と曰ふ」 『霊界物語』 第十七巻 霊の礎(三)

「高天原の総統神すなはち大主宰神は、大国常立尊である。またのは、天之御中主大神ととなたてまつり、その霊徳の完全に発揮したまふ御状態を称して、あまてらすすめおほかみと称へ奉るのである。そしてこの大神様は、いづのみたまと申し奉る。厳といふ意義は、至厳 至貴 至尊にして過去、現在、未来に一貫し、無限絶対 無始無終にします神の意義である。さうして、愛と信との源泉とれます至聖 至高の御神格である」 『霊界物語』 第四十八巻 第十二章

 これらの記述に見られる対応関係の中で、特に重要なのは次の点でしょうか。

大国常立大神 = 天之御中主大神 = 天照皇大神

 ここからは、日月神示や大本神諭を降ろしたとされるくにとこたちのかみが、何らかの形で天照皇大神と結び付いているように見えます。ただし、国常立神と国常立神には天照皇大神と天照大神のような神格の違いがあるはずです。

 その上で、出口王仁三郎は第二次大本事件の法廷で“天照皇大神と天照大神の違い”を問われた際に、次のように答えたそうです。

「問で一つきますがね、此の天照皇大神とふ神様はなる神格および神業をさる神様ですか。
それは我が皇室の御先祖様であって、宇宙を総統してござる神様で、宇宙の主宰神です。つまり天之御中主神が言ふやうに霊です。そして霊の力が高御産霊と云ふ一つの体で、霊力と体力とを即ち信仰と云ふのです。高御産霊と神産霊との霊が寄って、それが御完成して顕現されたのが天照皇大神であります。それが所謂いわゆる世界の神様であります。
く判りました。さうすると天之御中主命が顕現されたものが天照皇大神と……さう云ふ訳ですな。
それはどっかに書いてあると存じます。
判りました。
我が皇室はそれの御延長ですから、それで世界を統一さる資格があると言ふのです。さう言ふことを神道家は言ふのです。我々も教はって居る──。
天照大御神と天照皇大神とは御神格ならびに御神業において差異はありますか。
あります。
天照大御神と天照皇大神と……。
天照大御神と天照皇大神とは同じかたではあります。同じ神様でありますが、此の間申しましたやうに、あの天照皇大神様はたとへて言ひますならば内閣総理大臣、ああ、天皇陛下に譬へるとおそれ多いから内閣総理大臣を出しますが、「内閣総理大臣 公爵 伊藤博文」と言ふのと、それから「公爵 伊藤博文」と言ふだけ位違ふのです。責任がそれだけ違ふのです。同じ方でも……「公爵 伊藤博文」でも国家の為につくして居りますから、普通の人とは思ひませぬから、国家の為に尽して居る人やと云ふことが判ります。詰りそれ位違ふと言ふのです。それで御伊勢様には天子様のそうびょうとして祀って居るから天照皇大神、えんしき祝詞のりとにもさう書いてある。テンシン神社でもキン神社でも皆 天照大御神様が祀ってある。これは新聞で御覧になったと思ひますが同じ神でちょっと……。
此の大本に於ては天照大御神は天界に於ける主宰神と……。
の時に……昔、さうであったのです。
主宰神と説いて居るのぢゃないですか。
それは古事記にありまして、伊邪那岐尊のしんちょくが其の時にさうなってったと云ふ……。それで是はじんだいを説く上に於て其の時のことを説いたのでありまして、こんにちはさうぢゃありませぬ。今日はさうぢゃない。其の時のる神代史の評論を書いたのです。其の時には天照大御神は高天原、素盞嗚命が大海原、しかし素盞嗚命が力がなくて悪神が出てしょうがない、泣いてばかり居りました。さうして天照大御神が心配されて「お前は此処に居る資格がないから母の居るの国に行け」とおっしゃった。
それはあとから訊きますがね。天照大御神はさうすると天界のみの主宰神と云ふことは、今はさうぢゃないと云ふことか。
今はさうぢゃないと云ふことです。古事記の説明の時はさうだったのです。今日は現にテンシン神社にも行って居らっしゃるでせう。ほうてんに祀ってありまっしゃらう。
今はさうぢゃないと、今は地上も主宰して居るとう言ふのだな。
其の時の古事記の神勅の段の説明をした時にはさうやったのです。けれども今日はもう変って居ります。
さうすると天照大御神と皇大神とはどう云ふ風に違ふのか。
それはなぜ違ふかと云ふと、天皇陛下が直接に御参りになる。みやさまぐうになって居らはっしゃり、皇族様が……御伊勢様はそれだけ資格が上なんです。天照皇大神様は──ほかの神様はかんぺい大社でも中社でも天照大御神様が祀ってある。御伊勢様だけが皇大神として祀ってある。それでり伊勢神宮となると違ひます。刑法でも伊勢神宮は……それから外の神社と比べて不敬なことでもあれば、刑法の罪にしても重くなって居ります。伊勢は別に罪が重うなります。それだけ矢張り尊重されて居る。それから何も斯うなる、あつの宮もさうなる、御伊勢様と同じ扱ひに今度なったのです。
ああ、あなたの主張は判りましたがね。天照皇大神と云ふのは天之御中主命の極徳の発揮された神であって、天照大御神様が天界のみの主宰神として神格、神業に於て大変な差があると云ふことを……。
それは前に一遍評論として言霊学の見地から説いたのです。伊勢に祀ってあるのと外のとは違ふと云ふ意味で言霊学で説いた。是は言霊学の見地から説いたので、今日それを大本の教義として居るのではありませぬ。是は言霊学上から見た所の天照大御神様の「皇」と云ふ字が入って居るだけで違ふのです。同じ方でも詰り公爵 伊藤博文に「総理大臣」と云ふのが入って居るのと同じなんです。「すめ」と云ふことは「べる」と云ふことです。
此処で霊界物語の四十七巻に斯う云ふことが書いてあるが。「大国常立尊の御神徳の完全に発揮されたのを天照皇大神と称へ奉るのであります」
それも同じことです。
一番しまひに「天照皇大神と天照大御神様とは其の位置に於て神格に於て、しょしゅの神業に於て大変な差などがあることを考へねばなりませぬ」と云ふことを書いて居りますが。
それはさうです。此の間申した通り──。
天照大御神様以上に皇大神様は上に来とるやうに……。
さうです、上なんです。それは上なんです。それから大国常立尊はんは「又の御名は天之御中主命」と書いてあるのであります。大国常立尊と天之御中主命とは同じものなんです。日本書紀の方には「国常立尊 又は天之御中主命」と書いて居る」
『大本史料集成V』 380頁 第二部 第二章 第二節 地裁公判速記録 引用に際して漢字カタカナ交じり文を漢字ひらがな交じり文にするなどの変更を行いましたが、この改変による文意の変化はありません)

 ここで出口王仁三郎は天照皇大神と天照大神の違いを“役職と身分”に譬えて説明していますが、本章では「内閣総理大臣と東京都知事を同一人物が兼任しているようなもの」として話を進めます。

 日本の神話では天照大神がたかあまはらの主宰神”とされており、伊邪那岐神から“天上界の統治”を任されています。ただし、本論の第一章『天之御中主神』でも述べたように、大本系統での高天原には宇宙全体、天上界、中心地などの複数の意味が含まれています。

 そのことを踏まえた上で、宇宙全体を“日本”に、宇宙の中心世界である天上界を“東京”に置き換えて考えれば、天照皇大神と天照大神の違いが判り易いはずです。

 内閣総理大臣は“全体”である日本の行政を担当しますが、東京都知事が担当するのは“中心地”である東京の行政だけです。このため「権限が大きい」や「東京も内包する」という意味では、内閣総理大臣的な役割を持つ天照皇大神の方が、東京都知事的な役割しか持たない天照大神よりも上位にあります。ただし、国家にほんの行政機関の中枢は首都とうきょうの中に存在しており、少し変わった言い方をすれば「ちゅうしんぜんたいが存在する」とも言えます。恐らく、こういった国家ぜんたい首都ちゅうしんを、天照皇大神と天照大神というで表現しているのではないでしょうか。

 また、このことが大本神示の説く「天之御中主神の霊徳を完備した存在が天照皇大神である」という内容に繋がっていると思われます。何故なら、天之御中主神は“全体”“中央”を司る存在だからです。その意味では、“宇宙全体の主宰神”“天上界の主宰神”が共にあまてらすおおかみなのは、大本系統の宇宙観に沿った主張である可能性が高いです。

 そして、天照皇大神と天照大神を区別した記述が見られるのは、てんの和合によるあめつちの時代の到来”を背景とするらしく、そのことの意味を要約してみます。

てんを統べる天照大神があめつちを統べる天照皇大神として活動する機会が増える」

 同時に、これはあめつちという新しいを生み出すための活動的なエネルギーの発露、即ちあらみたまの顕現”です。恐らく、ミロクの大神を天照大神の荒魂である撞賢木向津媛神の名で呼んでいるのは、こういったことが理由の一つに含まれるのでしょう。

 なお、上記の裁判記録には、「天照皇大神が宇宙全体を統べ、天照大神が天上界を統べる」という見解に対して、出口王仁三郎が「前に通り一遍の評論として言霊学の見地から説いたものであって、現在の大本の教義としているわけではない」と語ったことが記されています。そのため、天照皇大神と天照大神の違いへの出口王仁三郎の最終的な見解が どのようなものであったのかは判りません。

 ともあれ、天照皇大神と天照大神は区別しなければならない場合があるものの、決して別々の存在ではないので、普段は無理に分けて考える必要はありません。“天照大御神”“ミロク”“三位一体”に極めて緊密な関係があることをわきまえていれば充分です。

 さて、ここまでは最も狭義の意味でのミロクの大神である撞の大神を中心に考察して来ましたが、ここからは仏教でのろくや、大本系統でのかずたまについて触れてみます。

 上述のように、大本教ではミロクという言葉が非常に重要な意味を持っており、これから実現するとされる理想世界も“ミロクの世”と呼ばれています。この言葉は元々仏教用語であり、ミロクの呼び方は仏教のろくさつを由来としています。

 仏教の通説では、弥勒菩薩はしゃの入滅から千万年後に出現してしゅじょうを救済すると伝えられています。いわゆる“救世主”の役割を果たす存在です。そして、弥勒菩薩が現れて生きとし生けるもの全てを救った世界が、仏教で言うろくです。このような背景から、弥勒菩薩は仏教でのしゅうまつろんとも言えるまっぽうそうが流行した際に信仰者が増える傾向にあります。

 大本教でのミロクやミロクの世という言葉は、こういった仏教の通説を取り込む形で使われています。そのため、ミロクには“五六七”の数字を当てるのが大本系統での長年の慣例です。

 神道系の新興宗教であるが故に、仏教に対して必ずしも好意的とは言えない側面のある大本教が、最高神をミロクという仏教用語で呼んでいる点については、初期の信徒から疑問が呈されることもありました。これに対し、出口王仁三郎が出口直を通して神霊に伺いを立てたてんまつが当時の機関誌に載っています。

「大正六年十月二十五日 編者 神諭の御文の中に所々“ミロク”と云ふ言葉が在りますが、或る読者から、「純粋の皇道 則ち惟神かんながらの道を主唱しながら、仏祖の言つたミロクなぞの語が在るのは、少しく了解に苦しむが、真正の神の教なら、何とか神の名を付けて掲載されては如何いかが、実は見苦しいから」との忠告が在りましたが、其れは実に最もな理由であります。編者も最初は右様の主張を致して居りまして、一度 出口開祖に「何とか神様に御名を神道風に、代えて出して貰えませぬか」と、御伺い致した事がありましたが、開祖は心良く承知成されて、早速 神界へそのよしを奏上されましたところ、神様の御言葉には、「ミロクと申す事は仏祖が申した事で在れど、実は神から言はしめたので在る。しゃを説いて、ミロクを恐れて居たのである。仏の教は三千年の後に亡びる、その後へミロクの神が出ると申したので在るから、神界の仕組であるから、今の処では変える事は出来ぬ、後から解りて来る」との御神勅で、相変らずミロクの名を御もちゐに成つて居られるのであります。ミロクと云う事はぼんであつて、漢語に訳せば仁愛と云ふ事になり、日本の語に訳せば“ミタマノフユ”と云ふ事であります。是を皇国言霊学の上から解釈しますれば、『ミ』はみつなり、水也、身也、三也、体也の意義。『ロ』はかたまる也、かたむる也の意義。『ク』は組む也、国也、来る也の意義であります。天地開闢の始に当り、国祖の神々がす、漂よへる国を修理固成し給ひしは、則ちれミロクの活動であります。二度目の世の立替は根本からの立替で、元の昔のそのままの事が、出て来るので在ります。今日の世の中はあたかも久良芸如す、漂よへる国であります。是を至仁至愛の元の生神が地上に降臨されて、世界万民の為に修理固成を遊ばされるので、此の活動を一言につづめて、ミロクの世と申されたので在ります。ほ言霊の上から詳しく説けば、その意義が十分に判りますけれども、中々永くなりますから、後日 詳細の理解は発表するかんがへであります」 『神霊界』 大正六年十二月号

 ここに書かれている遣り取りが本当に文章通りであったのかは何とも言えませんが、ミロクという言葉には色々と霊的な背景があるらしいことは判ります。そしての意味”の一端は後年に『伊都能売神諭』の中で明かされました。

うしとらの金神が永らく変性男子の手と口とで知らして在りた、の世が参りたぞよ。しやが五十六億七千万年の後に、至仁至愛神み ろ く さ ま神政が来るとしたのは、と申す事で在るぞよ。みな 謎が掛けてありたのじやぞよ。〔中略〕 くに(神国)がであるの世となる時は、神国に住む日本の人民が五千六百七十万人となる。〔中略〕 いつへ渡りた八頭八尾の守護神は、大きな世界のたゝかいを始めた其の間の日数が千と五百六十七日、世界風邪でたほれる人民が全世界で五百六十七万人であり、五年に渡るおほ戦争たゝかい中に戦死者 重軽傷者 死者がた五千六百七十万人であろうがな。是がしやの申した五十六億七千万年と云ふである。を除いた後の十億千万年と云ふは、万世一系てんぜうきうしんこうを戴き、地球上にあまつぎてん一人ましまして、神政を行ひ玉ふと云ふ謎でありたが、その 謎の解ける時節が来たのであるぞよ。〔中略〕 つきの大神様ミロク様が、肝心の世を治め遊ばす経綸しぐみとなりたのを、の世と申すのであるぞよ。ミロクの御用はつきの大神と現はれる迄は、泥にみれて守護いたさな成らぬから、〔後略〕 『伊都能売神諭』 大正七年十二月二十三日

 この神諭で言及されている戦争とは第一次世界大戦のことであり、当時の世界情勢に関する数値的な内容が正しいか否かは確かめる手立てがありません。ただ、こういった主張を見る限りでは、五六七という数字に関わる出来事が、ミロクの世の実現に際して何らかの影響力を発揮することが窺えます。

 例えば、出口王仁三郎は五十六才七ヶ月”になった1928年(昭和三年)三月三日に「みろく大祭」を行いましたが、これも何らかの影響力を具現化するためのひながた的な行動だったと推測されます。

 また、日月神示は天子様が五十六才七ヶ月の時に、ミロクの世を始める予定であることを告知しています。これは上記の伊都能売神諭のミロクの大神が肝心の世を治める仕組をミロクの世と呼ぶ」に基づいており、のですが、詳細の解説は次々章の『ミロクの実体』にて行います。

 そもそも、五六七と億千万を分離する視点や、弥勒の世の実現を当代とする認識、五十六才七ヶ月を経た何らかの人物を弥勒と関連付ける考え方は、おおいしごりが明治二十三年にせんじゅつした『弥勒出現成就経』で提示していたことです。出口王仁三郎と大石凝真素美は直接的な親交があったので、こういった先人の着想を取り込みながら、大本教の独自のミロク観が形成されて行きました。それが大本系統の諸派に今なお多大な影響を与え続けています。

 上述のように、ミロクには“五六七”の数字を当てるのが大本系統での慣例なのですが、伊都能売神諭では“六六六”もミロクとされています。

「天も)中界も)下界も)で世界中の天地中界三才がばかりで在りた世に一番の大将神の御位でいで遊ばしたので)を三つ合せてミロクの大神と申すのであるが、天のみずの()の中からほちの一霊が地に下りていづ)と天が固まり、地の)にほちの一霊が加はりて地はなゝ)となりたから、世の元から申せばミロクはなり、今の世の立直しの御用から申せばミロクはと成るのであるから、六百六十六の守護は今までのミロクで、是からのミロクの御働きはと成るので在るぞよ」 『伊都能売神諭』 大正八年二月十八日 「天の水(六)の中から」は衍字えんじだと思われます)

 この記述によると、五六七は元々六六六だったとのことです。これの続きのような記述が日月神示にあり、そこでは六六六が“マコトのミロクの世”てんじんだいの姿”と呼ばれています。

「五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、666となり 又 六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ」 『碧玉の巻』 第十五帖 [879]

 日月神示は大本神諭と伊都能売神諭の直系の続編と言われているので、引用した二つの記述を合わせて考えると、「六六六→五六七→六六六」という流れなのかもしれません。

 また、は他にも深い意味を内包する数霊であるらしく、岡本天明氏も『古事記数霊解序説』の中で、一から三十六までの数の総和が六百六十六であることを指摘しています。これはドットを正三角形になる配置で並べて行く“三角数”において、三十六番目の三角数が六百六十六であるのと意味が同じであり、見方を変えれば、ロクとして“三つの六”“六六六”を指していると考えることもできます。

 この他にも、日月神示は216や144を“天の数”“地の数”と呼び、二つの数の合計である360に関する記述もあります。ちなみに[216=6×6×6]です。

 そして、六六六には大本系統とは全く別の見解が二千年近く前から存在しています。これはキリスト教のの『ヨハネ黙示録』に記されており、そこでは666がけものの数字”と呼ばれています。このため、666はキリスト教圏で“悪魔的な数”と認識される場合が多いです。

 獣の数字に関しては、出口王仁三郎が漢数字の“六”の字義的な意味と一緒に独自の見解を示しています。

「バイブルに六百六十六のけだものと云ふ言葉があるが、それはろくさまに抵抗すると云ふ事である。○○○○の如きがそれである。もしその通りになつたならば宗教は滅びる。宗教が滅ぶれば反乱が起る。六といふ字は神と人とが開くと云ふ字なので、即ち、ゝはカミ、一はヒト、八は開くと云ふ事である」 『水鏡』 六百六十六の獣

 このように、六六六に対する認識は大本系統とキリスト教圏では逆様ですが、これは東洋と西洋でのドラゴンへの文化的な認識の違いのようなものであって、気にするほどのことではないと思われます。

 それと、これはばなしの一つとして読んで頂きたいのですが、一九八〇年代からのパーソナルコンピューターとネット環境の普及に伴い、世界各国で統一して使われる時刻の一種として“インターネットタイム”が制定されました。この方式では一日の二十四時間を千等分にして時刻を表示します。

 インターネットタイムにおいて日本の午前零時は“666”です。単なる一方式でのこととはいえ、一種の統一世界ワンワールドでの日本のが666であるのは、中々に興味深いものがあります。

 もっとも、神霊の日付の切り替え基準は人間世界とは違うらしいので、別に大した意味は無いのかもしれませんが。

 ミロク論は非常に奥が深く、ここまでの内容でミロクのぜんぼうに近付けるとは言い難いのですが、本章では上述の大本神示や出口王仁三郎のミロク論を中心とする考察を以て、大本系統における“ミロクの概略”とさせて頂きます。

 その上で、次章からは“日月神示のミロク論”を本格的に取り上げたいと思います。

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ミロクの構図

 前章の冒頭でも少しだけ触れましたが、神経綸の中心軸に位置するほど重要な存在でありながら、必ずしも実像が明らかとは言えないのが“ミロクの大神”です。これはミロクを重視する新興神道系の諸派の大本ルーツである大本神示において、ミロクの大神やつきの大神と称される神霊が一定していないからです。

 こういったがある理由については、出口王仁三郎が一つの見解を述べています。

「ミロクの大神様とへば至仁至愛の神、世界万民を平安無事に安楽に暮さして下さる神様の総称であつて、第一に宇宙の主宰にします天之御中主大神の別称であり、この神の全霊徳の完全に発揮されたるあまてらすゝめおほかみすなはちミロクの大神様である。天下万民の為にくらおきを負ふて、世界に一旦流浪されたかんさののみこともミロクの御霊性であつて、いわゆる つきよみのみことである。これは地のミロク様であつて、天照皇大神様は天のミロク様で、つきさかいづたまあまさかるむかひめのみことと曰ふ別称の大神である。此の御神命を教祖の神諭には総合的にかしらの字一字を取つてつきおほかみと仰せられたのであつて、決して月界守護のつきおほかみ様の事ではありませぬ。又 五六七と書いて大本ではミロクと読んで居る理由は、これも別に深遠な意義が在るのでは無い。只 仏典に五十六億七千万年の後にろくが出現されるとふ文句の数字をことさらに略して応用したに過ぎぬのであります。要するにミロクと云ふ言霊は仁愛と云ふ事になるのであつて、天地万物の根元は皆 天の御祖神の仁愛と、地のせんの仁愛との大精神より創成されて居るのである」 『神霊界』 大正九年一月十五日号 「御神」は「御神」の誤植だと思われます)

 同様の話は『霊界物語』にも見られます。

たかあまはらの総統神すなはち大主宰神は、大国常立尊である。またの御名は、天之御中主大神ととなたてまつり、その霊徳の完全に発揮したまふ御状態を称して、あまてらすすめおほかみと称へ奉るのである。そしてこの大神様は、いづのみたまと申し奉る。厳といふ意義は、至厳 至貴 至尊にして過去、現在、未来に一貫し、無限絶対 無始無終にします神の意義である。さうして、愛と信との源泉とれます至聖 至高の御神格である。さうして ある時には、みづみたまと現はれ、現界、幽界、神界の三方面に出没して、一切万有に永遠の生命を与へ、歓喜悦楽を下したまふ神様である。瑞といふ意義は、水々しといふことであつて、至善 至美 至愛 至真に坐しまし、かつ円満具足の大光明といふことになる。また 霊 力 体 のさんだいげんかんれんして守護したまふゆゑに、みつたまと称へ奉り、あるひは現界、幽界(地獄界)、神界の三界を守りたまふがゆゑに、三の御魂とも称へ奉るのである。要するに、神は宇宙にただ一柱 坐しますのみなれども、その御神格の情動によつて、ばんしんげんしたまふものである。さうしていづのみたまは、たてたまと申し上げ、神格の本体とならせたまひ、みづのみたまは、実地の活動力におはしまして御神格の目的すなはち用を為したまふべく現はれたまうたのである。ゆゑに言霊学上、これをとよくにぬしのみことまをし奉り、またかむさのみこととも称へ奉るのである。さうして厳霊は、高天原の太陽と現はれたまひ、瑞霊は、高天原の月と現はれたまふ。ゆゑにミロクの大神を月の大神と申し上ぐるのである。ミロクといふ意味は、至仁至愛の意である。さうして、その仁愛としんしんによつて、宇宙の改造に直接 当らせたまふゆゑに、ろくと漢字に書いて、「いよいよあらたむるちから」とあるのをみても、この神の御神業の、なるかを知ることを得らるるのである」 『霊界物語』 第四十八巻 第十二章

 これによると、ミロクの大神とは“総称”であって、基本的に役割はたらきの観点から定義されるべき御神名であるそうです。つまり「該当する神霊が多いので言及にがあるように見えてしまう」ということなのでしょう。

 その上で、このような主張と全く同じ位置付けにある名称が、他ならぬあめのかみです。

「天之日津久の神と申しても一柱ではないのざぞ、臣民のお役所のやうなものと心得よ、一柱でもあるのざぞ」 『天つ巻』 第二十六帖 [133]

 そして、恐らくは天之日津久神という御神名に“ミロクの大神の実像”が秘められています。

 例えば、日月神示が降りる少し前の昭和十九年四月十八日、岡本天明氏らは扶乩フーチによる降霊実験を行いましたが、その時の砂盤には、天、ひつく、日月のかみ、ひつきの神、天之日月神などと記されたと伝わっており、ここからは一つの問いが思い浮かびます。

「何故、日月ひつくのかみなのか?」

 この問いに対する答えは、の内容を総合的に考えれば次のようになるはずです。

ミロクを実現する存在”として日月ひつくのかみと名乗っている」

 始めに総括すると、上記の設問から回答に至るまでの過程が本章の内容になります。結局の所、日月神示の説くミロクの大神の姿はついなるものの象徴シンボルである日と月の関係に集約されており、最終的にじつげつろんに行き着くのです。そういったことを“日月神示のミロク論”の一環として、時節や神経綸とも深く関わる【ミロクの構図】と一緒に考察したいと思います。


 最初に、日月神示が語る“ミロク様”に関して、誤解のしようが無いほど明確な記述を引用します。

「ミロク様とはマコトのアマテラススメラ太神様のことでござるぞ」 『光の巻』 第五帖 [401] 基本訳では「すめ」、第一仮訳では「スメラ」です)

オーカミ 『一火キ』 第五帖 [401] 原文U。原典の「」は誤植です)

 前章で詳細を論じたように、大本系統では天照皇大神をつきの大神”と呼称しており、ミロクのはたらきを成す神霊の中心的な存在として、最も狭義の意味での“ミロクの大神”に位置付けています。

 そして、ミロク様の記述にはつきではなくつきと翻訳した方が適切だと思われるものがあります。

「ミロク様が月の大神様」 『梅の巻』 第二十帖 [447]

オーカミ 『んキ』 第二十帖 [447]

 ただし、『伊都能売神諭』には「月の大神になり遊ばしたの大神様」とあるので、「月の大神」と訳しても間違いとは言えない可能性があります。その記述は次章で引用するので、ここでは内容的に通じるものがある“ミロク様”“水の守護”に関する『大本神諭』の方を紹介します。

「天の御先祖様が世の始まりのみづの御守護遊ばしなされたミロク様が天の御先祖様で、つきの大神様で在りて、三ぽうこんじんとして、金神と、おくどの上に小さいおで祭りて在る家も在りたなれど、無い勝ちで在りたぞよ。又 此の火を御守護遊ばすのが天の御三体の日の大神様で在るぞよ。しんこんじんと申してせんざいに祭るのには金神と申して形が祭りて在る家ばかりはなかりたぞよ。しんこんじんと申して在りたのが、世界中のつちを固めしめた地の先祖が大国常立尊で在るぞよ。此の三体の神が昼夜の守護致さん事には、此の世の息あるものが、一寸ちょっとも此の世に生活安存くらすことが出来んので在るが、までの事の判りた守護神が無い故に、元の御先祖様が充分の苦労かんなんし残念をりていで遊ばしても何とも思へんので在るぞよ」 『大本神諭/神霊界』 大正元年 旧三月八日

〔前略〕 大神様の御守護で、こゝまでは結構に、天からはろく様はみづの御守護、日之大神様は火の御守護遊ばすのが、人民では分ろまいがな」 『大本神諭/神霊界』 大正七年 旧三月十五日

 これと同じ内容の記述は日月神示にも見受けられます。

「天からミロク様みづの御守護 遊ばすなり、日の大神様は火の御守護なさるなり、此の事 魂までよくしみておらぬと御恩 判らんのざぞ」 『雨の巻』 第三帖 [337]

ミヅシュ オーシュ 〔後略〕 『アメのキ』 第三帖 [337]

「月の大神様が水の御守護、日の大神様が火の御守護、お土つくり固めたのは大国常立の大神様。この御三体の大神様、三日この世 構ひなさらねば、此の世くにゃくにゃぞ」 『風の巻』 第十二帖 [363] の大神様が水の御守護」は「の大神様が水の御守護」とも訳せます)

オーミヅシュ オーシュ オーオー 〔後略〕 『カ千のキ』 第十二帖 [363]

 火の守護と水の守護は、当然ながら日の大神と月の大神に対応しています。それ故、ミロク様があるなら、これらの記述にも一応の筋が通っていると言えます。ですが、この辺りの内容は三位一体や数霊やに関係して来る話なので、具体的に言及するのは次章になります。

 ちなみに、ミロク様である撞の大神が水の守護を担当するのは、“水の仕組”ことなるの仕組”の内容が背景にあります。ただ、その解説には旧九月八日の仕組やミロクの仕組の詳細が予備知識として必要になるので、本章では割愛させて頂きます。

 さて、大本系統でミロクの大神とも呼称される“御三体の大神”と言えば、基本的に天の御先祖様であるのことを指すのですが、前出の日月神示と大本神諭の引用ではの大神”つきの大神”くにの大神”の組み合わせになっています。同様の記述は他にもあり、日月神示のミロク論に関連するので引用してみます。

「臣民 生れおちたらウブの御水を火で暖めてウブ湯をあびせてもらふであろが、其の御水は お土から頂くのざぞ、たき火ともしは皆 日の大神様から頂くのざぞ、御水と御火と御土で この世の生きあるもの生きてゐるのざぞ、そんなこと位 誰でも知ってゐると申すであろが、其の御恩と云ふ事 知るまいがな」 『キの巻』 第九帖 [266]

「御三体の大神様 三日 此の世をかまひなさらぬと この世はクニャクニャとなるのざぞ」 『水の巻』 第十四帖 [288]

「日の大神様、月の大神様、つちの大神様、おんすじ 弥栄々々ぞ」 『梅の巻』 第二十一帖 [448]

 そして、上の組み合わせの御三体の大神に密接に関係しているのが、次に引用する第二十二巻『青葉の巻』第十七帖の記述です。これはミロクと日と月の関係について非常に簡素シンプルにまとめられた帖であり、日月神示の中でも特に重要な意味を持っています。それと言うのも、この帖は“日月神示のミロク論の中核”とすら呼び得る内容だからです。

「日の神ばかりでは世は持ちては行かれんなり、月の神ばかりでもならず、そこで月の神、日の神が御一体となりなされて「ミロク」様となりなされるなり、日月の神と現はれなさるなり。「みろく」様が日月の大神様なり、日月の大神様が「みろく」の大神様なり、の御先祖様 の御先祖様と御一体となりなされて大日月の大神様と現はれなさるなり、旧九月八日からは大日月の大神様とおろがみまつれよ」 『青葉の巻』 第十七帖 [486]

 一見しただけでは判り辛いのですが、この記述は、同時に日月神示の説く“天地の構造”をも言い表しています。

 天地の基本的な構造は『冬の巻』第一帖に示された三界の姿と一緒に考える必要があるので割愛し、ここまでに引用した記述の“神の構図”を簡単にまとめてみます。

ミロク様 = 天照皇大神 = 撞の大神
日の大神 + 月の大神 = 日月の大神 = ミロクの大神
ミロクの大神 + 地の御先祖(国の御先祖) = 大日月の大神 旧九月八日から)

 その上で、日月神示の独自のミロク論が展開されている『青葉の巻』第十七帖の内容を正確に把握するために、原文と訳文を対比させて掲載します。

 次に、この帖の“御神名”を抽出して、適切だと思われる漢字を当ててみます。

 原文から考えると、日の神と月の神が一体になったミロクの大神は、の神”ではなくの神”と表記する方が、より実態に近いだと考えられます。これは「不可分の一体としての側面を強調する」という意図が込められた書き方なのでしょう。

 そして、この場合は“明”を「ヒツク」とむ可能性が極めて高いのです。その根拠は第六巻『日月ひつくの巻』の巻名にあります。この巻は『の巻』と『つきの巻』で構成されるの極めて特殊な巻であり、原文での巻名”が明記されています。

「日の巻 書き知らすぞ」 『日月の巻』 第一帖 [174] 第一仮訳)

 『ひつ九のまキ』 第一帖 [174]

「日の巻 終りて月の巻に移るぞ」 『日月の巻』 第二十七帖 [200]

ツキ 『ひつ九のまキ』 第二十七帖 [200]

「月の巻」 『日月の巻』 第二十八帖 [201] 第一仮訳。第二仮訳では欠落していますが、第二十七帖と第二十八帖の間に巻名として書かれています)

のまキ」 『ひつ九のまキ』 第二十八帖 [201] 原文Uで確認すると編集時に追加されたものではなく、原書にも書記されていた模様です)

「この巻二つ合して日月ひつくの巻とせよ」 『日月の巻』 第四十帖 [213]

フタ 『ひつ九のまキ』 第四十帖 [213]

 要するに、天之神様は第六巻『日月ひつくの巻』の中で、じつげつを個別に見る場合は「ヒ」及び「ツキ」と呼び、一体として見る場合は「ヒツク」と呼ぶように指定なさっているのです。

 ただし、前々章の『三位一体/三元』でも少しだけ触れたように、対偶的な存在は必ずしも別々の存在というわけではないので、“明”と見ても“日月”と見ても大きな問題にはならないと思われます。実際に前出の『青葉の巻』第十七帖では次の構図が描かれています。

ミロク = ひつくの大神
つきの大神 = ミロクの大神

 それ故、以下の構図も成り立つのでしょう。

ひつくの大神 = ミロクの大神 = つきの大神

 もしくは、下記の構図でも良いのかもしれません。

ひつくの神 ≒ つきの神

 いずれにせよ、ひつくつきの違いは それほど気にする必要はないはずです。ちなみに、本論では両者を包括する意味と、「天之神」という発音を重視した御神名の表記をかんがみて、日月ひつくと表記する場合が多いです。

 以上の点に加えて、『青葉の巻』第十七帖では「天の御先祖と地の御先祖が一体になる」という点が強調されており、その姿を“大日月の大神”と呼称しています。

 日月神示には“大日月”に関する記述が他にもあり、主に“和合”と絡める形で語られています。

「大日月と現はれたら、何かの事キビシクなって来て、建替の守護と建直しの守護に廻るから、その覚悟よいか」 『海の巻』 第一帖 [493] 「大日月」の原文は「一二」です)

「今迄は神様も別れ別れで勝手にしてゐたのであるから、神様の申された事にも間違ひとなることあったのぢゃ、今でも神様はウソを申されんのであるが、和合なく離れ離れであったから、自分の目で届くグルリは、自分の力の中では誠であっても、広い世界へ出すと間違ったことになってゐたのぢゃ、神のお示しが違ったと申して其の神様を悪く申すでないぞ、今の上に立つ人も同様ざぞ、心得なされよ。今度は愈々一致和合して、大神様の仕組 結構が相判り来て、大日月の神となりなされて現はれなさるのぢゃ。判りたか」 『海の巻』 第三帖 [495] 「大日月の神」の原文は「大一二の」です)

「天の神 地に降りなされ、地の神と御一体と成りなされ、大日月の神と現はれなさる日となった、結構であるぞ」 『海の巻』 第十二帖 [504] 「大日月の神」の原文は「一二ヽ」です)

 “大日月”について少し補足しますと、和合には幾つかの種類や視点が存在しており、例えば、日と月というよこの和合”に対し、というたての和合”もあります。ただし、どちらも太陽の和合”であることに変わりはありません。その上で、の和合の場合は二つの和合が折り重なった和合とも言え、日月の和合の更に一段上の和合として日月と呼称されていると思われます。

 また、こういったの神と地の神が一体になった大日月の神と意味的に殆ど同じことが、つきくに様”という言葉で述べられています。

「月日様では世は正されん。日月様であるぞ。日月様が、日月地様となりなされて今度の岩戸びらき、あけるぞ」 『黄金の巻』 第四十九帖 [560] 第一仮訳)

ツキ ツキ ツキツキクニ  『九ネのキ』 第四十九帖 [560] 原文U)

 以上の点から考えると、日月神示で全ての神々を讃える御神名とされるおおつきくにのおおかみは、つきくにの御三体の大神が一体になった姿を指しているのかもしれません。何故なら、天の御先祖様と地の御先祖様の和合はの神々、即ち“天と地の全ての神々”が和合するのと同じことだからです。

 ちなみに「天之神の名はつきくにの頭の一字を取ったものである」という説があるのも、上述の内容との関連が推測されます。

 こういった「天の神と地の神が一致和合する」という内容は、日月神示の中で何度も語られています。そのためなのでしょうが、“天の御先祖様”“地の御先祖様”は一緒に言及される場合が多いです。

「天の御三体の大神様と ちのおつちの先祖様でないと、今度の根本のお建替出来んのざぞ、判りても中々判らんであろがな。洗濯足らんのであるぞ」 『雨の巻』 第四帖 [338]

「今度は根本の天の御先祖様の御霊統と根元のおつちの御先祖様の御霊統とが一つになりなされて、スメラ神国と神国と一つになりなされて末代動かん光の世と、影ない光の世と致すのぢゃ、今の臣民には見当とれん光の世とするのぢゃ」 『光の巻』 第六帖 [402]

「次の世がミロクの世、天の御先祖様なり、地の世界は大国常立の大神様 御先祖様なり、天の御先祖様 此の世の始まりなり、お手伝いが弥栄のマコトの元の生神様なり、仕上げ見事 成就致さすぞ、御安心致されよ。天も晴れるぞ、地も輝くぞ、天地一つとなってマコトの天となりなりマコトの地となりなり、三千世界一度に開く光の御代ぞ楽しけれ」 『梅の巻』 第十七帖 [444]

「愈々天の御先祖様と地の御先祖様と御一体に成りなされ、王の王の神で末代治めるもといつくるぞ、少しでもまじりけあってはならんのぢゃ、早う洗濯掃除 結構ぞ」 『梅の巻』 第二十二帖 [449]

「悪 抱き参らす為には我が子にまで天のトガをおはせ、善のの先祖まで押し込めねば一応抱く事出来んのであるぞ、ここの秘密知るものは天の御先祖様と地の御先祖様より他には無いのであるぞ」 『海の巻』 第十八帖 [510]

 上で語られている地の御先祖様とは大本教でこくと呼ばれるくにとこたちのかみであり、天の御三体の大神や天照大神をてんと呼ぶのとついの表現になっています。なお、神道にも天照大神を天祖と呼ぶ慣例がありますが、特定の神霊を国祖と呼ぶことは無いです。

 そして、天の御先祖様と地の御先祖様の記述からは以下の構図が見えて来ます。

天の御先祖 + 地の御先祖 = 王の王の神 = 光

 次に、この構図に『青葉の巻』第十七帖の内容を組み合わせてみます。

大日月の神 = 天の御先祖 + 地の御先祖 = 王の王の神

 恐らく、“御先祖”とは「たるが故に統べる者である」という意味合いにおいて“王”す表現なのでしょう。このような内容から考える限り、別の箇所に登場する“天の王”“地の王”も天の御先祖様と地の御先祖様を指していると思われるので、該当箇所を引用します。

「日本が秘の本の国、ウシトラのかための国、出づる国、国常立大神がウシトラの扉をあけて出づる国と言うことが判りて来んと、今度の岩戸ひらきは判らんぞ、こんなことを申せば、今のエライ人々は、古くさい迷信ぢゃと鼻にもかけないなれど、国常立命がウシトラからお出ましになることが岩戸ひらきぞ、今の学では判らんことばかり。善と悪とに、自分が勝手にわけて、善をやろうと申すのが、今の世界のあり方。天の王、地の王のこと、のことがハッキリ判らねば足場がないではないか、足場も、めあてもなくてメクラメッポーに歩んだとて目的には行きつけぬ道理」 『極めの巻』 第四帖 [931]

「柱になる人民もあれば屋根になる人民もあるぞ。天の王と地の王とをゴッチャにしているから判らんことになるのぢゃ、その上に又 大王があるなれど大王は人民には見当とれん、無きが如き存在であるぞ」 『紫金の巻』 第十三帖 [992]

 ここまでの記述からは、次の構図が読み取れます。

天の王 + 地の王 = 王の王 ≦ 大王 = = 無きが如き存在

 ちなみに、上の構図は以下の記述に見られる“ミロクの世の在り方”と対応しています。

「天が上で地が下で、中にあるのぢゃ。それがミロクの世ぢゃ」 『春の巻』 第二十九帖 [686]

 この他にも“王の王”について やや詳しく述べられた記述があります。

「天地の先祖、元の神の てんし様が王の王と現はれなさるぞ、王の王はタマで御現はれなされるのざぞ」 『雨の巻』 第十七帖 [351]

ひとつの王で治めるぞ。てんし様とは天千様のことぞと申してあろがな、この方シチニの神と現はれるぞと申してあろがな、てん様のことざぞ」 『風の巻』 第八帖 [359] 天千と天二は「天地」及び「天父」と翻訳するのが文脈的に正しいと思われます。シチニに関しては第九巻『キの巻』第三帖と第十二巻『夜明けの巻』第一帖に関連するかもしれない記述がありますが、正確な意味は不明です。一応、に関連しているように見えます)

 上の二つの記述に登場する「てんし様」は、文章全体の文脈と、ようおんが省略される場合が多い日月神示の原文表記を勘案すれば、てん様よりてんしゅ様”としての側面が強いと思われます。もっとも、ひながたの概念”から考えれば両者は内質的に同じと見ることができるので、どちらも包括する意味で書かれた可能性が高いです。

 ともあれ、てんしゅてんは仏教やキリスト教でも使われる言葉であり、文字通り“至高の存在”か、それに極めて近い存在を指します。

 また、てん様”とは天の王と地の王が一体になった存在か、それらのもとになった存在の便宜的な呼び方であると考えられます。恐らく、天と地が分かれる前の状態や、天と地が結ばれた後の状態をあめつちと呼ぶのと似たような意味が込められているのでしょう。

 更に、日月神示には“天地の王”に関する記述があります。これは天主様より“天子様”としての側面が強いのですが、一つの参考になると思うので引用しておきます。

かみくにの王はてんの王ざぞ、とつくにの王は人の王ざぞ。人の王では長う続かんのぢゃ」 『岩の巻』 第十一帖 [376]

 そして、前出の記述で説かれている構図は以下の通りです。

天地の先祖 = 元の神 = 天主 = 王の王
一の王 = 天主 = 天地 = シチニの神 = 天父 ひとつの王」は「の王」とも訳せます)

 これに先程からの内容を含めた構図をまとめてみます。

天の御先祖 + 地の御先祖 = 王の王の神 = 天主 = 元の神 = 大日月の神

 つまり、「対偶の系譜のが一体になったら、はもう至高の存在としか言えない」といった意味なのでしょう。これは大陸の思想でたいようたいいんもととされるたいきょくの考え方に近いと思われます。

 次に、天之日月ひつく神様と“対偶”に関わる構図の大半が包括された記述を引用してみます。

「アメのひつ九のか三とはアメの一二の神で御座るぞ、アメのつきの神で御座るぞ、元神で御座るぞ、ムの神ぞ、ウの神ぞ、元のままの肉体持ちて御座る御神様ぞ、つちのひつ九のおん神様ぞ、つちのつきの御神様と今度は御一体となりなされて、今度の仕組 見事 成就なされるので御座るぞ」 『雨の巻』 第七帖 [341]

 ツキカミ ツキカミ ガミ カミ カミ カミ カミ ツキカミ イッ ジョージュ 『アメのキ』 第七帖 [341]

 この引用では次の構図が明かされています。

アメのひつ九のか三 = アメの一二の = アメの

||

百十 = ムの = ウの

||

つちのひつ九のおん = つちののおん

 そこで、ここからは上の構図に込められた内容を順番に見て行きます。

 最初にツキについて見てみます。『雨の巻』の構図ではツキツキは書き方が違っていても、決して別々の存在ではないことが強調されています。それもあってか、日月神示の多くの帖の末尾に記されている署名サインでは、「ヒツク」の部分が「一二」と書かれた例が三割以上を占めています。

 そして、ツキにおけるいちは、一次的な要素と二次的な要素、主軸的な要素と副次的な要素、内部的な要素と外部的な要素、的な要素と的な要素といった意味合いが強く、では“対偶の数字的な表現”として扱われています。

 また、原文でも一を、二をつきつぎませる例が非常に多く、例えば、署名サインの「一二」を翻訳するとつき神”、もしくはつぎ神”になります。

 ちなみに、日月神示の原文で三がみちの意味でひんしゅつすることを考えあわせると、「一二三」は“日月道”“日嗣道”の意味で受け止めることもできます。

 更に、と三に共通する意味すがたからは、「一二と一二三はである」と言い得る内容が見えて来ます。恐らく、

的なにおいて、日月神と一二三は“同一のことばです。

 ここから推察できるのは、を降ろした存在が日月神と名乗ったり、自らの言葉を一二三と題する行為に、「神霊のはたらきや啓示の目的に基づくということであり、そこを重点的に考えれば、日月神示への理解が更に深まると言えましょう。

 次につきについて見てみます。『雨の巻』の構図では天之日月ひつく神と一体の存在として天之神の名が挙げられており、この呼び方は第七巻『日の出の巻』にも登場しています。

「月日の巻 十人と十人の役員に見せてやりてくれよ」 『日の出の巻』 第二帖 [215]

ツキジュージュー 『のてのまキ』 第二帖 [215] 原文U)

 時系列から考えて、『月日の巻』は前巻である『日月の巻』を指しますが、日と月の順番が入れ換わっています。これは『日月の巻』の第二十八帖から第四十帖までの『月の巻』が、基本的に“役員”と呼ばれる人達が読む巻であることに理由がありそうです。例えば『月の巻』の冒頭には次のように書かれています。

「この巻 役員読むものぞ」 『日月の巻』 第二十八帖 [201]

 もしかしたら、裏方的な存在が先になる“序列の変動”に類することを、月を日よりも先にすることで表現しているのかもしれません。ただし、それが“一時的な措置”であるのは次の記述からも判ります。

「月日様では世は正されん。日月様であるぞ。〔後略〕 『黄金の巻』 第四十九帖 [560] 第一仮訳)

 これに関連する事例として、昭和三十年から岡本天明氏に降りた『つきれい』が挙げられます。この霊示は昭和三十八年に出版された『日月地聖典』に『月光の巻』として収録されたのですが、その際に削除された部分には「この巻からは神示ではない、霊示として区別せよ」と書かれており、霊示を取り次いだ神霊が“月日天使”であることも明かされていました。

 こういった点からも、日と月のメインサブの役割が逆転して、一時的に補佐役の方が主導する場合を“月日”と呼んでいるように見えます。なお、この辺りのは次章の“月の世”の解説でも取り上げます。

 次に“元神”“ムの神”“ウの神”について見てみます。『雨の巻』の構図では天之日月ひつく神様が根元的な存在として「元のままの肉体を持っている」という風に書かれています。

「この方は元のままの身体からだ持ちてゐるのざから、いざとなればんなことでもして見せるぞ」 『下つ巻』 第二十八帖 [70]

「この方は元の肉体のままに生き通しであるから、天明にも見せなんだのざぞ」 『天つ巻』 第四帖 [111]

 これと似た内容は他にも見受けられますが、基本的に「世の元からの生き通しの神」という主旨であり、内容的に判り易い記述を一つだけ引用します。

「世の元と申すものは天も地も泥の海でありたのざぞ。その時から この世 初まってから生き通しの神々様の御働きでの世が来るのざぞ」 『地つ巻』 第七帖 [144]

 つまんで述べると、元の肉体とは“竜体”のことであり、世界の原初の頃から存在していることを示す“根元的な存在のあかしであるようです。

「元からの竜体持たれた荒神様でないと今度の御用は出来んのざぞ、世界つくり固めてから臣民つくりたのであるぞ」 『キの巻』 第九帖 [266]

「世こしらへてから臣民の種うゑて、臣民作ったのであるぞ。世、こしらへた神々様は「ながもの」の御姿ぞ、今に生き通しぞ」 『マツリの巻』 第四帖 [408]

「世の元、〇の始めから一と現われるまでは〇を十回も百回も千回も万回も、くりかへしたのであるぞ、その時は、それはそれはでありたぞ、火と水のドロドロであったぞ、その中に五色五頭の竜神が御ハタラキなされて、つくり固めなされたのぢゃ」 『扶桑の巻』 第二帖 [851]

 上の帖では泥の海が数霊のれいみずに絡めて述べられていることから、恐らくは、の因子としてのみずに対応すると思われます。

 そういった内容からも、元の身体からだを保持するの因子に関わる神霊として、天之日月ひつく神様が“元神”に極めて近い存在らしいことが窺えます。

 次につち日月ひつくのおんかみについて見てみます。『雨の巻』の構図では天之日月ひつく神ととして地之日月御神の名が挙げられています。厳密にはつちくにという表現の違いがあるものの、その存在が“神の御用を果たすのことを指しているのは以下の記述から判ります。

くにの日月の神とは臣民の事であるぞ、臣民と申しても今の様な臣民ではないぞ、神人共に弥栄の臣民の事ぞ、今の臣民も掃除すればつぎの神様となるのざぞ、自分いやしめるでないぞ、皆々神々様ざぞ」 『光の巻』 第一帖 [397]

「人民 神とあがめよ、神となるぞ、泥棒と見るキが泥棒つくるのぢゃ、元の元のキの臣民 くにの日月の神ぢゃと申してあろがな」 『光の巻』 第三帖 [399]

「万物の長とは神の臣民の事であるぞ、世界の人民も皆 万物の長であるが、この世の神は臣民ぢゃぞ、神に次いでの良きたまぞ、臣民はくにの日月の神様ざぞ」 『梅の巻』 第十二帖 [439]

「待てるだけ待ってゐるが世を潰すわけには行かん、人民も磨けば神に御意見される程に身魂に依ってはなれるのざぞ、くにの日月の神と栄えるのざぞ、何より身魂磨き結構」 『梅の巻』 第二十四帖 [451]

 余談ですが、天之日月ひつく神と地之日月ひつく神が一体になることが旧九月八日の仕組やミロクの仕組の核心であり、神経綸のかなめになっています。

 このように、『雨の巻』で示されたつきつき、ムとウ、あめつちなどの対応的な構図から見えて来るのは、「天之日月ひつく神は“対偶性”と深い関連を持っている」ということなのです。

 以上がミロクに関わるであろう神々の基本的な構図です。ここまでの内容から判るように、日月神示の説くミロクは“日月”“和合”と極めて密接な関係があります。では、

「何故、はミロクをじつげつということばで表現しているのか?」

と言えば、それは日と月が宗教的な真理ダルマ象徴シンボルであるのと同時に、“根元神の最も偉大な現れ方”だからなのでしょう。実際に、このように説かれた例は幾つかあります。

 例えば、本章の最初に引用した『霊界物語』の一節では「高天原の総統神は日と月として現れる」という主旨のことが述べられていますし、日月神示の『地震の巻』でも、霊界の全てが太陽から生まれ、交叉し、霊人も神をたいようたいいんとして敬うことなどが述べられています。

「われわれの一切は生れつつある。神も、宇宙も、森羅万象の悉くが、常に生れつつある。太陽は太陽として、太陰は太陰として、絶えず生れつづけている」 『地震の巻』 第一帖 [378]

〔前略〕 かくして、大神の大歓喜は、大いなる太陽と現われる。これによりて、新しく総てが生れ出る。太陽は、神の生み給えるものであるが、逆に、太陽から神が、更に新しく生れ給うのである」 『地震の巻』 第三帖 [380]

「霊界人は、その向いている方向が北である。しかし、地上人の云う北ではなく、中心と云う意味である。中心は、歓喜の中の歓喜である。〔中略〕 各自の眼前に、それ相応な光があり、太陽があり、太陰があり、歓喜がある」 『地震の巻』 第六帖 [383]

〔前略〕 より小なるものより、より大なるものが生れ、より大なるものより、より小なるものが生れ、より新しきものより、より古きものが生れ、より古きものより、より新しきものが生れ、弥栄し、一つの太陽が二つとなり、三つとなり、更には一つとなることを理解しない。月より地球が生れ、地球より太陽が生れると云うことを理解するに苦しむものであるが、最後の審判に至れば自ら体得し得るのである。これは外部的なる智によらず、内奥の神智にめざめることによってのみ知り得る」 『地震の巻』 第八帖 [385]

「霊人の言葉は歓喜より発するが故に歓喜そのものであり、神の言葉でもあるが、その霊人のおかれている位置によって二つのものに大別し得る。歓喜の現われとしての愛に位置している霊人の言葉は、善的内容を多分に蔵している。故に、柔らかくして連続的であり、太陽の(ひかり)と(熱)とに譬えることができる。また、歓喜の現われとして真に位置する霊人の言葉は、智的内容を多分に蔵している。故に、清く流れ出でて連続的ではなく、或る種の固さを感じさせる。そしてそれは月の光と、水の如き清さとを感じさせる」 『地震の巻』 第十一帖 [388]

「霊界に於ける事物は総て霊界における太陽と、太陰とによりて生れてくる。それは、地上に於ける場合と同じである。太陽と、太陰との交叉により生ずる歓喜によって、その生れたるものは更に一層の光輝を放ち、弥栄となる」 『地震の巻』 第十四帖 [391]

「太陽は、太陰によりて弥栄え、太陰は太陽によりて生命し歓喜するのである。この二者は、絶えず結ばれ、また絶えず反している。故に、二は一となり、三を生み出すのである。〔中略〕 霊界に於ける春は、陽であり、日と輝き、且つ力する。秋は、陰であり、月と光り、且つ力する。この春秋のうごきを、また、歓喜と呼ぶのである。春秋の動きあって、神は呼吸し、生命するとも云い得る」 『地震の巻』 第十八帖 [395]

「天国の政治は光の政治である。天国にも地上の如く太陽があり、その太陽より光と熱とを発しているが、天国の太陽は一つではなく二つとして現われている。一は月球の如き現われ方である。一は火の現われ、火の政治であり、一は水の現われ、水の政治である。愛を中心とする天人は常に神を太陽として仰ぎ、智を中心とする天使は常に神を月として仰ぐ。月と仰ぐも、太陽と仰ぐも、各々その天人、天使の情動の如何いかんによるのであって、神は常に光と熱として接し給うのである。またそれは大いなる歓喜として現われ給う。光と熱とは太陽そのものではない。太陽は火と現われ、月は水と現われるが、その内奥はいずれも大歓喜である。光と熱とは そこより出ずる一つの現われに過ぎないことを知らねばならぬ。このことをよく理解するが故に、天国の政治は常に光の中にあり、また熱の中に育ち栄え、歓喜するのである」 『地震の巻』 第十九帖 [396]

 この場合、じつげつは あらゆる存在を照らすです。

 そして、こういった日月神示でのじつげつの描かれ方をつまびらかに見て行くと、ミロクと通底する背景が浮かび上がります。簡単に言うと、

ミロクと日月ひつくには“対なるものの結び”という共通点があります。

 何故なら、日の大神と月の大神、天の御先祖と地の御先祖、天之日月ひつく神と地之日月ひつく神などの一致和合は、陽と陰、天と地、火と水、霊と肉、といった対偶の存在、即ち“対なるもの”が結ばれるのと同じことだからです。

 そういったはたらき“最たるとして、根元神の最も偉大な現れ方であるじつげつ“最も象徴的なことばに選ばれているのでしょう。このような内容から見る限り、

“対偶的な存在の和合”が日月神示の説く“ミロクの役割はたらきであると考えられます。

 即ちマツリです。そして、調和マツリツキを包摂した新しきミチを生み出すこと」と同じであり、その実現に尽力する存在を、日月神示はミロクの大神や日月ひつくのかみと呼んでいるように見えます。これが最も広義の意味での“ミロクの定義”ではないでしょうか。言うなれば、

日月ひつくのかみとはミロクを実現する存在”なのです。

 そう考えれば、てんの和合によるあめつちの実現”を目指す今回の立替え立直しにおいて、日月神示で神の御用を果たす人間が地之日月ひつく神と呼ばれている理由や、ミロクの大神や天之日津久神が基本的にである理由も説明できると思います。

 また、ミロクやじつげつはたらきを以上のように受け止めることによって、日月ひつくという言葉に込められた意味のが見えて来ます。

 日本語のヒツクには「乾いてくっ付く」という意味の「く」や「く」の意味がありますが、これは「隙間なく貼り付いて離れないこと」や「男女が親密にする」や「夫婦になる」という意味の言葉であるく”と語源を同じくしていると思われます。それを和合や結びと意味が通底する調和マツリに掛けた御神名があめのかみなのかもしれません。

 ただし、これはヒツクやヒツキの言葉から類推できる意味の一つに過ぎません。例えば、日月神示の原文は訳者の判断で濁音を当て嵌めるので、ヒツやヒツと訓む方が正しいとする説もあります。そして、こちらの訓み方でも奥深い意味をいだすことができ、この場合はつぎとしての見方、即ち、天之日津久神の“天之日嗣神”の側面が特に重要になって来ます。

 以上のように、天之日津久神様がなる存在であるのかは、のでしょう。古来から言うようにたいあらわす」のです。それを説明するために日月神示の“秘密”の記述を引用します。

「秘密は秘密でないぞ、火水であるぞ、明らかな光であるぞ、火水のマコトを悪神にたぶらかされて判らなくなったから、秘密となったのであるぞ、秘密は必ず現はれて来るぞ」 『海の巻』 第十三帖 [505]

「一切と手をつながねばならん。人民のみで世界連邦をつくろうとしても、それは出来ない相談、かたぐるまと申してあろうが、目に見へぬ世界、目に見へぬ人民との、タテのつながりつけねばならん道理、人民同士の横糸だけでは織物にはならんぞ。天は火ぞ、地は水ぞ、火水組み組みて織りなされたものが、ニシキの御旗ぢゃ、ヒミツの経綸であるぞ」 『扶桑の巻』 第九帖 [858]

 恐らく、天之日津久神様は「秘密とは秘密が秘密ではなかったことに気付く過程の出来事に過ぎない」おっしゃっていると思われます。何故なら、のですから。

日月神示の秘密こたえ日月ひつくのかみことばに表れています。

 推察するに、ことばはたらきは高位の神霊になるほど分けて考えることが難しくなって行くのでしょう。例えば、『竜音の巻』第三帖では「高度な存在からの通信ほど暗示的になる」と書かれていますが、これは、多くの要素を包摂する“共通点”になり得る“統括的な用”を司る神霊には、名や言葉が重層的な意味を含んだものにならざるを得ない側面がある、と言っているのかもしれません。そして、そういった神霊は“普遍性”を有する概念や性質やエネルギーであるが故に、その本質は極めて単純シンプルかつ強力パワフルなのです。

 また、上の引用では、“秘密の仕組”とはの仕組でありの仕組でありであることが明示されており、それをにしきはたと呼んでいます。

 日本の歴史における錦の御旗とはてんのうはたじるしのことであり、あまつぎ天皇すめらみことからたまわじつげつを指します。これは赤地に金糸や銀糸で日月をしゅうした旗であり、鎌倉時代にじょうこうが官軍の大将にしたのが始まりとされます。それ以降は“大義名分”“明白な道理”を意味する日本語になりました。

 余談ですが、後鳥羽上皇は自らの持ち物に菊の紋を多用したため、以降はきくもんが皇室の正紋になって行きました。しかし、家紋に関する複数の資料によれば、元々は丸を二つ並べたじつげつもんが天皇の正紋だったそうです。そして、丸が二つでは日と月を区別することが難しかったので、後代になると月は三日月で描くようになったとのことです。今でも神社のいしどうろうの飾り窓が日と月の形をしているものが多いのは、この辺りの歴史に由来するのかもしれません。

 なお、日月神示や大本神示での錦の御旗とはかみけいりん全般”のことですが、これは神々の計画が、たていとよこいとを使って布を織り上げるはたり”たとえられているからです。

 ちなみに、神経綸の経糸と緯糸とも言えるみずの仕組”は、大本系統で“富士と鳴門の仕組”と呼ばれる場合が多いです。日月神示ではみつの仕組としてみつの仕組と同一視されているのは先程の引用の通りであり、火と水が日と月に通じるのは言うまでもありません。

 ここまでに論じた(一)つき(二)ひつく(三)、もしくはひつく(〇)(一)つき(二)の関係に見られるように、つまるところミロクとは“三位一体の在り方”のことであり、に他なりません。そう考えれば、「なか」及び「むすび」の名を持つ造化三神が、天の御三体の大神様として“ミロクの大神”と称されるのも、相応の筋が通っていると言えるのではないでしょうか。

 また、三位一体の一二三の関係を“秘密の仕組”に絡めた記述も見られます。

「世の元からヒツグとミツグとあるぞ、ヒツグはの系統ぞ、ミツグはの系統ぞ。ヒツグはまことの神の臣民ぞ、ミツグは外国の民ぞ。と結びてとなるのざから、外国人も神の子ざから外国人も助けなならんと申してあらうがな。一二三唱へて岩戸あくぞ。〔中略〕 ひみつの仕組とは一二三の仕組ざ、早う一二三唱へてくれよ、一二三唱へると岩戸あくぞ」 『上つ巻』 第三十二帖 [32]

 しかし、日月神示は天之御中主神と高御産巣日神と神産巣日神をちゅうしょう的な存在として説いており、しょう的には現れないような描き方になっています。それ故、三位一体を伝える場合は、“現れの造化三神”的な位置付けにある日の大神と月の大神と撞の大神が、“具象的なミロク”“実際的なミロク”として重視されているのでしょう。

 そこで、次章では「対なるものは結ばれて新生する」という観点から更に深く日月ミロクミロクを掘り下げることによって、三位一体ミ  ロ  クの大神の姿”を追ってみます。

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ミロクの実体

 日月神示は三位一体の説明にじつげつことばを使っています。同時に、日と月、陽と陰、男と女などの対偶の象徴であるのかみのかみの存在が極めて重要視されており、この夫婦神は大本系統での大神”つきの大神”の名で呼ばれます。

 そして、日月神示ではが一体になった“日月の大神”及びつきの大神”“ミロク様”と呼んでおり、そのことの意味を知る上で重要になるのが“ミロクの世の語義”です。

 元々仏教用語であるろくの世”は、生きとし生ける者が全て救われた“理想世界”という意味の言葉です。大本系統でも基本的には同じなのですが、しんでは独自の意味が付け加えられている場合があり、その中で最も判り易い例が日月神示の“天子様の年齢”です。

「五十二才ツキの世の始、五十六才七ヶ月ミロクの世」 『黄金の巻』 第五十四帖 [565]

 日月神示の時節は天子様の年齢を基点にすると、立替え立直しの最も重要な日付である“旧九月八日”の特定が可能になり、この日が“ミロクの世の始まり”です。その上で、本章では次の点に注目して考察を進めて行きます。

「何故、旧九月八日がミロクの世の始まりの日なのか?」

 ここには、天の御三体の大神が司る三位一体のはたらき、日月神示の数霊論、ミロクの大神のに基づく明確な理由があり、そこから“ミロクの大神の姿”が見えて来るのです。

 ただし、旧九月八日を指し示す天子様の年齢は“二つの引っ掛け戻し”により、意味が伝わりにくくなっています。

 大本系統のしんでは「理解したと思わせた所で正解を明かして後戻りさせること」を“引っ掛け戻し”“手の平返し”と呼び、おもに信奉者の慢心を戒めるための手法としてもちいられるのですが、簡単に気付かれたくないとしても使用されます。

 例えば、天子様の年齢には「主語を抜く」という技法トリックと、「単語に独自の意味を付加する」という両義語ダブルミーニングに近い技法トリックが使用されています。故に、正解と言い得るであろう解釈に至るためには、二つの引っ掛け戻しミ ス リ ー ド気付く必要があります。

 しかも、その解釈に至るための糸口ヒントとなる情報が日月神示に無く、大本系統のしんの中でも知名度が低い『伊都能売神諭』にだけ書かれています。この情報が大本系統で独自に付け加えられた“ミロクの世の語義”であり、更に判り易く表現するなら“ミロクの世の定義”になります。

 以上の点を踏まえて、本章では“統合と分離のはたらきを軸にして、神魯岐命と神魯美命、二つのとヤとワ、別の御中主、生命の本体、天之御中主神と天照皇大神、三位一体、の数霊、天子様の年齢、終わりの始まり、次の世と月の世、造化三神、一二三、の神などを考察して行きます。

 そのため、本章の内容は非常に雑多に感じられるはずですが、これは「同じものを別の角度から見る」という、日月神示で極めて多用される手法に沿ってミロクを論じているからです。

 そして、物事の多面的な見方によって浮かび上がる“一つの実像”こそが、“三位一体の全体像”として【ミロクの実体】と呼び得るものなのです。

 ちなみに、出口王仁三郎は「ミロクとはじんあいの意味である」と語っていますが、“万物をいつくしむ姿ありかたについても、日月神示の説くいやさかの宇宙観”と絡める形で一緒に考えてみたいと思います。

 なお、本章は“本論の総括”として前章までに論じた内容を前提にしているので、単独で読むと理解が難しい部分を含んでいます。他にも、“ミロクの物語”に関する要素を割愛したため、厳密な意味でのミロクの全体像ではないことに御注意ください。


 最初にかむのみことかむのみことについて説明します。この神名は神道の古い祝詞のりとや天皇のせんみょうひんぱんに登場し、男系のしんと女系の祖神を指すいっついの名称”として使用されます。多くの場合、最も根元的な男女であり夫婦の象徴である、伊邪那岐神と伊邪那美神を想定イメージしていたと思われます。

 参考として、『霊界物語』に収録された天津祝詞と大祓祝詞の解説の該当部分を引用します。

「△かむかむ 陰陽二系を司る神々」 『霊界物語』 第三十巻附録 『天津祝詞解』

「△皇親すめらがむつ スメラは澄ますの義、全世界、全宇宙をせいちょうすることを指す。ムツは「スビラナル」の義で、すなはち連綿として継承さるべき万世一系の御先祖の事である。 △かむかろ 神漏岐は霊系の祖神にして天に属し、神漏美は体系の祖神にして地に属す。すなはち天地、陰陽二系の神々の義である」 『霊界物語』 第三十九巻附録 『大祓祝詞解』

 一見して判るように、神魯岐命と神魯美命は“陽と陰”を司る神と解釈されており、そのことが“男と女”“日と月”を司る伊邪那岐神や伊邪那美神と同一視される背景になっています。

 他にも、本論の第四章『ミロクの概略』で引用した『太古の神の因縁』では、神魯岐命を高御産巣日神や伊邪那岐神と、神魯美命を神産巣日神や伊邪那美神と同じ存在としています。これは完全な同一神というよりは、「広義にはひとくくりにできる類似性を持つ」といった意味だと思われます。

 ただし、神魯岐命や神魯美命を高御産巣日神や神産巣日神と同一視する伝承は記紀には見られません。この伝承が公的に初めて世に現れたのは、記紀の約百年後に成立した『しゅう』においてです。

あめつちわかれひらくるはじめに、あめなかれますかみあめのなかぬしのかみまをす。つぎたかむすのかみ。〔ふることに、といふ。これすめむつかむのみことなり。〕 つぎかむむすのかみ。〔これすめむつかむのみことなり。〕」 『古語拾遺』

 記紀では高御産巣日神と神産巣日神が無性的な独神か男神として描かれていますが、それとは異なる伝承があったことを古語拾遺は伝えています。これが大本系統での造化三神に対する見方の最も古い源流であると言えます。

 また、神魯岐命と神魯美命に冠される場合が多いすめむつは、すめおやなどと同じく天皇との血縁関係があることを示す言葉です。一般的には“皇祖”“皇族”という意味で使われており、日月神示の祝詞でも同様の扱いになっています。

「たかあまはらに、かむつまります、かむろぎ、かむろみのみこともちて、すめみおや かむいざなぎのみこと、つくしのひむかのたちばなのおどのあはぎはらに、みそぎはらひたまふときになりませる 〔後略〕 『水の巻』 第二帖 [276]

「高天原、おのころにつまります、すめむつカムロギ、カムロミのミコトもちて、よろづたちを神つどへに集へ給ひ、神はかりにはかり給ひて 〔後略〕 『紫金の巻』 第一帖 [980]

 それと、祝詞以外での“神魯岐命”“神魯美命”に関する記述には、次のようなものがあります。

かむかむみこと 忘れるでないぞ。そこから分りて来るぞ」 『地つ巻』 第七帖 [144]

たべもの 頂く時はよくよく噛めと申してあろが、上の歯は火ざぞ、下の歯は水ざぞ。火と水と合すのざぞ。かむろぎ かむろみぞ。噛むと力生れるぞ。血となるぞ、肉となるぞ」 『水の巻』 第十五帖 [289]

 これらの帖では上と下、火と水をたとえに使って、神魯岐命と神魯美命が“対偶の存在”に位置付けられており、そこから何らかの理解が進むことが述べられています。具体的にはうわあごしたあごが一体になって働く“噛む”という行為うごき糸口ヒントがあり、ここから“ミロクのはたらきへの理解が進むようです。

 日月神示で“神魯岐命と神魯美命の用”に譬えられる上顎と下顎は、であり、恐らくは“統合と分離のはたらきに通じています。

 そこで、統合状態が再統合されるまでの“全体の流れ”を、第四章で引用した大本神示の『太古の神の因縁』の内容をもとに図示してみます。

 この図からも判りますが、大本系統における神魯岐命と神魯美命とは、“一なるもの”を、天系、霊系、火系、父系などの側面から表現しようとする用と、地系、体系、水系、母系などの側面から表現しようとする“対偶的な二つのはたらきのことだと言えます。

 ちなみに、図の中央のラインが破線なのは、基本的にからへは行けない」からであり、

更なる統合を実現するためには一時的な分離を経過しなければならないのです。

 譬えるなら、上顎と下顎を使ってには、引っ付くことと離れることを繰り返す必要があるようなものです。こういった宇宙観がの善悪観の要として、ついなるもの”の概念や八岐大蛇やまたのおろちはたらきと話が繋がっています。

 また、これはは最初と最後にしか現れない」という意味でもありますが、その点が日月神示の第十巻『水の巻』第十帖において、六柱の御三体の大神の名が、天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神、、伊邪那岐神、伊邪那美神の順番で書かれて理由だと考えられるのです。

「今の臣民に判る様に申すならば御三体の大神様とは、あめなかぬしのかみさまたかむすのかみさまむすのかみさまのかみさまのかみさま、つきさかきむかつひめの神様で御座るぞ」 『水の巻』 第十帖 [284]

 この帖では天之御中主神と対応する撞賢木向津媛神の順番が最後になっています。これは“隠れの三柱”“現れの三柱”の対応関係を明かすだけではなく、一なるものが二つに分離して再び一つに統合されるというを、御神名を列挙するによって表現しているのでしょう。

 そして、こういった「ひとつからふたつを経て新しきひとつに至る」或いは「ツキが和合してミチを生む」という考え方は、日月神示の中核を形成するの概念”そのものなので、多くの事例が上図の内容に当て嵌まります。例えば、での“三位一体を表現することばであるとヤとワの関係などがそうです。

「アは二つあるのであるぞ、顕れたアは力であるぞ、ヤは霊、ワは体、アは力であるぞ。ヤワから生れるのであるが、ヤワと同様ぞ。アのアとアと一つにしてゐたであらうが、それで判らないのざ」 『黄金の巻』 第十一帖 [522] 昭和二十六年版)

 ここでの「アのアとアを一つにすると判らない」とは、“始まり”“終わり”“生み出すもの”“生み出されるもの”としてのの側面があることを認識しなければ、物事における統合、分離、変化、連続、円環、新生などの観点が抜け落ちてしまう、といった意味だと思われます。

 簡単に言うと、を原因や始まりとすれば、は結果や終わりになります。

「よせては返し、よせては返し生きてゐるのであるぞ。始の始と始が違ふぞ。後になるほどよくなるぞ。終りの中に始めあるぞ」 『夏の巻』 第十四帖 [731]

 これは“連続性”を前提にした「原因と結果は表裏一体の関係にある」という見方であり、物事が結実して性質が変化するような“特別な区切り”には、始まりと終わりの両方の側面があるのでしょう。

 それ故、アのアとアは「同じでありながら違い、違いながらも同じもの」になります。ちなみに、この辺りの“原因と結果の一体性”の話は、『地震の巻』の第五帖と第十一帖で“三界の真実”“霊人の言葉”として語られています。

 こういった点を踏まえると、とヤとワの関係は上図と同じ形に納まります。

 一見して判るように、“二つのは天之御中主神と撞賢木向津媛神に対応しており、“ヤ”“ワ”は神魯岐命と神魯美命に対応しています。このような関係は、からヤとワが生まれる、ヤとワからが生まれる、ヤとワはを本体とする、はヤとワを本体とする、という風に複数の見方をすることが可能なので、とヤとワは三位一体である」としか言えないのです。

 また、日月神示では他にも同様の事例が挙げられているので、主要なものを図示してみます。

 それと、本論の第三章『三位一体/三元』で論じたように、「三元りったい二元へいめんでは対偶の中身が異なる」という点を踏まえると、以下の見方も成り立ちます。

 このような見方は、統合状態やなるもの”、分離状態やなるもの”とする表現によって示されています。

〔前略〕 総て分類しなければ生命せず、呼吸せず、脈うたない。分類しては生命の統一はなくなる。其処に分離と統合、霊界と現実界との微妙極まる関係が発生し、半面には、平面的には割切れない神秘の用が生じてくる。一なるものは平面的には分離し得ない、二なるものは平面的には一に統合し得ないのである。分離して分離せず、統合して統合せざる、天地一体、神人合一、陰陽不二の大歓喜は立体的神秘の中に秘められてゐる。に於ては一なるもに於ては二となり三となり得るところに、永遠の生命が歓喜する。一は一のみにて一ならず、善は善のみにて善ならず、又 真は真のみにて真となり得ない。神霊なき地上人はなく、地上人とはなれた神霊は存在しないのである。〔後略〕 『地震の巻』 第二帖 [379] 第一仮訳)

 ここでの二なるものとは“多くの中の一つ”を指しています。簡単に言えば「ひとつあらず」であり、になります。故に、二やには「全てではない」という意味での“不完全”“分離状態”といった側面があります。

 逆に、一なるものとは「多に非ず」であり、になります。故に、一やには「全てである」という意味での“完全”“統合状態”といった側面があり、同時に“完成”をも意味するためにとしての側面を有しています。

 こういった“一”“二”が内包する幾つかの意味からは、次の内容が見え隠れします。

「一二三にも複数の見方がある」

 これは統合状態と分離状態と再統合状態を一と二と三と見る視点と、分離状態における対偶と再統合状態を一と二と三と見る視点のことです。なお、後者の場合は対偶に分かれる前の統合状態がれいに当て嵌まるので、の同一性”と同じくれいと一と三にも同一性がある」という点が見えて来ると思います。

 要するにの見方”には複数の視点があり、その内のどれかが正しいわけではないのです。簡単な説明を加えるなら、物事は部分的な視点を組み合わせることによって全体像が判り、全体の構造から部分的な性質を正しく再認識できるようになり、そこから全体像が更に明瞭になる、という風に還流フィードバックし合っているのです。譬えるなら、立体の形状を正確に把握するために複数の平面図を使う“三面図の手法”が判り易いはずです。

 いずれにせよ、共通するのは次の点です。

「始まりと終わりは同じ状態すがたである」

 ただし、概念的に同じであっても、“以前”“以後”は異なる過程を経た結果なので、全く同じにはなりません。そういった“円環と新生”などの観点も踏まえて、日月神示ではをアのアとアという風に“二つので表現しているのでしょう。

 そして、上述の“統合と分離の用”に内包される意味を要約したものが次の記述であり、“歓喜”ちからに置き換えて読めば内容が判り易いです。

〔前略〕 この一貫して弥栄し、大歓喜より大々歓喜に、更に超大歓喜に向って弥栄しつつ永遠に生命する真相を知らねばならぬ。しかし、天国や極楽があると思念することは既に無き地獄を自らつくり出し、生み出す因である。本来なきものをつくり出し、一を二にわける。だが、分けることによって力を生み弥栄する。地獄なきところに天国はない。天国を思念する処に地獄を生ずるのである。善を思念するが故に、悪を生み出すのである。一あり二と分け、はなれてまた、三と栄ゆるが故に歓喜が生れる。即ち、一は二にして、二は三である」 『地震の巻』 第五帖 [382]

 同時に、二つのという考え方に見られるように、原因と結果、生み出すものと生み出されるものは表裏一体であり、日月神示では「生み出したものに生み出される」という、或る種の逆説的なことわりがあることも語られています。

「愛の影には真があり、真の影には真がはたらく。地上人の内的背後には霊人があり、霊人の外的足場として地上人が存在する。〔中略〕 霊界と物質界はかくの如き関係におかれてゐる。其処にこそ大生命があり、大歓喜が生れ、栄え行くのである。更に極内世界と極外世界とが映像され、その間に中間世界が又 映像される。極内世界は生前、極外世界は死後、中間世界は地上世界である。極内は極外に通じてを為す。すべて一にして二、二にして三であることを理解せねばならない。かくして大神の大歓喜は大いなる太陽と現はれる。これによりて新しく総てが生れ出る。太陽は神の生み給へるものであるが、逆に太陽から神が更に新しく生れ給ふのである。は絶えずくりかへされ、更に新しき総ては神の中に歓喜としてはらみ、生れ出で、更に大完成に向って進み行く。親によって子が生れ、子が生れることによって親が新しく生れ出づるのであることを知らねばならない」 『地震の巻』 第三帖 [380] 昭和三十年版。「真の影にはがはたらく」は誤記だと思われます。昭和三十一年版と第二仮訳で訂正された「真の影にはがはたらく」の方が文脈的にも正しいはずです)

〔前略〕 かく弥栄進展するが故に、人類も霊人類も、各々その最後の審判的段階に入る迄は、真の三千世界の実相を十分に知り得ない。故に、新天新地の来る迄、真の天国を体得し得ない。新天新地の新しき世界に生れ出づる自己を知り得ない。この新天新地は幾度となく繰り返されているのであるが、何れもの形に於けるが如く同一形式のものではあるが、同一のものではない。より小なるものより、より大なるものが生れ、より大なるものより、より小なるものが生れ、より新しきものより、より古きものが生れ、より古きものより、より新しきものが生れ、弥栄し、一つの太陽が二つとなり、三つとなり、更には一つとなることを理解しない。月より地球が生れ、地球より太陽が生れると云うことを理解するに苦しむものであるが、最後の審判に至れば自ら体得し得るのである。〔後略〕 『地震の巻』 第八帖 [385]

 上記の『地震の巻』の四つの帖は“一と二と三の一体性”が軸になっており、実質的に“三位一体”を語っていることが判ります。同時に、としてヤとワという“対偶のはたらきがあることに気付くと思います。

 つまり、である統合状態が状態すがたなのであり、

分離とは統合が新生するための“必要な過程”です。

 故に、上の引用では「人類も最後の審判までは真の三千世界の実相を知り得ない」と述べられているのでしょう。

 また、前出の図を見れば判るように、の新生とはぜんたいの新生”まんなかの新生”と同じ意味を有しています。ちなみに、これらは上の引用の中の“太陽の新生”と同じく、の「陽と陰が和して新しき陽を生む」や「奇数と偶数を合わせて新しき奇数を生む」や「新しき太陽が生まれる」や「陽が本質である」といった記述と内容が通底しています。

 そして、ヤとワに代表される“対偶的な用”“一時的な分離状態”は、日月神示で“二つの系統”として説明される場合が多く、その中でも本章の内容に特に関係しているものを引用して図にまとめてみます。

「世の元からヒツグとミツグとあるぞ、ヒツグはの系統ぞ、ミツグはの系統ぞ。ヒツグはまことの神の臣民ぞ、ミツグは外国の民ぞ。と結びて一二三となるのざから、外国人も神の子ざから外国人も助けなならんと申してあらうがな」 『上つ巻』 第三十二帖 [32]

「天国の政治は光の政治である。天国にも地上の如く太陽があり、その太陽より光と熱とを発しているが、天国の太陽は一つではなく二つとして現われている。一は月球の如き現われ方である。一は火の現われ、火の政治であり、一は水の現われ、水の政治である。愛を中心とする天人は常に神を太陽として仰ぎ、智を中心とする天使は常に神を月として仰ぐ。月と仰ぐも、太陽と仰ぐも、各々その天人、天使の情動の如何いかんによるのであって、神は常に光と熱として接し給うのである。またそれは大いなる歓喜として現われ給う」 『地震の巻』 第十九帖 [396]

「愛の人間は深く、智の人間は広く進むぞ。タテヨコであるぞ。二つが織りなされて、結んで弥栄える仕組。経のみでならん。緯のみでならん」 『黄金の巻』 第九十一帖 [602]

「ひつくとみつくの民あると申してあらう。ひつくの民は神の光を愛の中に受け、みつくの民は智の中に受ける。愛に受けると直ちに血となり、智に受けると直ちに神経と和してしまふのであるぞ。二つの民の流れ」 『黄金の巻』 第九十二帖 [603]

から愛と智とが生れると申してあらうが。智と愛との和合によってが又 生れるのぢゃ。は喜びであるぞ。の別のであるぞ。そのから又 別の愛と智が生れ、又 別のが喜びとなり、その喜びの愛と智の喜びと結んで、又 喜びの生れるのぢゃ」 『黒鉄の巻』 第二十二帖 [640]

 このように、は一つのものから流れ出る二つのものを、“愛と智”を例に挙げて説明することが多いのです。同時に、愛と智を生み出す光をと呼び、愛と智によって生み出される新しき光を“別のと表現しています。これと意味的に全く同じことを、Aと一体的と言って良い“別の御中主”“生命の本体”に絡めて述べた記述もあります。

「喜びは神から流れ、愛から流れ出るのであるが、愛そのもの、善そのものではないぞ。生命であるぞ、生命であるが生命の本体ではないぞ。別の御中主あると申してあらうが」 『黄金の巻』 第八十九帖 [600] 昭和二十六年版。「ぜん」の原文である「千」は「」と訳した方が全般的な整合性があります。それと、この帖での“生命の本体”とは、生命の本質、生命の全容、生命の本来の状態などに近い意味だと思われます)

 ここでと別のが同じでありながら違うことを「御中主」という言葉を使って表現しているように、日月神示の創世神話で天之御中主神が成った“アのア”とは、やがて生み出される別の御中主としての“ア”を前提にした表現であるのでしょう。

 逆に、天之御中主神をアとして見る場合は、日月神示に言及がある“天之御中主神の前なるもの”である“ム”“ウ”がアを生み出した因子と言えます。ムとウは概念的に見ればヤとワに相当する用であり、それ故に日月神示の創世神話の冒頭では「天御中主尊アのアに成りましき」という風に、天之御中主神とは異なる存在を意識させる書き方になっているのかもしれません。

 更に、前出の『黄金の巻』第十一帖の昭和二十六年版で「アはヤやワと同様である」と語られている点を踏まえれば、アとしての天之御中主神はムとウと一体に見えます。その一体性が“あめつち御中ムしの神”“あめつち御中ウしの神”という、天之御中主神にこくした御神名の背景だと思われるのです。

 そして、こういった事例から見えて来るのは次の点です。

「世界は同じ形式かたちで巡りながら進展している」

 その上で、分離の用や対偶の用を活用しながら“歓喜”を増大させて行く姿を、天之日津久神様は“生命の本体”と呼んでいます。

「地上には地上の順序があり、法則がある。霊界には霊界の順序があり、法則がある。霊界が原因の世界であるからと云って、その秩序、法則を、そのまゝ地上にはうつし得ず、結果し得ないのである、又 地上の約束を そのまま霊界には行ひ得ない、しかし これらの総ては大神の歓喜の中に存在するが故に、歓喜によって秩序され、法則され、統一されてゐるのである。その秩序、法則、統一は一応完成してゐるのであるが、その完成から次の完成へと弥栄する、故にこそ弥栄の波調をもって全体が呼吸し、脈拍し、歓喜するのである。これが生命の本体であって、限られたる智によって、このうごきを見るときは、悪を許し、善の生長弥栄を殺すが如くに感ずる場合もあるのであるが、これこそ善を生かして更に活力を与へ、悪を浄化して御用の悪とし、必然悪として生かすことであり、生きたる真理の大道であり、神の御旨なることを知り得るのである。〔後略〕 『地震の巻』 第七帖 [384] 第一仮訳。『地震の巻』における、スの神、、大神、大歓喜、大生命なども、基本的に“生命の本体”と似通った意味であると思われます)

 この帖での生命の本体とは“三千世界の生成化育の全容”と殆ど同義であると考えられ、実質的に宇宙の全てとしてのたかあまはらを指しているはずです。

 また、この帖について少し補足すると、『地震の巻』では、陰、憎、偽、悪、醜などが“対偶の片一方のはたらきとして“御用の悪”に位置付けられており、それらを十全に活用することによって、陽、愛、真、善、美などが更に光輝よろこびを増すことが語られています。

 つまり、日月神示では悪を活かすことによって生命がまっとうされて弥栄する」と説かれているのです。この話も生命の本体に関連するので、当該部分を引用してみます。

〔前略〕 諸悪の生かされ、御用の悪として許されてゐるのはかかる理由によるものである。善のみにては力して進展せず、無と同じこととなり、悪のみにても又 同様である。故に神は悪を除かんとはし給はず、悪を悪として正しく生かさんと為し給ふのである。何故ならば、悪も又 神の御力の現はれの一面なるが故である。悪を除いて善ばかりの世となさんとするは、地上的物質的の方向、法則下に、総てをはめんと為す限られたる科学的平面的行為であって、その行為こそ、悪そのものである。この一点に地上人の共通する誤りたる想念が存在する。悪を消化し、悪を抱き、これを善の悪として、善の悪善となすことによって三千世界は弥栄となり、不変にして変化極まりなき大歓喜となるのである。この境地こそ、生なく死なく、光明、弥栄の生命となる。〔中略〕 善をつくり、力を生み出すところに悪の御用がある。動あるが故に反動あり、力が生れてくる、霊にのみ傾いてもならぬが強く動かなければならない。体のみに傾いてもならぬが強く力しなければならない。悪があってもならぬが悪が働かねばならぬ」 『地震の巻』 第九帖 [386] 第一仮訳)

 表現の仕方は違いますが、ここでの「悪を正しく生かす」とは「対偶の用を正確に活用する」と同じ意味です。要するに、対偶の用は、対偶を生み出した歓喜や、対偶によって生み出された新しき歓喜と三位一体であり、そのことを強調するために、日月神示ではの一体性”が視点や言葉を変えつつ繰り返されていると言えます。

 そして生命の本体タ カ ア マ ハ ラを神格化した存在であろう天之御中主神をアのアと見るなら、神魯岐命と神魯美命に相当するヤとワによって新生したアである“別の御中主”とは、最も狭義の意味でのミロクの大神であるつきの大神、即ちあまてらすすめおおかみを指す可能性が極めて高いのです。恐らく、

天照皇大神には“天之御中主神が新生した存在すがたとしての側面があります。

 これは天之御中主神や天照皇大神が司る世界の新生、即ち三千世界タカアマハラの新生”に他ならず、そういった意味合いも含めて、今回の立替えは大立替え”と呼ばれているのでしょう。

 以上の内容をかんがみれば、本論で詳しく考察して来た、タカアマハラが音で構成されるえんげん、大本系統での高天原に宇宙全体と中心世界の二つの意味がある理由、日月神示で天之御中主神が高天原と一体視されているがいぜん性、日本神話で天照大神が高天原の統治を任された背景、天照皇大神が天之御中主神の霊徳を完備した存在という大本神示の主張、天之御中主神と天照大御神が、一、ちゅうしんぜんたい、完全、最高を司る点などが、“霊的な意味”において通底することに気が付きます。

 つまり、三千世界は統合と分離を繰り返しながら“三”という“新しきたいようを生み出し続けており、

全ては“三位一体の原理”を軸に繋がっています。

 また、本論の第一章で述べたように、岡本天明氏はたかあまはらを全てをほうがんする存在として“最も高度な状態ありかた“神の最も強く充ち満つ所”と説いていますが、これらは大意としてが無い“光の状態すがたと言えるはずです。

 そこから考えれば、光の神アマテラスよろずの神々の最高神であること、に位置付けられていること、大本系統で天照皇大神がミロク様と呼ばれること、日月神示でミロクの世が“光の世”と称されることなどの繋がりが見えて来ると思います。

 他にも、天之御中主神を筆頭とする極めて根元的な十七柱の神霊が成った“ミコト”の状態が、口と心と行いのが揃った“極めて尊い状態”を指すらしいことは本論の第一章で述べましたが、これも三位一体に基づくのかもしれません。

 それと言うのも、別の箇所ではミコトがカミミチと一体的に見られているからです。

ひとひとみことの世となるぞ。神の事いふよりみことないぞ。物云ふなよ。みこと云ふのぞ。みこと神ざぞ。道ぞ。アぞ」 『日月の巻』 第二十九帖 [202]

〔前略〕 カミ ミチ  『ひつ九のまキ』 第二十九帖 [202]

 このように“三位一体”を軸にすれば、しんの主張の多くが包括的に説明できるのです。そして、それらの内容を踏まえた上で総体的な見地から考えると、以下の結論が導き出されます。

「統合と分離の形式はたらき三位一体ミ  ロ  クの大神の活動はたらきである」

 これは次のようにも言い換えられます。

三位一体ミ  ロ  クの大神の現れ”である」

 何故なら、三位一体とは統合と分離の連続の中に見られる“一と二と三の一体的な関係”に他ならず、本論で考察して来たように、三位一体はミロクであり、ミロクは三位一体であるからです。そうであればこそ、“天の御三体の大神”は三位一体や一と二と三を司る存在として、“ミロクの大神”に位置付けられているのでしょう。

 その上で、御三体の大神が救世ミロクの大神”である理由を、いやさかと祓い清め”の側面から見てみます。まず引用するのはかしわしゃくの記述です。

「節分からは手打ちながら、ひふみ祝詞 りてくれよ、かしわは元の大神様のまったうおん働きぞ、タカミムスビとカミムスビの御働きぞ、おんおとぞ、和ぞ、だいのことぞ、言霊ぞ、喜びぞ、喜びの御音ぞ、悪はらう御音ぞ」 『キの巻』 第一帖 [258] 原典準拠)

「一たべよ、二たべよ、食べるには噛むことぞ、噛むとはかみざぞ、神にそなへてからかむのざぞ、かめばかむほど神となるぞ、神国ぞ、神ながらの国ぞ。かみながら仕事してもよいぞ」 『水の巻』 第六帖 [280]

 ここでは“喜び”“祓い”が重視されています。恐らく、柏手や咀嚼はいやさかを形式化した行為うごきであり、統合と分離や三位一体のひながたとしての側面を持つのでしょう。故に、霊的にはしん惟神かんながらに通じる行為うごきであるようです。

 そして、統合や一体化によってけがれを落として歓喜を生む姿からは、次の内容が窺えます。

「三位一体の呼吸はたらきまっとうすることが“弥栄”“祓い清め”に繋がる」

 その姿はカミの息吹”ミチと呼び得るものです。

「世の元と申すものは泥の海でありたぞ。その泥から神が色々のもの一二三で、いぶきで生みたのぞ。人の智ではわからぬ事ざぞ」 『日月の巻』 第二十七帖 [200]

とは限りなき神の弥栄であるぞ、〔中略〕 神のはたらきが一二三であるぞ、始なく終なく弥栄のなかいまぞ。一二三は神の息吹であるぞ、〔中略〕 一二三は神ぞ、一二三は道ぞ、一二三は祓ひ清めぞ、祓ひ清めとは弥栄ぞ、神の息ぞ」 『キの巻』 第十一帖 [268]

いよいよ神示となるぞ、一二三とは息吹ぞ、みみに知らすぞ、云はねばならぬから一二三として、息吹きとして知らすぞ」 『キの巻』 第十七帖 [274]

「神示通り出て来ても、まだ判らんか。神示は神の息吹きぢゃ。心ぢゃ」 『梅の巻』 第二十四帖 [451]

「道とは三界に貫く道のことぞ。宇宙にみちみつのあり方ぞ。法則ぞ。秩序ぞ。神の息吹きぞ。弥栄ぞ。喜びぞ」 『月光の巻』 第四十三帖 [830] 第一仮訳)

 また、三位一体では統合状態がの姿であり、分離状態は更なる歓喜を生み出すための“準備段階”の期間です。故に、分離の用が支配的な時代は喜びが小さいらしく、この時代は日月神示で、闇の世、悪の世、岩戸閉めと呼ばれ、“苦しみの時代せかいに位置付けられています。それを状態すがたに戻して打破することを、救世主的な役割を果たすろくさつに掛けて、救世ミロクの大神”と呼んでいるようです。

 以上の内容が、とヤとワや御三体の大神に代表される“三位一体の関係”や、引っ付いたり離れたりする上顎カムロギ下顎カムロミはたらきから読み取ることができるのです。

 さて、上述のように日月神示では統合と分離の用を幾つかの事例を挙げて説明しています。しかし、前出の内容が全てではなく、他の有力な事例としてかずたまがあります。これが時節の“旧九月八日”や天子様の年齢における“ミロクの世”と直接的に関係しており、“日月神示のミロク論”を更に深めることができる内容なので、ここからは統合と分離の用を数霊的な側面から見て行きます。

 日月神示の数霊論ではのかみ“一二三四五六七八”を司り、のかみ“九十”を司ることが述べられています。故に、が一体になった姿とされるミロクの大神が“一二三四五六七八九十”を司るのは自明のことだと言えます。

 例えば、出口直や出口王仁三郎の存命中には未公開の大本神諭だった『大本年表』に、天の御三体の大神の関係をうしろという言葉で表現した記述があります。

「天は大神様が日の大神殿、月の大神殿のうしろで、天照皇大神宮殿が万古末代 世を御持ちなさるなり、地を構ふのが艮の金神 〔後略〕 『大本神諭/大本年表』 明治三十四年二月二十六日

「天はお姉さまが、日の大神さま、月の大神さまのうしろで、万劫末代お守護かまいなさるぞよ。天はおかわりのない御三体の大神さま、世をおもちなさるのは、お姉さまの天照皇大神宮どの、地をうのは、お妹ごの稚姫君命、変性男子のみたまであるぞよ。このみたまが艮の金神のみたまであるぞよ」 『大本神諭/大本年表』 明治三十七年二月七日

「御水を与えなさるのは月の大神様であるぞよ。火を与えなさるのは日の大神様なり、天照皇大神宮殿は御二方のうしろで天からわ御三体の大神様が万古末代おかまいなさるなり、地をかまうのは艮の金神、〔中略〕 御総領の天照皇大神宮殿わ天から此世一切の事を御かまい遊ばすなり、〔中略〕 艮の金神で二度目の世の立替を致して世界一の大神となりて御三体の大神様からのご命令を戴いて万古末代 続かす世に致すのである」 『大本神諭/大本年表』 明治三十八年六月一日

「お水を、地から自然ぬしがでに湧くとおもうたらりょうけんがちがうぞよ。お水のご守護は月の大神さま、火のご守護は日の大神さま、天照皇大神宮さまは世界を天から、一から十までおかまいなさるなり、お二方がうしろなさる、万劫末代 天からおかまいなさるなり、地の世界をかまうのが、こんど世に出る国常立尊、天のお三体のご命令をいただいて、地のお土のあるだけを守護いたすのであるぞよ」 『大本神諭/第四集』 明治三十九年 旧八月七日

「みろく様の実地の御血統が、天は天照皇大神宮殿が末代の世を、月の大神様と日の大神様とが末代の世をうしろをなされて、天からは おひなさるなり」 『大本神諭/大本年表』 大正六年六月二十二日

 ここで語られるてんしょうこうたいじんぐうの関係は、数霊的には次のように表現できます。

「一二三四五六七八九十は“一二三四五六七八”“九十”によって成り立つ」

 そうであればこそ、日月神示は撞の大神であるあまてらすすめおおかみや、が一体になった状態すがたである“日月の大神”を、共に“ミロク様”と呼んでいるのでしょう。

「ミロク様とはマコトのアマテラススメラ太神様のことでござるぞ」 『光の巻』 第五帖 [401]

「日の神ばかりでは世は持ちては行かれんなり、月の神ばかりでもならず、そこで月の神、日の神が御一体となりなされて「ミロク」様となりなされるなり、日月の神と現はれなさるなり。「みろく」様が日月の大神様なり、日月の大神様が「みろく」の大神様なり、の御先祖様 の御先祖様と御一体となりなされて大日月の大神様と現はれなさるなり、旧九月八日からは大日月の大神様とおろがみまつれよ」 『青葉の巻』 第十七帖 [486]

 そして、天の御三体の大神の三位一体の関係を、“時節の原則”である“数の順序”を踏まえた上で見れば判りますが、日月神示では、

旧九月八日がミロクの世の始まりである理由が明かされています。

 何故なら、神経綸九の始まりである旧九月八日は、が一致和合してミロクの大神”に成り始める日であるのと同時に、現在の八方的な世界が十方的な世界へと本格的に遷移シフトし始める日に他ならないからです。

 要するに、しんの信奉者が使う「ミロクの世」という言葉は、立替え立直しが済んだ後の理想世界のことを指す場合が殆どですが、実際には立替え立直しの真っ最中である“正念場の期間”もミロクの世に含まれているのです。これは『伊都能売神諭』で少しだけ触れられています。

「撞の大神様ミロク様が、肝心の世を治め遊ばす経綸しぐみとなりたのを、の世と申すのであるぞよ。ミロクの御用は撞の大神と現はれる迄は、泥にみれて守護いたさな成らぬから 〔中略〕 肝心の時に成りてかげをとして、かれんやうに致して下されと、毎度 筆先で気を付けてあろうがな」 『伊都能売神諭』 大正七年十二月二十三日

 注意深く読むと、この記述はの世である「肝心の世」や「肝心の時」になっても、身魂が磨かれていない人間が間引かれる可能性を伝えており、ミロクの世になった直後の時点では、立替え立直しが終わっていないことが判ります。同時に「ミロクの大神が現れること」と“ミロクの御用”に関連性がある点も明かされています。

 ここからは、大本系統のしんで使われるミロクの世に“独自の意味”が含まれることが読み取れます。そして、伊都能売神諭では“ミロクの世の定義”が明確に述べられています。

「世のしまいの世のはじまりがミロクの世であるぞよ」 『伊都能売神諭』 大正七年十二月二十三日

 また、伊都能売神諭の“世の終いの世の始まり”と殆ど同じ表現は、『大本神諭』にも二箇所ほど見受けられるので、参考として引用します。

「善のぎやうは永いなれど、善の方には現界幽世このよに何一つ知らむ事の無い様に、世の元から行がしてあるから、此の先は、悪で仕放題に行無しに出て来た守護神がつらくなるぞよ。な事もておくと、何事もこばれるなれど、行無しの守護神に使はれて居ると、世の終ひの初まりの御用は勤まらんぞよ。善と悪との変り目であるから、悪の守護神はジリ/\もだへる様になるから、一日も早く改心致して、善の道に立帰らねば、モウこれからは貧乏ゆるぎもさんぞよ」 『大本神諭/神霊界』 大正四年 旧十二月二日

「二度目の世の立替のとゞめを刺すのが近う成りて来たぞよ。何も経綸しぐみ通りに致すぞよ。西と東とにの御宮を建て戴いて、元の昔へ世を戻す時節が参りて来たから、大神が揃ふて元のへ立帰りて神代に立替るから、何事に付けても大望ばかりで在るぞよ。世のしまいとゞめと世の始りとの境の筆先であるぞよ。〔中略〕 と学との世の終りと成りたぞよ」 『大本神諭/神霊界』 大正六年 旧十月十六日

 結論を先に述べるなら、大本神諭の説く“世の終いの始まりの御用”がミロクの御用やとどめの御用であり、ミロクの仕組”或いは旧九月八日の仕組であるミロクの仕組”におけるのことです。しかし、その解説には多くの予備知識が必要になるので、ここではミロクの世と旧九月八日の話を進めます。

 以上のように、日月神示の数霊論と伊都能売神諭のミロクの世の定義を照らし合わせれば、旧九月八日とミロクの世を指し示す“天子様の年齢”が読み取れるようになります。

「五十二才ツキの世の始、五十六才七ヶ月ミロクの世」 『黄金の巻』 第五十四帖 [565]

 つまり、上の帖は

天子様の年齢でのミロクの世とは“終わりの始まりの到来”を告げるものなのです。

 また、日月神示で天子様の年齢と同じ意味で使われている可能性が高い“ミロクの世”は次の通りです。

「金で世を治めて、金で潰して、地固めして みろくの世と致すのぢゃ。三千世界のことであるから、ちと早し遅しはあるぞ。少し遅れると人民は、神示は嘘ぢゃと申すが、百年もつづけて嘘は云へんぞ。申さんぞ」 『黄金の巻』 第五十九帖 [570]

 この帖は「金で治めて金で潰して終わりの始まりの時代を招来する」という意味で書かれていると思われ、経済や金融の飽和と瓦解を契機としてが到来する可能性が極めて高いのです。

 そして、天子様の年齢ではミロクの世と共にツキの世の始まり”についても触れられており、そちらの方にも“数霊的な意味”が秘められているので、更に考察を重ねてみます。

 日月神示の原文は「二」をツギやツキと訓ませる場合が非常に多いのですが、天子様の年齢では どちらの訓み方でも本質的な意味は変わりません。むしろ、二つの訓み方を照らし合わせることにより、双方の固有の意味が更に鮮明に浮かび上がるようになっています。このような相互補完の関係にあるのがつぎの世”つきの世”です。

 最初に、ミロクの世の“次の世”としての意味から解説します。

 日月神示の説く次の世とは、基本的に“八方世界の十方世界”を指します。天之日津久神様は現在までの世界を八方的な限定された世界であることを説いており、立替え立直しによって十方的な世界へせんすることが何度も述べられています。

 その上で日月神示では三千世界の生成化育の段階が“数”で言い表されており、数霊的に表現すれば八方世界は“一二三四五六七八の世”であり、十方世界は“一二三四五六七八九十の世”です。これらは基本的に一つづつ進展して行くのですが、大別的には“三つの時代”に区分されるそうです。

「12345678の世界が12345678910の世となりなりて、012345678910の世となるのぢゃ、012345678910がまことと申してあろうがな。裏表で二十二ぢゃ、二二の二の五ぢゃ、二二ぢゃ、は晴れたり日本晴れぞ、判りたか」 『至恩の巻』 第十五帖 [962] 第一仮訳。日月神示では一二三四五六七八に“九十”を加えることをナルの仕組”と呼び、一二三四五六七八九十にれいを加えることを二十二フ   ジの仕組”と呼んでいます)

 現在の八方世界が十方世界に切り替わる時期については、“大別的な区分”“個別的な区分”の二つの視点が提示されており、両者には十二年の時間差タイムラグがあります。

 神のたいもうである十方世界が始まるのは、個別的な区分では神経綸十の期間が始まる2024年からですが、天子様の年齢で「五十二才ツキの世の始」と書かれていることから考えると、大別的な区分では2012年から始まることになります。詳細は省略しますが、時節の全体像から見る限り、2012年が大別的な区分での節目の年なのです。

 それと、大別的な区分での十方世界が個別的な区分でも十方世界になるまでの十二年の時間差タイムラグが、の説くいづの仕組”の期間であると考えられます。天明氏は三四五に「づ」の漢字を当てましたが、ここには十方あたらしい世界が現出する」という意味の他にも「天子様のを中心にした政治形態に移行する」の意味が掛けてあるようです。

 そして、天子様の年齢における次の世とは、「大別的な区分での十方世界が始まる」という意味に加えて「ミロクの世の王の御代が始まる」という二重の意味があるようです。この二つの出来事は相互に連携リンクしているらしく、“鶏と卵”のように前後の順序が判別できない関係にあると推測されます。

 故に、本論の草稿では天子様が満五十二才の2012年2月23日から2013年2月22日の間に、実質的なせんが起きると予想していたのですが、これについては外れたと言わざるを得ません。申し訳ありませんでした。

 ただし、時節には遅し早しが付き物であり、「天子様の即位とミロクの世の始まりは霊的な意味が重なっている」とする解釈や、「終わりの始まりの時代は天子様の即位から間を置かずに開始される」という順序的な部分の解釈は間違っていない可能性があるので、参考にする程度の価値は残っているはずです。

 次に、ミロクの世の“月の世”としての意味を解説します。

 日月神示の説く月の世とは、基本的にが主導する時代”を指します。そして、天之日津久神様による数霊論では、のかみ“九十”を司ることが何度も述べられており、神経綸九と神経綸十の始まりの日付が旧暦つきのこよみであることの背景になっています。

 そういったこともあり、神経綸の九と十の段階に相当する“九十の世”は、日月の月の方に主導権が移るようです。ただし、この場合の九十の世は あくまでも一二三四五六七八の世に九十が加わった時代なので、実際には“一二三四五六七八九十の世”であり十方世界を指しています。

 以上のように、「次の世と月の世は本質的に同じ意味である」ということに気付かされます。この点を極めて明確に説いた記述もあります。

「次の世とは月の世の事ざぞ、一二の二の世ぞ、の月の世ぞ、取違ひせん様に致してくれよ。智や学がありては邪魔になるぞ、無くてもならぬ難しい仕組ぞ、月の神様 祀りてくれよ、なるの神様 祀りてくれよ、今にる事ぞ、ぐれよくなるぞ、日暮に祀りくれよ、十柱 揃ふたら祀りくれいと申してあらうがな、神せけるのざぞ」 『日の出の巻』 第三帖 [216] 第一仮訳。第一仮訳と第二仮訳の「の月の世」は基本訳の「のよ」に準拠しています。原文Wと原典では「月の月の四」ですが、象形文字的な記号に関しては基本訳の方が原書を忠実に書き写しているようです。そのことは原文Uからも判ります)

 ツキツキ ツキツキ センヨー〔後略〕 『のてのまキ』 第三帖 [216] 原文U準拠)

 この記述では、次と月と二との対応関係が明言されており、次の世が月の世であることを間違えないように、わざわざ三日月をかたどった記号が使われています。また、ここでのは意味を太陽だけに限定した“日の記号”として書かれており、ツキに対すると全く同じ意味になっています。

 そして、一般的に日は昼を象徴し、月は夜を象徴しますが、“月のが始まることに掛けてあるのが、上の引用にも登場している“日暮れ”という表現です。

れを気つけてくれよ、日暮れよくなるぞ、日暮れに始めたことは何でも成就するやうになるのざぞ、れを日の暮れとばかり思うてゐると、臣民の狭い心で取りてゐると間違ぶぞ。のくれのことを申すのざぞ」 『地つ巻』 第二十三帖 [160]

 これによると、日暮れとはの暮れ”のことであり、数霊的には“八の終わり”という意味です。つまり、一二三四五六七八を司るが主導する時代が終わることを日暮れに掛けてあります。そして、こういった認識を前提にしているのが次の記述です。

「日の大神様は日の御働き、月の大神様は月の御働き、日の大神様も世の末となって来て御神力うすくなりなされてゐるのざぞ、日の大神様も二つ、三つ、自分一人の力では何事も これからは成就せんぞ、心得なされよ」 『青葉の巻』 第十六帖 [485]

オーカミ ツキオーカミツキ オーカミナッ  オーカミフタミッ  ジョージュセン  『ア火八のキ』 第十六帖 [485] 原文U準拠)

 この帖では、今までにが主導して来た一二三四五六七八の世が終わりつつあることを、「世の末」や「日の大神の神力が薄くなっている」という言葉で表現しています。即ち“日の暮れ”です。同時に、これは「八方世界が終わりを迎える」という意味でもあります。それで日月神示には以下のように書かれているのでしょう。

「旧九月八日ぞ」 『水の巻』 第九帖 [283]

 何故なら、九を始めるのは八をのと同じ意味だからです。そして、世界じだいが九十の段階になってに主導権が移ること」を告げているのが次の記述です。

「月の大神様 おんでまして闇の夜は月の夜となるのざぞ」 『日の出の巻』 第九帖 [222]

ツキオーツキ 『のてのまキ』 第九帖 [222] 原文U準拠)

「一先づは月の代となるぞ。ひっくり返り、ビックリぢゃ」 『月光の巻』 第九帖 [796]

 ちなみに「ひとづ」とただし書きが添えられているのは、十方世界のからです。詳しい話は省略しますが、十方世界が実現した後に世界は再び引っ繰り返るのです。

 そして、この場合の十方世界を意味する“九十”はあくまでも「九十」なので、数霊的に表現すれば“一二三四五六七八九十”です。故に、が一体になった十方的な世界は、ミロクの大神の時代”であるのと同時にミロクの世”でもあるわけです。

これはです。

 三位一体ミ  ロ  クの大神が司る統合と分離の用を“順序の観点”から見ると、つきの大神とつきの大神は互いに折り重なった存在なのです。この点を暗示するために、両神の通り名を意図的に重複させてある可能性すら考えられます。日月神示や大本神示で「つきのおおかみ」が月と撞のどちらを指すのか判然としない場合があるのは、ここに理由を求められるかもしれません。

 そのことの裏付けになるかは判りませんが、伊都能売神諭では“月の大神”の大神”としている記述があります。

〔前略〕 そこで八百万の神々の意見を聞き取りて其のよしの大神様へもうし上げたら、日の大神 伊邪那岐之尊様と月の大神 五六七様とのふたかたの大神様が更に集会あそばして、〔中略〕 月の大神になり遊ばした五六七の大神様と日の大神様と、ふたかたの大神が()を合はして天を固めに御あがり遊ばした霊場が 〔後略〕 『伊都能売神諭』 大正八年二月十八日

 日月神示の訳文でも似たような意味合いで読める記述があります。

「ミロク様が月の大神様」 『梅の巻』 第二十帖 [447]

オーカミ 『んキ』 第二十帖 [447] 日月神示の原文で月の大神と撞の大神が書き分けられているのかは判然としませんが、「二」や「」と書かれた場合は“撞”としての意味は薄いと思われます)

 この帖は「撞の大神」と翻訳する方が適切なのですが、ここまでに見て来たように「月の大神」と訳しても、必ずしも間違いとは言えないのです。

 また、これらの内容を補完するものとして“水の守護”に関する記述があります。

「天からミロク様みづの御守護遊ばすなり、日の大神様は火の御守護なさるなり、此の事 魂までよくしみておらぬと御恩判らんのざぞ」 『雨の巻』 第三帖 [337]

「月の大神様が水の御守護、日の大神様が火の御守護」 『風の巻』 第十二帖 [363] 訳文の「月の大神」の原文は「つキのか三」なので、「撞の大神」の方が第一義的な意味である可能性があります)

「火の守護から水の守護に変って居るのであるから、水の蔭には火、火の蔭には水ぞ、この事 忘れるなよ」 『海の巻』 第二帖 [494] この帖は前出の「一先づは月の代となる」と内容が通じています。また、表と裏が引っ繰り返っても、裏側になった方が無くなるわけではないことを「かげ」と呼んでいるようです)

 水の守護を月の大神だけではなくミロク様も担当することは、月の大神と撞の大神が順序的に折り重なった存在だと仮定すれば、相応の筋は通っていると言えます。ちなみに水の守護という表現は、旧九月八日から“水の仕組”こと“鳴門の仕組”が始まることに掛けてあるらしく、それを前提にした多くの隠喩メタファーが日月神示に見られます。

 結局の所、つぎの世でありつきの世でありつきの世である“ミロクの世”とは、大本系統で“天の御三体の大神”と称される日と月と撞の大神が三位一体になって活動する“天の御先祖様の時代”あるのです。

「次の世がミロクの世、天の御先祖様なり、地の世界は大国常立の大神様 御先祖様なり、天の御先祖様 此の世の始まりなり、お手伝いが弥栄のマコトの元の生神様なり、仕上げ見事成就致さすぞ、御安心致されよ。天も晴れるぞ、地も輝くぞ、天地一つとなってマコトの天となりなりマコトの地となりなり、三千世界一度に開く光の御代ぞ楽しけれ」 『梅の巻』 第十七帖 [444]

 このように、数霊や順序や天の御三体の大神の関係から考えれば、旧九月八日がの世の始まり”である理由が明瞭になって来ます。同時に、旧九月八日が三位一体ミ  ロ  クの大神のであることは、の物語”ミロクの大神の物語”によって更に鮮明になることでしょう。

 以上の内容から、大本系統での“ミロクの世”が複合的な背景から成り立つことが判ると思います。同時に、日月神示で多用される「同じものを別の角度から見る」という手法が時節やミロクに対しても使われている点に気付き、その上でを三位一体を基軸にして考えるならば、大本系統の中でも実像が掴みにくい“ミロクの大神の姿”に迫り得るであろうことにも納得して頂けるはずです。

 そこで、日と月と撞の大神と共に“天の御先祖様”“御三体の大神”と称される もう一組のミロク、即ち“造化三神”が司るものを改めて考察して、本論の主題メインテーマである三位一体や三元の総括とします。

 ここまでに見て来たように、大本系統で“ミロクの大神”と呼ばれる天の御先祖様は、“三位一体の存在”として宇宙の成り立ちや神の計画の根幹を形成しています。言うなれば、天の御三体の大神は立替え立直しというに対する“現象が起きる理由”であり、神のや宇宙の律動リズム“原因の原因”とでも呼ぶべき、概念や法則や秩序や性質やエネルギーに近い存在であることが判ります。

 そういった結論が、創世神話の冒頭の「あめつちとき」に続く一節から導き出されるのです。

あめつちときあめなかぬしのみこととアのアにりましき。たかあまはらみことたまひき。つぎたかつぎかみのみことたまひき。はしらスにりましてみきりたまひき」 『日月の巻』 第六帖/第七帖

 また、大石凝真素美や出口王仁三郎や岡本天明氏らが言うように、優れた書物は要旨が“冒頭の一節”に集約される場合が多く、創世神話の始まりである造化三神に秘められているものを言葉にすれば、三位一体、三元、統合と分離の用、の原理、、一二三、ミチなどと表現できるはずです。この点を踏まえれば以下の推論が成り立ちます。

造化三神ごさんたい役割はたらきつつがなくまっとうされることが三位一体ミ  ロ  ク活動はたらきになる」

 要するに、宇宙の根本的な目的である“歓喜の増大”、即ちを生むいやさかを継続的に実現する方法として採用されているのが、の用でありなのです。

〔前略〕 本来なきものをつくり出し、一を二にわける。だが、分けることによって力を生み弥栄する。〔中略〕 一あり二と分け、はなれてまた、三と栄ゆるが故に歓喜が生れる。即ち、一は二にして、二は三である」 『地震の巻』 第五帖 [382]

「太陽は太陰によりて弥栄え、太陰は太陽によりて生命し、歓喜するのである。この二者は絶えず結ばれ、又 絶えず反している。故に二は一となり三を生み出すのである。〔中略〕 三を生むとは新しき生命を生み、且つ歓喜することである。新しき生命とは新しき歓喜である」 『地震の巻』 第十八帖 [395]

「大宇宙の弥栄 生成化育は寸時も休むことなく進められてゐるのざぞ、弥栄が神の御意志ざぞ、神の働きざぞ」 『青葉の巻』 第三帖 [472]

「弥栄とは次々に限りなく喜びをふやして養って行くことざぞ」 『青葉の巻』 第二十一帖 [490]

「天地総てのもの、生きとし生けるものことごとく、よりよくなるやうに働いてゐるのであるぞ。それが神の心、稜威みいつぞ。弥栄と申すものぞ」 『黄金の巻』 第九十六帖 [607]

の中のの中のは一であり、二とひらき、三と生命するぞ。道は一で、二で、三であると申してあらう、一も二も三も同じであり、違つて栄えるのざ、一二三であるぞ」 『白銀の巻』 第三帖 [614] 昭和二十六年版)

 故に、先程の要約は次のように言い換えても何一つ問題ありません。

「一二三がミロクの実体である」

 こういった点からも推察できますが、

天之日津久神様が最も伝えたいのは一二三なのです。

 “最も伝えたいこと”ことに選んでいらっしゃるのでしょう。これは日月神示の説く宇宙観や神仕組などのが、一二三たるミチの応用の域を出ないことからも判ります。

「道とは臣民に神が満ちることぞ、神の国の中に神がみちみつることぞ」 『下つ巻』 第一帖 [43]

「道とは三つの道が一つになることぞ、みちみつことぞ」 『地つ巻』 第十一帖 [148]

「道とは三界に貫く道のことぞ。宇宙にみちみつのあり方ぞ。法則ぞ。秩序ぞ。神の息吹きぞ。弥栄ぞ。喜びぞ」 『月光の巻』 第四十三帖 [830] 第一仮訳)

「陰と陽、右と左、上と下、前と後、男と女と考へてゐるなれど、タカミムスヒとカミムスヒと考へてゐるなれど、別のミナカヌシ、現れるぞ。 よく見て下されよ、一であり、二であり、三であろうがな。三が道と申してあろう。陰陽二元でないぞ、三元ぞ、三つであるぞ」 『白銀の巻』 第一帖 [612] 原文U準拠)

 そこから見えて来るのは、表層的には現れずとも、三位一体の造化三神ミ  ロ  ク過去はじめにも未来おわりにも現在なかいまにも変わることなくりながら躍動し続ける姿であり、

カミココロ“生きたるおおみちとして宇宙に充ち満ちています。

 これこそが、不動のちゅうしんの原理や宇宙の枠組や弥栄のみちしるべとして、三千世界を根元から支えるさんげんであり、総体を統御するの神”に最も近い姿はたらきと言えます。

〔前略〕 統治するものは一人であるが二人であり三人として現はれる、三人が元となり、その中心の一人はによって現はされ、他の二人はによって現はされる、は左右、上下二つの動きのを為すところの立体からなってゐる、統治者の心奥のは更に高度にして更に内奥に位する中のによって統一され、統治され、立体をなしてゐる。天国では このをスの神と敬称し歓喜の根元を為してゐる。スの神はアの神と現はれ給ひ、オとウとひらき給ひ、続いてエとイと動き現はれ給ふのである、これが総体の統治神である、三神であり二神であり一神である」 『地震の巻』 第十九帖 [396] 第一仮訳)

 恐らく、出口王仁三郎が「ミロクとは仁愛の意味である」と語ったのは、こういった“喜びを増す形式やりかたで万物を導かんとするの神の慈しみの姿ありかたを指しているのでしょう。

 その上で、喜びを増すとは“調和や新生の実現”であり、日月神示ではいやさかはらひマツリと言います。

「三大実践主義 弥栄実践 祓実践 まつり実践 〔中略〕 宇宙の総てはとなってゐるのざぞ、どんな大きな世界でも、どんな小さい世界でも、ことごとく中心に統一せられてゐるのざぞ。マツリせる者を善と云ひ、それに反する者を悪と云ふのざぞ」 『青葉の巻』 第三帖 [472]

 それ故、三位一体ミ ロ クたる一二三はモトの神のはたらきとして、ヨロコビ呼吸うごきマツリの動的な現れ方”と呼び得ます。

「一二三とは限りなきの弥栄であるぞ、ヒは始めなき始めであるぞ、ケは終わりなき終わりであるぞ、はたらきが一二三であるぞ、始めなく終わりなく弥栄のなかいまぞ、一二三はの息吹であるぞ、一二三唱えよ、人共に一二三唱へて岩戸ひらけるのざぞ、一二三にけよ、一二三と息せよ、一二三着よ、一二三せよ、始め一二三あり、一二三はぞ、一二三はミチぞ、一二三は祓ひ清めぞ、祓ひ清めとは弥栄ぞ、の息ぞ、天子様の息ぞ、臣民の息ぞ、獣、草木の息ぞ、一であるぞ、二であるぞ、三であるぞ、ケであるぞ、レであるぞ、ホであるぞ、であるぞ、であるぞ、皆の者に一二三唱へさせよ、五柱 おん働きぞ、八柱十柱 御働きぞ、ぞ、イロハぞ、判りたか」 『キの巻』 第十一帖 [268] この帖のの意味を併せ持ちます)

 結局の所、天之日津久神様はによってを伝えようとしています。ですから神示の要旨”は次の一点に向かって収束するはずです。

は同一である」

 そうであればこそ、の創世神話の冒頭では三位一体の造化三神ミ ロ クが、「此の三柱スに成りまして」と語られているのでしょう。このようなが、事象の因果の基軸や生命の呼吸の筋道として、“森羅万象のまんなかに常に在り続けています。

 そして、三千世界の生成化育において最初と最後は同じ状態であり、これから起きる大立替えは分かれて行き詰まったてんを再びあめつちという状態すがたに戻すための神律リズムです。このからのはたらきによって、三や一や再統合や更なる歓喜としての三位一体ミ  ロ  クの世”が実現するのです。

 こういった道筋により、再統合という“結果”に至るために必要な“過程”である一時的な分離状態が終わるわけですが、逆に統合から分離までの経緯も、過程や結果を正確に見据えるために把握すべき“原因”として詳細に語られています。

 それが“一度目の岩戸閉め”と呼ばれるの別離でありミロクの物語”です。そこからは、造化三神ひ ふ みカミ息吹こころとしての中にする姿が見えて来ることでしょう。


── 『 三元神 』 完 ──


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